introduction
国内最大級の石油化学コンビナートを擁する市原市は、2050年カーボンニュートラルの実現と持続的発展の両立に向け、ポリスチレンのケミカルリサイクル実証事業「市原発サーキュラーエコノミーの創造」に取り組んでいます。このプロジェクトが高い評価を受け、2021年には千葉県で初めて「SDGs未来都市」と「自治体SDGsモデル事業」に選定されました。
今回はSDGsをキーワードに、未来へ続くまちづくりを進める市原市の様々な取り組みについて、企画部総合計画推進課の梅宮さんと石井さんにお話をお伺いしました。
SDGsでまちが抱える課題を解決していく
-まずは、市原市のご紹介をお願いします。
梅宮さん:
市原市は千葉県の中央に位置する南北に長い市です。羽田空港と成田空港から大体1時間、都心からも1時間の距離にあり、千葉県内で最大の面積を有しています。
北部には「京葉臨海コンビナート」という石油化学コンビナートがあり、製造品出荷額は愛知県の豊田市に次いで全国2位の工業都市です。一方で、南部の方に行くと里山や田園風景が広がっており、自然豊かなまちでもあります。
ほかにも日本で一番ゴルフ場の数が多かったり、ローカル線「小湊鐵道」が市内を縦断していたり、隈研吾氏設計のガイダンス施設を整備している「チバニアン」という地層があったり、様々な魅力がミックスされています。
また2023年は、市原市の市制施行60周年ということで、オープンカレッジ「エンジン01 in 市原」や「第10回上総いちはら国府祭り」など、様々な記念事業を実施しています。さらに今年は千葉県誕生150周年でもあるので、千葉県や近隣の市と連携して、小林武史氏が総合プロデューサーを務める芸術祭も開催します。
-市原市は2021年に千葉県で初めて「SDGs未来都市」ならびに「自治体SDGsモデル事業」に選定されています。SDGsに取り組まれたきっかけや、「SDGs未来都市」に応募した経緯を教えてください。
石井さん:
市原市では3つ課題を感じていて、それがSDGsへの取り組みや「SDGs未来都市」に申請したきっかけになっています。
1つ目が、石油化学コンビナートをはじめとした地域経済の持続可能性の課題になります。石油化学コンビナートは、国際競争の激化、日本国内の人口減少による国内需要の減少、コンビナート設備の老朽化への対応などの課題を抱えています。さらにカーボンニュートラルの実現に関しては、コンビナートを擁する自治体として非常に大きな問題と捉えています。産業別に見ると、CO2を排出している業界は1位が鉄鋼、2位が化学。市原市はその化学業界に属する企業が立地していて、民間企業とともに発展してきたまちです。そのため、企業がダメになると市原市もダメになるという強い危機感を持っています。
2つ目が南部の里山や森林が抱える課題です。人口減少と高齢化により、森林の維持管理の担い手が不足しているという課題があります。2019年の台風では手入れが行き届いていない森林の木が倒れて電線を寸断し、停電が2週間弱続きました。
3つ目の課題は人口減少です。市原市は石油化学コンビナートの発展とともに人口が増え、2003年には最大28万人超まで増えました。しかしその後は減少傾向が続き、直近だと27万人を切っています。特に若い世代の市外への転出が非常に多く、就職や結婚、家を建てるタイミングでの転出が目立ちます。若い方がいなくなってしまうと自治体自体を持続していけません。
つまり、地域経済や里山、若い世代の人口など、市原市が抱える課題を解決して、なんとか持続可能なまちづくりをやっていこうとする中で着目したのが、世の中で叫ばれはじめていたSDGsでした。そこから取り組みが始まり、「SDGs未来都市」への申請につながったというわけです。
市民・企業・行政が一体となった挑戦で、まちの未来を創造する
-では、具体的にどのような取り組みがあるのでしょうか。
梅宮さん:
市原市では主に3つのリーディングプロジェクトを設定しています。
1つ目は「市原発サーキュラーエコノミーの創造」です。これは、肉や魚の食品トレーや、コンビニ弁当などの透明のフタ、乳酸菌飲料の容器などに使われているポリスチレンというプラスチックの一種を分子レベルまで戻し、そこからまたプラスチック製品をつくるという「ケミカルリサイクル」のプロジェクトです。
リサイクルには熱源としてエネルギーを利用する「サーマルリサイクル」や、モノからモノへの「マテリアルリサイクル」など様々な手法があります。しかし、特に「マテリアルリサイクル」に関してはダウングレードしてしまうことが課題でした。その中で「ケミカルリサイクル」は、分子レベルまで戻して再びプラスチック製品をつくるという手法なので、基本的にダウングレードはありません。
