#インタビュー

TOKYO-T’s株式会社|百聞は一食にしかず。ヴィーガンフードのおいしい驚きをすべての人へ

TOKYO-T's株式会社

TOKYO-T’s株式会社 下川 万貴子さん インタビュー

下川 万貴子

1989年3月10日、東京都品川区生まれ。慶應義塾大学大学院メディアデザイン学科修了。武蔵野美術大学在学中、2009年「T’sレストラン」設立チームに参画。翌年ノンヴィーガンに向けた「SMILE VEG PROJECT」設立。企業や官庁の取組支援、店舗プロデュース、レシピ提供、国内外のイベント出店(G20レセプション等)、出張授業・講演、学生支援、代替肉普及に向けたデザインアプローチの研究など。

introduction:

健康だけでなく環境問題にも影響を与えるという点で、SDGsにも深く関わってくるヴィーガンフード。日本での関心も高まりつつありますが、まだまだ「物足りない」「調理が面倒」など、その魅力は十分に伝わりきっていません。

そんな現状を打開し、より多くの人が日常的な食事としてヴィーガンフードを選択できるよう、様々な取り組みや発信を続けているのが、動物性食材を一切使用しないレストラン「T’sレストラン」を運営するTOKYO-T’s株式会社です。

今回は取締役の下川万貴子さんに、ヴィーガンフードの魅力や可能性、食を通じた意識改革についてお話を伺いました。

ヴィーガンレストラン出店の原点は、家族で囲んだ食卓での驚き

–まずは御社の事業内容を教えてください。

下川さん:

弊社は、植物性素材のお食事をもっと身近に、当たり前のように選択できる世の中にしたいという想いで立ち上げた会社です。それを実現するために、「T’sレストラン」のようなヴィーガンフードを楽しめる場所や、もっと手軽に食べられるヴィーガンフードのプロダクトを増やす取り組みを行っております。また、学校給食の提供や講演などを行いながら食について考えるきっかけの場を提供したり、飲食店やホテルのメニュー監修事業なども行ったりしております。

–そもそもヴィーガンフードに注目したきっかけは何だったのでしょうか。

下川さん:

「T’sレストラン」は私の母が2009年に自由が丘にオープンしたお店です。ヴィーガンフードに注目したのは、私が高校生の頃の話に遡ります。家族ぐるみで仲良くしていた友人ファミリーのお母様が体を壊したことをきっかけに植物性の食事をすることになったと聞きました。植物性の食事にしたことによる不自由があった話を聞いたこともあり、試しに、自分たちも家で夜だけ植物性の食事をして体験してみようとなったんです。でもいざ始めてみると、なかなかレパートリーがなく「またひじきか…」「また煮物か…」とがっくりしてしまう日々が続きまして(苦笑)。

そんなある日、ミートソースパスタが出てきたんです。やはりおいしくて食卓の会話も盛り上がるんですよね。その様子を見ていた母が「これお肉じゃないのよ」と言ってきて。実はお肉だと思っていたものは高野豆腐だったわけですが、みんな驚いてその日の夕食は話が弾み、すごく楽しかったのを覚えています。

翌日から母はエリンギに切れ目を入れてホタテに見立てるなど、家族を驚かせるために調理を工夫し、私たちは何の素材が使われているのか見抜くために、五感をフルに使って植物性素材の食事を楽しむようになりました。また、あっさりしたものを好むようになったり、朝の目覚めが良くなったり、体の変化を感じたことで、植物性素材の食事を続けていきたいと思うようになったんです。

でも外食が大変でした。サラダくらいしか食べられるものがなかったり、自分の食事に合わせてもらうと友達は満足できない状況だったりするわけです。その経験から何でも食べられることが当たり前ではないことに気付きました。また、ほかにもアレルギーや宗教上の理由から、実は食で困っている方がたくさんいることを知りました。これらのことから、食の背景を気にせずみんなで楽しめる創作料理の場が必要だと感じ、「T’sレストラン」が生まれました。

誰もが楽しめる、おいしくて体にやさしい、植物性素材の創作料理

–「T’sレストラン」について詳しく教えてください。

下川さん:

「T’sレストラン」は、「食を通して健康の大切さを発信したい」「食の背景を気にせずみんなで囲める空間を提供したい」という2つの想いを軸に生まれたお店です。「For Vegan」ではなく「For All」、つまりすべての人のために料理をつくっているので、卵アレルギーの方も、ヴィーガンの方も、グルテンフリーの方も、普段お肉が大好きな人も食べられる、たっぷりの植物性素材を使った創作料理をご用意しております。

食に制限があると、飲食店に行っても「これだったら食べられますよ」という案内をされている方が多いですよね。でもそうではなく、例えばファミリーレストランのようにメニューを開けば洋食やカレー、ラーメン、スイーツなどバラエティに富んだ料理が並んでいて、その中から好きなものを選べる。その選ぶ楽しさを一緒にいらっしゃった方全員に提供したいと思っております。

