
ゾロアスター教とは、古代ペルシアで誕生し、3000年近い歴史を持つ宗教です。日本では「拝火教」、中国では「祆教」とも呼ばれます。
ユダヤ教やキリスト教、イスラム教に深い影響を与えたこの古代の教えは、現代でも世界各地に約11万人の信徒を持ちながら、存続の危機に直面しています。「善き思い、善き言葉、善き行い」という教えと、環境倫理からゾロアスター教徒の現在まで、この宗教を知ることは世界を理解する近道となるでしょう。
目次
ゾロアスター教とは
【ゾロアスター教の神アフラ・マズダー(イラン タフト)】
ゾロアスター教は、預言者ザラスシュトラ(ギリシャ語形でゾロアスター)によって創始された宗教です。彼の活動した時期については諸説ありますが、紀元前7世紀から紀元前6世紀頃(あるいはそれ以前)の古代ペルシア(現在のイラン北東部)で活動したと見られています。
神官階級の家に生まれたとされるザラスシュトラは、当時の多神教的な信仰や、動物供犠(どうぶつきょうぎ)といった儀式に疑問を抱きました。30歳の頃、瞑想中に最高神アフラ・マズダーから「啓示」を受け、唯一神への信仰と、何よりも倫理的な実践を重んじる教えを説き始めたと伝えられています。
当初は迫害されましたが、やがて一国の王の支持を得て、その教えは広まっていきました。
信仰の中核「アフラ・マズダー」と善悪の対立
ゾロアスター教の信仰の中核にあるのは、「智恵ある主」を意味する最高神アフラ・マズダーへの信仰です。アフラ・マズダーは、この世界のすべての善、秩序、光、真実を創造した唯一絶対の存在とされます。
この教えの最大の特徴は、この善なる神アフラ・マズダーと、悪と破壊、偽りを司る悪神アンラ・マンユ(アーリマン)との対立という「善悪二元論」から成る世界観にあります。人間は、この宇宙的な善と悪の闘争の中で、「自由意志」によって自らの考え、言葉、行いを選択し、善の側に立って戦う責任があるとされます。
この明確な倫理観と、世界の終わりに「最後の審判」が訪れるという思想は、後の多くの宗教に影響を与えたと考えられています。
現在のゾロアスター教徒
かつてゾロアスター教は、アケメネス朝ペルシアやサーサーン朝ペルシアにおいて国教とされるなど、広大な地域で信仰されていました。しかし、7世紀のイスラム教の台頭により、その状況は一変します。
多くの信者が改宗を余儀なくされ、信仰を守るために故郷を離れた人々もいました。現在の信者数は世界で約11万〜12万人程度と推定されています。
特にインドへ移住した人々は「パールシー」と呼ばれ、主にムンバイ(旧ボンベイ)などの都市部で独自のコミュニティを形成しました。彼らはインドの近代化や経済発展に大きく貢献したことでも知られています。
現在、信者の多くはインドと、発祥の地であるイランに居住していますが、近年は北米やヨーロッパなどへ移住する人々も増えています。
【世界のゾロアスター教徒の分布】
ゾロアスター教は、その創始者の啓示に基づき、善なる神への信仰と高い倫理観を重んじる宗教です。次の章では、その具体的な教えについて見ていきましょう。*1)
ゾロアスター教の教えについて
【ヤズド(イラン)のゾロアスター教神殿】
ゾロアスター教が現代の宗教思想に与えた影響の大きさは、その教えの独自性と深さにあるといわれます。善悪の明確な対立、それに対する人間の倫理的選択、そして最終的な善の勝利という希望が、その根幹を成しています。
この古代宗教が何を大切にし、どのように世界を捉えているのか、その中心となる教えを確認してみましょう。
アシャ(真理)とドゥルジ(虚偽)の対立
ゾロアスター教の教義において最も根本的な概念が、「アシャ(真理)」と「ドゥルジ(虚偽)」の対立です。そして重要なのが、人間には「自由意志」が与えられている点です。
人間は、アシャの側に立つか、ドゥルジの側に立つかを自ら選択する責任を負っており、その選択には必ず「応報」が伴うと考えられています。
アシャ(真理)
