CSDDD(企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令)は、企業経営に大きな変革をもたらす可能性があります。グローバルサプライチェーンにおける人権・環境問題への対応は、もはや企業の選択肢ではなく、法的義務となりました。
CSDDDの基本、そしてこの指令が企業の未来にどのような影響を与えるのかを、わかりやすく解説します。特にグローバルに事業を展開する企業や、そのサプライチェーンに関わる企業にとって、重要な情報です。
CSDDD(企業サステナビリティ・デューデリジェンス司令)とは

グローバル化が進む現代、企業の活動は国境を越え、そのサプライチェーンは複雑に絡み合っています。この複雑な構造の中で、企業が人権侵害や環境破壊といった深刻な問題に加担してしまうリスクも高まっています。こうした状況を受け、EU(欧州連合)は、企業に対して、人権と環境を守るための調査を行うことを新たに義務付ける指令、CSDDD(Corporate Sustainability Due Diligence Directive:企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令)を発効しました。
CSDDDの概要:企業の責任を明確化する
CSDDDは、企業に対し、事業活動全体(バリューチェーン)において、人権と環境に対する潜在的および現実的な負の影響を特定、防止、軽減、是正するための措置を講じることを法的に義務付けるものです。
これまで、OECD(経済協力開発機構)の行動指針や、UNGPs(国連ビジネスと人権に関する指導原則)といった国際的なガイドラインが存在しましたが、これらは企業の自主的な取り組みに委ねられており、その実効性には限界がありました。
CSDDDは、こうした状況を打開するため、企業の社会的責任を法的責任へと転換させる画期的な指令として制定されました。
CSDDDの適用範囲:グローバル企業への影響
CSDDDは、EU加盟国に拠点を置く企業だけでなく、一定の規模を超えるEU域外の企業にも適用される可能性が高いと考えられます。
当初の案では、より広範な企業が対象となる予定でしたが、2025年2月に公表された「オムニバス法案」※において、適用範囲が縮小される提案がなされています。最終的な適用範囲は未確定ですが、現時点では、EU加盟国企業の場合、従業員数5,000人超かつ全世界での純売上高15億ユーロ超の企業が主な対象となります。日本を含む第三国企業の場合は、EU域内での純売上高が15億ユーロ超の企業が対象となる見込みです。
また、CSDDDは、自社だけでなく、ビジネス・パートナー(取引先)を含むバリューチェーン全体でのデューデリジェンスを求めています。ただし、中小企業への配慮として、従業員数500人未満の企業に対して要求できる情報開示は、VSME(非上場中小企業向けの自主的なサステナビリティ報告基準)の規定内容に限定される提案もなされています。
CSDDDが求めるデューデリジェンスの内容:具体的な義務
CSDDDに基づき、企業は以下の措置を事業活動全体で行うことが求められます。
- 人権および環境に関する負の影響の特定と評価
自社の活動およびビジネスパートナーとの関係において、人権侵害や環境破壊のリスクを特定し、評価します。 - 負の影響の防止および軽減
特定されたリスクに対して、適切な予防措置や軽減策を講じます。 - 負の影響の停止および是正
実際に負の影響が発生した場合、その影響を停止させ、被害を是正するための措置を講じます。 - 苦情処理メカニズムの確立
負の影響を受けた個人や団体が苦情を申し立てることができる仕組みを構築します。 - デューデリジェンスに関する方針の策定と実施
これらの措置を効果的に実施するためのデューデリジェンスに関する方針を策定し、組織全体に浸透させます。 - デューデリジェンスの有効性の監視
講じた措置が実際に効果を発揮しているかを定期的に監視し、必要に応じて改善を行います。 - デューデリジェンスに関する情報の公表
年次報告書などを通じて、デューデリジェンスの取り組み状況を公表します。
特に、気候変動緩和のための移行計画の策定・実施も義務付けられており、具体的な温室効果ガス排出削減目標やそのための活動計画の開示が求められます。
CSDDDの法的拘束力:罰則と今後の展開
CSDDDはEUの「指令」であるため、EU加盟国は2年以内に国内法を整備し、企業にこれらの義務を課す必要があります。最も早い場合、2027年7月26日より適用が開始される見込みです。
違反した場合、当該企業の直近会計年度における全世界売上高の少なくとも5%を上限とする罰金が科される可能性があります。また、負の影響の防止・停止・是正義務を怠った場合には、民事責任を負う可能性もあります。
ただし、現在審議中のオムニバス法案では、CSDDDの適用開始時期の延期や適用範囲の簡素化が提案されており、今後の動向を注視する必要があります。
EUは、企業に対する支援として、CSDDDに関するガイドラインの策定やヘルプデスクの設置なども予定しています。
