1994年2月、ノルウェーのリレハンメルにて冬季オリンピックが開催されました。開催の模様はNHKの衛星放送を通じて伝えられましたが、数十分の間中断されるという出来事がありました。この原因は、太陽フレアという太陽活動によるものです。こうした被害は宇宙天気災害ともいわれ、近年世界が危機感を持っている問題です。
この記事では、宇宙天気災害とは何か、太陽フレアとは、及ぼす影響、対策、よくある疑問、SDGsとの関係を解説します。
目次
宇宙天気災害とは
宇宙天気災害とは、太陽の活動により宇宙環境が変化し、電波の妨害、宇宙飛行士の被ばく、衛星の障害などの被害をもたらすことを言います。宇宙天気災害のほかに、宇宙天気現象と呼ばれることもあります。
太陽の活動にはさまざまな種類がありますが、中でも宇宙天気災害に関係の深い現象の1つが太陽フレアです。近年、太陽フレアによる被害が繰り返し起きています。
■太陽フレアによる災害などの例
1989年 | カナダのケベック州で大規模停電が発生。約600万人に影響した |
1991年 | 放送衛星「ゆり3号a」の太陽電池が劣化。一部の衛星テレビチャンネルが放送休止に |
2000年 | 観測衛星「あすか」が制御不能に。落下して運用を終えた |
2003年 | スウェーデンで停電。約5万人に影響した |
2017年 | 日本国内でカーナビ、スマートフォンなどの一般のGPS測位方式において誤差が発生カリブ海のハリケーンの緊急災害対応を行っていた関係者の短波通信が混乱 |
2022年 | 衛星インターネットサービス「スターリンク」の衛星約40基が打ち上げ直後に機能停止 |
今後こうした宇宙天気災害の被害を受けると、社会全体が大きく混乱するといわれています。ちなみに、宇宙天気災害による日本の経済的損失は、420億~540億ドル(約5.7兆~7.3兆円)に上ると推計されています。[1]
そもそも宇宙天気とは
宇宙天気とはそもそも、太陽の活動によって起こる一連の自然現象のことです。太陽は、光や熱だけでなく生命に有害なX線・紫外線などの電磁波のほか、高温の電離気体を放出しています。さらに、太陽面が爆発する太陽フレアや、これに伴い放出するコロナ質量放出(CME)、電気を帯びた高密度の太陽風が発生することがあります。
これに対して、地球は大気や磁場といった防御壁を持っています。しかし、太陽フレアなどが発生すると、地球も影響を受ける場合があるのです。宇宙天気はこうした自然現象を言い、また、この現況を把握・予測することを宇宙天気予報と呼んでいます。
宇宙天気は、目に見えたり体感できたりしません。そこで現在日本では、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が、毎日の宇宙天気と宇宙天気予報を公開しています。太陽活動の現況や予報を太陽領域、磁気圏領域、電離圏領域などに分けて、「静穏」「活発」などにレベル分けして注意を喚起しています。
宇宙天気予報へはこちらから(国立研究開発法人情報通信研究機構「宇宙天気予報」のサイトへ)
太陽フレアとは
太陽フレアについて、もう少し踏み込んで見ていきましょう。
宇宙天気災害に関連の深い太陽フレアとは、太陽面にある黒点の周辺で明るく光る爆発現象のことです。太陽フレアが発生すると、太陽大気のガスであるプラズマや、人体に有害な高エネルギーの粒子、大量の放射線などが発生します。爆発の規模は水爆の10万〜1億個分に相当するといわれていますが、その発生のメカニズムは分かっていません。
太陽は約11年周期で活動しており、これに伴い黒点数も増減しています。黒点数が多いと、太陽フレアが起きやすいことが分かっています。[2]
宇宙天気災害の影響
冒頭で述べた通り、宇宙天気災害には、電波の妨害、宇宙飛行士の被ばく、衛星の障害があります。こうした宇宙天気災害の具体的に示したのが次の図です。
これらの内容をまとめて解説していきましょう。
※ちなみにオーロラは、宇宙の天気が荒れているときに活発になります。日本でも赤いオーロラが見られる場合があります。
電波の妨害
1つ目は、電波が妨害されることです。太陽フレアの発生により紫外線やX線の電磁波が地球に届きます。そうすると、電磁波は電波を妨げ、通信などに影響を及ぼすことがあります。具体的には、次のような通信に障害が起きます。
船舶・航空機無線、短波通信、短波放送、防災無線、FM放送の障害
船舶・航空機無線に障害が起きれば運休や遅延などにより物流が滞るほか、防災無線が使えなければ危険を知ることができません。
宇宙飛行士の被ばく
2つ目は、宇宙飛行士が被ばくする可能性があることです。太陽フレアにより高エネルギー粒子が放出されると、宇宙飛行士の被ばくに加えて、人工衛星の誤作動を招く場合があります。大気圏内では、航空機の乗員の被ばく量が増える危険性もあります。
宇宙飛行士の被ばく、航空機の乗員の被ばく
太陽フレアにより宇宙飛行士の被ばく量は通常の数十倍になるほか、船外活動が中止されることも考えられます。
