
皆さんはファインバブルという名を耳にしたことはあるでしょうか。一般には未だほとんど知られていないファインバブルですが、私たちの生活の多岐にわたる分野で革新的な効果を発揮し、SDGsの達成にも寄与する技術として注目を集めています。ファインバブルの一体何がそんなにすごいのか。その全貌と実力などを、わかりやすく説明していきましょう。
目次
ファインバブルとは
ファインバブルとは、私たちが日常目にする泡よりもはるかに小さい泡のことです。
通常の泡の大部分は直径数mm〜数cm程度がほとんどですが、ファインバブルはその直径が100μm(=0.1mm)より小さな泡のことを指します。※
そしてファインバブルは、通常の泡にはない特異な性質を持ち、空気以外にもさまざまな気体のガスを封入できることから、その性質がさまざまな産業分野で有効活用できることが長年の研究や活用事例によって明らかになりました。
※μm(マイクロメートル)=1μmは0.001mm
ファインバブルの種類
ファインバブルは主にその大きさによってマイクロバブルとウルトラファインバブルという、性質が異なる2種類に大別されます。
- マイクロバブル:大きさが直径約1〜100μm
- ウルトラファインバブル:大きさが直径約1μm以下
数字だけではピンとこないかもしれませんが、人間の髪の毛の太さが約80μmであると言えばわかりやすいでしょう。
つまり、髪の毛の太さよりやや大きいものから、その1/80という小さな泡までがマイクロバブルであり、さらに小さなウルトラファインバブルに至っては、もはや肉眼で見ることはできません。
ファインバブルの歴史
もともと泡(気泡)に関する研究は古くから行われてきましたが、日本では1960〜80年代から機械工学や化学工学の分野で発展してきました。
ファインバブルが一躍注目されるようになった事例があります。それが、1990年代末に広島での牡蠣養殖にマイクロバブルを使用して若牡蠣の成長に成果を挙げたというものです。これを契機に日本でファインバブルに関する研究や開発が進み、さまざまな用途への使用法が確立されていきます。
その後、
- 2004年ごろ:ウルトラファインバブル(当時はナノバブルの呼称)の発見
- 2012年:一般社団法人微細気泡産業会設立→翌年ファインバブル産業会に名称変更
- 2015年:ファインバブル学会連合設立
- 2016年:ファインバブル地方創生協議会発足
などの研究・開発基盤が整備され、日本はファインバブル技術の先進国として発展を遂げました。現在では国際標準化機構(ISO)でも「ファインバブル」という名称が正式に定義され、農林水産省や経済産業省が産業基盤の構築を支援するなど、研究と活用の推進が進められています。
ファインバブルの特徴

先述した通り、ファインバブルは通常の泡にはないさまざまな特徴を持っています。では具体的にどのような特徴があるのか、より詳しく見ていきましょう。
特徴①肉眼で認識できない
ファインバブルはあまりにも小さく、目で見ても泡とは認識できません。
マイクロバブルは大きさによってはかろうじて肉眼で見えます。そのため、マイクロバブルがたくさん入った水は白く濁って見えます。また水が濁っていなくても、顕微鏡などを工夫して観察や計測が可能です。
一方、ウルトラファインバブルはさらに直径が小さいため、光が当たっても散乱せずに素通りし、水中では無色透明にしか見えません。そのため、かつては存在を疑問視されることもありましたが、現在はレーザー光線など計測技術の進歩で計測や測定が可能になっています。
特徴②水中での滞留

