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循環型農業とは?メリット・デメリット、実践事例やSDGsとの関係も

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現在は、社会全体が循環型経済(サーキュラーエコノミー)への移行という変革の時期です。これは農業分野も例外ではありません。

日本の農業は今、「循環型農業」への移行を推進しています。循環型農業とは、これまでの農業とどのように違うのでしょうか?

これからの農業の在り方を知るために、循環型農業について知識を深めておきましょう!それでは、循環型農業のメリット・デメリット、有機農業との違い、実践事例やSDGsとの関係などを紹介します!

目次

循環型農業とは

「循環型農業」とは、自然の流れに沿って、資源を循環させて営む農業です。日本は、人間社会全体が自然と共に循環しながら生きていく「自然共生社会」を目指しています。その中でも、循環型農業への取り組みは社会を支える基礎として非常に重要です。

みどりの食料システム法

日本では2022年7月から、循環型農業に関連した「みどりの食料システム法」が施行されています。この法律は、

  • 生産から消費までの環境負荷の低減
  • 持続性の高い農業生産方式の導入促進

を基本理念とした、農林漁業・食品産業の持続的な発展と環境保全の両立を目指すことを定めたものです。今後、人の健康や環境に負担となる農業や食品の生産方法は規制が進む一方、環境負荷を軽減する生産方法には特例措置が受けられます。

この特例措置は、農林漁業の個人または組織・団体が、環境負荷を低減する事業活動の計画書を作成して各都道府県知事に申請し、認定を受けることで利用できるものです。この認定基準は「緑の食料システム法」に沿って各都道府県ごとにそれぞれの基準が設定されています。

【みどりの食料システム戦略:より持続性の高い農法への転換に向けて】

みどりの食料システム法の施行にともない、農林水産省は「みどりの食料システム戦略」を策定しています。より持続性の高い農法へ転換するためのチェックポイントを設けるなど、多くの農家が循環型農業に取り組めるよう活動しています。

【みどりの食料システム戦略の目標】

エコファーマー制度について

「エコファーマー」とは、「みどりの食料システム法」に基づき各都道府県の知事から認定を受けた農業者の愛称です。エコファーマーの愛称が使用できるのは「みどりの食料システム法」に基づいた、認定を受けた農業者です。エコファーマー制度の認定基準は各都道府県がそれぞれ定めています。

例えば熊本県では、化学肥料を通常より30%以上減らし、化学合成農薬も通常より減らすことが基本となる条件として挙げられています。

【くまモン】

くまモン

【熊本県のエコファーマー認定件数の推移】

少し古い資料ですが、2000年には12件だったエコファーマー認定件数は、2011年には10,443件まで増加しています。全国的にも、農業従事者の数がゆっくりと減少傾向で横ばいの状況の中、エコファーマーの認定件数は2011年頃に大幅な増加傾向はなくなりましたが、それ以降も毎年わずかに増加する傾向で推移しています。

【熊本県のエコファーマー認定を受けるには】

循環型農業は、日本が国をあげて今後の農業の姿として目標としています。続いて、循環型農業の仕組みを確認しておきましょう。*1)

循環型農業の仕組み

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循環型農業の「資源の循環」とは、実はかつて世界各地の伝統的な農業で確立されていたシステムです。例えば、

  1. 農産物の収穫の後のわらや野菜のくずなどを家畜の餌として利用する
  2. 家庭で出る排泄物や家畜の糞で堆肥を作る
  3. それらの堆肥を利用して農産物を育てる

と、資源を循環させながら農産物を生産します。このような農業は日本でも伝統的に行われてきました。

日本ではこのような地域を「里地里山」と呼んでいます。循環型農業の行われている地域には農地をはじめ、ため池・森林・草原など多様な「二次的自然環境」※「生物多様性」を育みます。

しかし、現代の循環型農業が目指すのは、必ずしもこのような里地里山の伝統的な農業のスタイルとは限りません。もちろんこのような場所の保全も大切ですが、一方で現在主流の農業の方法を改め、地域の広い範囲で資源を循環させ、将来も持続可能な農業システムへ再構築することを目指しているのです。

二次的自然環境

人間の生活と共生した、人間の活動によって管理・維持されてきた自然環境

【里地里山の二次的自然環境】

上の図の黄緑の矢印の範囲が、人間の活動が関わっている「二次的自然環境」です。稲作・耕作のためのため池や水路、雑木林の管理などから、人間の生活と自然環境が共存し、特有の生物多様性が豊かです。