衛星・送電線の運用
3つ目は、衛星・送電線の運用に支障をきたすことです。高エネルギー粒子などの影響や磁気圏・電離圏の電流変動などにより、衛星に搭載されたコンピューターやメモリーに誤作動が生じたり、発電所の変圧器が過熱したりする場合があります。
通信・放送・観測衛星の障害、測位システム(GPS)の誤差、送電施設に障害
この影響により、スマートフォンの地図アプリやカーナビの精度の低下や、天気予報のサービスが配信されない、停電が発生するなどが起きると想定されます。
上記の3つの影響は、社会のシステムを大きく揺るがすとして、近年世界的に危機感を持っている問題です。なお、太陽フレアが発生しても、地上にいる人への影響はほぼないといわれています。
宇宙天気災害に向けた対策
宇宙天気災害の影響を踏まえて、どのような対策が必要なのでしょうか。具体的な対応や国・国際的な取り組み、私たちができることを見ていきましょう。
計画的な運休・休止・停電の実施
宇宙天気災害は、太陽フレアの現象の種類により、地球に影響が現れる時間が異なります。X線や紫外線が発生した場合は、約8分後に通信障害が起きます。
高エネルギー粒子が放出された場合は、30分〜2日後に衛星への影響や宇宙飛行士の被ばくなどが起きます。
コロナ質量放出(CME)の場合は、2〜3日後に通信・放送・観測衛星の障害、測位システム(GPS)の誤差が生じます。
影響を受けるデータが観測された際に、こうした到来の時差を利用すれば事前に対策することが可能です。宇宙天気のデータを集めて情報発信を行い、通信や放送、運航を休止する、停電を実施する、宇宙飛行士が核シェルターに避難するなどの対応を行います。事前に行動することで、被害を最小限にとどめるのが狙いです。
国や国際的な組織の取り組み
宇宙天気災害による影響の大きさから、個人や民間だけではなく、政府や国際的な取り組みも必要です。アメリカ、日本、国際連合のそれぞれの取り組みを紹介します。
アメリカ
アメリカでは、早くから宇宙天気現象に対する国家的な取り組みが行われています。1994年から2015年にかけては、「国家宇宙天気プログラム(NSWP)」が設けられたほか、2015年には大統領行政府により「国家宇宙天気戦略(NSWS)」と「国家宇宙天気行動計画(NSWAP)」が策定されました。
さらに2020年には、法律として「明日の予測の改善のための宇宙天気研究及び観測促進法(PROSWIFT Act)」が成立しています。国という大きな枠組みでの取り組みが進められている状況です。
日本
日本では、1949年に電波庁により「電波警報」が始まったのが、現在のNICTの起源です。平成11年には、国立研究開発法人情報通信研究機構法が制定され、「電波の伝わり方について、観測を行い、予報及び異常に関する警報を送信し、並びにその他の通報をすること」(第14条第1項第4号)をNICTの業務の範囲に定めています。
大規模な太陽フレアが発生した2017年からは、宇宙天気の観測体制が強化されたほか、2015~2020年には、科学研究費補助金8億5,913万円を利用して「太陽地球圏環境予測(PSTEP)」が実施されました。
また、宇宙天気の専門家を確保するために、「宇宙天気予報士」という民間資格制度の創設も検討されています。
国際連合
国連防災機関(UNDRR)は、2020年の報告書の中で、太陽活動に起因する現象を対処すべき災害の1つと位置付けています。また、国際電気通信連合(ITU)や世界気象機関(WMO)、宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)などの組織も、宇宙天気に関する取り組みを進めている状況です。
国際民間航空条約(通称:シカゴ条約)では、飛行前の航空機の乗務員に宇宙天気に関する情報を提供することが定められています。この条約を策定しているのは、国際民間航空機関(ICAO)です。
私たちにできること
宇宙天気災害による被害は、通信や電力などに支えられている私たちの生活に直結しています。太陽フレアに対して、私たちは何ができるのでしょうか。主な対策は、地震などの自然災害による防災対策と重なる部分もあります。
■私たちにできること
- 社会システムが正常に機能していない場合に備えて、宇宙天気災害が起きる可能性の高い日は外に出ない
- 停電や物流の混乱に備えて、非常食、水、蓄電器などを用意しておく
- スマートフォンが使えなくなることを想定して、その他の連絡手段を作っておくなど
今は個人が宇宙天気災害を予測するのは難しいかもしれません。そこでNICTは、早くても2024年頃から社会的影響の大きさを考慮した情報発信を行う計画です。今後、自ら行動できるような分かりやすい情報が発信されることが期待されます。
宇宙天気災害に関してよくある疑問
ここでは、宇宙天気災害に関してよくある疑問をまとめました。いずれも宇宙天気災害を調べていると目にすることの多いテーマかもしれません。
2024年が危険?