臨海部に工場があるデンカ株式会社から「何か一緒にやれないか」とお声掛けいただいたことで始まったこのプロジェクトのキーワードは「食品トレーから食品トレーへ」です。今までは燃やすゴミで捨てていたポリスチレン製の食品トレーなどを資源としてリサイクルして食品トレーをつくり、それが再びスーパーなどに並び、市民の皆さんが使っていくという循環経済を実現していくことを目指しています。もちろん企業の取り組みとしても先進的ですが、 そこに市民と行政も加わり、一体となり挑戦していく取り組みです。
-世の中では脱プラスチックの動きがありますが、そのあたりはどのように捉えているのでしょうか。
梅宮さん:
そうですね。「プラスチックは悪」と言われたり、海洋ゴミの問題もありますが、市原市としてはしっかりリサイクルすればプラスチックは悪ではないという認識を持っています。企業としても、プラスチックを取り巻く様々な問題がある中で、化学会社としての社会的責任を果たせる取り組みだと思います。
-「マテリアルリサイクル」の課題を解決したリサイクル方法を採用した結果ということですね。ほか2つのプロジェクトはどのようなものなのでしょうか。
石井さん:
2つ目のプロジェクトは「里山・アートを活かした持続可能なまちづくり」です。市原市には里山やゴルフ場など観光資源がたくさんあるので、それを使って人を呼び込み、最終的には移住・定住につなげることを目指しています。また先にお話しした千葉県誕生150周年記念事業の「百年後芸術祭」もこのプロジェクトの一環です。
さらに、市内の空き家を調査して、移住を考えている人に貸し出すという会社を興した若い世代の方もいます。実際若い世代の方が市の南部に移住するという動きもあります。
3つ目のプロジェクトは「すべての子ども・若者に夢と希望を」ということで、いわゆる子育て支援の取り組みになります。特に市原市としては若い世代の貧困を課題として意識しています。そのため、スクールソーシャルワーカーの配置を増やし、きめ細やかな相談対応ができる体制を構築したり、子ども食堂の運営補助制度をつくり支援したり。市原市で育った子どもや若い方々が環境に左右されることなく、自分らしく、夢や希望を持って活躍できるまちにするための取り組みを進めています。
持続可能なまちづくりは、行政の力だけでは実現できない
-様々な取り組みをされている市原市ですが、「SDGs未来都市」に選定されたことで、市民や企業などの反応はいかがでしたか。
梅宮さん:
市民の皆さんや企業・団体の皆さんからはかなりの反響がありました。企業については、すでにSDGsの取り組みを始めている企業が多かったので、「何か一緒にやれませんか」とお声掛けいただく機会が増えました。
市民の方からは、「SDGsって何ですか?」という問い合わせもいただきました。そこから「環境問題だけじゃないんですよ」といったことをお話すると、「頑張っているんだね」と応援いただくようになりました。
そういった中で、市民の皆さんへの啓発活動の一環として、「いちはら版Get The Point」というSDGs学習ゲームを制作しました。それまでSDGsの出前講座を行っていたんですが、座学で1時間話しても分かったようで分からないんですよね。それならゲームを通して学びましょうということで、未来を担う高校生や大学生に参画いただきゲームを制作しました。
このゲームは4人1組で行うボードゲームです。資源カードを使ってアイテムを作成して、アイテムごとに設定されているポイント数を競います。石油や木材、植物などの資源を使って、車や携帯電話をつくったり、家を建てたりするわけです。1ゲーム目は資源のことを考えずにどれだけポイントを獲得できるかの勝負ですが、2ゲーム目は資源のことを考えながらゲームを回すことが目的になります。例えば「石油はどんどん使うとなくなるのであまり使わない方がいい」とか、「植物は回復するからもう少し使える」という感じで、みんな考え始めるわけです。
-なるほど!そういったところで持続可能性を学んでいくわけですね。
梅宮さん:
そうなんです。このゲームにポリスチレンのケミカルリサイクルなども取り入れることで、市原市独自のものになっています。ただし、このゲームを使った啓発活動も職員の出前講座だけでは限界があるので、ゲームを市内の全学校に配布し、学校の先生方をファシリテーターとして養成をすることで、授業などで活用してもらっています。
