
地球最後の秘境とも呼ばれる深海には、私たちの想像をはるかに超える生物たちが独自の生態系、「深海エコシステム」を築いています。この神秘に満ちた深海エコシステムが持つ驚くべき生命の仕組み、そしてその謎を解き明かすための最先端の調査方法に触れることで、地球と生命に対する新たな理解が深まるでしょう。
未知なる深海世界に広がる「深海エコシステム」について、仕組みや調査方法もわかりやすく紹介していきます。
目次
深海エコシステムとは
【水深7,498メートル地点における生物。えさにヨコエビが群れ、その後シンカイクサウオの仲間があらわれた】
地球の広大な海の大部分を占める深海。そこに広がる深海エコシステムは、太陽光がほとんど、あるいは全く届かない水深200メートル以深の海洋環境と、生息する生物群集、そしてそれらが織りなす相互作用の全体を指します。
深海は、高圧、低温、そして暗黒という極限的な環境でありながら、驚くほど多様な生命を育んでいます。この深海に形成されたエコシステムは、地球全体の物質循環や気候調整にも影響を与えるなど、私たちの想像以上に重要な役割を担っているのです。
深海エコシステムについて理解を深めるために、いくつかの重要なポイントを確認しておきましょう。
海の深層部に広がるもう一つの世界
【深海に含まれる海の深さ】
「深海」に含まれる範囲は広大です。一般的に水深200メートルからが深海とされ、そこからさらに深さによっていくつかの層に区分されます。
- 漸深層(ぜんしんそう):水深200メートルから1,000メートル。わずかに太陽光が届くものの、光合成が行われるには不十分な「トワイライトゾーン(薄明帯)」とも呼ばれます。
- 深海層(しんかいそう):水深1,000メートルから3,000~4,000メートル。太陽光は全く届かず、水温も非常に低い暗黒の世界です。
- 超深海層(ちょうしんかいそう):水深6,000メートルを超える海溝の最深部。極めて高い水圧がかかる、まさに極限環境です。
このような深海エコシステムは、閉鎖された世界ではなく、海洋表層の生態系とも密接につながっています。表層から沈降してくる有機物(マリンスノー)※は深海生物の重要な食物源となるほか、海洋全体の物質循環や炭素循環においても、深海はCO2を吸収・貯留する役割を果たすなど、地球環境の安定に貢献していると考えられています。
なぜ今、深海エコシステムが注目されるのか
かつては生命が存在しないとさえ考えられていた深海ですが、探査技術の進歩とともに、その豊かで特異な生態系や、人類にとっての潜在的な価値が明らかになり、近年ますます大きな注目を集めています。
深海エコシステムに注目が集まる主な理由を3つ確認しておきましょう。
①未知の生物資源・遺伝資源の宝庫としての期待
第一に、未知の生物資源・遺伝資源の宝庫としての期待です。深海生物は、高圧や低温、低酸素、化学物質濃度が高いといった極限環境に適応するために独自の進化を遂げており、その体からは新しい医薬品や酵素など、私たちの生活に役立つ有用物質が見つかる可能性があります。
例えば、海洋研究開発機構(JAMSTEC)は2024年、深海微生物のゲノム情報から未知の糖分解酵素グループ※を多数発見したと発表しており、これはバイオテクノロジー分野などでの新たな応用が期待される成果です。
②地球環境変動を理解する上での重要性
第二に、地球環境変動を理解する上での重要性です。深海は地球最大の炭素貯蔵庫の一つであり、気候変動の緩和に貢献していると考えられています。深海エコシステムの変動を観測・研究することは、気候変動のメカニズム解明や将来予測の精度向上につながります。
【1990年代における地球上のCO2循環過程】
③新たな資源開発のフロンティア
第三に、新たな資源開発のフロンティア(未知の領域)としての側面です。海底には
- マンガン団塊:主に電池や電子機器の製造に必要なマンガンやニッケル、コバルトを含む
- コバルトリッチクラスト:高いコバルト含有量により、電池材料や電子部品の製造に利用
- 海底熱水鉱床:金や銀などの貴金属を豊富に含み、電子機器や産業用触媒、医療機器など多様な分野での利用
といった鉱物資源が豊富に存在することがわかっており、これらの持続可能な開発と利用が模索されています。
しかし、その開発は未知の部分が多い深海生態系へ深刻な影響を与える可能性も指摘されており、環境影響評価や保全策の確立が急務とされています。
プラスチックごみが深海にもたまっている!
