iPS細胞とは?治せる病気は?実用化するための問題点とSTAP細胞との違いもわかりやすく解説

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難病治療や再生医療に革命をもたらすと言われる、「iPS細胞」。万能細胞とも呼ばれるiPS細胞とは、一体どのような細胞で、何に利用できるのでしょうか?

未来の医療を担う、iPS細胞の基礎知識から、作り方、治せる病気まで、わかりやすく解説します!iPS細胞に関するよくある質問やiPS細胞とSDGsについても紹介。

あなたも未来の医療に興味を持ち、自分や家族の健康を守るための知識を身につけておきましょう。未来の医療技術に触れることは、健康への希望につながります。

ぜひ、本記事を参考にして、iPS細胞に関する理解を深めてください。

iPS細胞とは?わかりやすく解説

【京都大学の山中伸弥教授】

iPS細胞とは、英語ではinduced Pluripotent Stem cellsと表記される、体の細胞を再プログラムして作られた革新的な万能細胞です。

iPS細胞は、皮膚や血液などの細胞に数種類の因子を導入することで、人工的に多能性幹細胞と呼ばれる特殊な細胞へと変化させて作られます。

この多能性幹細胞は、

  • 体の様々な組織や臓器の細胞に分化できる能力
  • 無限に増殖する能力

を持ち、将来的には難病治療臓器移植などの、医療分野における革新をもたらす可能性を秘めています。

【iPS細胞の樹立】

【小学生向け】iPS細胞とは?

iPS細胞を小学生でもわかるように更に簡単かつわかりやすく解説します。人間の体は、細胞という細かい粒が約37兆個組み合わさってできています。細胞は体の部分によって形も働き方も異なります。

骨・血液・筋肉・内臓・皮膚・神経により違った機能を備えていて、一旦その場所の細胞になると他の場所の細胞になれなくなります。

それに対して、iPS細胞は一度ある場所の細胞になった細胞を、別の役割ができる細胞に戻した細胞なのです

iPS細胞の特徴

iPS細胞は、体細胞から多能性幹細胞へのリプログラミング※によって作られます。これは、個々の細胞から幹細胞※を生成する画期的な技術です。

この技術は再現性が高く、容易に実施できるため、幹細胞研究において大きな進歩をもたらしました。つまり、体の細胞をちょっと改造して、どんな細胞にも変身できる細胞を作る方法を見つけたということです

さらに、この研究で開発された方法は、従来の方法より簡単にできるうえ、成功率も高くなりました。

※リプログラミング

iPS細胞研究においてのリプログラミングとは、人間の体細胞(皮膚や血液など)に特定の因子を導入することで、その体細胞を多能性幹細胞に再プログラムする技術のこと。この過程で、体細胞が幹細胞の特性を獲得し、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力を持つようになる。

※幹細胞

体の様々な細胞に分化できる能力を持つ未分化な細胞。体の細胞は、皮膚、血液、骨など、それぞれ役割が異なり、日々生まれ変わっており、幹細胞は、これらの細胞の元になる細胞。体の成長や修復に重要な役割を果たしている。

iPS細胞には、以下の2つの大きな特徴があります。

  • 多能性:様々な組織や臓器の細胞に分化する能力を持つ
  • 増殖能:無限に増殖する能力を持つ

iPS細胞は、現在でも再生医療や疾病治療の分野で大きな期待を集めています。次の章ではiPS細胞の歴史を紐解いていきましょう。*1)

iPS細胞の歴史

【iPS細胞が作られるまでの歴史】

iPS細胞の歴史は、2006年に京都大学の山中伸弥教授率いる研究チームによって、初めて作られたことから始まります。この発見は、再生医療や疾患の治療法の開発に革命をもたらしました。