アシャ(アシャ・ワヒシュタ Aša Vahišta)は真理、正義、宇宙の秩序(最善なる天則)を意味します。最高神アフラ・マズダーが創造した善「アムシャ・スプンタ(不滅の聖なる者たち)」の一柱で、世界の根本原理がアシャです。
アフラ・マズダーはアムシャ・スプンタの七人の大天使と共に、この世界を守護しています。
ドゥルジ(虚偽)
その対極に位置するのがドゥルジ(Druj)で、虚偽、欺瞞(ぎまん)、混沌を意味します。これは悪神アンラ・マンユの属性であり、アシャの秩序を破壊し、人々を悪の道へと導く力とされます。
ゾロアスター教において、嘘をつくことは最も重大な罪のひとつなのです。
死後の審判と世界の終末
ゾロアスター教の教えでは、個人の選択と行いが死後の運命と世界の未来に直結しています。
人の魂は、死後三日間この世にとどまった後、「チンワト橋」と呼ばれる審判の橋へと導かれます。善行が多ければ天国へ、悪行が多ければ地獄へと送られるとされます。
ただし、この地獄の苦しみは永遠ではありません。ゾロアスター教では、宇宙の歴史は12,000年とされ、現在は善と悪が闘争する「混合の時代」に当たると考えられています。
この世界の終わりにはサオシュヤント(救世主)※が現れ、死者を復活させて「最後の審判」を行うとされています。このとき、すべての人々は溶けた金属の川を渡りますが、善人には温かい乳のように感じられ、悪人はその苦痛によって浄化されると説かれています。
そして、悪神アンラ・マンユとの最終決戦で、悪は完全に滅ぼされ、世界はアフラ・マズダーが最初に意図した完璧な状態に再生されます。この「フラショケレティ(最終的な刷新)」により、最終的な善の勝利とすべての魂の救済が約束されているのです。
信仰実践と「善思・善語・善行」
ゾロアスター教の信仰は、日常生活における具体的な実践を通じて表現されます。そこで重要なのが「善思・善語・善行」(フマタ・フフタ・フヴァルシュタ)という三つの徳目です。
信徒は通常7歳から12歳頃に「ナオジョテ」と呼ばれる入信儀式を受け、清浄さを象徴する白い衣「スドラ」と、聖なる帯「クスティ」を身に着けます。一日に5回、祈り(ガーハー)を捧げることが奨励されており、祈りの前にはクスティを結び直す浄化の儀式を行います。
このクスティの結び目は「善思・善語・善行」の三徳を象徴しています。祈りは伝統的に、アフラ・マズダーの象徴である火や光に向かって立ったまま行われます。
ゾロアスター教の教えは、宇宙の最善なる真理に従い、自らの自由意志で「善思・善語・善行」を実践し、世界の調和と最終的な善の勝利に貢献することを目指す、極めて倫理的な体系なのです。*2)
ゾロアスター教の歴史
【ゾロアスター教の聖火台跡(イラン)】
ゾロアスター教は古代ペルシア(現在のイラン)で生まれ、3000年近いともいわれる長い歴史を経て現代に至ります。その歩みは、巨大帝国の国教として栄華を極めた時代と、信仰の維持そのものが試練となった受難の時代を経験した物語でもあります。
時代とともにどのように変遷し、信仰が受け継がれてきたのか、その軌跡を時系列で見ていきましょう。
古代ペルシアにおける成立と発展
ゾロアスター教は、紀元前7世紀から6世紀頃、預言者ザラスシュトラ(ゾロアスター)によって創始されたと考えられています。彼は当時の多神教的な儀式を批判し、唯一神アフラ・マズダーへの信仰と倫理的な生き方を説きました。
この教えは、紀元前550年頃にキュロス2世が建国したアケメネス朝ペルシア(紀元前550年頃〜紀元前330年)の王たちに保護され発展します。特にダレイオス1世(在位:紀元前522年〜紀元前486年)は碑文にアフラ・マズダーへの信仰を明記しました。
キュロス2世によるバビロン捕囚からのユダヤ人解放(紀元前538年)は、帝国の宗教的寛容さを示す出来事です。後の紀元前330年、アレクサンドロス大王によってアケメネス朝は滅ぼされました。
サーサーン朝での国教化と全盛期
