
〇〇ハラという言葉がたくさん聞かれるようになり、一つ一つについてどのようなハラスメントなのか迷ってしまいます。
本記事で取り上げるマタニティハラスメント(マタハラ)は、労働者や企業にとってはとても重要な課題となってきていて、近年は法令上も予防や対応への対策が強化されてきています。
今回はそのマタニティハラスメントについて、どのような言動に端を発しどんな影響を及ぼすのかを解説します。企業の予防策もまとめていますので、是非一緒に考えていきましょう。
目次
マタニティハラスメントとは

マタニティハラスメントとは、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントのことを言う和製英語です。英語での本来の言い方は “ Pregnancy discrimination “となりますが、日本では、他のハラスメント、セクハラやパワハラ等の呼び方の流れで「マタニティハラスメント」と言われることが一般的になりました。「マタハラ」と略されることもあります。
厚生労働省はその定義を「職場において、働く人が妊娠・出産・育児や、それらに関する制度をりようする際、上司や同僚がその人をいじめたり嫌がらせをしたりすること」としています。
根拠となる法令
マタニティハラスメントを定めているのは、男女雇用機会均等法と育児・介護休業法の2つです。どちらも、妊娠・出産・育児休業を理由として当該者に不利益な取扱いをすることを禁じています。育児・介護休業法における対象は男女労働者です。
さらにその後の改正で、
- 事業主に管理上の措置を講じることが義務付け
- 相談したこと等を理由とする不利益扱いに禁止
- 当該女性労働者に直接行わない言動も含む
など防止対策が強化されてきています。
具体的にどんな場面・言動をさすのかは、次の章から解説していきます。
出典・参考
職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産等、育児・介護休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント|厚生労働省
女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律(令和元年6月5日公布),職場におけるハラスメント対策パンフレット(厚生労働省)
ハラスメント防止強化リーフレット
【関連記事】ハラスメントとは? Spaceship Earth(スペースシップ・アース)SDGs・ESGの取り組み
パタハラとの違い

パタハラ(パタニティハラスメント)とは、男性労働者が育児休業等を取得することによって受けるいじめや嫌がらせなどを指します。英語の “paternity (父性)” が由来となっています。
妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントの
- 女性対象:マタニティハラスメント(マタハラ)
- 男性対象:パタニティハラスメント(パタハラ)
として広まっています。
パタハラが育児・介護休業法に基づくのに対し、マタニティハラスメントは男女雇用機会均等法、育児・介護休業法の両方に規定されています。
日本では、「男性は外で働き、女性が子育てをする」という昔の価値観が根強く残っていて、なかなかそのバイアスがぬぐえない職場もあります。
しかし、男性の積極的な育児参加は、女性への職場復帰や社会進出へのサポートだけに留まらず、近年の少子化、労働人口減少などに大きく貢献すると期待されています。そのためパタハラという言葉も注目を集めるようになりました。
出典・参考
職場におけるハラスメント対策パンフレット(厚生労働省)
ハラスメント防止強化リーフレット
マタニティハラスメントの具体例
マタニティハラスメントは2つの型にわけることができます。
1.制度等の利用への嫌がらせ型
2.状態への嫌がらせ型
それぞれ見ていきましょう。
制度等の利用への嫌がらせ型
マタニティハラスメントの対象となる制度・措置には次のようなものがあります。
男女雇用機会均等法 | 育児・介護休業法 |
1.産前休業 2.妊娠中及び出産後の健康管理に関する措置 3.軽易な業務への転換 4.変形労働時間制での法定労働時間を超える労働時間の制限、時間外労働及び休日労働の制限並びに5.深夜業の制限 5.育児時間 6.坑内業務の就業制限及び危険有害業務の就業制限 | 1.育児休業 2.介護休業 3.子の看護休業 4.介護休暇 5.所定外労働の制限 6.時間外労働の制限 7.深夜業の制限 8.育児のための所定労働時間の短縮措置 9.始業時刻変更等の措置 10.介護のための所定労働時間の短縮等の措置 11柔軟な働き方を実現するための措置 |
