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母子手帳は日本だけ!目的となぜ海外に普及したのか・昔と今の相違点

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母子手帳は、日本にいる方には当たり前の存在と言えるでしょう。では外国ではどうでしょうか。日本のように母子の健康管理と成長を見守る思いを1冊に綴れ、親が所有し活用する母子手帳は、欧米では見られません。これは、日本発祥の制度なのです。しかも近年日本から世界に広まりつつあるのです。

本記事では、その母子手帳について基礎知識を改めて整理しました。それを基に世界に広まる母子手帳について一緒に理解を深めていきましょう。

母子手帳とは

母子健康手帳、いわゆる母子手帳とは、母子健康法第15・16条 ※ に基づき、市町村が妊婦に交付する手帳のことです。妊娠から出産、子育ての記録が1冊に記録でき、その間の情報も盛り込まれています。

日本で誕生し、世界、特にアジア・アフリカから高く評価され広まっている制度です。

母子保健法

第15条:妊娠した者は、速やかに市町村に妊娠の届出をしなければならない。第16条:市町村は、妊娠の届出をした者に対して、母子健康手帳を交付しなければならない。

出典・参考:母子保健法母子保健法の概要(こども家庭庁)

母子手帳の目的

下のグラフに見られる通り、日本の妊産婦死亡率及び乳児死亡率は20世紀に入ってもかなり高い数値を示していました。

この状況を解消すべく、妊娠期から産後、さらに新生児期から乳幼児期まで一貫して、保護者や医療関係者が記載・管理・参照することによって、妊産婦、乳幼児の時期の健康の保持及び増進を図るために交付されたのが母子手帳です。

母子保健法や母子手帳は、必要に応じて改正され、妊産婦・乳児死亡率を下げることに大きく関わってきました。

出典:母子保健(JICA)

母子手帳の基礎知識

どのような内容になっているのかは、妊産婦・保護者の方々ではなくても、興味があることでしょう。また興味関心が高くなくても、知っておくと役立つ内容もあります。まず母子手帳の基礎知識を整理していきます。

母子手帳はいつもらう?

もらうタイミングに決まりはありません。病院で妊娠が確認されてからいつでも受け取れます。いつまでに受け取らなくてなならないという決まりもありません。

妊娠の確認ができるのは、赤ちゃんの心拍数が確認できる妊娠6〜10週頃ですので、後述するメリットを早く受けるためにも、妊娠確認後できるだけ早く届け出た方がよいでしょう。

交付を受けるためには、

  • 病院の診察券や医師の証明書
  • 本人確認書類(マイナンバーカードや運転免許証、パスポート等)

を提示し、妊娠届を提出します。

本人が出向けないときは、委任状のある代理人が行うこともできます。また、近年は郵送やオンラインで手続きができる市町村も増えていますので、ホームページなどで確認するとよいでしょう。

母子手帳には何が書かれている?

母子手帳の内容は大きく分けて、国が様式を定めている全国共通の部分省令様式)と市町村の任意による部分任意様式)の2つになります。

表記の仕方は市町村ごとに工夫されていますが、概ね次のような内容になっています。

  • 妊娠中の記録:妊婦の健康状態や両親学級受講記録等)
  • 出産の状態
  • 出産後の母体の様子・ケアの記録
  • 退院時・新生児の記録
  • その後の健康状態(予防接種・検診記録など)

また、成長曲線(「何歳まで記録する?」参照)を始め、参考となる資料や、困ったときの相談窓口などの資料も記載されています。

出典・参考:母子健康手帳|こども家庭庁

誰が記録する?

母子手帳には、「記入しましょう」とある妊産婦本人・保護者・家族が書く欄と、「記入してもらいましょう」とある医師・助産師や看護師、保健師等が記入する欄があります。

次のように分けられることが多くなっていますが、フリースペースなどに自由にメモできる様式になっています。

何歳まで記録する?

現在は18歳まで記録できるようになっています。

特に予防接種の記録は、成長後も参考記録として必要になる場合もあり、成人するまで保管しておくことが奨励されています。

また、母親から受け取った自身の母子手帳が、出産や子育ての際に参考になったと言う妊婦さんもいます。命を引き継ぐ証のようなものとして大事にしている方もいます。

出典:成長曲線 (男子)(厚生労働省)

母子手帳のメリットは?

