
「出産は幸せなものでしょ?」と多くの人は考えるかもしれません。しかし、現実には経済的に苦しかったり、頼れる人がいなかったりして、出産を前に不安を抱える妊婦さんがたくさんいます。そんな方々を支えるために生まれたのが「無料産院」です。
お金の心配がなく安心して出産できる場所として、今、日本各地で広がりつつあります。「そんな制度本当にあるの?どうやって利用するの?」という疑問をお持ちの方も多いでしょう。
この記事では、無料産院の仕組みや利用方法、現状と課題について詳しくご紹介します。すべての人が安心して命を育み、産み、育てられる社会を目指す取り組みの最前線をお伝えします。
目次
無料産院とは:定義

無料産院とは、経済的・精神的な困難を抱えた妊婦さんを支援するための取り組みです。健診や出産にかかる費用を支払えない方が、安心して医療を受けられるよう、その費用を代わりに負担する仕組みになっています。
主な目的は、相談や受診のハードルを下げ、妊婦さんが孤立した状況で危険な出産を迎えるのを防ぐことです。公的補助(行政支援や出産一時金など)でカバーしきれない医療費も、NPOなどが集めた寄付金を原資として負担します。
支援対象となるのは、健診や出産費用が払えずに病院へ行くことをためらっている方や、未受診のまま出産が迫っている方々です。このシステムにより、社会的に厳しい状況にある妊婦さんも、安全に出産できる環境を整えることを目指しています。
無料産院が設置された背景
日本では、経済的困窮や社会的孤立などの理由で、健診を一度も受けずに出産を迎える女性が一定数存在します。このような状況では、母子ともに健康上のリスクが高まり、時には赤ちゃんの遺棄や虐待につながることもあります。
厚生労働省の「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第17次報告)」によると、心中以外の虐待死において、0歳児が約半数(49.1%)を占め、そのうち生後0か月の赤ちゃんが約4割(39.3%)に達することが明らかになっています。*1)
公的支援制度はありますが、初回診察料の自己負担や、助成対象外となるケース、手続きに時間がかかるなど、制度からこぼれ落ちる方々がいます。また、望まない妊娠やDV被害などで、医療や支援から離れてしまう現状もあります。
こうした「孤立出産」や「未受診妊婦」の問題に対応するため、NPO法人などが中心となって無料産院の設置が始まりました。
無料産院が必要とされる4つの理由

日本では様々な事情から出産前の健診を受けられない妊婦さんが存在します。経済的に厳しい状況にある方、頼れる人がいない方、予想外の妊娠に戸惑う方、公的支援の対象外となる方など、さまざまなケースがあります。これらの方々を支えるため、無料産院の存在が重要となっています。
ここでは、無料産院が必要とされる4つの理由を詳しく見ていきましょう。
経済的な困窮により、医療機関を受診できない妊婦がいるから
厚生労働省の調査によると、日本での出産にかかる平均費用は年々増加し、令和6年度上半期には約51.8万円に達しています。公的な補助制度はありますが、初回の健診費用や自己負担分が発生するケースが多く、金銭的に厳しい状況にある妊婦さんにとって大きな壁となっています。*2)
自治体が提供する助産制度などもありますが、「前年に収入があると対象外」「審査期間が出産に間に合わない」など、支援の網からこぼれ落ちる方々が少なくありません。
このように、高額な出産関連費用と既存制度の限界により、経済的に困窮した妊婦さんが医療を受けられない現状があり、無料産院の役割が重要となっているのです。
社会的に孤立している妊婦がいるから
現代社会では、妊娠しても周囲に相談できる人がいない女性が増えています。家族関係の希薄化、未婚での妊娠、DV(家庭内暴力)被害、パートナーからの支援がない状況など、様々な理由で孤立を深めるケースが見られます。*3)
また、妊娠を周囲に隠したまま出産する「孤立出産」は、赤ちゃんの遺棄や健康問題につながるリスクが高いことが指摘されています。特に、生後0日に虐待死した事例の全てが医療機関ではなく、風呂場やトイレなどで出産したことから考えても、孤立出産は非常にリスクが高いといえるのです。*4)
無料産院は、このような社会から取り残された妊婦さんの命と健康を守る重要な役割を担っているのです。
望まない妊娠や予期せぬ妊娠で困っている妊婦がいるから
生まれたばかりの赤ちゃんが虐待で亡くなるケースの背景には、「予想していなかった妊娠」があります。突然妊娠がわかり、どうすればいいのかわからないまま時間だけが過ぎていくことも珍しくありません。*5)
「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第17次報告)」の報告書によると、心中以外の虐待死の原因として、「計画していなかった妊娠」と「病院での健診を受けなかったこと」がともに35.1%と最も高く、赤ちゃんが「捨てられる」ケースも26.3%ありました。*1)
このような状況の妊婦さんは、心の不安から病院に行けず、周りから孤立しがちです。その結果、お母さんと赤ちゃん両方の健康に危険が生じ、最悪の事態につながることもあります。無料産院は、思いがけない妊娠で困っている方々にお金の心配なく心のケアも含めたサポートを提供し、安心してお産ができる場を作る大切な役割を果たしています。
行政の支援だけではカバーしきれない妊婦がいるから
公的な助成制度はありますが、妊娠確定の診断を受けないと申請できません。この初回受診料が自己負担となるケースが多く、経済的に困難な妊婦さんは最初の一歩を踏み出せないことがあります。
2025年4月から「妊婦のための支援給付」として、5万円が給付される制度が始まりましたが、妊娠届出後の支給のため、初回診察の壁は残ったままです。この制度自体、これまで行政のサポートが不十分だった証拠とも言えます。
また、自治体の助産制度や生活保護は、審査に時間がかかったり、前年の収入状況で対象外になったりすることがあります。さらに、予想外の妊娠や孤立状況、精神的な不安から公的窓口に相談できず、支援を受けられないまま出産を迎える方も少なくありません。
無料産院は、こうした公的支援の限界を補う柔軟なサポートを提供し、すべての妊婦さんの安全な出産環境づくりに貢献しています。
日本における無料産院の現状

