
「この気持ちあるあるじゃないのかな?」「この状況、みんなに共有して盛り上がりたい…!」
誰かを好きになる過程で、あるいは恋愛をする中で、そう感じた経験は少なくないはず。
kotohaが企画した「この気持ちに名前があったら展」は、そうした言語化される前の感情をテーマに、世界のさまざまなことばを通して可視化する展示だ。
今回の展示テーマは「恋」。
バレンタインを控えた時期にあわせ、恋愛の中で生まれる微細な感情や状況にフォーカスした構成となっている。開催初日に会場を訪れ、その狙いと空間設計を体験した。
恋愛の「あるある」を、他言語で照らし直す
展示エリアは主に4つに分かれており、どこからでも回遊できる。
最初のエリアでは、恋にまつわる感情やシチュエーションが、さまざまな国のことばとともに紹介されている。
特徴的なのは、「恋」ということばに直接結びつかない概念も多く含まれている点だ。
たとえば展示の一つに、「夜に騒がしく、他人の睡眠を妨げる人」という意味のことばがある。
これはリトアニア語で Naktibalda(ナクチバルダ) と呼ばれるものだ。

恋愛そのものを指すことばではないが、恋バナの文脈では頻繁に登場しそうな人物像である。
「昨日、彼氏がナクチバルダでさ〜」といった具合に、会話の中で自然に使えそうだと感じさせる。

展示を見ていると、ことばの意味そのものよりも、「これ、あるよね」という共通認識が先に立ち上がる。
展示企画者と話していても、「今回テーマを”恋”に絞ってことばを選んでいる段階で『これあるよね』と自然に会話がはずみました。恋は、感情の幅もシチュエーションも多くて、ことばを当てはめやすいテーマだったと思います。」と話していた。
物を介することで、感情の輪郭が浮かぶ
会場内には、ことばだけでなく「物」を使って感情を表す展示も点在している。
いわゆる「直喩」を用いた展示だ。
卵が並べられた展示では、「卵の黄身のように過ごす」という一文が添えられている。
これはデンマーク語で、ある特定の状態を表す表現だという。
札をめくることで、その意味が明かされる仕組みになっているが、果たしてその意味とは…?是非現地で確かめてみてください。

ことばだけでは抽象的だった感情が、物を介することで具体的なイメージとして立ち上がる。
展示全体を通して、「分かりやすくする」というよりも、腑に落ちる瞬間をつくることが意識されているように感じられた。
封筒を開くと、個人的すぎることばに出会う
壁一面に封筒が貼られたゾーンでは、人の特徴や状態を表すフレーズが並ぶ。

来場者は自分や大切な人に当てはまりそうな封筒を選び、中に入っていることばを見ることができる。
筆者が気になってしょうがなかった「冬のぬくぬくベッドから抜け出せない君へ」
その封筒を開けると、その状態に対応する他言語のことばがタグとして現れる。

個人的で、やや自嘲的でもあるフレーズが多く、会場では小さな笑いが起きていた。
展示を「読む」というより、「自分を当てはめる」体験に近い。
この他に、色々なことばのパネルを並び替えて自分だけのタイプを表現するコーナーもあった。

ことばにならない空気感を、映像と香りで表現する
ドラマブースでは、日本語では一語に落とし込みにくい感情や空気感を、映像で表現した短編映画が上映されている。
特徴的なのは、映像にあわせて香りの演出が施されている点だ。
視覚・聴覚だけでなく、嗅覚も含めて体験することで、ことば以前の感情に近づこうとする試みが見て取れる。

ドキドキの青春を感じられて”エモい”映像作品であった。
ことばを扱う責任と、空間づくりへのこだわり
主催者に話を聞くと、展示制作においてシチュエーションと言語の整合性の確認はしっかりしたとのこと。展示で紹介されていることばについては、海外の大学と提携しながら、意味や使われ方が本当に適切かどうかを確認している。
その結果、ことばを「並べる」展示ではなく、空間全体で体験させる展示に仕上がっていた。

恋を入り口に、ことばの可能性を考える展示
「この気持ちに名前があったら展」は、恋をテーマにした展示ではあるが、本質的には、ことばがどのように感情をすくい上げるのかを問いかける試みだ。
恋愛の中で生まれる、説明しきれない感情。それに名前が与えられることで、初めて「共有できるもの」になる。
カップルで訪れるのも一つの楽しみ方だろう。一方で、同性同士で恋バナをするような感覚で回る来場者の姿も多く見られた。
ことばは、感情を完全に説明するものではない。それでも、ことばがあることで救われる気持ちがある。
この展示は、そのことを静かに示していた。
展示は2026年2月9日まで渋谷モディ1階展示スペースにて開催されている。
この記事を書いた人
kawaguchi ライター