
地上のインフラに頼らず、宇宙空間の衛星が通信を支えるサテライトインターネット(衛星インターネットアクセス)。この技術は、地理的制約を超えたインターネット接続手段として注目されています。
低軌道衛星と静止軌道衛星を使い分ける仕組みで、それぞれメリットとデメリットが存在します。教育や医療へのアクセスを広げる一方で、通信性能や気象条件による制約も抱えるサテライトインターネットが、今後どう発展し、私たちの生活に関わるのかをわかりやすく解説します。
目次
サテライトインターネットとは

サテライトインターネットとは、宇宙空間を周回する人工衛星と地上のアンテナが電波を送受信することで、インターネット接続を提供するものです。従来のインターネットは、光ファイバーケーブルや電話回線を物理的に設置する必要があり、山間部や離島、インフラ整備が遅れている地域では環境構築が進みにくいという課題がありました。
対してサテライトインターネットは、「空が見える場所」であれば、専用アンテナを設置するだけで高速通信が可能になります。この特性により、世界的なデジタル格差の解消だけでなく、災害時に地上の通信網が遮断された際の「命綱」としても機能する重要な役割を担っています。
近年、サテライトインターネットが急速に普及し、社会インフラとして定着しつつある背景には、目覚ましい技術革新があります。まずは、サテライトインターネットを理解するために重要なポイントを確認しておきましょう。
静止軌道と低軌道がもたらす性能差
衛星通信の性能は、衛星が飛行する高度によって大きく変わります。従来主流だった静止軌道衛星(GEO)は高度約3万6,000㎞に位置し、一機で広範囲をカバーできる反面、通信遅延が0.5~0.6秒程度発生するため、オンライン会議やリアルタイム性が求められる作業には不向きでした。
対して、現在主流の低軌道衛星(LEO)は高度200〜2,000㎞を周回するため、通信遅延は0.02~0.04秒程度にまで短縮され、地上の光回線と同等レベルの快適な応答速度を実現しています。
ロケット再利用がもたらしたコスト革命
数千基もの衛星を地球全体に配置する「メガコンステレーション」構想は、かつてはコストの壁により実現困難とされていました。しかし、SpaceX社などが実用化した「再使用ロケット技術」がこの常識を覆しました。
打ち上げコストは従来の100分の1程度にまで低減し、大量の衛星を次々と軌道に投入することが経済的に可能となったのです。このコスト革命こそが、一般消費者でも手頃な価格で衛星インターネットを利用できるようになった最大の要因といえます。
主要サービスと社会での実装
【STARLINKのサービス提供状況(2025年12月8日時点)】
実際のサービス展開も加速しています。SpaceXの「Starlink」は2025年10月時点で8,600機以上の衛星を運用し、約100万箇所以上にインターネット環境を提供しています。Amazonの「LEO(旧 Project Kuiper)」も2025年4月に初期の運用衛星を打ち上げ、2026年中盤からの本格サービス開始に向けて準備が進んでおり、競争によるサービス品質の向上が期待されています。
日本国内においても、通信キャリアが災害対策や山間部での通信手段として採用を進めており、サテライトインターネットはもはや実験的な技術ではなく、不可欠な社会インフラとして定着しつつあります。次の章で、サテライトインターネットの基本的な仕組みを見ていきましょう。*1)
サテライトインターネットの仕組み

どのような仕組みで、スマートフォンやパソコンが宇宙の衛星とつながり、世界中の情報を瞬時にやり取りできるのでしょうか。そこには、目に見えない電波が地球と宇宙を往復する「データのリレー」が存在します。
この仕組みを理解するために、
- 通信経路
- 衛星配置
- 電波周波数
という三つの側面から解説します。
①地上と宇宙を結ぶ通信経路と衛星間光通信
サテライトインターネットは、
- ユーザー
- 衛星
- 地上のゲートウェイ局
の三者間の連携で成り立っています。自宅のアンテナから衛星へリクエスト信号(アップリンク)が発射され、地上インターネット網につながるゲートウェイ局へ転送されます。
大洋など地上設備がない場所では、衛星同士がレーザー光で直接通信する「衛星間光通信(ISL)」が活躍し、データを次々とリレーして途切れない通信を実現しています。
②衛星コンステレーションと追尾技術
通信遅延が少ない低軌道衛星は高度が低いため、一機ごとのカバー範囲が狭く、すぐに地平線へ消えてしまいます。しかし、数千基を地球全体に配置する「衛星コンステレーション」を構築することにより、常に衛星がいる状態をつくり、ユーザーは意識せず接続先を切り替えながら通信を継続できます。
ユーザー端末の「フェーズドアレイアンテナ」は電子的に電波の向きを制御し、動きながら高速移動する衛星を捉え続けるため、船舶や航空機でも安定利用が可能です。
③周波数帯域:速度と安定性のバランス
衛星通信ではデータを送受信するために、以下のような特定の周波数帯の電波が使われています。
- Kuバンド(12GHzから18GHz)
比較的低い周波数で、小型のアンテナでも受信しやすく、多くのサービスで採用されています。 - Kaバンド(26.5GHzから40GHz)