日本では現在、経済的に困難な妊婦さんを支援する無料産院が5か所で運営されています。NPO法人フローレンスも無料産院事業を展開しており、これまでに19組の出産を手助けしてきました。経済的な理由で出産に不安を抱える方々へのセーフティーネットとして重要な役割を果たしています。
現在、日本の無料産院は5つ
現在、日本で活動している無料産院は5つです。
都道府県 | 病院名 |
東京都 | まつしま病院 |
岐阜県 | 操レディスホスピタル |
岐阜県 | いとうレディースケアクリニック |
京都府 | 第二足立病院 |
和歌山県 | はまだ産婦人科 |
認定NPO法人フローレンスが推進するこの取り組みでは、全国の協力医療機関と連携し、出産費用の心配なく安心して赤ちゃんを産める環境を提供しています。2025年4月からは和歌山市の「はまだ産婦人科」も加わり、関西地域では2か所目の支援拠点となりました。困難を抱えた妊婦さんへのサポート体制が少しずつ広がっています。
フローレンスの無料産院事業は19組の出産をサポート
認定NPO法人フローレンスは、経済的・社会的に困難を抱えた妊婦さんを支援する「無料産院」事業を2023年6月から展開しています。この活動では、経済状況などの理由で病院に行けずにいる方々の妊婦健診や出産にかかる費用を団体が全額負担。安心して赤ちゃんを迎えられる環境づくりに取り組んでいます。
日本では予期せぬ妊娠や金銭面の不安から医療機関を訪れられない方が少なくなく、この状況が乳児の遺棄や虐待といった深刻な問題につながることもあるのです。フローレンスは2週間に1人の子どもが虐待で命を落としているという現状を変えるため、母子が適切なケアを受けられる仕組みを構築しています。
2025年3月までに19組の妊婦さんと赤ちゃんのサポートに成功し、命を守ることができました。今後も協力医療機関を全国に増やし、相談窓口の充実と公的支援制度の拡充を求める活動を続けています。
無料産院の利用方法

経済的な理由で出産に不安を感じている妊婦さんのために、無料産院では費用負担なく安心して出産できるサポートを提供しています。ここでは、フローレンスを例として無料産院を利用するための手続きの流れや必要な準備について、わかりやすくご説明します。どなたでも相談しやすい環境を整えていますので、ぜひご活用ください。
無料産院利用の流れ
無料産院を利用する流れは以下の通りです。
- 相談窓口への連絡
- 状況のヒアリングと要件確認
- パートナー病院の案内・受診調整
- 医療費の支援
- 行政や他支援機関との連携
- 出産・産後のサポート
まず初めに、経済的な事情や心配事があれば「にんしん相談」窓口へ電話やLINEで連絡してください。匿名でのご相談も可能です。次に、担当者が妊娠週数や家計状況などについて丁寧にお話を伺います。例えば「仕事を失って健診に行けていない」「パートナーからの支援がない」といった具体的な悩みをお聞きします。*6)
条件に合致した場合、最寄りの協力医療機関をご案内し、初回受診の日程調整をお手伝いします。健診費用や分娩にかかる料金は、公的補助で賄えない部分を団体が負担します。「お金の心配はしなくていいから、まずは診察を」という姿勢で母子をバックアップします。*7)
必要に応じて自治体の母子支援窓口や児童相談所とも連携し、出産後も赤ちゃんと一緒に安心して生活できるよう継続的にフォローしています。
無料産院の課題

