

「ミソジニー」という言葉を耳にされたことがありますか?
意味は「女性蔑視」や「女性嫌悪」。多くは男性から女性が抱く心理ですが、女性も抱く場合があります。
「女のくせに」「女らしく」「男のくせに」「男らしく」といった言葉にムッとしたことはありませんか?また、男性が「女々しい」と評価されて落ち込んだり、反対に女性が「男前」と言われてポジティヴな評価ととらえたり。
ミソジニーを起点とするそれらの現象、その原因や社会背景などを一緒に考えていきませんか。
目次
ミソジニーとは

ミソジニーとは、「女性蔑視」や「女性嫌悪」と訳される言葉です。多くは男性が抱くものですが、女性も抱く場合があります。英語で misogyny と表記されますが、語源は古代ギリシア語で、ミソ:憎しみ・嫌悪とジニー:女性の2語から成っています。
ミソジニーに関連する言葉
ミソジニーを理解するには、関連用語の意味も把握しておいた方がよいので、先にご紹介しましょう。
- ミソジニスト:ミソジニーを持つ人
- ミサンドリー:男性嫌悪;ミソジニーの対義語にあたります。
- ホモソーシャル:恋愛感情や性的興味を伴わない同性関係を意味する言葉。特に男性同士の深い結びつきを意味します。
ホモソーシャルは、「男の絆」などと意訳され、その絆を強固にするためにミソゾジーに走りやすくなります。その理由やそうなる経過については、「ミソジニーが発生する原因」の章で詳しくお話ししましょう。
ミソジニーと具体例

「ミソジニー」という言葉に耳なじみがない方には、どのような現象で何が問題なのか、なかなかイメージしにくいかもしれません。事例をご紹介します。
事例①:東京医科大学不正入試事件;2018
これは、2013〜2018年度にかけて、東京医科大学が入学試験女子に対して一律減点を行っていた事件です。他の大学でも同様の女性差別採点が行われていたこともわかり、日本の最高学府である医大での男女差別の発覚に大きな注目が集まりました。
2022年の判決では、結婚や出産を理由にした離職があるとすれば、労働環境を整えることこそ重要であるとされ、大学側に損害賠償命令が出されました。
大学側の「女性は結婚や妊娠で離職するから」という理由が報道されると、女性はもちろん多くの人々から「時代錯誤的」との怒りを買いました。
女性蔑視:ミソジニーが大学側に強く、広く根付いていた事件の例です。
事例②:ソウル・ミソジニー殺人事件
<2017年の事件現場>

これは、2016年に韓国ソウルで起きた女性刺殺事件です。ソウル市江南区のカラオケ店のトイレで起こった事件で「江南トイレ殺人事件」とも言われています。
容疑者は、アルバイト先の女性から中傷されていると思い、憎悪の結果として犯行に至ったとのことでした。
男性には「女性から中傷される」ことが殺人の動機になるほど「悔しい」「恥だ」というミソジニーがあることが明らかになった事件です。当時司法はミソジニーよりも精神病理行動が原因と判断しました。しかし、そのことが返って女性達の怒りや悲しみを大きくし、ミソジニーが改めて社会問題であることがクローズアップされました。
事例③:小田急刺傷事件;
2021年、東京でも同じような事件が起きました。36歳の男性が、小田急線車内で女子大生に刃物で切りかかり、周囲の人を含め10人が重軽傷を負った事件です。
男性は自身の仕事がうまくいかず、「勝ち組の女性」や「幸せそうな女性」にゆがんだ感情を募らせていたことがわかりました。
東京地裁は「身勝手な犯行」とし、懲役19年の判決を言い渡しました。
不満が仕事先の雇い主でもなく、勝ち組の男性でもなく、見ず知らずの女子大生に集中したことが、大きな問題と言えます。自分より弱い立場の者に攻撃が向けられることは、DV夫が、力や体格の劣る女性である妻を自分の所有物のように思い込み暴力をふるうことに似ています。
これらの事例の他にも、日本にはまだまだミソジニーが引き金、あるいは関連している事件が多くあります。歴史的に育まれてしまったミソジニーの温床の存在が感じられます。
ミソジニーが発生する原因

