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アジア太平洋経済協力(APEC)とは?目的や役割、日本との関係も

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海外から届く商品や、スマートフォンは、もはやほとんどの日本人にとって、欠かせないものになっています。実はこれらは、アジア太平洋経済協力(APEC)という国際的な枠組みの中で実現された成果による恩恵の1つです。

APECがどのような目的や役割を持ち、私たちの生活に影響を与えているのか、具体的な事例とともに、わかりやすく解説します。また、APECと日本の関係やAPECの現状、今後の展望についても考察します。

アジア太平洋経済協力(Asia-Pacific Economic Cooperation:APEC)とは

【APECの21のメンバー】

アジア太平洋経済協力(Asia-Pacific Economic Cooperation:APEC)とは、アジア太平洋地域の持続可能な成長と繁栄を目指す経済協力の枠組みです。1989年に設立され、現在21の国と地域(=エコノミー)が参加しています。この組織は、

  • 貿易・投資の自由化・円滑化
  • 地域経済統合の推進
  • 経済・技術協力

などの活動を通じて、域内の経済発展を促進しています。

特徴

APECの特筆すべき点は、その協力の性質にあります。具体的には、

  • 自主性: 各メンバーが自発的に参加し、取り組みを進る
  • 非拘束性法的な強制力を持たず、柔軟な協力体制
  • コンセンサス重視: 全メンバーの合意を基に決定

などが挙げられます。

また、APECはビジネス界との緊密な連携を重視しており、APECビジネス諮問委員会(ABAC)を通じて、民間セクターの意見を直接首脳に提言する仕組みを設けています。

もう1つ、APECの特徴的な点として、その非公式性が挙げられます。多くの国から主権国家としての承認を受けていない台湾(中華民国)や、中国の特別行政区である香港が単独で参加しているという事情から、APECでは参加国・地域を指す際に「国」という表現を避け、代わりに「エコノミー」という用語を使用しています。

さらに、この非公式性を維持するため、参加国・地域の国旗や国歌の使用が禁止されています。また、APECへの参画を表す際も、正式な国際機関で一般的に使われる「加盟」という言葉ではなく、より柔軟な意味合いを持つ「参加」という表現が採用されています。

組織構造

APECの組織構造は以下のように構成されています。

  • 首脳会議: 年1回開催され、重要な方針を決定
  • 閣僚会議: 首脳会議に先立って開催され、具体的な協力内容を協議
  • 高級実務者会合: 閣僚会議の準備を行います。
  • 各種委員会・作業部会: 専門分野ごとに設置され、具体的な協力プロジェクトを実施
  • 事務局: シンガポールに設置され、日常的な業務を担当

加盟国

続いて加盟国について確認しましょう。

APECには21のエコノミーが参加しています。主な加盟国・地域は

  • 北米:アメリカ、カナダ、メキシコ
  • ロシア
  • 東アジア:日本、中国、韓国、台湾(チャイニーズ・タイペイ)、香港
  • 東南アジア:インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、ブルネイ
  • オセアニア:オーストラリア、ニュージーランド、パプアニューギニア
  • 南米:チリ、ペルー

が挙げられます。

【APEC参加国・地域(緑色)】

加盟していない周辺諸国とその事情

次に、加盟していない国について確認しましょう。

APECに加盟していない主な周辺国とその背景には、以下のような理由があります。

インド

地理的にはアジア太平洋地域に含まれますが、APECへの加盟申請が受理されていません。経済規模や地政学的重要性から、将来的な加盟の可能性が議論されています。

ミャンマー、カンボジア、ラオス

これらの東南アジア諸国は、経済発展の段階や政治体制の違いから、現時点では加盟していません。

モンゴル

内陸国であることや経済規模の問題から、加盟には至っていません。

太平洋島嶼国

フィジーやサモアなどの小規模な島嶼国は、経済規模や地理的要因から加盟していません。

これらの国々の加盟問題については、APECの地域的バランスや経済格差の問題、さらには組織の効率性などを考慮しながら、慎重に検討が行われています。

APECは、世界経済の約60%を占める地域をカバーしており、その活動は世界経済に大きな影響を与えています。日本は、APECの創設メンバーであり、積極的な役割を果たしています。

次の章では、APECの目的と役割を確認していきましょう。*1)

アジア太平洋経済協力(APEC)の目的と役割

アジア太平洋経済協力(APEC)の目的と役割は、時代とともに進化し、現代のグローバル経済において重要な存在です。APECの取り組みは、単なる経済協力の枠を超え、地域の安定と持続可能な成長に貢献しています。

APECの主な目的と役割として、以下の4つが挙げられます。

①貿易・投資の自由化と円滑化

APECの最も重要な目的の一つは、域内における貿易と投資の自由化・円滑化です。この目標に向けて、APECは以下の取り組みを行っています。

  • 関税の引き下げ: 加盟国間の関税を段階的に引き下げ、貿易障壁を削減
  • 非関税障壁の撤廃: 規制の調和や手続きの簡素化
  • 投資環境の改善: 外国直接投資を促進するための政策を推進

これらの取り組みにより、域内の経済活動が活性化し、各国の経済成長に貢献しています。

②地域経済統合の推進

APECは、より広範な地域経済統合を目指しています。具体的には、

  • アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP): 長期的な目標として、域内全体をカバーする自由貿易圏の創設を目指す
  • 既存の経済連携協定の活用: 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)や地域的な包括的経済連携(RCEP)などの既存の協定を基盤として、さらなる統合を推進

などの取り組みにより、域内の経済的な結びつきを強化し、共同体意識の醸成にも貢献しています。

③経済・技術協力の推進

APECは、加盟国間の格差是正持続可能な発展を目指し、以下のような経済・技術協力を推進しています。

  • 人材育成: 教育や職業訓練プログラムを通じて、域内の人材育成を支援
  • 技術移転: 先進国から発展途上国への技術移転を促進し、イノベーションを支援
  • インフラ整備: 質の高いインフラ整備を通じて、域内の連結性を向上

これらの協力は、特に開発途上国の経済成長と社会発展につながっています。

④新たな課題への対応

APECは、時代とともに変化する経済環境に対応し、新たな課題にも取り組んでいます。

  • デジタル経済: 電子商取引やデジタル技術の活用を促進し、デジタル時代の経済成長を支援
  • 環境・エネルギー: 気候変動対策やグリーン成長の推進など、持続可能な発展を目指す
  • 包摂的成長: 中小企業支援や女性の経済参画促進など、誰もが恩恵を受けられる成長を目指す

などの取り組みにより、APECは現代の複雑な経済課題に対して、柔軟かつ効果的な対応を試みています。

APECの目的と役割は、アジア太平洋地域の経済発展と繁栄を支える重要な基盤となっています。その自主的かつ非拘束的なアプローチは、多様な加盟国の利害を調整しつつ、共通の目標に向かって協力を進める上で大きな役割を果たしています。

