水は私たちの生活に欠かせないように、企業の生産活動においても、とても重要です。
しかし現在、水を取り巻く問題は、世界中でどんどん深刻化しています。そんな中、環境への取り組みとしてCDP水セキュリティを重視する企業が増えています。
環境だけでなく、事業活動にも大きな影響を与えるようになってきているCDP水セキュリティについて、わかりやすくひもといていきましょう。
CDP水セキュリティとは
CDP水セキュリティといっても、私たちにとってはあまりなじみがないかもしれません。
企業が経済活動を行うためには、実に多くの水を必要とします。そこでは、水源の確保や水質管理など日々起こる水の問題に対処する必要が出てきます。
CDP水セキュリティとは、そうした企業による水問題への取り組みを、CDPという組織が評価、公表する情報開示活動のことです。
CDPについて
CDP(Carbon Disclosure Project)は、企業や自治体などの環境対策情報を開示する英国の非政府組織(NGO)のことで、環境情報開示においてはグローバルスタンダードとなっています。
情報開示の具体的な方法は、まずCDPが対象の企業などに対し環境対策への質問状を送ります。回答はA〜Dまでのランクづけで評価されます。そして、最高ランクの「Aリスト」企業は環境対策で最も取り組み姿勢や情報の透明性が高いという評価を得ます。
水セキュリテイ・水リスクについて
CDPは気候変動・森林資源・水資源の各部門にフォーカスしており、その事業には水セキュリティの情報開示が含まれます。
水セキュリティとは、国連のUN-Waterの定義によると
「生計、人間の幸福、社会経済的発展を維持し、水が媒介する汚染や水関連の災害から確実に守られ、平和で政治的に安定した気候風土の中で生態系を維持するために、満足のいく品質で十分な量の水に持続的なアクセスを保障する能力」
とされています。
これを企業活動に当てはめて、もう少しわかりやすく説明すると
「企業があらゆる水リスクを確実に回避し、自社の事業のためだけでなく、地域の生活や経済活動、生態系を維持するため、あらゆる関係者に安全で良質な水を十分に保障すること」
になります。
では水リスクとは何かと言えば、企業活動の障害となりうる水に関するリスクのことです。
水リスクの原因には、乾燥や渇水による水不足、豪雨や洪水などの水害、水質汚染・汚濁、水へのアクセス不備などの水ストレスなどがあげられます。
その結果、企業活動に支障をきたす問題が起きてきます。
- 操業リスク:洪水/断水など水害による事業中断
- 財務リスク:水を利用する価格の上昇
- 法的リスク:水に関する新たな課税/規制の導入
- 評判リスク:メディアによる批判
これら全てをひっくるめたものが水リスクです。
CDP水セキュリティは何に役立つ?
水セキュリティと水リスクについては上記で説明したものの、CDP水セキュリティがどのように役立つのか、まだピンと来ないと思います。CDP水セキュリティ情報開示には、どのようなメリットがあるのでしょうか。
企業イメージの向上
ひとつは企業イメージの向上です。水セキュリティの情報を知らしめることで、水に関するリスクに十分な対策を取っているというポジティブなイメージを、投資家や顧客、地域住民などの利害関係者に与えることができます。これは、CDP水セキュリティが後述するESG投資にも影響を与えることにもつながります。
持続的な経済活動
多くの産業では、さまざまな生産手段において大量の水を消費します。そのため、安定した量と質の水を継続的に確保できることは、企業の安定した事業継続にとっても不可欠です。
CDP水セキュリティを示すことで、水を安定して使用するために克服するべき課題と、必要な取り組み内容がより明確になります。
効果的な環境対策につながる
水セキュリティのためのリスク評価は、企業が環境対策にどのような方法をとれば良いかを明確にします。水リスクは拠点や組織によって捉え方が変わるため、状況によって内容や解釈も違います。
水の使い過ぎなのか、化学物質が原因なのか、山林の保水力が問題なのか。CDPからの質問事項をもとにリスクとその原因を的確に把握することで、取るべき対策や目標が立てやすくなり、効果的な環境対策につながります。
