オープンサイエンスとは?メリット・デメリット、最新事例も

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オープンサイエンスとは、オープンアクセスやオープンデータを通じて研究成果や知識を広く社会に開放し、イノベーションや新たな価値創出を促進する現代科学の重要な潮流です。オープンサイエンスの歴史や、メリット・デメリット、最新事例を多角的に考察し、その課題や本質に迫ります。

研究者・企業だけでなく、一般人にも閲覧可能となるオープンサイエンスは、未来の社会や経済、教育にどのような影響をもたらすのでしょうか。

目次

オープンサイエンスとは

オープンサイエンスとは、研究成果や研究データを専門家だけでなく、広く一般社会にも開かれた形で公開し、誰もがアクセス・活用できるようにする科学における潮流のことです。従来の科学研究は、論文やデータが一部の専門家や所属機関に限定されていましたが、インターネットとデジタル技術の発展により、研究成果の公開範囲が飛躍的に広がりました。

これにより、研究者同士だけでなく、企業や市民、行政など多様な主体が科学的知見を共有し、協働やイノベーションの創出が加速しています。

オープンサイエンスを理解するうえで重要となる基盤や要素について、以下で詳しく解説します。

オープンサイエンスの3つの基盤と7つの側面

オープンサイエンスと研究公正を支える日本の中核的な情報基盤は、NII研究データ基盤(NII RDC)※です。ここでは、研究データのライフサイクルに即した3つの基盤を、7つの側面から高度化し、データ駆動型研究の発展を推進しています。

※NII研究データ基盤(NII RDC)

国立情報学研究所が運用する日本の研究データ管理・公開・検索のためのクラウド基盤。GakuNin RDM、WEKO3、CiNii Researchの3基盤で構成し、2021年から本格運用されている。研究DXやオープンサイエンス推進を支える中核的役割を担う。

3つの基盤

  1. 管理基盤(GakuNin RDM)
    研究者がプロジェクトごとに研究データを効率的に管理・共有できるクラウドサービス。研究データの保存、整理、共同研究者との共有、メタデータ付与など、研究活動の基盤となる機能を提供します。
  2. 公開基盤(WEKO3)研究データや論文などの成果物を広く公開するためのリポジトリシステム。研究成果のオープンアクセス化を推進し、学術コミュニティや社会全体への知識の還元を担います。
  3. 検索基盤(CiNii Research)
    公開された研究データや論文を横断的に検索できる次世代検索サービス。多様なリポジトリや公開基盤と連携し、研究者や一般ユーザーが必要な情報にアクセスしやすくします。

7つの側面

NII RDCでは、2022年から2027年にかけての計画で、以下の7つの側面から基盤の高度化を進めています。

  1. データガバナンス機能
    研究データの管理要件策定・設定や品質モニタリングを組織レベルで支援し、研究データの信頼性と統制を強化します。
  2. データプロビナンス機能
    データの来歴や利用状況を可視化し、データ提供者・利用者双方にメリットをもたらす仕組み。研究データの透明性と再現性を高めます。
  3. コード付帯機能
    データ・プログラム・実行環境を「計算再現パッケージ」としてまとめて公開・再利用できる機能。研究成果の再現性や発展的活用を促進します。
  4. 秘匿解析機能
    開示が難しいデータも暗号化したまま解析できる機能。個人情報や機密情報を含む研究でも安全なデータ利活用を実現します。
  5. セキュア蓄積環境
    専用ハードウェアと高度な暗号化技術による強固なストレージで、機微な情報の保護と共有を両立します。
  6. キュレーション機能
    データキュレータによる専門的なキュレーションサービスや人的ネットワークを構築し、研究者の多様なデータ管理・利活用ニーズに対応します。
  7. 人材育成基盤
    研究データ管理に必要なスキルを学ぶための教材や学習環境を提供し、研究DX時代※の人材育成を支援します。
※DX(デジタルトランスフォーメーション)

