
食卓に上がる海産物、日常を支える海上輸送、そして地球の気候調節まで、私たちの生活は海洋法(国際海洋法条約・UNCLOS)によって見えないところで守られています。この海洋法は40年前の採択から現在も進化を続けており、2025年は公海の保全を強化するBBNJ協定の発効など、歴史的な転換点を迎えています。
海洋法の制定された背景や法律の概要などの基礎知識を身につけることは、安全保障と私たちがより良い社会への責任を果たすための判断を支えます。
目次
海洋法(国際海洋法条約)とは

海洋を取り巻く国際秩序を形作る海洋法(国際海洋法・UNCLOS)は、領海から深海底に至るまで、海洋のあらゆる領域における各国の権利と義務を定めた包括的な国際法として、「海の憲法」とも称されます。地球表面の約7割を占める海洋空間を、力ではなく法とルールによる秩序で維持するこの条約の役割を理解することは、現代の国際社会を知るうえで欠かせません。
海洋法の定義と基本情報
海洋法とは、海洋の利用・開発およびその規制に関する国際法上の権利義務関係を定めるもので、正式名称は「海洋法に関する国際連合条約(UNCLOS)※」です。例えば、
- 船舶の航行
- 水産資源の管理
- 海底鉱物資源の開発
- 海洋環境の保全
といった多岐にわたる活動が、この条約が規定する範囲に含まれます。
UNCLOSは1982年12月にジャマイカで採択され、1994年11月に発効しました。全17部320条から成り、2024年9月現在で169か国とEUが締結しています。
技術進歩に伴う資源争奪や環境汚染が深刻化した時代背景の中で、国家間の権利と義務を明確にするために不可欠な国際的ルールです。
海域の区分と沿岸国の権利
この条約が確立した最も重要な仕組みが、沿岸国からの距離に応じた海域の区分です。これは、領海とその外側の排他的経済水域(EEZ)として設定され、漁業や海底資源の開発について沿岸国が独占的な権利を持ちます。
一方、どの国の管轄にも属さない公海では、すべての国に航行や上空飛行の自由が認められています。このような空間的区分は、資源の有効活用と安全保障のバランスを取るための重要な仕組みです。
人類の共同の財産という概念
海洋法が現在の形になった転機は、1973年から開始された第3次国連海洋法会議です。この歴史において、マルタの国連大使アルヴィド・パルド氏は極めて重要な役割を果たしました。
1967年、彼が提唱した「深海底とその資源は人類の共同の財産」という概念は、1970年の国連総会決議として採択され、後の条約に反映されました。この先見的な思想は、開発途上国を含めたすべての国が海を平和的に分かち合い、未来へ継ぎ渡すべきという、現代国際協力の精神を形作りました。
実務的な運用を支える国際機関
条約が実際の海で機能するためには、専門的な国際機関による運用が欠かせません。国際海事機関(IMO)は船舶の安全基準や汚染防止に関する具体的な規制を策定し、国際海底機構(ISA)は深海底の資源管理を担当します。これらの機関が条約の精神に基づき技術的支援と監視を行うことで、海洋法は単なる書類上の合意ではなく、実効性のあるルールとして機能し続けています。
このように、国連海洋法条約は地球という限られた環境の中で海を平和的に分かち合い、未来へ繋ぐための人類の知恵の集大成なのです。次の章では、海洋法の具体的な内容を見ていきましょう。*1)
海洋法(国際海洋法条約)の具体的な内容
【海上油田の様子】
海洋法(UNCLOS・国連海洋法条約)は、領海から深海底に至るまでの海洋空間を段階的に区分し、各海域で国家が行使できる権限と義務を明確に定めた法体系です。資源管理、航行の自由、環境保護といった課題に対応する4つの柱から構成されています。
①海域の区分と沿岸国の権限
【領海、排他的経済水域(EEZ)など】
海は沿岸国からの距離に応じて機能的に区分されます。
領海
領海は基線※から12海里(約22キロメートル)までで、沿岸国に領土と同等の主権が認められます。
排他的経済水域(EEZ)
領海外側の200海里(約370キロメートル)までは排他的経済水域(EEZ)として、沿岸国が天然資源の探査・開発に独占的な権利を持つ一方で、他国の航行や上空飛行の自由は保障されています。
大陸棚については、地形的な延長が認められれば、沿岸国の権利が200海里を超えて拡張されることもあります。このような区分は、島国である日本のような沿岸国の資源管理権を明確にするうえで極めて重要です。