現在、iPS細胞の研究は国際的に注目され、多くの研究機関や大学が取り組んでいます。日本では、科学技術振興機構や厚生労働省などがiPS細胞の研究を支援しています。

iPS細胞が発見されるまで

1981年には、イギリスのケンブリッジ大学でマーティン・エバンス博士らが、マウスの胚からES細胞と呼ばれる多能性幹細胞を作り出す方法を確立しました。

※ES細胞

英語ではembryonic stem cellと表記される、胚性幹細胞の略称。受精卵から発生する初期胚(胚盤胞)の内部細胞塊から作製される幹細胞で、様々な細胞に分化する能力とほぼ無限に増殖する能力を持つ多能性幹細胞。

その後、1998年には、アメリカのウィスコンシン大学でジェームズ・トムソン教授が、ヒトES細胞の作製に成功しました。ヒトES細胞を用いることで、再生医療や難治性疾患への治療法が確立する可能性が広がりました。

しかし、ES細胞の研究には倫理的な問題もあります。ES細胞を作るためには受精卵を使用する必要があり、これが社会的な議論を巻き起こしました

【ES細胞とiPS細胞ー樹⽴法】

iPS細胞の発見

2006年、山中伸弥教授率いる研究チームがマウスの皮膚細胞からiPS細胞を初めて作り出し、翌年には人間の皮膚細胞からも成功を収めました。

このiPS細胞は、ES細胞と同様の多能性を持ちながらも、倫理的な問題を回避できる画期的な方法として、世界中で注目を集めました

山中教授の研究は、遺伝子に着目し、新しい多能性幹細胞の作製方法を模索する中で始まりました。

2000年頃、奈良先端科学技術大学院大学の助教授(現在の准教授)だった山中教授は、ES細胞で特徴的に働く4つの遺伝子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)を発見しました。

山中教授は、これらの遺伝子をマウスの皮膚細胞に導入し、数週間培養することで、驚くべき発見をしたのです。

それは、4つの遺伝子の働きにより、皮膚細胞がリプログラミングされ、ES細胞に似た多能性幹細胞が誕生したことです。この画期的な研究成果が、2006年に世界で初めて報告されたマウスiPS細胞の誕生につながりました。

山中伸弥教授はノーベル賞受賞!(ノーベル生理学・医学賞)

その後、山中教授の研究チームは、同様の手法を用いて人間の皮膚細胞に4つの遺伝子を導入し、ヒトiPS細胞の作製に成功しました。2007年11月にこの成果を発表し、2012年に、山中伸弥教授はノーベル生理学・医学賞を受賞しました

この受賞は、再生医療の分野における重要な功績を讃えたものであり、iPS細胞の可能性と重要性を一層広く世界に示しました。

では、この画期的なiPS細胞は何に役立つのでしょうか?次の章では、iPS細胞を利用してどのような研究がされているかに焦点を当てていきましょう。*2)

iPS細胞は何に役立つ?治せる病気は?

【iPS細胞の可能性】

iPS細胞は、体の様々な組織や臓器の細胞に分化できる能力を持つため、将来的には、難病治療や臓器移植など、医療分野における革新をもたらす可能性を秘めています。

具体的な内容について詳しく見ていきましょう。

iPS細胞を利用した再生医療によって治せる病気

iPS細胞は、患者自身の細胞から作製されるため、拒絶反応のリスクが低いという大きな利点があります。将来的には、以下の難病や臓器移植の治療に活用できる可能性があります。