226年にアルダシール1世によってサーサーン朝(ササン朝)ペルシア(226年~651年)が建国されると、ゾロアスター教は国教として復興し、全盛期を迎えます。神官階層出身のアルダシール1世は、王権の正統性をゾロアスター教に求めました。
この時代、教義や儀式が体系的に整備され、聖典『アヴェスター』の編纂も国家事業として進められました。ホスロー1世(在位:531年~579年)の時代には教団組織が確立され、ペルシア商人の交易により中央アジアや中国へも伝播していきました。
イスラム教の台頭と移住
651年にサーサーン朝は滅亡し、ゾロアスター教は国教の地位を喪失しました。イスラム教の支配下で、ゾロアスター教徒は「啓典の民」として一定の保護は受けたものの、ジズヤ(人頭税)※の支払いや様々な制約を課されました。
改宗すれば税が免除されるため、イスラム教への改宗者が増え、ゾロアスター教徒は急速に減少していきました。この圧迫を逃れるため、8世紀から10世紀頃に一部の信徒は故郷を離れ、インド西海岸へ移住しました。彼らは「パールシー」(ペルシア人という意味)と呼ばれ、現地の王の保護を受けて信仰を継承します。
一方、中国へは唐代に「祆教」(けんきょう)として伝わり、長安や洛陽に寺院も建てられましたが、845年の「会昌の廃仏」で禁止され、衰退しました。
このように、ゾロアスター教は、古代ペルシアでの繁栄と受難を経て、インドへ移住した「パールシー」や故郷イランに留まった人々によって、その命脈を保ち続けてきたのです。*3)
ゾロアスター教の禁忌(タブー)について
【アフラマズダー神(右)から王権の象徴を授与されるアルダシール1世(左)】
ゾロアスター教は、宇宙の秩序「アシャ(真理)」を守ることを最も重視する宗教です。そのため、信徒の生活には「清浄」と「不浄」を厳格に区別する禁忌(タブー)も存在します。
これらは単なる儀式的なルールではなく、善と悪の対立という世界観に基づいた倫理的な指針でもあります。ここでは、代表的な禁忌について紹介します。
死体との接触と浄化の儀礼
ゾロアスター教において、死体は最も強い「不浄」の源とされ、悪神アンラ・マンユの力と結びつけられています。死体に触れた者には「バラシュヌーム」と呼ばれる9日間の厳格な浄化儀礼が必要とされました。
隔離された場所で、聖なる牛の尿や聖水を用いて身を清めるもので、この間は誰とも接触できません。
また、「サグディド(犬による凝視)」という儀礼も行われます。神聖な動物とされる犬(特に目の上に斑点のある犬)が死体を見つめることで、悪霊が払われると考えられています。
自然の汚染を避ける葬送法
ゾロアスター教では、アフラ・マズダーが創造した神聖な要素である火、水、土、空気を「死の不浄」で汚すことは、最も重い罪のひとつとされます。
そのため、土葬、火葬、水葬は伝統的に禁止されてきました。この禁忌を回避するために行われてきたのが「鳥葬」または「風葬」です。遺体を「ダフマ(沈黙の塔)」と呼ばれる施設に安置し、鳥に食べさせることで自然に還します。
これは人生最後の布施の業とも考えられてきました。ただし、現代では都市化や衛生面への配慮、鳥の減少などにより、この葬送法は限定的になっています。
虚偽の禁止と日常の禁忌
倫理的な側面における最大の禁忌は、「虚偽(嘘)」です。虚偽は悪の象徴「ドゥルジ」そのものであり、嘘をつくことは悪神アンラ・マンユに従う行為と見なされます。
食事に関しては、他の宗教に比べて厳格な禁忌は少ないものの、清浄さが重視されます。例えば、近親に死者が出た場合は一定期間肉食が禁じられることがあります。
古典的には異教徒が調理した食物を避ける習慣もありましたが、現代では神官など一部を除いてはあまり守られなくなっています。
ゾロアスター教の禁忌は、宇宙の秩序と清浄さを守るための具体的な行動規範です。死や火、言葉に関する制約は、信徒が善の側に立ち続けるための大切な指針となっています。*4)
ゾロアスター教の現在
【パールシーの神殿(インド グジャラート州アフマダーバード)】