通常の泡は、水の底から浮かび上がってすぐに弾けて消えてしまいます。
一方ファインバブルは、その小ささのために水中での滞留時間が長いか、ほぼ残り続けることが特徴です。
マイクロバブルは1分間に数cmほどの速度でゆっくりと水中を浮上し、途中で気泡の中の気体が水中へ溶けていくにつれ収縮しながら、やがて消滅します。
ウルトラファインバブルの場合は、微粒子がランダムに動き続けるブラウン運動という現象が起きるため、浮力がほぼ働かず水中で浮上しません。外部からの刺激がなければ中の気体が溶けずに数週間〜数カ月安定して存在できるため、密栓した水中での貯蔵が可能です。
特徴③内圧が大きい
通常の泡と違い、ファインバブルは気泡の中の圧力が高くなるのが特徴です。
気泡の内外の圧力差は直径1mmの泡が0.003atm(大気圧)なのに対し、10μmのマイクロバブルになると100倍の0.3atmとなり、1μmでは2.9atmと、小さくなるほど気泡内は高圧になります。そして、気泡の表面に接した液体部分にはガスの成分が高濃度で溶けていきます。
また気泡内が高圧のため、ファインバブルは外からの力で壊れる時に強い衝撃波を発生させるという性質も持っています。
特徴④マイナスの電荷を帯びている
ファインバブルには、通常の水の中では気泡の表面がマイナスの電荷を帯びるという特徴があります。そのため反対の極性(+)に帯電する物質を引き付け、同じ極性に帯電する物質に反発する性質を持っています。
こうした性質から、水中に浮かぶ油性の物体を気泡表面に集める作用があるのもファインバブルの特徴です。
ファインバブルの主な活用分野と用途

ファインバブルは、上記のような多様な特性を活かしていくつかの産業分野で活用されており、さらに広い分野で本格的な展開が期待されています。
ここでは特に活用が注目されている分野での用途を紹介していきましょう。
活用分野・用途①洗浄
現在、ファインバブルの応用が最も進んでいるのが洗浄用途への活用です。
前述のようにファインバブルはマイナスの電荷を帯びて界面活性作用があること、壊れる際に発生する衝撃波で汚れを浮かせやすくするなどの特徴から、洗浄器具や清掃事業などでウルトラファインバブル水が広く利用されています。
いくつかの例をあげれば、
- シャワーヘッド・バスユニット
- 洗濯機・洗濯機用器具
- 化粧品
などでウルトラファインバブルを活用したものが商品化されており、脂肪、タンパク質、無機物質などの汚れの洗浄速度が高い、入浴後の体表面温度低下が少なく温浴効果が高い、などの効果が報告されています。
NEXCO西日本(西日本高速道路)では、2011年から順次、SA・PAのトイレや休憩施設、橋桁の洗浄にウルトラファインバブル水の利用を開始しました。その結果、
- 作業時間を約30%短縮
- 水量を約99%節減
- 床面の乾燥時間を約40%短縮
- 橋桁の炭素鋼の腐食を抑制
などの成果が報告されています。
このように、ファインバブルは一般的な化学物質に比べて安価、安全で環境負荷が低く、対象を傷めない新しい洗浄方法として注目が集まっています。
活用分野・用途②水産業

ファインバブルは内包する気体が溶け出す効率が高く、中に空気を入れれば水中での酸欠を防げることから、水産業、特に養殖現場で積極的に活用されています。
前述の広島での牡蠣養殖の事例は、もともと赤潮の発生による牡蠣の酸欠死を防ぐことが目的でした。それが若牡蠣の成長率の向上にもつながったのです。
海面養殖では、魚(特にブリ類)の表皮に付く寄生虫を除去するために閉鎖環境で薬品を投与する薬浴という作業が行われます。しかし、この閉鎖環境に大量の養殖魚を入れることで5%ほどの魚が酸欠死してしまう事例が起きていました。
こうした問題を解決するためにファインバブルを導入したところ、薬浴作業終了まで酸欠で魚が死ぬ事例は発生しませんでした。
活用分野・用途③農業
農業もファインバブルの活用が期待される分野です。
植物の根の先端部は成長のために充分な酸素が必要ですが、ろ過された地下水を使うことが多い灌水には溶存酸素量が低い場合が多く、通常は耕うんや土壌改良材などで土壌の通気性を高めて酸素量を保ちます。しかし粘土質の土壌や養液栽培ではあまり効果がありません。
このような問題を補うために空気を封入したファインバブル水を灌水に使用することで、
- 新ショウガ栽培で約109%の収量増
- トマトを用いた実験で根の生育に必要なサイトカイニンの合成量が増加
- ホウレン草の種子周辺の酸素濃度を上げることで発芽が促進
など、酸素を必要とする農産物に対してファインバブルが有効であるという評価が報告されています。
また、ファインバブルは
- 食品の品質保持:CO2ファインバブル水による酸化防止や微生物の増殖抑制
- 土壌改善:酸素ファインバブルによる土壌の溶存酸素濃度上昇で、汚染物質を分解する好気性細菌を活性化
- 土壌微生物のエネルギー供給源
- 作物への栄養吸収促進
などの効果も検証されており、持続可能な農業を後押しする素材と目されています。
活用分野・用途④環境分野