ITやデジタル技術を活用して社会やビジネス、生活を根本から変革する考え方。経済産業省が推進する。企業や行政の業務効率化や新サービス創出の鍵となる。インターネットバンキングや自動運転もDXの一例。

【オープンサイエンスの3つの基盤を7つの側面】

NII RDCのこの枠組みは、単なるデータの「管理・公開・検索」だけでなく、信頼性・再現性・安全性・人材育成など、オープンサイエンスの実現に不可欠な多様な側面を包括的にカバーしています。

オープンサイエンスの6要素

また、国際的にはオープンサイエンスの実践を支える要素として、次の要素が広く認識されています。

  1. オープンメソドロジー(Open Methodology):研究手法やプロセスを公開し、他者による再現や検証を可能にする
  2. オープンソース(Open Source):研究で使用するソフトウェアやアルゴリズムを公開し、誰でも利用・改良できるようにする
  3. オープンデータ(Open Data):研究で得られたデータを公開し、再利用や新たな研究への活用を促進
  4. オープンアクセス(Open Access):論文や研究成果をインターネット上で無償公開し、誰でも自由にアクセスできるようにする
  5. オープンピアレビュー(Open Peer Review):査読プロセスを公開し、透明性と公正性を高める
  6. オープンエデュケーショナルリソース(Open Educational Resources):教育資源や教材を公開し、誰もが学習・活用できるようにする

オープンサイエンスは、研究成果やデータを広く公開し、社会全体で知識を共有・活用するための新しい科学の在り方です。次の章では、オープンサイエンスのこれまでの歴史を見ていきましょう。*1)

オープンサイエンスの歴史

【アメリカ合衆国ワシントン州、スパーク電気発明博物館の静電気の展示】

科学と社会の関係が大きく変化する中、オープンサイエンスはどのように生まれ、発展してきたのでしょうか。現代のオープンサイエンスにつながる潮流を、時系列で整理していきます。

近代科学と知の共有

科学の歴史を振り返ると、17世紀の科学革命※以降、研究成果を論文として公表し、知識を社会全体で共有する文化が根付き始めました。ロンドン王立協会やフランス学士院などの学会が設立され、科学雑誌の刊行が始まったことで、知識の流通が加速しました。

アイザック・ニュートンやロバート・ボイルなどが中心となり、「知の公開」が科学の発展に不可欠であるという認識が広まりました。

※科学革命

16〜17世紀ヨーロッパで起きた自然科学の大変革。ガリレオやニュートンが登場し、観察と実験に基づく近代科学の方法論が確立した。天動説から地動説への転換も象徴的出来事の一つ。近代社会や技術発展の基礎を築いた。

デジタル時代とオープンアクセス運動

20世紀後半、インターネットの普及とともに、学術情報のデジタル化が進展します。1990年代には、論文やデータをインターネット上で無料公開する「オープンアクセス運動」が欧米で始まりました。

2000年代に入ると、ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティブ(2002年)やベルリン宣言(2003年)など、国際的な枠組みが次々と登場し、研究成果のオープン化が加速します。

※ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティブ(BOAI)

2002年に発表された学術研究成果の無料公開を推進する国際的な運動。オープンアクセスの基本定義を示し、セルフアーカイブとOAジャーナルの2戦略を提唱。世界の知識共有の基盤を築いた歴史的宣言。

※ベルリン宣言(2003年)

マックス・プランク協会主導で採択されたオープンアクセス推進の国際宣言。研究成果を誰もが無料・自由に利用できることを明確化し、世界300超の機関が署名。BOAIと並ぶ「BBB宣言」の一つ。

オープンサイエンスの国際的拡大

2010年代には、論文やデータの公開だけでなく、

  • 研究プロセス
  • 教育資源
  • ソフトウェア

なども含めた包括的な「オープンサイエンス」の概念が広がりました。欧州委員会やユネスコなど国際機関も積極的に推進し、2021年にはユネスコが「オープンサイエンス勧告」を採択します。

