
猪股 秀行
1973年6月30日、福島県郡山市生まれ。大学時代はトライアスロンに打ち込む。若い頃は海外12ヶ国を訪れ、海外の地理や歴史・風土を体感。1997年に郡山市に入庁。入庁後は消防防災、税収納、行財政改革、総合交通、産業支援機関への派遣、産業創出を経験し、産業創出課ではドイツ・エッセン市との経済分野の連携に携わる。2019年4月からは政策開発課に所属し、SDGsに携わり、2019年7月には郡山市がSDGs未来都市・東北初の自治体SDGsモデル事業に選定される。現在、郡山市を含む周辺市町村16市町村から構成するこおりやま広域圏とともにSDGsの理解・普及・実践に取り組んでいる。
introduction
福島県を代表する商業都市、郡山市。多くの研究所や大学が集まる中核都市であることから、「知の結節点」と言われています。
今回は、その福島県郡山市でSDGsの担当をしている猪股さんに、持続可能なまちづくりのためにどのような取り組みを行っているのか、郡山市の成り立ちとSDGsの深い関係を交えてお話いただきました。
郡山市ならではの強みを活かしたSDGsへの取り組み

–本日は宜しくお願いいたします。郡山市は2019年と早い段階で※SDGs未来都市に選ばれていますが、SDGsに力を入れるようになった背景を教えてください。
猪股さん:
私たちのこれまで培ってきたまちづくりの考え方が、SDGsの“誰ひとり取り残さない社会を作る”という理念とマッチしていたからです。
–どのような考え方でまちづくりを進めてこられたのでしょうか。
猪股さん:
郡山市は、郡山市を含む近隣の16市町村で”こおりやま広域連携中枢都市圏(以下「こおりやま広域圏」という。)”を形成しています。その圏内に立地する研究機関、医療関連の企業、大学といったステークホルダーと連携して、”将来起こり得る課題から逆算して今何をなすべきか”を考える「バックキャスティング思考」という考え方を基本指針に、まちづくりを進めてきました。

また、様々な分野のステークホルダーと連携し、より安全と安心に包まれたまちづくりを進めるため2018年2月にWHOが推奨するセーフコミュニティという認証も受けています。
>>セーフコミュニティについてもっと詳しく
一般社団法人セーフコミュニティ推進機構
–研究機関や医療関連企業、大学などが結集していることが「知の結節点」と呼ばれる理由なんですね。
猪股さん:
はい。特徴がそのまま強みとなり、SDGs未来都市を目指すことに至りました。
“SDGs未来都市こおりやま”が着目する「健康」への意気込み
–郡山市が目指すSDGs未来都市について教えてください。
猪股さん:
私たちは”健康”を軸に進めています。
先ほど申し上げたように、郡山市には大学や研究機関、また医療関連の企業や総合病院などが多数集積しています。
こうした機関が連携して、市民の健康に関するデータを用いて、何が原因で病気が起こるのかを分析し、ICTを活用しながら健康寿命を伸ばす対策を行っています。
–先進的な取り組みですね。健康と聞くと多くの人にとって関心の高い分野だと思います。市民に向けても直接アプローチをされているのでしょうか。
猪股さん:
例えば病院での出前講座では、「健康を維持するためには健康診断を早く受けましょう」とお話しています。
そうすると、「こういったこともSDGsに繋がるんだね」と理解していただけています。
健康寿命を伸ばすことが経済を豊かにする
–健康に着目された理由にも、バックキャスティング思考が基盤となっているのでしょうか。
猪股さん:
そうですね。郡山市は人口減少が見受けられ、2015年に33万5千人いた人口が2045年には24万7千人まで減ってしまうと予測され、高齢化も進んでいます。
今後、生産年齢人口が減るため、経済活動を維持するにはやはり健康であることが重要だと考えました。健康であれば、将来的に負担する医療費が削減され、その分をほかの経済活動に回すことができます。
–そういった観点がこれまでなかったので、すごく新鮮なお話です!
猪股さん:
まさにこの考えが郡山市のSDGs未来都市計画の肝の部分なんです。
日頃から健康診断を受けることで働く人の健康を守れますし、そうなると産業や経済的なロスを防ぐことができる。健康寿命を伸ばすことはSDGsで言うと社会、経済に貢献できます。
–健康に着目されている理由が理解できてきました。
猪股さん:
もう一つ、絶対に忘れてはいけないのが2011年の東日本大震災、そしてその後に続く原発事故です。
この出来事により子どもから大人まで全世代の健康の確保が非常に重要となりました。
今は放射能の影響はありませんが、それでもやはり福島では風評被害やさまざまな問題が発生しています。だからこそ、行政の責務として市民の皆様の健康を守ることが不可欠なのです。
健康・SDGsを自分ごと化するために。認知度を高める普及啓発活動