日本の固有種の多くが現在絶滅の危機に瀕しているのは、このような里地里山が減少し、そこに住んでいた生き物の生息環境が変わってしまったことも原因の1つです。例えばタガメやゲンゴロウは里地里山のため池や水田に多く生息していましたが、近年数が減少しています。

循環型農業で大切なこと

循環型農業は「化学肥料や化学合成農薬を低減する、または使わない」ことが前提となりますが、これまで化学物質に頼った農業をしていた土地でこのような取り組みを行うことは簡単なことではありません。周囲の環境も生態系も整っていない状態から始めなければならないので、正しい知識と方法で行わないと上手くいかないのです。

そこで、循環型農業では

  • 気候変動に対応した高温に強い品種
  • 高温に対応した生産技術の導入
  • スマート農業の導入
  • その地域で伝統的に行われてきた農業の記録

などから、適切な方法を採用して行うことが大切です。

循環型農業から地域循環圏の形成へ

【バイオマスを活用した地域活性化】

循環型農業での資源の循環は

  • 狭い地域で循環させることが適切なもの
  • 広い地域で循環させることが適切なもの

を、それぞれ最適な形にすることにより、重層的な循環が形成され、「地域循環共生圏」※を作ることができます。さまざまな資源を農業だけでなくエネルギー分野など幅広い用途で循環させることにより、地域の化石燃料の利用割合を削減することも可能です。

また、地域ごとの小規模なエネルギーシステムの構築により、大規模発電所に頼らない災害に強い地域づくりにもつながります。

地域循環共生圏

各地域が美しい自然景観等の地域資源を最大限活用しながら自立・分散型の社会を形成しつつ、地域の特性に応じて資源を補完し支え合うことにより、地域の活力が最大限に発揮されることを目指す考え方

アグロフォレストリーも循環型農業の1つ

循環型農業の例としてアグロフォレストリーが挙げられます。

「アグロフォレストリー」とは、「森林農法」とも呼ばれ、同じ土地で複数の種類の樹木や野菜などを栽培し、農業と林業を複合経営することです。持続可能な土地利用として、世界の森林伐採が問題となっている地域などで、解決策の1つとして期待されています。

アグロフォレストリーは森林伐採問題の根本的な原因となっている地域の貧困を解決し、森林再生にもつながります。複数の種類の作物を同じ土地で育てることでリスクを分散し、1つの作物が不作でも収入全体に与える影響を小さくすることができるのです。

また、植物がそれぞれ持つアレロパシーなどの相互作用で土地を肥沃にしたり病気や害虫に強くなったりするという研究結果があります。

このようなことから化学肥料や農薬の使用を減らすことが可能です。つまりアグロフォレストリーは

  • 化学肥料や農薬にかかる経費も少なく済む
  • 化学肥料や農薬による環境汚染を削減できる
  • 土地の森林再生と生物多様性を育む
  • 少ない資金で始めることができ、安定した収入が期待できる
  • 資源の循環による持続可能な農業経営ができる
  • 安定的な収入を得ることができ不法な森林伐採をする人が減る

などの良い循環を生むのです。アグロフォレストリーでも資源の循環を基本としていることから、循環型農業の1つと考えることができます。

循環型農業は、現在農業が抱える問題を解決するだけでなく、地域の環境や資源の活用をはじめ、世界では森林伐採や貧困問題の解決にまでつながることがわかりました。次の章では循環型農業の他にもある「環境にやさしい農業」をいくつか紹介します。*2)

環境保全型農業・有機農業との違い

循環型農業の仕組みを踏まえ、ここでは環境保全型農業や有機農業など、他の「環境に優しい農業」との違いについて確認してみましょう。野菜売り場で「有機栽培」や、お米の「特別栽培米」など、さまざまな表示を見かけるようになりました。

このような農産物に関わる農業について、内容を確認したら、循環型農業とどう違うのかを考えます。

環境保全型農業とは

「環境保全型農業」も近年農業分野でよく使われる言葉です。農林水産省によると、環境保全型農業の基本は、

農業の持つ物質循環機能を生かし、生産性との調和などに留意しつつ、土づくり等を通じて化学肥料、農薬の使用等による環境負荷の軽減に配慮した持続的な農業

引用:農林水産省『【有機農業関連情報】トップ ~有機農業とは~』

とされています。つまり、

  • 自然の循環機能を農業に活用する
  • 生産性と環境への負担のバランスに気を付ける
  • 化学肥料・農薬の使用をできる限り減らす

ことで、環境への負担を軽減しつつ、将来も持続可能な農業生産を目指す取り組みです。日本の農業の理念や制作の方向性を示した「食料・農業・農村基本法」でも、適切な農業生産活動を通じて国土の環境保全に貢献するとして、環境保全型農業を推進しています。

