#インタビュー

ノックオンザドア株式会社|人の思いをカタチに誰もが輝ける社会を作る

ノックオンザドア株式会社

ノックオンザドア 林さん インタビュー

林 泰臣

2002年、日本初のインターネット音楽配信サービスを運営する株式会社ミュージック・シーオー・ジェイピーに入社。PC・モバイルにおけるWEBサイト、コンテンツ制作、運営を経験。2004年、大手IT企業 株式会社エムティーアイ(東証一部)に入社。モバイルにおけるWEBサイト、アプリケーションサービスの立ち上げ、マーケティングに携わり、2006年事業部長就任。2011年同社執行役員就任。2015年からはヘルスケア・メディカル分野での事業を担当し、同年、遠隔医師相談サービス運営子会社「株式会社カラダメディカ」を設立。代表取締役就任。本社ヘルスケアサービス責任者も歴任し、2018年5月に独立。2018年7月ノックオンザドア株式会社(当社)を設立。

Introduction

ノックオンザドア株式会社は、てんかんの発作を記録するアプリ「nanacara」を軸に、難病患者さんとその家族の人生をより良いものに変えていくことを使命にした会社です。

その活動は代表の林さんの偶然の出会いから始まり、患者さん自身やその家族に支えられて大きな広がりを見せてきました。今後は世界にもその活動が広がっていく予定です。

今回は同社代表の林さんに、活動に込められた思いや、これまでの歩みについて伺いました。

ITの力で自分らしい人生を

–まずは御社の事業内容のご紹介をお願いいたします。

林さん:

ノックオンザドアは2018年7月に設立し、困りごとの強い方、特に「難病患者・家族が輝き、自分らしい人生を送れる社会を実現する」を理念に掲げて活動しています。

私たちは、病気そのものに対する医療的なアプローチはもちろん、たとえ難病だったとしても患者ご本人も家族も含めて生きがいを持って、より良い生活をしてもらいたいと考えています。

この理想の実現のため、難病患者本人やその家族の声や想い、アイデアを「光」にして社会にイノベーションを起こす。それをミッションと表現しています。

その第一弾として挑戦したのが、現在主な事業になっている「nanacara(ナナカラ)」というプラットフォームです。これはてんかんの発作や症状を記録・管理・共有することを主な目的としていて、スマートフォンにアプリを入れておけば片手で簡単に記録ができます。

アカウント同士を連携させておけば複数端末から確認できるので、例えば普段お母さんがアプリを管理しているご家庭でも、お父さんのスマホからでも記録したり、過去の記録を確認したりできます。家族みんなで患者を見守っていこうというアプリになっているんです。

–てんかんの患者さんは、発作を記録しておくのが大切なのですか?

林さん:

てんかんの治療でよくお医者さんに言われるのが「発作の様子を記録しておいてください」ということです。

これには、てんかんの発作を抑える働きをする「抗てんかん薬」の性質が関係しています。

ここで補足しておくと、てんかんというのは脳の電気信号に異常が起きて、手足がバタバタするなどの発作が慢性的に起きる病気です。この発作自体も生活に影響が出てしまって問題があるのですが、より深刻なのは、発作の影響で発達に障害が残る可能性があることです。

ですから、いくら根本的な治療はまだないとはいえ、まずは発作を抑制することが大切と言えます。そのときに使われるのが抗てんかん薬なんです。

ただ、抗てんかん薬は日本国内だけでも30種類以上発売されています。てんかんは一人ひとり脳のどの部分で電気信号の問題が起きて、しかもそれが脳全体にどのように広がっているかが異なります。

そこで30種類の薬から症状に合ったものを探したり、複数の薬を組み合わせて調整したりしなければならないため、患者の発作の様子を詳細に記録しておくことが治療のヒントになるんです。

とはいえ、ただ記録すればいいという訳ではありません。例えばお風呂に入ったあとですとか、運動のあとですとか、どのようなタイミングで発作が起きたのかも重要になります。

また、発作の状況をメモしつつ、できれば動画も撮っておいてくださいと言われることもあります。ただ、子どもが苦しんでいる中で、冷静にメモをしたり動画を撮るのはなかなか難しいことです。

