皆さんの周囲に「世界遺産を巡る楽しみ」をもっていらっしゃる方はいませんか?あるいは皆さん自身がそうであるかもしれません。観光で訪れるだけでなく、関心を深めていき、中にはガイドの資格をとる方もいます。
実は、興味関心をもったり、訪れたりすること自体が、世界遺産を保護することに繋がっています。
今回は、世界遺産についてその定義や登録を分かりやすく解説し、国内外の多くの世界遺産例をあげています。知識をより深め、さらに関心を深めていただければ幸いです。
世界遺産とは
私たちが「世界遺産」と言う時、「人類にとって素晴らしい価値があって、世界遺産リストに載っている建物・遺跡、自然のこと」という共通認識を持って話しています。
少し厳密に定義していきましょう。ユネスコでは
世界遺産とは、地球の生成と人類の歴史によって生み出され、過去から現在へと引き継がれ、そして私たちが未来の世代に引き継いでいくべきかけがえのない宝物 |
と述べています。
そしてユネスコが作成している「世界遺産リスト」に記載された「顕著な普遍的価値」をもつ建造物や遺跡、景観や自然を、通常「世界遺産」と呼んでいます。
出典・参考:世界遺産とは – 公益社団法人日本ユネスコ協会連盟
世界遺産条約
ユネスコの世界遺産に関する活動は、1972年に採択された「世界遺産条約」(正式名:「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」)に基づいています。
その目的は、
文化遺産及び自然遺産を人類全体のための世界の遺産として損傷、破損等の脅威から保護し、保存することが重要であるとの観点から、国際的な協力及び援助の体制を確立すること |
と明記され、日本でも1992年に批准されています。
世界遺産条約は、上記の目的のほか、遺産の分類や保護活動について、また基金や国際援助などについて規定規定していて、締約国はこれを基本として各国の認定や活動を行っています。
出典・参考:Convention Concerning the Protection of the World Cultural and Natural Heritage(世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約)
世界遺産の種類
世界遺産は、世界遺産条約では次の3つに分類されています。
種類 | 内容 | 例 |
---|---|---|
文化遺産 | 顕著な普遍的価値を有する、記念物、建造物群、遺跡など | タージマハール(インド)法隆寺(日本)など952件 |
自然遺産 | 顕著な普遍的価値を有する地形や地質、生態系、絶滅の恐れのある動植物とその生息・誠意基地など | キリマンジャロ国立公園(タンザニア)屋久島(日本)など231件 |
複合遺産 | 文化遺産と自然遺産の両方の価値を兼ね備えているもの | マチュピチュ歴史保護区(ペルー)など40件 |
文化遺産が最も多い地域はヨーロッパ・北米で、全登録件数の半数近くを占めています。
自然遺産はヨーロッパ・北米とアジア太平洋地域が多くなっています。
世界遺産の歴史
今では多くの人に知られる世界遺産ですが、どのような経緯で誕生したのでしょうか。この章では、世界遺産の歴史を、世界遺産条約の誕生から現在までの広がりをたどってまとめていきます。
世界遺産条約の誕生
世界遺産条約誕生のきっかけとなったのは、1960年代エジプトのナイル川のアスワン・ハイ・ダムの建設です。ダム建設工事によって、アブシンベル神殿を含むヌビア遺跡群が水没してしまう危機が生じてしまったのです。この遺跡群を救うためにユネスコが行ったのがヌビア水没遺跡救済キャンペーンでした。
キャンペーンの一環となる「エジプト展」などは反響を呼び、「歴史的価値のあるものを人類共通の遺産として国際的な組織運営で守ろう」という気運が高まりました。その後「危険にさらされている」ものばかりではなく、優れた遺産を広く守っていくという考えが加わり、1972年、世界遺産条約に結実したのです。
キャンペーンの様子は、現在もユネスコのホームページの世界遺産に関するページで動画として紹介されています。
世界遺産第1号は?