※オープンサイエンス勧告

2021年に193か国が合意した国際的な指針。多言語・多分野の科学知識を誰もが自由に利用・再利用できることを目指し、政策やインフラ、社会参画、伝統知識の尊重など包括的な枠組みを提示している。法的拘束力はないが、各国に進捗報告を求める。

日本でも文部科学省や内閣府がオープンサイエンス政策を本格化させ、研究データ基盤の整備や人材育成が進められています。

オープンサイエンスは、科学の透明性・信頼性を高め、社会全体で知識を活用するための基盤として、今後も進化し続けていくでしょう。*2)

オープンサイエンスのメリット

オープンサイエンスの推進によって、知識や情報がより多くの人々に開かれ、社会全体の発展やイノベーションにつながる動きが加速しています。研究者だけでなく、学生や市民、企業、政策担当者まで、幅広い層に恩恵が広がる点が大きな特徴です。

オープンサイエンスの具体的なメリットについて、見ていきましょう。

知識の共有と普及の促進

研究成果や学術情報が無料でアクセス可能になることで、一般市民や学生、研究者など多様な人々が知識を手に入れやすくなります。

従来は論文やデータが有料で限定的にしか利用できなかったため、情報格差が生じやすい状況でした。オープンアクセスの普及により、誰もが最新の研究成果を学習や意思決定、政策立案などに活用できるようになり、社会全体の科学リテラシー向上や教育の質の向上にもつながっています。

医療・公衆衛生の向上

医学や公衆衛生分野では、研究成果が迅速かつ広範に共有されることで、新たな治療法や予防策、診断技術の開発が加速しています。

COVID-19パンデミック時には、政府や科学者、産業界が連携し、研究成果やデータの即時公開を進めたことで、世界中で情報が効率的に流通し、迅速な対応や新しい発見が生まれました。これにより、国民の健康状態や医療の質が大きく向上した事例も報告されています。

イノベーションと経済発展への貢献

オープンサイエンスによって、研究成果が産業界やベンチャー企業にも広く利用され、新たなビジネスや技術革新の創出が期待されています。知識のオープン化は、社会課題の解決や新産業の創出に直結し、経済成長や競争力強化にも貢献します。

特にデータ駆動型社会の到来により、オープンサイエンスの経済的波及効果は今後ますます拡大すると考えられています。

シチズンサイエンスや社会参画型科学とのつながり

オープンサイエンスは、一般市民や非専門家が研究活動に参加する「シチズンサイエンス」や、社会参画型科学の発展とも深く関係しています。市民がデータ収集や解析、研究プロジェクトに参加することで、科学と社会の距離が縮まり、より多様な視点や知見が科学研究に取り入れられるようになります。

【自身の研究に対する評価や注目度の上昇につながる】

これにより、社会課題の解決や科学への信頼性向上にもつながっています。

オープンサイエンスは、知識の壁を取り払い、社会全体の発展やイノベーションを支える重要な基盤となっています。次の章ではオープンサイエンスのデメリットに焦点を当てていきましょう。*3)

オープンサイエンスのデメリット

オープンサイエンスは多くのメリットをもたらしますが、その一方で現場や社会に新たな課題やリスクも生じています。グローバルな潮流に乗り遅れれば、国際競争力の低下や研究の質の低下も懸念されるため、メリットだけでなくデメリットにも十分な理解が求められます。

研究成果の誤用・悪用リスク

研究データや成果を広く公開することで、社会や産業界に大きな利益をもたらす一方、悪意ある第三者による誤用や悪用のリスクも高まります。

例えば、医療やバイオ分野のデータが不適切に利用された場合、個人情報の漏洩倫理的問題が発生する可能性があります。また、商用利用の制限が緩い場合、研究成果が研究者や社会の意図しない形で利用されることも懸念されています。