より高い周波数を使うため、同じアンテナサイズでも大容量のデータを送受信できます。ただし、周波数が高いほど雨や雪などの水分に弱くなり、電波が減衰する(弱くなる)という性質があります。
最新システムでは、悪天候による通信品質の低下に対して、自動的に送信出力を上げたり、雨の影響を受けにくい別の衛星に切り替えたりすることで、安定した通信を保っています。
このように、サテライトインターネットは、宇宙空間のネットワーク網と地上の制御技術が連携することで実現しているのです。*2)
サテライトインターネットのメリット

サテライトインターネットによって、インターネット通信の、どのような課題が解決できるのでしょうか。主なメリットを整理します。
地理的制約の克服とデジタル格差の解消
サテライトインターネットでは、地上インフラが届かない山間部や離島でも、空が見えれば高速通信が可能です。日本でも2025年4月、KDDIが「au Starlink Direct」を提供開始し、スマートフォンで衛星通信が直接可能になりました。
都市部との教育や医療の格差が是正され、誰もが平等に情報にアクセスできます。
災害時における強靭性の発揮
地上インフラに依存しないため、大規模災害で通信網が遮断されても通信を維持できます。例えば能登半島地震では、Starlinkが750台規模で被災地支援に活用されました。
自治体や企業のBCP対策※としても導入が加速しており、社会の安全網強化に不可欠です。
モビリティと産業利用の拡大
海上運送や建設業など、通信が不安定だった場所でもリアルタイムなデータ通信が実現します。日本財団の実験では複数の無人船を陸上から遠隔操作することに成功しました。
建設機械の遠隔操作も実現し、産業全体の生産性向上を加速させています。
*3)
サテライトインターネットのデメリット

サテライトインターネットは、メリットを活かして社会の安全網強化と産業基盤の高度化を同時に実現していますが、デメリットも存在します。
通信品質の限界とコストの壁
光回線と比べると、サテライトインターネットの課題として、まず挙げられるのは「料金が高めで、天気に弱い」という現状でしょう。
性能面では、動画視聴には十分な速さ(下り50~200Mbps)が出ますが、光回線のような「いつでも安定して速い」というレベルには及びません。また、データの応答に0.02~0.04秒のわずかな遅延が生じるため、一瞬を争うオンラインゲームなどでは少し遅く感じることがあります。
費用面では、専用アンテナなどの機器代として3~5万円程度の初期投資が必要で、毎月の利用料も光回線よりやや割高です。さらに、激しい雨や雪の日は、雨粒が上空からの電波を妨害する現象(降雨減衰)が起こり、インターネットが遅くなったり途切れたりすることもあります。
深刻化する「宇宙ごみ(スペースデブリ)」問題
サテライトインターネットの急速な普及により、軌道上の環境が大きく変わってきました。低軌道衛星コンステレーション(複数の衛星を軌道上に配置するシステム)の普及に伴い、軌道上を周回する衛星の数は急増し、2024年時点で約8,000基以上に達しています。
これに伴い、運用を終えた衛星や破片といったスペースデブリ(宇宙ゴミ)が増加し、軌道環境が混雑してきました。
特に懸念されているのが「ケスラーシンドローム」と呼ばれる現象です。衛星同士やデブリが衝突すると破片がさらに増え、その破片がまた別の衛星に衝突するという連鎖反応が起こり、制御不能な状態に陥る危機的な事態を招く可能性があります。
このような状況に対応するため、2025年10月には欧州宇宙機関(ESA)が「最も懸念される宇宙ごみ50個」をリスト化し、国際的な規制強化の動きが加速しています。衛星事業者には、運用終了後に衛星を大気圏に落下させるなどの確実な軌道離脱、および衝突を自動回避するシステムの搭載が求められるようになってきました。
天体観測への影響と「光害(ひかりがい)」
太陽光を反射する衛星は天文観測の深刻な障害です。国際天文学連合(IAU)は2025年に専門センターを設立しましたが、衛星が望遠鏡の視野を横切り、観測データを破損させる事例が後を絶ちません。
事業者は衛星の黒塗装化など対策を講じていますが、科学と通信の利便性をどう両立させるか課題が残っています。
サテライトインターネットは、まだ発展途上の技術です。特性を理解した上での利用と責任ある運用で、今後の改善が期待されています。*4)
サテライトインターネットの利用方法
【AmazonLeo、3タイプの受信アンテナ】
宇宙からの通信と聞くと、特別な工事が必要だと思う人もいるかもしれません。しかし現在のサテライトインターネットは一般家庭向けにパッケージ化され、シンプルな手順で利用開始できます。
光回線のような開通工事を待つ必要もなく、機材が届けばその日のうちに接続できるスピード感が特徴です。契約から設置、日常管理まで、快適に利用する基本的な方法を紹介します。
① サービスとプランの選択
利用目的や地域に応じて、サービス事業者とプランを選びます。現在、日本で利用できる主なサービスは、SpaceX社の「Starlink」、KDDI経由の「Starlink Business」、そして2026年には「Amazon Leo(Project Kuipe)」のサービス開始も予定されています。