次の章では、APECの歴史について詳しく見ていきましょう。*2)

アジア太平洋経済協力(APEC)の歴史

アジア太平洋経済協力(APEC)の歴史は、地域協力の理念が現実の枠組みへと発展していく過程を如実に示しています。この歴史を紐解くことで、国際協調の重要性と、経済発展における地域間連携の意義を深く理解するための参考になります。

「アジア太平洋」概念の誕生

APECの歴史は、「アジア太平洋」という地域概念の形成から始まります。この概念は、1960年代後半に初めて具体化されました。

太平洋経済委員会(PBEC)の設立

1967年に設立されたPBEC※は、アジア太平洋地域という概念を初めて具体化した組織です。太平洋を挟む東西の主要国と豪州の財界代表によって構成され、産業協力を推進しました。

PBEC

PBECは「Pacific Basin Economic Council」の略称。アジア太平洋地域の経済協力を促進するための民間団体であり、1980年に設立された。企業のリーダーや専門家が参加し、政策提言や対話を通じて地域経済の発展を目指した。APECの設立に影響を与えた重要な組織。

大平正芳首相の貢献

1980年、当時の大平正芳首相が「環太平洋連帯研究グループ」※を立ち上げ、その提言を受けて太平洋経済協力会議(PECC)※が設立されました。これは日本がアジア太平洋地域の協力推進に積極的に関与し始めた重要な転換点となりました。

環太平洋連帯研究グループ

環太平洋連帯研究グループは、地域の経済協力と政策提言を目的とした研究機関。アジア太平洋地域の持続可能な発展を促進するため、学術界、ビジネス界、政府関係者が連携。地域の課題解決に向けた情報共有や対話の場を提供し、政策形成に寄与する役割を果たす。

太平洋経済協力会議(PECC)

PECCは「Pacific Economic Cooperation Council」の略称。アジア太平洋地域の経済協力を促進するために1980年に設立された非政府組織。政府、ビジネス、学術界の代表者が参加し、経済政策や貿易の自由化を議論する場を提供する。APECの前身。

APEC設立への道のり

1980年代後半、冷戦が終結し、世界は新たな時代を迎えます。この変化の中で、各国は経済成長を牽引するために、地域経済統合の重要性に気づき始めました。

特に、太平洋地域は、豊富な資源と活発な経済活動を背景に、世界経済の中心として注目を集めていました。

世界経済のブロック化への懸念

欧州統合の進展や北米自由貿易協定(NAFTA)※の発効により、世界経済のブロック化※が懸念されていました。この状況下で、アジア太平洋地域の協力枠組みの必要性が高まりました。

北米自由貿易協定(NAFTA)

NAFTAは、「North American Free Trade Agreement」の略称。1994年に発効したアメリカ、カナダ、メキシコ間の自由貿易協定。関税撤廃や投資規制緩和により域内貿易を促進し、経済統合を深化させた。労働や環境への影響など賛否両論があったが、2020年に新協定USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)に移行し、現代的な課題にも対応している。

世界経済のブロック化

特定の地域や国々が経済的に結束し、他の地域との間に貿易障壁を設ける傾向のこと。自由貿易の対極にあり、地域経済統合や保護主義政策の結果として生じる。メリットとして域内経済の活性化があるが、デメリットとしてグローバルな経済効率の低下や国際関係の緊張を招く可能性がある。近年の米中対立や地域経済連携の強化により、その傾向が強まっている。

日本の役割

1987年、田村通商産業大臣(当時)が「環太平洋産業大臣会合」※’’を提唱し、地域協力の具体化に向けた動きを加速させました。

環太平洋産業大臣会合

1994年にAPECの枠組みの中で設立された閣僚級会合。アジア太平洋地域の産業政策や経済協力を議論する場として機能し、年1回開催される。貿易・投資の自由化、技術革新、中小企業支援など幅広いテーマを扱い、APECの経済目標達成に向けた具体的な政策提言を行う。地域の産業発展と経済統合の促進に重要な役割を果たしている。

オーストラリア、ホーク首相のイニシアチブ

【APEC初の閣僚会議】

1989年、オーストラリアのボブ・ホーク首相の提唱により、APECの第1回閣僚会議がキャンベラで開催されました。これがAPECの正式な発足となりました。

APECの発展と主要な転換点

APECは設立後、段階的に発展を遂げていきました。

首脳会議の開始

【1993年APEC経済代表団】

1993年、クリントン米大統領の提案により、初の首脳会議がシアトルで開催されました。これにより、APECの政治的重要性が大きく高まりました。

ボゴール目標の設定

1994年には、インドネシア・ボゴールでの会議で、2020年までに域内の自由で開かれた貿易・投資を実現するという「ボゴール目標」※が設定されました。これはAPECの長期的な方向性を示す重要な指針となりました。

ボゴール目標

1994年のAPEC首脳会議でインドネシアのボゴールで採択された長期目標。先進エコノミーは2010年まで、発展途上エコノミーは2020年までに、自由で開かれた貿易・投資を実現することを目指した。完全な達成には至らなかったものの、APECの貿易自由化と地域経済統合を推進する上で重要な指針となった。現在はポストボゴール目標としてプトラジャヤ・ビジョン2040が策定されている。

大阪行動指針の採択

そして1995年の大阪会議で、ボゴール目標達成への具体的な道筋を示す「大阪行動指針」※が採択されました。日本のリーダーシップが発揮された重要な成果でした。

大阪行動指針

1995年のAPEC大阪会議で採択された、ボゴール目標達成のための具体的な行動計画。自由化・円滑化、経済・技術協力の3分野で15の具体的な項目を設定し、各エコノミーの行動計画の基礎となった。共通の政策概念や一般原則を定め、APECの活動に一貫性と方向性を与えた。自主性と柔軟性を重視しつつ、地域経済統合の推進に重要な役割を果たした。

自由貿易地域の実現に向けた取り組み

ボゴール宣言を踏まえ、APECは、

  • 関税の引き下げ
  • 非関税障壁の撤廃
  • 投資環境の整備

など、さまざまな取り組みを進めてきました。また、自由貿易協定(FTA)の締結を促進し、地域内の貿易・投資を活性化させました。

アジア経済危機への対応

1997年のアジア経済危機※に際し、APECは金融システムの強化や経済回復支援において重要な役割を果たしました。この危機を機に、APECは、金融協力の強化や、中小企業の支援など、危機管理体制の強化に取り組みました。

アジア経済危機

1997年にタイで始まり、東南アジアや韓国に波及した通貨・金融危機。投機的な資金流入と急激な資本流出が主因となり、通貨価値の暴落と株価の急落を引き起こした。IMFの支援を受けた国々は厳しい構造改革を迫られ、経済・社会に大きな影響を与えた。この危機を契機に、アジア地域の金融協力体制の強化が進められた。

