株式会社勤労食 代表取締役副社長 濱崎佳寿子さん インタビュー

濱崎佳寿子
愛知県安城市生まれ。短大卒業後、社員食堂を運営する「勤労食」に入社。食堂のメニューを考える栄養士として勤め、管理栄養士の資格を取得。出産を機に退社したが2010年に復帰し、2019年に「PACOON」を開発した。2022年より副社長。3人の子のお母さん。
introduction
創業以来、三河地方を中心に社員食堂を運営してきた株式会社勤労食。より多くの方に笑顔を届けたいと、近年は社員食堂の枠を超え様々な活動を展開しています。今回、その社歴の中で初めての挑戦となった商品開発を中心に、会社の変遷や現場を支える社員への想いなどについてお話を伺いました。
始まりは祖父が始めた社員食堂
–まずは、株式会社勤労食の理念や事業内容について教えてください。
濱崎さん:
弊社は「食を通じて、関わるすべての人を幸せにします。」という理念の元、社員食堂の運営を主な事業としている会社です。このインパクトのある社名が歴史を感じさせるとおり、56年前に創業しました。当時、私の祖父が所属していた繊維会社で社員食堂の外部委託を始めることになりました。それを機に、祖父が社員食堂の会社を立ち上げたのが弊社の発端です。その後、愛知県で発展し続けた自動車産業や製造業の会社の食堂を請け負い続けています。また、2020年からは愛知県以外にも埼玉、東京の物流会社の食堂も請け負うこととなりました。民間の社員食堂の他には、「バランス食堂IKOTTO(いこっと)」という名称で一般の方も利用できる市役所の食堂運営をしていたり、高校の寮の食堂なども請け負ったりしています。近年では、より多くの方に毎日の食事の大切さを伝えたいと思い、食べられるスプーン「PACOON(ぱくーん)」の販売や食育料理教室などの事業、また「高校生レストラン」などのイベントも展開しています。


食べられるスプーン「PACOON(ぱくーん)」で願う子どもの未来
–「PACOON(ぱくーん)」とはどのような商品ですか?
濱崎さん:
名前のとおり、食事に使用したあとはパクっと食べることができるスプーンです。外出先やアウトドアでの食事の際にゴミを削減することができます。また、野菜に関心を持ってもらうために野菜パウダーを配合してつくりました。私が弊社の管理栄養士と一緒に1年かけて商品を開発し、2020年に販売開始しました。
スプーンを作ったのにはこのような背景があります。当時、私の妹が外出先で子どもに離乳食を与える際、使用済みの汚れたスプーンをかばんに入れておくことになるのが嫌なので、使い捨てプラスチックスプーンを使っていました。よく考えてみると、離乳食自体は手軽に食べられるものが色々売ってありますが、スプーンに注目した商品は少ないようでした。特に手がかかる子育て時期においては、ちょっとしたことでも楽ができればとても助かります。もし、食べられるスプーンで子どもが喜び、ゴミを減らすことができ、さらに食育の役割も果たしてくれたらすごく良いのではないかと商品化を思いつきました。
このPACOONは、環境問題と食育をテーマにしていることが特徴です。ただ環境問題というと、忙しい育児に奮闘するお母さんにとってはテーマが大きすぎるように感じることもあると思います。一方でわが子の未来が無事であることを願うのは、ごく自然なことではないでしょうか。わが子の未来を守るために親として何ができるか、それをみんなが考えていけば世の中はきっと変わると思います。PACOONはそれなりに値段もしますから、プラスチック製のスプーンにとって代わるというものではありません。でも、PACOONが子ども達の将来を考えるきっかけとなる商品になれば嬉しいです。
加えて、PACOONで食の大切さを子どもにもっと広めたいという想いがあります。弊社は働く大人の食事をサポートしてきたので良く分かるのですが、彼らの習慣を変えることは簡単ではありません。例えば、肉体労働の会社の食堂でありがちなのですが、管理栄養士が野菜たっぷりの健康的なメニューを考案しても、お腹がいっぱいになるイメージが少ないようで、なかなか選んでもらえないんです。売れ残ってしまうと採算がとれなくなりますから、弊社としても売れるメニューに変えざるを得ないというジレンマがありました。そのような経験をする中で、小さい頃から食の大切さを知っている子どもを育てることで、私たちの仕事がより役に立つのではと思うようになりました。
–PACOONを商品化するにあたって、どんなことにこだわりましたか?
濱崎さん:
PACOONの商品化において、栄養面はもちろんですが、どの野菜ならより美味しそうに見えるかこだわりました。人参やとうもろこしでも試作しましたが、色が薄い芯の部分の影響が出てしまうなど想定外のこともありました。試行錯誤の結果、おから、抹茶、ビーツ、かぼちゃ、いぐさの5種類のラインナップで販売することにしました。
もうひとつこだわった点が強度です。子どもがゆっくり食事してもスプーンとしての強度を保てるように、小麦粉、砂糖、卵、野菜パウダーの配合比や製造方法にもこだわりました。原材料も全て国産にこだわり、着色料や香料などの添加物は一切使用していません。