世界遺産条約に基づき、1978年に最初に世界遺産と認定され、リストに登録されたのは、次の12件です。
- ガラパゴス諸島
- キト市街(エクアドル)
- ランス・オ・メドー国定史跡
- ナハニ国立公園(カナダ)
- イエローストーン国立公園
- メサ・ヴェルデ国立公園(アメリカ)
- シミエン国立公園
- ラリベラの岩窟教会群(エチアピア)
- クラクフ歴史地区
- ヴェエリチカ・ボフニア王立岩塩抗(ポーランド)
- アーヘン大聖堂(ドイツ)
- ゴレ島(セネガル)
その後登録数は増え、1992年には<文化><自然><複合>と分類されるに至りました。
日本の参加
日本では、「法隆寺地域の仏教建造物」「姫路城」が文化遺産として、「屋久島」「白神山地」が自然遺産として、計4件が1993年に初めて登録されました。
世界や国内の世界遺産例は後の章でさらにご紹介します。
現在の世界遺産
2024年7月現在世界遺産の総数は1,223件になり、196の世界遺産条約締約国中、168の国・地域に存在しています。
人気も知名度も増してきている世界遺産ですが、保存はその遺産を持つ国が行うことが原則とされており、様々な事情で継承が難しい国が少なくありません。技術・人材・資金などの国際協力がより重要になっています。
海外における世界遺産の例
2019年現在世界遺産の登録件数が多い国は、上のグラフのようになっています。
現在1,000件を超える登録数のある世界遺産ですが、ここでは、ランク上位国を考慮しながら、ユネスコの分類した地域ごとに代表例をご紹介します。
すでにたくさんの世界遺産をご存じの方も多いと思いますが、世界遺産に関する知識を広げたり深めたりしていただければ幸いです。
➀ヨーロッパ・北米:ヴァルカモニカの岩絵群(イタリア)

イタリアは、2019年現在中国と並んで世界遺産登録総数第1位の国です。文化遺産の数だけみると単独の1位です。
フィレンツェの歴史地区を始め、数々の遺跡・建物が思い浮かびますが、1979年最初に世界遺産登録されたのが、「ヴァルカモニカの岩絵群」です。岩絵は紀元前18~2世紀にわたる約8000年間に描かれ、渓谷沿いに約14万点にも及びます。この間の生活を知ることのできる貴重な遺産です。
②アジア・太平洋:バダインジャラン砂漠(中国;内蒙古)


一方、同じ登録総数第1位の中国は、自然遺産部門でトップです。
2024年にも新たに1件登録されました。それがバダインジャラン砂漠、最新の世界遺産の1つです。バダインジャラン砂漠の広がる地域は、砂漠のみではなく空と点在する湖が他に類を見ないほど調和的な景観をつくりだしていると言われています。
③ラテンアメリカ・カリブ:ウシュマル遺跡(メキシコ)
マヤ文明で名高いメキシコも登録世界遺産数の多い国です。
ウシュマル遺跡は1996年に登録され、プーク様式という独特の建築・装飾様式を持ち、他のマヤ文明にない特徴を備えています。「魔法使いが超人的な力で一晩で建てた」という伝説を持つ「魔法使いのピラミッド」(画像)など各遺跡の名前の由来もユニークです。
④アフリカ:ラビエラ岩窟教会群(エチオピア)

雄大な草原や砂漠などの自然遺産や古代文明のエジプト遺跡などのイメージが大きいアフリカですが、エチオピアでは2つの遺跡が最初の世界遺産登録を受けています。そのうちの1つがラリベラ岩窟教会群です。
この教会群は12~13世紀にかけて建設されました。当時の王ラリベラが「第二のエルサレム」を目指したと伝えられています。どの教会も当時の文化を知るうえで大変貴重であると考えられており、アフリカにおいてキリスト教の遺跡であるという点においても貴重な遺産と言えます。
⑤アラブ:聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル(パレスチナ)


2024年、新たに24件が世界遺産リストに登録されました。現在のところ「最新」の世界遺産です。その中で緊急案件として新規登録されたのが「聖ヒラリオン修道院/テル・ウンム・アメル」です。
聖ヒラリオン修道院は、ガザ地区のテル・ウンム・アメルの遺構にあり、東ローマ帝国時代時代の代表的な修道院です。
近年、ガザ地区での紛争は、ようやく停戦に向けて一筋のかすかな光が見えたものの、これまでの戦火で、遺跡も危機的状況にさらされています。ユネスコが例外的に新規に登録したのも、アラブ地区や世界への警鐘と言えます。
日本における世界遺産の例
日本では、1993年の4件を皮切りに年々件数が増え、2024年現在は、文化遺産21件、自然遺産5件の計26件が登録されています。
すでに国宝や重要文化財※として有名なものが多く、国内なので訪れたことがあるという方も多いのではないでしょうか。そこでここでは、まだ比較的知名度が高くないと思われる新しいものをご紹介しましょう。
※ 関連記事:【子どもでもわかる!】重要文化財と国宝の違いは?具体例を交えて解説!
例➀最新文化遺産:佐渡島の金山(新潟県)