【iPS細胞ストックを応用した臨床試験(2023年4月時点)】

疾患(H4)病気の概要iPS細胞を用いた研究・実用化の状況期待される効果・将来展望
パーキンソン病脳の神経細胞が傷つき、手足のふるえや動作の鈍さが進む疾患iPS細胞から作った神経細胞の移植をめざす研究が進行損傷部位の機能補完や症状の改善が期待
アルツハイマー病記憶や認知機能が徐々に低下する神経変性疾患患者由来のiPS細胞を神経細胞へ分化させ、原因解明や創薬研究に活用病態理解の深化と新しい治療法の開発が見込まれる
糖尿病インスリン分泌や作用の低下で高血糖が続く疾患膵島やインスリン産生細胞の再生を目指す研究が進展。分化誘導細胞の移植による血糖調整サポートは実用段階の報告あり長期的な血糖コントロールの改善、インスリン依存度の低減に期待
脊髄損傷脊髄ダメージで運動・感覚機能が障害される神経系前駆細胞などを移植して回路再建を図る治療法を検討可動域や感覚の回復、QOL向上を目標
心臓病(心筋梗塞)冠動脈の詰まりで心筋が壊死し、心機能が低下iPS由来の心筋細胞や心筋シートの移植を研究収縮力の回復や心不全の進行抑制に期待
肝臓病・腎臓病臓器機能の低下で解毒・代謝や排泄が障害される肝細胞・腎細胞の再生やオルガノイドの作製を研究機能回復を目的とした細胞移植や創薬評価への応用が見込まれる
白血病造血の異常で白血球が増え、治療が難しい血液がん正常な造血細胞を再生する手法の研究が進行造血細胞移植の選択肢拡大や治療成績の向上に期待
網膜色素変性網膜の細胞が変性し視力が低下する遺伝性疾患網膜色素上皮や視細胞の再生、シート移植の検討が進む視機能の維持・改善、進行抑制への応用が期待

パーキンソン病

パーキンソン病は、脳の神経細胞がダメージを受けることで運動機能が低下する疾患です。現在、iPS細胞を用いることで、脳内の神経細胞を再生させる治療法が研究されています

実際に、再生医療の一環として、iPS細胞から作られた神経細胞を移植することで、神経細胞の損傷を修復しており、症状の改善が期待されています。

糖尿病

糖尿病は、インスリンの分泌が不足することで血糖値が上昇する疾患です。iPS細胞を用いた治療法では、病気の原因となる細胞を再生させることが期待でき、研究が進められています。

また、すでに、iPS細胞から分化誘導した細胞を移植することで、血糖値の調整をサポートする治療法が実用化されています

iPS細胞を利用した創薬

上記以外にも、iPS細胞を利用すれば、人体内での薬剤の有効性や副作用を評価する検査や毒性テストが可能になります。これにより、新しい薬の開発プロセスが効率化され、より安全かつ効果的な薬の開発が期待されています。

iPS細胞を用いた創薬は、従来の方法では難しかった病気への治療法や新たな医薬品の開発に革新をもたらす可能性があります。

項目(H4)対象・目的iPSの活用方法期待される成果
がん治療薬の開発がん細胞の弱点を見つけ、新規薬の標的を探索患者由来iPSからがん細胞と正常細胞を作製し、差分を解析。化合物の有効性と毒性を並行評価副作用が少ない新しい抗がん薬の創出。個別化医療設計の精度向上
神経変性疾患の治療薬の開発アルツハイマー病やALSなどの病態解明と候補薬探索患者由来iPSを神経細胞へ分化させ、病態を再現。神経保護作用や進行抑制効果を指標にスクリーニング有効候補の早期選抜。症状進行の抑制や生活の質の改善
遺伝子疾患の治療薬の開発発症メカニズムの理解と適合する治療法の設計患者iPSで表現型を再現し、必要に応じて遺伝子編集を併用。表現型レスキューを評価希少疾患を含む治療選択肢の拡大。個別化治療の実装に前進
心臓病治療薬の開発心不全や不整脈などへの新薬探索と安全性評価iPS由来心筋細胞で収縮性や電気活動を測定。心筋梗塞モデルで効果検証心機能改善薬の開発。心毒性の早期発見とリスク低減
既存薬の副作用評価開発段階や市販後の安全性を多角的に検証iPS由来の肝細胞・心筋細胞などに投与し、臓器別の毒性や用量反応を評価安全域の見直しや重篤副作用の予見。適正使用の指針整備
既存薬の再利用承認済み薬の新たな効能を探索iPS疾患モデルに既存薬を当て、効果シグナルを高速にスクリーニング低コストかつ短期間で適応拡大。臨床応用までの時間短縮

iPS細胞の作り方

【培養室で 細胞を観察する 京都大学 中川講師】

さまざまな可能性を秘めたiPS細胞は、一体どのように作られるのでしょうか?

