近年、LGBTQについての話題が尽きない中、「ノンバイナリー」という言葉を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。
言葉のイメージから、何となく「性別の垣根がない人」という理解を持っている人も少なくないと思います。間違いではないのですが、曖昧な認識では当事者を傷つけてしまったり、誤解を生んでしまったりするかもしれません。
この記事では、ノンバイナリーの定義に始まり、言葉の意味や疑問について深堀りしていきます。ほかの性的マイノリティを示す言葉との比較などを通して、一緒に学んでいきましょう。
ノンバイナリーとは
ノンバイナリー(non-binary)とは、自らを「男女というジェンダー観には当てはまらない」と認識している人のことです。
英語の「binary(バイナリー)」とは、2つの極端な値や言葉のことをいいます。ノンバイナリーにおける「バイナリー」は、「男」か「女」かという2つの概念を示しています。
つまりノンバイナリーは、自身の性について「男でも女でもない」、あるいは「男とも女とも捉えられる」と考えているということです。
ノンバイナリーの色々な種類
さらにノンバイナリーは、さまざまな考え方から多様な種類が存在します。
- Aジェンダー(Agender):自らを特定するジェンダーがない
- ニュートロワ(neutrois):ニュートラル(中性)な性
- マーベリック(maverique):男性・女性・ニュートロワから完全に独立した性
- バイジェンダー(bigender):2つの性別を自認する
- デミジェンダー(demigender):特性の性別を部分的に自認する
これ以外にもまだまだ多くの種類があり、一概に「ノンバイナリー」といっても皆が同じような性を認識しているわけではない、という点がポイントです。
また、ノンバイナリーを自称する人々の中には、まだ自身の性がはっきりと定まっていない、もしくは定めていないクエスチョニング(Questioning)も含まれます。
ノンバイナリーと似た言葉の中には、同じく性的マイノリティとして知られるものが複数あります。
次では、それぞれの言葉の定義の確認と、ノンバイナリーとの違いについて見ていきましょう。
トランスジェンダーとの違い
トランスジェンダー(Transgender)とは、身体の性とこころの性が一致しない人を指します。
日本語では性同一性障害という言葉もまだ見られますが、世界保健機関(WHO)ではすでにトランスジェンダーは精神疾患リストから外されているため、厳密には病気と異なります。
トランスジェンダーは、あくまでも自身が「身体とこころの性の不一致」を認識している状態を指す言葉です。
対するノンバイナリーは、男女という性別に囚われないセクシュアリティです。ただしノンバイナリーの中には、身体の性と性自認が一致していないために、トランスジェンダーのコミュニティに身を置くことが安全だと考える人もいます。
Xジェンダーとの違い
Xジェンダーとは、性自認において「男でも女でもない」と考えている人や、まだ性自認が揺れている人を指す、日本生まれの言葉です。
Xジェンダーとノンバイナリーは一見するとよく似た言葉で、研究や調査でも「Xジェンダー/ノンバイナリー」と表記されることがよくあります。
その上で違いを見出すならば、Xジェンダーはあくまでも性自認に関して「男女どちらでもない」「まだ分からない」と自認するセクシャリティをいう点です。
対するノンバイナリーは、性自認と性表現の2つにおいて「男女どちらでもない」もしくは「男女どちらでもある」と自認する人々のことを指します。
つまり、Xジェンダーは「自分の性別を自分がどう感じているか」という性自認についてフォーカスをした言葉であり、「どの性別に恋愛感情・性的惹かれを持つのか」や「自分がどんな服装・髪型・振舞いをするのか」といった部分に関しては人によって大きく異なります。
アセクシャルとの違い
アセクシャル(Asexual)とは、性別を問わず相手に性的惹かれを持たない人をいいます。日本語では「無性愛(者)」と呼びます。
性的惹かれとは別に、相手に恋愛感情を抱かない人を指すには、アロマンティック(Aromantic)という別の言葉がありますが、アセクシャルに恋愛感情・性的惹かれの両方を含む場合もあります。
ノンバイナリーは、あくまでも「自分の性をどう認識するか」にフォーカスした言葉であり、対するアセクシャルは「誰に恋愛感情・性的惹かれを持つ/持たないか」について言及しています。
バイセクシャルとの違い
バイセクシャル(Bisexual)とは、男女どちらにも恋愛感情・性的惹かれを抱くセクシュアリティを持つ人のことです。日本語では「両性愛(者)」とも呼ばれます。
こちらも主にセクシュアリティを表す言葉のため、ノンバイナリーとは概念が異なります。
バイセクシャルは自身の性自認については言及しておらず、あくまでも「誰を好きになるか・性的な魅力を持つか」という点にフォーカスしています。
ノンバイナリーが抱える生きにくさ
ここからは、ノンバイナリーの人々が抱える生きにくさにスポットを当てて見ていきましょう。
職場や学校での苦悩
男女という枠組みを前提とした社会制度は、ノンバイナリーの人々を大きく悩ませてしまいます。
例えば、学校や職場での服装・髪型の規定です。「男性は短髪にしなければならない」「女性はスカートを履かなければならない」など、身体的な特徴や社会のジェンダーによって決められたルールを強要されることに苦しむケースがあります。場合によっては通学や特定の職種への就職を諦めなければならないこともあるようです。
また、公共施設でのトイレや更衣室の利用についても、自認する性が男女どちらにも当てはまらないため、入室をためらうこともあります。
その結果、外出先が制限されてしまい、社会との交流が隔たれてしまうことも考えられます。
ほかにも、日本では戸籍やパスポートなどの書類において、「男」「女」どちらかの性を選ばなければならない場合がほとんどです。ノンバイナリーとして、社会のジェンダー観や男女ありきの制度によって、さまざまなモヤモヤを抱えて生活しています。
人間関係での苦悩
ノンバイナリーを自認する人にとって、対人関係は時に大きな悩みの種になります。
男か女か、といった概念では説明しきれないために、友人や家族など信頼できる相手にも打ち明けにくいことが多く、常に「理解してもらえないのではないか」「拒絶されたらどうしよう」といった不安に襲われてしまいます。
仮にカミングアウトをしても、相手の理解が足りないために関係がぎこちなくなってしまったり、時に絶交されてしまったりと、性自認が理由で対人関係が破綻してしまうことがあり得ます。
日常生活での苦悩
日常生活の中には、普段わたしたちが何気なく使っている言葉や言い回しに対し、ノンバイナリーの人々にとって苦悩に繋がる場面が多くあります。
例えば、ノンバイナリーの人々の中には、「自らをどう呼ぶか?」「相手に何と呼んでもらうか」について悩みを抱えています。
近年、英語圏ではノンバイナリーの人を呼ぶときに、he(彼)でもshe(彼女)でもない、三人称theyを使用するケースが増えていますが、主語は基本的にIなので大きな問題にはなりません。
しかし日本の場合、多様な一人称があるからこそ、自らを何と呼ぶべきか悩んでしまいます。
ほかにも、男女という概念に囚われないセクシュアリティを持つゆえに、「女=かわいい、キレイ」「男=かっこいい」といった、ジェンダー観に基づくイメージによっても、相手から何気なく言われた言葉に傷ついたり落ち込んだりしてしまったりすることがあります。
ノンバイナリーに関してよくある疑問
ここでは、ノンバイナリに―に関してよくある疑問にお答えします。
診断方法はある?
