企業が事業活動において温暖化対策を行うことはもはや常識となっており、事業における温室効果ガス(GHG)の排出量や、その削減目標を具体的に数値化できる方法も確立されてきています。
その一方で、農業や林業など、自然資源を利用する事業については科学的な指標の設定は遅れていました。この問題に対応するのが今回取り上げるSBTi FLAGです。SBTi FLAGとはどのようなもので、なぜここにきて重要視されているのかなどについて説明していきます。
SBTi FLAGとは

SBTi FLAGとは、農業や林業のほか、土地利用に関連したあらゆる業種の企業に求められる、科学的根拠に基づいた温室効果ガス(GHG)削減目標の指標のことです。
現在SBTiに参加している世界中の企業や金融機関は、地球温暖化対策に向けてGHG削減のための計画策定が義務づけられています。
そのひとつとして、近年FLAGセクターと呼ばれる分野でもこの目標計画の策定方法が追加されました。これがSBTi FLAGです。
SBTiとは

SBTi FLAGの指標を定めるSBTi(Science Based Targets initiative)とは、企業や金融機関が科学的根拠に基づいたGHG削減の目標設定を主導するための、国際的な団体です。
2015年のパリ協定では、「2050年までのネットゼロを実現し、気候変動を食い止めるために世界の平均気温の上昇を1.5℃以内にする」という取り決めがなされました。
しかし「GHG削減には企業の取り組みが必要」と言われても、実際にどうやって、どのくらいのGHG削減を、いつまでに行えばいいのか。そしてその削減目標は、実際に起こる温暖化や気候変動に対して科学的な裏付けがあるのか。そうした指標がなければ、企業は環境対策を事業に組み入れることは困難です。
そこで、科学に基づく具体的な目標を示し、環境対策に合理的な道筋をつけるために設立されたのがSBTiです。
SBTiはCDP(環境情報開示システムを運営する非営利団体)、国連グローバル・コンパクト、世界資源研究所(WRI)、世界自然保護基金(WWF)と連携して、実際の気候予測との整合性が高い目標を設定するためのツールやガイダンスを提供しています。SBTiに加盟する企業は、提供されたいくつかのガイダンスやツールに沿った目標を立てて、環境対策に取り組むことになります。
FLAGとは
SBTi FLAGでは、FLAGセクターという業種を対象にしています。ではそのFLAGとは何かといえば
- Forest(林業)
- Land(土地・土地利用)
- Agriculture(農業)
の3つを指し、これらの事業と関連する土地集約型のセクター(業界・業種グループ)をFLAGセクターと言います。
この業種では、森林を伐採して農業や畜産を行う、事業用地として森や山、草原などを開拓するなど、土地や自然に大きな変化を与えるため、地球環境やGHG排出への影響も少なくありません。
これまでの調査においても、FLAGセクターが世界のGHG排出量に占める割合は実に約25%を占めると計上されています。
なぜSBTi FLAGが誕生したのか

SBTiには2024年時点で全世界9,800社以上が参加しており、そのうちパリ協定で提唱されたネットゼロ基準を満たしている企業は1,381社、1.5℃基準に沿うと認定された企業は6,774社にも上っています。
SBTiは多くの業種に適用できるGHG排出量の削減目標を策定していますが、その中でもSBTi FLAGは、FLAGセクターに特化した指標として策定されているものです。
求められるFLAGのGHG削減目標
前述のようにFLAGセクターは世界のGHG排出量の約25%を占める一方で、2050年には世界の食糧生産は現在より50%の増産が必要とされています。そのため、このセクターではGHGの排出量を2050年までに半減させなければなりません。
しかし、FLAGセクターのGHG排出削減が重要であるにもかかわらず、森林や農地からのGHGについては、これまで排出削減目標のガイドラインや算定方法がありませんでした。
FLAGセクターの排出量削減についての明確な指標の確立が急がれたことを受け、2022年9月にSBTiはFLAGセクターの目標設定ガイダンスを発表しました。ここで農林業・土地利用の排出量が新たに対象に加えられるようになったのです。
今年からガイダンスが本格始動
そして2025年第一四半期には、SBTiによるFLAGセクターの排出量算定・報告ルール「GHGプロトコル土地セクターガイダンス」の正式版が発表される予定となっています。これにより、今まではドラフト版の算定ルールに則って策定されていた目標も、6ヶ月以内に正式版に反映させて再提出が必要です。
こうした背景から、SBTi FLAGの認証を希望する企業にとっては、2025年は非常に迅速な対応が必要になってきます。
どのような企業にSBTi FLAGが求められるのか