かつて古代ペルシアで国教として栄えたゾロアスター教は、現代では信徒数が大きく減少し、存続が危ぶまれる少数派の宗教となっています。ここでは、現在の分布と直面する課題について見ていきましょう。
世界の信徒数と分布
現在、世界のゾロアスター教徒の総数は約11万人から12万人とされ、その多くはインドとイランに集中しています。
インドには約6万人の「パールシー」がおり、ムンバイやグジャラート州に多く居住しています。人口は1941年の約11万4,000人をピークに減少し続け、2011年には約5万7,000人となり、今世紀末には9,000人程度になると予測されています。
イランには約1万5,000人から2万5,000人の信徒が残り、ヤズドなどに拝火神殿が存在します。このほか、北米には約2万人、イギリス、オーストラリア、カナダなど世界各地に信徒が点在しています。
信仰の継承と現代的な変化
イランのヤズドにある寺院では、1500年以上燃え続けるとされる聖火が、伝統とともに今も守られています。
一方で、伝統的な習慣が変化を迫られている側面もあります。その代表例が「鳥葬」です。都市化によるハゲワシの減少や衛生面への配慮から維持が困難になっており、現在では約3割の信徒が電気式の火葬やコンクリートで固めた墓地への土葬といった次善の策を選択しています。
人口減少と存続への課題
ゾロアスター教が直面する最大の課題は、急激な人口減少です。その背景には、
- 出生率の低下
- 晩婚化
- 独身者の増加
といった現代的な問題があります。
さらに深刻なのが「血統主義」と「異教徒との結婚」の問題です。特にインドのパールシーでは、他宗教からの改宗を認めず、パールシー女性が異教徒の男性と結婚した場合、その子供は信徒として認められないといった厳格な慣習が守られてきました。
この慣習が信者数の減少に拍車をかけています。
また、イランでは経済的困難から子どもを持つことをためらう傾向が強まっており、イラン革命以降は多くの信徒が北米などへ移住し、本国での信徒数は減少し続けています。
ゾロアスター教は、3000年近い歴史を持ちながら、今まさに存続の岐路に立たされています。しかし、世界各地の信徒たちは、古代から受け継がれた信仰を次世代へ繋ぐため、努力を続けています。*5)
ゾロアスター教徒に関してよくある疑問
【ゾロアスター教徒の衣装を着けた男性】
出典:国際日本文化研究センター『ゾロアスター教徒の衣装を着けたエミール・シャブラン,祈りの姿勢』
古代ペルシアで生まれたゾロアスター教は、日本ではあまり身近ではない宗教かもしれません。ここでは、ゾロアスター教に関して多くの人が抱く素朴な疑問にお答えします。
ゾロアスター教徒の有名人はいる?
はい、世界的に著名な人物が数多くいます。最も知られているのは、ロックバンド「クイーン」のボーカリスト、フレディ・マーキュリー(本名:ファルーク・バルサラ)です。
彼はインド系パールシーの家庭に生まれました。映画『ボヘミアン・ラプソディ』で父親が語る「善き思い、善き言葉、善き行い」は、ゾロアスター教の三徳そのものです。
【フレディ・マーキュリー】
その他にも、以下のような人物が有名です。
- ラタン・タタ:インド最大の財閥タタ・グループの元会長。慈善事業と倫理的な経営でも知られ、ゾロアスター教の倫理観を実践した実業家。
- ジャムシェトジー・タタ:タタ・グループの創業者。19世紀から20世紀初頭にかけてインド近代化に貢献した実業家で、鉄鋼産業と繊維産業の発展を主導した。
- ズービン・メータ:イラン出身の世界的指揮者。ニューヨーク・フィルハーモニック管弦楽団やロサンゼルス・フィルハーモニック管弦楽団を指揮し、国際的に活躍している。
- サイラス・プーナワラ:インドの実業家でワクチンメーカー「セラム・インスティテュート」の創業者。コロナウイルス対策では各国政府と連携した。
- ホーミ・バーバー:インドの物理学者で、インドの原子力開発の先駆者。イギリス留学後、インドの科学技術発展に貢献した。
ゾロアスター教徒のシンボルマークは何を意味してる?
