齋藤 佳太
青森県弘前市出身。2008年に弘前市役所に入庁。入庁後は、教育委員会で総務や人事、学校の統廃合関係の業務に従事し、2019年から企画課に配属。市の総合計画推進担当として全庁的な施策の推進に携わりながら、SDGsの推進担当として今回のSDGs未来都市の提案等にも携わる。
introduction
「さくらまつり」や「ねぷたまつり」で有名な青森県弘前市は、高品質のりんごが生産される日本一のりんご産地でもあります。
しかし、日本一のりんごの産地であり続けるためには取り組むべき課題も抱えています。そこで現在、SDGsの取り組みにより、持続可能なりんご産業を実現するプロジェクトを推進中です。
令和5年度には、このプロジェクトが評価され、青森県ではじめて「SDGs未来都市」、そして北東北三県ではじめて「自治体SDGsモデル事業」に選定されました。
今回は、 弘前市役所企画課 総合計画推進担当でSDGsの推進を担当する齋藤佳太さんに、りんごの産地ならではの課題やSDGsの取り組みなどについて伺いました。
日本一のりんごの産地、SDGsを課題解決の起爆剤に
–はじめに、弘前市のご紹介をお願いいたします。
齋藤さん:
弘前市は県の南西部、津軽平野に位置する人口約16万2千人の市です。
特産物はりんごで、日本一の産出量を誇ります。令和3年の市町村別農業産出額果実部門では年間産出額467億円で8年連続国内一位でしたが、その殆どはりんごです。りんごの他には桃やシャインマスカット、最近ではワイン用のぶどうなども栽培されています。
また、春の「弘前さくらまつり」、夏の「弘前ねぷたまつり」には全国から沢山の観光客が訪れ、観光都市の一面も持っています。
–令和5年度の「SDGs未来都市」「自治体SDGsモデル事業」に選定されていますが、提案のきっかけや背景をお聞かせいただけますか。
齋藤さん:
以前から、庁内でもっとSDGsの取り組みに力を入れるべきではないかとの議論がなされてきました。そのため、市の総合計画の取り組みとSDGsの各ゴールとを結びつけ市民に紹介したり、出前講座を開設したりなど工夫はしていたんです。
しかし、そもそも市職員のSDGsに対する理解が進んでいなかったため、そうなると市民への普及も難しいというのが実状でした。
また、りんご生産者の高齢化という課題も背景にあります。
平成17年に59.8歳だった生産者の平均年齢は2020年には63.8歳になり、高齢化とあわせて後継者不足が進んでいます。
市内には弘前大学があるものの、卒業生の多くは市外に出てしまい、ましてや農業に従事する人はとても少ない状況です。
こうした中で毎年400億円以上の産出額を維持するには、後継者の育成が不可欠でした。
そこで、令和4年に内閣府が開催したSDGs人材育成講座に職員が参加し、それをきっかけにSDGsの取り組みを市政、特にりんご産業活性化の起爆剤にしようと「SDGs未来都市」への提案を行いました。
「りんごDX」「トヨタ式カイゼン」新しい取り組みで持続可能なりんご産業を実現する
–では「SDGs未来都市」に選ばれた「SDGsで未来につなぐ『日本一のりんご産地』実現プロジェクト」の「経済面」「社会面」「環境面」三つの取り組みのうち、まずは「経済面」について詳細をお聞かせください。
齋藤さん:
「経済面」で注力しているのは、これまでも取り組んできた「りんごDX」導入の加速化です。
高品質なりんごの生産を安定的に継続するにはいくつか課題がありますが、大きな問題が後継者不足です。
特に技術の継承は難しく、その中でも剪定作業はとても難易度の高いものとなっています。
りんごの剪定は冬の葉のないときに行いますが、枝をどのように切るかで次の年の実のつき方が変わってくるという、熟練の生産者が目利きで行う難しい作業です。しかし、冬の剪定時期にしか直接勉強する機会が持てないことが課題になっていました。
そこで、剪定技術をVR空間内で学べるりんご剪定学習支援システムを構築し、今は地域での実装を目指して取り組んでいます。
