株式会社イービス藻類産業研究所 寺井良治代表取締役社長 インタビュー
寺井良治
1962年、静岡県袋井市生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、1985年に日商岩井に入社。日商岩井タイ子会社等を経て、2002年イービストレードの代表取締役社長に就任。大不況下の中、売上を2年で5倍に伸ばし、その手腕は「寺井マジック」と評される。2018年よりイービス藻類産業研究所の代表取締役を兼任。2016年1月ふくろい未来大使に就任。著書に『日本一元気な30人の総合商社』(小学館)。
目次
introduction
ナンノクロロプシスは吸収率のよいEPAを豊富に含み、養殖魚の餌や人間のサプリメントに最適です。培養に海水と太陽光、CO₂を用いる点で環境への貢献度が高く、多様な用途があることから地域創生にも繋がるという、SDGsのホープ的存在でもあります。
今回は寺井良治社長に、石巻市で展開されるナンノクロロプシス事業について詳しく語っていただきました。
藻の先進国イスラエルが取り持った「優れた藻の事業」
–まずは業務の概要をご紹介ください。
寺井さん:
弊社は、ナンノクロロプシスという、直径2~5㎛(1㎛=0.001㎜)の微細藻の事業化に取り組んでいる会社です。この藻は61種類の栄養素をもち、特にEPAの含有率が高く、アミノ酸スコアほぼ100のスーパーフードです。弊社は、そのナンノクロロプシスを石巻市にある培養施設で安く大量に生産する技術開発に取り組みながら、生産した藻の市場開拓と商品開発を行っています。
生産したナンノクロロプシスは現在、主に水産養殖分野で販売をしていますが、あわせて食品・健康食品・化粧品など新しい分野へ市場の開拓および商品開発を進めています。
日本に’藻の会社’は何社もありますが、その多くは研究開発型企業です。その中で弊社は「藻の事業創造」を目的にして、良質な藻を安く大量に生産し、かつ藻の市場開拓・商品開発に取り組んでいます。
-ナンノクロロプシスを事業対象としたきっかけ、背景は何だったのでしょう?
寺井さん:
ナンノクロロプシスと出会う前からのご説明が必要となります。イービス藻類産業研究所は、イービスグループの一社で、中核はイービストレードという東京の総合商社です。私は両社の社長を兼務しています。
イービストレードは、大手総合商社日商岩井(現双日)の社内ベンチャー第一号として2000年にEコマース事業を立ち上げるネット総合商社として設立されました。ところがITバブルの崩壊により事業モデルが崩壊状態となり、私は母体の商社から再建のために送り込まれ、様々な新規事業を手がけてきた結果、「日本一元気な30人の総合商社」と呼ばれるようになりました。その後、2013年に意を決してMBOを行い、オーナー社長になりました。
イービストレードは、小さな総合商社として色々な分野で事業を展開していますが、その中の一つの環境事業では、子会社のエビスマリンが製造する水流発生装置を使い、‘アオコ対策’に取り組んでいます。ご存知のとおり、アオコとは藻の仲間が密集した状態で、景観を損なうだけでなく、その一部の種類は毒素を含み水質を悪化させ、夏には腐敗して悪臭を放つため、社会問題にもなっています。
このアオコ対策事業において、弊社は国内外数十カ所で実績があります。要は、藻の事業としては、退治することを先に行っています。ちなみに、地球に生息する藻は30万種類以上と言われています。これらの藻は色々な特性があり、人間にとって‘良い藻’と‘悪い藻’があります。弊社は悪い藻を退治する事業に最初参入しましたが、この事業を強化するためには、藻のことをもっと知る必要がありました。また、この事業で使用している水流発生装置は、藻類の発生を抑制することができますが、一方、使い方によっては藻の増殖を促進することも経験的に分かっていました。実は、機会があれば、次は藻を育てる事業に参入しようと考えていたところに、イービス藻研の前身となるスメーブジャパン社の社長から、良い藻を生産する事業の継承をもちかけられて、今度は藻を増やす事業に取り組むことになりました。
-前身企業は、いつごろからナンノクロロプシスを手がけていたのですか?
