※プライバシー保護のため、インタビュイーには仮名を使用しています。
体験者の方のプロフィール
- お名前:ふみさん(仮名)
- 年代・性別:体験当時20代・女性(現在46歳)
- 体験の種類:元夫のギャンブル借金を肩代わり→複数社から借入→約150万円で自己破産
- 体験時期:約18〜20年前(22歳で結婚直後〜)
- 現在:自己破産から10年以上経過。正社員として働き、1人暮らし。制限なし
「借金はない」と誓った夫の言葉を信じて結婚した、22歳の春。しかし結婚直後に届いた一通の請求書が、ふみさん(仮名・現在46歳)の人生を一変させました。自分は何も悪いことをしていない。
なのに気づけば、銀行ローン、クレジットカード、そして消費者金融まで——。借金返済できない日々の中で、誰にも言えず一人で抱え込んだ20代の体験を、リアルな言葉で語っていただきました。
22歳で結婚、当時の生活と仕事

ふみさんが結婚したのは22歳のとき。当時はアルバイトや社員として働きながら、元夫と子どもとの3人暮らしを送っていました。現在は46歳。フリーランスを経て昨年10月から正社員になり、子どもは社会人として独立。今は1人で暮らしています。
穏やかな現在からは想像もできませんが、20代の大半は借金返済できない苦しさの中にありました。
しかもその借金は、自分が作ったものではありませんでした。
結婚後に届いた請求書——「借金はない」は嘘だった
ふみさんは結婚を決める前、元夫に何度も確認していました。
親からお金の問題がある人との結婚はよくないと聞かされていたからです。
「私に嘘ついてることないよね、隠し事ないよねって何回か聞いて、大丈夫だよって言われてたんですけど、結婚した後に請求書が来て分かったっていう状態でした」
── ふみさん(仮名)
発覚した借金の原因は、ギャンブルと車の改造費。最初の金額は30〜50万円ほどでした。後から分かったことですが、元夫は結婚前から借金を繰り返しており、その都度お母さんが返済していたといいます。
しかし結婚を機に「所帯が別れたんだから自分たちで何とかしなさい」という雰囲気に変わり、財布が一つになったふみさんに、その重荷が移ってきました。
財布が一つになった日——肩代わりが始まったきっかけ

元夫の収入は、当時でも家族3人では到底暮らせないほど低いものでした。そこへギャンブルと車へのお金が上乗せされ続けます。子どもがいるのに生活は常に切り詰めた状態。元夫に渡せるお小遣いもほとんどなく、足りない分を元夫がクレジットカードのキャッシング枠や銀行ローンで補うという構図が生まれました。
財布が一つである以上、その返済はふみさんにもかかってきます。
「納得はいかなかったんですけど、一緒に返してくれみたいな雰囲気になっちゃったんですよね」とふみさんは振り返ります。
結婚と同時に、自分が作っていない借金の返済義務を背負わされる形になりました。
「自分のせいじゃないのに」——借金返済できない日々の実態
最初は30〜50万円だった借金が、じわじわと膨らんでいきました。ギャンブルはやまず、車の改造費もかさみ続け、気づいたときには何百万という金額になっていました。
銀行ローン、カード、そして消費者金融へ——広がり続けた借入先

借金が膨らむにつれ、元夫自身がどこからも借りられない状況になっていきました。そのとき、ふみさんに向けられたのは「代わりに借りてほしい」という要求でした。
最初は銀行のキャッシングローン。次にイオンカードのキャッシング枠。
そして、それらも返せなくなったとき——最終的にたどり着いたのが消費者金融・アイフルでした。
家の近くに無人店舗があり、返済もそこでできると知り、利用したといいます。
「本当にもう自分の心がすごくぐちゃぐちゃっていうか。
いろんな理由で銀行のローンとか借りる人はいるかなとは思ってたんですけど、
── ふみさん(仮名)
消費者金融に自分のせいじゃないのに行ってしまったっていうのが、当時も今もすごく悲しい思い出です」

\ふみさんも借りた/

働いても働いても返済に消えていく——出口の見えない毎日

借金返済できない状況が続く中、ふみさんは必死に働き続けました。
しかし稼いだお金は返済に消えていくばかり。生活は極限まで節約し、子どもとの日々は常にギリギリの状態でした。
「一生懸命休みもなく働いても、もう返済にばっかりなっちゃうっていうか。本当にこのままじゃいけないっていう風に思いました」
── ふみさん(仮名)
稼げど稼げど減らない借金。借金返済できない状況は出口の見えないトンネルのようでした。
義母に助けを求めるも「あなたが悪い」——信じてもらえなかった理不尽

追い詰められたふみさんは、元夫の母親のもとへ何度も助けを求めに行きました。
「息子さんがこういう状況で苦しいから助けてください」と。しかし返ってきた言葉は、想像を絶するものでした。
後から分かったことですが、元夫の母は親戚にも「ふみさんが悪いから息子が借金している」と話していたといいます。
何度助けを求めても信じてもらえず、むしろ責められる——。自分は何も悪くないのに、という理不尽さが積み重なっていきました。
友人にも職場にも言えない——一人で抱え込んだ孤独