経済的・人的負担の増加

オープンアクセス出版やデータ公開には、論文処理料(APC)の負担や、データ整備・管理のための追加的な労力・コストが発生します。

特に若手研究者や資金の限られた機関にとっては、APCの支払いが大きな負担となり、研究成果の公開自体が困難になる場合もあります。また、データの標準化や管理体制の整備には専門人材の育成や組織的な投資も不可欠です。

品質管理・信頼性の課題

オープンアクセスジャーナルの増加により、査読や品質管理が十分でない「略奪的ジャーナル」※の存在が問題視されています。また、膨大なデータや論文が公開されることで、情報の真偽や信頼性を見極めるためのリテラシーが求められます。

質の高い研究とそうでない研究が混在する環境では、誤った情報が広まるリスクも無視できません。

※略奪的ジャーナル

査読や品質管理を行わず、研究者から高額な掲載料を取る営利目的の粗悪学術誌。学問の信頼性を損ない、論文の質や倫理性を無視して無差別に掲載。Jeffrey Beallが「Beall’s List」で問題を提起した。研究者や利用者は十分な注意が必要。

国際競争力や知識格差の懸念

オープンサイエンスの国際的な潮流に乗り遅れると、地球規模の研究プロジェクトに参加できなくなり、日本の研究者や研究機関が国際社会から取り残されるリスクがあります。

また、インターネット環境やインフラが不十分な地域では、知識へのアクセス格差が依然として残り、知識のオープン化が必ずしも全ての人に平等な恩恵をもたらすわけではありません。

この他にも、

  • オープンサイエンス推進における分野・組織間格差
  • リポジトリなどインフラ整備
  • 法制度の未整備などガバナンスの課題
  • 人文・社会科学など一部分野ではデータの公開自体が難しい

なども指摘されています。

オープンサイエンスの推進には、これらの課題やリスクに対する慎重な対応と、持続可能な仕組みづくりが不可欠です。*4)

【最新事例】海外のオープンサイエンス動向

世界各国では、オープンサイエンス推進のための政策やインフラ整備が急速に進んでいます。欧州や北米を中心に、研究成果の公開義務化やデータ共有の枠組みづくりが活発化し、グローバルな連携も広がっています。

主な動向を確認していきましょう。

欧州連合(EU)の「Horizon Europe」とオープンサイエンス政策

欧州連合は、研究・イノベーション枠組み「Horizon Europe」を通じて、オープンサイエンスの国際的リーダーシップを発揮しています。2021年から始まったこのプログラムでは、EU資金による研究成果のオープンアクセス化が原則義務付けられ、研究データの管理・共有計画(DMP)の提出も求められています。

欧州オープンサイエンスクラウド(EOSC)など、研究データ基盤の整備も進み、学術界・産業界・市民社会の連携が強化されています。

アメリカの連邦政策とオープンサイエンス推進

アメリカでは、連邦政府による研究資金を受けた論文やデータの公開義務化が進んでいます。2022年、ホワイトハウス科学技術政策局(OSTP)は、2026年までに全ての連邦助成研究の成果を即時オープンアクセス化する方針を発表しました。

NIH(国立衛生研究所)やNSF(国立科学財団)もデータ共有計画を義務化し、透明性と再現性の向上を重視しています。

国際機関・ユネスコのオープンサイエンス勧告

ユネスコは2021年、「オープンサイエンス勧告」を採択し、世界規模での知識共有と協働を提唱しています。この勧告は、各国政府や研究機関、市民社会に対して、オープンサイエンスの推進と倫理的・法的課題への対応を求めるもので、グローバルな共通基盤づくりが進められています。

ユネスコは特に途上国のデジタル格差解消や、包摂的な科学の実現を強調しています。

世界ではオープンサイエンスの即時公開やデータ共有が加速し、国際連携と公平な知識普及が進展しています。今後も政策・インフラ整備を軸に、グローバルな知の循環とイノベーション創出がさらに拡大するでしょう。*5)