遺伝子導入によるリプログラミング

iPS細胞の歴史の章でも触れましたが、山中教授らは、特定の遺伝子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)をマウスの皮膚細胞に導入することで、iPS細胞を作り出しました

これらの遺伝子の働きにより、細胞が再プログラム(=リプログラム)され、多機能性を持つiPS細胞が誕生したのです。

この過程では、レトロウイルス・ベクター※が使用され、遺伝子が細胞に導入されました。

※レトロウイルス・ベクター

遺伝子を細胞に入れるためのDNAの一種。目的の遺伝子をウイルスに入れ、細胞に感染させることで、遺伝子を導入する。代表的なウイルス・ベクターは、レンチウイルスやアデノウイルスなどで、ベクターは、遺伝子を細胞内に運ぶ役割を持つ。

他の研究者の取り組みとiPS細胞の安全性向上

【iPS細胞のウイルスを用いた作り方とプラスミドを用いた作り方】

その後、他の研究者によって、遺伝子導入にレンチウイルスやアデノウイルスを使用したり、化合物を用いたりしてiPS細胞を作製する方法が開発されています。

また、CiRA※では、ウイルスベクターの代わりに、より安全性の高いプラスミド※を用いる方法を確立し、がん化のリスクを軽減する取り組みが行われています

※CiRA

京都大学内に設立された「京都大学iPS細胞研究センター」の略称。2008年に山中伸弥教授を中心に設立され、iPS細胞の研究開発を推進する国際的な拠点となっている。

※プラスミド

細胞内に存在する小さなDNAの環状分子。染色体とは別に存在し、細菌や酵母などの生物に広く見られる。プラスミドは、宿主細胞の複製機構を利用して、自身を複製することができ、宿主細胞の遺伝子とは独立した、抗生物質耐性、毒素生成、代謝調節など、多様な役割の遺伝子を持つ。

プラスミドに目的の遺伝子を組み込み、宿主細胞に導入することで、その遺伝子を宿主細胞で発現させることができる。

iPS細胞の分化と臓器の作製

iPS細胞は、

  • 神経
  • 心筋
  • 血液

など、様々な組織や臓器の細胞に分化することが分かっています。しかし、人間の体内で機能するような、大きく立体的な臓器を作製することはまだできていません

今後は、3Dプリンターやバイオマテリアル※などの技術と組み合わせることで、より複雑な臓器の作製が可能になるかもしれません。

※バイオマテリアル

iPS細胞研究において、バイオマテリアルは、

・細胞培養基材(細胞が接着して増殖できる基材)

・細胞誘導材料(伝子を導入するウイルスベクターや化学物質などを細胞に効率的に送達する)

・細胞シート作製

・3D培養(iPS細胞をより生体に近い環境で培養する)

・組織工学(人工臓器や組織を構築する)

などの重要な役割を果たしている。

すこし難しい部分もあったかもしれませんが、iPS細胞がどのように作られるのか、大体は理解できたでしょうか。次の章では「万能細胞」と呼ばれるiPS細胞について、現状ある問題点を確認します。*4)

iPS細胞の問題点

2006年に山中伸弥教授が誕生させたiPS細胞は、難病治療や再生医療に大きな希望をもたらしました。しかし、iPS細胞にはまだいくつかの課題があります

【医療における研究と治療の違い】

iPS細胞をより安全に利用するためには、今後以下のような課題を克服する必要があります。

腫瘍化のリスク

iPS細胞は、未分化な細胞です。未分化な細胞は、体の様々な細胞に分化できる一方で、腫瘍になる可能性も高くなります

そのため、iPS細胞を移植すると、腫瘍が形成されるリスクがあります。CiRAは、この課題克服のために、

  • 腫瘍化リスクの低い初期化因子の探索
  • 安全なベクターの開発
  • 安全な細胞を樹立・選別する方法の確立
  • 目的の細胞に確実に分化させる方法の開発