22歳で結婚していたふみさんの周囲の友人たちは、まだ独身で華やかな日々を送っていました。
「キラキラした楽しい話なんてとても言えなくて」と話すように、自分の置かれた状況を口にできる場所はどこにもありませんでした。
職場の同僚にも相談したことはなく、インターネットで調べる習慣もまだ十分には根付いていない時代。
情報を得る手段も、心を打ち明ける相手も、ほとんどない状態でした。唯一話せたのは実の母親だけ。
「本当にいつでも帰ってきなさいって言ってくれていました」とふみさんは振り返ります。
「本当にもう何者からも借りてるみたいな感じで、もう一生懸命働いても返済ばかりで。このままじゃいけないって思いましたし、私はずっと離婚したいって考えていたので、今の生活とこれからの未来のために整理をしたいなって思いました」
── ふみさん(仮名)
法テラスに電話した日——自己破産を選ぶまでの経緯
「もうどうにもならない」と感じたとき、ふみさんは新聞かテレビで法テラス(日本司法支援センター)の存在を知りました。無料で弁護士に相談できると知り、すぐに電話したといいます。
「本当にもう苦しくて苦しくてしょうがなかったんですけど、無料相談があるっていうのを見て電話したら、何回かまでは弁護士さんが無料ですよっていうのがあって、本当に駆け込んでいってもらったっていう状況です」
── ふみさん(仮名)
弁護士への相談では、任意整理を希望したといいます。しかし当時の収入では月々の分割返済が難しいと判断され、弁護士から自己破産を勧められ決断。自己破産時の総額は約150万円。弁護士費用として月5,000円を約3年間支払い続けました。
自己破産後の生活——「一生終わり」という恐怖は誤解だった

「一生何もできなくなるじゃないですけど、怖いイメージで。後ろ指刺されて生きていかなくちゃいけないんじゃないかなって思ってました。カードもなくなるとか、家を借りられなくなるんじゃないかとか、携帯の機種変更ができないんじゃないかとか、すごく怖かったですね」
── ふみさん(仮名)
しかし実際は、時間が解決してくれることの方が多かったといいます。機種変更は特に問題なくできました。
クレジットカードは、自己破産から約7年後に試しに申し込んだところ取得できたといいます。
きっかけは子どもの部活の遠征でETCカードが必要になったこと。思い切って申し込んだら通ったそうです。
離婚後は自分名義で賃貸物件も借りられるようになり、現在は制限なく普通の生活を送っています。
「何か立って真面目に生きてたら、普通の生活はできるようになるんだなって思います。申し訳ない気持ちはあるんですけど、今はそういう感想です」
── ふみさん(仮名)
自己破産後にクレジットカードの再取得を検討している方は、通常のカードより審査が通りやすいとされるカードから試してみることも一つの方法です。
母だけが支えだった——誰にも言えなかった孤独と離婚
借金返済できない状況の中、ふみさんが唯一心を開けたのは実の母親でした。
元夫の母には何度助けを求めても「あなたが悪い」と跳ね返され、友人には華やかな時期に暗い話はできず、職場にも言えない。
そんな孤立した状況を支えてくれたのは、「いつでも帰ってきなさい」と言い続けてくれた母の存在でした。
離婚については、借金が発覚した結婚直後から望み続けていたといいますが、元夫がなかなか同意してくれず、実際に離婚できたのは5年半前のこと。
「提案するたびに世間体とか恥ずかしいとか自分のせいなのにみたいなことを言われて、結構遅くなっちゃったのはすごく後悔しています」とふみさんは話します。
ふみさんから同じ境遇の方へ伝えたいこと

インタビューの最後に、パートナーの借金や借金返済できない状況で悩む方へのメッセージを伺いました。
ふみさん(仮名)から同じ悩みを持つ方へ
「分かった時点で本当に肩代わりしないで、すぐ離婚する方法を誰かに聞いて探した方がいいっていうのを一番言いたいです。遅かったなって思います。
私が当時聞きたかったのは、ちゃんと真面目に生きてきたのに、借金を背負わされるような日が来ちゃったけど、なんとか明るく生きてるっていう人の話。
そういう体験談が当時あったら、もう少し早く動けたかもしれない。今悩んでいる方には、真面目に生きていれば必ず普通の生活に戻れる、ということを伝えたいです。」
また、当時を振り返り「今のようにAIチャットで24時間気軽に相談できる環境があったら、もっと早く動けたかもしれない」とも話してくれました。
当時の相談窓口は平日の限られた時間帯のみで、小さな子どもを抱えながら電話できる状況ではなかったといいます。
編集部コメント
Sustainable Finance Lab 編集部より
「借金返済できない」という状況は、自分が作った借金だけとは限りません。
ふみさんのように、パートナーの借金を肩代わりし、気づけば消費者金融まで頼らざるを得なくなるケースは、表に出てこないだけで決して珍しいことではないはずです。
自分のせいじゃないのに、誰にも言えないまま一人で抱え込む——その孤独は、当事者にしか分からない重さがあります。
ふみさんが20年以上の時間をかけて伝えてくれた「真面目に生きていれば普通の生活に戻れる」という言葉は、今まさに追い詰められている方への、何よりのメッセージではないでしょうか。






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