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マミートラックとは?原因や問題点、企業がとれる対策も

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最近若いお父さんが、お母さん無しで、小さなお子さんをバギーに乗せたりおんぶしたりして外出している姿をよく見かけるようになりました。お母さんは仕事でしょうか、それともご自身の用事や休息でしょうか。

そんな姿を微笑ましく感じながらも、職場や政治といった場面に目を移すと、まだまだキャリアアップにもがく女性の姿が見えてきます。マミートラックの実態を理解し、有効な対策について是非一緒に考えていきましょう。

マミートラックとは

マミートラックとは、マミー(Mommy:母親)とトラック(track:陸上競技場の周回コース・軌道)を合わせた造語で、育児をしながら働く女性が、自分の意思に反して出世コースから外れてしまう状態を指します。

一見、子育てと仕事の両立ができているものの、補助的な分野に配置されたり、そのような部署を選ばざるを得ないようになったりなど、昇進や昇給から外れたコースに乗ってしまうことが多くなってしまう状態です。

マミートラックの語源 

Track には、” on track” (軌道に乗って/計画通りに)のように、ポジティブな意味もあります。現代のようなネガティブな意味を含むようになった経緯を見ていきましょう。

「マミートラック」の誕生

マミートラックという言葉は、1980年代の終わりにアメリカで生まれました。

当時のNPO代表フェリス・シュワルツ氏が、女性の働き方を「キャリア優先型」と「キャリアと家庭両立型」に分け、後者を望む従業員に対して育児休業などの制度を整備するよう提案したことがきっかけです。

なぜネガティブな意味に?

スタート当時の「マミートラック」は、ワーキングマザーに対する企業の支援制度を指すポジティブな意味合いのものでした。

しかし、実際には職場に復帰しても昇進やキャリア発展にブレーキがかかるなど、育児とキャリアのバランスをとる上での問題が明らかになってきました。

そのような問題点は時間が経つにつれて顕在化し、現在では「出世コースから外れる」というネガティブな側面が全面に出てきたのです。

参考:マミー・トラック|日本女性学習財団|キーワード・用語解説

日本における女性の現状

マミートラックは、日本の労働社会では特に大きな問題となっています。世界の国々の状況と比べてみましょう。

ジェンダーギャップ指数0.647

ジェンダーギャップ指数とは、WEF(World Economic Forum:世界経済フォーラム)が毎年公表しているもので、経済活動政治への参画教育水準出生率や健康寿命などから産出される、男女格差を示す指数です。

<ジェンダー指数の見方>
・経済・教育・健康・政治の4つの分野で示される。
・0が不完全平等、1が完全平等を示す。

2023年の日本のスコアは0.647、順位は146か国中125位で、先進国の中では最低レベル、ASEAN諸国より低い結果となっています。しかもスコア・順位とも少しずつ低下しています。

女性労働人口増!でも管理職・役員・議員は?

上の分野別スコアの特徴は、日本の問題を顕著に表しています。

教育・健康分野に比べて、政治と経済参画分野のスコアは極端に低くなっているのです。

日本でも2015年に女性活躍推進法が成立し、以前に比べると就業者総数も増えています。しかし諸外国と比べると、役員数については著しく低い水準となっています。

出典:2 世界各国との比較(国土交通省)

同様に、女性国会議員の数・割合も増えてはいるものの、諸外国に比べるとかなり低い水準となっていて、ジェンダーギャップ指数0.057というスコアもうなずかざるを得ません。

つまり、政治と経済分野への女性の参画が、明らかに大きな課題であるのが今の日本の現状と言えます。

育児や介護、家庭内の役割は?