ゾロアスター教の代表的なシンボルは「ファラヴァハル(フラワシ)」と呼ばれます。これは翼を広げた円盤の中央に人物が描かれた図像で、ペルセポリスなどの古代ペルシア遺跡にも見られます。
一般に、人間の守護霊(魂)を表すとされ、広げられた翼は「善思・善語・善行」の三徳を、中央の円環は魂の永遠性や神との契約を、人物が片手を上げている姿は善への導きを象徴しています。現代では信仰の象徴であると同時に、イランの人々全体の文化的アイデンティティの象徴としても使われています。
ゾロアスター教徒には特有の服装があるの?
日常生活で外見からそれとわかる服装はありませんが、信徒は衣服の下に「スドラ」と「クスティ」という神聖な衣装を身に着けています。
スドラは清浄さを象徴する白い木綿の肌着です。クスティは羊毛で編んだ聖なる帯で、腰に三周巻かれますが、これは「善思・善語・善行」の三徳を表しています。
これらは入信儀式「ナオジョテ」で授けられ、信徒は祈りの際にこのクスティを結び直す浄化の儀礼を行います。
ゾロアスター教にはどのような祝日や行事がある?
最も重要なお祭りは「ノウルーズ(Nowruz)」と呼ばれる新年祭です。これは春分の日(3月21日頃)にあたり、自然が再生し、光(善)が闇(悪)に打ち勝つことを祝うものです。
この祭りはゾロアスター教に起源を持ちますが、現在はイランや中央アジアの広範な地域で文化的な祝日として祝われており、ユネスコの無形文化遺産にも登録されています。この時期、家を清掃し、「ハフトスィーン」と呼ばれる春を象徴する7つのものを並べたテーブルを飾って祝います。ほかにも「ガハンバール」と呼ばれる6つの季節祭などがあります。
- サブゼ(Sabzeh):小麦、大麦、レンズ豆などの新芽(再生、生命力の象徴)
- サマヌー(Samanu):小麦の麦芽から作る甘いプリン(豊穣、力の象徴)
- センジェド(Senjed):グミ(またはナツメ)の乾燥した実(愛、知恵の象徴)
- スィール(Sir):ニンニク(健康、魔除けの象徴)
- スィーブ(Sib):リンゴ(美、健康の象徴)
- ソマーグ(Somāq):香辛料のウルシの実(日の出の色、忍耐の象徴)
- セルケ(Serkeh):酢(年齢、忍耐、知恵の象徴)
ゾロアスター教の聖地はどこ?
発祥の地であるイラン、特に中部のヤズドが歴史的な聖地と見なされています。ヤズドには西暦470年から燃え続けているとされる聖火を守る拝火神殿があり、重要な巡礼地となっています。
また、ヤズド近郊の山中にある「チャク・チャク」は、サーサーン朝最後の王女が逃れたという伝説が残る洞窟で、最大の巡礼地のひとつです。
一方、インドへ移住したパールシーにとっては、イランから運んだ最も神聖な聖火を祀る、グジャラート州の「ウドゥワダ」が、インドにおける第一の聖地とされています。*6)
ゾロアスター教徒とSDGs
【チャクチャク (イラン ヤズド州)】
ゾロアスター教の「人間が善の側に立ち、世界の調和を目指す」という倫理的な世界観は、地球環境と人類社会の健全性を目指すSDGs(持続可能な開発目標)の理念と本質的につながるところがあります。多様性の尊重と包摂的な社会の構築という視点から、その貢献と課題を考えてみましょう。
SDGs目標4:質の高い教育をみんなに
ゾロアスター教は、その教義の根幹から教育を極めて重視します。「善き思い」を実践するためには、知識と理性による判断が欠かせないとされます。
この教えは、特にインドのパールシー・コミュニティにおいて実践され、男女を問わず高い識字率と教育水準を誇る文化的土壌を育みました。その結果、産業や学術、芸術の分野で多くの優れた人材を輩出し、社会の発展に寄与してきた側面は、目標4が目指す包摂的で質の高い教育の推進と合致しています。
SDGs目標5:ジェンダー平等を実現しよう
ゾロアスター教のコミュニティには、深刻なジェンダー不平等の問題が存在します。特にインドのパールシーにおいては、信仰の純粋性を守るための厳格な「血統主義」により、パールシー女性が異教徒の男性と結婚した場合、その子供は信徒として認められず、コミュニティや拝火神殿への立ち入りが制限されるといった慣習が続いてきました。
これは個人の選択の自由や、ジェンダーに基づく不平等な扱いを禁じる目標5の達成とは明らかに逆行する課題であり、信者数の減少問題とも相まって、コミュニティ内部で大きな議論の対象となっています。
SDGs目標10:人や国の不平等をなくそう
ゾロアスター教徒は、その歴史を通じて世界各地で宗教的少数派として、差別や周辺化に直面してきました。発祥の地であるイランにおいても、憲法上の保護はありながらも、公的機関での雇用制限や社会的な偏見が根強く残っているとされます。