ファインバブルが環境分野でも活用できることは早くから知られています。2004年にはすでに有機フッ素化合物の分解促進効果が発見されるなど、有害物質の処理でもその有効性が示されています。
現在環境分野で注目されている用途がCCS技術への応用です。
CCSは大気中のCO2を分離・固定化する技術で、温暖化防止のために開発と普及が急務となっているものの、CO2の分離・回収・輸送のコストが課題です。
その点ファインバブルは
- CO2は水中での溶解度が高い
- 水は安定性が高く人体への有害性も低い
- 炭酸水のようにCO2を溶解させるために高い圧力をかける専用装置が不要
などの利点があります。実験では、複数の方法でウルトラファインバブル水の中に長時間多くのCO2を固定化できることがわかりました。現在はさまざまな場所で、簡便かつ安価なCO2貯留方法としてのファインバブル実用化に向けた研究が進められています。
活用分野・用途⑤医療
医療分野でもファインバブルの利活用が注目されています。特に有名なのはO3(オゾン)を含んだファインバブルの殺菌効果ですが、NOやH2などの生理活性作用があるガスの活用も知られています。
殺菌効果以外でも、ファインバブルの利用についての研究では
- 固形がんの特徴である低酸素状態を改善=がん治療の化学/放射線/光線力学療法の治療効率向上
- H2ファインバブル水が肝臓での酸化ストレス減少に寄与
- H2ファインバブル水がインスリンの粘膜吸収を促進
などの効果をもたらす可能性があることが報告されました。
水とガスのみという素材の安全性、長期間の高い安定性、封入するガスを目的に合わせて選択できる応用力の高さなど、ファインバブルの特性は医療分野でも大きな可能性を秘めています。現段階では医療・創薬分野でのファインバブル利用はまだ研究成果が少ないため、今後さらに基礎・応用研究を積み上げていくことが求められています。
ファインバブルの課題

さまざまな分野で注目されているファインバブルですが、その本格的な活用にはまだ多くの乗り越えるべき課題が立ちはだかっています。
課題①未だ解明されていない部分が多い
ファインバブルの一番大きな課題は、いまだ科学的に解明されていない部分が多いことです。特に顕微鏡などで観察できるマイクロバブルと違い、ウルトラファインバブルは不純物との識別が難しい、安定性や帯電性、粒度分布などの測定に課題がある、など理論的な解明がなされていない点が少なくありません。
もともとファインバブルは、実際の現場での開発と利用が先行し、それを科学的解明が追いかけるという珍しい形で発展してきました。今後、大規模な実用化にこぎつけるためには、より精緻なメカニズムの解明や客観的な認証制度などで、ファインバブル技術の信頼性を確保していく必要があります。
課題②効果や生産体制が不安定
ファインバブルの科学的解明が不完全であるため、効果についても実用化に必要なだけの結果が確実に出ているとは言えません。
例えば農業では、栽培環境やファインバブル水の濃度によっては生育促進する場合もあればそうでない場合もあるなど、成果が安定しないことがファインバブル利用が遅れている要因です。
またファインバブルの生成段階でも、水の調整能力や水の消費量、生成できる泡の数のコントロールや密度など、大規模な生産体制に向けた技術的な安定性も求められています。
課題③グローバル化
普及に向けてのもう一つの課題は、日本が確率させたファインバブル技術をしっかりとグローバル展開させることです。ファインバブルがISOで標準化されたとはいえ、資金や基礎研究力のある国々に実用面で新しい基準を確立されてしまうと、過去の日本製品のようにガラパゴス化に陥ってしまいかねません。
そうならないためにも、
- 基本/計測/応用の各段階での規格化
- 中心的役割を担う若手人材の育成
- 標準化に向けた各国との連携
などに取り組むことで、日本の優位性を維持しながら産業利用面でも国際標準化を進めていくことが重要になってきます。
ファインバブルがSDGsの達成に貢献できる分野