–御社にとって初めての商品販売ですが、苦労もあったのではないですか?
濱崎さん:
そうなんです。弊社は、これまで食堂の利用者だけに食事提供と健康管理というサービスを提供していましたが、PACOONの開発によって、一般のお客様にも商品を販売するという初めての経験をすることになりました。賞味期限をつける検査をすること、法律に従って食品表示をすること、販売促進することなど、全てが初めてでしたからとても苦労しました。ネット販売を始めたものの人も予算もかけられない中で、どうやってこの商品を知ってもらうか頭を悩ませましたね。その中で、幸いなことに様々な媒体で取材や紹介をしてもらいました。おかげで、この商品に込めた想いを理解した方が購入してくださっているようです。「うちの子はこれじゃないと食べないんです」と言ってくださる方もあり、お客様の子育てに貢献できていることを嬉しく思っています。
–PACOONを今後どのように展開していきたいとお考えですか。
濱崎さん:
とにかくPACOONをもっと広めたいと思っています。近年では輸出も始めましたが、海外の方にも喜ばれているようです。展示会やイベントなどに積極的に出ることで、海外の方も含め多くの方にもっと知ってもらい、PACOONの可能性を広げていきたいですね。
PACOONの可能性を広げるという点で、非常食としての利用も視野に入れています。非常食としては現在の賞味期限では短いということなので、缶詰めにすることにより賞味期限を3年に延長できるかどうかを、検査に出しているところです。
また、ご当地食材とのコラボレーションによるオリジナルフレーバーを増やすことにも力を入れています。最近の事例では、八王子の大学から依頼をいただき、お酒造りの過程で出てしまう米の粕をPACOONに使用しました。これを地元の大きなお祭りで配ったのですが、食品ロスを少なくするだけではなく、食べられるスプーンということで注目を集め、地元のお酒をより広くPRすることにも貢献しました。オリジナルフレーバーを作る際には強度を保つために材料の配合比に苦慮しますが、地元の特産品として商品化して欲しいというお声もいただいており、今後もご当地食材とコラボレーションした新商品開発に力を入れていきたいと思っています。

食堂のプロだからできるその他の取り組み
—その他にはどのような事業やイベントをされていますか?
濱崎さん:
主に企業の男性社員向けに食育料理教室を開催しています。忙しい仕事の中でつい市販の弁当ばかり食べて飽きてしまい、食への関心を失ってしまったような方は少なくないようです。そんな方に簡単なレシピで料理の楽しみを伝えることで、健康に配慮した弁当を自分でも作れるようになってもらえたらとても嬉しいですね。実際、実習はとても盛り上がりますよ。普段から料理をしている方が得意気な一方、全くしない方がびっくりする位の量の砂糖を入れようとすることもあり、食事作りを経験するということの大切さを改めて感じています。また、意外と男性の方は料理をしてみたいと普段から思っていながら家庭で実践できていないという実情もあるようで、料理教室がその後押しにもなれたら嬉しいです。


また、 高校生レストランというイベントも行っています。これは、地元の調理専門学校生が考えた特産品などを使ったメニューを、弊社が請け負っている安城市役所の食堂で、実際に学生自らが調理して提供するというものです。学生にとっては自分たちが作ったメニューでお金を頂く初めての経験ですから、食堂ならではの忙しさに緊張しながらもとても楽しんでいるようです。もちろん、食堂の業務は大変忙しく、本来は学生を受け入れる余裕がたくさんあるわけではありません。ところが始まる前は及び腰だった現場の社員も、実際に関わってみると学生の一生懸命さに触れ、初心を思い出すなど大変さも少し吹き飛ぶようです。このような現場の協力の元、未来ある学生達の可能性を広げるために、弊社としてできることをこれからもしていきたいと思っています。
現場の社員を大切に、これからもたくさんの笑顔を届けたい
–最後に、様々な事業に積極的に取り組む御社の副社長として、現場を支える社員とともにどのような風土を育てていきたいですか?
濱崎さん:
弊社は現場からお客様にサービスをする会社です。良いサービスを提供するためにも、現場の社員が弊社の理念に共感していることがとても大切です。私も以前は現場で管理栄養士をしていましたから、現場の大変さも、働きながら育児をすることの大変さも分かります。そんな現場の社員に、PACOONの販売など本業の食堂運営から派生した別事業を理解してもらうためにも、できるだけ近い距離を保ちたいと思っています。
そこで今回のように取材を受けた際には現場の社員にも内容を共有したり、弊社のSDGs宣言書をもとに社員向けのワークショップをしたりしています。もちろん社内の意識を一気に変えるのは難しいのですが、現場の社員から野菜の芯などを使ったメニューが提案されたり、農業体験をしてみたいという意見が出てきたりするなど、少しずつ意識も変わりつつあるのかなと嬉しく思っています。今後もこのような地道な努力を重ねて、弊社の理念に共感してくれる社員を育てていきたいと考えています。
今は人件費も食材費も上がる中で、お客様に良いサービスを提供しないといけませんから大変な状況です。それでも私たちは元気に働くお客様の日々の食を支え、お客様を笑顔にできる仕事だということを改めて社内で認識したいと思います。そして弊社の技術でたくさんの方を笑顔にするためにできることを、今後も考え続けていきたいです。
かつて毎日お世話になった食堂のおばちゃんの顔が浮かびました。食堂を支える側の人がこれほどに利用者の健康を考えてくれていることを知り、改めてありがたく思いました。食堂の利用者と現場への想いを大切にしているからこそ、新商品で新しいお客様に健康と笑顔を届けることができる株式会社勤労食様の今後の発展を期待しています。
株式会社勤労食 | 社員食堂・学生食堂の運営委託 | 企業・学校給食/PACOON(パクーン):国産野菜でできた食べられるスプーン】