しかも通院が3ヶ月に1回であったとして、「以前の発作はこんな感じ」「最近の発作はこんな感じ」と説明するのはほぼ不可能です。

そんな状況を改善するために「nanacara」を開発しました。

–御社設立のきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

林さん:

私はもともとIT企業で働いており、在職期間の終盤はヘルスケア関連の事業にも携わっていました。

そしてちょうどその頃、日本で「未病・予防」という領域でさまざまなサービスが生まれてきていたんです。

ただ、皆さんもご存知の通り日本には国民皆保険制度があります。病気になっても病院で比較的安く治療してもらえるので、予防にそこまで熱心になれない部分があるんですよね。

それでも事業を発展させるために企業や薬局にサービスを導入してもらうなど、一生懸命に働きかけていたんですが、利用者が喜んでくれているかというとそうでもないという場面に何回も出会いました。売る側と受け取る側のギャップが結構大きいんです。

そんな状況で「ITは一体誰のためにあるんだろう」と考えたときに、本当に困っている人のために何かできたらと思うようになりました。そこで、もともと知り合いだった共同創業者の高山さんと「本当に生活に困っている人たちのためにITを活用していきたい」という思いで立ち上げたのがこの会社です。

高山さんは元々エーザイの執行役員をしていて、世界で初めての認知症薬「アリセプト」をアメリカや日本で広めた方でもあります。彼とのつながりから自分の想いが明確になり、会社の設立につながったところが大きいと思います。

10年以上続いた発作がおさまる事例も

–「本当に困っている人をITの力で助けたい」との思いが会社を作り、その活動をさらに広げているのですね。

林さん:

現在は「nanacra」の他に、「nanacara for Doctor」「nana-medi」「nanacara薬局」も運営しています。これらは実際に「nanacra」が使用されるようになってから、それぞれのタイミングで浮き彫りになってきた課題に対応する形で生まれました。

「nanacara」の後に最初に開発したのは、「nanacara for Doctor」です。「nanacra」で発作が簡単に記録できるようになっても、記録内容を担当医に伝えるのは家族の役割でした。しかし発作の詳細を正確に伝えるのは、普段患者と一緒に過ごしている家族でも簡単なことではありません。

そこで、nanacaraで記録した発作情報をインターネット経由で医師と共有できるクラウド型サービスにしました。

現在、日本でてんかんの専門医がいる医療機関は約450あると推定しているのですが、現状ではそのうち263の医療機関が弊社サービスを導入している状態です。全体の6割程度にもなりますから、本当にありがたい限りです。

ちなみにそのてんかんの専門医がいる約450の医療機関というのも、決して全国各地に満遍なく存在するわけではありません。もちろん地方にもてんかんの患者は多くいらっしゃるんですが、専門医が都市部に偏りがちな現実があります。

そんな都市部と地方の医療格差の解消を目指すために2022年に始めた新たな取り組みが「nana-medi」でした。せっかくnanacaraに症状データが蓄積しているのだから、それを活かした遠隔地診療を行えば良いのではないかと思ったんです。

実際に、「発作がおさまった」と言ってくださる方もいて、少しずつ課題解決に向かっていると思います。

ただ、そこでまた1つ課題が浮かび上がりました。オンライン診療を受けて処方箋が家に届いても、近くの薬局に抗てんかん薬の在庫がなかったり、薬剤師さんに知識が無いことも多いんです。

そもそもてんかんの発症率は1%ほどと言われているので、薬局からすると患者の数が少ないんです。しかもてんかんの薬は高額なものもあるので、わざわざ在庫を置かないケースが多くなってしまいます。

そこで昨年2023年10月、てんかんの患者さんとご家族に寄り添える薬局として、大阪にnanacara薬局を作りました。

こちらの薬局では、抗てんかん薬の在庫をしっかりと確保していることはもちろん、専門医の先生から薬剤師にてんかんに関する知識や意識を教育してもらっています。

この薬局が今後オンラインでしっかり地方の患者さんと繋がることで、日本のどこにいても薬の指導ができたり、翌日くらいに薬を配送したりと、日本のどこに行っても適切なてんかん医療を受けられる世界を作っていこうと取り組んでます。