このシステムを利用すれば、一年を通して剪定を学習でき、後継者を育成することができます。
他にも、食品の持つ健康機能性を明記した機能性表示食品としてのりんごブランドの展開や、高密植栽培などの「省力樹形栽培」の普及展開、東南アジアやインドなどへの新たな販路の開拓を進めています。これにより、2030年までには持続可能な生産体制の構築・生産者の農業所得の向上とともに、関連産業である卸売、小売、加工飲食業にも効果を波及させたいと考えています。
–「社会面」での取り組みはどのようなことに注力されているのでしょうか。
齋藤さん:
「社会面」では国内外の工場や現場で広く採用されている「トヨタ式カイゼン」を取り入れ、りんごの生産現場や選果場をはじめとする出荷現場にそのノウハウを応用したいと考えています。
令和5年度は、トヨタの方に来ていただき、選果場での「トヨタ式カイゼン」の指導をお願いする予定です。また、生産現場の方々に「トヨタ式カイゼン」の基礎を学んでいただくための「農業塾」を開催いたします。
これをきっかけに、今まで気づかなかった作業工程の無駄を徹底的に洗い出して改善を図り、作業負担の軽減と生産性の向上に繋げたいと思います。あわせて、その事例を広く周知することで、市内全域でりんご産業の現場改善を推進します。
その他には、数年前から取り組んでいる「農業人材育成システム」を活用し、経営発展に意欲的な新規就農者、現役就農者を定着させ地域を牽引していく担い手になってもらいたいと考えています。
「農業人材育成システム」は、どなたでも参加いただける「農業体験」、農業を始めたい方向けの「就農研修」、農業を営むための「営農研修」、「スキルアップ研修」の4段階の人材育成プログラムです。県外からの移住希望の方でも農業を始められるようになっています。
また、りんご産業を維持するためには、りんご生産者の健康増進が何よりも大切です。市では「健康都市弘前」の実現を市政の中心に据えており、弘前大学と連携してりんご生産者が啓発型健診を受診できる機会を設け、生産者の健康増進と健康意識の改革に取り組んでいます。SDGsの取り組みでも健康面に留意し、活力を持って活動を続けられるりんごの産地を2030年のあるべき姿としています。
–「環境面」での取り組みについてもお聞かせください。
齋藤さん:
環境面では「無煙炭化器」の導入を進めていきます。
前にもお話ししたとおり、りんごの栽培には剪定が不可欠です。現在は切った枝を各生産者が畑で燃やしたり、チップにしたりしているのですが、燃やす場合は市内の多くのりんご畑で剪定枝を燃やすため、多くのCO2を発生させることが課題になっています。
この課題解決のために、剪定枝を畑で直接燃やすのではなく「無煙炭化器」を利用し、処理する取り組みをはじめます。
「無煙炭化器」を使って剪定枝を燃やすと、CO2の排出量を減らせるとともに、バイオ炭が生成できます。バイオ炭は畑にまくと保水効果があり、土壌の改良にも使えるんです。さらに、化学肥料の使用も減らせることから環境負荷の低減に繋がります。
この取り組みを推進するためには、生産者の皆さんに広く「無煙炭化器」を使っていただくことが必要となります。そこで、まずは市が複数購入してモデル的に使用してもらい、良さをわかっていただこうと考えています。そのうえで、生産者の皆さんのご理解が進んだ際には、より広く導入していただけるような手法を検討していきたいと思います。
また「搾汁残渣(さくじゅうざんさ)エネルギー化システム構築事業」にも取り組んでいます。
現在、市内にあるりんごジュース工場で廃棄されるりんごの搾りかすをバイオマス資源として活用できないか可能性を調査中です。
具体的には、りんごの搾りかすが、いつ、どこで、どのくらい発生し、どの程度廃棄されているのか、また、りんごの搾りかすを原料として、バイオガスがどの程度発生するのかなどを調べています。
他にも、近年の猛暑などへの対策として温暖化に対応した生産技術の研究など、りんご産業を起点とし、脱炭素社会の構築と気候変動に対応した生産技術の確立を目指しています。
