紙は古くから私たち人類の生活を支え続けてきた素材であり、あらゆる産業や文化の発展も、紙の存在なくしてはあり得ませんでした。それだけに、現在世界が直面している環境問題に対して、製紙業界も無関係ではありません。
いかに環境への負荷をなくし、持続可能なエコ用紙を提供できるか。いま製紙業界では、環境に優しい紙をめぐる意欲的な取り組みが求められています。
循環型資源の紙をより環境に優しいものに

環境に優しい紙が求められる背景には、地球環境の悪化、特に温暖化と気候変動が将来の世界に深刻な危機をもたらすこと、その危機を食い止めるにはあらゆる産業で温暖化対策をとらなければならないことがあげられます。
地球温暖化対策とカーボンニュートラル
地球温暖化対策の柱となるのがカーボンニュートラルへの取り組みです。
カーボンニュートラルとは、CO2など温室効果ガスの排出量と植物などによるCO2の吸収量とを相殺し、実質ゼロの状態となることです。
カーボンニュートラルは2015年のパリ協定で国際的な目標として定められ、これにより全世界は2050年までに、CO2排出量を実質ゼロにすることが求められています。
循環型産業への回帰
世界的な環境悪化の背景には、大量生産、大量消費と廃棄を前提にした、20世紀型の生活様式がいまだ続いていることにあります。特に化石燃料由来の製品は、自然に還ることなく焼却され、埋め立てられて土壌や海洋を汚染し、CO2を急激に増やし続けてきました。
そのため現在ではこうしたやり方を改め、江戸時代の日本に見られたような、あらゆる資源を再利用し有効活用して使い切る、循環型産業の確立が必要とされています。
そして紙はまさに、昔からの循環型産業を代表する素材として使われてきたのです。
こうした現在の状況において、世界的な環境問題に取り組む必要性は紙産業でも例外ではありません。製造業も含めたすべての産業でカーボンニュートラルや循環型産業への転換が最重要事項となる現代では、紙を作る製造過程、さらには流通や廃棄に至る過程だけでなく、紙製品そのものもCO2排出削減につなげ、循環性を高めることが重要になってきます。
企業が環境問題に取り組むメリット

では、企業が環境問題に取り組むことで、どのようなメリットがあるのでしょうか。
主にあげられるのは、以下の3点です。
- 事業の持続可能性
- イノベーションの促進
- 企業価値の向上
事業の持続可能性
気候変動は企業活動に対して、原材料やエネルギー価格の変動、原料調達地の天候不順、気候災害の激甚化といった事業リスクをもたらします。カーボンニュートラルを進めるために、再生可能エネルギーの導入やサプライチェーンの環境管理などの環境対策を行うことは、企業が安定して事業を継続する上で重要な事案となります。
イノベーションの促進
環境負荷の少ない製品・サービスや運営を行うためには、従来のやり方の大転換が必要になることも少なくありません。その結果、新しい材料や製法の発見、より効率的な業務、異なる業種との協業など、新しい可能性を見出すことにもつながります。
企業価値の向上
パリ協定以降、カーボンニュートラル達成は世界的なビジネスの潮流となりました。これにより、環境対策を重視する企業は投資の対象としての魅力が高まり、株価にも反映されるようになります。これがESG投資です。直接的な投資に結びつくことはなくとも、環境に配慮した事業活動を行うことは、今やその企業の価値を決める上でも重要な要素となっているのです。
製紙業界の環境問題への取り組み