CSDDDは、企業に対し、人権と環境への配慮を経営の根幹に据えることを求める法律であり、企業は長期的な視点での対応準備が不可欠となります。次の章では、近年注目されているEUの「CSRD」との違いを見ていきましょう。*1)
CSDDDとCSRDとの違い

企業のサステナビリティへの取り組みを推進する上で、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)とCSDDD(企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令)は、いずれも重要な役割を担う枠組みです。しかし、両者はその目的と内容において明確な違いを持っています。
CSRDとは:情報開示による透明性の向上
CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive:企業サステナビリティ報告指令)は、企業に対し、環境、社会、ガバナンス(ESG)に関する詳細なサステナビリティ情報の開示を義務付ける指令です。
従来の報告制度を強化し、より多くの企業を対象とすることで、投資家やその他のステークホルダーが、企業の持続可能性に関する影響をより深く理解できるようにすることを目指しています。
CSRDの大きな特徴は、企業の財務状況に影響を与えるサステナビリティ課題だけでなく、企業活動が環境や社会に与える影響についても開示を求める「ダブルマテリアリティ」という考え方を採用している点です。
CSDDD:行動による負の影響の防止
これに対し、CSDDDは、企業に対し、自社の事業活動全体(バリューチェーン)において、人権と環境に対する潜在的および現実的な負の影響を特定、防止、軽減、是正するための措置を講じることを義務付けるものです。
CSDDDは、企業の「行動」そのものを規制し、人権侵害や環境破壊といった問題の発生を未然に防ぐことを主な目的としています。
CSDDDとCSRDとの違い:報告義務と行動義務
つまり、
- CSRD=企業のサステナビリティ情報の「開示」を求める
- CSDDD=人権と環境への負の影響を防止するための具体的な「行動」を求める
という点で、この二つは大きく異なります。
ただし、両者は相互に関連しており、CSRDによる情報開示は、CSDDDに基づくデューデリジェンスの取り組み状況を示す一側面となることもあります。
企業は、CSRDとCSDDDの両方を理解し、適切に対応することで、持続可能な経営を推進していくことが求められます。*2)
CSDDDが発効された背景

なぜ今、企業はサプライチェーン全体の人権と環境への配慮を、法的責任として求められるようになったのでしょうか。その背景には、グローバル化が進む現代社会が抱える構造的な課題と、国際社会における企業の責任に対する認識の変化があります。
多国籍企業の活動と顕在化した課題
グローバル化の進展は、多国籍企業の活動範囲を飛躍的に拡大させ、その影響力を増大させました。しかし、20世紀後半以降、多国籍企業の活動に伴う環境破壊や人権侵害といった問題が、世界各地で顕在化するようになります。
開発途上国における劣悪な労働条件や、資源採掘による環境汚染などは、その代表的な例です。これらの問題は、企業が利益を追求する過程で、人権や環境への配慮が不十分であったために発生しました。
責任ある企業行動を促すための国際的な議論が活発化
こうした状況に対し、責任ある企業行動を促すための国際的な議論が高まり、1976年には、経済協力開発機構(OECD)※が「国際投資と多国籍企業に関するOECD宣言」を発表しました。この宣言に含まれる「OECD多国籍企業行動指針」は、「雇用及び労使関係」や「環境」などの分野における行動基準を定め、企業の責任ある行動を促すものでした。
しかし、これらの指針は法的拘束力を持たず、企業の取り組みは自主的なものに委ねられていたため、その実効性には限界がありました。
自主的取り組みの限界と法的義務化への潮流
自主的な取り組みだけでは、企業による人権・環境侵害を十分に防ぐことができないという認識が広まるにつれて、法的拘束力のある規制の必要性が強く認識されるようになりました。
2010年代半ば以降、欧州を中心に、一部の国や地域では人権・環境デュー・ディリジェンス(DD)を義務付ける立法が進められてきました。例えば、
- フランス
2017年に「企業注意義務法」を制定し、一定規模以上の企業に対し、サプライチェーン全体での人権・環境DDの実施と情報開示を義務付けました。 - ドイツ
2021年に「サプライチェーンDD法」を成立させ、より広範な企業に同様の義務を課しています。
などの先行事例は、人権・環境DDが企業の社会的責任(CSR)の範疇にとどまらず、法的責任へと移行しつつあるという明確な流れを示しました。そして、この流れを決定的なものとしたのが、EUレベルでのCSDDDの発効です。
EUにおけるCSDDDの発効と国際社会の強い意志