などの研究に取り組んでいます。

拒絶反応

iPS細胞は、自分の細胞から作製しても、完全に同じ細胞ではありません。そのため、移植されると、免疫反応によって拒絶される可能性があります

この課題克服のためには、

  • 患者自身のiPS細胞を使う自家移植の推進
  • 拒絶反応を抑える免疫抑制剤の開発
  • 患者同士のHLA(ヒト白血球抗原)の適合性に基づいた細胞移植

などの研究が進められています。

倫理的な問題

iPS細胞は、体細胞から作製するため、倫理的な問題も指摘されています。例えば、ヒト胚の体細胞核移植技術と同様に、生殖目的での利用が懸念されています。

倫理的な問題の解決のためにCiRAは、iPS細胞研究の倫理的なガイドラインを策定し、国際的な議論にも積極的に参加しています。

このように、大きな課題も残されているiPS細胞ですが、現在では実用化に向けてどこまで進んでいるのでしょうか?次の章ではiPS細胞の実用化について確認していきましょう。*5)

iPS細胞の実用化に向けた動きと今後の展望

【パーキンソン病などでiPS細胞の臨床試験を実施】

2006年に誕生したiPS細胞ですが、当時はまだ研究段階であり、実用化には多くの課題がありました。しかし、近年iPS細胞研究は目覚ましい進歩を遂げ、実用化に向けて大きく前進しています

標準的なiPS細胞の基準作り

iPS細胞は、当初、作製方法や培養条件によって品質が大きく異なっていました。そのため、臨床研究に用いるiPS細胞の品質基準を定める必要がありました。

2013年には、厚生労働省がiPS細胞臨床研究をはじめとする再生医療研究のための「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」を策定しました

この法律では、再生医療などの提供を受ける患者の安全を守るため、再生医療研究における安全性や有効性を確認するための試験方法などが定められています。

安全なiPS細胞の作製方法

iPS細胞は、ウイルスベクターを用いて作製する方法が一般的でしたが、ウイルスベクターがゲノムに組み込まれるリスクがありました。近年では、ウイルスベクターを使わない安全な作製方法が開発されています。

例えば、2013年にはCiRAの沖田圭介講師らが、先ほどの少し触れた「プラスミド」を用いた安全なiPS細胞作製方法を開発しました

臨床研究の進展

iPS細胞を使った臨床研究は、現在世界中で進められています。2014年には、日本で世界初のiPS細胞を使った臨床研究が開始されました

この臨床研究では、加齢黄斑変性※の患者に、患者自身のiPS細胞由来の網膜色素上皮細胞を移植しました。また、2018年には、パーキンソン病の患者へのiPS細胞由来のドーパミン産生神経細胞の移植治験も開始されました。

※加齢黄斑変性

加齢黄斑変性とは、網膜の中心部にある黄斑という部分に異常が起こり、視力が低下する病気で、原因は、加齢と遺伝的要因が主な原因と考えられている。

iPS細胞実用化への今後の展望

iPS細胞の実用化には現在も、

  • 安全性の向上
  • 大量生産
  • 移植後の細胞の長期的な安定性
  • 再生医療法の改正
  • 国民への理解促進

などの、多くの課題が残されています。今後の研究によって、これらの課題が克服され、iPS細胞が多くの患者の命を救う治療法となることが期待されています。

*6)

iPS細胞に関するよくある質問

iPS細胞について多くの人が持っている疑問点の中で特によく見かけるものを紹介します。質問への回答とあわせてご確認ください。*7)

STAP細胞とiPS細胞の違いは?