太陽活動が活発になる目安の1つである黒点は、数が多くなると太陽フレアが起こる可能性が高いと予想されます。2019年、アメリカ海洋大気庁(NOAA)の宇宙天気予報センター(SWPC)は、黒点数がピークになるのは、2025年と発表しました。しかし2023年10月には、2024年1月から10月の間という報告書を出しています。
つまり2024年は黒点数が増え、太陽活動が活発になると予想されるため、太陽フレアに伴う宇宙天気災害が起きやすいといわれています。
太陽フレアと地震は関係がある?
太陽活動が活発になると地震が起きるという研究があります。また、太陽フレアなどの観測データを集めて解析し、地震を予測するサービスも存在します。[3]
ただし、太陽フレアと地震は一般的に十分に関係づけられていません。そのため今のところ、一部の研究にとどまっているのが現状です。
宇宙天気災害とSDGs
最後に、宇宙天気災害とSDGsとの関係を確認します。宇宙天気災害は、目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」と目標11「住み続けられるまちづくりを」に関わりがあります。
目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」
目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」は、質の高い信頼性のあるレジリエントなインフラを開発することが掲げられています。
宇宙天気災害は、インフラに大きな影響を及ぼす災害です。持続可能なインフラを整えるためには、宇宙天気災害に向けた対策を行う必要があるでしょう。宇宙天気の観測から災害の予測、対策の実施などを通じてインフラへの影響を減らすことは、目標9の達成につながります。
目標11「住み続けられるまちづくりを」
目標11「住み続けられるまちづくりを」は、居住地をレジリエントにすることや、交通の安全性を改善することなどが定められています。
私たちの生活に欠かせない通信サービスや物流、電気などは、宇宙天気により影響を受ける場合もあります。住まいや交通もまた、宇宙天気災害により安全性の確保が難しくなることも事実です。宇宙天気災害を想定したまち・住まいづくりは、目標11に貢献します。
まとめ
宇宙天気災害とは、太陽の活動により宇宙環境が変化し、電波の妨害、宇宙飛行士の被ばく、衛星の障害などの被害をもたらすことを言います。太陽面に起きる爆発現象の太陽フレアにより、プラズマや高エネルギーの粒子、大量の放射線などが発生することが原因であるといわれています。
宇宙天気災害に向けた対策として、計画的に通信や放送、運航を休止する、停電を実施するなどの対応を行うことが挙げられます、他にも、国や国際的な組織といった大きな枠組みでの取り組みや、私たちにも自然災害と同様の備えが必要です。
また、宇宙天気災害に向けた対策をすることは、SDGsの目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」、目標11「住み続けられるまちづくりを」の実現にも関係があります。スマートフォンをはじめとした通信や電力などは、私たちの日常に欠かせないものとなっています。宇宙天気災害に対する備えが、私たちのほか日本、世界にとって必要です。
<参考>
スマホが使えなくなる!? 2024年に起こりうる「宇宙天気災害」とは #災害に備える | Yahoo! JAPAN SDGs – 豊かな未来のきっかけを届ける
国立国会図書館 調査と情報―ISSUE BRIEF― 第1215号 No. 1215(2023. 2. 7) 宇宙天気現象とその災害対策の現状
NICT-情報通信研究機構
宇宙天気予報
————————————–
[1] 国立国会図書館 調査と情報―ISSUE BRIEF― 第1215号 No. 1215(2023. 2. 7) 宇宙天気現象とその災害対策の現状
[2] ユーザーガイド | 太陽・太陽風 | 宇宙天気予報-国立研究開発法人情報通信研究機構
[3] 巨大地震をピンポイントで予測して、あなたのスマホにお届けします! | 株式会社地震科学探査機構のプレスリリース、地震予測アプリ「MEGA地震予測」 – JESEA|地震の前兆を捉える