母子手帳には様々なメリットがあります。大きく4つにまとめました。

メリット➀:一貫性・継続性のある保健記録

妊娠から成長後まで1つの冊子で記載できて活用・管理できるので、親や医療機関の大切な記録となります。母子手帳を国・自治体や医療機関ではなく、親が管理することで、居住地が変わったり担当医が変わったりしても、継続的な支援を受けることができます。

メリット②:公費の補助を受けられる

各市町村では母子手帳交付の際に様々な受診券や費用補助券を一緒に渡しています。

妊婦健康診査費用補助券産婦健康診断受診券歯科受診券などです。

妊婦は、妊娠がわかってから出産までに何回か妊婦健康診査を受ける必要があります。1回の費用は数千円〜1万円程度ですので、無料または多くを補助してもらえるのは、経済的に大きなメリットです。

メリット③:多くの母子保健サービスを利用できる

例えば川崎市の場合、上記の費用補助券のほか、

  • 両親学級他子育て関連教室の案内
  • 子育てガイドブック
  • 父子手帳

などを受け取ることができます。

近年は父子手帳を交付する市町村も多くなり、母子だけでなく父子保健サービスも利用しやすくなってきました。

また、母子手帳の内容にも、心のケアを含めた支援機関情報の記載も増え、多岐にわたった情報や支援が受けやすくなっています。

参考:川崎市 : 妊娠届と母子健康手帳の交付

メリット④:行政上のメリット

行政にとってもメリットがあります。

特にデジタル化を進めたことで、地域の妊婦や子供の状況を把握し、福祉サービスの支援充実や改正につながることが期待されています。

参考:なぜ母子手帳?機能と効果 | 事業について – JICA

母子手帳をもらうのは義務?

冒頭でお話したように、妊娠した者は届け出をしなくてはなりません。届出は義務と言えます。もしこれを怠ると、上記の各メリットは得られなくなります。つまり母子手帳が無い事自体が大きなデメリットとなってしまいます。

そして届出をした者に母子手帳を交付することは、市町村の義務です。

では、母子手帳を受け取ることは妊婦の義務なのでしょうか?

母子保健法には「受け取らなくてはならない」という文言は見当たりません。しかし、16条の2には次のように書かれています。

妊産婦は、医師、歯科医師、助産婦又は保健師について、健康診査又は保健指導を受けた時は、その都度、母子健康手帳に必要な事項の記載を受けなければならない。乳児又は幼児の健康診査又は保健指導を受けた当該乳児又は幼児の保護者についても、同様とする。母子健康手帳の様式は、内閣府令で定める。

出典・引用:母子保健法

現在、妊娠の届出をして母子手帳の交付を受けている人の割合は、99%以上になっています。

母子手帳の歴史

出典:もっと知りたい!母子健康手帳(1)(NHKエディケーショナル)

妊産婦や乳幼児の健康保持を目的とする母子手帳ですが、いつ頃どのように誕生したのでしょうか。ここからは、誕生と改正の経緯を表に整理しながら、母子手帳の歴史について解説していきます。

母子手帳が発行されるまでの流れ

1942(昭和17)年母子手帳の原形ともいえる「妊産婦手帳」「乳幼児体力手帳」が発行戦時下の人口増加施策の一環だったが、定期的な医師の診察が促され、物資の優先配給が保証された。
1948(昭和23)年別々だった上記2手帳を1冊にまとめた「母子手帳」発行乳幼児期までの記録も行うようになった。
1966(昭和41)年母子健康手帳発行前年に公布された母子保健法に基づく。

原型となる「妊産婦手帳」は、国による統制の面があったものの、結果として出産から保育までの環境が大きく整備されることに繋がりました。

改正の歴史

その後、社会のニーズや状況の変化に応じて、内容や交付者が改正されてきました。

1976(昭和51)年母親記入欄・発達障害関連設問・身体発育パーセンタイル値追加


前年度の改正に基づく。
1987(昭和62)年歯科保健欄と産後の母親のメンタルケアに関する質問が追加された。学校保健への連携を考慮。
1992(平成4)年交付事務が都道府県から市町村へ
2002(平成14)年父親の育児参加促進や利用可能制度情報を増やす。同年度の改正に基づく。
引用:これまでの母子健康手帳の主な改正の経緯(厚生労働省)/表は筆者作成

最新の改正ポイント

2023(令和5)年の最新の改正におけるポイントは次の通りです。

  1. 心のケアに関するチェック項目などが増えた。

   これらは、核家族化が進み孤立しがちな妊娠・子育て当事者にありがたい情報です。

  1. 多様な形式と支援情報

障がいのあるお子さん向けや、日本で出産や子育てをする外国の方のための各国語で書かれたものなど、様々な育ちに合わせた形で発行されるようになりました。

   

  1. 父親や家族の記入欄が増えた。

   女性の社会進出や父親の育児参加を助け、促進するものです。

  1. 18歳まで記録できるようになった。

グローバル化が進み、留学などで海外に行く若者の健康管理の一助となるはずです。

  1. デジタル化が推奨されている。

スマートフォン・アプリと利用することで、情報の利用したり成長記録を記載したりなども簡単にできるようになっています。

平成4年度には半数以上の自治体で導入されています。

参考:母子保健DXについて(こども家庭庁)

なぜ母子手帳は世界に広まった?