こうした点を踏まえ、製紙業界で求められる環境問題対策にはどのようなものがあるのでしょうか。
カーボンニュートラル実現のために企業が求められていることとしては
- 化石燃料の利用削減
- 再生可能エネルギー利用促進や循環型産業への転換
- 環境負荷の低い製品・サービスの提供
- サプライチェーンの環境管理
などがあげられます。これを紙業界に適用すると、
- プラスチック容器を代替する紙製品の開発
- エネルギー多消費産業から循環型産業への転換
- 環境負荷の低いエコな紙の開発
- 適切な森林管理
ということになります。そしてこれらの取り組みのうち、エネルギーの循環利用や森林管理に関しては、製紙業界は昔から力を入れてきました。
その一方、環境負荷の低いエコな紙の開発が進んでいるものの、まだエコな紙の活用は進んでいません。
製品そのものに環境問題を解決するための価値を持たせた、環境に優しいエコな紙の開発と普及は、これからの紙業界に求められる新しい課題と言っても過言ではないでしょう。
サステナブルでエコな紙製品
ひとくちで環境に優しい紙といってもいくつかの種類があり、異なる材料や特徴を有します。
以下の表でそれぞれの材料と特徴を比較し、詳細な内容や商品についても詳しく紹介していきましょう。
種類 | 原材料 | 特徴 |
混抄紙 | 木材パルプ+植物 | 多様な植物を混ぜることで木材の利用率軽減と廃棄物の資源としての有効活用を両立し、紙に意匠性をもたせている |
植物で機能性を持たせた紙(ボタニカルペーパー) | 木材パルプ+植物(機能性) | 植物の力で、紙の機能を高める。薬品をなくすことで環境負荷の低減やCO2削減を実現した商品もある |
脱炭素系の紙 | 木材パルプ | カーボンクレジット制度を利用してCO2削減に貢献 |
再生紙 | 古紙・木材パルプ | 使い古された紙を再利用。日常のさまざまな用途で使われる |
森林認証紙 | 木材パルプ | 適切な森林管理が認証された木材を使用。いくつかの認証機関が存在。他の環境に優しい種類と組み合わせて使えます |
非木材紙 | 木材以外の植物など | 木材の利用削減と資源の有効活用を両立 |
植物で機能性を持たせた紙(ボタニカルペーパー)
「ボタニカルペーパー」とは、植物の力で紙の機能を高めた、紙の新しいジャンルです。これまでパルプと植物を混ぜたものはよくありましたが、近年さらに機能性を持たせたり、脱炭素につなげたりするような紙が開発されはじめました。
商品例①:kome-kamiシリーズ(kome-kami -FS 、kome-kami 浮世絵ホワイト-FS)
「kome-kami」は、明治23年に創業した老舗の紙屋である株式会社ペーパルが開発した、食用に適さない米を混合して作った紙です。混合されるパルプはFSC認証木材を使用。ただ混ぜるだけでなくお米の力を引き出して機能性を持たせ、環境負荷の軽減とCO2排出削減にも貢献しています。kome-kami(ナチュラル色)は、パルプを繋げるために使われていた化学薬品を、米糊に代替して強度を保った、生成り色の紙です。
新しいkome-kami商品として開発された「浮世絵ホワイト」では、紙の表面に使われる塗工液を米由来の材料にした、発色の良い印刷性能を持つ紙素材です。
これは江戸時代に浮世絵の発色を良くするために使われた技法を現代に応用したもので、現代で求められる印刷や加工に対応する品質を持つことが特徴です。
また、kome-kamiは食品ロスをなくし、困りごとを抱える方をサポートする新たな循環を広げることを目標にかかげ、売上の一部は、フードバンク支援のために寄付するなど、単なるエコにとどまらず、さまざまな社会課題の解決を目標にしています。
>>kome-kami 浮世絵ホワイトの詳細はこちらから
商品例②:キュリアスマター
「キュリアスマター」は、イギリスのアルジョウィギンス社が開発し、現在フランスのアンタリス社が引き継いで販売しているボタニカルペーパーです。
この商品の特徴はFSC認証の木材パルプを使用した紙に、ジャガイモのデンプン成分をコーティングすることで独特の質感と手触りを持たせています。
使用されるジャガイモは食品加工工程で排出されるものを使用し、食品ロス削減にも貢献しています。
混抄紙
「混抄紙(こんしょうし)」とは、木材パルプに他の植物繊維などの異なる素材を混ぜ合わせて漉いた紙のことです。主に紙と相性が良い植物や種の皮が使われることが多く、廃棄される野菜などを使って紙を作ることで、
- 食品ロスによる廃棄物の削減
- 廃棄物処理にかかるCO2の削減
- 木材資源の利用軽減
といった問題に対する貢献ができます。
商品例①:vegi-kami にんじん
この商品は、木材パルプとにんじんの皮を混合して作られた混抄紙です。
白い紙の表面には細かなにんじんの粒がほのかに浮いて見え、独特の質感が紙に豊かなデザイン性をもたらします。廃棄される食品の有効活用につながるほか、売上の一部は、フードバンク支援のために寄付されます。
混抄紙はこの他にも、
- 小豆殻CoC:小豆の殻を木材パルプに混ぜ合わせて抄いた紙
- momi-kami:米の籾殻を特殊な製法で加工し混合させて作る紙
- 茶紙:捨てられる茶殻を紙に混ぜて作る紙
- クラフトビールペーパー:ビール醸造の際にできるモルト粕を紙に漉き込み作る紙
などさまざまな材料を使った商品が多数開発されています。今後もアイデアと加工技術の進歩によって、さらに個性豊かな商品が登場してくることでしょう。
商品例②:バナナペーパー
バナナペーパーは、サステナブルな紙の普及活動を行う団体、ワンプラネット・ペーパー®によって開発・販売されている混抄紙です。この紙は、バナナ果実の収穫後に伐採・廃棄される茎を繊維状にし、古紙やパルプと混ぜて作られています。バナナはフェアトレードで栽培されたものを、木材パルプはFSC森林認証を受けた材料を使っています。
実質CO2排出量を削減できる脱炭素系の紙