【35年前に深海に沈んだ食品包装袋】
さらに、プラスチックごみなどの人間活動による汚染の影響が深海にまで及んでいる実態も明らかになりつつあり、その保全の必要性に対する認識も高まっています。これらの理由から、深海エコシステムの理解と保護は、地球の未来にとって喫緊の課題となっているのです。
深海エコシステムは、その大部分が未だ謎に包まれたフロンティアでありながら、地球環境の維持や人類の持続可能な発展にとって鍵となる可能性を秘めています。この神秘的で重要な世界について、さらなる調査・解明が求められています。*1)
深海について理解を深めよう
【体表に硫化鉄でできた鱗を持つ巻貝「ウロコフネタマガイ」】
出典:WIKIMEDIA COMMONS『Three populations of Chrysomallon squamiferum』
宇宙よりも遠いとさえ言われる深海は、地球上で最も過酷でありながら最も神秘的な環境の一つです。水深200メートルを超えると、太陽光は完全に遮断され、極限の高圧と低温が支配する世界が広がります。
しかし、この一見生命が存在し得ないような環境にこそ、驚くべき生物多様性と独自の生態系が息づいているのです。深海の真の姿を理解するために、
- 環境条件
- 生物の適応戦略
- 人間活動の影響
という3つの視点から詳しく見ていきましょう。
①漆黒の高圧低温の世界:深海を形作る特異な環境条件
深海は地球上で最も過酷な環境の一つであり、生命にとって極限的な条件が揃っています。以下のグラフは深海の海水温度の変化を表しています。
緑色の部分は「水温躍層」と呼ばれ、海の表層と深層の水温差が大きくなる層で、通常は200m〜1,000m付近に形成されます。
【深海の海水温度】
水深200メートルを境に太陽光は完全に遮断され、深海は永遠の暗闇に包まれます。水温は表層の急激な降下を経て、水深3000メートル以深では1.5℃程度で一定となり、極地の氷点下に近い環境が維持されています。
さらに重要な点は水圧の変化で、水深が10メートル増すごとに約1気圧ずつ増加し、1000メートルを超える深さでは地表の100倍以上の圧力に達します。
【ガラパゴス:深海の熱水噴出孔周辺に生息するチューブワーム】
この極限環境では、通常では考えられない現象が起こります。深海の熱水噴出孔付近では、マグマの影響により218気圧という超高圧環境下で水の沸点が374℃まで上昇し、「超臨界水」と呼ばれる特殊な状態の水が天然に存在します。この超臨界水は水と水蒸気の区別がつかず、水と油が自由に混ざるという特性を持ち、現在ではナノテクノロジーとして機能性食品や化粧品に応用されています。
適応の妙技と未知との遭遇:深海生物の多様性と最新の発見
深海生物は、過酷な環境に対応するため独自の進化を遂げ、驚くべき適応戦略を発達させています。
【オオメンダコ】
深海魚の多くは、体内の水分を多く保つことで圧力変化に対抗し、軟体部が多く骨の存在を最小限に抑えることで外部圧力に対する柔軟性を確保しています。光のない世界では、チョウチンアンコウのように自ら発光して獲物を誘引する戦略や、微弱な光を効率的に捉える高感度の視覚を進化させた種も存在します。
また、視覚以外の感覚も発達しており、触覚や聴覚を駆使して周囲を探る能力も持っています。
【希少な深海ガニ「オオホモラ」】
最新の調査では、驚くべき発見が相次いでいます。2025年4月には、JAMSTECが2020年から継続実施している沖合海底自然環境保全地域でのモニタリング調査において、これまでに15種の新種生物を発見したと発表しました。また、2024年10月には西マリアナ海嶺で推定年齢約7000年の巨大なツノサンゴ(Leiopathes cf. annosa)群体を発見し、これは地球上で最も長寿の海洋生物の一つとされています。
【推定7000歳を超える巨大なツノサンゴ類Leiopathes属の群体(水深約525メートル)】
静寂の海への人間活動の影響:資源開発、海洋ごみ問題と最新研究
【マイクロプラスチックの輸送経路】
私たちの生活からは遠く離れた深海にも、人間活動の影響が深刻に及んでいることが明らかになっています。
海底鉱物資源の開発が注目される中、国立環境研究所の研究によって、商業生産時の資源の洋上回収過程において表層水質への影響リスクが高いことが判明しています。特に鉱石からの重金属溶出と生態系への影響が懸念されており、水銀やヒ素などの生物への影響が強く懸念される元素の溶出特性についても詳細な検討が進められています。