では、何故ミソジニーは生れてしまうのでしょう。原因については、特に社会構造との関連は深いものがあり、心理学や社会学分野を中心に主に女性学者が理論を展開してくれています。代表的な理論を追いながら解説していきます。
心理的原因
人間には無意識下の行動の元になる心理があります。ミソジニーの発生にも無関係ではないと思われる心理効果があります。
コントラスト効果:相対評価から逃れられない理由
その1つにコントラスト効果というのがあります。比較した時の「差」を実際より大きく感じることです。
冷えた身体で浴びた常温のシャワーが温かく感じられるように、人間の評価にもこの効果は発揮されます。周囲に評価の高い人がいると、絶対的な基準を達成していても自己評価を下げてしまいます。相対評価から逃れることはとても難しいのです。
自己肯定感の低い人は、より評価の低く見える者や弱い者を対象に据えて自分の優位性を保とうとします。自己肯定感の低い男性が女性を標的とするミソジニーが多い原因です。
ホモソーシャルとミソジニー
ホモソーシャルとは、恋愛あるいは性的興味を伴わない同性間関係を意味します。特に男性間関係で使われることが多く、概念普及のきっかけとなったのは、イヴ・セジウィックの1985年の著書「男同士の絆ーイギリス文学とホモソーシャルな欲望」です。
ホモソーシャルで結ばれた男性集団は、その絆を強固に保つためにミソジニーを発生させやすいと言われています。
社会的背景
続いては、社会的背景から原因を探ります。
「日本のミソジニー」(2010年):上野千鶴子氏
強固な男性のホモソーシャル集団がミソジニーをどのように発生させたかを、日本の場合に当てはめて解説してくれたのが上野千鶴子氏です。
ホモソーシャルな集団内では男同士の評価がとても重要で、男性はこのホモソーシャルな集団から外れることをとても恐れました。そして女性を従属させている、所有していることが自己評価を高める観点としたのです。
女性側は、男並みに頑張るには途方もない努力が必要で、「強い男性の庇護に入る」ことを選ぶことの方が多かったため、男性から「選ばれた」ことが女性同士の評価基準になり、「選ばれなかった」女性へのミソジニーを生む原因となりました。
日本のミソジニーは、男性と女性では違った様相を見せ、家父長制や選挙権の不平等に見られるように、長く深くしみ込んだ歴史を紡ぎました。

※ ホモホビア:同性愛者差別
出典:「男ってどうしてこうなの?」を説明する図式【上野千鶴子さんが読む、セジウィック『男同士の絆』 別冊NHK100分de名著】 | NHK出版デジタルマガジン
「ひれふせ、女たち:ミソジニーの論理」(2019年):ケイト・マン氏
ミソジニーを家父長制にフォーカスして論じたのが、オーストラリアの哲学者:ケイト・マン氏です。
著者の主張によると、ミソジニーは男性の支配にあらがう女性を支配し、罰する手段と定義されます。家父長制下で発揮され続けたミソジニーは、現代ではDVやセクハラとして表出するなど根強く残っています。
ミソジニーの対義語としてミサンドリーをご紹介しました。しかし長く続いた家父長制下ではミサンドリーが醸成されにくかったと言えるでしょうか。
これはミソジニー?見分け方
一見すると愛情や気遣いのように見えることもありますが、実際には女性の自由や尊厳を侵害するミソジニー的な側面を持っている言動があります。
家庭や日常生活で
俳優のソフィー・ターナーさんが、「子ども達を置いてパーティーに出かけた」と非難を浴びたことがあります。「母親のくせに」というミソジニーが現れています。子供は父親と家で安全に過ごしているのですから。
「女は家庭を守る」というバイアスから生まれたミソジニーと言えるでしょう。
職場や社会で
職場で仕事内容を評価せずルックスを言及したり、飲み会への出席や接待を強要したりする行為もミソジニーの要素を含んでいます。本来の業務の目的と内容から外れた言動は、セクハラ・パワハラといった違法行為につながるミソジニーです。
友人・パートナー関係で
企業や社会の規範外でもミソジニーは現れることがあります。
男性が過度なリーダーシップを取ったり、女性の行動を制限しようとしたら、自由を侵害するミソジニーです。
また女同士でも、恋人に従う女性や男性に対して細やかな心遣いをする女性を「女の鏡」などと評価し、そうでない女性を非難する言動はミソジニーに当たります。
どの場面においても
- 「女のくせに」「男のくせに」の決めつけ
- 当人の感情や決断の無視
があるかどうかが、見分け方のポイントと言えるでしょう。
また1回の言動ではハッキリしないグレーゾーンのミソジニーも、繰り返されると本質にミソジニーが見えてくる場合があります。
ミソジニーを解消するためには

