
宇宙インフラは、地球規模の課題に対し「国境を越えた公平な情報」をもたらす基盤です。通信衛星が離島に、観測衛星が途上国に、測位衛星が金融市場に。
種類ごとに異なる役割を果たす宇宙インフラの全体像と、世界と日本の企業事例から学ぶビジネスチャンスをわかりやすく紹介します。なぜ宇宙インフラが必要とされるのか、その本質を理解することで、より良い地球社会の未来が見えてくるでしょう。
目次
宇宙インフラとは
【イリジウム衛星(イリジウム・コミュニケーションズの通信衛星)の模型】
人工衛星がもたらす天気予報、スマートフォンのGPS機能、衛星放送といったサービスは、私たちが認識していなくても、宇宙空間に展開された基盤によって支えられています。宇宙インフラとは、これら人工衛星やロケット、地上の管制局といった機器・施設に加え、それらを運用する仕組みや国際的なルールなども含めた「宇宙活動全体を支える共通基盤」を指します。
単なる機材の集合体ではなく、宇宙でデータを取得し、それを地上へ伝送し、私たちが利用可能にするまでの一連の流れを確保するシステム全体と捉えることができます。かつては国家主導の象徴的なプロジェクトでしたが、近年は民間企業による商業利用が急速に進み、経済活動や安全保障、市民生活に欠かせない社会基盤として、その重要性が世界的に高まっています。
まずは、宇宙インフラを理解する上で重要となる基本的側面を確認しておきましょう。
宇宙インフラの範囲と構成要素
宇宙インフラは、宇宙空間に配置されるものと、それを地上から支えるもの、さらには目に見えない仕組みによって成り立っています。主に四つの要素に分けて理解されています。
①宇宙セグメント(Space Segment)
宇宙セグメント(Space Segment)は、宇宙空間に配置されて特定の機能を持つ機器群です。
- 通信・放送衛星や地球観測衛星(気象衛星「ひまわり」など)
- 測位衛星(GPS・準天頂衛星「みちびき」など)
- さらには国際宇宙ステーション(ISS)
のような施設が当てはまります。
②地上セグメント(Ground Segment)
地上セグメント(Ground Segment)は、地上にあって宇宙セグメントの運用やデータ利用を支える施設群です。
- ロケット発射場
- 衛星と交信して制御する管制局(地上局)
- 衛星から送られる膨大なデータを受信・処理・分析するデータセンター
などが含まれます。
③打ち上げセグメント(Launch Segment)
打ち上げセグメント(Launch Segment)は、地上から宇宙セグメントへ、衛星や物資などを輸送するための手段です。
従来の使い捨て型ロケットに加え、近年はSpaceX社の「Falcon9」に代表される再使用可能なロケットが登場し、打ち上げコストの大幅な削減を実現しました。
④制度・運用
制度・運用の側面も重要な構成要素です。衛星が使用する電波の周波数を国際的に調整するルール(国際電気通信連合(ITU)による管理)、宇宙空間の利用に関する国際的な取り決め(1967年の宇宙条約など)といった枠組みがあってこそ、インフラは初めて機能します。
宇宙インフラの特徴と優位性
宇宙インフラは、地上のインフラでは代替が難しい独自の特徴を備えています。
広域性・同報性
広域性・同報性が最も顕著な特徴です。赤道上空約36,000kmの静止軌道上に配置された衛星からは、東アジアから西太平洋地域までの広大な範囲を継続的に観測できます。
一機の衛星で大陸規模の地域をカバーし、多くの地点へ同時に情報を配信することが可能です。
耐災害性・頑健性
次に挙げられるのが耐災害性・頑健性です。人工衛星は宇宙空間で作動しているため、地震や津波、豪雨といった地上の自然災害による直接的な被害を受けません。
災害発生時にも通信や観測の機能を維持しやすく、被災状況の把握や緊急通信手段として極めて重要な役割を果たします。
地理的制約の克服
さらに、地理的制約の克服も重要な価値です。山間部や離島、海上、砂漠地帯など、地上の通信ケーブルや基地局の設置が物理的・経済的に困難な場所でも、衛星を経由してサービスを提供できます。世界中には今なお安定したインターネット接続を持たない人々が多くいますが、衛星通信はこうしたデジタル・デバイド(インターネット接続環境の格差)を解消し、教育や医療へのアクセスを改善する手段として期待されています。