iPS細胞が話題を集めてから間もなく、理化学研究所の研究者がSTAP細胞を作成したというニュースが流れました。

その時点ではSTAP細胞作成の過程を再現できなかったために研究者が非難を浴びる結果となりましたが、STAP細胞そのものは実在します。

iPS細胞とSTAP細胞の違いについて、2014年2月、早稲田大学国際教養学部の池田清彦教授は以下のように発言しています。

「iPS細胞は分化した細胞の中にES細胞(胚性幹細胞)で発現した数個の遺伝子を導入することにより、分化した細胞を未分化な細胞に戻すもので、STAP細胞は分化した細胞を外的な環境ストレスにさらすことにより、初期化させたものだ」

STAP細胞はiPS細胞のように遺伝子導入というステップを踏まず、ストレスを与えるだけで万能細胞を作り出せるという点が大きな違いです。しかし、2025年4月時点ではSTAP細胞の作成に成功したという情報は公表されていません

iPS細胞で治せる目の病気は?

iPS細胞で治療できる目の病気はこれまでにいくつかの候補が挙げられていました。

2024年12月になってiPS細胞から作成した目の網膜細胞を「網膜色素上皮不全症」の患者に移植する治療の開発を進めている神戸市・神戸アイセンター病院のグループが、2025年1月以降に先進医療に申請する方針を固めたと発表しました。

先進医療の申請が通れば医療費の一部に公的保険が適用されるので、iPS細胞がより多くの患者の目の治療に使われることになります。

iPS細胞を使う治療としてはこれが初めてのケースなので、今後の開発と治療に注目が集まっています。

iPS細胞は女性ならではの疾患も治せる?

iPS細胞は女性特有の疾患の治療にも役立つと期待されています。

2025年1月、順天堂大学を含む複数の大学と企業で構成された研究グループが、健康な人の末梢血から採取したT細胞からiPS細胞を作成し、そこからT細胞を再生成することに成功し、さらに安全性が高いiPS細胞由来T細胞の生成に成功しました

このiPS細胞由来のT細胞の治験が、これまでの治療で効果を得られなかった子宮頸がん患者12人を対象に開始されています

治験が成功すれば、子宮頸がんの新たな治療法になる可能性があります

大阪・関西万博で展示されているiPS細胞って?

2025年4月から大阪で開催されている大阪・関西万博において、iPS細胞から作成した「動くミニ心臓」が公開されて話題を集めています

こちらは、大阪大学・澤芳樹特任教授が属するグループが開発したもので、直径3センチほどの大きさで、心臓の形のコラーゲンの膜にiPS細胞から作成した心臓の筋肉の細胞を染み込ませて作られました。

万博開催期間中は1週間毎に新しいモデルに交換して、培養液の中で動いている姿をいつでも見られるように展示されています

iPS細胞とSDGs

iPS細胞の研究は、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)に大きな影響を与えています。特に関連の深いSDGs目標を確認してみましょう。

SDGs目標3:すべての人に健康と福祉を

iPS細胞の研究は、SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」に深く関連しています。iPS細胞の研究は以下のような重要な貢献をしており、多くの人々の健康と福祉向上につながることが期待されています

難治性疾患の治療

iPS細胞の研究を通じて、難治性疾患や遺伝子疾患などの治療法の開発が進んでいます。これにより、従来の治療法では難しい疾患に対する新たな治療法が実現し、多くの人々が健康な生活を送るための支援が可能となります

再生医療の進歩

iPS細胞は、体のさまざまな細胞や組織に分化させることができるため、再生医療の分野での活用が期待されています。例えば、心臓病や脳梗塞などの疾患に対する治療法の開発においても、iPS細胞が重要な役割を果たしています。

個別化医療の実現

iPS細胞を用いた治療法は、患者の個々の遺伝子や細胞に合わせたカスタマイズされた医療を実現する可能性があります。これにより、患者一人ひとりに最適な治療法を提供することができ、健康へのアプローチがより効果的になります。*8)