最終的には、関連地域全体の生態系の維持や、良質な淡水の供給、水関連の災害や気候変動の抑止にもつながり、企業だけでなく、自然と市民にも恩恵をもたらします。
CDP水セキュリティが重要視される背景
CDP水セキュリティが重視される理由には、以下のような水資源を取り巻く環境の変化があります。
水資源をめぐる問題
要因の一つには、世界中で水資源をめぐる問題が大きくなっていることがあります。その原因としては
- 世界人口の増加:人口の増加はそのまま水の需要や使用量の増加となり、水不足につながる
- 気候変動:地球温暖化による気候変動が原因で、世界の生態系への悪影響と大雨や干ばつなどの異常気象が頻発、水の利用可能量にも大きな影響
- 再生可能な地表水及び地下水資源が著しく減少
- 水紛争:水の所有権や水資源の分配、水質汚濁などが原因の紛争
WWFの報告によると、こうした問題の結果、世界の淡水の豊かさは1970年より84%も減少し、自然の淡水によって生きる野生生物種も、1/4以上が絶滅の危機にあるとされています。
水リスクが与える生産活動への影響
淡水資源の問題が大きくなれば、水の確保や供給が企業の収益にも直接影響を及ぼしてきます。
ひとたび豪雨や洪水が起きれば、事業設備に直接的な被害が出るだけでなく、サプライチェーンや物流網が寸断され、間接的にも損害となります。
大きな企業が形成するサプライチェーンでは、どこも何かしらの水リスクを抱えています。そして今や多くの企業は、国内外多数の関連企業によるサプライチェーンを形成しています。海外に進出していないからといって、どの企業も世界的な水リスクと無関係ではいられないのです。
ESG投資への影響やTCFDタスクフォースとの関係
水セキュリティが重視されるようになった大きな理由として、世界中の投資家が環境問題に積極的に取り組む企業に優先的に投資する、いわゆるESG投資が常識となっていることが挙げられます。ESG投資に関連して、企業に対し財務に影響のある環境情報開示を推奨しているのが、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)と呼ばれる取り組みです。
TCFDが企業に開示を求める気候関連リスクの中には、もちろん水リスクも含まれています。企業による水セキュリティを開示し、TCFDの情報開示に反映できる分かりやすくてグローバルな評価基準として、CDPの水セキュリティレポートが使われるようになっています。
CDP水セキュリティレポート2022からわかること
CDPは毎年世界中の企業や自治体などの組織に対し、環境問題に関する働きかけと情報開示をしており、その結果をまとめたものをCDPレポートと呼んでいます。CDPレポートは、「気候変動」、「水セキュリティ」、「フォレスト」の3つから成り立っており、水セキュリティに関するものがCDP水セキュリティレポートとなります。日本企業を対象にした調査は2022年で9回目となるこのレポートから、どのようなことがわかるのでしょうか。
Aリスト企業の数は日本が多い
一番目立つのが、最も高い評価であるAリストに占める日本企業の多さです。
2022年のレポートでは、Aリスト企業106社のうち日本企業は35社です。次に多いアメリカの15社と比べると倍以上であることが分かります。ただし日本は直接操業での水リスクも突出して大きく、その分だけ水セキュリティを非常に重視していることがわかります。
日本企業全体ではAリストが前年の37社からわずかに減っているものの、A−やBスコアの企業数は増えており、水リスクや水に関連する機会への認識も75%を超えています。こうした数字から、水リスクと水セキュリティへの関心が年々高まっていることがうかがえます。
業種別に温度差がある
2022年の調査では、369社のうち71%の261社が回答しています。
そのうち
- 素材(化学や金属・鉱山を含む)
- 食品・飲料・農業関連
- アパレル
- 発電
は特に水リスクが高いとされていますが、素材と食品・飲料・農業関連は回答率が高い一方、アパレルや発電関連企業の回答率の低さが目立ちました。今後は、同業界における水セキュリティや機会評価の重要性が広まっていくことが課題となっていきます。
節約や効率改善を目標にする企業が多い