有機農業について

 【国産有機食品の需要喚起ポスター】

「有機農業」とは、

  • 科学的に合成された肥料・農薬を使用しない
  • 遺伝子組み換え技術を利用しない
  • 農業生産による環境への負荷をできる限り低減する

という条件で農業生産をすることです。国際的には

「有機農業は、生物の多様性、生物的循環及び土壌の生物活性等、農業生態系の健全性を促進し強化する全体的な生産管理システムである」

引用:農林水産省『日本語版コーデックス規格 有機的に生産される食品の生産、加工、表示及び販売に係るガイドライン』p.2

と定められています。

有機農業の規準

有機農業で生産されたことを表す「有機農産物」と称するには、厳しい基準をクリアしなければなりません。有機農産物の認証基準は

  • 環境への負担をできる限り低減した管理栽培方法を採用する
  • 周辺から有機農産物規格で使用が禁止されている薬品などの飛来・流入がないように対策をする
  • 栽培する土壌で2年以上前から化学肥料や化学合成農薬を使用していない
  • 遺伝子組み換え技術や放射線照射を行わない

などが定められ、この基準をクリアして認証を受けた農産物以外は「有機農産物」などの表示はできません。

そのほか、

  • 特別栽培農産物:その生産地域の一般的な化学肥料・化学合成農薬の使用量に比べて化学肥料の窒素成分が50%以下、化学合成農薬の使用回数が50%以下で栽培された農産物
  • 自然栽培:自然栽培とは、化学農薬や肥料を使用せず、本来作物がもっている能力を引き出す農法

なども、人の健康や環境に配慮された農産物として注目されています。

循環型農業・環境保全型農業・有機農業との違いとは

【化学肥料や化学農薬の使用状況(取組水準)と用語の関係】

上の図からもわかるように、農林水産省では「環境保全型農業」のなかに「特別栽培農産物の栽培水準」、さらにそれより厳しい基準をクリアした「有機農業」という関係が説明されています。これら有機農業などと循環型農業の違いは、用語として、

  • 循環型農業:資源の循環を中心に考えた環境や生物多様性に負荷をかけない農業

なのに対し、有機農業・特別栽培農作物の栽培基準・自然栽培は

  • 化学肥料や農薬の使用量の制限や・使用の有無
  • 遺伝子組み換え技術を利用しない

などを中心に考えた農業です。

これらの農業は最終的には

  • 持続可能な農業
  • 環境・生物多様性の保全
  • 人と自然の共存

を目指した農業ですが、焦点を第一に当てているのが

  • 資源の循環
  • 化学合成物質の削減

という違いがあると言えます。そのため、循環型農業と有機農業では同じような取り組みも行いますが、

  • 有機農業を実施していても資源の循環にはあまり力を入れていない例
  • 循環型農業を行なっていても有機農業の規格は満たしていない例

もあります。

どれも目指しているのは持続可能な農業システム

【食品廃棄物からたい肥を作る循環システムの例】

しかし結局は有機農業を行う場合、化学肥料・化学合成農薬を使わないので、有機肥料の利用やアレロパシーなどを利用した防虫・病気対策を行う必要があります。そのため結果として家畜の糞で堆肥を作ったり、収穫物の商品にならない部分を家畜の餌に有効利用したりする例が多いので、切り口は違っても循環型農業を目指していることになります。

【持続性の高い農業生産方式】

そもそも化学肥料や化学合成農薬を利用しないのは、環境と人を含めた生物多様性に配慮した安全・安心で持続可能な農業を目指しているからです。化学肥料・化学合成農薬の使用は土壌を衰えさせるだけでなく、その周辺の生き物たちにも影響を与え、負の連鎖を生んでしまいます。

社会全体も「循環型経済」へと移行する努力をしていますが、農業は人間社会の土台を担う存在です。全体的に持続可能な農業を目指しているので、これらの違った名前で呼ばれる農業の間で、同じような取り組みが多くなるのは自然なことと言えます。

循環型農業をはじめとした今注目の農業スタイルをそれぞれ確認したところで、次の章では循環型農業が注目されている理由に迫っていきましょう!*3)