【最新事例】国内のオープンサイエンス動向

日本でもオープンサイエンスの推進が加速し、政策やインフラ整備、研究現場での実践が新たな段階に入っています。国や大学、研究機関が連携し、国際的な潮流に対応しながら、独自の課題解決にも取り組んでいます。

学術論文等の即時オープンアクセス方針の策定と実施

2025年度から、競争的研究費による新規公募分の学術論文等は、即時オープンアクセス化が原則となります。これは、内閣府に設置されている「総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)」による、統合イノベーション戦略2023および2024に基づくもので、公的資金による研究成果を国民に還元し、

  • 科学技術とイノベーション創出
  • 地球規模課題の解決

などに貢献することが狙いです。

各大学や研究機関は、機関リポジトリの整備データポリシーの策定APC(論文掲載料)の経済的負担の適正化など、環境整備を急速に進めています。

Japan Open Science Summit(JOSS)などの実践的取り組み

日本では、国内最大級のオープンサイエンスカンファレンス「Japan Open Science Summit(JOSS)」※が毎年開催され、研究者・政策立案者・図書館員・IT技術者・市民など多様な関係者が議論を交わしています。

2025年もオンライン・ハイブリッド形式で開催され、

  • FAIR原則(Findable、 Accessible, Interoperable、 Reusable)
  • 市民科学
  • データ管理
  • 政策

など多様なテーマが扱われています。こうした場を通じて、実践的な知見の共有やネットワーク形成が進み、現場の課題解決に役立てられています。

※Japan Open Science Summit(JOSS)

国立情報学研究所などが主催する日本最大級のオープンサイエンスカンファレンス。研究者、図書館員、政策立案者、市民科学者など多様な参加者が集い、最新の取り組みや課題を議論する。FAIR原則や市民科学、データ管理など幅広いテーマを扱う。

研究データ管理とプラットフォーム整備

内閣府のCSTIが主導する「第6期科学技術・イノベーション基本計画」では、2025年までに全大学等でデータポリシー策定率100%、DMP(データマネジメントプラン)導入率100%を目標としています。

同時に、国立情報学研究所(NII)※が中心となり、研究データ基盤(NII RDC)の開発や、研究成果発信のためのプラットフォーム整備が進行中です。これにより、研究データの長期保存や再利用、国際連携も強化されています。

※国立情報学研究所(NII)

日本唯一の情報学分野の学術総合研究所。人工知能、ビッグデータ、IoT、情報セキュリティなど幅広い最先端研究を推進している。学術情報ネットワーク(SINET)や研究データ基盤の整備も担う。大学や企業、国際機関と連携し、人材育成や社会貢献にも注力する。

日本のオープンサイエンスは、政策・現場・技術の三位一体で進化しており、今後も国際動向を踏まえた柔軟な対応と、現場の課題解決が重要となります。*6)

オープンサイエンスとSDGs

【SDGsの4区分:生物圏、社会、経済、実施手段】

オープンサイエンスとSDGsは、ともに「誰一人取り残さない」社会の実現を目指し、知識や資源の共有を通じた課題解決を重視しています。科学の透明性と社会参画が、持続可能な未来の基盤となる点で深く連携しています。

オープンサイエンスは、研究データや成果の開放により、SDGsが掲げる17の目標達成に不可欠な「科学的根拠に基づく意思決定」と「グローバル協働」を加速させます。

SDGs目標3:すべての人に健康と福祉を

医療データや治験結果のオープン化が、感染症対策や希少疾患治療の開発を促進します。例えば、COVID-19パンデミック時には、ウイルス遺伝子データの即時共有がワクチン開発を3ヶ月短縮しました。

オープンアクセス化された医学論文は、途上国の医療従事者の診断精度向上にも貢献しています。

SDGs目標4:質の高い教育をみんなに

オープンエデュケーションリソース(OER)※により、教育格差の解消が進んでいます。ユネスコの調査では、OERを導入したアフリカ5か国で中等教育修了率が平均18%向上しました。