さらに深刻なのは海洋プラスチック問題です。JAMSTECの調査により、黒潮続流再循環域の直下の深海底では、1km²当たり平均4,561個という驚異的な数のごみが発見されており、これは過去の深海平原における調査結果と比べて2桁も高い数値です。
表層から沈降したプラスチックごみの一部が深海底にごみだまりを形成していることが明らかになり、海底の8割を占める深海平原が「行方不明のプラスチック」の最終的な蓄積場所となっている可能性が示唆されています。マイクロプラスチックの深海への堆積も明らかになっており、ダイオウグソクムシの胃から、プラスチックや繊維片、ゴム片が見つかるなど、深海環境への影響が懸念されています。
【ダイオウグソクムシと、胃の中から見つかったプラスチックなど】

深海は、極限環境でありながら豊かな生命を育む驚異的な世界です。最新の調査技術により新たな発見が続く一方で、人間活動による影響も深刻化しており、この貴重な環境の保全と持続可能な利用のバランスが重要な課題となっています。*2)
深海エコシステムの仕組み
【2025年4月に発見された深海のエビ「リットウクモエビ」(新種)】
深海エコシステムは、過酷な環境でありながら、独自の仕組みで生命を支えています。太陽光の届かない暗黒の世界で、生物たちはどのようにしてエネルギーを獲得し、複雑な生態系を築いているのでしょうか。
その鍵となるのが、光合成生態系と化学合成生態系という二つの異なるエネルギー獲得方法です。
【光合成生態系と化学合成生態系】
光合成生態系:表層からの恵みが支える深海の食物網
光合成生態系は、海洋表層で太陽光を利用して植物プランクトンが生産した有機物が、深海生物の生命を支える仕組みです。海の表層では、植物プランクトンが太陽光を利用して光合成を行い、大量の有機物を生産しています。
これらの有機物は、プランクトンの死骸や動物の排泄物として海中に沈降し、「マリンスノー」と呼ばれる有機粒子の雨となって深海に降り注ぎます。このマリンスノーは深海生物にとって貴重な食料源となり、深海の食物連鎖の基盤を支えています。
しかし、表層から深海への有機物の輸送効率は決して高くありません。表層で生産された有機物の約1%程度しか深海底に到達しないとされており、深海生物は限られた食料を効率的に利用する必要があります。
そのため、多くの深海生物は代謝を極度に抑制し、長期間の絶食に耐える能力を発達させています。
化学合成生態系:太陽に頼らない独立したエネルギー生産
【チムニー周辺の様子】
化学合成生態系は、深海の熱水噴出孔や冷水湧出域で、化学物質をエネルギー源として生命が成立する革新的な仕組みです。
1977年、ガラパゴス海嶺で初めて深海熱水噴出孔が発見された際、科学者たちは驚愕しました。そこには太陽光に一切依存しない独自の生態系が存在していたのです。
ここに存在する化学合成細菌※は、熱水噴出孔から放出される硫化水素やメタンなどの化学物質を酸化することでエネルギーを獲得し、有機物を生産します。この発見により、生命のエネルギー獲得方法に対する従来の概念が根本的に覆されました。
【光の有無による一次生産者の違い】
【海底堆積物中の硫化水素をエネルギー源とする細菌と共生するシロウリガイ】
チューブワームやシロウリガイなどの深海生物は、これらの化学合成細菌と共生関係を築き、細菌が生産する有機物を栄養源として利用しています。特にチューブワームは消化器官を持たず、体内に共生する化学合成細菌に完全に依存した生活を送っており、生物進化の驚異的な例として注目されています。
深海における物質循環と生態系の相互作用
【超深海で撮影されたマリアナスネイルフィッシュ(およそ20センチメートル)】
深海エコシステムでは、光合成生態系と化学合成生態系が複雑に絡み合い、独特な物質循環システムを形成しています。深海では、表層からの有機物供給と局所的な化学合成による有機物生産が共存し、これらが深海の生物多様性を支えています。
水温躍層※により上下の水塊の交換が限定的であるため、深海の物質循環は海洋の表層とは独立した特徴を持ちます。また、深海生物は捕食や共生、腐食など多様な相互作用を通じて生態系のバランスを維持しており、一つの要素の変化が生態系全体に波及する可能性があります。
近年の研究では、深海の炭素循環が地球規模の気候変動に重要な役割を果たしていることも明らかになっており、深海エコシステムの理解は環境保全の観点からも極めて重要です。
深海エコシステムは、光合成生態系と化学合成生態系という二つの異なるエネルギー獲得方法が共存し、複雑な物質循環を通じて多様な生物群集を支える精巧な仕組みを持っています。*3)
深海の調査はどのように行われている?
