リンクルージョン株式会社 黒柳 英哲さん インタビュー
黒柳 英哲
1980年生まれ。10代から東南アジア、中央アジア、中近東、アフリカなどを訪れる。IT・マーケティング会社での事業開発などを経験、NGO職員として金融を通じた途上国の貧困削減支援に従事したのち、2015年にリンクルージョンを創業しミャンマーに移住、現在2つの事業を行っている。「零細商店向けコマース事業」は生活物資の届きにくい農村部の商店に物流サービスを提供。物流拠点にメーカーからの受託商品を保管、約500村・1,500店の顧客商店からの定期注文で食料品・飲料・生活用品・医薬品などをラストマイル配送、同時に就業機会の少ない農村部で女性を中心に100人超の若者を雇用。「小口金融機関向けクラウドシステム事業」はマイクロファイナンス機関に基幹ソフトウェアを提供し、ミャンマー国内トップシェア。業務コスト低減で採算の取りにくい農村部に金融サービスを届け、また、借り手の細かなニーズに応える金融サービス改善を実現。累計で零細事業者83万人への約160億円の融資供給を支援。経済産業省J-Startup Impact30社に選定、Forbes Japan 100 Positive Impact Companies掲載、日経ソーシャルビジネスコンテスト大賞受賞など。
introduction
リンクルージョン株式会社は、「低所得や貧困の中で暮らす人々が、排除されることのないインクルーシブな世界」を目指して2015年に創業しました。
同社が途上国のミャンマーで展開するのは、マイクロファイナンス機関向けのシステム事業と、個人商店向け物流サービスのコマース事業です。特に現在力を入れているコマース事業では、郵便も届かないような村を含め515村に食料品や日用品の配送を実現しています。
今回は代表の黒柳さんに、ミャンマーで起業をした背景や事業の仕組みについてお伺いしました。
生まれた場所が違うだけなのに。途上国での経験が創業のきっかけ
—会社概要と事業内容を教えてください。
黒柳さん:
当社は2015年4月に創業をしたスタートアップです。ミャンマーのヤンゴンに本社があり、日本人は私を含めて4人、その他120人の従業員は、すべてミャンマーの方々です。マイクロファイナンス機関向けのサービスからスタートして、今は物流のサービスも展開しています。
私の原体験は10代で訪れた途上国での体験です。一人旅で30か国近くを回ったのですが、各地でできた同年代の友人と話すうちに「自分とは生まれた場所が違うだけなのに、将来の可能性がまったく違う」点に憤りを覚えました。その後、社会人になり民間でも働きましたが、30代になって途上国での体験が忘れられず、NGO業界へ転身し途上国のマイクロファイナンスプロジェクトなどに携わりました。
ただ現場に活動するうちに、「金融サービスだけでは、農村の貧困問題は解決できないのではないか」という構造的な壁を感じました。途上国の農村部は金融サービスだけではなく、物流や情報などの経済的なサービス、また電力、保健医療、教育といった基礎的なサービスなど、あらゆるモノやサービスが不足しています。だからこそ問題が解決しないのだと考えるようになりました。その時のジレンマや課題感がいまの事業に繋がっています。ミャンマーで起業したのは、東南アジアで最も後発国のため、事業を通じてより多くの人の課題を解決できる可能性があると考えたからです。
—「金融サービスだけでは課題を解決できない」とお考えになりながらも、黒柳さんが最初に始めたのは「マイクロファイナンス機関向けの事業」でした。その背景をお伺いできますか?