寺井さん:
きっかけは、イスラエルからの紹介であったと聞いています。イスラエルは知る人ぞ知る技術大国で、バイオ技術もその中のひとつです。また、イスラエルの死海には色々な藻が生息していて、藻の研究も進んでいます。イスラエル大使館から日本イスラエル協会へ、「ナンノクロロプシスという大変価値のある藻を、日本でも事業化しないか」との話を持ち掛けられました。この提案を受けて、当時協会の理事であった原芳道氏が2009年スメーブジャパンを設立、イスラエルから技術を導入して2013年に国内初となるナンノクロロプシスの大規模培養事業を始めました。
EPAを飛び抜けて多く含み、貴重な栄養素も多い微細藻類界のスーパーフード
-ナンノクロロプシスがどのように優れているのかを、詳しく教えてください。
寺井さん:
藻はタンパク質、ビタミン、ミネラルなど多くの栄養素を含んでいます。例えば、クロレラは57種類、ユーグレナは59種類です。ナンノクロロプシスには、61種類の栄養素を含んでいることが分かっていますが、更に分析を進めればこの数はもっと増えると思います。ナンノクロロプシスは、栄養素の数が多いだけでなく、オメガ3のEPA、美肌効果のあるパルミトレイン酸、免疫力を高めるβグルカン、トリプトファンなどを他の藻に比べて多く含んでいます。また、アミノ酸スコアもほぼ100であり、ナンノクロロプシスはまさに「スーパーフード」です。
-ナンノクロロプシスの水産養殖飼料事業について伺います。なぜ養殖魚の餌に適しているのか、どのように用いられているのかなどをお聞かせください。
寺井さん:
水産分野では、魚の成長に合わせて、孵化直後の仔魚から始まり、稚魚、幼魚、成魚と呼び名が変わりますが、「仔魚と稚魚の段階での死亡率が高い」ことと「奇形の発生」が問題になっています。EPAやトリプトファンなど魚を元気にする栄養素を多く含むナンノクロロプシスは、仔魚の生残率の改善と奇形の発生を抑えることが分かっています。一方、仔魚は口が未発達です。ナンノクロロプシスを効率よく摂取できる様にするため、ナンノクロロプシスをワムシという動物性プランクトンに食べさせて、栄養強化したワムシを、仔魚に与えています。今は、稚魚、幼魚、成魚にも市場を広げるため、養殖事業者、飼料メーカーと一緒に商品開発に取り組んでいます。
-御社は、人間を対象とした機能性食品事業も展開されています。ナンノクロロプシスは、人間にどのような効果をもたらすのですか?
寺井さん:
ナンノクロロプシスの栄養は既に皆さん摂取しているんです。サバやイワシなど青魚が体に良いことを日本人は知っています。最近では、サバやイワシにオメガ3を多く含んでいることも周知されていますが、「青魚に含まれるオメガ3は、ナンノクロロプシスなど藻が作ったもの」であることはあまり知られていません。藻の作ったDHA・EPAを食物連鎖の中で青魚の体内に蓄積されている訳です。
少し専門的なことを言うと、魚の体内に含まれるEPAはグリセリド型をしていますが、ナンノクロロプシスに含まれるEPAは吸収率の高いリン脂質型をしています。ナンノクロロプシスのリン脂質のEPAは、吸収率が魚由来のEPAより倍も良いんです。人間が摂取した場合、脳を含むあらゆる場所で有効に作用するという特徴があります。
厚生労働省は「日本人の食事摂取基準 2010年版」で、EPA+DHAを1日に1g以上摂取するよう推奨しています。日常生活において、積極的にEPA・DHAを補う必要がありますが、ナンノクロロプシスのEPAは植物由来ですから、ベジタリアンの方でも摂取いただけます。
培養時に海水と陽光を用い、CO₂を削減するSDGsのホープ
-ナンノクロロプシスは、SDGsの観点からはどのような貢献をする存在ですか?
寺井さん:
ナンノクロロプシスは、多くの社会問題の解決に貢献すると期待されます。海の漁獲量が減る中、養殖の重要性は高まりますが、魚粉の餌は先細りです。将来的に、餌の蛋白質は虫由来に置き換わるでしょう。ところが虫には、魚粉に含まれているEPAやDHAなどの栄養素がありません。魚は蛋白質だけでは育ちませんから、ナンノクロロプシスで栄養を強化し、餌が完成すると予測されます。
養殖業界で必須のナンノクロロプシスを、弊社は三つの安定供給で支えています。
一つ目は、数量的な安定です。必要な数量を必要なだけ供給します。二つ目は、通年供給です。いつでも必要な時に供給します。三つ目は、品質の安定です。弊社は食品規格に準ずる品質のナンノクロロプシスを生産しています。私も健康のため自社で生産したナンノクロロプシスを毎日飲んでいます。
この「三つの安定」で、日本の養殖業界の発展に貢献しています。(SDGs14 海の豊かさを守ろう)
また、ナンノクロロプシスは光合成をして増えます。藻そのものが、地球環境への恵みです。アマゾンの森林が酸素を作っていると言いますが、実際は海が作り出す酸素が圧倒的に多いんです。とはいえ、海水が酸素を作るわけではなく、ナンノクロロプシスを始めとする微細藻類が海面で光合成をやり、CO₂を吸収して酸素を放出しています。1kgのナンノクロロプシスを生産するのには、約2倍(1.82 倍)の二酸化炭素を消費(削減)します。したがって、ナンノクロロプシスの生産を通して、気候変動の対策に貢献しています。(SDGs13 気候変動に具体的な対策を)
さらに、ナンノクロロプシスは、培養するプールを設置できれば、どんな土地でも育てることが可能です。実際、海外では砂漠の中でナンノクロロプシスを育てているケースもあります。ナンノクロロプシスの生産は、荒廃農地・非農地・不農地でも可能です。既存の農業生産とすみ分けをすることができますので、陸の豊かさを守れます。(SDGs15 陸の豊かさも守ろう)
ナンノクロロプシスは豊富な栄養素を含むスーパーフードです。弊社はナンノクロロプシスの食文化を創り、人々の健康維持促進に貢献しております。(SDGs3 すべての人に健康と福祉を)
このように、ナンノクロロプシスは、水資源の使用量、土地の使用量ともに少なく、最も効率的なタンパク質生産生物です。弊社はナンノクロロプシスを安く大量に提供することにより、2050年のタンパク質クライシスの対策にも貢献していると言えます。(SDGs2 飢餓をゼロに)
-藻の力をつくづく感じます。培養において、東日本大震災のあとの石巻市の復興や地方創生という角度からの貢献はありますか?