個人向けには、Starlinkの「固定設置型(月額6,600円程度~)」や持ち運び可能な「可搬型」があります。また法人向けには、データ容量別の「Starlink Business」があり、BCP(事業継続計画)対策として導入する企業も増えています。
サービス選びでは、月額料金だけでなく、サポート体制や将来的なサービス拡張性も考慮し、長期的な視点からも考慮することが重要です。
② 設置環境の確認と事前準備
最も重要なのが「空の視界」の確保です。衛星と安定して通信するには、アンテナ設置場所の上空に樹木や建物などの遮蔽物がないことが絶対条件です。
多くのサービスでは、専用アプリのAR(拡張現実)機能で、スマートフォンのカメラをかざすだけで障害物の有無を事前チェックできます。申し込み前にこの確認を行い、最適な設置場所を決めておくことが、後のトラブルを防ぐポイントです。
③ 機器の設置と接続
申し込み後、数日~2週間程度で専用キット(アンテナ、ルーター、ケーブル類)が届きます。設置は基本的にユーザー自身で行う「DIY」が主流です。
庭やベランダなど安全な場所にアンテナを固定し、ルーターと接続して電源を入れるだけで完了します。アンテナは電源投入後、自動的に上空の衛星を探索して最適な角度に調整されます。
ただし、屋根上など高所への設置や、壁に穴を開けて配線を引き込む場合は、安全性と防水性の確保のため、電気工事士の資格を持つ専門業者への依頼を推奨します。
④ 接続設定と日常的なメンテナンス
電源投入後、専用アプリでアンテナとルーターのペアリングを行い、Wi-Fiのネットワーク名とパスワードを設定すれば利用開始です。
屋外設置のため、特有のケアが必要です。特に「雪」には注意が必要で、アンテナ表面に雪が積もると電波を遮断してしまいます。
降雪地域では融雪ヒーター機能を搭載したモデルを選ぶか、手の届く範囲に設置してこまめに除雪することが快適に使い続けるポイントです。また、定期的に専用アプリで接続状況や速度を確認し、異常があれば早めにサポートに連絡することも大切です。
サテライトインターネットの利用は、通信衛星を介して送受信するものの、誰でも簡単に始められるように設計されています。適切な準備とメンテナンスで、地上インフラが届かない場所でも、都会と変わらないデジタルライフを実現できるのです。
次の章ではサテライトインターネットが果たす、SDGsの目標達成への役割を見ていきましょう。*5)
サテライトインターネットとSDGs

サテライトインターネットとSDGsは、地球上の「誰一人取り残さない」という理念において深く共鳴しています。地理的条件に左右されない通信インフラの構築は、教育や経済の格差を根本から是正し、全目標の達成を加速させるために重要な条件です。
特に関係の深いSDGs目標を確認しましょう。
SDGs目標4:質の高い教育をみんなに
地理的状況などが原因で学校に通うことができない状況の子どもたちは世界に多く存在します。しかし、衛星通信を利用したサテライトインターネットはそのような子どもたちに都市部と同等の教育を届ける手段となります。
インフラ未整備の地域でも、次世代が知識を得ることで将来の選択肢を広げ、貧困の連鎖を断ち切る機会が生み出されています。
SDGs目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう
堅牢な通信網は経済成長の重要なインフラです。世界銀行の報告では、ネット普及率が10%上昇すると途上国のGDPが約1.4%増加するとされています。
サテライトインターネットは、地上網未整備の地域でも即座にインターネットとつながり、一次産業の生産性を劇的に向上させます。漁船が洋上で市場価格を確認して最適な港を選んだり、農家が気象データを活用して収穫を最適化したりすることで、小規模事業者の自立を後押しします。
このように、すでにサテライトインターネットは、地理的制約を越えた通信インフラとして、複数のSDGs目標達成に貢献しています。*6)
>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから
まとめ
【1962年にNASAが初めて打ち上げた通信衛星「テルスター1号」】
サテライトインターネットは、地理的な障壁を無効化し、地球上のあらゆる場所を情報でつなぐことで、通信を一部の人々の「特権」から万人の「権利」へと変えつつあります。2025年、スマートフォンと衛星が直接通信する技術の実証が進み、専用機器を持たない個人でも災害時や僻地で通信を確保できる可能性が拓かれました。
これは、通信インフラが単なる利便性を超え、生存を支える基盤へと進化したことを象徴しています。
一方で、急速な開発による軌道上の混雑やスペースデブリ問題は、地球規模で解決すべき新たな課題です。宇宙という共有財産を公正に、かつ安全に末永く利用するためには、技術の恩恵を一部の国や企業が独占するのではなく、グローバルサウスを含めて公平に分配する国際的な協調が求められます。