–さきほど「For Vegan」ではなく「For All」というお話がありましたが、実際にレストランを利用されるお客様はヴィーガンの方が多いのでしょうか。

下川さん:

もちろんアレルギーがある方やヴィーガンの外国人旅行者の方は、SNSなどで調べている方が多いので、よく利用していただいております。一方で、ご近所の方や近隣で働いている方がふらっとランチにいらっしゃることもあります。また特に土日は、ご家族のご来店も多く、奥様はヴィーガン、ご主人はお肉が大好き、お子様はなんでも大好き、というファミリーで楽しんでいらっしゃるお姿もお見かけします。ナチュラルワインも多数扱っているので、季節の植物性創作料理と一緒に楽しむために来てくださる方も増えていますね。

また、店内でワークショップを開催するなど、近隣の方のコミュニティの場としても使っていただけるようなフレキシブルな空間をご用意しているので、いろいろな方にご利用いただいております。

–「T’sレストラン」は、まだ日本でヴィーガンが普及していない頃にオープンしています。いろいろとご苦労もありましたか?

下川さん:

それはもうたくさんありました(笑)。

オープン当初はヴィーガンという言葉もないに等しいくらいだったので、「どんなお店なの?」という問いかけに対しての答え方が分からなかったんですよね。「お野菜だけでつくる創作料理」と伝えると「満足できなさそう」「おいしくなさそう」と思われたりするので、最初はヴィーガンや動物性素材不使用ということはあまり前面に出さず、とにかく「おいしそう!行ってみよう!」と思っていただけるような店づくりをしていました。

そして実際に大豆ミートの唐揚げなどを食べた方に「実はお肉じゃないんですよ」と伝えて“驚き”を感じていただくようにしていました。それが2015年頃になると「大豆ミート知っているわ!」という反応になってきたんですよね。そこから徐々にヴィーガンという言葉が知られて「おしゃれだよね」「最近流行っているよね」という流れになってきた印象です。 

でも結局私たちが大事にしているのは「百聞は一食にしかず」、まずは食べてみてということだと思います。ヴィーガンに対してのネガティブな印象が変わるのは、やはり食べてみて、おいしいと感じたり驚いたりする体験です。ヴィーガンというものがあまり知られていない頃から始まったレストランだからこそ、どう見せていくのか、どう伝えていくのか、試行錯誤したことが苦労でもあり、すごく楽しくて貴重な体験だったと思っています。

ヴィーガンカップ麺や学校給食。食を通じて意識を変えていく

–T’sレストラン以外の取り組みについても教えてください。

下川さん:

「ヴィーガンフードを食べられる場所を増やす」という点の一つとして、JR東日本クロスステーション様が運営しているヴィーガンラーメン店「T’sたんたん」を監修しています。こちらのお店は東京、上野、池袋の駅構内と、成田空港の第1・2ターミナルにあるので、より多くの方に、ヴィーガンフードを身近に感じていただける場となっています。

また社食や学食を運営されているエームサービス様とコラボレーションして、企業の社食や大学の学食、都庁などでヴィーガンメニューを提供していただき、選ぶ楽しさや、食べていただける場を提供するという取り組みも行っております。

「ヴィーガンフードのプロダクトを増やす」という点では、動物性食材・化学調味料不使用でノンフライ麺のヴィーガンカップ麺もつくりました。こちらは「T’sたんたん」でラーメンを食べた即席麺メーカーのヤマダイ様がヴィーガンラーメンに興味を持ってくださり、お声掛けいただいたことから始まりました。2015年の発売当時は「カラダにやさしいタンタンメン」と「カラダにやさしいスーラ―タンメン」という名称でしたが、いざ販売してみると驚いたことに外国人の方がたくさん手にしてくださったんです。当時、日本に来られる外国人の方はヴィーガンの食事ができないことですごく苦労されていて、コミュニティサイトで「これなら食べられる!」と話題になっていたようです。

さらに2020年頃からは、オーストラリアの森林火災の報道などをきっかけに気候変動や環境問題を自分事として捉え始めた学生さんたちから、InstagramのDMなどをいただくことがすごく増えたんです。その中で「カップ麺を食べるならこのヴィーガンカップ麺を選択するというやり方がSDGsへ繋がる取り組みとして選択しやすいから、まわりにもそこから知ってもらおうと思った」というメッセージがありました。カップ麺はすごく身近なもので、学生たちが手に取りやすい価格帯ですよね。ヤマダイ様と出会いヴィーガンカップ麺をつくる選択をして、それを通じていろいろな発信をしてきて本当に良かったと思った出来事でしたね。

–御社は食育にも力を入れていらっしゃいますよね。

下川さん:

「食について考えるきっかけを提供する」ということで、食育というものを本当に大事にしています。その取り組みの一つが、ヴィーガンカレーなど学校給食の提供です。アレルギーや宗教上の理由で食べられないものがある子どもは、お弁当を持って行くのが当たり前になっています。でも、学校給食こそみんなで同じものを食べる時間を提供したいと思い、2015年につくば市からスタートしました。実際始めてみると、食に制限のあるお子さんはもちろん、何でも食べられるお子さんが「今日〇〇ちゃんと一緒に給食を食べたんだよ!」と喜んでくれたんです。

それまでお子さんたちは、なぜ友達がお弁当を持って来ているのか分かっていなかったり、「食べられないものがあってかわいそう」「一緒に食べたいのにな」といろいろな想いを抱いていたんです。でもちょっと工夫をすればみんなで同じものを食べられることが分かり、さらに自分の当たり前が当たり前ではなく、みんなそれぞれの当たり前を持っているんだということを話すきっかけにもなり、本当に良い時間になっています。

また学校給食だけでなく、学生さんのサポートにも取り組んでいます。例えば成城大学では、「100万円以内で成城大学食環境を改善しよう」という学長賞懸賞コンペティションがあり、学食でヴィーガンメニューを提供するというアイデアを出した学生さんが優勝しました。そこで地元の規格外野菜なども使い、サステナブルな流れを取り入れるなどのサポートをしながら一緒にプロジェクトを進めました。最近は未来のことを自分事として考えられる学生さんが多いので、「おいしく食べて環境に優しいことができるんだ」というところから、また次の行動が生まれるといいなという想いで全面的にサポートしています。

ヴィーガンフードはおいしくて楽しい!

–ここまでお話を伺ってきて、ヴィーガンフードへの関心がかなり高まってきました。ヴィーガンフードを日常の選択肢として取り入れるコツ、継続していくポイントなどを教えてください。

下川さん:

日本の和食文化はヴィーガンとも親和性が高い一方、出汁文化もあるので「これはヴィーガンとは言えない…」となってしまいますよね。完全にヴィーガンを実践しようとすると「やってみよう!」と思ってからの面倒くささがあると思うんです。でも最近はスーパーでも大豆ミートやヴィーガンチーズなどの取り扱いがすごく増えたので、まずは一つの素材を代替してみると、“おいしい”に“驚き”がプラスされた体験ができて、ヴィーガンフードを取り入れやすくなると思います。

ヴィーガンは「お肉も魚介類も卵も乳製品も不使用の食事だから料理するのが難しそう」と思われがちです。その中で私たちは、「たっぷりの植物性素材を使った創作料理」というマインドを大切にしています。例えば、スライス餅と少量の豆乳をフライパンで熱するとチーズ風になるんですよ!それをパンにのせてトマトソースを合わせてみるとすごくおいしいし、組み合わせを考えるのも面白かったんですよね。「あれとこれを組み合わせてみよう!」とポジティブに取り組んでみると、けっこう楽しい時間になるかもしれませんよ。

–今後の展望をお聞かせください。

下川さん:

ヴィーガンフードは食の多様性に対応できて、体にも環境にも優しい、未来に向けてプラスなアクションの一つです。でもかつてはヴィーガンフードを食べる理由は、健康や宗教、アニマルライツ、インバウンド対応、アレルギーなどが多く「自分とは関係ない」と思う方がほとんどでした。それが今やコロナ禍を経て健康の大切さを意識される方が増え、環境白書には代替肉が登場し、今後はさらにヴィーガンや環境負荷の低い食事が身近になっていくはずです。

知ってみると「今日は一食ヴィーガンにしてみようかな」と気軽にアクションできるものだと思うので、いろいろ難しく考えて「やらなければいけない」という想いで取り組むのではなく、「ヴィーガンっておいしいよね」「ヴィーガンって体にやさしいよね」などとポジティブに選択できる形をつくるために、私たちはお手伝いをしていきたいと考えております。でもやはり自社だけではできることが限られてしまうので、同じような想いを持ってそれぞれの特技を活かして未来に向かっている企業様と一緒に力を注ぎ、ヴィーガン市場拡大に貢献していきたいですね。

また、先ほどもお話した通り、未来に向けて何ができるかを考えている学生さんや若い世代の方が増えてきています。その強い想いを感じているので、もっと未来を良くしていく取り組みを一緒にできればと思っております。

さらに、コロナが少し落ち着き、だんだんと移動がスムーズになってきている今、日本の食を目的に各地を訪れる外国人の方も増えています。そういった方たちが食の背景を気にせず地域の食事を楽しめるよう、自治体などとの連携にも力を入れていきたいですね。

最近では、「富士急ハイランド」でもT’sレストラン監修メニューの提供がスタートしました。外国人の方はもちろん、様々なお客様からもご注文をいただいており、うれしく思っております。日本全国様々な地域で、気軽にヴィーガンフードを楽しんでいただきたいですね。

–とても興味深いお話、ありがとうございました。まずはお餅と豆乳でチーズ風を試してみたいと思います!

関連リンク

TOKYO-T’s株式会社:https://ts-restaurant.jp/


詳細:https://www.instagram.com/p/C5seYfSPRUb/?img_index=1