【深海や海底下を調査する研究船たち】
深海の調査は、宇宙探査に匹敵する技術的挑戦を伴う最先端の科学技術の結晶です。水深6500メートルという極限環境で活動する探査機には、宇宙船と同等の精密技術が求められ、その開発には世界最高水準の技術力が投入されています。
現在の深海調査技術は、有人潜水調査船から完全自律型ロボットまで多様化が進み、それぞれが独自の強みを活かして深海の謎に挑んでいます。
有人潜水調査船「しんかい6500」:人類の目で見る深海世界
【有人潜水調査船「しんかい6500」】
JAMSTECの有人潜水調査船「しんかい6500」は、世界有数の性能を誇る有人潜水調査船であり、人間が直接深海を観察できる貴重な調査手段です。
「しんかい6500」は、その名の通り水深6,500メートルまで潜航可能な世界屈指の有人潜水調査船で、3名の乗組員(パイロット2名、研究者1名)が搭乗して調査を行います。船体は厚さ73.5ミリメートルのチタン合金製耐圧殻で構成され、深海の極限的な水圧に耐える設計となっています。
【しんかい6500各部の紹介】
1回の潜航で調査できる範囲は限られますが、人が直接観察できるため、臨機応変な判断による移動や撮影、試料採取が可能という大きな利点があります。電力供給には、GS YUASAが開発した特殊なリチウムイオン電池が使用され、水深6500メートルの高圧環境下でも安定した性能を発揮します。
【繊維強化プラスチック製のケースに納められた5代目「しんかい6500」専用電池】
この電池技術は、深海という極限環境での信頼性が求められる用途において、日本の技術力の高さを示す象徴的な存在となっています。
無人探査機の革新:ROVとAUVが切り拓く新時代
【世界最大級の機体で高解像度の海底地形をマッピングする深海探査機「うらしま」】
無人探査技術の進歩により、より安全で効率的な深海調査が実現されています。その代表が遠隔操作型無人探査機(ROV)で、母船とケーブルで接続され、リアルタイムでの操作が可能です。
この技術によって、人が事故に遭うリスクを回避しながら、精密な作業を行うことができます。一方、自律型無人探査機(AUV)は、あらかじめプログラムされたルートに沿って自律航行し、広範囲の調査を効率的に実行します。
【「うらしま」の主な設備】
例えば、JAMSTECの深海巡航探査機「うらしま」は、自分の位置や移動距離を自動計測しながら海底地形を調査することができます。また、2024年には東京大学とワールドスキャンプロジェクトが共同開発した磁気センサー「ジカイ」を搭載したROVが、水深1700メートルでの磁気データ取得に成功し、深海レアメタル資源探査の新たな可能性を示しました。
環境DNAが解き明かす深海の生命:頭足類調査の新技術
【頭足類を対象とした生態調査のイメージ】
神戸大学を中心とした研究グループが、2025年4月に環境DNAメタバーコーディング分析法※を用いて深海の水中から頭足類のDNAを検出する革新的な手法を開発したことを発表しました。この技術により、太平洋の西七島海嶺沖合で水深200~2,000メートルの深海域から、ダンゴイカのような小型種からダイオウイカのような大型種まで、幅広い頭足類のDNAを効率的に検出することに成功しています。
従来の大型調査機器を必要とする手法と比べて、簡便かつ高感度で生物多様性を評価できるため、深海生態系研究の新たな扉を開く技術として期待されています。
深海調査技術は、近年飛躍的な進歩を遂げています。これらの技術融合により、深海生態系の未知の領域への挑戦が、より現実的なものとなっています。*4)
深海エコシステムとSDGs
【世界の深海の現状】
深海エコシステムは、気候調節機能や生物多様性の保全、革新的技術の創出など、複数のSDGs目標達成に不可欠な役割を担っています。特に海洋が持つ炭素吸収能力や未知の生物資源は、地球規模の課題解決に重要な鍵となります。
SDGs目標13:気候変動に具体的な対策を
深海は地球最大の炭素貯蔵庫として機能し、気候変動の緩和に重要な役割を果たしています。例えば、JAMSTECが提唱する「深海インスパイヤード化学」では、深海の高圧環境を活用したバロプラスチック技術※により、従来200℃以上の加熱が必要だったプラスチック成形を室温で実現し、CO2排出量の大幅削減を可能にしています。