 21世紀のAPEC:新たな課題と展望

【2023 APECリーダーズ・ゴールデンゲート宣言:サンフランシスコ】

21世紀に入り、APECは新たな課題に直面しつつも、その役割を進化させています。

プトラジャヤ・ビジョン2040策定

プトラジャヤ・ビジョン2040は、APECが2020年に採択した長期ビジョンで、2040年までにアジア太平洋地域が目指すべき姿を示しています。主要な目標は、

  • 開かれた、ダイナミックで、強靭かつ平和な共同体の実現
  • 自由で開かれた貿易・投資の促進
  • イノベーションとデジタル化による経済成長の加速
  • 包摂的で持続可能な成長の実現

などで、定期的な進捗評価と見直しが行われる予定です。

デジタル経済への対応

デジタル技術の急速な発展に伴い、APECはデジタル経済の推進を重要課題として位置づけています。具体的には、

  • 電子商取引の促進
  • デジタルスキルの向上
  • サイバーセキュリティの強化

などに取り組んでいます。2021年に採択された「アオテアロア行動計画」※では、イノベーションとデジタル化が重要な柱の1つとなっています。

アオテアロア行動計画

2021年のAPEC首脳会議で採択された、「プトラジャヤ・ビジョン2040」実現のための具体的な実施計画。貿易・投資、イノベーションとデジタル化、強靭で包摂的な成長の3つの経済的推進力に焦点を当てる。各エコノミーの個別行動とAPECメンバーの集団的行動を定め、進捗状況の評価方法も含む。時代の変化に応じて見直しと適応を行う「生きた文書」として位置付けられている。

サプライチェーンの強靱化

新型コロナウイルス感染症のパンデミックや地政学的リスクの高まりを受け、サプライチェーンの強靱化が喫緊の課題となっています。APECは、域内のサプライチェーンの多様化と強化を目指し、各国の協力を促進しています。

持続可能な成長の実現

気候変動対策グリーン経済の推進は、APECにとって重要な課題です。「プトラジャヤ・ビジョン2040」では、「力強く、均衡ある、安全で、持続可能かつ包摂的な成長」が経済的推進力の1つとして掲げられています。

地域経済統合の深化

アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の実現に向けた取り組みは、引き続きAPECの重要な課題です。環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11)※や地域的な包括的経済連携(RCEP)※協定などの既存の枠組みを活用しつつ、さらなる統合を目指しています。

環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11)

当初の12カ国から米国が離脱した後、残る11カ国で2018年に発効した自由貿易協定。関税撤廃や投資ルールの統一など、高水準の貿易自由化を目指す。農業や知的財産権など幅広い分野をカバーし、アジア太平洋地域の経済統合を促進する重要な枠組みとなっている。

地域的な包括的経済連携(RCEP)

RCEPは「Regional Comprehensive Economic Partnership」の略称。ASEAN10カ国と日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの15カ国が参加する自由貿易協定。2020年に署名、2022年に発効した。関税撤廃や原産地規則の統一など、アジア太平洋地域の経済統合を促進する。世界最大の自由貿易圏を形成し、参加国の多様性が特徴。

包摂的成長の促進

経済成長の恩恵を広く行き渡らせるため、中小企業支援女性の経済参画促進など、包摂的な成長を実現するための取り組みが重要視されています。APECは、これらの課題に対して具体的な施策を展開しています。

新たな国際秩序への対応

米中関係の変化新興国の台頭など、国際秩序の変化に対応しつつ、APECは地域の安定と繁栄を維持する役割を担っています。多様な参加国の利害を調整しながら、協力を推進することが求められています。

APECの歴史は、アジア太平洋地域の経済的・政治的な変遷を反映しています。当初は経済協力の枠組みとして始まりましたが、時代とともにその役割を拡大し、現在では地域の安定と繁栄に不可欠な存在と言えるでしょう。*3)

アジア太平洋経済協力(APEC)の具体的な活動事例

【2024年 APEC財務大臣会合:ペルー】

APECは、理念や目標を掲げるだけでなく、具体的な施策を通じて実際の経済協力を推進しています。これらの活動は、私たちの日常生活や企業活動に直接的な影響を与えており、その範囲は貿易の円滑化から人材育成まで多岐にわたります。

APECの代表的な活動事例を確認してみましょう。

APECビジネス・トラベル・カード(ABTC)

【APEC・ビジネス・トラベル・カード(ABTC)】

APECビジネス・トラベル・カード(ABTC)は、域内のビジネス交流を促進する画期的な取り組みです。このカードは、

  • ビザ免除: カード所持者は、アメリカとカナダを除くAPEC参加国・地域に、短期間のビジネス目的であればビザなしで渡航できる
  • 入国手続きの簡素化: 多くの空港で専用レーンが設けられ、迅速な入国が可能
  • 長い有効期間: 最長5年間有効で、複数回の渡航に使用できる

といった特徴があります。ABTCの導入により、域内のビジネス交流が活性化し、経済協力の深化に大きく貢献しています。

【APEC・ビジネス・トラベル・カードの新制度 主な変更点】

貿易円滑化行動計画

【アオテアロア行動計画(Aotearoa Plan of Action)】

APECは、域内の貿易を円滑化するための具体的な行動計画を実施しています。

  • 通関手続きの簡素化: 電子化や標準化を通じて、通関手続きの時間とコストを削減
  • 規制の調和: 各国の規制や基準の調和を図り、貿易障壁を低減
  • 透明性の向上: 貿易関連の規則や手続きの透明性を高め、予測可能性を向上

などの取り組みにより、域内の貿易コストが大幅に削減され、特に中小企業の国際展開を支援しています。

人材育成と技術協力

【タイ王国の首都バンコクを訪問した西村経済産業大臣】

APECは、域内の持続可能な成長を支える人材育成技術協力に力を入れています。

  • APEC学習コミュニティ構想: オンライン教育プラットフォームを通じて、域内の学生や社会人に学習機会を提供
  • 科学技術イノベーション協力: 先端技術分野での共同研究や技術移転を促進
  • 中小企業支援: 経営ノウハウの共有や資金調達支援など、中小企業の競争力強化を図る

これらの活動は、域内の人的資本の質的向上と技術革新の促進に貢献しています。

環境・エネルギー協力

【APECエネルギー大臣会合】

APECは、持続可能な発展を目指し、環境・エネルギー分野での協力を推進しています。

  • グリーン成長戦略: 低炭素技術の普及や再生可能エネルギーの利用促進
  • 海洋資源の持続可能な利用: 違法漁業の撲滅や海洋生態系の保護
  • エネルギー効率の向上: 省エネ技術の共有や基準の調和を通じて、エネルギー効率の向上を目指す