自らの性について「分からない」「定まらない」「どう表現したらよいか分からない」と思った際、診断する方法を模索してしまいがちです。
しかしノンバイナリーについて的確に第三者が診断する方法は、今のところありません。
あくまでも自分が自身の性についてどう感じるか?が最も大事なポイントです。
近年は、インターネットをはじめ、さまざまな書籍や研究があり、ジェンダー・アイデンティティに関する情報を収集できます。
そうした情報から知識を判断材料のひとつに利用しながら、自分で自分の性を認識することが大切です。
特徴はある?
ノンバイナリーの中にも多様な考え方があるため、一概に共通の特徴をあげることはできません。
また性への認識だけでなく、自分を表現する服装や髪形・振舞いに関しても人それぞれです。
恋愛対象は?
ノンバイナリーはあくまでも自らの性に関する認識であって、恋愛感情や性的惹かれを持つ相手は人によって異なります。
自分がノンバイナリーでも男性・女性が好きという人や、相手のジェンダー・アイデンティティにはこだわらないという人などさまざまです。
ノンバイナリーを公表した日本人は?
日本でノンバイナリーを公表している有名人には、宇多田ヒカルさんが挙げられます。
2021年6月、宇多田さんは自身のインスタグラムで「自分は男でも女でもない」と発言し、ノンバイナリーであることを公表しました。
現在、イギリス・ロンドンで生活する宇多田さんは、以前からSNSで「日常生活でMiss/Mrs/Msを選ばなければならないのはうんざり」「結婚歴や性別で自身を認識されるのは不快」と書いており、社会のジェンダー観に疑問を呈していました。
さらに2022年、英語でのインタビュー内でも「数年前、ノンバイナリーという言葉に出会って、『まさにわたしのことだ』と思った」と語っています。
他にも、ノンバイナリーではないかという憶測によって出てきた有名人の名前も何人か見られましたが、本人が公表しているわけではない限り、詮索する必要はないのではないでしょうか。
どんなセクシュアリティかどうかに関わらず、その人の活動を純粋に応援してあげたいものですね。
ノンバイナリーとSDGs
最後に、ノンバイナリーとSDGsの関連について見ておきましょう。
ノンバイナリーは従来のジェンダー観に囚われない存在であるために、日々さまざまな苦悩に直面しています。
中には性転換を望む人もいますが、周囲の理解や医療費といった要因によって、治療や手術になかなか踏み込めないこともあります。
アメリカのある調査によると、ノンバイナリーを含むトランスジェンダーの人々のうち、32%が「治療中に不公正な扱いを受けた」と感じており、治療自体へのハードルの高さを感じている人が少なくありません。
SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」では、性別や人種によって医療・福祉サービスへのアクセスが遮断されない社会づくりを掲げていますが、ノンバイナリーの人々にも等しく適切なアクセスが求められます。
まとめ
この記事では、ノンバイナリーについての基本的な解説から、その他の性的マイノリティを示す言葉との比較、当事者の生きづらさ、ノンバイナリ―にまつわる疑問まで幅広く解説しました。
あまり馴染みがないかもしれませんが、あなたの身近なところにも必ずいます。多様性を理解し受け入れることで、社会はもっと開けたものになるはずです。
ぜひこの記事を通して知識を取り入れ、周りや社会への意識をアップデートしていきましょう。
<参考リスト>
What it means to be non-binary – LGBT Foundation
ノンバイナリー研究会|【記事】ノンバイナリー差別を廃絶するために
Xジェンダーとは? 【男女の枠に属さないってどういうこと?】 | LGBT就活・転職活動サイト「JobRainbow」
質的心理学研究 第18号/2019/No.18/144–160 X ジェンダーを生きる─男女のいずれかというわけではない性自認をもつ人々の語りから|山田苑幹 名古屋市中央療育センター
LGBTQ+をめぐる人々の意識は?~最新調査レポート | ウェブ電通報
Hikaru Utada: ‘BAD MODE,’ Forging Their Musical Path and Finding Non-Binary Pronouns | Apple Music
Discussions on diversity:Gender identity|Parexel International Corporation