寺井さん:
ナンノクロロプシスを育てるのには、暑さに弱いため涼しい気候に、光合成で増殖するため十分な陽光、海洋性生物であることから海水が必要です。
この三つの条件が揃っているのが、石巻市です。ナンノクロロプシスが育つ快適な水温を維持するには石巻市は丁度良い気候です。また、気象庁発表の資料を見ると、石巻市は東日本で日照時間が長い(年によっては二番目)場所になっていますが、確かに晴れの日が多いと思います。石巻市の目の前には、世界三大漁場のひとつ金華山沖の海域が広がっていて、栄養豊富な海水を培養に使用することができます。まさに、石巻市はナンノクロロプシスを育てるには絶好の場所なんです。
ナンノクロロプシスは、養殖、食品、化粧品、医薬品またエネルギーなど応用分野が多岐に渡り、また、CO₂を消費する事業であることから、ナンノクロロプシスを中核にして色々な関連事業が集まります。地元企業と連携することにより、ナンノクロロプシスを使ったコラボ商品を販売するなど地域の賑わいをつくり、復興に貢献できれば良いですね。
いたるところにナンノクロロプシスがある社会と「藻の文化」を目指す
-こんなにも優れたナンノクロロプシスですが、正直に言えば、他の微細藻類に比べ、まだその名が浸透していないように思います。周知のためのご活動があれば教えてください。
寺井さん:
まず、ナンノクロロプシスという名前が覚えにくいですよね。養殖業界の方は、ナンノもしくはナンクロと呼んでいます。我々も「ナンノ」の呼び方を浸透させようと思っています。
魚から人へ、ナンノクロロプシスを食品分野で市場の開拓に取り組んでいますが、そもそも、殆どの人が藻を食べたことがなく、いくら体に良いと説明しても、進んで食べようとは思っていただけません。要は、日本には藻の食文化、藻を食べる習慣がないのです。
そこで我々は、マクドナルドさんのお袋の味戦略を参考にして、子供たちに藻を食べることに慣れてもらうことを考え、学校での藻給食の普及を考えました。いろいろな抵抗もあり大変でしたが、まずは私の郷里、静岡県の袋井市が受け入れてくれました。静岡には黒はんぺんという、イワシをすり潰して作るソウルフードがあるんです。それにナンノクロロプシスを入れた衣をまぶして揚げるメニューを考えてくれました。
結果は大成功。皆、実においしそうに食べてくれて、「黒はんぺんは好きじゃないけど、今日の藻揚げは美味しい!」と、欠席の子のぶんも、じゃんけんまでして食べてくれました。
その後、地元石巻市の小・中学校でも「藻給食」を実施してもらえ、メディアもたくさん取材に来てくれました。そして、「笹かまぼこ」の名づけ親でもある仙台の老舗「阿部蒲鉾店」さんが、テレビのニュースで藻給食を見て、仙台っ子のソウルフード「ひょうたん揚げ」にナンノクロロプシスを加えたコラボ商品を作ってくださいました。期間限定で販売したところ大好評で、連日完売でありました。
ほんのり磯の香りもあり、皆さん、口に入れると「美味しい」と言ってくれます。だんだん「藻を美味しく食べる」ということが浸透してきたように思います。食品を提供する折りには、ナンノクロロプシスの優れた栄養素に加え、SDGs的な貢献度の高さなども文章にして配布しています。地道な努力ではありますが、確実に受け入れられてきた手ごたえを感じますね。
-伺うだけでも、美味しそうです。最後に、将来への展望をお聞かせください。
寺井さん:
ナンノクロロプシスが生活のいたる所にある社会を作りたいです。そのために、安く大量に生産する技術を開発して、(松下電器の創業者・松下幸之助社長が掲げた「水道哲学」に倣い、)ナンノクロロプシスを安価で大量に提供し広めていくことが、我が社の理念である「藻が地球を救う(藻で地球を救う)」に繋がると思います。
-微細なナンノクロロプシスが、巨大なスーパーヒーローに感じられます。今日はありがとうございました。
株式会社イービス藻類産業研究所公式HP:https://www.ebisalgae.com/