また、京都大学のオープンコースウェアは、120か国以上で活用され、教育の民主化を推進しています。

※オープンエデュケーションリソース(OER)

著作権者が自由な利用や改変を認めて公開した無償の教材や教育資料の総称。教科書、講義動画、学習用ソフトなど多様な形式が含まれる。ユネスコが2019年に国際的な推進勧告を採択。教育格差の解消や学びの機会拡大に貢献している。

SDGs目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう

研究データプラットフォーム(例:NII RDC)が産学連携を促進し、産業関連技術の開発速度を急速に向上させているという報告があります。例として、JAXAとJICAの衛星データ共同利用プロジェクトは、ミャンマーの農業生産性を大きく改善し、持続可能な産業基盤を構築しました。

SDGs目標13:気候変動に具体的な対策を

気候データのオープン化が、国際的なモデル予測精度を向上させています。EUの「Copernicusプログラム」※では、衛星データを公開し、多くの国が気候政策の策定に活用しています。

日本でも気象庁のデータ開放により、自治体の災害対策効率が改善されています。

※Copernicusプログラム

EUと欧州委員会が主導する地球観測プログラム。ESAが開発したSentinel衛星シリーズなどを用い、地球環境や気候変動、災害監視などのデータをオープン&フリーで提供する。欧州宇宙機関や欧州気象衛星開発機構など複数機関が連携し、政策決定や産業利用、研究に広く活用されている。

SDGs目標17:パートナーシップで目標を達成しよう

オープンサイエンスは国際協働の基盤となり、SDGs目標17達成に直結します。ユネスコの「オープンサイエンス勧告」では、145か国がデータ共有枠組みに合意し、SDGs進捗報告の透明性を確保しています。Springer Nature※と国連の連携プロジェクトでは、SDGs関連論文のオープンアクセス化により、政策決定者への情報到達速度が加速しました。

※Springer Nature

世界45か国以上で事業展開する学術・教育分野の大手出版社。科学誌「Nature」や「Scientific Reports」など約3,000誌の学術雑誌と13,000冊超の書籍を発行。オープンアクセス出版に注力し、研究者や教育機関、政策立案者の知識共有と発見を支えるグローバルリーダー。

このように、オープンサイエンスは、SDGsが求める「科学的根拠」「包摂性」「国際連携」の3要素を同時に実現する触媒として機能しています。*7)


>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから

まとめ

オープンサイエンスは、科学の透明性と社会参画を高め、人類共通の課題解決に向けた協働を可能にする革新的な潮流です。研究データや成果の公開が進むことで、医療・気候変動・教育などの分野でSDGs達成が加速し、市民や企業も科学の進展に直接関与できる時代が到来しています。

2025年には日本の公的資金研究論文の即時オープンアクセス化が義務化され、国際競争力の強化と社会還元がさらに進むと予想されます。

しかし、

  • 途上国のデジタル格差
  • 人文社会科学のデータ開示※
  • 倫理的リスクへの対応

などは課題として残されています。今後の推進には、法整備・インフラ整備・人材育成に加え、多様な文化や経済状況を考慮した「包摂性」が鍵となります。例えば、アフリカの研究者が自国データを活用できる環境整備や、先住民の知見を尊重するデータ管理モデルの構築など、地域ごとの文脈に応じたアプローチが重要です。

※人文社会科学のデータ開示の課題

人文社会科学のデータ開示が難しい主な理由は、個人情報やプライバシー保護の課題、データ規格や形式の多様性、公開を前提としない収集慣行、そしてデータ公開に通じた人材不足などのこと。特にインタビューや調査データは匿名化が困難で、著作権や倫理面の配慮も不可欠。

個人レベルでも、オープンアクセス論文の積極的な活用や市民科学プロジェクトへの参加が可能です。

  • 自身の専門性をどう社会に還元できるか
  • データ共有がもたらす倫理的影響

などを考え、あなたも参加してみてはいかがでしょうか。

オープンサイエンスは、単なる「公開」ではなく「共創」のプラットフォームです。一人ひとりが知の循環に参加し、多様な声を反映させることで、誰もが輝ける持続可能な未来を、社会全体で協力して築いていきましょう。