宇宙インフラの歴史と発展
現代の宇宙インフラの礎は、1950年代後半から始まった冷戦時代の米ソによる宇宙開発競争にあります。1957年、ソビエト連邦が世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功し、宇宙時代の幕が開きました。
当初、宇宙開発は国家の威信と安全保障が主な目的でした。しかし1970年代から1980年代にかけて、衛星放送や衛星通信、気象観測といった民生利用が徐々に拡大します。
日本でも1977年に初の静止気象衛星「ひまわり」が打ち上げられ、1978年から本格的な観測を開始しました。
大きな転換点は2010年代以降です。「NewSpace(ニュースペース)」と呼ばれる民間企業主導の新しい宇宙ビジネスが台頭しました。SpaceX※などがロケットの再使用化による打ち上げコストの劇的な低減に成功したことで、宇宙へのアクセスが格段に容易になったのです。
これまで国家が独占的に担っていた宇宙インフラの構築と運用は、現在では民間企業が「サービスとして提供」する商業モデルへと移行しつつあります。宇宙と地上を結び、社会と経済を多方面から支える基盤として、その重要性はますます高まっていくでしょう。*1)
宇宙インフラの種類と詳細
【様々な人工衛星】
宇宙インフラは、その目的や機能によって複数の種類に分類され、それらが連携して社会を支える仕組み全体を指します。通信、観測、測位といった主要な機能から、それらを支える輸送や地上設備まで、多様な要素で構成されています。
ここでは、現代社会を支える主要な宇宙インフラの種類について、その特徴と役割を見ていきましょう。
通信・放送衛星
通信・放送衛星は、データや映像を広域に中継する役割を担います。人工衛星を宇宙空間の中継局として利用し、地上インフラの整備が困難な地域や災害時にも通信手段を確保できる点が強みです。
通信・放送衛星は、軌道の高度によって特徴が異なります。赤道上空約36,000kmの静止軌道(GEO)衛星は、地上から見ると常に同じ位置に見えます。このため、特定の地域(例えば日本全土)へ衛星放送や固定通信を継続的に提供するのに適しています。
一方、近年急速に普及しているのが低軌道(LEO)衛星群です。地上に近いため通信の遅延が少なく、米スペースX社の「スターリンク」のように数千機単位の衛星を連携させる衛星コンステレーションにより、高速・大容量のインターネット接続を地球上の広範囲で利用可能にしています。
地上の通信網が寸断された災害時などにおいても、離島や山間部での通信を確保し、レジリエンス(強靭性)向上に貢献する手段として期待されています。
地球観測衛星
地球観測衛星は、人工衛星に搭載したセンサーを用いて、宇宙から地球の表面や大気の状態を監視する基盤です。センサーの種類によって二つに大別されます。
光学衛星は、太陽光の反射を利用して地表を撮影します。気象衛星「ひまわり」の雲画像のように直感的なカラー画像が得られますが、光が必要なため夜間や悪天候(雲)時には観測が困難です。
一方、SAR(合成開口レーダー)衛星は、自らマイクロ波(電波)を地上に照射し、その反射を捉えて画像化します。電波は雲を透過するため、天候や昼夜を問わず24時間365日観測できるのが最大の強みです。
- 災害発生直後の被害状況把握
- 火山活動による地形変化の検出
- 地震に伴う地盤変動の監視
などに威力を発揮します。日本の民間企業であるQPS研究所も、36機の小型SAR衛星コンステレーション構築を目指し、高頻度での準リアルタイム観測の実現に取り組んでいます。
測位衛星
測位衛星は、地球上の正確な「位置」と「時刻」の情報を提供する基盤であり、全地球航法衛星システム(GNSS)と総称されます。
- 米国のGPS(最も有名)
- 欧州のGalileo(ガリレオ)
- 中国のBeiDou(ベイドゥ)
- ロシアのGLONASS(グロナス)
など、各国・地域が独自のシステムを運用しています。
日本の「みちびき(QZSS)」は、GPSを補完・補強する役割を持ちます。常に日本の上空に滞在するよう運用されており、都市部の高層ビル群や山間部など、GPSの電波が届きにくい場所でも安定した測位が可能になります。