日本で生まれた母子手帳ですが、2021年現在、世界約50か国に広がっています。特にアジアやアフリカの国々で多く使われてます。この章では、なぜこのように世界に広まったのか、その理由や背景などをまとめていきます。

母子手帳が世界に広まった背景

今は99%以上の妊産婦が母子手帳を手にしている日本も、母子保健法・母子手帳制度が誕生する以前は、乳児死亡率・妊産婦死亡率が大変心配される状況でした。しかし、現在も尚アフリカやアジアでは、両死亡率がとても高いのです。

その理由としては、貧困や紛争で母子保健体制が整っていないことが挙げられます。国連や先進国の医療関係者が派遣されても、母子手帳のような制度がないところがほとんどで、治療の方針が立てられなかったり、継続的手当がしにくかったりするという医療関係者の報告があがっています。

救える命が救えない状況は、誰もが看過できない問題です。

きっかけはインドネシア

きっかけは、JICAJapan International Cooperration Agency:独立行政法人国際協力機構)の研修企画で来日した、インドネシア人の医師が母子手帳の有効性に目を向けたことです。その後母子保健専門家として中村安秀氏が現地に赴き、日本政府の支援もあって、1997年にインドネシア版母子手帳が作成され普及が進められてきました。

 日本 WHO 協会理事長・大阪大学名誉教授 中村 安秀 先生

インドネシアでは、母子手帳活用後妊産婦死亡率は大幅に改善されています。記録が医療関係者に役立つだけでなく、母子健康手帳を通じて母親の知識が高まったことも大きいという評価をされています。

中村氏は講演や著作の中で、「母子手帳のありがたさを実感した」と述べており「日本の発明品」とも記しています。

母子手帳の世界への広まり

インドネシアで母子手帳の有効性が証明されてからは、開発途上国を中心に多くの国に広まっています。

母子手帳自体が貧困を無くしたり死亡率を下げたりするわけではありません。しかし、母子手帳によって母親の知識が増え、栄養日常的なケア予防接種などを行えば、有効な予防行動になり、死亡率減少に深く繋がります。

中村氏達は、

  • 地域の言語で
  • 字が読めなくてもても見てわかる
  • 元からあった記録システムがあればそれを生かす

などに留意しながら、パレスチナなどの紛争地域でも親が手元で管理・活用できる母子手帳を広めています。

現在では、国連も「 Home-Based Records:母子家庭用兼記録」の普及を進めています。

参考:世界に広がる中で育まれた母子手帳 ―世界の母子保健への貢献と,新たな課題への取り組み― | 一般社団法人平和政策研究所

海外の母子手帳を見てみよう

日本発祥の母子手帳が各国仕様にカスタマイズされ広まっています。アジアの国以外の母子手帳も見てみましょう。

アフリカ:ガーナ・ケニアの母子手帳

国名ガーナケニア
内容の一部


特徴理解しやすく取り組みやすいように、イラストを多く使っています。ケアの部分には父親の姿も描かれています。父親の姿が多くなっています。医療機関を簡単に利用する環境にない場合は、家族の協力は大切です。
出典SCENE1 保健医療 「生きる力」を与える母子手帳 | JICAいま世界の母子手帳が熱い!(認定NPO法人HANDS)

欧米:アメリカとドイツの母子手帳

国名アメリカ:ユタ州の先住民用ドイツ
内容の一部
特徴神以外の崇拝を良しとしないモルモン教徒が半数以上のユタ州では、誤解を招かないよう表紙には人物の写真が使われていません。イギリスを始め、ヨーロッパの多くの国には母子手帳はありません。ドイツでは母親用と子供用の手帳が別熱にあり、健診などの記録を記録するだけに留まります。婦人科からもらいます。
出典民族や文化に配慮する母子手帳ドイツの母子手帳 受取り場所や書いてある内容 | Good Time Germany

参考:各国の事例 | 事業について – JICA

妊産婦と子ども達の健康保持という大きな目的は共有しつつも、各国、地域の事情によって様々な工夫がされていることが分かります。

1つの国でも多言語の対応が必要だったり、デジタル化が進んでいたり、発症元の日本よりグローバルで多様な工夫がみられるものもあります。今後の改正の参考にすることで日本の母子手帳も更なる進化を遂げられるかもしれません。