<参考・引用文献>
*1)オープンサイエンスとは
国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター『NII研究データ基盤(NII Research Data Cloud:NII RDC)の概要』
国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター『オープンサイエンス概要』
国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター『「オープンアクセスに係る海外動向調査:調査報告書」が公開されました』(2025年4月)
国立情報学研究所『オープンサイエンス(Open Science)』
Wikipedia『オープンサイエンス』
内閣府『第5期科学技術基本計画』
内閣府『我が国のオープンサイエンス政策について』
科学技術・学術政策研究所『オープンな情報流通が促進するシチズンサイエンス(市民科学)の可能性』(2015年6月)
国⽴情報学研究所『オープンサイエンスのためのデータ管理基盤ハンドブック〜学術研究者のための“個⼈情報”の取扱い⽅について〜の概要』(2022年7月)
文部科学省『オープンサイエンスの推進について』(2016年11月)
文部科学省『オープンサイエンスの推進について(一次まとめ)』(2023年12月)
日本学術振興会『独立行政法人日本学術振興会の事業における論文のオープンアクセス化に関する実施方針』(2017年3月)
日本学術振興会『科研費における論文のオープンアクセス化について』
京都大学『新たな成果公開の方法に挑戦したり、オープンサイエンスを実践したい!』(2019年4月)
京都大学『オープンサイエンスの概説と展望』(2019年)
日本学術会議『オープンサイエンスの深化と推進に向けて』(2020年5月)
*2)オープンサイエンスの歴史
WIKIMEDIA COMMONS『SPARK Museum of Electrical Invention – interior 06 – Leyden jars』
文部科学省『ユネスコ オープンサイエンス勧告とその背景』(2022年3月)
科学技術・学術政策研究所『オープンサイエンスの潮流がもたらす科学と社会の変容』(2022年5月)
科学技術・学術政策研究所『オープンサイエンスの進展により変容する科学と社会〜統合イノベーション戦略の背景および実態調査に向けて〜』(2018年12月)
林 和弘『オープンサイエンス時代の研究公正』(2016年)
科学技術・学術政策研究所『オープンアクセスのこれまでとこれから:2025年からの義務化に向けて』(2023年8月)
内閣府『オープンサイエンス政策の背景と現状 資源としての研究データ』(2017年12月)
日本化学会『本格的に変わり始めた科学と社会』(2021年10月)
内閣府『再び注目を浴びるオープンアクセスの背景、現状と展望』(2022年11月)
National Institute of Informatics『欧州から見たオープンサイエンス』(2017年2月)
*3)オープンサイエンスのメリット
国立大学図書館協会『研究データのオープン化とそのメリット』(2020年4月)
日本学術振興会『科研費における論文のオープンアクセス化について』
国立大学図書館協会『研究データのオープン化とそのメリット』(2020年4月)
文部科学省『シチズンサイエンスを活⽤して社会と科学のつながりを強化する』(2020年2月)
野田 哲夫,丹生 晃隆『オープンソース・ソフトウェアの活用・開発貢献が企業成長に与える影響に関する研究(3ヶ年経年分析)』
内閣府『我が国におけるオープンサイエンス推進のあり方について』(2015年3月)
CHORUS『研究倫理教育では何を研究者に教えれば良いのか?』(2022年6月)
*4)オープンサイエンスのデメリット
文部科学省『資料4 オープンサイエンス推進における今後の審議に向けた課題等整理(案)』
文部科学省『研究評価の現状とオープンアクセス/オープンサイエンス』(2020年12月)
文部科学省『研究活動の国際化、オープン化に伴う新たなリスクに対する研究インテグリティの確保に係る対応方針について』(2021年4月)
小野 英理『オープンサイエンスの概説と展望』(2019年)
日本医事新報『【識者の眼】「オープンサイエンスを巡って②─儲けすぎている学術雑誌の大手出版社」船守美穂』(2024年4月)
科学技術・学術政策研究所『研究データの公開と論文のオープンアクセスに関する実態調査2020-オープンサイエンスとデータ駆動型研究の推進に向けた課題-』(2021年12月)
佐藤 一郎『ビッグデータと個人情報保護法:データシェアリングにおけるパーソナルデータの取り扱い』(2016年)