さらに、GPSの誤差を補正する信号により、数センチメートル単位の高精度測位も実現し、建設機械や農耕用トラクターの自動運転といったスマート農業にも活用されています。
【測位衛星の用途】
宇宙輸送と地上システム
宇宙インフラは、衛星などを軌道上に運ぶロケットなどの輸送手段がなければ成立しません。従来の使い捨てロケットに加え、スペースX社の「Falcon9」のような再使用型ロケットが打ち上げコストを大幅に削減し、商業的な衛星ミッションを飛躍的に拡大させました。
同時に、
- 地上の管制局
- 地上局(アンテナ)
- データセンター
といった「地上セグメント」もなくてはならないものです。衛星と通信を行い、膨大なデータを受信・処理・蓄積します。近年では、受信データをAI(人工知能)などで解析し、ユーザー(農家、自治体、インフラ管理者など)が必要な情報として即座に提供する取り組みが進んでいます。
このように、宇宙インフラは多様な種類の衛星と、それらを支える輸送システム、地上システムが有機的に連携することで、初めてその機能を発揮するのです。*2)
宇宙インフラはなぜ必要なのか
【陸域観測技術衛星「だいち2号」の形状や搭載パーツについて】
宇宙インフラは、もはや「あれば便利なもの」ではなく、現代社会が機能し続けるために欠かせない基盤となっています。世界経済フォーラムは「成長、安全保障、レジリエンス(社会の強靭性)にとって不可欠なインフラ」と位置づけており、その重要性は世界的に急速に高まっています。
では、具体的にどのような理由から宇宙インフラが必要とされているのでしょうか。主な役割を見ていきましょう。
経済成長と産業応用を支える基盤
宇宙インフラは、今や私たちの日常生活や経済活動を支える上で欠かせない存在です。
- スマートフォンの地図アプリ
- カーナビゲーション
などは測位衛星(GNSS)からの信号がなければ機能しません。さらに、国際的な金融取引は、測位衛星が提供するナノ秒単位の極めて正確な「時刻」情報によって同期が保たれており、数ミリ秒の誤差が数億円の取引機会ロスにつながります。
産業面では、衛星データを活用したスマート農業による施肥・水管理の最適化、位置情報による物流の効率化、災害リスク評価に基づく保険商品の開発など、生産性向上と新サービス創出に直結しています。
災害対応と社会の強靭性向上
【「だいち2号」の観測データ(10月2日観測)を用いてEOSが解析した被害推定マップ】
宇宙インフラは、地上インフラが持つ弱点を補完し、社会の強靭性を高める上で極めて重要です。大規模災害が発生すると、地上の通信基地局や光ファイバーケーブルは物理的に破壊され、通信が途絶える可能性があります。
しかし、宇宙空間の人工衛星は地上災害の影響を直接受けないため、衛星通信は被災地の状況把握や緊急連絡における「最後の通信手段」として機能します。
特にSAR衛星は天候や昼夜を問わず観測できるので、
- 浸水域や建物被害
- 地盤変動
といった災害発生直後の状況把握に威力を発揮します。堤防沈下の監視や、地震に伴う地殻変動の詳細な把握も可能で、このデータは今後の対策構想に活用されています。
安全保障と社会の自律性確保
【安全保障のための宇宙アーキテクチャ】

宇宙インフラは、一国の安全保障や社会的な安定を左右する戦略的な重要性を持っています。衛星は、
- 他国の動向把握や早期警戒
- 広域での通信確保
など、国家の安全保障活動に直結します。
もし他国が提供する測位システムや観測データだけに依存していると、国際情勢の変化や相手国の都合によってその利用が制限されるリスクを常に抱えることになります。そのため、各国は経済活動と安全保障の自律性を確保する観点から、独自の宇宙インフラを戦略的に整備しています。
日本の準天頂衛星「みちびき」も、GPSを補完・補強し、測位の安定性を確保する取り組みの一例です。
地球環境の監視と持続可能な未来
【JAXAの温室効果ガス・水循環観測技術衛星開発の歴史】
宇宙インフラは、現代社会が直面する地球規模の課題を解決するためにも不可欠です。
- 気候変動の監視
- 海洋汚染の追跡
- 森林伐採や砂漠化の進行状況の把握
など、広範囲にわたる長期的な観測は、人工衛星なしには成し遂げられません。
これらの科学的な基礎データは、地球環境の現状を正確に把握し、各国が政策を立案する上での重要な根拠となります。宇宙からの視点は、私たちが住む地球という惑星の健康状態を診断し、守っていくために欠かせません。