などの取り組みにより、気候変動対策と経済成長を両立する「グリーン成長」の実現を目指しています。

このようなAPECの具体的な活動は、私たちの日常生活や企業活動に直接的な影響を与えています。例えば、ABTCの導入によりビジネスマンの国際移動が容易になり、貿易円滑化によって海外の商品がより安く手に入るようになりました。

また、人材育成や技術協力を通じて、域内の経済格差の縮小にも貢献しています。これらの活動を通じて、APECは単なる国際会議の場ではなく、実際の経済協力を推進する重要な枠組みとしての役割を果たしています。*4)

アジア太平洋経済協力(APEC)の課題

APECは、アジア太平洋地域の経済協力を推進する重要な枠組みとして機能してきましたが、変化する国際情勢や新たな経済課題に直面し、その役割と方向性の再定義が求められています。

ここでは、APECが直面する主な課題と、それらへの対応策について見ていきましょう。

地域経済統合の深化

近年の、

  • グローバル化の進展と地域間競争の激化
  • 域内格差の是正
  • 新たな経済課題への対応

などの背景から、APECの最重要課題の1つは、地域経済統合の更なる深化です。

アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の実現

アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)は、APECが目指す重要な最終目標の1つであり、太平洋地域における広域的な自由貿易圏を構築することを目指しています。FTAAPは、APECの長期的な目標として位置づけられていますが、その実現には多くの課題があります。

特に、TPPRCEPという2つの異なるアプローチの調和が課題となっています。

非関税障壁の撤廃

  • 非関税障壁とは、関税以外の貿易を制限する手段であり、
  • 技術基準
  • 衛生・植物検疫措置
  • 政府調達

など、多岐にわたります。これらの障壁は、FTAAPの実現を阻む大きな要因となっています。

現状の問題点として、

  • 標準の多様性: 各国の技術基準や規制が異なり、製品の輸出入に多大なコストと時間がかかる
  • 情報不足: 非関税障壁に関する情報が十分に共有されていないため、企業が貿易を行う上で不確実性が高まる
  • 手続きの複雑化: 貿易手続きが複雑化し、中小企業にとっては大きな負担となる

などが指摘されています。このため、

  • 共通の基準の策定: 各国の標準を調和させ、共通の基準を策定
  • 情報共有の促進: 非関税障壁に関する情報を透明化し、企業が容易にアクセスできるようにする
  • 手続きの簡素化: 貿易手続きを簡素化し、中小企業の負担を軽減する

などに取り組む必要があります。

デジタル経済への対応

急速に進展するデジタル化に対応し、域内のデジタル経済を促進することも重要な課題です。

デジタル貿易の円滑化

デジタル経済の進展に伴い、デジタル貿易の重要性が高まっています。しかし、デジタル貿易は、従来の貿易とは異なる特徴を持ち、現状では、

  • データの越境移動の制限: 個人情報保護や国家安全保障を理由に、データの越境移動が制限されるケースがある
  • 電子商取引に関する規制の不一致: 各国の電子商取引に関する規制が異なり、企業は複数の規制に対応する必要がある
  • サイバーセキュリティのリスク: サイバー攻撃のリスクが高まり、デジタル貿易の安全性が脅かされている

などが問題となっています。これらを解決するために、

  • データの自由な移動: 個人情報保護と両立させながら、データの自由な移動を促進するためのルール作り
  • 電子商取引に関する国際的なルール策定: 電子商取引に関する国際的なルールを策定し、各国間の規制の整合性を図る
  • サイバーセキュリティ対策の強化: サイバー攻撃に対する対策を強化し、デジタル貿易の安全性を確保

などが必要です。

デジタルスキルの向上

デジタル経済の進展に伴い、デジタルスキルが求められる仕事が増えています。このため、域内の人材のデジタルスキル向上を支援し、デジタル経済の恩恵を広く行き渡らせる必要があります。

しかし、デジタルスキルを持つ人材が不足しているという課題も存在します。特に、

  • デジタルスキル格差: 国や地域、世代間でデジタルスキルに大きな格差が存在する
  • 教育制度とのミスマッチ: 教育制度が、急速に変化するデジタル社会に対応できていない

などの問題が深刻です。これらに対応して、

  • 教育のデジタル化: 学校教育や職業訓練において、デジタルスキル教育を強化
  • リスキリング・アップスキリング: 既存の労働者が、新たなデジタル技術を習得できるような環境整備

などの取り組みが進められています。

持続可能な成長の実現

【2023年米国APEC(テーマ・優先課題)】

気候変動対策グリーン経済の推進は、APECにとって喫緊の課題です。

気候変動リーダーシップ原則の採択

気候変動による影響は、アジア太平洋地域においても深刻な問題となっており、

  • 異常気象による災害
  • 海面上昇
  • 農業への影響

など、経済社会に多大な影響を与えています。APEC加盟国は、それぞれ異なる経済状況やエネルギー構造を持つため、気候変動対策への取り組みにも温度差があります。

このため、温室効果ガス削減目標やその達成手段に関して、各国間の意見が一致しにくいのが現状です。

しかし、気候変動対策と経済成長は、一見すると対立する目標のように思われますが、長期的な視点で見れば、両立させることが重要です。また、先進的な気候変動対策技術を開発し、発展途上国への技術移転を促進する必要があります。

この問題の解決策として、ABAC※が提案した「気候変動リーダーシップ原則」※の採択と実施が期待されています。

ABAC

「APEC Business Advisory Council」の略称で、APECビジネス諮問委員会のこと。1995年に設立された、APECの公式な民間諮問機関。各エコノミーから3名ずつ選出されたビジネスリーダーで構成され、年4回の会合を通じて、ビジネス界の視点からAPECに政策提言を行う。APECの活動に民間セクターの意見を反映させる重要な役割を果たしている。

気候変動リーダーシップ原則

2007年のAPECシドニー首脳宣言で採択された気候変動対策の指針。エネルギー効率の改善、森林保全、クリーン開発と技術普及、金融・投資面での支援など、包括的なアプローチを提唱。各エコノミーの自主的な取り組みを促進しつつ、地域全体での協調を目指す。経済成長と環境保護の両立を図る重要な枠組みとして機能している。

再生可能エネルギーの促進

気候変動への対策として、再生可能エネルギー導入を促進することが大きな課題となっています。しかし、多くの場面で、

  • 初期投資コストの高さ
  • 電力系統の安定化
  • 化石燃料産業との利害対立

などが、再生可能エネルギー導入にあたって障壁となっています。この課題解決に向け、「再生可能エネルギーにおける貿易のための枠組み」※の構築が提案されています。

再生可能エネルギーにおける貿易のための枠組み

2015年に採択された環境物品リスト(EGL)を基盤とする。54品目の環境関連製品の関税削減を目指し、再生可能エネルギー技術の普及促進を図る。各エコノミーの自主的な取り組みを尊重しつつ、クリーンエネルギーの貿易促進と環境保護の両立を目指す。技術移転や投資促進など、包括的なアプローチを採用している。