佐渡島の金山は、17世紀における世界最大の金生産地で、伝統的な手工業による生産システムを残す遺構です。2024年に登録となった日本で1番新しい世界遺産です。
地殻変動の影響があり、地表と地下の両方に特徴のある貴重な遺構が残っています。
例②最新自然遺産:奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島


「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の地域は、2021年に登録された世界自然遺産です。自然遺産としては最も新しいものです。
東洋のガラパゴスと言われる西表島はじめ、各島にヤンバルクイナやイリオモテヤマネコなどの固有種や絶滅危惧種を含む生物が生息し、豊かな多様性を保っている重要な島々です。
画像出典及び引用:世界自然遺産 「奄美大島、徳之島、 沖縄県北部及び西表島」,環境省|奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島世界自然遺産|
例③最古の遺産:百舌鳥・古市古墳群-古代日本の墳墓群(大阪府)


百舌鳥・古市古墳群-古代日本の墳墓群は、登録されたのは2019年ですが、4世紀末から5世紀後半にかけて作られたもので、日本の文化遺産の中では最も古い建造物と言えます。
土制の建造物としては、美しく完成度の高い幾何学的な形を見せ、埋葬品や装飾品を作る技術もたぐいまれな完成度を持っています。墳墓に見られる当時の人々の生活・統治の有様を物語る貴重な遺跡です。
画像出典及び引用:百舌鳥・古市古墳群‐古代日本の墳墓群(文化庁),UNESCO World Heritage Centre
世界遺産に選定されるには

1,000を超える多くの世界遺産はどのように選定され、どのように認定を受けてリストに登録されるのでしょうか。この章では、登録までの流れと登録基準についてまとめていきます。
登録までの流れ
登録までの流れは、大きく次の3つのステップを踏む流れとなります。
- 条約締約国の推薦
まず国内から推薦したい候補の暫定リストをつくり、条件が整ったものを世界遺産委員会に推薦します。
- 専門機関による調査
文化遺産については国際記念物遺跡会議(通称イコモス:International Council on Monuments & Sites )が、自然遺産については国際自然保護連合( INUCN:International Union for Conservation Natural resources )が調査をします。
どちらも各領域の専門家からなるNGOで、日本からも多くの学者やジャーナリストなどが参加しています。
- 世界遺産委員会で決定
専門機関の調査結果を受け、審議・決定を行うのは世界遺産委員会です。
委員は世界遺産条約第8条に基づき、締約国21から選出されます。任期は4年が慣例となっており、日本も過去3回ほど務めています。
選定規準
登録のためにクリアすべき基準は、2005年に10にまとめられました。要点を整理します。
- 人間の創造的才能を表す傑作である。
- 文化の発展に重要な影響を与えた価値観の交流を示すものである。
- 文化的伝統や文明の存在を伝承する無二または稀有な存在である。
- 歴史上の重要な段階を物語る建築物、その集合体、科学技術の集合体、景観を代表する堅調な見本である。
- 人類と環境とのふれあいを代表する顕著な見本である。
- 顕著な価値を有する出来事や作品等と直接または実質的関連がある。
- 最上級の自然現象、類まれな自然美・美的価値を有する。
- 地球の歴史の主要な段階を代表する顕著な見本である。
- 重要な生態学・生物学的過程を示す顕著な見本である。
- 生物多様性の保全に最も重要な自然の生息地を包含する。
登録されるためには、これらの基準の少なくとも1つに合致するとともに、国内法によって適切な保護管理体制がとられていなければなりません。
参考:世界遺産の登録基準 – 公益社団法人日本ユネスコ協会連盟
世界遺産に関してよくある疑問
ここからは世界遺産に関してよくある疑問に答えていきましょう。
一覧はどこで確認できる?