②航行の自由と国際海峡制度
公海ではすべての国が航行、上空飛行、漁獲の自由を享受できます。他国の領海においても「無害通航権」により、沿岸国の安全を害さない限り自由に通行できます。
さらに、公海と公海を結ぶ国際海峡では「通過通航権」が認められ、潜水艦の潜没航行も可能です。日本は宗谷海峡、津軽海峡など複数の国際海峡を指定し、海洋国家として国際的な海上交通の自由を最大限に保障しています。
③海洋環境の保護と資源の持続可能性
海洋法(国連海洋法条約)は、
- 陸上からの汚染
- 海底活動からの汚染
- 投棄による汚染
- 船舶からの汚染
といった多様な汚染源に対する包括的な規制を設けています。沿岸国は、科学的証拠に基づいて適切な漁獲量を設定し、過度な漁獲から資源を守る義務を負います。
これらの義務は、将来の世代に豊かな海を継承するための国際的な約束事として位置づけられています。
④深海底と人類の共同の財産
どの国の管轄にも属さない深海底とその資源は「人類の共同の財産」と定義され、特定の国による独占が禁止されています。国際海底機構(ISA)が、
- マンガン団塊
- 海底熱水鉱床
- コバルトリッチクラスト
などの深海底鉱物資源を管理し、環境への影響を考慮した持続可能な開発の枠組みを整備しています。この仕組みは、国際協力と平等性を追求する現代の国際秩序を象徴するものです。
海洋法(国連海洋法条約)は、空間の定義から権利行使、環境責任まで網羅し、世界の海の平和と繁栄を支える実務的な土台となっています。次の章では、なぜ海洋法(国際海洋法条約)が制定されたのか、その背景を見ていきましょう。*2)
海洋法(国際海洋法条約)が制定された背景
【海上自衛隊の水上艦】
海洋法(国連海洋法条約)の成立には、半世紀近くにわたる国際交渉の歴史があります。
- 戦後の安全保障再構築
- 経済発展
- 技術革新による海洋資源開発の可能性拡大
といった複合的な要因が、包括的な海洋秩序確立の機運を高めていったのです。
戦後秩序と沿岸国の権限拡大
1945年、アメリカのトルーマン大統領は「トルーマン宣言」を発表し、沿岸国が大陸棚の天然資源を管轄する権利を主張しました。大陸棚が沿岸国陸地の自然延長であるという考え方に基づくこの宣言は、各国に海への権限拡大を促し、中には200海里以上を領有権として主張する国も現れ、海洋秩序は混乱に陥りました。
ジュネーブ海洋法会議と未解決の課題
1958年のジュネーブ海洋法会議では、
- 領海条約
- 大陸棚条約
- 公海条約
- 漁業資源保存条約
という4つの条約が採択されました。しかし、最も重要な領海の幅については各国の主張が対立したままで、合意に至ることができず、さらなる交渉が必要でした。
深海底資源と人類の共同の財産
1960年代、深海底にマンガン団塊などの鉱物資源があることが明らかになりました。1967年、マルタの国連大使アルヴィド・パルド氏は、深海底とその資源を「人類の共同の財産」と定義し、国際管理下での開発を主張しました。
この概念は開発途上国を含めた公平な利益配分を目指す、現代国際協力の基盤となりました。
第三次国連海洋法会議とパッケージ・ディール方式
1973年から9年間続いた第三次国連海洋法会議には、150か国余りが参加しました。
- 沿岸国の資源保護要求
- 航行の自由の確保
- 先進国と開発途上国の対立
などを調整するため、「パッケージ・ディール方式」※が採用されました。この手法により、海域区分から資源配分、環境保護までを一括で妥結させることが可能になり、1982年12月10日、国連海洋法条約(UNCLOS)がモンテゴ・ベイで採択されたのです。
海洋法は、歴史的背景、技術的要因、政治的妥協が積み重なって成立した、現代海洋ガバナンスの基盤です。しかし、課題も残されています。
次の章では、海洋法(国際海洋法条約)の問題点に焦点を当てていきます。*3)
海洋法(国際海洋法条約)の問題点
【白化したサンゴ】
海洋法は海洋秩序の基盤ですが、採択から40年以上が経過した現在、
- 法の実効性
- 利益配分の不平等
- 新たな環境課題への対応
という3つの重大な課題に直面しています。制定当時には想定されなかった地球規模の環境変化や、国家間の経済的格差が、法の運用を難しくしています。
①法執行の空白と違法漁業の蔓延
海洋法の規定は多岐にわたりますが、実際にそのルールを守らせるための執行力は各国の政治的意思や監視能力に大きく依存しています。特に深刻なのが「IUU漁業」(違法・無報告・無規制漁業)※です。