循環型農業が注目されている理由

【今が分かれ道の日本経済】

世界は今大きな変革の時を迎えています。「第4次産業革命」とも呼ばれ、経済産業省も日本経済の将来を見据えて、

痛みを伴う転換か安定を求めたジリ貧か、日本の未来をいま選択。

引用:経済産業省『今が日本の第4次産業革命の分かれ道。』

と、この移行の重要さを訴えています。これは農業分野でも同じです。

日本の農林水産業は、現状のままではゆっくりと衰退していくと考えられています。しかし、食料自給率が下がると、それにともない食料の輸入という形で「命を維持する基本」ともいえる食料供給を、他国に頼る割合が増えていきます。

近年の気候変動による甚大な自然災害の増加国際情勢の不確定さから、いつまでも安定的に他国から食料が輸入できるとは限りません。そのためにも日本の農業は今、循環型農業へと移行し、おいしくて安心・安全な食料を国内で持続的に生産できるシステムを構築する必要があります。

このように、日本の農業にとって循環型農業への移行は日本の未来の食料事情がかかった重要な課題なのです。もう少し踏み込んで様々な面から、より具体的に考えていきましょう。

温暖化による気候変動の農業への影響

【日本の年平均気温の推移】

日本の年平均気温は100年あたり1.28℃の割合で上昇しています。2020年には統計開始の1898年来で最も高い平均気温を記録しました。

【高温による稲作への影響】

農業は気候変動の影響を大きく受けてしまう分野です。すでに高温による農作物の品質低下などが発生しています。

【水稲うるち玄米の一等比率の推移】

2010年と2019年には、夏の高温障害が原因で全国の米の収穫量に占める一等米の比率が大きく低下しました。農業分野ではこのような気候変動によるリスクを軽減させるために、高温耐性のある品種を導入したり、これまでの生産量重視の農業から品質重視の農業へと転換したりなど、さまざまな適応策が求められています。

循環型農業は品質重視の農業という点でも、自然の循環を利用してリスクへの耐性を強めるという点でも注目されています。

農業由来の温室効果ガスが意外に多い

世界的に深刻な問題となっている気候変動の大きな原因と考えられているのが、人間の活動による急激な温室効果ガス(GHG)の排出量増加です。実は世界的に見ると、農業由来の温室効果ガスの排出量は意外と多く、全体の23%も占めています。

【世界の農業由来の温室効果ガスが全体に占める割合】

循環型農業では、野菜くずや家畜の糞などを再利用することから、これまでその処分のために排出されていた温室効果ガスを削減することができます。

里地里山の衰退による生物多様性の損失

【世界的な生物多様性の減少と自然劣化の例】

里地里山が育む二次的自然環境では、生物多様性も豊かです。しかし産業革以降の高度経済成長期には、

  • 都市部への人口集中、地方の過疎化
  • 生産量重視の大規模農業
  • 化学肥料・化学合成農薬に頼った農業

などの影響から、里地里山の衰退や周辺の自然環境の変化が原因で、そこに住む生物の多様性が失われていく傾向にあります。循環型農業では、里地里山の伝統的な農業で実現していたような資源の循環を、地域の広い範囲で実現することを目指すので、地域の二次的自然環境の再生につながります。

消費者のSDGs・エシカル消費への関心が拡大

【SDGsやエシカル消費に関する興味や取組状況】

日本ではSDGs※エシカル消費※に関心のある人が年々増加しています。2021年の消費者庁の調べではSDGsやエシカル消費に関心のある人・取り組みを実行している人などは全体の47.7%でした。

つまり、価格の安さよりも社会問題解決のために配慮した商品を購入したいと思っている消費者が、全体のほぼ半数はいるということです。また、全体の90%を超える人が「エシカル商品の販売は企業のイメージアップにつながる」と考えています。

Sustainable Development Goalsの略称で、2015年に国連サミットで採択された17の持続可能な開発目標

地域の活性化や雇用などを含む、人・社会・地域・環境に配慮した消費行動

循環型農業が注目されている理由は現代の社会問題に起因しています。これらの社会問題を解決するために循環型農業はどのように貢献するのでしょうか?次の章で、循環型農業のメリットと照らし合わせてみましょう!*4)

循環型農業のメリット

【マチュピチュの段々畑】

マチュピチュの段々畑

ここまで見てきた循環型農業の仕組みや注目されている理由を「循環型農業のメリット」としてまとめて確認しましょう。どれも現在深刻になっている社会問題の解決につながるものです。

化学肥料・化学合成農薬の使用量を低減できる

循環型農業は自然の循環を利用して行われるため、その場所の土壌を豊かにし、生物多様性の損失を抑制します。循環型農業では、化学肥料や化学合成農薬はこの自然の循環を妨げるので、化学物質の使用をできる限り減らす工夫をします。