黒柳さん:
マイクロファイナンスは途上国の農村部にまで浸透しています。職員が村々を回って金融サービスを提供できる業務ネットワークが張り巡らされているんです。私はそのネットワークを、ゆくゆくは農村部で不足する物やサービスを届ける供給網に活用できるのではないかと考えました。
そこで、ミャンマーでニーズのあった「マイクロファイナンスのデジタル化」を実現しつつ、そのネットワークを通じて農村部に金融以外のサービスも届ける事業を作るという構想を描いて最初の事業を始めました。
ただ金融機関と二人三脚でサービスを拡げるにつれ、マイクロファイナンスの供給網に他のサービスを重ね合わせることは現実的ではないと考えるようになりました。そこで「農村部の人々に密着した個人商店をネットワークして、自分たちで物流サービスを作る」ことを考え、2つ目の事業である物流サービスを始めました。
途上国ならではの業務整理に苦労した「マイクロファイナンス向け事業」
—マイクロファイナンス機関向けの事業について、どのようなサービスなのか教えてください。
黒柳さん:
上の写真は、ミャンマーで一般的なマイクロファイナンスの金融機関支店の業務風景です。私たちのサービスは、こういった現場に、クラウド上で全ての業務管理ができるソフトウェアを提供してデジタル化を実現しています。
ソフトウエアでは顧客管理や融資・預金の口座管理ができます。これは銀行の基幹システムにあたる機能ですね。それだけでなく職員の日々の業務を管理するタスク管理機能や会計ソフト機能も備えていて、オールインワンで業務が完結します。ソフトウエアを導入した金融機関から月額の「システム利用料」をお支払い頂くビジネスモデルです。
金融機関さんは業務コストが下がって、採算の取りにくい農村部に金融サービスを拡げられますし、システム化で金融商品の種類を増やせるので、より顧客一人一人のニーズにあった金融サービスを提供頂く事ができます。
—開発や現場への導入にあたって、大変だったのはどのようなことでしょうか?
黒柳さん:
苦労したことは、大きく3つあります。1つ目は、業務フローが言語化も標準化もされていなかった点です。途上国の紙と電卓を使った業務ですので、業務の仕組みが統一されていません。イレギュラーなケースも多く、システム化するための仕様を決めるのが大変でした。とにかく現地の職員の方の仕事について回って業務理解を深めましたね。「A支店とB支店でやっていることが違う」「A社とB社とC社で言うことが違う」といったことも日常茶飯事だったので、それらの整理を1つ1つ行わなければなりませんでした。
2つ目も1つ目と近しいのですが、法律や金融を監督する当局の解釈を整理するのが大変でした。マイクロファイナンスは許認可事業なので、法律や当局の監督が業務や計算方法に大きな影響を及ぼします。でも、法律や解釈、運用が明確でないところが多く、整理していく作業に時間がかかりました。
3つ目は、お客様である金融機関さんの期待値調整です。まったくデジタルに馴染みのない途上国の現場は「システムがあれば、何でもできるはずだ」と期待しすぎてしまうんです。もちろんお金と時間かければいろんな機能が開発できますが、それでも万能なシステムはできません。さらに優先度をつけてできることを絞るのですから、「できないことはできないんだ」と理解してもらうのに時間がかかりました。
ちなみに、途上国には「ソフトウェアにお金を払う」という感覚もあまりありません。WordもPhotoshopも海賊版が出回っていて、タダ同然で使えてしまうからです。だからソフトウェアにはそれなりに大きなお金がかかることを理解してもらうのも大変でした。
ITとオペレーションで、僻地の農村部へも翌日配送を可能に
—2つ目の事業である、物流サービスについても教えてください。いつからスタートしたのでしょうか?
黒柳さん:
2018年からテスト事業を始めて、正式にサービス開始したのは2019年4月です。最初の事業を通して、ミャンマー全国の農村部の方々の声を直接聞いたり、システムに集まった膨大なデータを分析するなかで、「物や情報やリソースが届いていないことが農村経済のボトルネックになっている」ことを再認識したんです。そこで、農村部の個人商店へ、生鮮も含めた食料品や日用品、医薬品などを届ける物流サービスを立ち上げました。
ITの活用や細かいオペレーションを磨き込んで、注文から発送準備まで最短30分で完了する業務体制を作りました。さらに蓄積された受注データや配送データも分析し、配送トラックや人員の配置、荷物の積載率から走行ルートの設定まで最適化しています。
このように業務効率化やコスト削減を進めたからこそ、500以上の村への翌日配送が可能になりました。取り引きをしている地元のメーカーや卸売業者、生産者は100社以上になりました。
—たくさんの地元業者と信頼関係を結ぶために、どのようなことをされてきたのでしょうか?