–では、各取り組みを結びつける「三側面をつなぐ統合的な取り組み」ではどのような効果を目指しているのでしょうか。
齋藤さん:
それぞれの取り組みを推進していく中で、別の側面にも効果を波及させたいと考えています。
まず、「経済面」のりんごDXを推進し、デジタル技術を生産者に身近に感じてもらうことで、意欲的な優れた経営感覚を持つ担い手が育てば、「社会面」の人材育成という課題の解決に結びつきます。
さらに「社会面」の「トヨタ式カイゼン」の導入で生産性を向上させ、少人数でも高品質のりんごを生産できる体制を築き、経済効果も高めたいと考えています。
また、「環境面」の「無煙炭化器」の導入の取り組みを広く消費者に知ってもらい、弘前産のりんごを食べることで、環境保全に貢献できるとPRすれば、より関心を持ってもらえるはずです。高品質のりんごに「環境に良い」という付加価値をプラスできれば、ブランド力が向上し、りんご販売額の更なる増にも繋がると考えています。
市民の声に耳を傾け、皆でつくる弘前市とりんご産業の未来
–生産者の方々やステークホルダーの方達はこれらの取り組みをどう捉えていらっしゃるのでしょうか。
齋藤さん:
多くの生産者はSDGsについて知っていますし、新しいことに前向きに取り組みたいと言ってくれている方もいます。
一方で、例えば「無煙炭化器」とはどのようなものなのかわからない、情報がもっと欲しい、自分達の声をもっと聞いて欲しいなどの意見もあります。
生産者やJAの皆さんは、これまで日本一のりんごの産地を築いてきたという自負や誇りを持っています。ですから、SDGsだからとか、改善が必要だからと一方的に取り組みを押し付けるのは違うと思うんです。
研修に来ていただくトヨタの方々と一緒に現場を回ってきちんと現状を把握し、生産者やステークホルダーの声をまず聞いて、その目線を大切にしながら、将来も日本一のりんご産地であり続けるための取組を、SDGsの面からも具現化していこうと思います。
–市民の方々へのSDGsの取り組みの周知はどうされているのでしょうか。
齋藤さん:
SDGs未来都市に選定されたのを機に市民への周知にも力を入れたいと思っています。
その中で今年度は、特に子ども達を通した周知に取り組んでいきます。
具体的には、市内小・中学校からモデル校を募集して、SDGsを周知するCMを作ってもらいます。選ばれたCMは県内の民間放送局で放送し、市民・県民にSDGsの取り組みをPRします。
また、SDGsをテーマとしたリアル謎解きゲームの実施など新しい企画を通しての発信や、市民の皆さんが見る広報紙で特集を組むなど、SDGsを身近に感じられるようにしたいと思います。
市民の皆さんに周知するには市の職員の理解も不可欠ですので、職員向けの勉強会も行っています。
自治体でのSDGsの活用を研究している慶應義塾大学大学院の高木超(こすも)先生を招き、全6回の研修を通して、SDGsをどう行政に活かしていくのか、自分の業務にどのように取り入れて実践するのかをしっかり勉強していきたいです。
–では最後に、今後どのようにSDGsの取り組みを進めていくのか展望をお聞かせください。
齋藤さん:
弘前市は青森県で初めてSDGs未来都市に選定された自治体です。とても光栄に思うと同時に、今後は市内はもとより県全体のSDGs普及啓発モデルとなるように取り組んでいきたいと思います。
また、県外でもりんごに限らず、梨・みかんなどいろいろな果樹生産地が担い手不足の課題を抱えていると聞きますので、弘前市が果樹生産地域の課題解決モデルになれるように取り組みを推進したいと考えています。
–弘前市のりんご産業のさらなる発展が楽しみです。本日は貴重なお話をありがとうございました。
青森県弘前市公式HP : https://www.city.hirosaki.aomori.jp/index.html
弘前市「SDGs未来都市」情報 :https://www.city.hirosaki.aomori.jp/jouhou/2023-0602-0930-433.html