例をあげてみましょう。
- 妊娠により立ち仕事を免除してもらっていることを理由に「あなたばかり座って仕事をしてずるい」と同僚から仲間外れにされ、仕事がてにつかない。
- 男性労働者が育児休業を申し出たところ、上司から「男のくせに育児休業をとるなんて・・・」と言われ休業を断念した。
などです。
全体的にみて、法定労働時間に関するハラスメントで制度を利用することをあきらめた事例が多くなっています。
状態への嫌がらせ型
「状態」とは
①妊娠したこと
②出産したこと
③産後休暇を取得したこと
④つわり等で能率が下がった事
を指します。
例えば、
- 先輩が、「就職したばかりのくせに妊娠して、産休・育休をとろうなんて図々しい」と何度も言い、就業意欲が低下している。
などが挙げられます。
参考・出典:職場でつらい思いしていませんか(厚生労働省)
両方に関わる型
どちらか一方の型に分類しきれない例もたくさんあります。東京労働局に寄せられた事例には、次のようなものもあります。
- 切迫流産で1か月休んだら解雇になった。
- 夜勤ができないならパートになれと言われた。
- 産休まであと1か月なのに配属転勤命令が出た。
などです。
出典・参考:【妊娠→産休→育休→復職】紛争解決事例集
マタニティハラスメントによる影響

マタニティハラスメントは、個人や企業・社会にどんな影響をもたらすのでしょう。1つずつ整理していきます。
まずマタニティハラスメントは、男女雇用機会均等法および育児・介護休業法における義務に反する行為ですから、法令上の罰則があります。
個人への影響
マタハラに限らず、ハラスメントは個人としての尊厳や人格を不当に傷つける行ってはならない行為です。
職場におけるマタニティハラスメントは、本人の健康状態の悪化、労働意欲の低下につながります。パタニティハラスメントも同様です。
先輩や同僚からのマタハラ言動は、損害賠償や慰謝料が課せられる場合もあります。また、多くの場合監督責任のある企業も責任を問われます。
企業への影響
法令上も、事業主は、監督責任ばかりでなく、マタニティハラスメントを防止する義務もあります。
問題を不適切に処理したり、防止義務を怠った場合は厚生労働大臣から報告を求められ、助言や指導、勧告を受けることがあります。勧告に従わないと企業名が公表されます。さらには、報告をしなかったり、虚偽の報告をしたりすると、最大20万円の過料が課される可能性があります。
職場におけるマタニティハラスメントは、従業員が健康を害したり、労働意欲をなくしたりした職場は、生産性の低下など様々な経営的損失が心配されます。この点の方が罰則の有無にかかわらず大きな負の影響と言えるのではないでしょうか。
社会への影響
現在、日本は深刻な労働人口不足です。特に女性が結婚・出産後、職場復帰したり社会進出したりすることが、欧米の先進諸国に比べて難しい状況が報告されています。
下のグラフに見られる「非求職就業希望者」とは、就職を希望しながらも求職活動をしていない人のことです。
理由別の割合を見ると、
- 家事・育児のために仕事が続けられない
- 勤務時間・賃金などが希望にあう仕事がありそうにない
の2項目の割合が大きくなっています。
特に子育て世代に当たる年齢の女性は、仕事と家事・育児の両立が困難であると感じ、就職したいが行っていない割合が高いのです。こうした人の就職希望を実現するためには、職場にマタニティハラスメントがないことはもちろん、防止対策のしっかりとられている環境の整備が必要です。そのような環境整備が、労働人口の増加や少子化防止につながっていきます。
マタニティハラスメントは、個人・企業・社会のいずれへも大きな影響を及ぼしているのです。
出典・参考:【最終版原稿】リーフレット「2020年(令和2年)6月1日より、職場におけるハラスメント防止対策が強化されました!」
マタニティハラスメントをされた場合の対応

厚生労働省の調査によると、妊娠・出産などに関する否定的な言動を受けた経験があると答えた人の割合は17.9%に上っています。けして低い数値ではありません。
実際に受けた時の対応について考えていきましょう。
職場におけるハラスメント対策の実際
まず、マタニティハラスメントが行われたという認識がなければ対応策が講じられません。