包摂的成長の促進

APEC域内での、

  • APECメンバー間の経済発展レベルに大きな差がある
  • グローバル化の進展により、一部の国や企業、個人に富が集中する傾向がある
  • デジタル化やAIの進展により、従来の雇用形態が変化している
  • 新技術に適応できない労働者が取り残される可能性がある
  • 多くのAPECエコノミーで高齢化が進行している
  • 若年層の失業問題や女性の労働参加率の低さが課題となっている
  • グローバル競争の激化により、中小企業が不利な立場に置かれることがある
  • 資金調達や技術導入の面で、大企業との格差が広がっている
  • 都市部と農村部の経済格差が拡大している
  • 特定の地域や産業に経済発展が集中する傾向がある

などの現状から、経済成長の恩恵を広く行き渡らせるための取り組みも重要です。

中小企業支援

中小企業にとって、

  • 資金調達
  • 技術開発
  • 国際市場への参入の困難さ

がAPEC域内でも課題になっています。

  • 金融アクセス向上
  • 技術支援
  • 国際市場への参入支援

などで、中小企業の競争力強化を図る必要があります。同時に、eコマースの普及や、スタートアップエコシステムの構築、中小企業間の連携強化への取り組みも求められています。

女性の経済参画促進

APEC域内でも、国や地域によっては、

  • ジェンダーギャップ
  • 女性の起業支援の不足
  • 女性のリーダーシップ育成の遅れ

が問題となっています。APECは女性の経済的エンパワーメントを推進し、ジェンダー平等の実現を目指しています。具体的には、

  • 女性起業家ネットワークの構築
  • 金融アクセス向上
  • 女性の教育と職業訓練

などへの取り組みを進めています。

パンデミックへの対応

新型コロナウイルス感染症の世界的流行では、ワクチンの供給不足、途上国へのワクチンアクセスが困難なことが問題となりました。より早く、より公平で安全なワクチン接種を実現するための全世界的な協力が求められています。

安全なワクチンの公平な分配

この世界的なパンデミックは、APECにとって新たな課題をもたらしました。

  • 安全で効果的なワクチンの供給システム
  • ワクチンの公平な分配メカニズムの構築
  • ワクチンの情報共有

などの必要性が認識されました。

経済回復策の協調

APECの参加国で、パンデミック後の経済回復策の協調が重要視されるようになった背景には、いくつかの要因があります。

  • パンデミックにより、APECエコノミー間の貿易や物流が大きく混乱した
  • パンデミックにより域内の経済格差が拡大した
  • 観光業や航空業などが、特に大きな打撃を受けた
  • 一部で高まる保護主義的な動き※
保護主義的な動き

パンデミック後、一部のAPECエコノミーで保護主義的傾向が強まった。具体例として、医療用品や食料品の輸出規制、自国産業保護のための関税引き上げ、外国投資の審査厳格化、重要産業のサプライチェーン国内回帰、デジタル保護主義、自国優先の経済刺激策などが挙げられる。これらは経済安全保障への関心の高まりを反映しているが、APECの自由貿易推進の理念と相反し、域内経済の回復と成長を阻害する可能性がある。

これらの課題に対処するため、APECは2020年に「APECプトラジャヤ・ビジョン2040」を採択し、2021年にはその実施計画である「アオテアロア行動計画」を策定しました。そして、これらの新たな指針のもと、APECは変化する国際環境に適応しつつ、アジア太平洋地域の持続可能な成長と繁栄を実現するための取り組みを続けています。

組織としての問題点

APECの組織体制に対しても、いくつかの批判や問題点も指摘されています。

ボゴール目標の達成遅延

1994年のボゴール目標では、先進国は2010年、途上国は2020年までに域内貿易と投資の自由化を達成するという目標が掲げられました。しかし、この目標は完全には達成されておらず、特に途上国における自由化の遅れが目立っています。

非拘束力による実効性への疑問

APECは、国際的な条約のような法的拘束力を持つ組織ではありません。そのため、加盟国の意思決定に強い影響力を行使することが難しく、目標達成に時間がかかるという批判があります。

非拘束力という特性から、APECの決定はあくまで各国政府への推奨事項であり、必ずしも遵守されるわけではありません。

意思決定が遅い

APECの採用するコンセンサス方式による意思決定は、時に迅速な対応を困難にし、批判の対象となっています。

包括性と専門性のバランス

APECは、21の経済体を包括する非常に大きな組織です。そのため、すべてのメンバー国のニーズを満たすような政策を策定することが難しく、専門性の高い議論が不足しているという指摘もあります。

包括性を重視するあまり、特定の分野に特化した議論が深まらず、政策の実効性が低下していると懸念する声もあります。

リーダーシップの欠如

APECには、WTOのような強力な事務局が存在せず、議長国が交代制であるため、組織全体としてのリーダーシップが不足しているという批判もあります。 議長国が交代するたびに、政策の方向性が変化し、組織全体の目標が不明確になることがあります。

議長国が、より積極的にリーダーシップを発揮し、各国の協力を促すことも求められます。

他の地域協力機構との競合

ASEAN(東南アジア諸国連合)やRCEP(地域的な包括的経済連携)など、他の地域協力機構との競合もAPECの活動に影響を与えています。これらの機構がより強力な影響力を持つことで、APECの重要性が相対的に低下することが懸念されています。

各地域協力機構は、それぞれ異なる特徴と目標を持っており、重複する部分もあれば、相補的な部分もあります。各地域協力機構間の連携不足により、資源の分散や重複投資といった問題が生じる可能性が指摘されています。

APECの課題解決には、加盟国・地域の協調的な努力が不可欠です。日本を含む各国は、これらの課題に積極的に取り組むことで、アジア太平洋地域の発展に貢献することが期待されています。*5)

アジア太平洋経済協力(APEC)における日本の役割

日本は、自由貿易の恩恵を大きく受けて発展してきた国です。APECにおいても、自由貿易の推進を最重要課題の1つとして位置づけ、積極的に取り組んできました。

APECにおいて、日本は創設以来、重要な役割を果たしてきました。自由貿易の恩恵を受けて発展を遂げた日本の経験は、APECの理念と深く結びついています。

APECにおける日本の役割を確認してみましょう。

地域経済統合の推進

日本は、APECにおける地域経済統合の推進に積極的に取り組んでいます。

TPP11の推進

日本は環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11)の中心的な推進役を務めています。これにより、加盟国間の関税が大幅に削減され、私たちは海外の商品をより安く手に入れられるようになりました。

