一般社団法人障害者就労支援ネットワークP&P 奥岳洋子さん インタビュー
【代表プロフィール】
2020年4月 法人設立 ごく普通の主婦から社会起業家へ転身
2021年1月 年第6回ちば起業家ビジネスプラン・コンペティション県知事賞受賞(ちばビジコン2020)
目次
introduction
「大人になったら社会に出て働き、定年まで仕事を続ける」
当たり前のように感じますが、病気や障がいにより働くことを制限されている方々がいます。
働きたいのに働けない。働く場所がない。
こういった悩みを抱える障がい者の働きがいと経済成長を促す一般社団法人障害者就労支援ネットワークP&Pの奥岳さんにお話を伺いました。
障がい者が働くことで生きがいを感じる「パラビジネス」の原点
–はじめに、一般社団法人障害者就労支援ネットワークP&Pについてご紹介をお願いいたします。
奥岳さん:
当法人では障がい者の働きがいも経済成長も両立できる福祉生産品の企画から販売まで製造以外のトータルプロデュースを行っています。複数の異なる法人の福祉事業所が協力して1つのモノづくりを行うことで、Made in Japanの手作り品を大量生産・大量流通を可能にしています。
障がい者がスポーツで生きがいを感じる「パラスポーツ」があるなら、障がい者が働くことで生きがいを感じる「パラビジネス」があっても良いと考え、事業に取り組んでいます。
–では、この活動を始めた背景についてお聞かせください。
奥岳さん:
私は2013年まで一般的な主婦でした。普通の4人家族の家に生まれて育ち、年頃になったら結婚して、この先はきっと子どもが生まれて子育てをしながら当たり前のように年を重ねていくものだと思っていました。それが突然、夫が10万人に1人(2013年当時)の希少難病を発症しました。あまりに珍しい病気すぎて国の難病指定にも当時は対象外という「制度の狭間」で社会的孤立を経験しました。
そんなある日、入院中の病室で目の玉しか動かない夫に向かって「退院したら何がしたい?」と聞きました。夫は小さな声で”働きたい”と答えました。
その時はじめて『働くことで社会と繋がっていたい人がいる』ということに気付きました。
その後、夫の病気が落ち着いてから『働くことで社会参加したい人の支援がしたい』と未経験から障害福祉の世界に入りました。
障がい者の働きたい気持ちに寄り添える事業の展開
奥岳さん:
一般社会では全く知られていませんが、障がい者も健常者同様、生産性が求められています。
直近では2024年8月共同通信のニュースにもなりました。2024年3~7月の5カ月間だけで、全国で329カ所の福祉事業所が閉鎖され、少なくとも約5千人の働いていた障がい者が解雇や退職となったことが分かったそうです。原因は4月に国が収支の悪い福祉事業所の報酬の引き下げを実施したことと書かれていました。
ここで言う「収支の悪い」は、障がい者による生産活動による収益のことです。2024年4月の法改正から障がい者に生産性を求める流れが加速しましたが、もっとずっと前から障がい者に生産性が求められてきました。
新型コロナウイルス感染症が猛威を振るう直前あたりには、重い障がい者を受け入れることで生産性が下がり、事業所の収支が悪くなって、国や行政から貰える報酬が減ることを懸念して、はじめから障害が軽い人を優先的に受け入れる事業所が増え始めていました。このままでは今まで少ない収入でも『働くことで社会とつながっている』と実感できていた人たちの働く場所さえなくなってしまいます。この状況に私はSDGsの「誰ひとり取り残さない社会とはいったい何なんだろう?」と悲しい気持ちになり、積極的に重い障がい者を受け入れている福祉事業所の力になりたいと考えるようになりました。
その当時、特技や才能のある障がい者を支援する団体はたくさんありましたが、働きたい気持ちがあれば誰でも参加できるような事業や組織の事例が全くなかったので、自分で作ることにしたのがこの事業をはじめたきっかけです。
そして、決められたルールの中で『働くことで社会参加したい人が、誰でも働ける環境を、どうすれば作ることができるのか?』考えました。
- 重い障害を抱えていても携わることができる商品
- 支援現場の慢性的な人材不足をフォローできるシステム
- 作業単価を上げる戦略
この3つを同時にクリアすることができれば、私自身が福祉事業所を新たに経営するよりも、より多くの働くことで社会参加したい人が働けると仮説を立て、複数の福祉事業所が得意分野で分業・協力しあうこのビジネスモデルを構築しました。
–一般社団法人障害者就労支援ネットワークP&Pはどのような事業を展開しているのでしょうか?