労働社会での現状から家庭内への現状に目を向けてみましょう。

「女性の方が長い家事労働を担っている」という国は多いのですが、日本の場合は特に「妻」の分担が多くなっています。妻がフルタイムで働いている家庭より、パートやアルバイトなどの短時間労働で働いている場合の方がより顕著です。また、「仕事のない日」でもやはり妻の家事・育児分担が大きくなっています。

介護については、育児ほどの大きな差はありませんが、女性の方が男性の1.3倍ほどの負担を負っている結果となっています。

<うち6歳未満の子を持つ夫婦の家事・育児時間・分担割合(夫婦別)> 

(内閣府委託調査報告書)

欧米では、家事自体を家族全員で分担する意識が高く、育児では女性の負担が大きくなっていますが、食事や掃除など他の分担を夫や家族全員で担うことが多くなっています。

しかし日本は現代でも、女性の家事分担割合が先進国の中で最も大きくなっています。

仕事や昇進についての意識・希望

当事者の意識や希望はどうでしょう。

下のグラフは男女共同参画局が令和5年に行った世論調査の結果です。

仕事や昇進については、女性側の意識の差が年代で大きくなっています。

60代の女性には、若い時から昇進したり管理職についたりすることを「できると思っていなかった」人が多いのに対して、若い年代の女性ほど「できる」と思っています。

また男性では、若い人程同じ仕事を「長く続けたい」と思う人が少なくなっています。

若い世代では、仕事や家事分担について意識が変わってきていることがうかがえます。

しかし他の先進諸国と比較すると、願いには遠い現状を示していると言えそうです。

マミートラックが起きる原因

前章の日本の現状から、マミートラックが起きる原因がすでに見えてきています。一緒に整理していきましょう。

社会的観念

日本には「家事と育児は女の仕事、男は外で働く」という社会的観念が根強くあります。時代によって、身分制度や法令に生き方を左右された歴史は日本以外でも見られます。その中でも日本は、そのようなバイアス(偏見、先入観)と「本人の意思」とのギャップが大きい国の1つと言えます。

組織内のバイアス

近年日本は、育児や介護のための休暇制度も改正が進み、世界的にも高い評価を得られるようになりました。男性の育児休業取得率も以前と比べて13.97%(令和3年)と向上しています。しかし、当時政府が数値目標とした2025年の目標30%(令和5年には50%に引き上げ)にはほど遠く、欧米、特に北欧と比べると低いと言わざるを得ません。

<育休取得者の男女比>

女性男性
日本97.6%2.4%
スウェーデン64%36%
参考:コラム4 (図3)男性育児休業取得率 | 内閣府男女共同参画局表は筆者作成

男性が育休取得を躊躇する原因は、自身の昇進やキャリアに関する不安、収入が減る等がありますが、「同僚や上司の思惑が気になる」といった声もあります。「取りたくても取れないお父さん」像が浮かびます。男性が休みを取れないと、その分妻に家事等の負担がいって、女性が思う存分には働きにくくなっている現状も見えてきます。

このような育児休業の取得の現状を見ても、組織内にも「家事と育児は女の仕事、男は外で働く」といった社会的観念と同じようなバイアスがかかっていることが分かります。バイアスのかかった上司がいると、男性の育休に否定的だったり、女性の復帰・昇進・昇給に対しても消極的な組織となってしまうことが多くなります。

マミートラックから脱したいと思っている女性にとって、組織内の上司のバイアスは、大きな壁となってしまうのではないでしょうか。

マミートラックによって見られる問題

マミートラックによってどんな問題が生じてくるのでしょう。個人的に、そして企業にとって、の2つの視点からみていきましょう。

個人のモチベーション低下

重要な仕事を任されなくなるということは、誰にとってもモチベーションの低下に直結します。そして昇進や昇給の道を閉ざされることは、キャリア追及のモチベーションも低下させます。妊娠・出産・育児を経て、またしっかり働きたいと職場に戻ってきた女性が、力を発揮できないという状況は、女性の職業上の成長を阻害する大きな問題と言えるでしょう。

企業の成長を阻害

女性が能力を発揮できない職場では、休暇を取った人ばかりでなく、これから取りたい・取るかもしれないという人のモチベーションも低下させます。また、復帰して働く際にも意欲が湧かなくなる可能性も秘めています。

生産人口が減少する中、女性の意欲や能力を活用できない企業は、周囲の女性の力も削ぎ、総合的な戦力を欠くことになります。企業としての今後の成長に不安を残すのではないでしょうか。

マミートラックを引き起こさないための対策

マミートラックには、個人的にも企業にとっても問題があることをお話ししました。では、そのような問題を引き起こさないようにするためにはどうしたらよいか、考えてみましょう。