SBTi FLAGの目標設定が求められるのは、以下の2つの基準のどちらかに該当する企業です。
2023年4月30日以降、この基準を満たし、これからSBTの目標設定や既存目標の更新を進めているすべての企業にFLAG目標の設定が義務付けられています。
求められる企業①FLAG指定セクター企業

ひとつめの対象企業は、SBTiに加盟し、環境対策に取り組んでいるFLAGセクター企業です。これらの企業は土地集約型の事業を行っているため、土地に関するGHGの排出を減らすだけでなく、除去(森林資源の改善や自然生態系の復元、土壌炭素貯蔵の強化など)も考慮したSBTi FLAGの目標設定が求められます。具体的には、以下のような事業を行っている企業が該当します。
- 森林産業・紙製品(木材、紙・パルプ、ゴム)
- 食品製造(農業生産)
- 食品製造(畜産・動物原料)
- 食品・飲料加工
- 食品・生活必需品小売業
- タバコ
求められる企業②FLAG関連の排出量が多い企業

もうひとつは、FLAGセクター以外の企業で、FLAG関連のGHG排出量が総排出量の20%を超える企業です。この場合、scope1/2/3全体でのGHG総排出量から除去量を差し引いたものではなく、純粋な排出分だけの量でなければなりません。
事業で土地を利用し、そこからGHGを排出している企業は多岐にわたります。具体例を挙げると
- 容器・包装
- ホテル、レストラン、レジャー、観光サービス
- 繊維製造、紡績、織物、アパレル
- テキスタイル、靴、高級品、耐久消費財
- 家庭用品および個人用製品
- タイヤ
- 建築製品・住宅建設および建設資材
- 建設と保守、インフラ開発、鉱業、道路建設、資源採掘
など数多くの業種・業界も関連してくる可能性があります。これらの業種でも、FLAG関連の土地利用排出量が、総排出量の20%を超えていればFLAG目標を設定する必要があります。
また、上記2つの条件に当てはまらず、目標設定の義務がない場合でも、SBTiに加盟している企業は自社事業のFLAGセクターからの排出量を把握しておく必要があります。そのため実質的には、かなりの企業でFLAG排出量を意識しなければならなくなるでしょう。
なお、SBTiが定義する従業員500人以下の中小企業においては、FLAG目標を設定する必要はありません。代わりに中小企業は、中小企業向けのSBTiガイダンスの対象となります。
【補足】scope1/2/3について
上記のscope1/2/3についても簡単に説明しておきましょう。これは、国際的なGHGプロトコルに基づく、サプライチェーンにおけるGHG排出量のとらえ方のことです。
- scope1=自社が直接排出するGHG/燃料の燃焼や製品の製造などによる
- scope2=自社が間接的に排出するGHG/他社から供給されるエネルギーに関わる排出
- scope3=自社以外のサプライチェーンの上流・下流から排出されるGHG排出/原材料仕入れや販売後に排出される
SBTi FLAGの目標設定の仕方
では、SBTi FLAGの削減目標はどのようにして設定すればいいのでしょうか。
SBTiでは、FLAGの目標設定として、①土地関連排出量を計算する ②森林破壊ゼロコミットメントの2つを行うことを定めています。
方法①土地関連排出量を計算する
目標を設定する企業は、FLAGセクターからの土地利用関連GHG排出量がどのくらいあるのかを計算する必要があります。その上で求められる基準は
- FLAG関連scope1と2からの排出量の95%以上をカバーしなければならない
- FLAG関連scope3からの排出量の67%以上をカバーしなければならない
とされています。ただしFLAG関連のscope3排出量は、FLAG以外の産業やエネルギーから排出されるGHG量とは別々に算定しなければなりません。
排出量の対象となるのは?
土地関連の排出量算定に際しては、以下のような業務から出されるGHGの排出・除去が対象となります。
- 土地利用変化(LUC)=森林減少や劣化に関するCO2排出量。自然林や泥炭地・天然草原などを農地に転換する、自然環境を改変するなど
- 土地管理(非LUC)=家畜の排泄やゲップ、廃棄物などからのCH4(メタン)、肥料や残渣、廃棄物などからのN2O(亜鉛化窒素)、農機やバイオマス利用からのCO2など
- 炭素除去・貯留=事業での森林再生、森林管理の改善、森林農業、植林、土壌回復や土壌炭素隔離などによるCO2除去
なお、炭素除去・貯留の中にはCO2を大気中から除去する技術もありますが、バイオエネルギーの生産や使用はFLAGの目標設定には使うことができません。
目標設定のための2つのアプローチ
SBTiでは、FLAGの目標設定のために「コモディティ別」と「セクター別」の2種類のアプローチを提供しており、ここから目標とする排出量を計算することができます。企業は事業の内容や会社の規模に応じて、複数のアプローチを組み合わせることも可能です。
- コモディティ別アプローチ
産品関連の排出量がFLAG排出量の10%以上を占める企業向け
牛肉、鶏肉、乳製品、皮革、トウモロコシ、パーム油、豚肉、米、大豆、小麦、木材および木質繊維の11の商品で利用可能
削減率は商品によって異なる - FLAGセクター別アプローチ
多様な土地集約型活動を行う企業
コモディティ別に該当しない企業
直接生産から離れた企業が対象
こうしたさまざまなアプローチによって排出量を算定・集計したら、FLAG目標設定ツールに基準年・目標年と基準年排出量を入力し、目標を設定していくことになります。
これをSBTiに報告し、SBT認証が得られたら、企業はこの計画に沿ってGHG排出量削減に取り組みます。そして、SBTiに達成度合を報告していきます。
方法②森林破壊ゼロコミットメント