また、市民や企業の方に向けた取り組みとしては「市原市SDGs宣言制度」もあります。これはSDGs達成に向けて頑張る意思を宣言していただく制度です。宣言いただくと認定証をお送りしています。この認定証がPRに活用していただけるということで、企業や学校、NPO法人など様々な方に登録いただき、市内においてSDGsの裾野が広がったと感じています。
その次の段階として、「宣言したけど、何から取り組んだらいいかわからない」という方のために、主に中小企業に対して、SDGsの考え方を企業経営に活かす「SDGs経営支援研修」も実施しています。SDGsへの理解を深めるとともに、参加者同士のビジネスマッチングの機会になっています。さらに、2023年度からは「いちはらSDGsアワード」という表彰制度もスタートしました。これは、市原市を代表するような先進的なSDGsの取り組みを表彰する制度です。このように、宣言から研修、アワードと段階的にステップアップする仕組みをつくっているところです。
その他にも、2022年度の出前講座はオンライン含め33団体、約1,000名の方に受講いただいたり、広報誌でSDGsの17のゴールごとに、SDGs達成に向けて取り組む事業者等を紹介したり、様々な啓発活動を行っています。
-職員のSDGsへの意識も高まっているのでしょうか。
石井さん:
市民の皆さんの意識が高いのに、職員がSDGsのことを全然知らないわけにはいかないので、研修やゴミ分別の運動会を実施したりしています。その結果、職員の意識調査では「SDGsという言葉を聞いたことがない職員」が2019年度は12%程度いましたが、今は0%になりました。
とはいえまだまだ途上だと思っています。大切なのは、自分の業務とSDGsのゴールを紐づけるだけではなく、経済・社会・環境、3つの側面に対して相乗効果が発揮できる取り組みを続けることです。そこはまだ市役所も発展途上なので、引き続き頑張っていきたいと思っています。
全国に先駆けて、日本全体が抱える課題解決に取り組んでいく
-では最後に、今後の課題や展望をお聞かせください。
梅宮さん:
ポリスチレンのリサイクルについては、「SDGs未来都市」の提案の中でもメインのプロジェクトとして国からも評価いただきました。ただ、そもそも市原市はプラスチックゴミを分別回収していないので、まずは市民の意識調査からはじめています。自治会の方と話したり、アンケートを取ったりしてみると「環境に良い取り組みだからやるべき」という声がある一方で「分別が面倒」という声もありますが、少しずつ制度設計を進めています。
2023年度の7月から9月には市内の一部地域で、その地区のゴミステーションや市役所などの公共施設に分別ボックスを置いて、試験的に分別を始めました。その結果、課題も見えてきたので、そういったものをクリアして来年度にはなんとか市全域で分別回収を展開したいと考えています。
具体的な課題としては、やはり「ポリスチレンだけを分別するのは非常に難しい」という声がありまして…。弁当のフタや乳酸菌飲料の容器ひとつとっても、ポリスチレンと書いてあるモノもあればそうじゃないモノもある。カップ麺の容器もポリスチレンでできているモノもあれば紙製のモノもあるので、今まで燃えるゴミとして一括で出していた市民の皆さんからすると、手間だったり分からないこともありますよね。これに関してはプラスチックの一括回収ができれば解決できるので、そこをどうつなげていくのかが課題だと思っています。
企業側のプラント建設は着々と進んでいて、2024年の上半期で完成予定です。まずは工場から出てくるポリスチレン製品でケミカルリサイクルをはじめて、徐々にプラントを稼働させ、安定してきたら市内で集めたモノを少しずつ入れる予定で考えています。
市原市長はよく「市原市は“課題先進都市”だ」と言っています。市原市が抱える課題として人口減少の話をしましたが、日本全体では2008年頃から人口減少に転じている一方で、市原市は2003年から人口減少が始まっています。全国に先駆けて人口減少や少子高齢化が進んでいるわけです。また全国に8つある石油化学コンビナートを擁する自治体として、カーボンニュートラルの問題など、取り組まなければいけない課題が山積みです。そこで市長がよく言うのは「市原市でできなければ、他の自治体でも解決できない」ということです。そのくらいの気持ちで市として先頭を切って課題解決に取り組み、また市民と企業と行政が一体となって進めていければと思います。
-全国の課題解決のモデル都市になるということですね。本日はお忙しい中ありがとうございました。