個人・家庭の対策

まず「夫婦は対等」の意識を確認し、その上で夫婦共にキャリアを継続できるよう夫婦間でコミュニケーションをとることが大切です。

子どもの成長の変化に合わせて、身近なまたは公的なサポートも有効に取り入れることをお勧めします。

職場の対策

女性が働きやすい職場環境づくりが必要です。そのためにも、

  • バイアスを取り払うための研修プログラムの実施
  • 誰もが分かる昇給・昇進の条件設定

などを行うと良いでしょう。

子育て当事者のワーク・ライフ・バランスを重視しつつも、「キャリアの継続や昇進を望む場合は叶えられる!」と思える職場は、全従業員のモチベーション醸成につながります。

さらに、このようなマネジメント力の発揮できる上司・部署を評価できる経営者は、より多くの労働力を生かせる経営者として評価されるに違いありません。

すでにマミートラック対策を進めている企業もありますので、次章でご紹介しましょう。

社会・行政の対策

社会・行政も「子育て・介護は社会が行う」の意識で動くことが大切です。

その上で、

  • 保育の受け皿整備
  • 公的サポート人材の育成
  • 身近な相談窓口の構築

などを実施していくことが対策となります。

参考:「共同参画」2020年6月号 | 内閣府男女共同参画局

企業が取り組むマミートラック対策

職場のマミートラック対策としてマネジメント力が大切とお話ししました。効果的な対策について、もう少し具体的な例をお話ししましょう。

柔軟な働き方

すでに取り入れている企業も多い対応策として

  • 時短やフレックスタイム制などの業務時間調整
  • リモートワークの推進

などがあります。

その他に、1つの業務についてメイン・サブ二人体制を基本としている企業もあり、予めフォローする・される関係が想定されている体制もあります。

参考:多様な働き方と生産性向上の実現 | 東京ガス

積極的な支援も

「復帰・子育てとの両立」を掲げる企業はとても多くなってきました。さらに一歩進めて、女性リーダーの育成を狙っている企業もあります。

女性と男性の管理職比率50%:50%を目標とする資生堂では、女性だけを対象としたリーダー育成塾「NEXT LEADERSHIP SESSION for WOMAN」を開催しています。保育施設が準備された塾です。

参考:資生堂女性リーダー育成塾(NLW) | ACTIONS

またメルカリでは、エンジニア育成プログラム「Build@Mercari」出産・育児・介護等でキャリアを中断した人のためのキャリア再開支援プログラム「Mercari Restart Proguram」を2021年から始めています。女性のキャリア形成に関する悩みを相談することもできます。

参考:祝5周年!ソフトウェアエンジニア育成&インターンシッププログラム Build@Mercari 

当事者やその職場内だけでなく、企業全体で積極的に復帰後を応援する体制は、これから仕事に関わろうとする若い世代から評価も高くなるのではないでしょうか。

マミートラックに関してよくある疑問

マミートラックについて基本的なことをご理解いただいたので、ここではマミートラックに関してよくある疑問にお答えしていきましょう。

わがまま・仕方がないといわれるのはなぜ?

「家事と育児は女の仕事、男は外で働く」というバイアスは、少なくなってはいますが無くなってはいません。社会や組織、あるいは家庭内にもバイアスのかかっている人がまだ少なからずいます。

バイアスのかかった人は「女性が男性と同じように働こうなんて」という意識で、キャリアを積もうとする女性を「わがまま」と評価してしまいます。また、マミートラックをぬけだせないのも「女性だから仕方がない」と結論付けてしまいます。

バイアスの強い環境にいると、マミートラックを抜け出そうと頑張っている本人でさえ、気力が萎えてしまうこともあったり、「そうかもしれない」などと思ってしまったりする事があります。

バイアスを取り切れない方々は往々にして「自分の時代/場合は」と比べます。「自分は我慢したのに」という思いも強いのかもしれません。このままでは今後どうなってしまうかを考え、これからの社会について考えていただけると嬉しいですね。

公務員でもマミートラックはある?