生物学的な性は当人には選ぶことができません。では上手に受け入れ、もう一方の性と良い関係を持ちながら生きていくにはどうすればよいでしょう。ここからは、ミソジニーをどのように解消していくかについてまとめていきますので、一緒に考えていきましょう。
教育:正しい知識を
まずはミソジニーについて正しく知ることが大切です。ミソジニーの意味とその影響、歴史的・社会的な背景について知ることで、無意識下だった差別行動に気づくことができます。教育現場や職場の研修などで正しい認識を培うことが大事です。
法制度の見直し・正しい運用
日本国憲法には「法の下の平等」「性差別の禁止」「夫婦の権利は同等」などが述べられています。この理念に基づき「男女雇用機会均等法」や男性もより安い育児休暇制度、ハラスメントの禁止などが定められています。
しかし浸透してしまったミソジニーは、これらの正しい運用をまだ妨げています。特に企業内では、直属の上司にミソジニーがあると育児休暇や生理休暇が取りにくいという声が上がっています。理念が実行されるような法の策定や運用が望まれます。
被害者を孤立させない
” # Me too ” をご存じの方も多いのではないでしょうか。
“ Me too “ というスローガンはそれ以前からあったのですが、世界的に広まったのは、2017年俳優のアリッサ・ミラノさんが、性被害を受けたことを “ # Me too “ を使ってSNSで声を挙げよう、と呼びかけたことがきっかけでした。多くの著名人が呼応し、世界的なセクハラ告発運動が展開されました。
弱い立場の被害者は、なかなか声を上げにくく、自分が弱い立場に立ちたくない者は被害者に寄り添うより強い者の側に入ろうとしがちです。” # Me too ” 運動はそんな心理を打ち破り、被害を理解し、被害者に寄り添う力を発揮しました。
被害者を孤立させない力は、加害者の抑止力にもなり、社会意識の変革や向上につながり、予防や対策の強化につながっていきます。
ミソジニーとSDGs
最後にミソジニーとSDGsの関わりについてお話しします。
最も関わりの深いのは、SDGs目標5「ジェンダー平等を実現しよう」です。
SDGs目標5「ジェンダー平等を実現しよう」との関わり
この目標のゴールは「ジェンダー平等を達成し、すべての女性・少女のエンパワーメントを行う」ことです。「ジェンダー」とは、生物学的な性ではなく、社会的・文化的に形成される性です。しかしこの目標5にある9つのターゲットを見ると、ほとんどが女性に関するものです。それだけ女性が社会的に弱者である現状を反映しています。
日本の現状
日本の現状を見てみましょう。
下のグラフから日本は、男女間の不均衡を示す指数:ジェンダー・ギャップ指数が世界の平均値から見ても、達成度順位を見ても、かなり低いことが分かります。

