一般社団法人Ayumi 山口 広登さん インタビュー
山口 広登
2017年3月桜美林大学卒業後、株式会社クイックに入社し、人材紹介事業部の新規立ち上げエリアを担当する。2020年4月から株式会社カンリーへ入社、フランチャイズ事業部とカスタマーサクセス事業部の立ち上げに従事。2021年2月に独立し、営業代行・カスタマーサクセス代行・新規事業立ち上げの支援を行いながら、起業準備を行う。2021年8月に一般社団法人Ayumiを創業し、代表理事に就任。「障害の有無に関係なく、選択肢のある社会に」というVISIONを掲げ、障害者やその家族が抱える情報格差を無くすためバリアフリー情報サイトを運営。また、店舗に特化したバリアフリー対策・障害者対応支援を行うバリアフリー認証を提供。2024年2月からリブランディングを行い、既存事業に加えてインクルーシブデザインも提供開始。メディア掲載・出演は40を超え、講演等にも対応している。
introduction
障害者差別解消法が改定され、2024年4月1日からは合理的配慮の提供が義務化。また、身体障害者や高齢者の増加に伴い、店舗やオフィスのバリアフリー化を求める声は年々高まっています。
そんな中、店舗の「バリアフリー認証」に取り組むのが一般社団法人Ayumiです。障害者の視点でバリアフリーの審査や認証を行い、店舗の集客や認知向上に貢献するサービスを展開することで、彼らにしかできない仕事を生み出しています。
今回は代表理事の山口広登さんに、障害者を取り巻く現状や、バリアフリー認証事業の可能性について伺いました。
車椅子生活を送る従兄弟の言葉から感じた課題が、創業のきっかけに
–まずは事業内容や創業のきっかけについて教えてください。
山口さん:
障害者と一緒に調査・審査・認証を行う「バリアフリー認証」と、必要としている人にバリアフリー情報を届ける「バリアフリー情報サイト」、いわゆる寄付金のような仕組みの「バリアフリー基金」、この3つの事業を展開しています。
創業のきっかけは、私が中学生の時に従兄弟が車椅子ユーザーになったことが関係しています。ある時、従兄弟とバリアフリーの旅館を予約して旅行に行きました。温泉に行くと実際にバリアフリーだったのは入り口だけで、浴槽には段差があり、安心して入れるものではなかったんです。その時に従兄弟が「慣れているから大丈夫」と言いました。これは「諦めることや選択肢が狭まっていることに慣れている」というニュアンスでした。そこで、世の中にはバリアフリー情報が足りていないことや、バリアフリーへの本質的な理解がないと気づいたんです。
おそらく私や障害当事者が思っているバリアフリーと、みなさんが思っているバリアフリーは全く違います。例えば自走できる車椅子ユーザーと電動車椅子ユーザーでは求めているものが違うのに、旅館のホームページなどには通り一遍なバリアフリー情報しか載っていません。そうすると結局判断できなかったり、行ってみないと分からなかったりするので、結果的に諦めてしまう、選択肢を狭めてしまうということになっている。そこで起業を決意しました。
特に障害者にはできないことが日々起こります。そのため、できないことに意識が行きがちで自己効力感が下がってしまうことが多いと思います。でも私は創業の準備段階で、このできないことも視点を変えれば価値になると考え、「“できない”を“価値”に変え、事業を+N発展させる」というコンセプトを掲げました。
–山口さんが考える障害やバリアフリーについて教えてください。
山口さん:
私たちは障害を「社会との壁」「社会がつくった障壁」だと思っています。「害」という字は人体機能に障害を起こしているという意味ではなく、「社会との壁」を指しています。例えばGoogleに知りたい情報が載っていない、企業から雇用されない、過保護、挑戦させてもらえないなど、これらは全て社会がつくり出している障害だと考えています。
また、「障がい」や「障碍」という字を使うことは、表記ゆれが起こり、知りたい情報にたどり着けないというリスクにもつながっています。さらに、視覚障害の方が使うスクリーン・リーダーという画面読み上げソフトウェアでは、「障がい者」と表記すると「さわりがいしゃ」と読み上げられてしまうんです。
障害の「害」の表記についてはいろいろな意見があると思いますが、私たちはメディア発信をする上で、障害者という言葉を正しく使うためにあえて漢字で表記しています。障害者と健常者という言葉は区別しているように感じる方もいらっしゃるのであまり私も使いたくないのですが、より多くの人にわかりやすく伝えるためには必要な手段でもあるため、WEBページや講演など不特定多数の人が関わる場合はそのように伝えています。
バリアフリーに関しては「物理」「心と認識」「情報」という3つの側面があると思っています。まず「物理」はみなさんが想像されるような、段差やエレベーターのありなし、お店の広さなどです。2つ目の「心と認識」は、アンコンシャスバイアス、無意識の偏見ですね。例えば、私たちがクラウドファンディングのプロジェクトリーダーを首から上と右手首しか動かない子に任せて目標金額を達成した時に、「当事者なのにすごい」という言葉が出たんですよ。この時点で無意識の偏見が発生していて、あくまでも障害者が頑張っているという構図になっていますよね。