RCEP協定の実現

地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の交渉において、日本は重要な役割を果たしました。この協定により、日本企業のアジア展開がさらに容易になり、新たな雇用機会の創出にもつながっています。

質の高いインフラ整備の推進

日本は、APECにおいて質の高いインフラ整備を重視しています。

インフラ投資の質に関するガイドライン

日本の提案により、APECで「質の高いインフラ投資に関するガイドブック」が策定されました。これにより、アジア太平洋地域のインフラ整備が進み、日本企業の海外進出の機会も増えています。

防災インフラの整備

日本の技術を活かした防災インフラの整備を推進しており、地域の安全性向上に貢献しています。

デジタル経済の推進

日本は、APECにおけるデジタル経済の推進にも力を入れています。

電子商取引の促進

日本の提案により、APECで電子商取引に関するルール作りが進んでいます。これにより、私たちが安心して国際的なオンラインショッピングを楽しめるようになっています。

デジタル人材育成

日本は、APECにおけるデジタルスキル向上プログラムを支援しています。これにより、日本の若者がグローバルなデジタル経済で活躍する機会が増えています。

持続可能な成長の実現

日本は、APECにおける持続可能な成長の実現に向けた取り組みをリードしています。

グリーン成長の推進

日本の技術を活かした再生可能エネルギーの普及や省エネ技術の共有を通じて、地域の持続可能な成長に貢献しています。

海洋プラスチックごみ対策

日本の提案により、APECで海洋プラスチックごみ対策が重要課題として取り上げられています。これは、私たちの日常生活における環境意識の向上にもつながっています。

このようなAPECでの日本の取り組みは、私たちの日常生活や経済活動に直接的な影響を与えています。例えば、TPP11やRCEP協定の実現により、私たちが海外の商品をより安く手に入れられるようになったり、日本企業の海外展開が容易になったりしています。

また、デジタル経済の推進により、私たちが安心して国際的なオンラインショッピングを楽しめるようになっています。これらの取り組みを通じて、日本はAPECの発展に貢献するとともに、自国の経済成長と国民の生活向上にもつなげています。

APECにおける日本の役割は、今後も地域の繁栄と私たちの日常生活の向上に大きな影響を与え続けるでしょう。*6)

アジア太平洋経済協力(APEC)の現状

【緩やかな成長を続けると予想されるAPEC地域】

APECは地域経済協力の推進という大きな目標を掲げ、さまざまな取り組みを行ってきました。APEC地域は2023年には3.5%成長したと見込まれており、2022年の2.6%から増加成長となっています。

これは世界経済の動向に沿ったものと言えます。APEC域内では、消費支出が2023年の成長を支える主な要因となっており、観光や旅行も堅調でした。

また、政府支出も経済活動を支える役割を果たしました。

2023年APEC首脳会議の結果

2023年11月、アメリカのサンフランシスコでAPEC首脳会議が開催されました。この会議は以下のような結果に終わっています。

  • 経済協力の強調: 首脳宣言では「自由で開かれた透明性の高い貿易・投資環境を提供するという決意を確認した」ことを強調
  • 政治的課題への言及の回避: イスラエルとハマスの衝突やロシアによるウクライナ侵攻については、首脳宣言では触れられず、これらの問題は議長国アメリカの「議長声明」でのみ言及
  • 参加国間の意見の相違: ウクライナ侵攻に関する言及がなかった背景には、ロシアと中国も参加していることから、全会一致の合意が困難だったことが指摘される

2024年のAPEC首脳会議は、ペルーの首都リマで開催される予定です。具体的な議題は現時点で公表されていませんが、2024年のABACの会議で議論された以下のような内容が首脳会議でも取り上げられる可能性が高いと考えられます。

  • 電子商取引におけるルール作り
  • 中小企業のデジタル化促進とAI技術活用
  • 気候変動リスクへの対処と脱炭素化投資の拡大

2023年の会議では政治的課題への言及が避けられましたが、2024年の会議でも同様の傾向が続くか注目されます。また、デジタル経済の発展と気候変動対策という現代的な課題に対する具体的な取り組みも注目されるでしょう。

アメリカと中国の対立

アメリカと中国の対立は、単なる貿易摩擦を超えて、技術覇権、地政学的影響力、イデオロギーの違いなど、多面的な要因を含んでいます。APECの場においても、この対立構造が色濃く反映されています。

技術競争

先端技術分野、特に半導体や人工知能において、両国の主導権争いが激化しています。アメリカは国家安全保障の観点から、中国への技術流出を防ぐため輸出規制を強化しています。

経済安全保障

バイデン政権は中国を「国際秩序を変える意思と能力を兼ね備えた唯一の競合国」と位置づけ、半導体、蓄電池、重要鉱物、医薬品の分野で中国の製造能力抑制を図っています。

台湾問題

台湾をめぐる両国の立場の相違は、APECの場でも緊張をもたらす要因となっています。アメリカは「台湾海峡の平和と安定」を重視し、中国による武力統一に反対する姿勢を示しています。

2023年11月のAPEC首脳会議に合わせて行われた米中首脳会談は、両国関係の現状を如実に示すものとなりました。 1年ぶりの米中首脳会談実現は、関係改善への一歩として評価されましたが、具体的な成果は限定的でした。

APECの枠組みにおける米中対立は、地域経済協力の推進という本来の目的達成を困難にしています。しかし同時に、APECは両国が対話を継続し、経済面での協力可能性を探る貴重な場としての役割も果たしています。

APECがこの対立をいかに管理し、地域の経済発展と安定にどう貢献できるかが、組織の有効性を測る重要な指標となるでしょう。

APECは引き続きアジア太平洋地域の経済統合と協力の重要な枠組みとして機能すると予想されます。しかし、参加国間の政治的・経済的な立場の違いが、より包括的な合意形成を難しくする可能性もあります。今後は、経済協力を中心としつつ、地域の安定と繁栄に向けた取り組みがさらに求められるでしょう。*7)

アジア太平洋経済協力(APEC)とSDGs

アジア太平洋経済協力(APEC)とSDGs(持続可能な開発目標)は、共に持続可能な発展と包摂的な成長を目指す点で共通しています。両者とも、経済成長と環境保護、社会的公正のバランスを取りながら、地域や世界の繁栄を追求しています。

APECのSDGsへの取り組み

APECは、SDGsを地域の持続可能な発展を促進する重要な枠組みとして捉えています。2015年のSDGs採択以降、APECは自身の活動をSDGsと整合させる努力を続けてきました。

具体的には、以下のような取り組みが挙げられます。

  • SDGsに関する作業部会の設置
  • APECプロジェクトとSDGsの連携強化
  • 持続可能な開発に関する能力構築プログラムの実施
  • SDGs達成に向けた地域協力の促進