目標設定のもうひとつの要件となるのが森林破壊ゼロコミットメントです。
森林破壊が原因のGHG排出量は土地関連の排出量の約半分を占め、世界の総排出量の10%にも上るなど、その影響は決して少なくありません。また森林破壊を防ぐことは、土地利用の変化によって緩和できる4.6ギガトン分の影響の80%にもなることから、気候変動を食い止める最大の取り組みともなります。そのため、SBTi FLAGの目標を設定する企業は
「◯社は、主要な森林破壊に関連する商品全体で森林破壊ゼロにコミットし、目標日は遅くとも2025年12月31日までである」
という形式の文言を提示し、森林破壊ゼロを公に約束する必要があります。
このコミットメントの文章はSBTiのウェブサイトに掲載されており、コミットメントに際してはAFi(アカウンタビリティ・フレームワーク・イニシアチブ)という機関のガイダンスに合わせることなどが推奨されています。
SBTi FLAGに取り組む企業事例

日本でもSBT認証を受けている企業は数多くありますが、SBTi FLAG認証を受けている企業はまだまだ少ないのが現状です。ここでは、国内でSBTi FLAGに取り組んでいる企業の事例を紹介していきましょう。
事例①サッポロホールディングス株式会社
飲料メーカーの大手・サッポロホールディングスは、2024年3月に取得したSBT認定で、国内企業として初めてFLAG関連排出の目標について認定を取得しました。
同社では、2022年と2023年のFLAG関連scope1と3に関わるGHG排出量を計測し発表。土地利用変化・土地変化の両方において示されたGHG排出量と、2030年に向けたGHG排出31%削減(2022年比)という目標がパリ協定における削減目標と科学的に整合していると認定されています。
サッポロではこうした目標値に則って省エネルギーや再生可能エネルギー導入の拡大、原料農産物のGHG排出削減などを推進し、2050年のネットゼロを目指しています。
事例②アサヒグループホールディングス株式会社
同じく大手飲料メーカーのアサヒグループでも、2024年6月にSBTi FLAG認証を取得しました。
同社では
- 2025年までにScope1/2のGHG排出を40%削減
- 2030年にScope1/2において70%、Scope3において30%削減
- 2040年にScope1/2およびScope3でネットゼロを目指す
としており、2030年までの短期目標に加え、2040年までの長期目標についても日本企業として初めて認定されています。
これらの目標を達成するため、アサヒグループは
- 2030年までに大麦やコーヒーで100%持続可能に生産された原料の調達を目指す
- チェコのIT企業と共同での大麦栽培方法の変更によるCO2排出量削減調査やデータ収集
- ビール酵母細胞壁由来の副産物を農業資材に活用
など、農業支援や技術開発によってFLAG排出量の削減に取り組んでいます。
事例③サグリ株式会社
サグリ株式会社は、衛生データやAIを活用し、スマート農業支援技術を提供する企業です。
同社は2024年4月にキリンホールディングスからの出資を受け、スマート農業で培った技術を活かしたGHG排出量や炭素除去量の算定、削減・除去活動の支援事業に乗り出しました。
具体的な取り組みとして、キリンが使う大麦栽培の農地での炭素貯留量の予測を始めており、今後対象地域や対象農作物の拡大も進めるとしています。
サグリではさらにSBTi FLAGセクターの対象企業に対し、農業分野でのGHG排出量と除去量算定、削減・除去活動の支援サービスを行うとしています。これによって、今後より多くのFLAG企業がSBTの目標設定を行う上で、より簡単に正確なデータが取得できることが期待されます。
SBTi FLAGとSDGs