母子手帳とSDGs

母子手帳は、母親に宿った小さな命を母体とともに育むものです。これは、SDGsの理念である「誰一人取り残されない」に直結するものです。

SDGsには17の目標、169のターゲットがありますが、母子手帳と特に関連が深いのは

  • SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」
  • SDGs目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」

です。

SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」との関わり

アジアやアフリカの国々で母子手帳が広まったのは、必要とされる背景があったからですが、母子手帳が開発途上国でも広めやすかったからという理由もあります。

病気になってしまった妊産婦や子どもを救うには、やはり病院・薬・医師などが必要です。

病院を建てることに比べれば、母子手帳を全ての妊産婦に配ることは容易にできます。

貧しい国でも広めることができる可能性は大きいのです。

母子手帳を手にした親が知識を得、病気になる前に気を付けられることがあるという意識をもつことだけでも予防に繋がります。母子手帳の存在は、この目標の達成に大きく貢献してるのです。

SDGs目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」との関わり

インドネシアでも成功がきっかけとなり、母子手帳は世界に広まってきています。

JICAだけでなく、WHO(World Health Organization:世界保健機構)も関わり、母子手帳を必要とする地域に広めることは、貿易や資金提供とは違いますが、深いパートナーシップです。各国や地域の母子手帳の工夫は、発症国日本にも巡ってきて新たな改善の視点を与えてくれます。

また、貧しくて学校に通えなかった母親に、父親が母子手帳の内容を読んであげたり、その過程で父親の意識も高まったりすることは、小さな、でも確実な家族間のパートナーシップと言えるのではないでしょうか。

>>各目標に関する詳しい記事はこちらから

まとめ

今回は、母子手帳についてまず基礎的な知識を整理し、歴史や海外の母子保健事情などを解説しました。日本発祥の母子手帳制度が世界に広まっている事情から、SDGsの目標達成に大きく貢献していることもご理解頂けたことと思います。

中東の国で第一子を妊娠した筆者は、分娩のために帰国して、日本はなんて母子保健の手厚い国なんだろうと感じ入った記憶があります。市の母親学級に参加して友達を増やしたり、赤ちゃんの成長に関わるたくさんの情報も得ることができ、安心して出産に望むことができました。いただいた母子手帳は、その後子どもと海外に行く時には必ず携行しました。

父子手帳の発行やデジタル化など、母子手帳そのものも進化しています。この記事を読んでくださったのを機会に、活用なさったことのない方は是非母子手帳を目に止めていただき、活用なさったことのある方も世界の母子保健に思いを馳せていただければ幸いです。

<参考資料・文献>
母子保健法
母子保健法の概要(こども家庭庁)
わが国の妊産婦死亡率(出産10万対)の年次推移
母子保健(JICA)
母子健康手帳|こども家庭庁
母子健康手帳省令様式
成長曲線 (男子)(厚生労働省
川崎市男女共同参画センター
父子手帳:西宮市ホームページ
川崎市 : 妊娠届と母子健康手帳の交付
なぜ母子手帳?機能と効果 | 事業について – JICA
もっと知りたい!母子健康手帳(1)(NHKエディケーショナル)
これまでの母子健康手帳の主な改正の経緯(厚生労働省)
母子保健DXについて(こども家庭庁)
「母子手帳アプリ 母子モ ~電子母子手帳~」をApp Storeで
日本の母子手帳が世界の親子を守る・中村 安秀 大阪大学大学院人間科学研究科国際協力学講座 教授 : 野口英世アフリカ賞 – 内閣府
開発途上国・地域における 医療事情・特徴
基調講演 「歴史に学び未来世代に贈る母子健康手帳」 日本 WHO 協会理事長・大阪大学名誉教授 中村 安秀 先生
世界の母子手帳 | 事業について – JICA
世界に広がる中で育まれた母子手帳 ―世界の母子保健への貢献と新たな課題への取り組み― | 一般社団法人平和政策研究所
母子手帳 | 特定非営利活動法人 HANDS
SCENE1 保健医療 「生きる力」を与える母子手帳 | JICA
いま世界の母子手帳が熱い!(認定NPO法人HANDS)
民族や文化に配慮する母子手帳
ドイツの母子手帳 受取り場所や書いてある内容 | Good Time Germany
各国の事例(アフガニスタン、アンゴラ、インドネシア、ガーナ、パレスチナ、フィリピン、ブルンジ、ベトナム) | 事業について – JICA
なぜ戦後すぐに母子手帳が日本で最初に作成されたのか?:中村安秀(第119回日本医史学会総会一般演題)
SDGs:蟹江憲史(中公新書)