日本企業に多いのが、取水量や水消費量の削減、水使用効率の改善など、節約に重きをおいた取り組みです。最近では排水の汚濁負荷の削減目標を設定する企業が増えたり、生態系や生息地の修復に関する目標を設定する企業も増えています。
一方で、目標設定に際しては流域の特性が十分反映されていない、水の価値に適正な貨幣価値をつけ、利用と配分を効率的にする「内部ウォータープライシング」の導入など、検討すべき課題も少なくありません。
日本企業のCDP水セキュリティ取組事例
CDP水セキュリティで数多くの企業がAリストに入るなど、日本企業の水環境に関する取り組みは際立っています。ここでは、それぞれの業界で水セキュリティに取り組む企業の事例を取り上げます。
住友化学
住友化学は、各生産拠点での水リスク評価の実施と水使用量削減に取り組み、3年連続でAリストに入っています。具体的な取り組みの例としては、水質総量削減規制への対応や効果的な水利用の推進のほか、
- 水需給や水質汚濁への脆弱性に関するリスクを評価し、水リスクが高いと評価されたプラントについてはリスク低減に向け具体的な対応
- 微生物固定化技術を利用した活性汚泥処理で工場排水を無害化、浮遊物質除去や活性炭吸着処理後、排水無害化し公共用水域に放流
- 愛媛工場での吉岡泉の有効活用および管理:地域住民により造られた用水路の管理を行い、水環境維持のため週3日程度の泉や敷地内の清掃および除草を実施
など、独自の取り組みを行っています。
日本電気(NEC)
日本電気では、WRI Aqueduct(後述)や自社独自の水リスク管理アンケートなどを使い、国内外の各生産拠点でどのような水リスクがあるのかを把握しています。
現地の担当者と調査結果をすり合わせ、過去の経験や、物理的リスクの予防、不測の事態への対策などをさらに細かく調査します。
主な対策としては
- 風水害での河川氾濫による浸水や断水リスクに対する設備面の補強
- 水量モニタリングや水質サンプル検査を実施:国や自治体の基準よりも厳しい基準を設定
- 必要以上の化学物質の投入を防止し、使用量の削減
など、多くの水セキュリティへの取り組みが行われています。
キリンホールディングス
キリンホールディングスは、CDP水セキュリティでは7回目のAリストとなります。
飲料のみならず、協和発酵キリンやライオンなど、多数の水を扱う企業からなる同ホールディングスでは、水リスクや水ストレスの定量的な把握を行い、水に関わるセキュリティ対策を講じてきました。その主なものだけでも
- 水源地保全活動:渇水や洪水リスクを防ぐため、スリランカの紅茶農園や全国11カ所の工場の水源地を守る活動、取水地域や近隣の河川・海岸などでの清掃活動
- 地下水涵養のための草原の維持など
- 用途に応じた水の再利用を積極的に推進
- 排水浄化:法律以上の自主基準を設定して浄化し、排水基準の厳しい流域の工場ではバイオマス処理などを行い、きれいな水を海洋や河川、下水道に放流
などに取り組み、実施可能な地域で持続可能な水資源利用を進めています。
日本製鉄
日本製鉄は、2022年CDP水セキュリティではAリストではないものの、前年のBからA−へと評価を上げており、水リスクに対するマネジメントに力を入れていることがわかります。
具体的な取り組みとして
- 水使用量の削減や効率性の向上による環境負荷の低減:年間に使う淡水の約90%再利用、排水処理設備改善による排水水質管理
- 取水制限に備え一部の製鉄所で独自の貯水池で水源確保
- 水質汚濁防止や護岸漏水対策、豪雨対策など異常排水リスクへの対応
などを実施しています。
企業がCDP水セキュリティに取り組むためには
CDPの調査対象企業の中には、具体的な取り組みを行うまでには至っていない、回答するためにどのような取り組みをしたら良いのかわからない、という企業も少なくありません。
実際に水セキュリティに関心を持つ企業が、より効果的に自社の水リスクを把握し、CDPに準じた水セキュリティを構築しようと思えば、以下のような着実な段階を踏んでいく事が重要です。
第1段階:事業拠点の水リスクを分析
最初に行うのは、事業を行う地域(流域)でどんな水リスクがあるか、その水リスクが事業にどんな影響を与えるかを評価分析することです。