マタニティハラスメントは100〜299人の企業で最も多く見られ、行為者は、上司が51.7%で最も多く、ついで同僚が28.4%、役員が27.2%となっています。
された側がハラスメントを感じているのに、「そんなつもりではなかった」「不利益とは認められない」とハラスメントが認定されない場合も少なくありません。
また、勤務先がマタニティハラスメントの予防・解決のための取り組みも、パワハラやセクハラ対策よりかなり低くなっています。
マタニティハラスメントを受けたとき
妊娠・出産・育児に関する制度や措置を利用することは労働者みんなの権利です。そして防止対策を取ることは会社の義務であり、違反した時の双方・社会に対する負の影響は、大きいのです。
マタニティハラスメントの被害に合ったときの対応は、
/ ・はっきり「No ! 」の意志を伝える ・周囲や窓口に相談する |
の2点が重要です。
はっきり「No ! 」の意志を伝える
受け流していると、事態は改善されないどころかさらに悪化させてしまう可能性もあります。ハラスメントは加害側と被害側の気持ちに大きな温度差がある場合が少なくありません。問題を解決していくことは、同じように悩んでいる他の人を救うことにもつながります。
周囲や窓口に相談する
職場のハラスメントは、個人の問題ではなく職場全体の問題です。まず信頼できる同僚や上司に相談しましょう。
会社の相談窓口や労働組合に相談する方法もあります。マタニティハラスメントは会社の義務ですから、担当部署があるはずです。
社内に相談できる相手がいないときは、都道府県労働局にも相談できます。
居住地域あるいその近くの各相談窓口は「総合労働相談コーナーのご案内|厚生労働省」からアクセスできます。
出典・参考:ハラスメントにあったらどうする?|ハラスメントで悩んでいる方|あかるい職場応援団 -職場のハラスメント(パワハラ、セクハラ、マタハラ)の予防・解決に向けたポータルサイト-
企業がマタニティハラスメントを起こさないための対策

企業にとっても影響の大きいマタニティハラスメントです。未然に防止できるよう、対策を確認していきましょう。
法令上の「指針」確認
マタニティハラスメントを防止するために「事業主が雇用管理上講ずべき措置」として以下の措置を定めています。
1.事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
2.相談(苦情を含む)に応じ、てきせつの対応するために必要な体制の整備
3.職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
4.併せて講ずべき措置(プライバシー保護、不利益取扱いの禁止等)
5.原因や背景となる要因の解消
挙げられた措置は、他のハラスメント対策でもありますが、「原因や背景となる要因の解消」は、マタニティハラスメントに対して特に加えられたものです。
これらは派遣労働者の派遣元・派遣先事業主双方も講じなければなりません。
未然に防ぐには
上記の指針を確認した上で、「起こさせない」つまり予防にポイントを絞って整理してみましょう。
予防策①:労働者の意識啓発
従業員に「マタハラ禁止」を周知・啓発するには、就業規則に規定を明記した上で、社内報・ホームページに掲載したり、ポスター・パンフレットを作成して配布したりする方法があります。また、研修を行うことも効果的です。
可能な方法を組み合わせ、意識啓発を行うことが予防の第一歩です。
予防策②:相談しやすい窓口の設置
マタニティハラスメントは、当事者には「迷惑をかけたくない」などと言い出しにくい場合が少なくありません。職場全体の業務能率を優先して、あまり意識せずにハラスメント言動をしてしまう上司もいます。
窓口となる担当者には、ハラスメントに関する広い知識やカウンセリングのスキルを身につけてる人材を配置し、企業はその担当者が適切な処理ができるよう応援する必要があります。
予防策③:①や②が機能しているかのチェック
職場におけるマタニティハラスメントは全く同じケースのものは無いと言って過言ではありません。また。他のハラスメントと重複しているケースもあります。
対応がマンネリ化したり、事務的に流れたりしないよう、管理者あるいは相互のチェックを行うことも大切です。
「予防」について絞りましたが、起こってしまった後でも、この指針に則った積極的な対応が望まれます。
出典・参考:職場における妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント対策やセクシュアルハラスメント対策は事業主の義務です!!