3つ目の「情報」は、調べても知りたい情報が出てこないという障壁です。私たちはある程度のことは検索すれば出てきますが、障害当事者やその家族214人にアンケートを取った結果、48%が知りたい情報にたどり着けず諦めると答えていました。
バリアフリーは障害者に必要なものと思われがちですが、私たちはみんなにとって必要なものだと考えています。例えばベビーカーを押していても段差がなくて全部フラットだったらその方がいいし、例えば肌の色が違うだけでいろいろ言うのは偏見で、全然「心と認識」がフラットじゃないですよね。だから私はバリアフリーは世の中にとって大切なことだと思っているし、それはメンバーや社外の人に対してもどんどんメッセージとして伝えています。
バリアフリー認証を増やしていくことが、障害者の仕事を生み出すことにつながる
–バリアフリー認証事業について、まずは事業内容やサービスフローについて教えてください。
山口さん:
バリアフリー認証事業は、バリアフリー対策や障害者対応について、調査・審査・認証を行う店舗特化型の総合支援サービスです。障害当事者と相談しながら作成した85項目の調査項目について身体障害者と一緒に調査をして、26項目の審査が通ったら認証を付与しています。
サービスフローとしては、まず私と障害当事者で調査をします。ここは基本的に車椅子ユーザーが中心となりますが、私が聴覚障害や視覚障害者と話をしているので、その知見をもとに調査をします。その後2時間ほど講習を受けてもらい、審査をして、通れば調査や認証内容を外部に発信するための記事をつくるという流れです。こちらは「 ふらっと。〜バリアフリー情報サイト〜」に掲載されます。
また、審査が通る通らないにかかわらず1年間の伴走支援がサービス料の中に含まれているので、いつでも気軽に障害当事者からのアドバイスなどを受け取れます。さらに毎月1回、最新のバリアフリー情報や法律に関する情報を提供させていただき、常にアップデートしていただくようにしています。
ただ、すべての障害者を受け入れようとすると店側にも一気に負担がかかってしまいます。そこで、例えばまずは車椅子ユーザーからはじめて、どんどん成功事例を横軸展開していきましょうという話はしていますね。できるところから少しずつということが大切だと思っています。
–「“できない“を”価値“に変える」というコンセプトは、バリアフリー認証事業にどうつながるのでしょうか。
山口さん:
バリアフリー認証事業は非常にポテンシャルがある事業です。認証から一度視点を外していただくと分かりやすいと思いますが、例えば子どもの頃、みなさん英検や漢検を受けたことがありますよね。私はあれだけで産業が生まれていると思っています。英検を受けるための塾や教本があり、試験会場があり、コンサルがいてという形であらゆる雇用が生まれていますよね。
それがバリアフリー認証にも当てはまるんです。さきほどもお話した通り、バリアフリー認証では障害当事者が調査をしています。また伴走支援という形で障害当事者にいつでも相談できる環境をつくっています。さらに調査内容を記事にしていてライティングも障害当事者に任せているので、このバリアフリー認証という一つの事業だけで多くの仕事が生まれているんですよ。
しかもこのバリアフリーの感覚は、当事者である彼らの方が当然優れているので、彼らにアドバイスをもらうのが一番です。つまり、今後さらに高齢化が進み、障害者が増えてバリアフリーが絶対に必要となっていく中で、障害当事者に頼らざるを得ない状況をつくることによって、仕事と対価がいただける。こういう仕組みをつくれることが、バリアフリー認証のポテンシャルだと思って取り組んでいます。
–バリアフリーの視点や感覚を持っていることが、障害当事者の“価値”になるということですね。
山口さん:
おっしゃる通りです。彼らにとって、足が動かない、手が動かない、目が見えない、耳が聞こえないというあらゆる“できない”が、バリアフリー認証では調査やアドバイスをできる”価値”になるんです。例えばお店の接客スタッフからすると、障害者を接客したことがないので「どう対応したらいいか分からないので教えてください」となるんですよね。そうなった瞬間に立場がフラットになるんですよ。それまでは障害者と健常者として分断されていた世界・社会がAyumiが関わることで、分断が無くなるんです。私たちはそういう世界観を目指しています。
–バリアフリー認証事業は主に飲食店を対象にしているようですが、その理由を教えてください。
山口さん:
バリアフリー対策をしたのに結局お客さんが来ないのでは「やらなくていいじゃん!」となってしまいます。だったら当事者が頻度高く通う場所で認証事業をやった方がいいと考え、一番頻度が高い飲食店からはじめることにしました。