ここで紹介する紙は、材料として特別なものを入れているわけではない一般的な紙です。
では何がエコなのかと言えば、これらの紙を製造する過程で排出されるCO2を森林管理や再生可能エネルギーなどのCO2削減活動に投資することで、実質カーボンオフセットにしていることです。
商品例①:ZERO CO2 PAPER
前述の株式会社ペーパルが展開する、脱炭素系の紙製品がZERO CO2 PAPERです。
同社では、森林保全活動を行う地域の活動を支援し、現地の木材を使うことでその地域でのCO2削減活動に投資しています。ここで得られた価値をJ-クレジットの仕組みでカーボンオフセットを行うことにより、ZERO CO2 PAPERの製造過程で削減しきれないCO2が実質カーボンゼロとなります。製造工程でもなるべくCO2排出量を抑えるために、バイオマス発電や石炭原料の仕様の少ない工場で作っています。
商品例②:ヴァークレイCoC
「ヴァークレイCoC」は、紙素材の開発、販売、輸出入を手がける平和紙業株式会社による脱炭素系の紙です。こちらは環境省認証のJ-VERクレジット制度を活用し、間伐などの森林整備によって増加したCO2吸収量を紙の重量に応じてクレジットとして保有します。
これにより、「ヴァークレイCoC」を1トン購入した顧客は、同時に1t /CO2分のクレジットを購入し、1トン分のCO2を削減したとみなされます。
再生紙
再生紙は、私たちの生活で最も身近な環境紙と言えるでしょう。
日本では、古くから紙をリサイクルする習慣が根付いており、2020年の全製紙原料に占める古紙の割合は、世界全体の57%を大きく上回る67%という高さです。
再生紙の材料は主に牛乳パックや新聞・雑誌、段ボールなどの古紙と木材パルプで作られます。用途としては再び新聞や雑誌に使われたり、段ボール原紙などの梱包材、コピー用紙などの業務用消費財、トイレットペーパーなど家庭用の製品に再利用されます。
FSC/PEFC森林認証紙

森林認証紙は、適切に管理された森林由来の木材を使用した製品であると認証された紙製品です。
中でもFSC森林認証紙は国際的な認証基準として最も多く使われており、違法伐採の防止、環境負荷の低減、地域の不利益回避などの基準に適合した紙である、と認められます。
一方PEFC森林認証は、各国の森林認証を貿易上、相互に認証する仕組みです。こちらは世界統一の規格や基準はなく、それぞれの国・地域の自然環境に基づく森林認証を互いに認めるものです。
非木材紙
非木材紙は、木材パルプ以外の植物繊維を原料とした紙をいいます。主な材料としては
- 竹の繊維
- ケナフ(アオイ科の植物)
- バガス(サトウキビの搾りかす)
などがあり、わら半紙や日本の和紙(楮や三椏)なども非木材紙の一種と言っていいでしょう。
商品例:竹ホワイト
紙製品事業を展開する株式会社山櫻では、竹を原料に作られた封筒や名刺用紙を製作・販売しています。材料となる竹は竹林整備で伐採された国産竹を使い、他の森林や里山の管理、生物多様性の保全のほか、竹に付加価値をつけることで地域経済にも貢献します。
環境に優しい紙とSDGs