欧州連合(EU)は、加盟国間で足並みを揃え、より広範かつ強制力のある枠組みを構築するために、長年にわたり議論を重ねてきました。その結果、2024年7月25日に、CSDDD(企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令)を正式に発効したのです。
CSDDDは、EU加盟国企業だけでなく、一定のEU域内売上高を超える域外企業(日本企業を含む)にも適用される可能性があり、グローバルなサプライチェーン全体での人権・環境リスクへの対応を求める、画期的な指令と言えます。
サプライチェーン全体での人権と環境への配慮が法的責任に
この指令は、企業に対し、自社の事業活動だけでなく、「活動の連鎖(バリューチェーン)」全体における人権と環境への負の影響を特定、防止、軽減、是正することを義務付けています。これは、原材料の調達から製品の製造、流通、販売、廃棄に至るまでの、上流・下流の活動をすべて含む広範な責任を意味します。
CSDDDの発効は、企業が持続可能な社会の実現に貢献するための責任を、より明確かつ強制的に課すという、国際社会の強い意志を示すものと言えるでしょう。
このように、CSDDDが発効した背景には、グローバル経済における多国籍企業の増大した影響力、それに伴い顕在化した人権・環境問題、そして自主的な取り組みの限界がありました。CSDDDの誕生は、企業がサプライチェーン全体で人権と環境への配慮を法的責任として真摯に向き合い、持続可能な社会の実現に貢献していくことを強く求める、国際社会からのメッセージと言えるでしょう。*3)
CSDDDが企業に及ぼす影響

サプライチェーン全体での人権と環境への配慮が、企業の新たな義務となる時代が到来しました。この変革は、企業の事業活動の根幹を揺るがし、多岐にわたる影響を及ぼします。ここでは、CSDDD(企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令)が企業にもたらす具体的な変化を、主要な側面から明らかにしていきます。
自主的な取り組みから法的責任へ
CSDDDの発効は、企業にとって人権・環境デュー・ディリジェンス(DD)の実施が法的責任となるという、大きな変化をもたらします。
これまで、人権・環境DDは、企業の社会的責任(CSR)の一環として自主的な取り組みに委ねられてきた側面がありましたが、CSDDDはこれを法的拘束力のある義務へと転換させます。
この義務は、EU域内の企業だけでなく、一定のEU域内売上高を超える域外企業、つまり日本企業にも適用される可能性があります。例えば、
- EU域内での年間純売上高が一定額を超える日本企業
- EU域内に大規模な子会社や支店を持つ企業
などは、CSDDDの直接的な適用対象となる可能性が高いと考えられます。
さらに、直接的な適用を受けない中小企業であっても、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)の適用を受ける大企業との取引関係において、環境や社会に関する情報開示を求められるなど、間接的な影響を受けることになります。これは、バリューチェーン全体での情報開示が重視されるCSDDDの特性によるものです。
サプライチェーン全体への責任
CSDDDが企業に課すデュー・ディリジェンスの義務は、単に自社の事業活動に留まりません。「活動の連鎖(バリューチェーン)」全体、つまり、原材料の調達から製品の製造、流通、販売、廃棄に至るまでの、上流・下流のあらゆる段階における人権と環境への負の影響を対象とします。
企業は、この広範な範囲において、潜在的な負の影響を特定し、防止、軽減、是正するための適切な措置を講じる必要があります。これには、
- 取引先のビジネス・パートナーにおける人権侵害や環境破壊のリスクを評価し、必要に応じて是正措置を求める
- 自社の事業活動が負の影響を引き起こした場合の救済メカニズムを構築する
などの行動も含まれます。
この義務を履行するためには、企業はサプライチェーン全体における透明性を高め、関連情報を収集・分析する体制を構築することが必要になります。
透明性と責任の明確化
CSDDDは、企業に対してデュー・ディリジェンスに関する情報開示も義務付けています。具体的な開示内容や基準は、今後、欧州委員会が定める委任法によって詳細が明らかにされる予定です。
また、関連する動きとして注目されるのが、CSRDにおける「ダブルマテリアリティ」という考え方です。これは、
- 「投資家の投資判断に影響を与える要素だけでなく、企業の活動が環境や社会に与える影響についても責任を持って開示しなければならない」
というものです。
CSDDDと直接的な関連はありませんが、環境や社会への影響に関する記述が不十分である場合、訴訟リスクを負う可能性も指摘されており、今後、サステナビリティ情報の開示に対する企業の責任はより一層重くなることが予想されます。
サプライチェーンへの波及と中小企業への影響