この技術は、まだ開発段階であるものの、カーボンニュートラル実現に向けた革新的ソリューションとして期待されています。
SDGs目標14:海の豊かさを守ろう
深海エコシステムの保全は、海洋・海洋資源の持続可能な利用に直結します。環境省の海洋生物多様性保全戦略でも、海洋の生態系サービスを持続可能な形で利用することが目標とされています。
しかし資源開発の分野では、深海採掘は「数世代にわたる不可逆的な生物多様性と生態系機能の喪失につながる」として、多くの海洋科学者が警告しており、国際自然保護連合(IUCN)も十分な環境アセスメント体制が整わない状況での深海採掘停止を決議しています。
プラスチックゴミ問題は深海でも
さらに深刻な問題として、年間1,000万トンを超えるプラスチックごみが海洋に流入し、深海底に蓄積していることが明らかになっています。JAMSTECの調査では房総半島沖の深海6,000メートル地点で36年前のハンバーグ袋が発見されるなど、深海のプラスチック汚染は生態系に長期的な影響を与えており、SDGsターゲット14-1「2025年までに海洋ごみを含むあらゆる海洋汚染の防止・削減」の達成において深海環境の保護が不可欠となっています。
SDGs目標15:陸の豊かさも守ろう
深海と陸域の生態系は物質循環を通じて密接に連携しており、深海エコシステムの研究は陸域生態系の保護にもつながっています。深海微生物から発見される新規酵素は、持続可能な農業技術や環境修復技術の開発に応用可能で、生物多様性の損失阻止に貢献します。
計り知れない可能性を秘めた深海は、私たちの未来と強く結びついています。この貴重な環境を守り、その恩恵と共存していく道筋を、今こそ真剣に考えてみませんか。*5)
>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから
まとめ
【東スコシアプレートの海嶺にあるチムニー周辺の密集した生態系】
まだそのほとんどが謎に包まれている深海。そのエコシステム(生態系)は気候調節や生物多様性の維持に他との代替不可能な役割を担い、未知の資源や現象に満ちた、私たちの未来にとって極めて重要な領域です。
近年、その未開の地への挑戦は加速しています。清水建設が壮大な「深海未来都市構想 OCEAN SPIRAL」※を提唱する一方で、中国では深海資源のグリーン開発を目指す「冷湧水生態系研究装置」※の建設が2025年2月に始まるなど、新たな利用の可能性が追求されています。
【深海未来都市構想 OCEAN SPIRAL】
【冷湧水生態系研究装置】
一方で、東京大学が2024年1月に生分解性プラスチックの深海での分解を実証し、海洋汚染問題解決への光明を見出すなど、環境保全に向けた科学技術の進展も見逃せません。
これらの動向は、深海が持つ計り知れないポテンシャルと、私たちが直面する課題の双方を示しています。深海の未来の展望は、技術革新による恩恵の享受と、環境破壊のリスクとの間で揺れ動いています。
今後のためには、最先端の科学技術開発を推進すると同時に、徹底した環境影響評価、倫理的・社会的な合意形成、そして国際的なルール作りと協力体制が必要です。特に深海の開発は、その恩恵が一部に偏ることなく、地球全体の持続可能性と、異なる文化や経済状況にある人々のよりよい生活に貢献する形であるべきでしょう。
深海について知識を深めることは、この地球規模の課題と可能性を理解し、責任ある一員として未来の選択に関わることに他なりません。個人レベルでも、環境配慮型製品への関心を高め、科学技術の進歩とその利用法について考え、海洋保全への意識を持つことができます。
人間社会と深海は、今後どのように結びついていくべきなのでしょうか。その答えは、私たち一人ひとりの探求心と、地球への深い配慮の中にあります。
この壮大で神秘的な世界との共生を目指し、より良い未来を創造していきましょう。*6)
<参考・引用文献>
*1)深海エコシステムとは
海洋研究開発機構『深海生態系の99%以上は謎なんです!~深海生態系の謎に挑む vol.2~』(2022年8月)
農林水産省『実は身近な地球最後のフロンティア“深海”』(2020年8月)
長崎大学『1度の食事で 6 年分のエネルギーを獲得!?深海生物オオグソクムシの代謝応答を解明』(2023年3月)