環境に優しい紙の開発と普及は、SDGs(持続可能な開発目標)の複数の目標達成にもつながります。
中でも関係が深い項目としては
- 目標12「つくる責任 つかう責任」
- 目標13「気候変動に具体的な対策を」
- 目標15「陸の豊かさも守ろう」
があります。
目標12「つくる責任 つかう責任」
この目標を達成するためには、少ない資源で効率よく生産して、廃棄物を極力減らし、天然資源に近いものを使うことが重要です。今回の記事で紹介した環境に優しい紙は、その多くがこれらの考え方に基づいて作られていることがわかります。
関連ターゲット]
- 12.2 2030年までに天然資源の持続可能な管理及び効率的な利用を達成する。
- 12.5 2030年までに、廃棄物の発生防止、削減、再生利用及び再利用により、廃棄物の発生を大幅に削減する。
目標13「気候変動に具体的な対策を」
環境に優しい紙が必要とされているのは、地球温暖化と気候変動を食い止めるために、少しでもCO2を排出しないものづくりが必要とされているからです。
これは他の産業でも同じことですが、紙という最も生活に身近で大量に消費するものだからこそ、製造過程でCO2を削減するためのあらゆる工夫が必要といえます。
目標15「陸の豊かさも守ろう」
紙を扱う業界と最も関連が深いのがこの目標です。目標15では森林の適切な管理による生物多様性と生態系の保全に向けたより具体的な目標が提示されています。
関連ターゲット
- 15.2 2020年までに、あらゆる種類の森林の持続可能な経営の実施を促進し、森林減少を阻止し、劣化した森林を回復し、世界全体で新規植林及び再植林を大幅に増加させる。
- 15.b 保全や再植林を含む持続可能な森林経営を推進するため、あらゆるレベルのあらゆる供給源から、持続可能な森林経営のための資金の調達と開発途上国への十分なインセンティブ付与のための相当量の資源を動員する。
まとめ

地球環境の深刻化に伴い、あらゆる製造業で環境配慮型のものづくりが求められる中、紙業界でも環境に優しい紙を作る試みがなされています。その多くは単なるリサイクルや森林管理にとどまらず、CO2削減や食品廃棄、フェアトレードなど、従来の紙業界の枠を超える問題にも積極的にコミットしようとする製品が目立ちます。
消費者としての私たちも、こうした紙で作られた製品を率先して選ぶことで、世界が抱える問題の解決に向け、その一端を担うことができるのではないでしょうか。
参考文献・資料
知っておきたい紙パの実際 2022/紙業タイムス社,2022年
日本製紙連合会 | 環境への取り組み | 循環型産業について | 総論 (jpa.gr.jp)
食べられなくなったお米で作った紙素材 kome-kami
お米で強さを引き出した生成りな白さの kome-kami(ナチュラル色)
お米で表面をコートした発色のよい白さの kome-kami 浮世絵ホワイト
vegi-kami – フードロスペーパー | SDGsに貢献する紙の素材 (foodlosspaper.com)
ZERO CO2 PAPER(ゼロCO2ペーパー)
ヴァークレイCoC|商品詳細 – 平和紙業
環境と紙(その2) – 平和紙業株式会社 – 活版印刷研究所
Curious Collection Matter Adiron Blue B1 270gsm | Antalis UK
バナナペーパーとは – One Planet Paper®
「非木材」の紙の原料には、どんな種類があるの? – BambooRoll
非木材紙製品 | 株式会社山櫻
森林認証制度「PEFC」と「FSC」の違いって何? 特徴や取得方法を徹底解説|FOREST JOURNAL