このように、宇宙インフラは経済、災害対応、安全保障、環境の各分野で不可欠な基盤です。その安定的な利用と発展のため、技術と制度の両面での投資と国際協調が求められています。
次の章では、実際に宇宙インフラ開発・整備に取り組む企業の事例を見ていきましょう。*3)
宇宙インフラ開発・整備に取り組む企業事例
【スターリンク (SpaceX)60基の衛星の打ち上げ(母機分離前)】
近年では、民間企業のアイデアと技術力が、宇宙インフラの進化を加速させています。通信・観測・測位・輸送といった社会や産業の基盤になる分野で、各社は独自の強みを発揮しつつ、国際協調や持続可能性にも配慮した事業展開を行っています。
宇宙インフラにおける各分野の世界と日本の代表的企業の取り組みを紹介します。
通信・放送衛星分野
通信・放送衛星分野では、小型低軌道衛星を多数打ち上げてグローバルな高速通信網を構築する最先端事例が拡大しています。
世界:SpaceX(スターリンク)
イーロン・マスク氏率いるSpaceXは、スターリンク衛星コンステレーションで世界100ヵ国以上・600万人超にインターネット接続サービスを提供しています。自社開発の再使用型ロケットによる打ち上げコスト低減と、2025年以降の「スマートフォン直結」技術テストが注目されています。
宇宙業界最大規模の時価総額を誇る一方、軌道混雑や天体観測への影響など課題もあり、国際ルール整備が今後の焦点となります。
日本:スカパーJSAT株式会社
スカパーJSAT株式会社は、静止軌道衛星「JCSAT」シリーズなど17機の通信・放送衛星を運用し、海上・離島・災害時でも安定したサービスを提供しています。
- 災害時のバックアップ通信
- BtoB/BtoGサービス※
など長年の実績と信頼があります。近年は低軌道コンステレーション型事業者との連携強化や、自社技術によるAI解析・新サービス構築も進めています。
地球観測衛星分野
地球観測衛星分野では、衛星データを活用した課題解決型ビジネスが拡大、中長期的な付加価値が注目されています。
世界:Planet Labs(プラネット・ラボ)
Planet Labs(プラネット・ラボ)は、米国カリフォルニア州サンフランシスコに拠点を持つ民間企業です。200基超の小型衛星で地球全体を数時間間隔でカバーする観測ネットワークを運営しています。
- 農業
- インフラ点検
- 災害対応
など多分野向けの高精度画像データや解析サービスが特徴です。2025年にはAI解析やクラウド連携にも力を入れており、夜間や曇天時の観測改善策としてSARコンステレーション導入にも取り組んでいます。
ユーザー数・事業規模ともに業界最大級の企業です。
日本:Synspective(シンスペクティブ)
Synspective(シンスペクティブ)は、日本発の宇宙スタートアップを代表する企業です。夜間・悪天候でも使えるSAR衛星「StriX」シリーズのコンステレーションを構築中で、自治体・企業向け災害判定や都市インフラ監視などを商用化しています。
2025年10月には独自AI解析サービスも拡充し、生産拠点も増設するなど事業面で急速に成長中です。新井元行CEOのもと、アジア圏他国との連携や量産・国際展開などの課題にも向き合っています。
測位衛星(GNSS)関連分野
測位衛星(GNSS)関連の分野は、経済・金融・輸送・産業DXの根幹を担う基盤システムとして急速に進化しています。
世界:GPS(米国政府・空軍運用)
米国のGPS(Global Positioning System、全地球測位システム)は全世界の金融・物流・交通インフラの「時刻」基準提供と位置情報配信を担い、企業の国際取引やモビリティの安定運用を支えています。産業連携・誤差対策技術も進化を続け、各国の補完衛星との統合利用が進んでいます。
日本:準天頂衛星システムサービス株式会社(QSS)
準天頂衛星システムサービス株式会社(QSS)が運用する日本独自の「みちびき」は、
- 山間部や都市部での精密測位
- スマート農業(農機の自動運転)
- 物流最適化
- 危険区域管理
など多岐に活用されています。内閣府、JAXA(宇宙航空研究開発機構)などと、産学官連携による新しいユースケース創出にも積極的に取り組んでいます。