海洋研究開発機構『海に降る雪 マリンスノー 二酸化炭素の運び屋とその追跡方法』
海洋研究開発機構『海に流されたプラスチックは、99%が行方不明。』(2022年7月)
東北大学『海洋生態系の謎を解き明かせ!変動海洋エコシステム高等研究所WPI-AIMEC(エイメック)の挑戦』(2024年11月)
Sunshine aquarium『宇宙よりもたどり着くのが難しいと言われる未知の領域「深海」ってどんなところ?』(2022年3月)
Global Deep-Sea Capacity Assessment『Global Summary』(2022年12月)
国立環境研究所『海底鉱物資源開発の現状と海洋環境保全に向けた取り組み』(2019年4月)
海洋研究開発機構『深海微生物のゲノム情報から未知の糖分解酵素グループを多数発見
―新規酵素探索における深海微生物資源の有用性を実証―』(2024年5月)
海洋研究開発機構『深海にもプラスチックの溜まり場が! 海のプラスチック汚染を可視化する——深海底や中層に溜まる永遠に消えないごみ』(2024年2月)
*2)深海について理解を深めよう
WIKIMEDIA COMMONS『Three populations of Chrysomallon squamiferum』
WIKIMEDIA COMMONS『Deep Sea chart -2(Temp) NT』
WIKIMEDIA COMMONS『Riftia tube worm colony Galapagos 2011』
WIKIMEDIA COMMONS『Opisthoteuthis californiana』
海の中道海洋生態科学館『深海生物の採集』(2022年1月)
海洋研究開発機構『世界最長寿級の深海生物を発見〜太平洋の海山(水深525m)で7000年以上生きるサンゴ群体〜』(2024年10月)
海洋研究開発機構『深海底堆積物に大量のマイクロプラスチックを発見~行方不明のマイクロプラスチックは深海に~』(2023年10月)
プラスチック循環利用協会『プラスチックによる海洋環境汚染 Marine Pollution by Plastic Debris』(2015年1月)
Wikipedia『深海』
海洋研究開発機構『「変動海洋エコシステム高等研究所」を設置しました』(2024年1月)
海洋研究開発機構『JAMSTECが持つ3つの「生命の生育限界世界記録」』(2021年6月)
海洋研究開発機構『沖合深海底の海洋保護区から15種の新種を発見』(2025年4月)
新江ノ島水族館『日本初!深海生物の長期飼育に挑戦』
鈴木 勝彦,吉崎 もと子『深海熱水環境における非生物的な炭化水素合成 : 熱水実験による制約』
笹川平和財団『深海生態系はどこまでわかっているのか?〜ヨコヅナイワシの発見が物語るもの〜』(2021年9月)
神戸大学『深海の謎を解き明かす革新的な手法の開発』(2025年4月)
国立環境研究所『海底鉱物資源開発における実用的環境影響評価技術に関する研究(令和元年度~令和3年度)』(2024年3月)
BBC『プラスチック汚染が深海にまで…… 水深1万メートル超の世界』(2019年5月)
*3)深海エコシステムの仕組み
海洋研究開発機構『沖合深海底の海洋保護区から15種の新種を発見―環境省委託事業「沖合海底自然環境保全地域調査概要」―』(2025年4月)
海洋研究開発機構『「しんかい 6500」特別見学会』(2013年8月)
理化学研究所『深海の発電現象から探る無機物と生命の接点』(2022年12月)
海洋研究開発機構『深海にあるもうひとつの生態系と海底の下にすむ強者たち』
OCEAN EXPLORATION『Chemosynthesis』
早稲田大学『熱水生物群集の成り立ち』
海洋研究開発機構『深海熱水系は「天然の発電所」深海熱水噴出孔周辺における自然発生的な発電現象を実証~電気生態系発見や生命起源解明に新しい糸口~』(2017年4月)
Proceedings of the National Academy of Sciences『High functional vulnerability across the world’s deep-sea hydrothermal vent communities』(2024年10月)
*4)深海の調査はどのように行われている?