あなたの周りでは、誰もが平等に情報へアクセスできているでしょうか。技術の進歩をただ受け入れるだけでなく、その裏側にある課題や世界の現実に目を向けることが、より良い未来を選ぶ第一歩です。
サテライトインターネットは今後さらに身近になっていくでしょう。空を見上げるたびに広がる無限の可能性を、世界の誰もが享受できる社会の構築は確実に進んでいるのです。*7)
<引用・参考文献>
*1)サテライトインターネットとは
Starlink 『宇宙からの高速インターネット』
Starlink『宇宙からの高速インターネット』
Amazon『アマゾンレオ』(2025年)
Amazon『プロジェクト・カイパーはアマゾン・レオに』(2025年11月)
日本経済新聞『衛星で「スマホ圏外ゼロ」 空を舞台にインフラ競う』(2025年11月)
*2)サテライトインターネットの仕組み
総務省『周波数割当計画とは』
国土交通省『海上における通信環境の改善に向けた取組み』(2024年2月)
SoftBank『【前編】宇宙と成層圏に作る新しい光無線通信技術とは?わかりやすい入門解説』(2025年10月)
FUJITU『低軌道(LEO)衛星ブロードバンド』
XGMF『NTN技術ロードマップ(2024年度版)』(2025年7月)
*3)サテライトインターネットのメリット
内閣府『防災基本計画』(2025年7月)
総務省『第2 節 通信、放送、郵便等の状況 1 通信インフラへの被害』(2024年)
KDDI『“空が見えれば、どこでもつながる。”au Starlink Direct が開く通信の未来』(2025年6月)
国際電気通信連合(ITU)『Measuring digital development: Facts and Figures 2024』(2024年)
World Bank『Satellite Broadband Connectivity: Accelerating Digital Transformation』(2022年)
*4)サテライトインターネットのデメリット
国際天文学連合(IAU)『Centre for the Protection of the Dark and Quiet Sky from Satellite Constellation Interference』(2025年9月)
国際社会経済研究所(IISE)『人工衛星による「光害(ひかりがい)」、天文観測へ深刻な影響』(2023年11月)
Tellus『深刻化する「宇宙ごみ」問題〜スペースデブリの現状と今後の対策、各国の動向と活躍する民間企業〜』(2024年2月)
JAXA『超高速インターネット衛星―「きずな」』
NTT DOCOMO BUSINESS『スターリンク(Starlink)とは?仕組みやメリット・デメリット、ユースケースを紹介』
*5)サテライトインターネットの利用方法
総務省『第Ⅱ部 情報通信分野の現状と課題 第2節 電気通信事業政策の動向 6)衛星通信』(2025年)
au『au Starlink Direct』(2025年11月)
KDDI『Starlink Business』
Starlink Academy『スターリンクのアンテナ取付工事方法と手順』(2023年3月)
Amazon『LEO A new era of internet is coming.』
*6)サテライトインターネットとSDGs
United Nations『The Sustainable Development Goals Report 2024』(2024年)
UNESCO『Global Education Monitoring Report 2023』
World Bank『World Development Report 2021: Data for Better Lives』(2021年)
International Telecommunication Union (ITU)『ITU report details USD 2.6-2.8 trillion cost to connect everyone meaningfully by 2030』(2025年9月)
外務省『JAPAN SDGs Action Platform』
*7)まとめ
UNOOSA『Long-term Sustainability of Outer Space Activities』
KDDI『Starlink衛星とauスマートフォンの直接通信実証に成功』(2024年10月)
WORLD ECONOMIC FORUM『Space: The $1.8 Trillion Opportunity for Global Economic Growth』(2024年4月)
国立天文台『通信衛星群による天文観測への悪影響についての懸念表明』(2019年7月)
この記事を書いた人
松本 淳和 ライター
生物多様性、生物の循環、人々の暮らしを守りたい生物学研究室所属の博物館職員。正しい選択のための確実な情報を提供します。趣味は植物の栽培と生き物の飼育。無駄のない快適な生活を追求。
生物多様性、生物の循環、人々の暮らしを守りたい生物学研究室所属の博物館職員。正しい選択のための確実な情報を提供します。趣味は植物の栽培と生き物の飼育。無駄のない快適な生活を追求。