宇宙輸送・地上システム分野
宇宙輸送・地上システム分野では、打ち上げ技術や地上局の高度化が、宇宙産業の持続的拡大の鍵となっています。
世界:SpaceX(スペースX)
SpaceXは、「Falcon9」の再使用化や次世代大型輸送機「Starship」※の開発により、世界最大規模・最頻度の民間ロケット打ち上げ能力を実現しています。2025年には月や火星といった惑星探査を見据えたサービス提供にも着手しました。
商業衛星運用モデル拡大と、国際規制・持続可能な事業体系の両立が重要課題です。
日本:三菱重工業 & JAXA
三菱重工とJAXAが中心となって開発した新型基幹ロケット「H3」※は、日本国産機による高い信頼性・低コスト・多様なニーズ対応を目指しています。2025年に地球観測衛星「だいち4号」の打ち上げにも成功しました。
種子島宇宙センターを中心に拠点分散・自動化を進めており、官民・国際提携による新たな衛星運用・産業モデルの拡充が進行しています。
各社は技術革新のみならず、社会的課題解決や持続可能性、国際協調の観点でも事業領域の拡大に挑戦中です。未来の宇宙基盤の鍵は、多様な協業とルール整備、グローバルな持続力です。*4)
宇宙ビジネスの現状と今後
【アルテミス計画の概要】
技術革新と民間資本の流入により、宇宙は「国家主導の専門分野」から「多様な産業が関わる社会経済インフラ」へと急速に変貌を遂げています。民間企業が主導する「NewSpace」という大きな潮流が、ロケットのコスト、衛星の設計、そして事業化の速度といった、あらゆる側面を根本から変革しているのです。
多極化する競争と、その中で加速する産業変革について、三つの主な観点から確認していきましょう。
①市場規模の急拡大と民間主導への転換
世界の宇宙ビジネス市場は、2024年に約6,130億ドル規模に達し、2030年には1兆1,600億ドルを超える成長が見込まれています。この拡大を牽引しているのは従来の政府支出ではなく、民間企業の収益拡大です。
米国SpaceX社などによるロケット再使用化で打ち上げコストが劇的に低下し、衛星の小型化やAI解析技術の進展と相まって、ベンチャー企業や異業種の新規参入ハードルが大きく下がりました。
日本市場も4兆円から2030年代には8兆円への成長を目指しており、官民連携プログラム(J-SPARC)などを通じたJAXAのオープンイノベーション推進が、この動きを後押ししています。この一方で、中国は2025年の年間打ち上げ70回を達成し、商業宇宙産業の市場規模が2025年に約3,440億ドルに達するなど、多極化した競争の様相を呈しています。
また、インドも官民連携を通じた「宇宙の民主化」を推進し、330社超のスタートアップが参画する急成長市場が形成されています。
社会実装と次世代フロンティアの開拓
宇宙ビジネスの主戦場は、地球周回軌道から月、さらにその先へと急速に拡大しています。米NASAの「アルテミス計画」では民間企業の技術活用が強化され、月面での資源探査や基地建設が現実的なビジネスの対象になりつつあります。
また、地球の軌道上でも「軌道上サービス」(衛星への燃料補給、修理、デブリ除去)が商業化の段階に入りました。この市場は2029年には15億ドル(約2,200億円)規模へ成長すると予測されています。
日本発のアストロスケール社は2024年、デブリ除去実証衛星によるターゲットへの接近・追跡に成功し、世界的な注目を集めました。欧州もこうした動きに対抗すべく、Airbus・Leonardo・Thalesの3社が宇宙事業を統合し、年間売上65億ユーロの新巨大企業を形成する動きを進めており、戦略的独立性を確保する競争が加速しています。
課題解決と国際ルール整備の必須化
しかし、これらの急成長の影で、深刻な課題も顕在化しています。地球低軌道のスペース・デブリ(宇宙ゴミ)は、観測されているものだけでも数万個、微小なものを含めれば1億個以上に達するとされ、稼働中の衛星との衝突リスクは現実的な脅威です。
軌道予測の精度がAI技術によって高まっているとはいえ、宇宙空間利用の持続可能性を確保するには、国際的なルール整備が急務です。2025年6月に発表された「EU宇宙法」は、
- 電波周波数管理
- 衛星データのガバナンス
- デブリ発生抑制と除去の規制