温室効果ガスの排出量削減

循環型農業では、これまで多くが廃棄物として処分されてきた、作物の食べられない部分や食品廃棄物、生ごみ、家畜の糞などを資源として利用します。この資源の循環利用によって、これらが処分される際に排出される温室効果ガスを削減することができます。

【日本の温室効果ガス排出量】

様々な分野の努力により、日本の温室効果ガスの排出量は2014年以降減少傾向にあります。

持続可能な農業で将来的にも安定した生産

高度成長期に増加した大規模生産型の農業や化学肥料や化学合成農薬に頼った農業では、土地の劣化や生物多様性の損失、人体への影響などさまざまな問題に直面しています。循環型農業はこれらの問題を解決し、将来も持続可能で安定した生産のできる農業を目指します。

生産者にも消費者にも健康面で安全

循環型農業は資源の循環のために、化学肥料や化学合成農薬をできる限り低減した方法で行われます。このため、作る人にも、食べる人にも安心安全な農作物が生産できる農業と言えます。

SDGsやエシカル消費に関心がある人のニーズに応える

循環型農業で生産された農作物は、このようなSDGsやエシカル消費に関心のある消費者のニーズに応えるほか、循環型農業で栽培された農作物を販売する企業や生産する農園のイメージアップにつながります。

メリットのたくさんある循環型農業ですが、始めてすぐに全てうまくいく農業ではありません。そこにはデメリットと言える壁もあるのです。

メリットに続いて、循環型農業の課題やデメリットに注目してみましょう。*5)

循環型農業の課題・デメリット

循環型農業の推進を妨げるものを整理して見ていきます。

手間がかかる

そもそも農業を行っている場所は人間が手を加えて田畑にしているので、自然(一次的自然環境)ではありません。現在、多くの農業の現場では広い面積に1種類の作物が栽培されています。

これは生産者の都合ですが、病害虫にとっても餌が多く好都合な環境です。また、農業生産される作物は品種改良や選抜により、自然の植物とは違ったものであるため、自身を守る能力が低下していると言われています。

慣行栽培※では病害虫や雑草による収穫の減少を防ぐためや、労働の軽減のために化学肥料や化学合成農薬が使われてきました。しかし、これを低減する、または使用しない循環型農業では、これまで化学肥料や化学合成農薬で抑えていたリスクや作業に必要な労力が増えることになります。肥料や病害虫への対策を別の方法で行う必要があり、手間がかかります。

慣行栽培

その農産物にこれまで一般的に行われてきた栽培方法で、化学肥料や化学合成農薬などを使用した農業のこと。

収入と生産コスト・初期費用

循環型農業は、まとまった規模で行うには初期費用が高くついたり、家畜の糞や生ごみを堆肥化する施設が必要になったりと、個人や地域が、収入と生産にかかるコストとのバランスをとるのが難しい場合があります。手間やコストがかかるために、慣行栽培の作物との価格差が大きくなってしまう場合もあります。

循環型農業の正しい知識や経験が必要

里地里山などで受け継がれてきた伝統的な農業は、長い時間をかけて人間の活動と自然の循環が調和したものです。そのような循環や自然との調和が成り立っていない場所で、循環型農業をうまく行うためには科学的根拠に基づいた正しい知識や、地域の伝統農業の記録適切な管理を行うための経験が必要です。

また、個人では取り組むのが難しいこともあるので、地域の理解や、地域ぐるみの取り組みが求められます。

続いては、循環型農業の実践事例を紹介します。循環型農業への取り組み方には、個人で取り組むもの、地域全体で取り組むものなどさまざまです。*6)

循環型農業の実践事例

循環型農業は資源を循環させ、持続可能な農業システムを目指すものですが、実際にはどのようなことが行われているのでしょうか?いくつか事例を見ていきましょう。

【アイガモ農法】家畜で雑草・病害虫対策

よく知られている「アイガモ農法」も循環型農業の取り組みの1つです。アイガモ※を田に入れることで、雑草や害虫をアイガモが食べ、泳ぎ回ることで田の土をかき混ぜ、稲への酸素の供給に役立ちます。

また、アイガモの糞が肥料となり、稲の生育が良くなります。しかし、稲に穂が出ると、そちらを食べてしまうので、開花する時期には田から出さなくてはなりません。

また、アイガモ農法に利用した後は食用にもできますが、市場でのアイガモ肉へのニーズが多くはないので、流通させるには現状では難しいと言われています。このことから、アイガモ農法で利用した後のアイガモをどうするかも考えなくてはなりません。