今後はこのnanacaraソリューションの広がりを活用して、この活動がよりサステナブルなものにする取り組みにも力を入れていくつもりです。

幸いなことに多くの患者さんやお医者さんに使ってもらえるようになり、nanacaraには膨大なデータが蓄積するようになりました。このデータを製薬会社さんの臨床実験に役立たせる形で提供していきたいと考えています。

こうすれば製薬会社はより質の高いてんかん薬を製造できるようになり、我々も資金を得て、活動が継続しやすくなります。そんな好循環ができれば良いですね。

–御社の主な事業すべてに「nanacra」という言葉が使われていますが、ここにはどのようなこだわりがあるのでしょうか?

林さん:

これはある患者さんの家族の言葉からヒントをいただいたものです。活動を続けている中では印象的な言葉に出会うことはよくあるんですが、その中でもずっと頭の中に残り続けているものなんですよ。

そのご家族は、「この子は他の人から見たら顔がこわばって表情がないように見えるけど、本当はいろいろな表情を見せてくれていることが私にはわかるんです。」「この子ならではの笑っている表現もあれば、発作だってこの子の個性。他の子も一人ひとり、みんな違う表現をしているんだと思うんです。」と話されていて、はっとさせられました。

価値観や持っている夢は、患者さんやそのご家族ごとに異なります。それらが、それぞれの色で輝くようになってくれたら良いなと思うようになりました。そこで7つのカラーが輝く虹をモチーフにしたんです。

そして実はもう一つ、我々が辛い思いをしている患者さんやご家族を笑顔にできる存在になれればなという想いもあります。やはり辛いときに泣いてしまうようなときがあるのも仕方のないことだと思うんです。

そんなときでも空に虹がかかっていたら、気持ちがほっこりして、ちょっと笑顔になれますよね。そんな人を笑顔にできる虹を円にしたのがnanacaraのロゴでもあります。

例えば内側の円が患者さん本人で周りの円がご家族であったりとか、ときには内側の円が患者さんとご家族で、周りの円がお医者さんということもあるかもしれません。

そんな人と人との関係で患者さんを支えていく社会が作れたという思いも込められています。

最大の使命は人と社会の繋がりを作る黒子に徹すること

–これまで多くの問題に向き合い解決してきた御社ですが、今後力を入れて取り組んでいきたいことはありますか?

林さん:

我々としては、これまでの取り組み、特に当事者の思いを汲み取ることを続けることが最も重要だと思っています。

つまり最初にお話しした「難病患者・家族を光に社会にイノベーションを起こす」というミッションを遂行していき「難病患者・家族が輝き、自分らしい人生を送れる社会の実現する」、これだけです。

これまでそんな思いから、実際に患者さんとその家族がいる場所に出向いて話を聞き、彼らが言葉で表現してくれる部分だけでなく、抱いている夢や感じていることにまで目を向けることを大切にしてきました。そしてその想いを形にして、社会にイノベーションを起こしていく、引き続きそんな黒子のような役割に徹していければと思っています。

この理念の部分は会社創立からほとんど変わっていません。むしろそんな一人ひとりのドアをノックするように思いを伺う活動が「ノックオンザドア」という社名の由来でもあります。

そもそも私がてんかんの患者さんにフォーカスするようになったのも、創業直前の時期に患者さんとその家族の話をじっくりお伺いする機会があったからでした。そのような活動を継続する中で共感の輪が広がり、今の弊社があるのだと思います。

今では社内に患者さん自身や家族が加わってくれることも増え、一つのチームになることでさらに多くの方が応援してくれるようにもなりました。

てんかんを含めた難病には国境はありません。ですからそうした共感の輪を世界にまで広げ、一人ひとりが自分らしい人生を実現できる社会の実現を目指し続けていきたいですね。

–今後のご活躍も楽しみです。本日は貴重なお話をありがとうございました。

関連リンク

ノックオンザドア株式会社公式サイトhttps://knockonthedoor.jp/

nanacara公式サイトhttps://nanacara.jp/