など、1967年の宇宙条約では対応しきれない現代的課題に取り組む試みであり、2030年1月の施行が予定されています。
宇宙ビジネスは民間主導のイノベーションと、多極化する国家戦略によって飛躍的な成長を遂げています。今後は、技術の実装力や事業の収益化に加え、国際的なルール作りと持続可能性の実現が、長期的な発展を支えるために欠かせない基盤となります。*5)
宇宙インフラとSDGs
【JAXAが取り組むSDGsの重点領域】
宇宙インフラとSDGs(持続可能な開発目標)は、ともに地球規模の課題をデータで可視化し、政策や現場での対応を精緻化することを目指しています。SDGsの169のターゲットのうち約40%が宇宙基盤サービスによって直接支援されており、宇宙技術は国境を越えた公平な情報提供を通じて、SDGsの「実行力を高める実務的なツール」として機能しています。
中でも、特に関連の深いSDGs目標を見ていきましょう。
SDGs2:飢餓をゼロに
地球観測衛星は、作付け面積、植生状況、降水量、土壌水分量を定期的に観測し、収穫量予測と干ばつ警報の科学的根拠を提供します。これにより行政は食料支援が必要な地域を客観的に特定でき、農家は水や肥料を最適に投入して収穫量向上とコスト削減を同時に実現できます。
JAXAの
- JASMIN(アジア・アフリカ向け農業気象情報)
- JASMAI(穀物生産地帯の作柄監視)
は、発展途上国を中心に食料生産の安定化に直結しており、実務的な意思決定を支える重要なツールとなっています。
SDGs目標11:住み続けられるまちづくりを
地震、洪水、火山噴火などの発生直後、SAR衛星は夜間・悪天候を問わず被災地の地形変化と建物被害を迅速に把握します。JAXA「だいち」シリーズが参画するセンチネル・アジア(アジア太平洋地域の災害情報共有)は2006年の開始以来、減災・復興支援の効率化に貢献し、被災地の緊急対応と復興計画策定を支える実務的なツールとして機能しており、安全な都市インフラ構築を加速させています。
SDGs目標13:気候変動に具体的な対策を
温室効果ガス観測衛星「いぶき」(GOSAT)は、JAXAと環境省、国立環境研究所の共同開発により、CO2濃度とメタン濃度を全球約5万6,000ポイントから3日ごとに観測しています。これらのデータは世界気象機関(WMO)の全球気候観測システム(GCOS)に貢献し、海面水位上昇・氷床融解の監視と並んで、各国のNDC(国が決定する貢献)検証における国際的な透明性基盤となります。
宇宙インフラとSDGsの関係は、単なる技術支援ではなく、グローバルな課題解決の根本的な転換を意味しており、より公正で強靭な世界へ向けた重要な基盤です。*6)
>>SDGsに関する詳しい記事はこちらから
まとめ
【アルテミス計画における民間企業との連携取り組み】
宇宙インフラは通信、観測、測位、輸送という多層的な機能を通じて、私たちの社会と経済を支える不可欠な基盤です。国境を越えた公平な情報提供により、
- 災害対応
- 食料生産
- 気候変動対策
といった地球規模の課題解決に貢献しています。
2025年11月、宇宙インフラサービス市場は年平均19.7%で成長し2031年に4,493億米ドル規模へ拡大するとの予測が発表されました。中でも、超低軌道衛星市場は年76.2%の驚異的な成長率を記録しています。
宇宙が「特別な領域」から「日常的な利用基盤」へ急速に転換しつつあることを、明確に示しています。
今後の宇宙インフラ分野の持続的発展には、技術革新に加え、官民連携と国家間協調による透明性の高いルール整備が不可欠です。
急速に宇宙インフラ開発が進む現在、あなたが個人でできることは何でしょうか。例えば、
- 宇宙開発の最先端技術や取り組みに関心を持つ
- 宇宙技術が支える製品やサービスを意識的に選ぶ
- クラウドファンディングやプロボノで産業に参画する
- 宇宙の未来について考え、発信する
などが、宇宙インフラ開発推進への支えとなります。
宇宙インフラはもはや遠い領域ではなく、私たちの選択と行動が形づくる分野です。あなたは次世代のために、どのような宇宙社会を築きたいでしょうか。一人ひとりの関心と賢明な行動が、より公正で強靭な地球社会の未来へと導くでしょう。*7)
<参考・引用文献>
*1)宇宙インフラとは
内閣府『宇宙基本計画』