黒柳さん:
取引先から信頼いただいている理由の1つに、業務管理能力が挙げられます。途上国では、「約束したことは守る」「期日までに支払いをする」といった企業間では当たり前のことも、業務や管理が不完全で守られません。だからこそ、日々の確実な業務の積み重ねが信頼に繋がるんです。もちろん毎日10万点以上の商品を配送するようになって、販売力がついてきたことも大きいですね。
また、取引先との信頼が築けたのは、私たちが農村部のニーズを深く理解している事もあると思います。通常、メーカーや卸業者から農村部に物が届くまでには、問屋や卸市場を何段階にもわたって経由します。メーカーと農村部との距離が遠すぎて、農村部の市場ニーズを知るのが難しい構造になっています。
都市部の消費者と農村部の消費者の環境は大きく違いますから、嗜好も違えば生活上の課題も違います。都市部の人たち向けに作られた商品は、そのままでは農村部の人たちにはフィットしません。私たちは、毎日農村部の方と接してるので「どんなものが求められているか」をよく知っていますし、膨大な販売データも持っています。だからメーカーに対して、農村部向けの商品の提案をしたり、一緒に商品開発をしたりしています。これも弊社と取引するメリットになっていると思います。
—都市部と農村部のニーズの違いを具体的にお伺いできますか?
黒柳さん:
例えば、都市部と農村部では商品の保管環境が違います。農村部だと、電気が来ていなかったり、冷蔵庫がなかったりします。そのような環境ではアイスクリームや、牛乳、ヨーグルトは売れませんよね。常温の食べ物でも、温度や湿度、保管場所によってはすぐに悪くなってしまいます。消費者がどのような状況で買うかによって、求められる商品も変わるわけです。嗜好の違いで面白いのは、都市部ではスポーツドリンクが人気ですが、農村部ではエナジードリンクが良く売れます。
あとは販売サイズや容量のニーズも違います。例えば、都市部ではシャンプーはボトルで買うのが一般的です。しかし農村部は家計のキャッシュフローが小さいので、割高でも1回で使い切るタイプの小袋に入ったシャンプーに需要があるんです。
シャンプーだけでなく、調味料や食用油でも少量サイズや量り売りのニーズが圧倒的に大きいです。そのような農村部の生活スタイルに合ったパッケージングや販売の単位、価格帯まで考えて、メーカーと商品開発も行っています。
社会が安定したらエリア拡大を一気に進めたい
—今後の展望をお伺いできますか?
黒柳さん:
今は2事業のうち、コマース事業に投資を集中しています。昨年4月には独自の物流管理システムを稼働させたり、昨年の9月には大規模な物流センターをオープンしたりと、今は特に内部の体制の強化やシステムの磨き上げ、財務基盤の強化など、土台作りにリソースを割いていますね。
それは、ミャンマーは2021年にクーデターがあり、未だに政治経済が混乱している状態だからです。私たちの事業は人々の生活に密着しているので、底堅い需要に支えられて実績収益は伸びていますが、事業拡大は社会情勢を見極めながら慎重にならざるを得ません。今は従業員の安全確保とサービスの安定供給を最優先に事業運営しています。
ミャンマーには67,000の村がありますが、私たちがサービス展開できているのは、まだ500村に過ぎません。今後、社会が安定して、人々が希望を持って前向きに経済活動できるようになったときには、一気にエリアを拡大して農村部のニーズを満たしたいと考えています。今は我慢のときですね。
そのような状況下ではありますが、現在ミャンマー現地での長期インターンを募集しています。これまでも弊社は10人以上の学生や社会人のインターンを受け入れ、活躍していただきました。国際協力や海外ビジネスに関心がありながらも、キャリアに迷っている方にとっては、途上国の現場を体験できる貴重な機会になると思います。
—貴重なお話をありがとうございました!