ゾロアスター教徒自身が「誰一人取り残さない」というSDGsの理念から取り残されかねない状況にあるのです。彼らの文化遺産を保護し、信仰や民族的アイデンティティに基づく差別を撤廃して社会参加を促進することが、目標10が目指す不平等の是正に不可欠な取り組みといえます。
SDGs目標13:気候変動に具体的な対策を
ゾロアスター教は「世界初の環境宗教」とも評されるほど、自然との共生を重んじています。その教えでは、火、水、土、空気はアフラ・マズダーが創造した神聖な要素であり、それらを「不浄」によって汚染することは最も重い罪のひとつとされます。
この自然観は、気候変動対策(目標13)や水資源の保全といった現代の環境課題に対する、極めて強力な倫理的基盤を提供します。人間は神の創造した世界を管理する責任を負うという思想は、持続可能な社会の実現に向けた具体的な行動を、信仰のレベルで強く動機づけるものと考えられます。
宗教は歴史的に、教育、保健、社会秩序の維持において重要な役割を果たしてきました。ゾロアスター教の倫理観は、信徒たちの教育水準の高さや社会貢献に寄与してきた一方で、その内部の慣習や外部から受ける差別といった課題は、SDGs達成の障壁ともなっています。*7)
>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから
まとめ
【ペルセポリスに残るゾロアスター教の守護霊フラワシのレリーフ】
ゾロアスター教は、紀元前7世紀から6世紀頃に古代ペルシアで生まれ、「善思・善語・善行」という三つの徳を中心として、善と悪の対立の中で人間が善の側に立つことを説く宗教です。その教えは、後のユダヤ教、キリスト教、イスラム教に深い影響を与え、自然を神聖視する環境倫理や最後の審判という思想は、現代にも通じる普遍的な価値を持っています。
しかし、世界の信徒数は約11万人から12万人にまで減少し、存続の危機に直面しています。2024年8月にはインド政府が「Jiyo Parsi」スキームのオンラインポータルを開設し、パールシー・コミュニティの人口減少に対処する取り組みを強化しました。
一方、2025年2月には北米ゾロアスター教協会連盟(FEZANA)がテキサス州で「ゾロアスター教デイズ」を開催し、宗教間対話と認知度向上に努めています。これらの動きは、少数派宗教が多様性を尊重する社会の中で、いかに文化的アイデンティティを維持し、包摂を実現していくかという現代的課題に向き合う姿勢の一端といえるでしょう。
今後、ゾロアスター教が存続するためには、伝統と現代社会の要請のバランスを取る必要があります。血統主義によるジェンダー不平等や、異教徒との結婚に対する厳格な制限といった内部の慣習は、科学的な視点と人権の観点から再検討されるべき時期に来ています。
同時に、宗教的少数派への差別を撤廃し、すべての人が信仰の自由と平等な機会を享受できる社会を構築することも重要です。
異なる文化や信仰に対する無知や偏見を克服し、多様性を尊重する姿勢を持つことは、これからの社会を生き抜くにあたって、ますます必要とされるでしょう。ゾロアスター教のような、少数宗教の歴史と現状を知ることは、宗教が人類の精神文化に果たしてきた役割を理解し、信仰の自由と文化的多様性の重要性を再認識する機会となります。
古代から受け継がれた知恵と倫理観は、分断と対立が深まる現代世界において、対話と共存の可能性を示唆するものです。すべての人が尊厳を持って生きられる未来のために、私たちは多様性を理解し、開かれた姿勢で、共に学び歩むことの大切さを認識する必要があります。*8)
<参考・引用文献>
*1)ゾロアスター教とは
World History Encyclopedia『Zoroastrianism』
Britannica『Zoroastrianism』
Wikipedia『List of countries by Zoroastrian population』
Philosophy Institute『The Dualistic Cosmos and Eschatology in Zoroastrianism』(2023年12月)
*2)ゾロアスター教の教えについて
Wikipedia『Zoroastrianism』
Wikipedia『Frashokereti』
Wikipedia『Asha』
BBC『Zoroastrian: Worship – Religions』(2005年2月)