マタニティハラスメントとSDGs
最後にマタニティハラスメントとSDGsとの関わりをみていきましょう。
SDGsの17の目標のうち、マタニティハラスメントと深くかかわっているのは
- SDGs目標5「ジェンダー平等を実現しよう」
- SDGs目標8「働きがいも経済成長も」
の2つです。
SDGs目標5「ジェンダー平等を実現しよう」と関り
SDGsの各目標には達成度を見る指標 ※ があります。この指標を見ると、日本は目標5に対して「深刻な課題がある」とされています。その中でも特に目立つのが、女性の国会議員と企業管理職の少なさです。それでも2024年以降改善されてきていますが、女性の職場復帰や社会進出には、マタニティハラスメントの防止が重要です。
また、「ジェンダー」とは、「社会的・文化的に形成される性別」で、男性も対象です。
育児休業を取りたい男性に対してのマタニティハラスメントをなくし、安心して育休を取れる環境を整えることは、「ジェンダー平等」の達成に大きな貢献をします。
それは女性の家事・育児の軽減にも直結し、両ジェンダーの平等という効果に繋がります。
※ 各SDGs目標達成グローバル指標はJAPAN SDGs Action Platform | 外務省
SDGs目標8「働きがいも経済成長も」
近年、ワーク・ライフ・バランスを考えて就職先を決める人が増えてきました。マタニティハラスメントに対する対策もしっかりなされている企業は「福利厚生が充実」している職場です。
労働者が心身を整え、働きがいを感じて能力を発揮できれば、企業の発展、ひいては社会の経済成長にも繋がります。
>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから
まとめ
マタニティハラスメントについて、その内容、対策を解説してきました。
マタニティハラスメントは、パワハラ・セクハラとともに企業の重要課題です。そのため国も予防を中心とした対策を強化してきました。企業にとっては、法的責任を負い、人的資源を失うか生かすかに直結する問題です。国の指針や法令の趣旨を理解することはもちろん、従業員に周知徹底する必要があります。
また、一人ひとりの労働者が大事な権利を正しく行使することが、家族や同僚、所属企業を助けたり成長させたりします。
この記事が、マタニティハラスメントについての正しい理解に役立ち、SDGsの目標達成にもつながるような方向への歩みを後押しできたなら幸いです。
<参考資料・文献>
職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産等、育児・介護休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント|厚生労働省
女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律(令和元年6月5日公布)
職場におけるハラスメント対策パンフレット(厚生労働省)
ハラスメントとは? Spaceship Earth(スペースシップ・アース)SDGs・ESGの取り組み
ハラスメント防止強化リーフレット
職場でつらい思いしていませんか(厚生労働省)
【妊娠→産休→育休→復職】紛争解決事例集
令和5年度厚生労働省委託事業 職場のハタスメントに関する実態調査報告書
女性のM字型カーブの解消に向けて
【最終版原稿】リーフレット「2020年(令和2年)6月1日より、職場におけるハラスメント防止対策が強化されました!」
総合労働相談コーナーのご案内|厚生労働省
ハラスメントにあったらどうする?|ハラスメントで悩んでいる方|あかるい職場応援団 -職場のハラスメント(パワハラ、セクハラ、マタハラ)の予防・解決に向けたポータル
給与?働き方? 23年卒就活生が就職先選びで重視することは|NHK就活応援ニュースゼミ
雇用環境・均等行政をめぐる 最近の動き「職場におけるハラスメント関係指針」
事例から私たちにできる情報をすべての人に提供するメディア
令和元年度労働紛争解決制度の施行状況(厚生労働省)
SDGs:蟹江憲史(中公新書)
この記事を書いた人

くりきんとん ライター
教師・介護士を経た、古希間近のバァちゃん新米ライターです。大好きなのはお酒と旅。いくつになっても視野を広めていきたいです。
教師・介護士を経た、古希間近のバァちゃん新米ライターです。大好きなのはお酒と旅。いくつになっても視野を広めていきたいです。