また、身体障害者のリピート率は健常者の2.8倍で、身体障害者の9割は1人以上の同行者と一緒に来店するので、障害者1人の集客で年間約6倍の売上が見込めます。多店舗との差別化も図れますし、経済性も担保されるので、飲食店にとってもメリットが大きいと考えました。
–導入した飲食店の反応はいかがでしたか。
山口さん:
導入した10社に6カ月後の結果をアンケート調査したんですが、月に1人以上の障害者が来店するようになったと答えた店舗は86%。驚いたのが、高齢者やベビーカーユーザーが来店するようになったと答えているところが71%もあったんです。身体障害者やベビーカーユーザーのコミュニティはいい意味で狭いので、いいことも悪いこともすぐに伝わります。それでどんどん情報が広まったみたいですね。
また、お客様が何に困っているのかを知る感度が高くなり、従業員の接客レベルが非常に上がったと喜んでいただける声が増えました。現在バリアフリー認証店舗は30店舗ですが、Google Mapの評価も高く、お客様からの評判もいいと言えますね。
バリアフリー認証事業の外部発信を担うメディアと、それを支える寄付金のシステム
–「バリアフリー情報サイト」と「バリアフリー基金」について教えてください。
山口さん:
障害当事者が知りたい情報にたどりつけない理由は2つあって、「そもそも記事がない」ということはもちろんですが、「記事はあるけどSEOで引っかからない」という問題もあります。障害当事者のためを思って情報発信をしていても、戦略も戦術もないので素敵な記事なのに読まれていないというのが現状です。
これを客観的に捉えてつくったのが、バリアフリー認証事業の調査・認証内容の記事を載せている「〜ふらっと。〜バイアフリー情報サイト 」です。このサイトの優れているところは、サイトをつくっているライターもメディアマネージャーも障害当事者や当事者の家族であることです。SEOに関しては私がレクチャーしていますが、障害当事者の彼らだからこそ、どんな情報が欲しくて見つからなかったのか、どんな情報を書けばそれが満たされるのかが分かります。そして彼らだからこそ体験談も書けるということが、一つの強みになっています。
「バリアフリー基金」では、私たちの理念や目指す社会、活動内容に共感をいただいた飲食店との連携で寄付を集めるというサービスを展開しています。メニューの売上の一部をAyumiに寄付していただき、私たちはそれをライターの費用などに当てています。
日本は寄付文化が根付いていないので、もっとポップに寄付できるといいんじゃないかと思ったんです。例えば「ごはんを食べながらいつの間にかその一部が寄付されている」とか、「ビール1杯飲んだら50円寄付されている」とか。お酒を飲みながら社会貢献って最高じゃないですか(笑)。ポップにするには自分たちの生活に密接であることがキーワードで、それが食だと考えました。「おいしいものを食べたり飲んだりしているだけで、結果的にそれが寄付になっているんだったらいいよね」ぐらいの感覚でいいんです。社会課題を前面に押し出しても集まる額はほぼ決まっているし、楽しんだり何か感情が動かされた結果、寄付や社会課題解決になっている方が自然だと考えて「バリアフリー基金」をはじめたという感じですね。
あくまでもバリアフリーに特化して、さらなる支援サービスを加速させていく
–最後に、今後の展望についてお聞かせください。
山口さん:
合理的配慮の提供も義務化されたので、まずは「バリアフリー認証」や「バリアフリー情報サイト」の営業を強化して、事業を加速させていくというフェーズになります。もともと1都3県での展開だったので、今後は一気に全国展開を目指していこうと思います。
また、建築会社・工務店との連携によってバリアフリーの店舗を建てたいという人たちにも支援ができる状況になったので、そこを強化していきたいですね。バリアフリーの店舗の立ち上げから、障害当事者のアドバイス、補助金・助成金の紹介、バリアフリー建築に強い業者の紹介など、バリアフリー建築に関する支援をしていきます。
さらに、ソーシャル界隈には社会課題には真面目に取り組んでいるのに、経営に関しては前向きじゃない方が多いので、そこに対してのアクションも考えています。残念ながらマーケティングやPR、経理、セールスなどに対して戦略・戦術を持って取り組んでいないところがほとんどなんですよね。例えば顕著な例がクラウドファンディングです。社会課題を解決するためにクラウドファンディングをやる人が多いんですけど、8割は成功していません。その点私たちは、どういうストーリーを描き、どういう発信の仕方をすれば応援者・支援者が集まるのかというロジックをつくれているので、ソーシャル界隈で起業しようとしている人に私たちだからできるサービスを提供していくことも考えています。あくまでもバリアフリーという文脈はぶらさず、プラスαでやっていきたいですね。
–バリアフリー認証事業は、本当にいろいろな展開が考えられるビジネスモデルですね。本日はありがとうございました。