これらの取り組みを通じて、APECはアジア太平洋地域におけるSDGsの実現に貢献しようとしています。

APECの活動が貢献するSDGs目標

APECの活動は、特に以下のSDGs目標に大きく貢献しています。

SDGs目標8:働きがいも経済成長も

APECは、域内の経済成長と雇用創出を促進するさまざまなイニシアチブを展開しています。例えば、中小企業の支援や、デジタル経済の推進などが挙げられます。これらの取り組みは、持続可能な経済成長と生産的な雇用の実現に寄与しています。

SDGs目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう

APECは、イノベーションと技術発展を重視しています。域内のインフラ整備や、研究開発の促進、技術協力の強化などを通じて、産業の高度化と技術革新を支援しています。これにより、持続可能な産業化と技術革新の基盤づくりに貢献しています。

SDGs目標17:パートナーシップで目標を達成しよう

APECの本質は、地域協力とパートナーシップにあります。加盟国・地域間の対話と協力を促進し、共通課題の解決に向けた連携を強化しています。この取り組みは、SDGsの達成に不可欠なグローバル・パートナーシップの構築に大きく寄与しています。

APECの活動は、これらの目標に限らず、他のSDGs目標にも間接的に貢献しています。例えば、貿易自由化を通じた経済発展は、貧困削減(目標1)にも寄与する可能性があります。また、環境保護に関する協力は、気候変動対策(目標13)や海洋資源の保全(目標14)にも関連しています。

このように、APECとSDGsは密接に関連し、相互に補完し合う関係にあります。APECの取り組みはさまざまな面でSDGsの達成に貢献し、同時にSDGsの理念がAPECの活動に指針を与えています。*8)

>>各目標に関する詳しい記事はこちらから

まとめ

アジア太平洋経済協力(APEC)は、アジア太平洋地域の21の国と地域(21のエコノミー)が参加する経済協力の枠組みです。自由で開かれた貿易・投資の促進、経済技術協力の推進を通じて、地域の持続可能な発展を目指しています。

APECの近年の課題は以下の通りです。

  • 地域経済統合の推進
  • 持続可能で包摂的な成長の実現
  • 新たな課題(デジタル経済、気候変動など)への対応

現在、APECは貿易自由化や経済技術協力で一定の成果を上げていますが、加盟国・地域間の経済格差や、米中対立の影響など、課題も抱えています。今後のAPECの発展のためには、

  • 多様性の尊重:加盟国・地域の多様性を尊重しつつ、共通の目標に向けて協力を深める
  • 包摂性の強化:中小企業や女性、若者など、あらゆる層が経済成長の恩恵を受けられる仕組みづくり
  • 新たな課題への対応力強化:デジタル化や気候変動など、急速に変化する環境に適応する能力の向上
  • 対話の促進:加盟国・地域間の対立を緩和し、建設的な対話を促進する場としての機能強化
  • グローバルな視点の維持:地域協力を深めつつ、世界経済全体との調和を図る

などが必要と考えられます。APECのような、国際的な機関について知識を深めることは、グローバル化が進む現代社会を理解するにあたって、とても重要です。

個人レベルでも、以下のような行動を心がけてみましょう。

  • 国際情勢への関心:APECやその他の国際機関の動向に注目し、世界の潮流を把握する
  • 異文化理解の促進:APECの多様性を反映し、異なる文化や価値観への理解を深める
  • 持続可能な消費行動:APECが推進する持続可能な発展に貢献するため、日々の消費行動を見直す
  • スキルアップ:デジタル技術など、APECが重視する分野のスキルを磨く
  • 国際交流への参加:可能な範囲で、APECの加盟国・地域との交流機会に参加する

APECの理念である「開かれた地域主義」は、私たち一人ひとりの意識と行動にも通じるものがあります。開かれた心で世界と協力し合うことは、より良い未来を築くことにつながります。