SBTi FLAGの推進は、SDGs(持続可能な開発目標)の達成に大きな役割を果たします。
SBTi FLAGはグローバルな枠組みであるだけでなく、多くの産業にまたがることから影響を及ぼす範囲も広く、SDGsにおける複数の達成目標とも深く関係しています。
目標13「気候変動に具体的な対策を」
農業や林業などのFLAGセクターは、GHGの総排出量の中でも非常に大きな割合を占めます。そのため、できるだけ多くの企業がSBTi FLAGを元にGHG排出量を正確に把握し、具体的な削減計画を立てることは、気候変動を防ぐためにはとても重要な取り組みとなります。
目標15「陸の豊かさを守ろう」
土地利用由来のGHG排出を削減するためには、森林保全や山地・森林での生態系の保全といった取り組みが欠かせません。また、自然や土壌、生物多様性の劣化を防ぎ、回復させるためにも、何をどのくらい、いつまでに対策をとるべきかという科学的な指標が必要となってきます。
目標2「飢餓をゼロに」
SBTi FLAGの取り組みは、今後も増え続ける世界人口を支えるための、持続可能で強靭な食料生産システムの構築に必要不可欠なものになります。気候変動や極端な自然災害を食い止め、土地や土壌の回復、生態系の維持を図ることは、農産物の生産量を増やし、全世界から飢餓をなくすことに直結します。
目標12「つくる責任 使う責任」
FLAGセクターがもたらすGHG排出は、大気、水、土壌への化学物質や廃棄物の流出とも無縁ではありません。そのためFLAG、非FLAGを問わず、土地集約型セクターで事業を行っている企業はすべて、SBTiという国際的な枠組みを利用して、人の健康や環境への悪影響を及ぼすことのない、責任ある製品ライフサイクルの確立が求められています。
>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから
まとめ

SBTi FLAGは、気候変動対策に重要な分野であったにもかかわらず、具体的なGHG排出削減目標の設定が難しい分野であり、取り組みが遅れていました。しかし、今年から排出量算定・報告ルールの正式なガイダンスが発表予定であることを受け、森林や土地、農業分野での科学的なGHG排出削減目標の設定がより重視されるようになってきます。
自社の事業がどれだけGHGを出しているのかを正確に把握することは、あらゆる業種の企業にとって不可欠であり、FLAGセクターももはや例外ではありません。科学に基づく目標に沿って排出削減に取り組むことは、気候変動対策だけでなく、持続可能な事業を続けるためにも待ったなしであると言えるでしょう。
参考資料
Forest, Land and Agriculture (FLAG) – Science Based Targets Initiative
FOREST, LAND AND AGRICULTURE SCIENCE- BASED TARGET-SETTING GUIDANCE
Science Based Targetsイニシアティブ(SBTi)とは – WWFジャパン
SBTi FLAGセクターガイダンス・目標設定の動向 – CDP
森林・土地・農業(FLAG)に関するSBT設定のアプローチ|サステナビリティNavi 八千代エンジニヤリング株式会社
SBTi FLAG目標について(前編) |コラム|株式会社ウェイストボックス
SBTi FLAG目標について(後編) |コラム|株式会社ウェイストボックス
公開迫る!GHGプロトコル新ガイダンスで何が変わる? 農業・食料サプライチェーンの環境対応 第1回 | MRI 三菱総合研究所
Land Sector and Removals: Workstream Update – GHG Protocol
SBTI 企業ネットゼロ基準|環境省
温室効果ガス排出削減目標でSBT認定を取得 FLAG関連排出目標は国内初の認定|サッポロホールディングス株式会社
ESGデータ集|サステナビリティ – サッポロホールディングス
脱炭素の長期目標でSBTネットゼロ認定取得|ニュースルーム
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<プレスリリース>サグリ、キリンホールディングスに対してサプライチェーンにおける農地の炭素貯留量予測サービスを提供。SBTi-FLAGに対するGHG排出量・炭素除去量算定、削減・除去活動支援事業を開始。|サグリ株式会社