無料で出産できる施設は、寄付に依存した運営のため財政基盤が不安定です。また、緊急時に連携できる医療機関が少なく、安全面に課題があります。さらに、このサービスの存在を知らない妊婦さんが多く、必要な人に情報が届いていない状況も問題となっています。
資金確保が難しい
無料産院は、経済的に厳しい状況にある妊婦さんが費用の心配なく出産できるよう支援する施設ですが、運営資金の一部を寄付に頼っているため安定した経営が難しい状況にあります。
認定NPO法人フローレンスが運営する無料産院では、妊婦健診や出産にかかる費用を全て無償で提供していますが、これらの医療費や運営費の一部が善意の寄付で賄われています。
しかし、寄付金額は景気や社会情勢によって変動しやすく、安定した資金確保が大きな課題となっています。寄付が減少すれば支援できる妊婦さんの数も制限せざるを得なくなります。
フローレンスでは「無料産院を全国へ」を掲げ、事業の継続と拡大のために広く寄付を募っており、集まった資金は医療費だけでなく、提携病院の拡大や政策提言活動にも活用されています。*7)
提携病院がまだ少ない
フローレンスが運営する無料産院事業は、経済的・社会的に困難な状況にある妊婦に対して妊婦健診や出産費用を無償で提供する重要な取り組みですが、現時点で提携している病院は全国でもごく少数にとどまっています。
2025年4月時点で、フローレンスと提携している無料産院は全国で5院のみ(京都府、東京都、岐阜県、岐阜県に所在)です。このため、支援が必要な妊婦が全国どこでも容易に利用できる状況にはなっていません。
提携病院が限られていることで、地理的に遠方の妊婦が利用しづらい、支援の受け皿が十分に整っていないといった課題が生じています。
制度の周知が不足している
無料産院事業は、経済的・社会的な困難を抱える妊婦が安心して医療を受けられるよう支援する重要な取り組みですが、その存在や利用方法について十分に知られていないという課題があります。
多くの未受診妊婦が、経済的な不安や社会的孤立の中で「どこに相談すればよいか分からない」「支援制度の存在を知らない」まま出産に至ってしまうケースが少なくありません。この背景には、無料産院の制度自体や相談窓口の情報が十分に広まっていないことが挙げられます。
周知不足が続くと、支援を必要とする妊婦が制度を利用できず、孤立出産や赤ちゃんの遺棄といった深刻な問題が防げなくなる恐れがあります。
無料産院とSDGs

無料産院は、経済的・社会的に困難な状況にある妊婦も安心して医療を受けられる環境を提供し、SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」の実現に大きく貢献しています。
SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」との関わり
経済的に困っている妊婦さんが安心して出産できる環境を提供する無料産院の取り組みは、国連が掲げるSDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」の理念と深く結びついています。
例えば、DV被害から逃れてきた女性や、家族のサポートが得られない若年妊婦が、費用の不安なく定期健診や分娩ケアを受けられることで、母子の命が守られています。「お金がなくて病院に行けないが、健康な赤ちゃんを産み育てたい」という人がサポートを受けやすくなるでしょう。
このような支援活動は、医療サービスへの平等なアクセスを保障し、妊産婦と新生児の死亡リスクを減らす効果があり、世界的な保健目標の達成に貢献しています。資金的障壁を取り除くことで、社会から孤立しがちな女性たちにも医療の光が届き、誰一人取り残さない社会づくりに役立っているのです。
>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから
まとめ
今回は無料産院について解説しました。経済的に厳しい状況にある妊婦さんが安心してお産に臨めるよう、費用を心配せずに医療サービスを受けられる仕組みです。全国に5つの施設があり、NPO法人フローレンスの取り組みでは19組の出産をサポートしてきました。
しかし、活動資金の一部が善意の寄付に支えられているため財政基盤が不安定であることや、連携医療機関がまだ少ないこと、さらに制度の存在自体が十分に知られていないという課題があります。
すべての命が守られる社会を目指し、この制度がより多くの方に届くよう、周知活動や支援の輪を広げていくことが大切です。困った時には相談窓口へ連絡することで、適切な支援につながる可能性があります。
参考
*1)厚生労働省「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第17次報告)の概要」
*2)厚生労働省「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」
*3)内閣府「孤独・孤立対策に関する施策の推進 を図るための重点計画」
*4)内閣官房「孤⽴した若年妊婦からのSOS」
*5)PR TIMES「未受診妊婦を支援する「無料産院」が和歌山にも拡大! 」
*6)認定NPO法人フローレンス「にんしん相談・無料産院」
*7)認定NPO法人フローレンス「日本初の「無料産院」で赤ちゃん遺棄をゼロに」
この記事を書いた人

馬場正裕 ライター
元学習塾、予備校講師。FP2級資格をもち、金融・経済・教育関連の記事や地理学・地学の観点からSDGsに関する記事を執筆しています。
元学習塾、予備校講師。FP2級資格をもち、金融・経済・教育関連の記事や地理学・地学の観点からSDGsに関する記事を執筆しています。