前述の通り、CSDDDの義務は、直接の適用対象となる大企業だけでなく、そのサプライチェーン全体に波及します。大企業は、自社のデューデリジェンス義務を果たすために、取引先である中小企業に対しても、環境や社会に関する情報の提供や改善を求める可能性が高まります。
例えば、
- 温室効果ガスの排出量削減に関する取り組みや
- 労働環境
- 人権尊重の状況
などについて、中小企業が情報開示を求められるケースが増えると考えられます。これは、中小企業にとって対応コストや負担が増加する可能性がありますが、一方で、自社のサステナビリティへの取り組みを強化し、新たなビジネスチャンスにつなげる機会ともなり得ます。
適用時期と今後の動向
CSDDDは2024年7月25日に発効し、EU加盟国は2026年7月26日までに国内法を整備する必要があります。企業への適用開始時期は段階的で、最も早い場合で2027年7月26日からとなります。
ただし、EUでは現在、CSDDDやCSRDなどのサステナビリティ関連規制を簡素化する「オムニバス法案」が審議されており、今後、適用時期や対象範囲、義務の内容などが変更される可能性もあります。欧州議会は2025年4月3日、CSDDDの適用開始時期を1年間延期する法案を採択しており、今後の動向を注視する必要があります。
CSDDDの発効は、企業が事業活動を行う上で、人権と環境への配慮を経営の根幹に据えることを求める、大きな潮流です。その影響は多岐にわたり、法的義務の発生、デュー・ディリジェンスの範囲拡大、情報開示の強化、そしてサプライチェーン全体への波及など、企業はこれらの変化に適切に対応していく必要があります。*4)
CSDDDに対して企業はどう対応すべきか

欧州連合(EU)で発効した企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)は、企業活動における人権と環境への負の影響を防止・軽減するための新たな法的枠組みです。この指令は、日本企業を含むグローバル企業に対し、サプライチェーン全体での人権・環境デューデリジェンス(DD)の実施を求めるものであり、企業は迅速かつ適切な対応を迫られています。
①自社の義務を明確にする
CSDDDの適用対象となるのは、EU域内の大企業だけでなく、一定規模以上のEU域外企業も含まれます。日本企業の場合は、EU域内での純売上高が一定額を超える企業が対象となる可能性があります。
現時点(2025年4月)で公表されている情報に基づくと、CSDDDの適用対象となる条件とスケジュールは以下の通りです。
EU域内企業の場合
【第1段階】
適用開始時期は1年延期され、2028年7月26日となる見込み
従業員数5,000人超かつ全世界での年間売上高15億ユーロ超の企業
【第2段階】
適用開始時期は2028年7月26日となる見込み
従業員数3,000人超かつ全世界での年間売上高9億ユーロ超の企業
【第3段階】
適用開始時期は2029年7月26日
上記以外の対象企業(従業員数1,000人超かつ全世界での年間売上高4億5,000万ユーロ超の企業)
EU域外企業(日本企業を含む)の場合
【第1段階】
適用開始時期は1年延期され、2028年7月26日となる見込み
EU域内での年間純売上高が15億ユーロ超の企業
【第2段階】
適用開始時期は2028年7月26日となる見込み
EU域内での年間純売上高が9億ユーロ超の企業
【第3段階】
適用開始時期は2029年7月26日
EU域内での年間純売上高が4億5,000万ユーロ超の企業
企業はまず、自社のEU域内での売上高や従業員数などを確認し、適用対象となるかどうかを正確に把握することが最初のステップです。
②サプライチェーン全体のリスク管理
CSDDDが企業に義務付ける中心的な要素が、人権・環境デューデリジェンス(DD)の実施です。これは、自社の事業活動だけでなく、サプライチェーン全体(活動の連鎖)における人権や環境への潜在的および現実的な負の影響を特定、防止、軽減、是正するプロセスを意味します。
具体的には、OECD行動指針や国連のビジネスと人権に関する指導原則(UNGPs)などの国際規範を踏まえ、
- リスク評価の実施
- 予防・軽減策の導入
- 影響を受けた人々への救済メカニズムの構築
などが求められます。
特に、
- 強制労働
- 児童労働
- 環境汚染
といった深刻な問題に対して、企業はより一層の注意を払う必要があります。
③ビジネスパートナーとの連携
CSDDDでは、自社だけでなく、直接・間接のビジネスパートナーもDDの対象範囲に含まれます。大企業は、取引先である中小企業に対しても、人権や環境に関する情報開示や改善を求める可能性があり、中小企業も間接的にCSDDDへの対応を求められることになります。
企業は、サプライヤーとの対話や協働を通じて、サプライチェーン全体での人権・環境リスクの低減に取り組むことが重要です。
④情報開示と報告:透明性の確保と説明責任
CSDDDに基づき、企業は実施したDDに関する情報を年次報告書やウェブサイトで公表する義務が生じます。報告内容については、今後欧州委員会が委任法により詳細を定める予定です。