APECの活動に関心を持ち、その理念を日常生活に取り入れることで、私たちはよりグローバルな視点を持った社会の一員として成長できるのです。

<参考・引用文献>
*1)アジア太平洋経済協力(Asia-Pacific Economic Cooperation:APEC)とは
Asia-Pacific Economic Cooperation『 APEC’s 21 members』
WIKIMEDIA COMMONS『Asia-Pacific Economic Cooperation nations.』
Asia-Pacific Economic Cooperation『What is Asia-Pacific Economic Cooperation?』(2024年1月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『APEC – A Multilateral Economic Forum』(2023年10月)
外務省『APEC(アジア太平洋経済協力、Asia Pacific Economic Cooperation)』
外務省『APECの概要』(2022年1月)
経済産業省『APEC(アジア太平洋経済協力, Asia Pacific Economic Cooperation)』
経済産業省『APECの組織』
総務省『アジア・太平洋経済協力(APEC)Asia-Pacific Economic Cooperation 』
nikkei4946『アジア太平洋経済協力会議(APEC)』(2012年12月)
日本関税協会『アジア太平洋経済協力(APEC)』(2022年8月)
*2)アジア太平洋経済協力(APEC)の目的と役割
Asia-Pacific Economic Cooperation『Action Plans』(2023年10月)
日本国際問題研究所『APECの意義』
経済産業研究所『APECの今後の20年を展望する』(2021年12月)
国際経済法研究会『APECとアジア経済統合』
特許庁『APEC/IPEG』
アジア経済研究所『環太平洋地域の経済統合とAPEC の役割』(2015年5月)
日本国際問題研究所『APECと国際関係 国際外交における成果と課題』(2009年10月)
財務省『2023年APEC財務大臣会合に関する共同声明(仮訳)(11月13日、カリフォルニア州サンフランシスコ) 』(2023年)
NRI『アジア太平洋金融フォーラムの役割と金融市場インフラ議論』(2017年8月)
日本経済新聞『APECとは 21ヵ国・地域が加盟、GDPは世界の6割』(2022年11月)
経済産業研究所『APECと国際規範策定におけるその役割』
*3)アジア太平洋経済協力(APEC)の歴史
Asia-Pacific Economic Cooperation『2023 Leaders’ Declaration』(2023年11月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『History』(2024年7月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『2022 Leaders’ Declaration Bangkok, Thailand』(2022年11月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『Bangkok Goals on Bio-Circular-Green (BCG) Economy』
Asia-Pacific Economic Cooperation『2020 Leaders’ Declaration Kuala Lumpur, Malaysia』(2020年11月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『APEC Putrajaya Vision 2040』(2020年)
Asia-Pacific Economic Cooperation『2019 Host Economy Leader’s Statement Santiago, Chile』(2019年12月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『THE 25TH APEC ECONOMIC LEADERS’ MEETING』(2017年11月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『2016 Leaders’ Declaration Lima, Peru』(2016年11月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『Annex A: APEC Strategy for Strengthening Quality Growth』(2015年)
Asia-Pacific Economic Cooperation『2014 Leaders’ Declaration Beijing, People’s Republic of China』(2014年11月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『2013 Leaders’ Declaration Bali, Indonesia』(2013年10月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『“Supporting the Multilateral Trading System and the 9th Ministerial Conference of the World Trade Organization”』(2013年10月)
外務省『APECの歴史 概観』(2023年11月)
経済産業省『APECの歴史~設立経緯~』
*4)アジア太平洋経済協力(APEC)の具体的な活動事例
Asia-Pacific Economic Cooperation『2024 APEC Finance Ministers Joint Statement Lima, Peru, 21 October 2024』(2024年10月)
外務省『新しいAPEC・ビジネス・トラベル・カード(ABTC)はこんなに便利!』
外務省『Aotearoa Plan of Action』(2021年)
経済産業省『タイ政府との間で「インダストリー4.0の実現のための人材育成に関する協力枠組」の文書交換を行いました』(2022年11月)
経済産業省『太田副大臣がAPEC(アジア太平洋経済協力)エネルギー大臣会合に出席しました』(2023年8月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『Aotearoa Plan of Action』
Asia-Pacific Economic Cooperation『Chair’s Statement of the 13th APEC Energy Ministerial Meeting Seattle, The United States』(2023年8月)
日本経済新聞『少額の企業紛争、オンライン解決 APECでルール作り 中小の海外展開後押し』(2018年12月)
日本経済新聞『APEC財務相会合、低炭素社会へ政策協調 声明発表』(2024年10月)
外務省『アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想にかかる日本の取組』(2021年12月)
外務省『ワークショップ「災害復興時の女性の活躍 地域経済再生の視点から」』(2015年7月)
外務省『2024年第3回APECビジネス諮問委員会(ABAC)会議 外務省・経済産業省主催レセプションの開催(結果)』(2024年8月)
経済産業省『石井経済産業政務官がチリ共和国、ペルー共和国に出張しました』(2024年5月)
外務省『APEC・ビジネス・トラベル・カード(ABTC)』(2024年9月)
外務省『APEC・ビジネス・トラベル・カードのデジタル化』(2024年4月)
外務省『APECの概要』(2022年1月)
外務省『アオテアロア行動計画(Aotearoa Plan of Action)』
経済産業省『2023年APEC閣僚共同声明』(2023年11月)
JETRO『APEC2021開催、「アオテアロア行動計画」を採択(ニュージーランド)』(2021年11月)
経済産業省『2020年 マレーシア APEC首脳会議(APEC Economic Leaders’ Meeting)』(2024年6月)
外務省『APEC(アジア太平洋経済協力)エネルギー大臣会合』(2015年11月)
*5)アジア太平洋経済協力(APEC)の課題
外務省『2023年米国APEC(テーマ・優先課題)』
Asia-Pacific Economic Cooperation『APEC Bio-Circular-Green Award 2024』(2024年4月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『Annex A: APEC ACTION AGENDA FOR THE DIGITAL ECONOMY』(22018年)
Asia-Pacific Economic Cooperation『Food Security and Climate Change Multi-Year Action Plan (MYAP) 2018-2020』(2018年)
Asia-Pacific Economic Cooperation『Annex A: Lima Declaration on FTAAP Recommendations 』(2016年)
Asia-Pacific Economic Cooperation『Public Policies in Focus as APEC Pushes for Sustainable Finance Solutions APEC Finance Ministers’ Process Lima, Peru』(2024年10月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『Why APEC Matters』(2024年9月)
山澤 逸平『ア ジア太平洋経済 の将来課題』(1994年)
日本経済新聞『APECが映した国際協調の危機』(2018年11月)
日経ビジネス『「米中対立のAPEC」が「成功」と言えるワケ「米国のアジア関与」と「中国の外堀を埋める」意味』(2018年11月)
経済産業省『西村経済産業大臣がAPEC閣僚会議に出席しました』(2023年11月)
経済産業省『2023年APEC貿易担当大臣会合議長声明(概要)』(2023年5月)
総務省『平成22年版 情報通信白書 1 国際政策の推進(1)アジア・太平洋地域における国際政策の推進 ア アジア・太平洋経済協力(APEC)における活動』(2021年)
経済産業省『 通商白書2022 第Ⅲ部 第1章 ルールベースの国際通商システム 第3節 APECを通じた地域経済統合の推進と経済成長の促進』(2022年6月)
*6)アジア太平洋経済協力(APEC)における日本の役割
Asia-Pacific Economic Cooperation『1995 Leaders’ Declaration Osaka, Japan』(1995年11月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『1995 Economy Representatives』(1995年11月)
Asia-Pacific Economic Cooperation『FTTAP Capacity Building Workshop on FTA Negotiation Skills on Competition under the 2nd REI CBNI』(2017年8月)
外務省『アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想にかかる日本の取組』(2021年12月)
経済産業省『岸田総理大臣、西村経済産業大臣がAPECビジネス諮問委員会(ABAC)の「APEC首脳への提言」を受け取りました』(2023年11月)
*7)アジア太平洋経済協力(APEC)の現状
Asia-Pacific Economic Cooperation『APEC: Navigating Fragile Growth, Trade Slowdown and Global Challenges』(2024年3月)
Reuters『APEC首脳会議閉幕、首脳宣言でウクライナと中東に触れず WTO改革を支持』(2023年11月)
外務省『APEC首脳会議の実施(結果概要)』(2021年11月)
JETRO『APEC首脳会議、WTO改革へのコミットを宣言、包摂性などを通商政策に統合する原則を歓迎』(2023年11月)
石戸 光『2023年APEC首脳会議:宣言文にみる優先課題についての所感』(2023年12月)
日本経済新聞『APEC首脳宣言、中東・ウクライナで3分裂 新興国も異論』(2023年11月)
日本経済新聞『APEC首脳宣言、中東・ウクライナ明記見送り 会議閉幕』(2023年11月)
BBC『APEC、終わりの見えない「お家騒動」 米中の緊張高まる』(2018年11月)
JETRO『APEC閉幕、米中対立で初めて首脳宣言の採択断念(APEC、シンガポール)』(2018年11月)
東洋経済ONLINE『「落としどころ」が見つからなかった米中首脳会談 最大の懸案「台湾問題」でも解決の糸口は見えず』(2023年11月)
庄司 智孝『ASEAN の地域秩序と米中対立―揺らぐ包括性と中心性―』(2023年3月)
JETRO『バイデン政権による対中政策の現状と展望 対立を前提にサプライチェーンの検証を』(2024年1月)
経済産業研究所『中国との距離感 米、目先融和も対立構図不変』(2023年7月)
*8)アジア太平洋経済協力(APEC)とSDGs
国際連合広報センター『SDGsのポスター・ロゴ・アイコンおよびガイドライン』