アイガモ(合鴨)

マガモ(真鴨)とアヒルの交配雑種で、鴨料理に多く使われる。

【アイガモ】

【リビングマルチ】被覆植物で雑草対策

「リビングマルチ」とは、栽培する作物とは別に、地表を覆う作物(被覆植物)を生育させることです。生産物として栽培する作物と相性のいい被覆植物を選ぶことで、雑草抑制のほかにアレロパシー効果による病害虫抑制生育促進土壌改善などが期待できます。

慣行農業では「マルチ」※として、主に黒いビニールシートが利用されてきました。リビングマルチを導入することにより、プラスチックごみの削減と除草剤の使用を低減することができます。

マルチ

「マルチング(Mulching)」の略称で、畑の畝の表面や作物の根本、またはその他の場所の雑草抑制のためにビニールシートやわらなどで覆うこと。

【大豆栽培に麦をリビングマルチとして利用した例】

  • a:大豆と同時に麦類をまいておきます。
  • b:同時に生育して大豆の畝の間を覆い、雑草を抑制します。
  • c:夏には麦は穂を出すことなく倒れ、敷きわら状になります。

【家畜の飼料を活用】家畜の排せつ物で高品質の肥料

【家畜の排せつ物を高品質堆肥化した循環型農業】

家畜の糞などの排泄物を発酵させ、高品質な肥料にしたり、ペレット状にして扱いやすくすることで、広い地域に流通させる取り組みが行われています。この取り組みには「国内肥料資源利用拡大対策」※の一環として国が支援を行なっています。

畜産農家から出た家畜の排せつ物から、大型コンポストや自動撹拌機を備えた施設で高品質な肥料などを作り、野菜農家などで利用します。この肥料を利用して飼料用作物を作り、家畜の飼料の自給率増加※につなげるとともに、広範囲での資源の循環を実現します。

国内肥料資源利用拡大対策

肥料の国産化に向けて、畜産、下水事業者、肥料製造事業者、肥料利用者が連携し、堆肥や下水汚泥資源などの国内資源を活用した肥料への転換を進める取組

家畜の飼料の自給率

2021年度の家畜の飼料供給は、国産が20%、輸入が80%です。輸入飼料がなければ国内の家畜を維持できない状況と言えます。

【再生可能エネルギー】地域の未利用資源で発電

肥料として使いきれない家畜の排せつ物や野菜くず、生ごみなどを、バイオマス発電の燃料として利用します。これにより、再生可能エネルギーとして地域の電気をまかないます。現在主流の大型火力発電への依存度を低減し、地域の資源を地域のエネルギーに変えることで循環させます。

【地産地消型エネルギーマネジメントシステム】

循環型農業はこれからの再生可能エネルギー導入にも関わっていることがわかりましたね!資源をどのように循環させるかは、農業分野だけの問題ではありません。

一方で、社会のDX※が推進されているように、農業でも先端技術の導入が推進されています。次の章では循環型農業と先端技術を利用した「スマート農業」の関係について考えます。*7)

Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)の略称で、デジタル技術を活用した社会への変換・移行。

循環型農業とスマート農業の関係

農林水産省では、循環型農業と同時に「スマート農業」も推進しています。この2つの間にはどのような関係があるのでしょうか?

【空気の力を利用した農業用アシストスーツ 】

「スマート農業」とは、ロボット・AI・IoT※などの先端技術を活用する農業のことです。現代の農業における人手不足・危険な作業・体力的にきつい作業などの問題を、テクノロジーで解決する取り組みです。

  • 作業の自動化
  • 情報の共有化
  • データの活用

など、先端技術を農業に取り入れることにより、

  • 生産者への農作業における負担を軽減
  • 現状や先の予測に合わせた適切な栽培管理
  • 24時間体制の監視・管理
  • 情報・データの共有で熟練農業者の技術や判断を継承
  • 害虫・病気の診断
  • 土壌生物による病気のリスクを栽培前に診断

などが可能です。これらの技術は化学肥料や科学合成農薬を低減するために増えた循環型農業での手間を大きく軽減するだけでなく、農作物への管理を強化し不作につながるリスクも低減します。

Internet of Thingsの略語で「モノのインターネット」のこと。モノがネットワークに接続されることにより通信すること。

スマート農業の例①:水田の水管理を遠隔・自動制御化するほ場水管理システム

【水田の水管理を遠隔・自動制御化するほ場水管理システム】

スマート農業の先端技術の活用例として、水田の水管理を遠隔・自動制御化するほ場水管理システムが開発されました。センサーで水田の水位を計測したデータをクラウドに送信し、管理者はモバイル端末などから給水バルブや落水口の開閉を遠隔操作、または自動制御できるシステムです。