Encyclopedia Iranica『AMƎŠA SPƎNTA』
*3)ゾロアスター教の歴史
Wikipedia『イスラーム教徒のペルシア征服』
世界史の窓『ゾロアスター教』
世界史の窓『アケメネス朝ペルシア』
Encyclopedia Iranica『PARSI COMMUNITIES i. EARLY HISTORY』(2018年5月)
unesco『Bisotun』
*4)ゾロアスター教の禁忌(タブー)について
Utah State University『Food and Purity in Zoroastrianism: Then to Now』(2021年10月)
Wikipedia『Sagdid』
Zoroastrians.net『Importance of a Dog in Zoroastrian religion』(2021年8月)
Encyclopædia Iranica『BARAŠNOM』(2016年10月)
Encyclopædia Iranica『BURIAL iii. In Zoroastrianism』(2013年5月)
*5)ゾロアスター教の現在
Roshan Rivetna『The Zarathushti World – a Demographic Picture』
BBC『Of opium, fire temples, and sarees: A peek into the world of India’s dwindling Parsis』(2025年5月)
The Guardian『The last of the Zoroastrians』(2020年8月)
COURRIER『“ゾロアスター教”はなぜ滅びゆくのか─敬虔だった祖父が「地獄に落ちた」と言われて』(2020年10月
Iran International『Sacred fire still burns as many Zoroastrians quit Iran』(2025年7月)
*6)ゾロアスター教徒に関してよくある疑問
九州大学『ゾロアスター教における聖なる火と清浄儀礼 : ナオサリの事例を中心に 中別府 温和』
Iran International『Sacred fire still burns as many Zoroastrians quit Iran for America』(2025年7月)
BBC『The obscure religion that shaped the Wes』(2017年4月)
*7)ゾロアスター教徒とSDGs
FEZANA『Stewardship of the Environment – An imperative for zoroastrians』(2015年10月)
Danish Institute for Human Rights『FREEDOM OF RELIGION OR BELIEF AND EDUCATION』
Journal of Lifestyle and SDGs Review『An Interfaith Perspective on Multicultural Education for SDGs』(2024年9月)
Cambridge University『Zoroastrian Cave as Heritage for the Long-Term Preservation of Identity』(2024年12月)
*8)まとめ
National Geographic『ゾロアスター教 聖なる火を守り続ける』(2024年4月)
FEZANA『FEZANA ANNOUNCES HISTORIC ‘ZOROASTRIAN DAYS』(2025年2月)
Iran International『Sacred fire still burns as many Zoroastrians quit Iran』(2025年7月)
Anis Baig『The Fading Embers of a Glorious Past: An Exploratory Study of Parsi Life and Customs』(2025年6月)
この記事を書いた人
松本 淳和 ライター
生物多様性、生物の循環、人々の暮らしを守りたい生物学研究室所属の博物館職員。正しい選択のための確実な情報を提供します。趣味は植物の栽培と生き物の飼育。無駄のない快適な生活を追求。
生物多様性、生物の循環、人々の暮らしを守りたい生物学研究室所属の博物館職員。正しい選択のための確実な情報を提供します。趣味は植物の栽培と生き物の飼育。無駄のない快適な生活を追求。