ファインバブルが持つ多彩な特性は、SDGs(持続可能な開発目標)の目標9「産業と技術革新の基盤を作ろう」や、その他のさまざまな目標の達成に貢献できる新しい素材として注目されています。
ファインバブルの特性が最も生きる洗浄分野や水産業での水の有効利用は、
- 目標6「安全な水とトイレを世界中に」
- 目標14「海の豊かさを守ろう」
の実現につながり、農業分野や風呂・シャワーなどの日用品への活用は
- 目標15「陸の豊かさを守ろう」
- 目標2「飢餓をゼロに」
- 目標3「すべての人に健康と福祉を」
さらに、環境分野への応用が進んでCO2の削減につながれば、
- 目標13「気候変動に具体的な対策を」
- 目標11「住み続けられるまちづくりを」
の実現にも大きく貢献するものとなります。
>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから
まとめ

ファインバブルは、泡の持つ新たな特性を活かし、さまざまな分野に応用ができる非常に有望な新素材です。日本で生まれ、多くの産業で花開こうとしているファインバブルがSDGsの切り札となるためには、世界を見据えながら足元の基盤を固める研究と実証が欠かせません。ファインバブルへの期待と注目が高まることは、私たちの抱える課題の解決に直接つながっていると言っても過言ではないでしょう。
参考文献・資料
ファインバブル入門/ファインバブル学会連合編 ; 寺坂宏一ほか著. 日刊工業新聞社, 2016
ファインバブルとは? ~定義・特徴~|一般社団法人ファインバブル産業会
直径100 µm未満の微細気泡 ファインバブルの不思議な世界 秦 隆志 高知工業高等専門学校 – 応用物理学会
ブラウン運動:名古屋市科学館
ファインバブル技術とは ─ 株式会社サイエンス
森下理咲子 ウルトラファインバブルの医療分野における活用法の探索と社会実装に向けた実証研究 神戸学院大学 博士(薬学) 乙第82号 2025-03-06 神戸学院大学機関リポジトリ
向後 光亨, 山口 涼, 梅垣 哲士, 小嶋 芳行 ウルトラファインバブルを用いた水中への二酸化炭素の固定化 材料技術 42 (5), 53-57, 2025
秦 隆志, 南川 久人 農水・食品分野におけるファインバブルの利用 表面と真空 66 (11), 660-665, 2023-11-10
安田 啓司 ウルトラファインバブルの特性と応用 表面と真空 66 (11), 631-638, 2023-11-10
平江 真輝 ファインバブルの家庭生活における応用事例 表面と真空 66 (11), 645-648, 2023-11-10
森 直哉, 浅田 真一, 関 洋子, 関川 清広, 渡邊 博之 ファインバブル施与時における培地有無の違いがイチゴの果実収量と果実品質に及ぼす影響 学術研究所紀要 (28) 71-78, 2023-03-15 玉川大学学術リポジトリ
飯嶋盛雄 栽培技術の改変による気候変動への取り組み 作物研究 67 (0), 67-73, 2022
ReFa FINE BUBBLE U – リファファインバブル U | 商品情報 | ReFa(リファ)公式ブランドサイト
ウルトラファインバブルを用いた食品の品質改善及びそれに適した発生装置の開発:ミナミ産業株式会社|中小企業庁 Go Techナビ
「日本型標準加速化モデル」とファインバブルISO戦略活動の現状及び今後の展望|一般社団法人ファインバブル産業会
この記事を書いた人

shishido ライター
自転車、特にロードバイクを愛する図書館司書です。現在は大学図書館に勤務。農業系の学校ということで自然や環境に関心を持つようになりました。誰もが身近にSDGsについて考えたくなるような記事を書いていきたいと思います。
自転車、特にロードバイクを愛する図書館司書です。現在は大学図書館に勤務。農業系の学校ということで自然や環境に関心を持つようになりました。誰もが身近にSDGsについて考えたくなるような記事を書いていきたいと思います。