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所『宇宙基本計画(2023年6月13日)』
経済産業省『宇宙産業ビジョン2030』(2017年5月)
国際電気通信連合(ITU)『Facts and Figures 2023 – Internet use』
世界経済フォーラム『すべての国に宇宙戦略が必要な5つの理由』(2025年9月)
*2)宇宙インフラの種類と詳細
JAXA『地球観測衛星の基礎知識』
JAXA『人工衛星プロジェクト』
総務省『第Ⅱ部 情報通信分野の現状と課題 第7節 ICT技術政策の動向 6 宇宙ICT』
NTT『宇宙データセンタ実現に向けたAI推論技術』(2025年4月)
国土地理院『干渉SARの基本』
*3)宇宙インフラはなぜ必要なのか
国土交通省『令和7年度の宇宙無人建設革新技術開発を開始します~近い将来の月面での建設を目指し、地上の建設技術を高度化~』(2025年4月)
国土交通省『人工衛星観測データを用いた浸水被害把握 技術検証レポート』
JAXA『地殻変動の検出で地震発生メカニズムを明らかに』
KDDI『宇宙から「つなぐチカラ」を 「Starlink」で、つながらない場所をなくす』(2022年12月)
*4)宇宙インフラに取り組む企業事例
Tellus『SpaceXが世界中にインターネットを届けるStarlink(スターリンク)と地球規模の衛星通信ビジネスの潮流』(2025年2月)
Tellus『地球観測衛星データの世界のトップランナー!Planetに聞く、次世代衛星データ構想と日本のポテンシャル【前編】』(2023年1月)
スカパーJSAT『導入事例 スカパーJSAT 宇宙事業』
Synspective『SAR衛星の力で築く私たちの未来』
JAXA『H3ロケット』
*5)宇宙ビジネスの現状と今後
総務省『宇宙通信分野を取り巻く状況及び研究開発課題等について』(2025年7月)
Space Foundation『The Space Report 2025 Q2 Highlights Record $613 Billion Global Space Economy for 2024』(2025年7月)
Reuters『EU、宇宙関連事業強化へルール刷新 単一市場創設で競争力向上』(2025年6月)
JBPress『「宇宙デブリ除去ビジネス」、2029年には市場規模2200億円』(2025年5月)
文部科学省『国際宇宙探査及びISSを含む地球低軌道を巡る最近の動向』(2025年10月)
*6)宇宙インフラとSDGs
Tellus『【事例付き】SDGsに衛星データが欠かせない理由とは』
総務省『衛星データで農業活性化 気象・生育・放棄地…情報集約』(2025年10月)
JAXA『温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)』
農林水産省『衛星データの利活用』
UNDRR『Space-based information for disaster-risk reduction (UN-SPIDER)』
*7)まとめ
経済産業省『宇宙産業』
Fortune Business Insights『宇宙インフラ市場規模、シェア及び業界分析:コンポーネント別(衛星、地上局、打ち上げロケット、その他)、用途別(地球観測、通信、研究、その他)、エンドユーザー別(商業、政府、民間機関)、地域別予測(2025-2032年)』(2025年10月)
SOCIALWIRE CO.『次世代宇宙インフラの最前線:超低軌道(VLEO)衛星市場が76.2%CAGRで拡大、高解像度・低遅延通信が牽引』(2025年11月)
NEDO『「宇宙ビジネス投資マッチング・プラットフォーム(S-Matching)」を創設』(2018年5月)
JAXA『トピックス 2025年』
この記事を書いた人
松本 淳和 ライター
生物多様性、生物の循環、人々の暮らしを守りたい生物学研究室所属の博物館職員。正しい選択のための確実な情報を提供します。趣味は植物の栽培と生き物の飼育。無駄のない快適な生活を追求。
生物多様性、生物の循環、人々の暮らしを守りたい生物学研究室所属の博物館職員。正しい選択のための確実な情報を提供します。趣味は植物の栽培と生き物の飼育。無駄のない快適な生活を追求。