–郡山市の市役所には、階段をのぼると何カロリー消費するなど、いたるところに健康を意識させるような工夫がなされていますね。これは健康を自分ごと化してもらうための施策の一貫なのでしょうか。
猪股さん:
それもありますが、SDGs未来都市に選定された当初から、まずSDGsへの認知度を高めて理解を深めるという趣旨で普及啓発に努めてきました。
–選定当時ということは2019年ですね。その時の認知度はどれくらいだったんでしょうか。
猪股さん:
11.5%でした。この数字を見て、SDGs未来都市の責務として市民の皆様にまずSDGsをしっかり理解して行動に移していただく必要があると感じ、バスやタクシーに「SDGs未来都市に選ばれました」と表示したり、広報誌に掲載したり、手話でSDGsを学べるようにするなど、健康という部分にも着目しながら普及啓発を進めました。
特に、小中学生を含む若い世代の方々へのフォローは積極的に行い、子ども向けの動画を作成し配信しました。
学校、企業、町内会へのアプローチで一人ひとりの関心を高める
–若い世代への普及啓発が気になります。詳しく教えていただけますか。
猪股さん:
はい。小学校、中学校ではSDGsについて学ぶ時間を設け、それぞれテキストを用意しました。例えば小学生3、4年生には健康に気を使おう、こまめに電気を消そう、ゴミを分別しようなど、身近な行動がSDGsにつながるということを理解できる内容となっています。
中学生向けには少しレベルアップした内容が盛り込まれています。

世界で今何が起きているのかを学ぶことは、SDGsのゴール4「質の高い教育」にもつながっていきますし、テキスト以外にも学校の先生方がSDGsのカルタを作るなどして一生懸命取り組んでいただいています。
–楽しみながら学べることがポイントなんですね!
猪股さん:
そうですね。学校以外にも、町内会や企業に出向いてSDGsについて直接お伝えする出前講座を行っています。
–そちらではどのようなお話をされているんでしょうか。
猪股さん:
SDGsの成り立ちや背景から、企業や個人が取り組む必要性、そして郡山市の目指すべき方向性をお伝えしています。
団体、企業への普及活動としてはもう一つ、「こおりやまSDGsアワード」といって、こおりやま広域圏内で優れた取り組みを行っている団体や企業を表彰する制度を設けており、ショッピングモールや駅などでパネル展を開催し、紹介するということもしています。


–それはいい刺激になりますね!
猪股さん:
そうなんです。実際に、「積極的に関わっていきたい」という企業が増えています。
2年間で50%アップした市民の認知度
–まさに地域が一体となって取り組まれていますね。どういった効果を感じていますか。
猪股さん:
2021年5月の時点で認知度が63.4%と、2年前に比べて50%アップし、10代の方たちに関しては7割が理解しているとお答えいただいています。おそらく次年度はさらに高まっていると思いますね。
–それはすごいですね。取り組みの成果が表れているんですね!
猪股さん:
はい。ただ、理解度、認知度が高まって終わりではなく、SDGsを正しく理解していただいて行動に移すことが重要だと思っています。
若い世代の方はSDGsを学んで社会に出ていきます。私たちの訴えかけている健康の重要性もそうですが、今世界では脱炭素や再生可能エネルギーへのシフトも加速化しています。
企業の皆様方は、世界的な潮流の中で遅れを取ることのないように、このSDGsを戦略の一つとして取り組んでいく必要があると考えています。
郡山市にとってSDGsとは”過去、現在、未来”の物語をつなぐもの

–今回、普及啓発で配布されていたSDGsパンフレットについてもお伺いしたいと思います。とても美しいデザインに目を奪われたのですが、どのようなメッセージが込められているのでしょうか。
猪股さん:
ここには郡山が”健康”に着目するに至ったストーリーが描かれています。
郡山市といえばどんなところなのかを第一印象で知っていただきたくて、想いを馳せながらこのパンフレットを作りました。
–どんなストーリーが描かれているのでしょうか。
猪股さん:
こちらには磐梯山と猪苗代湖が描かれていますが、そもそも郡山市の経済活動は、不毛の大地だった郡山の安積原野に猪苗代湖の水を引いた安積疏水が基礎となっています。

そうした技術も、郡山市に尽力してこられた数多くの偉人の方々からご指導を受けて学びました。それが豊かな水田、紡績、化学、電力、電気電子、そこから医療へと発展し、今の郡山を支えています。
–素敵ですね。そうした歴史があって郡山市があるんですね。
猪股さん:
そうですね。持続可能なまちであり続けるには、やはり原点に立ち帰る必要があります。SDGsが真に求めているものは何かを考えたとき、やはりストーリーとしての競争戦略が重要だと思います。ここに関しては、ほかの都市と差別化が図られるし、自信を持って郡山市をご紹介できます。
このパンフレットを見た方には、”郡山といえばSDGs”、”SDGsといえば郡山”と思っていただけるよう、よりSDGsへの理解度を高めていきたいですね。
ステークホルダーの連携で自律的好循環を目指す

–最後に、郡山市の今後の展望を教えてください。
猪股さん:
やはり健康という視点に着目して、企業、研究機関、大学というステークホルダーと連携しながらSDGs達成を目指していきたいと考えております。
現在、郡山市には健康に関するオープンデータが約30種類ありますが、2021年9月より福島県立医科大学と連携してこれらのデータを分析し、施策立案するための健康政策課という新しい課を設けました。
–どのようなことをメインにされる課なのでしょうか?
猪股さん:
健康政策課には医師が常駐し、行政の職員が悩んでいる課題についてアドバイスをしていただく、健康に関する様々な施策を練っていく、そのような体制を整えています。
また、こおりやま広域圏全体では医師会や福島県立医科大学などの有識者から成る懇談会があり、懇談会とも連携し、削減できた医療費をほかに投資できる、そういった仕組みづくりを目指しているところです。
それがSDGsに求められる自律的好循環という考え方につながります。
2030年のSDGs達成期限に向けて、こおりやま広域圏の強みをしっかり活かして進めていきます。
–まさにパートナーシップですね。猪股さん、ありがとうございました。