また、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)の適用対象企業は、CSDDDに基づく開示義務は免除されます。ただし、CSRDに基づいて、デュー・ディリジェンスの方針やプロセスを含む非財務情報の開示が求められます。
④情報収集:オムニバス法案と今後の動向
2025年2月には、欧州委員会よりCSRDやCSDDDなどのサステナビリティ関連規制を簡素化するオムニバス法案が公表されました。この法案では、
- CSDDDの適用時期の延期
- DDの対象範囲の限定
- モニタリング頻度の削減
などが提案されています。欧州議会も適用延期法案を採択しており、今後、これらの改正案が最終的にどのように決定されるか、継続的に情報を収集し、動向を注視する必要があります。
CSDDDへの対応は、企業にとって新たな挑戦となりますが、グローバルなサプライチェーンの一員として、すべての企業がその影響を理解し、備えていく必要があります。早期の準備と積極的な取り組みが、未来のビジネスを守るための賢明な選択となるでしょう。*5)
CSDDDとSDGs

CSDDDは、企業が自社の事業活動とバリューチェーン全体において、SDGsの達成にどのような影響を与えているのかを理解し、貢献を最大化するための強力な推進力となり得ます。企業は、CSDDDに基づいたデューデリジェンスを通じて、SDGs達成を阻害する可能性のある負の影響を特定し、防止・軽減することで、持続可能な未来への貢献を具体的に示すことができるのです。
SDGs目標5:ジェンダー平等を実現しよう
CSDDDが強化するサプライチェーン監査は、縫製工場や電子部品製造現場などにおける女性差別解消に直接的な影響を与える可能性があります。CSDDDは、サプライチェーンにおけるジェンダー平等を促進するために、以下の具体的な貢献メカニズムを通じて、SDGs目標5の達成に貢献します。
- 同一労働同一賃金の監査:取引先の賃金体系を国際労働機関(ILO)の基準に照らして評価し、男女間の不平等を是正
- ハラスメント防止策:現地語に対応した苦情処理窓口の設置を契約条件に加えることで、ハラスメントの防止と被害者の救済を促進
- 管理職のジェンダーバランス:取引先に対し、女性管理職の比率を開示することを要求し、リーダーシップにおけるジェンダー平等を推進
SDGs目標8:働きがいも経済成長も
CSDDDは、
- 強制労働や児童労働の禁止
- 安全で健康的な労働環境の提供
- 公正な賃金の支払い
など、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の実現に不可欠な要素を企業に求めます。企業は、これらの要素をサプライチェーン全体で徹底することで、労働者の権利を保護し、持続可能な経済成長を支えることができます。
例えば、アパレル企業は、CSDDDに基づき、原材料の調達から縫製工場における労働条件まで、サプライチェーン全体を調査し、強制労働や不当な低賃金といった問題がないかを確認し、改善する必要があります。
SDGs目標12:つくる責任 つかう責任
CSDDDは、企業に、
- 資源の枯渇
- 環境汚染
- 廃棄物の増加
など、事業活動が環境に与える負の影響を特定、防止、軽減することを義務付けます。これにより、企業は、製品のライフサイクル全体における環境負荷を削減し、持続可能な消費と生産パターンを促進することが求められます。
例えば、電子機器メーカーは、製品の設計段階からリサイクルしやすさを考慮し、
- レアメタルなどの資源の持続可能な調達
- 廃棄物の削減
- 製品の長寿命化
- 回収・リサイクルシステムの構築
などに取り組む必要があります。
SDGs目標13:気候変動に具体的な対策を
CSDDDは、企業に対し、
- 科学的根拠に基づいた温室効果ガス排出削減目標の設定
- 排出量削減のための具体的な行動計画の策定
- 進捗状況の開示
を求めます。これにより、企業は、自社の事業活動が気候変動に与える影響を把握し、脱炭素社会の実現に向けた具体的な貢献を示すことが求められます。
例えば、鉄鋼メーカーは、製造プロセスにおける排出量を削減するための技術開発や、再生可能エネルギーへの転換、そしてそのための投資計画などを開示する必要があります。
CSDDDは、企業に責任ある行動を促し、SDGsが目指す持続可能な社会の実現に向けた貢献を加速させる強力な手段です。企業は、CSDDDとSDGsを統合的に捉え、自社の事業活動を再評価し、持続可能な未来の実現に向けて積極的に行動していくことが求められます。
>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから
まとめ
CSDDDは、グローバル化が進む現代において、企業がサプライチェーン全体で人権と環境への負の影響を防止・軽減することを義務付ける、画期的な指令です。最近の動向としては、適用範囲や義務内容を簡素化する「オムニバス法案」による動きがあります。これは、中小企業の負担軽減を目的としたものですが、今後の審議によっては、CSDDDの効力が変化する可能性もあるため、継続的な情報収集が重要です。