あります。例えば公立学校を想定してみましょう。保護者同士の「担任が途中で変わった」などの声を聞いたことはありませんか。保護者の立場では、年度途中での担任の交代は不安があって当然です。教師側も後ろ髪を引かれるような思いを持って休暇を取ります。

男性教員・地方公務員の育児休暇取得率をみてみましょう。

男性教職員男性教職員男性地方公務員
年度平成30年令和3年令和2年
育児休暇2.8%9.3%13.2%
時短勤務0.1%0.2%0.3%
部分休業(2時間まで)0.2%0.6%1.8%
引用:令和3年度公立学校教職員の人事行政状況調査(概要)表作成は筆者

改善はされているものの、日本の平均にも目標値にも遠い結果です。男性の家事・育児参加が改善されないと、公務員のマミートラックもなくなりません。

女性管理職も増えて来ていますが、副担任制支援員制度の充実など、さらなる柔軟な働き方マネジメントが必要です。

マミートラックとSDGs

最後にマミートラックとSDGsの関連をみていきましょう。

17あるSDGs目標のうち、もっとも関連の深いものはSDGs目標5「ジェンダー平等を実現しようです。

SDGs目標5「ジェンダー平等を実現しよう」との関連

この目標5にはターゲットが9つあります。その5番目には「政治、経済、公共の場でのあらゆるレベルの意思決定において、完全で効果的な女性の参画と平等なリーダーシップの機会を確保する」とあります。

働く女性が増えているにも関わらず、女性管理職・国会議員(衆議院議員)の割合が非常に低い現実が日本にはあります。マミートラックを解消することは、このターゲットの解決に大きく貢献します。

また、ジェンダーとは「社会的・文化的に形成される性別」を言います。ですから女性ばかりを対象とする訳ではありません。

男性の側にも「もっと育児に関わりたい」「就労時間が長すぎる」といった思いがあったり、家事が得意な人がいたりします。マミートラックを解決することは、このような問題の解決にもつながります。

マミートラックがなくなるよう、多様な働き方を個人の意識の中でも認め、企業や行政としても経営や施策策定・運用して行くことで、社会全体が良い方に向かえるのではないでしょうか。

マミートラックを心配せずに働ける職場は人材も集まり、企業全体の業績もあげ、SDGs目標8「働きがいも経済成長も」の達成にも貢献します。

まとめ

マミートラックについて、定義や原因を解説してきました。個人の意識や企業や行政の施策などそれぞれに問題があり、それに対する対策も解説してきました。

日本の現状は改善されてきたとは言え、男性の育休取得率、女性の管理職・国会議員割合など、目標から見てもあるいは先進国と比べてもまだまだ「後進」状態です。

未だにステレオタイプ(固定観念から抜けきれない)を脱しきれない人もいます。しかし幸い、若い世代を中心に多様な働き方への理解が深まってきました。

この記事が、読者の方々のジェンダーへの理解を助け、マミートラックを引き起こさない、みんなで気持ちよく働ける職場づくりを進める一助となれば幸いです。

<参考資料・文献>
 コトバンク
ジェンダー・ギャップ指数(GGI) 2023年
2 世界各国との比較(国土交通省)
1-3図 諸外国の国会議員に占める女性の割合の推移 | 内閣府男女共同参画局
令和元年度 家事等と仕事のバランスに関する調査 報告書(内閣府委託調査報告書)
コラム1 図表1 男女別に見た生活時間(週全体平均)(1日当たり,国際比較)(男女共同参画局)
令和5年版 男女共同参画白書
コラム4 (図3)男性育児休業取得率 | 内閣府男女共同参画局
「共同参画」2020年6月号 | 内閣府男女共同参画局
多様な働き方と生産性向上の実現 | 東京ガス
資生堂女性リーダー育成塾(NLW) | ACTIONS
祝5周年!ソフトウェアエンジニア育成&インターンシッププログラム Build@Mercari 2024 #BuildAtMercari | mercan (メルカン)
諸外国におけるパパ・クオータ制度等 ○ノルウェーのパパ・クオータ(1993年導入)
パパクオータ制|日本女性学習財団|キーワード・用語解説
令和3年度公立学校教職員の人事行政状況調査(概要)
「家族の幸せ」の経済学:山口慎太郎(光文社新書)
ジェンダーの世界地図:菅原由美子・鈴木有子(大月書店)
2022年の論点100:松﨑匠編集(文芸春秋)
2050年の世界:英エコノミスト編集部(文春文庫)
持続するフェミニズムのために:江原由美子(有斐閣)
SDGs:蟹江憲史(中公新書)