世界の一覧は、ユネスコのホームページのデータベースで最新のものが確認できます。また関連サイトとして世界遺産オンラインガイドも利用できます。
日本の世界遺産一覧は文化庁の日本の世界遺産一覧で確認できます。日本の世界遺産パンフレット(上画像)も発行されています。
登録が抹消されることもある?
あります。
世界遺産条約に「基準」はありませんが、方針として「世界遺産一覧表記載資産の状況に深刻な劣化があった場合、又は、必要な改善措置が予定された期間内に実施されなかった場合」と記されています。
今までに抹消されたのは次の3件です。
- アラビアオリックスの保護区(オマーン:2007年)
保護区が著しく縮小されたため。
- ドレスデン・エルベ警告(ドイツ:2009年)
登録後に架けられる橋が景観を損なうと判断された。
- 海商都市リヴァプール(イギリス:2021年)
再開発計画が進められたため。
世界遺産ランキングって何?
世界遺産は個々に特有の価値を持っており、一様にランキングされるものではありませんが、「人気」「国別数」などのランキングを行っているサイトや団体はあります。
「世界遺産オンラインガイド」などのサイトでジャンル別のランキングを知ることができます。また旅行者が集客実績をもとに作成している「人気ランキング」もあります。
世界遺産とSDGs

最後に世界遺産とSDGsの関係をみていきましょう。
SDGs目標17のうち最も関わりが深いのは、
- SDGs目標11「住み続けられるまちづくりを」
- SDGs目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」
の2つです。
SDGs目標11「住み続けられるまちづくりを」との関り
目標11には10のターゲットがあり、その4番目に、「世界の文化遺産・自然遺産を保護・保全する取り組みを強化する」と明記されています。
世界遺産条約にあるように、世界遺産は継承すべきかけがえのない宝物です。それらを認定し、保護し、継承することは、SDGsの「持続可能な」社会をつくる取り組みの姿です。
SDGs目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」との関わり
多くの例をご覧いただくと、「地域」「群」で登録されている世界遺産が多いことに気づきます。特に自然遺産には国や広い地域にまたがるものもあり、その保護には国や地域間の協力が不可欠です。パートナーシップ無しには難しい活動です。ユネスコも本部と各国の組織が連携して活動にあたっています。
>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから
まとめ

世界遺産について、定義や歴史、選定や登録に関わることをまとめ、多くの例をあげてきました。
近年登録数も増え、人気も高まっている一方、危機にさらされている世界遺産も少なくありません。ユネスコでは「危機遺産 ※ リスト 」も作成し救済に力を入れています。
内戦による破壊、経済状況の逼迫による保護活動の困難など、人類の遺産を人類自身が壊そうとしているような姿です。
募金をするなどで関わることも大いに保護活動のへの協力となります。そうでなくても、世界遺産に関心を持ち、訪れたり調べたりする行動も、危機回避・保護への第一歩となります。小さなパートナーシップから始めてみることをお勧めいたします。
※ 危機遺産:その顕著な普遍価値を損なうような重大な危機にさらされている世界遺産
参考文献:危機遺産 – 公益社団法人日本ユネスコ協会連盟,世界遺産センター
<参考資料・文献>
モン=サン=ミシェルとその湾 – 世界遺産データベース
UNESCO World Heritage Centre
世界遺産とは – 公益社団法人日本ユネスコ協会連盟
世界遺産条約
世界複合遺産人気ランキング
World Heritage List Statistics
UNESCO World Heritage Centre
世界遺産に関する基礎データ集
世界遺産オンラインガイド
巴丹吉林砂漠に広がる砂漠と湖が世界自然遺産に 内蒙古
【AIニュース】中国のバダインジャラン砂漠、世界遺産に登録決定
ウシュマル遺跡とは? 意味や使い方 – コトバンク
古代都市ウシュマル | メキシコ | 世界遺産オンラインガイド
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パレスチナの世界遺産一覧・地図
世界遺産「古都奈良の文化財」 – 奈良市ホームページ
日本の世界遺産一覧 | 文化庁
【子どもでもわかる!】重要文化財と国宝の違いは?具体例を交えて解説!
Sado Island Gold Mines – Gallery – UNESCO World Heritage Centre
世界自然遺産 「奄美大島、徳之島、 沖縄県北部及び西表島」
環境省|奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島世界自然遺産|遺産地域の特徴
百舌鳥・古市古墳群‐古代日本の墳墓群(文化庁)
世界遺産の登録基準 – 公益社団法人日本ユネスコ協会連盟
登録抹消された世界遺産 一覧
危機遺産 – 公益社団法人日本ユネスコ協会連盟
世界遺産センター
SDGs:蟹江憲史(中公新書)