まとめ

【再生医療への期待】

iPS細胞は、体のさまざまな細胞に分化することができる特性を持ち、難治性疾患や遺伝子疾患に対する新たな治療法の開発に大きな期待が寄せられています

将来的には、個別化医療の実現や再生医療の発展に貢献し、多くの人々の健康と福祉を支えることが期待されています。

このような先端医療の情報を知り、学ぶことは、個人にとっても非常に大切です。健康に関する知識や最新の医療技術について理解することで、自らの健康管理や疾患予防に役立ちます。

新しい知識を身につけることや情報の収集は、個人の健康管理や医療選択において大きな支援となることを忘れずに、今後のiPS細胞の研究と医療の進化に注目していきましょう。

<参考・引用文献>

*1)iPS細胞とは
京都大学iPS研究所『iPS細胞研究所(CiRA) 設立二年目を迎えて ―原点に返る』(2011年1月)
京都大学iPS研究所『iPS細胞とは?』
*2)iPS細胞の歴史
再生医療ポータル『幹細胞の歴史 ~iPS細胞のできるまで~』
厚生労働省『iPS細胞による再生医療の課題』(2009年9月)
*3)iPS細胞は何に役立つ?
京都大学iPS研究所『iPS細胞とは?』
京都大学iPS細胞研究所『iPS細胞のこれまでの10年とこれから』(2023年6月)
山中 伸弥『人類の叡智を幸せにつなぐ 1.iPS細胞の可能性と課題』(2009年9月)
厚生労働省『再生医療とは』
*4)iPS細胞の作り方
京都大学iPS細胞研究所『均一で、安全なiPS細胞作りに挑む』(2010年7月)
京都大学iPS細胞研究所『CiRAについて 所長挨拶』
京都大学iPS細胞研究所『プラスミドを用いたマウスiPS細胞樹立に関するプロトコール論文 Nature Protocolsに掲載』(2010年2月)
日本ウイルス学会『第10章 プラスミドと薬剤耐性』
産業技術総合研究所『血液から作るヒトiPS細胞』(2012年5月)
*5)iPS細胞の問題点
京都大学iPS細胞研究所『治療として提供される再生医療、安全性・有効性に疑問 ―再生医療法に構造的課題か―』(2022年9月)
厚生労働省『ヒト iPS 細胞の品質及び安全性確保について』
高橋 政代『iPS 細胞の可能性と今後の課題』(2009年8月)
京都大学『iPS細胞研究を進めるための社会的課題と展望 -国際幹細胞学会でのクローズド・ワークショップの議論を基に-』(2009年12月)
内閣府『iPS細胞研究の社会的・倫理的課題への取り組み-国際的動向について(スペインでのクローズド・ワークショップでの議論を中心に)』(2010年1月)
*6)iPS細胞の実用化について
京都大学iPS細胞研究所『iPS細胞のこれまでの10年とこれから』(2023年6月)
財務省『iPS細胞 進歩と今後の展望』(2021年6月)
日本経済新聞『再生医療推進法が成立、iPS細胞の実用化促進』(2013年4月)
文部科学省『iPS細胞研究についての文部科学省の取組』(2013年9月)
文部科学省『再生医療の実現化プロジェクト』(2012年)
日本医師学会『再生医療の発展と法的規制―再生医療等安全性確保法について』(2018年8月)
厚生労働省『再生医療について』
厚生労働省『再生医療等の安全性の確保等に関する法律について』(2013年5月)

*7)iPS細胞に関するよくある質問
AERA DISITAL「池田早大教授『iPSとSTAPは、こう違う』」

NHK「iPS細胞から作った目の網膜細胞の移植 “先進医療”申請へ」
再生医療Search「iPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた子宮頸がん免疫療法」
NHK「大阪・関西万博で展示 iPS「動くミニ心臓」が完成」
*8)iPS細胞とSDGs
経済産業省『SDGs』
*9)まとめ
厚生労働省『再生医療~iPS細胞を含む先端医療技術~現状と課題』(2008年11月)

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この記事を書いた人

松本 淳和 ライター

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