CSDDDは、異なる文化や経済状況にある人々にとって、より公正で持続可能な社会の実現に向けた重要な一歩となります。今後の企業には、自社の活動が人権や環境に与える影響を真摯に受け止め、責任ある行動をとることが欠かせません。
また、個人レベルでもCSDDDに関する知識を深めることは、重要です。私たちは、企業の取り組みを注視し、持続可能な製品やサービスを選ぶことで、より良い社会の実現に貢献できるのです。
企業に求めるべき責任とは何か、そして、私たち自身がどのような未来を創造したいのか、具体的なビジョンを持ち、それに向けた行動を起こしましょう。*6)
<参考・引用文献>
*1)CSDDD(企業サステナビリティ・デューデリジェンス司令)とは
European Union『Commission simplifies rules on sustainability and EU investments, delivering over €6 billion in administrative relief』(2025年2月)
World Economic Forum『EU governments back human rights and environmental due diligence law for supply chains』(2024年3月)
European Parliament『Sustainability and due diligence: MEPs agree to delay application of new rules』(2025月4月)
日本貿易振興機構『「サプライチェーンと人権」に関する法制化動向(全世界編 第1版)』(2024年11月)
日本貿易振興機構『欧州委、人権・環境デューディリジェンス実施対象を大幅削減する法案発表』(2025年3月)
日本貿易振興機構『EU企業持続可能性デューディリジェンス指令の施行とその影響』(2025年1月)
日本貿易振興機構『欧州人民党、CSRD、CSDDD、CBAMなどの対応負担の大幅軽減と適用延期求める』(2025年1月)
UNODO『Director General’s Statement on the European Union Corporate Sustainability Due Diligence Directive』(2024年3月)
日経ESG『EUで「骨抜き」改正のCSDDDが施行へ前進 日本企業も対象 人権・環境デューデリを求める企業持続可能性デューデリジェンス指令案が採択』(2024年4月)
環境省『環境デュー・ディリジェンス関連の国際規範、海外法規制、ガイダンスの概要』(2024年3月)
環境省『日本企業による対応促進に向けた論点』(2024年11月)
日経XTECH『EU、口先だけのサプライチェーン人権・環境“適正化”指令』(2024年3月)
経済産業省『責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料』(2023年4月)
厚生労働省『ビジネスと人権~責任あるグローバル・サプライチェーンに向けて~』
*2)CSDDDとCSRDとの違い
European Union『Corporate sustainability reporting』
European Union『COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE EUROPEAN COUNCIL, THE COUNCIL, THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL COMMITTEE AND THE COMMITTEE OF THE REGIONS The European Green Deal』
European Union『COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT, THE COUNCIL, THE EUROPEAN ECONOMIC AND SOCIAL COMMITTEE AND THE COMMITTEE OF THE REGIONS Forging a climate-resilient Europe – the new EU Strategy on Adaptation to Climate Change』(2021年)
European Union『DIRECTIVE (EU) 2022/2464 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL』(2022年12月)
European Union『REGULATION (EU) 2020/852 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL』(2020年6月)
European Union『COMMISSION DELEGATED REGULATION (EU) 2023/2772』(2023年7月)