この問題の根本にあるのが、旗国主義という制度です。船舶の監督責任は登録国(旗国)にあるとされていますが、規制が緩い国に登録する便宜置籍船という仕組みが悪用される傾向が続いています。
IUU漁業には、許可なき漁獲、漁獲データの隠匿、虚偽報告だけでなく、海上での人権侵害や違法な資源採取も含まれており、水産資源の枯渇を招いています。
南北格差と資源利用の不平等
深海底資源は「人類の共同の財産」と定義されていますが、開発には莫大な資本と高度な技術力が必要です。このため先進国と発展途上国の間で、実質的な利益配分に格差が生じやすいという構造的な問題があります。
漁業資源についても同様で、自国のEEZ内資源を管理するための国内体制が整っていない国では、外国船による乱獲を防げません。法的な権利は平等でも、それを行使できる能力の差が国際的な不平等を深刻化させています。
気候変動と制度の限界
海洋法制定時には予見されなかった気候変動も大きな課題です。海面上昇は領海やEEZの基準となる「基線」を物理的に消失させ、法的根拠そのものを揺るがします。
2023年採択のBBNJ協定※は公海における生物多様性保護の空白を埋める成果ですが、加盟国の批准と具体的な保全措置の実施が急務です。
海洋法は国際秩序を支えてきましたが、現代の複雑な環境課題や経済状況に対応するためには、不断のアップデートと国際協力の強化が求められています。このような不断の取り組みは、次の章で見ていくSDGsにも大きく貢献しています。*4)
海洋法(国際海洋法条約)とSDGs
【海洋大循環のイメージ。1周するのに1,000~2,000年かかる】
海洋法(国連海洋法条約)とSDGs(持続可能な開発目標)は、いずれも地球共有の資源である海を公正に管理し、各国の責任範囲を明確にすることで、資源の永続的な利用と紛争排止を目指しています。特に関連の深いSDGs目標を確認していきましょう。
SDGs目標2:飢餓をゼロに
排他的経済水域(EEZ)内の漁業管理権は、科学的根拠に基づく漁獲枠の設定を可能にし、水産資源の枯渇を防ぎます。これにより、海洋由来のタンパク源を安定的に確保できるため、特に漁業に依存する地域の食料安全保障を強化し、飢餓解消を直接的に後押しします。
SDGs目標13:気候変動に具体的な対策を
海洋法が規定する海洋環境保護義務は、コンブやワカメなどの海藻が吸収する「ブルーカーボン」生態系の保全を各国に促し、気候変動緩和に寄与します。陸上の森林に比べ単位面積あたりのCO2吸収量が2倍以上である海洋植物の保全は、日本のような森林資源が限界に達した国の脱炭素化において極めて重要です。
SDGs目標14:海の豊かさを守ろう
2023年採択のBBNJ協定は、海洋法条約の下で策定され、2026年1月発効予定です。これまで法的に空白であった公海や深海底において、初めて保護区設置を可能にし、生物多様性を強制力を持って保全する手段として機能します。
SDGs目標17:パートナーシップで目標を達成しよう
海洋法は先進国から途上国への海洋技術移転と科学的データ共有を加盟国に求め、これを条約に基づく義務として位置づけます。この法的相互扶助により、国境を越えた連携が単なる理想ではなく、条約に基づく拘束力ある国際協力へと昇華し、地球全体の海洋ガバナンスが強化されます。
このように海洋法は、SDGs達成のための法的基盤として、海洋資源の持続可能な利用と国際協力を推進する中核的な役割を担っています。*5)
>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから
まとめ
【むつ研究所に停泊しているJAMSTECの海洋地球研究船「みらい」】
海洋法(国連海洋法条約)は現在、領海から深海底まで海域の権利と責任を明確化し、資源管理と環境保全を律する法的基盤として機能しています。この条約は単なる過去の国際合意ではなく、現代的な海洋課題に継続的に適応している生きた法体系です。
2025年12月、日本政府はBBNJ協定の加入書を国連に寄託し、2026年1月の発効に向けて具体的な動きが加速しています。2025年4月には準備委員会が開催され、公海の保全を具体化する国際的な議論が深まりました。
一方、気候変動による海面上昇は、領海基線が消失する法的課題をもたらしており、基線を固定するか移動させるかという新たな国際的な論争を生んでいます。