このシステムは2019年に販売が開始され、初期費用50万円ほど(規模によります)、年間使用量8,800円です。このシステムを導入することにより、水管理にかかる労力を80%削減し、気象条件に応じた最適な水管理ができます。

スマート農業の例②:病害虫診断アプリ

【画像から病害虫を自動診断するAIアプリ】

スマートフォンを使って撮影画像から病害虫を診断できるアプリも開発されています。現在、トマト・イチゴ・キュウリ・ナスの診断が無償提供されています。

新しく農業を始めた人や、まだ農業経験が浅い人も病害虫の早期発見診断が効率的にできるようになります。業害虫の早期発見・早期対応が可能になり、被害の最小化につながります。

スマート農業は循環型農業の課題解消につながる

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繰り返しになりますが、循環型農業は手間がかかります。しかしスマート農業を取り入れることによって、その労力を軽減したり、不作につながる被害へのリスクに対応したりできます。

日本は少子高齢化が進んでいますが、この状況の中で循環型農業と生産性を両立させるためには、必要に応じた先端技術の導入で農業生産の効率化が有効です。つまり、循環型農業の推進は資源・環境・健康面の問題を解決するため、スマート農業は人手不足・技術の継承・作業内容面の問題を解決するため、それぞれ必要だと言えます。

日本の循環型農業拡大への道はまだ始まったばかりです。里地里山のような伝統的な循環型農業も守りつつ、都市部の人々の食料も支えるためには、スマート農業を導入した先端技術による循環型農業で生産力を向上させる必要があります。

次の章では循環型農業とSDGsの関係を見てみましょう。*8)

SDGsウエディングケーキと循環型農業

循環型農業は「SDGsウエディングケーキ」を一番下で支える存在です。私たち人間も自然循環システムの中の一員ですから、「自然資本」が持続可能でなければ、この地球で生き続けていくことができません。

循環型農業は、持続可能な自然資本の循環利用で環境を保全し、豊かな生物多様性を育みます。同時に豊かな生物多様性は循環型農業にも良い影響を与え、全体が良い循環を形成していきます。

【SDGsウェディングケーキ】

「SDGsウエディングケーキ」とは、SDGsの17の目標の相互関係を、目標17を頂点として

  1. 経済圏
  2. 社会圏
  3. 生物圏

の3つの階層に分けて表したものです。一番下の「生物圏」が真ん中の「社会圏」を支え、真ん中の社会圏は一番上の「経済圏」を支えています。

人々が生活するためには、「生物圏」からの恩恵「自然資本」はなくてはならないものです。循環型農業はこの「生物圏」の豊かさに大きく貢献します。*9)

まとめ:今後は循環型農業へシフトチェンジ

社会はSX※を推進しています。これは農業分野にも言えることです。

持続可能なシステムに移行しなければ、地球の温暖化は進み続け、私たち人間を含めた生き物の多くは地球に住み続けることができなくなってしまうと予想されています。また、世界では人口の増加が続き、近い将来食料危機が訪れる危険性も指摘されています。

Sustainability Transformation(サステナビリティ・トランスフォーメーション)の略語で、持続可能な形・スタイルへの変換・移行。

そのような状況の中、日本の農業人口はゆっくりと減少傾向にあります。農業従事者の高齢化も進んでいます。

【農業地域別の人口推移と今後の予想】

日本の農業は環境保全も推進しなければなりませんが、食料自給率を上げるための生産力の向上人手不足問題も解決しなければなりません。循環型農業への取り組みは、初期に苦労する点が多いものの、軌道に乗れば農業分野の抱える悩みの多くが解決できる鍵とも言えます。

私たちも、消費者として持続可能な社会に貢献できる選択を心掛けましょう!無理のない範囲で、化学肥料や化学合成農薬の使用の少ない農作物を選んで食べることで、循環型農業の推進に貢献できます。

私たちの日常を少し変えることで、社会もだんだんと変わります。あなたが「こうなってほしい未来の社会」を明確にして、それにつながる行動をしましょう。*10)