この指数は、経済参画・政治参画・教育・健康の4領域で評価されます。日本の場合、教育・健康領域でほぼ満点の評価であるのに対し、経済参画と政治参画の評価が著しく低く、全体評価を下げています。
家父長制に醸成された日本のミソジニーは根深いものがある現れと言えるのではないでしょうか。
>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから
まとめ
ミソジニーについて、具体例を挙げた上で、原因や見分け方、解消する手だてを解説してきました。SDGsとの関わりをまとめた章では、日本のジェンダーに関わる現状もお話ししました。
根強く多い男性のミソジニーとそれを容認してきた女性のミソジニー、身近な場面で今もひそんだり、静かにあるいは堂々と顔を出してるようです。
しかし近年 “ Me too “運動が展開されたり、性差別をなくす制度が進んだりしています。一人ひとりが現状を見直して、より正しい知識を学ぶことで、よい流れが継続、時には加速する可能性が小さくありません。
どちらの性もどんなジェンダーも、誰も取り残されない社会の一員です。身近にありそうなミソジニーから見直してみるのはいかがでしょう。この記事がそのお役に立てば幸いです。
<参考資料・文献>
*1) ミソジニーとは
立教大学ジェンダーフォーラム主催 2019 年度公開講演会 「ミソジニーとは何か
ミソジニー – Wikipedia
「ミソジニー」って最近よく聞くけど、結局どういう意味ですか?(江原 由美子) | 現代ビジネス | 講談社
*2) ミソジニーの具体例
東京医科大学病院
東京医科大:女子の合格抑制 一律減点、男子に加点も | 毎日新聞
東京医科大 女性のみ一律減点の衝撃 女性たちはなぜ怒っているのか。(伊藤和子) – エキスパート – Yahoo!ニュース
判決が下るも議論尽きぬ“江南通り魔事件”の闇(慎武宏) – Yahoo!ニュース
*3) ミソジニーが発生する原因
人間心理の不思議現象:内藤誼人(王様文庫)
2050年の世界:英「エコノミスト」編集部(文春文庫)
ひれふせ、女たち ミソジニーの論理:ケイト・マン(慶応義塾大学出版会)(2019)
女ぎらい:上野千鶴子(朝日新聞出版)(初版:2010、文庫版2018)
「男ってどうしてこうなの?」を説明する図式【上野千鶴子さんが読む、セジウィック『男同士の絆』 別冊NHK100分de名著】 | NHK出版デジタルマガジン
「インチキ自己肯定」から来るミソジニー 根底にある寂しさ:朝日新聞
イヴ・セジウィック – Wikipedia
ケイト・マン – 会社概要
ケイト・マン『ひれふせ、女たち ミソジニーの論理』(慶應義塾大学出版会)|伊藤聡
慶應義塾大学出版会 | ひれふせ、女たち | ケイト・マン 小川芳範
ケイト・マン – Wikipedia
*4) これはミソジニー?見分け方
ミソジニー / Misogynyに関する最新記事 | Vogue Japan
*5) ミソジニーを解消するには
「#Me Too」を日本に定着させるために必要なこと | 文春オンライン
生理休暇とは?メリット・デメリット、企業側のポイントも – Spaceship Earth(スペースシップ・アース)|SDGs・ESGの取り組み事例から私たちにできる情報をすべての人に提供するメディア
ミソジニーとは?世界で起こる女性差別の問題と私たちができること|国際NGOプラン・インターナショナル 寄付・募金で世界の子どもや女の子を支援
*6) ミソジニーとSDGs
SDGs:蟹江憲史(中公新書)
Gender Inequality Index | Human Development Reports
男女共同参画に関する国際的な指数 | 内閣府男女共同参画局
この記事を書いた人
くりきんとん ライター
教師・介護士を経た、古希間近のバァちゃん新米ライターです。大好きなのはお酒と旅。いくつになっても視野を広めていきたいです。
教師・介護士を経た、古希間近のバァちゃん新米ライターです。大好きなのはお酒と旅。いくつになっても視野を広めていきたいです。