海洋研究開発機構『広くて深い海から地球と生命を探るすごい技術』
海洋研究開発機構『深海生態系の99%以上は謎なんです!~深海生態系の謎に挑む vol.2~』(2022年8月)
海洋研究開発機構『有人潜水調査船しんかい6500 システム』
GS YUASA『ミッションは、水深6500mで頼れる電池。』
海洋研究開発機構『深海巡航探査機「うらしま」』
海洋研究開発機構『深海巡航探査機「うらしま」』
海洋研究開発機構『深海の謎を解き明かす革新的な手法の開発 深海頭足類の多様性評価に新たな扉』(2025年4月)
JAXA『まだ見ぬ生命を深海・宇宙に求めて』
研究開発戦略センター『深海資源調査』(2014年8月)
文部科学省『JAMSTECにおける海洋生物研究の取組について』(2015年6月)
笹川平和財団『進みつつある深海生物の多様性研究』(2017年11月)
海洋研究開発機構『「しんかい 6500」特別見学会』(2013年8月)
海洋研究開発機構『安全・環境報告書2022』(2022年9月)
文部科学省『今後の深海探査システムの在り方について』(2024年8月)
ITmedia『レアメタル資源探査システムにより水深1700mの磁気データ取得に成功』(2024年7月)
東京大学『【共同発表】ワールドスキャンプロジェクトと東京大学の研究チームが、 海底に眠るレアメタル探査システムを開発し、 水深1700mの海底での磁気データ取得に成功!(発表主体:株式会社ワールドスキャンプロジェクト)』(2024年7月)
WORLD SCAN PROJECT『磁界センサー&データベースAI解析 JIKAI edge AI SENSOR』
WORLD SCAN PROJECT『磁界センサーが捉えた!唐津沖で謎の巨大沈没船を発見〜W.S.P海洋調査プロジェクト』
*5)深海エコシステムとSDGs
Ocean & Climate Platform『The deep sea: a key player to be protected for climate and ecosystems』
海洋研究開発機構『「深海インスパイヤード化学」のコンセプトを発表― カーボンニュートラル実現に向けた新たな深海利用の提案 ―』(2023年6月)
環境省『海洋生物多様性保全戦略(案)の概要』
太平洋諸島センター『世界的な深海採鉱禁止を求める(太平洋諸島)』(2021年4月)
国立環境展望台『海洋科学者ら、温暖化による深海の水温上昇が、海面上昇に寄与と発表』(2010年9月)
アジア太平洋資料センター『【報告書】海より深い欲望 〜採掘問題研究会より深海採掘の問題点を報告』(2022年1月)
アジア太平洋資料センター『【論説】深海採掘ウォッチ ―海の底をベンチャー企業に荒させるな』(2022年8月)
平和政策研究所『海洋生態系の保全 ―グローバルとローカルの課題―』(2020年9月)
*6)まとめ
WIKIMEDIA COMMONS『Dense mass of anomuran crab Kiwa around deep-sea hydrothermal vent』
清水建設『深海未来都市構想 OCEAN SPIRAL』
China Radio International『深海資源のグリーン開発を支援 「冷湧水生態系研究装置」が広州で建設開始』(2025年2月)
東京大学『生分解性プラスチックは深海でも分解されることを実証 ――プラスチック海洋汚染問題の解決に光明――』(2024年1月)
この記事を書いた人

松本 淳和 ライター
生物多様性、生物の循環、人々の暮らしを守りたい生物学研究室所属の博物館職員。正しい選択のための確実な情報を提供します。趣味は植物の栽培と生き物の飼育。無駄のない快適な生活を追求。
生物多様性、生物の循環、人々の暮らしを守りたい生物学研究室所属の博物館職員。正しい選択のための確実な情報を提供します。趣味は植物の栽培と生き物の飼育。無駄のない快適な生活を追求。