〈参考・引用文献〉
*1)循環型農業とは
IGES『The Satoyama Development Mechanism (SDM)』
農林水産省『みどりの食料システム戦略の実現に向けて』p.22(2023年1月)
農林水産省『「みどりの食料システム戦略」2030 年目標の設定について』
農林水産省『環境と調和のとれた食料システムの確立のための 環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律の概要』
農林水産省『みどりの食料システム法の認定制度等について』(2023年1月)
熊本県『グリーン農業制度について』
新潟県『エコファーマーの認定について』
岩手県『エコファーマー認定者の推移』
農林水産省『【有機農業関連情報】トップ ~有機農業とは~』
農林水産省『食料・農業・農村基本法』
*2)循環型農業の仕組み
農林水産省『健全で豊かな自然環境の保全』p.44
生物多様性とは?重要性や世界・日本の現状、保全の取り組み、私たちにできることも
農畜産業振興機構『”資源循環型農業”ってなあに?』(2015年1月)
農林水産省『バイオマスの活用をめぐる状況』p.11(2016年9月)
環境省『地域循環共生圏形成に向けて』
環境省『地域循環共生圏 地域循環共生圏の概要』
IUCN『Promoting Biodiversity Net Gain in the Eastern Region of Ghana』(2023年1月)
アレロパシーとは?雑草対策になる植物一覧や作用、具体事例も
国際農研『JIRCAS 地 球と食 料 の 未 来 のために』
アグロフォレストリーとは?メリットと日本の取り組み、問題点・SDGsとの関係
*3)環境保全型農業・有機農業との違い
農林水産省『有機農業をめぐる事情』p.27(2022年9月)
農林水産省『日本語版コーデックス規格 有機的に生産される食品の生産、加工、表示及び販売に係るガイドライン』p.2
特別栽培農産物とは|メリット・デメリット、有機農産物との違い
自然栽培とは?特徴と環境にやさしいメリット、有機栽培との違い、SDGsとの関係
農林水産省『有機農業をめぐる事情』p.1(2022年9月)
環境保全とは?農業や企業の取組事例、私たちにできること
農林水産省『循環型農業で地域の環境保全に貢献』
農林水産省『環境保全型農業の推進について  生産局農業環境対策課』』p.3(2009年9月)
農林水産省『有機農業・有機農産物とは』
環境省『令和3年版 環境・循環型社会・生物多様性白書 第3章 地域や私たちが始める持続可能な社会づくり』(2022年6月)
*4)循環型農業が注目されている理由
経済産業省『第4次産業革命 -日本がリードする戦略-』
経済産業省『今が日本の第4次産業革命の分かれ道。』
食料自給率とは?世界のランキングと日本が低い理由、現状と課題、企業の取り組み
気象庁『日本の年平均気温』
農林水産省『農業生産における気候変動適応ガイド 水稲編』p.3(2020年12月)
農林水産省『みどりの食料システム戦略』p.5(2022年5月)
ipbes『生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書 2019』p.27
消費者庁『消費者意識基本調査 調査結果の概要』p.26(2021年11月)
消費者庁『「倫理的消費(エシカル消費)」に関する消費者意識調査報告書』p.42(2020年2月)
消費者庁『エシカル消費とは』
農林水産省『みどりの食料システム戦略 参考資料』(2021年5月)
*5)循環型農業のメリット
経済産業省『温室効果ガス排出の現状等』p.4
*6)循環型農業の課題・デメリット
農林水産省『特別栽培農産物に係る表示ガイドライン』
*7)循環型農業の実践事例
農林水産省『鶏の他にもいろいろ 国内の食用鳥』
農研機構『麦類をリビングマルチに用いる大豆栽培技術マニュアル [増補改訂版]』(2014年3月)
農林水産省『畜産環境対策総合支援事業』(2022年)
農林水産省『令和4年度国内肥料資源利用拡大対策事業のうち国内肥料資源活用総合支援事業の公募について』
農林水産省『飼料をめぐる情勢』p.1(2023年1月)
農林水産省『みどりの食料システム戦略 参考資料』p.46
*8)循環型農業とスマート農業の関係
農林水産省『スマート農業の展開について』p.15(2023年1月)
農林水産省『スマート農業の展開について』p.10(2023年1月)
農林水産省『スマート農業の展開について』p.20(2023年1月)
*9)【SDGsウエディングケーキ】と循環型農業
農林水産省『SDGs(持続可能な開発目標)×多面的機能支払交付金』
農林水産省『みどりの食料システム戦略の実現に向けて』p.7(2023年1月)
*10)まとめ:今後は循環型農業へシフトチェンジ
農林水産省『令和元年度 食料・農業・農村白書(令和2年6月16日公表)第1節 農村の現状と地方創生の動き』(2020年6月)