今後、真の成果を得るには、
- 先進国から途上国への技術移転と資金支援
- 違法漁業の監視体制強化
- 気候変動による基線変動への統一的な法的対応
といった多国間の公平な負担分担が必須です。海の秩序は漁業者の食料確保、経済活動、地球規模の気候調整に直結しており、このような国際情勢を知ることは社会人としての賢明な選択のために重要です。例えば、
- 旬の地元水産物を選ぶ
遠洋漁業より沿岸漁業を支援し、輸送によるCO₂排出も削減 - 食品ロスを減らす
水産資源の無駄遣いを防ぎ、持続可能な消費を実践 - 使い捨てプラスチックを減らす
レジ袋やペットボトルの削減で海洋プラスチック汚染を抑制 - 海洋環境保護活動を支持する
NGOへの寄付やビーチクリーンへの参加 - 海洋政策への関心を持つ
選挙での投票や政策への意見表明を通じた市民参加
など、日々の消費行動が条約の理念を現実のものとします。
海洋問題は国際協力が不可欠ですが、消費者の選択も市場を動かす大きな力になります。より良い海洋の未来というビジョンのもと、責任ある行動を心がけましょう。*6)
<参考・引用文献>
*1)海洋法(国際海洋法)とは
外務省『海洋の国際法秩序と国連海洋法条約』(2025年12月)
外務省『国連海洋法条約と日本』(2020年7月)
外務省『国際海底機構(ISA:International Seabed Authority)』(2025年2月)
国際連合広報センター『条約の影響』(2015年12月)
同志社大学『海洋法に関する国際連合条約』(1995年12月)
*2)海洋法(国際海洋法)の具体的な内容
United Nations Division for Ocean Affairs and the Law of the Sea『United Nations Convention on the Law of the Sea』防衛省『6 海洋安全保障の確保』(2025年)
海上保安庁『第1章 海上治安の維持』
水産庁『水産政策の指針となる条約の締結及び法律の制定』(2000年12月)
外務省『国際海底機構』(2024年12月)
*3)海洋法(国際海洋法)が制定された背景
外務省『第7節第3次国連海洋法会議』
Wikipedia『国際連合海洋法会議』(2013年2月)
日本国際問題研究所『シンガポールの海洋安全保障政策』
JOGMEC『トルーマン宣言』
日本国際問題研究所『国際海事機関(IMO)を通じた国連海洋法条約体制の発展』(2015年6月)
*4)海洋法(国際海洋法)の問題点
Seafood Legacy『何が問題?IUU(違法・無報告・無規制)漁業』(2025年6月)
FAO『Illegal, Unreported and Unregulated (IUU) Fishing』
United Nations『BBNJ Agreement』(2025年11月)
海上保安庁『海洋法の執行と適用をめぐる国際紛争事例研究』(2008年3月)
IUCN日本委員会『国際海洋法裁判所が気候変動に関する画期的な勧告的意見を発表』(2024年7月)
*5)海洋法(国際海洋法)とSDGs
水産庁『(5)資源の持続的利用の取組』
FoE Japan『声明:日本の国連公海条約(BBNJ協定)加入を歓迎 海洋生物多様性保全に関する新たな国際協定が2026年1月に発効へ』(2025年12月)
野村證券『海藻で地球温暖化にブレーキ。ブルーカーボンは日本の脱炭素の鍵は海藻』(2023年7月)
日本国際法律家協会『BBNJ協定採択の意義と課題』
*6)まとめ
国際連合広報センター『国連海洋会議(2025年6月9-13日、フランス ニース) 関連資料:事実と数字』(2025年5月)
IUCN日本委員会『国際海洋法裁判所が気候変動に関する画期的な勧告的意見を発表』(2024年7月)
Nations Encyclopedia『Third law of the sea conference』
環境省『私達にできること』
この記事を書いた人
松本 淳和 ライター
生物多様性、生物の循環、人々の暮らしを守りたい生物学研究室所属の博物館職員。正しい選択のための確実な情報を提供します。趣味は植物の栽培と生き物の飼育。無駄のない快適な生活を追求。
生物多様性、生物の循環、人々の暮らしを守りたい生物学研究室所属の博物館職員。正しい選択のための確実な情報を提供します。趣味は植物の栽培と生き物の飼育。無駄のない快適な生活を追求。