企業によっては個別の基準を設けているケースもありますが、CDPに対応する基準で評価するためには、グローバルスタンダードな評価ツールを使うのが有効です。
水リスク評価ツールには
- AQUEDUCT(アキダクト):世界資源研究所(WRI)
- GLOBAL WATER TOOL:WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)
- WWF Water Risk Filter:WWF
などがあり、いずれのツールも世界の水リスクに関する情報やデータを収集し、分析や評価を行うことを容易にします。
各ツールはそれぞれ特徴が異なるため、企業は業種や使用目的、収集する情報の内容に応じて、 使うツールを選ぶ必要があります。
ただしこれらの分析結果のみでは、詳細な水リスクを全て把握できるとは限りません。さらに詳しく調べる場合は、環境コンサルなどの専門家に依頼することをお勧めします。
第2段階:リスク対策とマネジメント
自社の事業での水リスクと受ける影響を把握したら、次に行うのは対策とマネジメントです。
企業は、該当する事業所や取水地や河川、排水や水使用量、水質、水害の危険性など、事業にとって良くない影響をもたらす要因を特定し、現地の情報収集などで対応策を検討していきます。
例を挙げると
- 水不足のリスクが高い地域では節水や排水の浄化再利用を進める
- 水質に問題がある地域では、浄水設備の導入や、水源地域の保護活動
を実施するなど、多方面に配慮した対策を進めていきます。
第3段階:流域の水問題解決に向けたアクション
社内の水リスク対策とマネジメント体制を整えたら、事業を展開する流域の水問題解決と水環境の健全化に向けた活動を行います。そしてこれらの活動には、地域の自治体や住民など多くの利害関係者との密接な協力なしでは立ち行きません。
具体的なアクションは業種や事業規模によって異なりますが、主な例で言うと
- 植林や間伐と間伐材活用、木材の地産地消
- 水源地域の環境保全
- 地下水の流動の把握
- 地域に適した水の確保・浄水技術
- 食・エネルギーの地産地消・環境保全型農業
など、水だけではなく、環境全体にも配慮した取り組みを進めることで、企業のブランドイメージを高め、持続可能な企業活動の基盤を築くことが求められます。
CDP水セキュリティとSDGs
CDP水セキュリティの情報開示は、SDGs(持続可能な開発目標)とも密接に関連してきます。中でも最も関連が深いのが、目標6「安全な水とトイレを世界中に」です。
この目標で掲げられているターゲットのなかでも
- 安全で安価な飲料水
- 汚染の減少、再生利用による水質改善
- 淡水の持続可能な採取と確保
- 水に関連する生態系の保全
などは、どれも水を大量に扱う企業が大きな責任を負うものです。
世界の「水リスク」は洪水や干ばつなどの極端な事象だけではありません。むしろ、平時の企業活動こそ大きな水リスクをもたらすことを理解し、持続可能という観点から定量的な水対策に取り組まなければならないのです。
まとめ
水資源の重要さを理解し、水の安定的な確保と水を取り巻く環境を守ることは、これからの企業にとって不可欠な事業のひとつです。
良質な水資源に恵まれた日本だからこそ、持続可能な事業を続けるためには、水リスクを減らし、水セキュリティを盤石にしていく情報を世界に開示していかなければなりません。これからも、CDP水セキュリティに積極的に取り組む企業が増えていくことを期待していきましょう。
<参考資料>
What is Water Security? Infographic
CDP 水セキュリティレポート 2022: 日本版
CDP 水セキュリティ レポート 2021:日本版
CDP
~企業が知っておくべき国内外の水リスク~ – 環境省
水資源:水資源問題の原因 – 国土交通省 (mlit.go.jp)
企業の「水リスク」対応に必要な5つの視点 – WWFジャパン
水リスクとは? – AQUEDUCT(アキダクト) – 国際航業
WWF Water Risk Filter
リスクマネジメント最前線「企業に求められる水リスク対策」東京海上日動リスクコンサルティング株式会社(2018年)
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