竹内 比呂也『日本におけるオープンアクセスと研究データサービスの課題』(2024年10月)
*5)【最新事例】海外のオープンサイエンス動向
内閣府『オープンサイエンスの戦略・施策の検討に資する調査・分析等の委託(2024 年度)』(2025年2月)
内閣府『オープンサイエンスに関する最新の政策動向』(2024年7月)
科学技術振興機構 研究開発戦略センター『科学技術・イノベーション政策に
関する世界の潮流(2024 年)』
科学技術振興機構 研究開発戦略センター『主要国・地域の科学技術・イノベーション政策動向(2024 年)』
UNESCO『Open science outlook 1: status and trends around the world』(2024年3月)
UNESCO『Open science』
National Diet Library『ユネスコ、世界のオープンサイエンスの状況を評価した報告書を公開』(2023年12月)
National Diet Library『米国大統領府科学技術政策局(OSTP)、連邦政府が助成した研究のオープンアクセス出版のための資金調達メカニズムに関する報告書の最新版を公開』(2024年7月)
国立情報学研究所『Policy Developments on Open Science』
ASAPbio『Trends in Open Peer Review: Research by Information Scientists』
EUA『Open Science: The challenges of a deep transformation of scientific communication』(2023年3月)
*6)【最新事例】国内のオープンサイエンス動向
林 隆之, 佐々木 結, 沼尻 保奈美『研究評価改革とオープンサイエンス:国際的進展と日本の状況』(2023年)
National Institute of Informatics『JAPAN OPEN SCIENCE SUMMIT 2025』
National Institute of Informatics『SESSION セッション詳細』
内閣府『学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた国の方針に関する説明会の開催について』(2024年4月)
内閣府『統合イノベーション戦略 2024』(2024年6月)
National Diet Library『【イベント】Japan Open Science Summit 2025(6/23-27・オンライン、東京都)』(2025年5月)
内閣府『学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針』(2024年2月)
厚生労働省『厚生労働科学研究による研究データの管理・利活用の推進について』
NEDO『NEDOプロジェクトにおけるデータマネジメントについて』
経済産業省『委託研究開発におけるデータマネジメントに関する運用ガイドラインとナショプロデータカタログ』
*7)オープンサイエンスとSDGs
社会技術研究開発センター『SDGsの取組』
文部科学省『オープンサイエンスに関する勧告』(2021年11月)
文部科学省『持続可能な開発目標(SDGs)と科学技術イノベーション』(2017年1月)
人科学技術振興機構『SDGs達成に向けた科学技術イノベーションの実践』(2021年3月)
Springer Nature『[Springboard] CEOからのメッセージ:2022年にオープンサイエンスを推進するために必要なものとは?』(2022年1月)
日本学術会議『学術と SDGs のネクストステップー社会とともに考えるためにー』(2020年)
EU-Japan Centre for Industrial Cooperation『C o p e r n i c u sデータプラットフォームサービスについて』
Springer Nature『Open access journals』

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この記事を書いた人

松本 淳和 ライター

生物多様性、生物の循環、人々の暮らしを守りたい生物学研究室所属の博物館職員。正しい選択のための確実な情報を提供します。趣味は植物の栽培と生き物の飼育。無駄のない快適な生活を追求。

生物多様性、生物の循環、人々の暮らしを守りたい生物学研究室所属の博物館職員。正しい選択のための確実な情報を提供します。趣味は植物の栽培と生き物の飼育。無駄のない快適な生活を追求。

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