European Union『Commission simplifies rules on sustainability and EU investments, delivering over €6 billion in administrative relief』(2025年2月)
日経ESG『CSRD開示始まる、負担軽減も 「トランプ2.0」発足、ESG推進の欧州で揺り戻し』(2025年3月)
日本貿易振興機構『欧州議会、持続可能性関連規制の適用延期法案を採択、CSDDDは1年延期、CSRDは2年延期へ』(2025年4月)
日本貿易振興機構『欧州委、CSRDとタクソノミー規則の開示対象企業を8割削減する法案発表』(2025年5月)
日本貿易振興機構『CSRD 適用対象日系企業のためのESRS 適用実務ガイダンス』(2024年5月)
*3)CSDDDが発効された背景
European Union『Corporate sustainability due diligence』
ERIS FOUNDATION『Social LobbyMap identifies financial sector lobbying around CSDDD』(2024年11月)
FINANCIAL TIMES『EU to keep climate goals but loosen rules for companies, says green chief』(2025年2月)
日経ビジネス『EUの人権リスク規制「CSDDD」 日本企業が対応すべき7つのポイント』(2025年1月)
日経ESG『デューデリ体制の整備をEU企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)解説』(2024年12月)
日本総研『EU人権・環境デューディリジェンス指令採択を巡る混乱とその背景』(2024年3月)
日本政策投資銀行『CSDDDについて思うこと』(2024年10月)
環境省『バリューチェーンにおける環境デュー・ディリジェンス入門~環境マネジメントシステム(EMS)を活用した環境デュー・ディリジェンスの実践~』(2023年5月)
環境省『環境デュー・ディリジェンスに関する最新動向』(2024年3月)
*4)CSDDDが企業に及ぼす影響
日経ビジネス『EU大型人権規制、2025年にも調査を試行しなければ対応間に合わず』(2024年11月)
NOMURA『欧州オムニバス法案とサステナブルファイナンスの行方』(2025年3月)
大和総研『欧州委員会による「オムニバス法案」の概要 CSRDやCSDDDを簡素化する改正案が提出される』(2025年3月)
大和総研『EU の企業サステナビリティ・デュー・ディリェンス指令(CSDDD)の内容と今後の展開』(2024年8月)
日経ESG『EUで「骨抜き」改正のCSDDDが施行へ前進 日本企業も対象 人権・環境デューデリを求める企業持続可能性デューデリジェンス指令案が採択』(2024年4月)
*5)CSDDDに対して企業はどう対応すべきか
日本貿易振興機構『EU企業持続可能性 デューディリジェンス指令の施行とその影響』(2025年1月)
日経ESG『デューデリ体制の整備を EU企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)解説』(2024年12月)
環境省『バリューチェーンにおける環境デュー・ディリジェンス入門~環境マネジメントシステム(EMS)を活用した環境デュー・ディリジェンスの実践~』(2023年5月)
世界経済フォーラム『迫る「2025年の崖」- デジタルトランスフォーメーションでビジネスモデル変革を』(2024年4月)
厚生労働省『すべての「はたらく」に、安心と希望を』(2025年)
法務省『今企業に求められる「ビジネスと人権に関する調査研究」報告書 「ビジネスと人権」への対応 概要版』
厚生労働省『厚生労働省が企業に対してカスハラ対策の義務づける方針を発表』(2025年2月)
労働政策研究・研修機構『【EU】EUにおけるビジネスと人権に関する法整備の状況』(2023年9月)
*6)まとめ
FINANCIAL TIMES『New rules sharpen investment focus on modern slavery』(2024年12月)
FINANCIAL TIMES『EU struggles to balance its green and growth goals New policy package makes clear compromises in pursuit of economic growth』(2025年2月)
BBC『EU backs law against forced labour in supply chains』(2024年3月)
Reuters『CSDDD: Navigating the new frontier of corporate sustainability』(2024年12月)