当法人はボランティアや行政の支援機関に間違えられることも多いのですが、新規ビジネスモデルのため障がい者支援に関わる報酬は1円も貰うことができません。そのため障がい者のみなさんが作る福祉生産品の収益で事業自体を持続可能にしなければなりません。
現在は3本柱の事業で障がい者の持続可能な就労支援を目指しています。
- 福祉生産品をカプセルトイで販売する『おりづるガチャ®/パラガチャ®』
- 折り鶴をモチーフにした折り鶴ブランド『ありがとうおりづる』
- 企業様のお客様プレゼント(企業ノベルティ)の企画・製作
折り鶴を選んだ理由は、複数の福祉事業所で手分けして製造しても個体差を少なく作ることができて、Made in Japanの手作り品であることが付加価値になるからです。
折り鶴は世界的に日本人が感謝の気持ちを伝える時や、外交などで相手への親しみを込めて折られてきました。世界の愛されキャラ折り鶴なら、日本の市場だけではなく世界にも羽ばたくことができます。そして何より、作り手である障がい者のみんなが《私たちは日本の伝統文化を世界と後世につなぐ役割がある》と自分の仕事に誇りと責任感を持って、みんなが同じ方向を見て取り組める商品になりました。次は障害特性から折り鶴を折れない人も重要なポジションに就くことができる商品を開発していきたいと考えています。
–事業を展開する中で大切にしていることはありますか?
私たちの最大の強みは「障がい者が作っていること」ではなく「Made in Japanの手作り品を大量生産・大量流通させること」です。どうしても障がい者が働いていると聞くと、その姿にばかりフォーカスされてしまいます。広報で『障がい者が作っている画像が欲しい』と言われることが多々あります。
しかし働くことで社会参加したい彼らにとって働くことは日常生活の一部です。当たり前のことを当たり前にしているという気持ちを大切にしてあげたいので、障がい者の働く姿(画像)を広報では使わないようにしています。もちろんご支援をいただく企業様から視察のご希望があれば、実際に製作している現場をご覧いただく機会もありますが、彼らの日常を大切にしたい気持ちをご理解いただいております。
とは言え、当法人の役割として『働くことで社会参加したい人が働けなくなるような社会はおかしいと思いませんか?』と声をあげなければなりません。私ひとりでどうにかなる社会課題ではないため、多くの協力者・支援者の力が必要です。この事業を考案した者として目的・目標を忘れずに取り組むことも大切にしています。
この真逆の2つのバランスが非常に難しいのですが、そこが当法人の独自性であり多くの方に共感をいただいている部分でもあるため、これからもこのバランスに気を付けながら事業を進めていきたいです。
働くことで社会との繋がりを求める人がいる
–この活動により、どういった社会問題が解決されているのでしょうか?
奥岳さん:
実際に当法人の商品に携わっている方々より『仕事の見える化』が働きがいに繋がっているとお聞きしています。
今までの従来の内職作業は、自分の行った作業がいったいに何に使われているのか、何のどの部分の作業なのかも分からない物が多いです。例えばネジをサイズ別に仕分けしているものの、そのネジが何に使われるネジなのかも、どこでどのように使われるのかも知ることができません。
当法人では商品を作っている彼らが、自分の携わった仕事がどのように社会で販売されているのか実際に見にいける販売スポットを作っています。
販路を卸売や企業ノベルティに絞ればもう少し経営は楽になるのかもしれませんが、お客さまに喜んでいただける商品を作り続けるためには作り手のモチベーションが重要だと考え『仕事の見える化』に取り組んできて良かったです。
また、コロナ禍から増えた在宅支援の作業にも向いていると支援現場から好評をいただいております。商品企画の段階で〈病院のベッドの上でもできる作業工程〉を必ず入れるようにしてきたため、小型で持ち運びしやすく省エネスペースでも作業ができる当法人の作業は在宅支援に向いているのかもしれません。
他には、全く知られていなかった障害福祉のルールを少しずつですが社会に伝える役割はできていると思います。多くのメディアに取り上げていただき、新聞やネットを見た方から応援のメッセージが届くようになりました。また、メディアを見た多くの企業様よりお問合せをいただき、ご支援をいただいております。当法人の事業によって、どんなに重い障害を抱えていても働くことで社会参加したい人たちがいることを知っていただくキッカケ作りにはなっていると思います。
当法人の商品は一般の機械で作る製品とは異なり、生産能力を向上させるために新たな工場を新設させる必要はありません。参加事業所数を増やすことで生産能力を向上させることができます。技術を習得するまでに多少時間がかかりますが、習得してしまえば安定した供給が可能です。
すなわち、もっと販路を増やすことができれば、もっと多くの障がい者の就労支援を行うことができます。当法人の作業は、一般的な内職作業より作業単価を高く設定しているため自ずと携わる障がい者の収入もアップします。
–現在活動を展開している中での課題や問題点がありましたらお聞かせください。
奥岳さん:
障害特性より折り鶴を折ることができない方々も当法人の事業に参加できるように福祉生産品をカプセルトイに入れて販売する『パラガチャ®』という企画をはじめましたが、付加価値の高い商品(作業代を多く社会に還元できる商品)を生み出し続けることに難しさを感じています。
一般の中小企業でさえ付加価値を高めた商品を生み出し続けることは難しいはずなので、当法人だけの課題や問題ではないと思いますが、当法人の性質上、当法人単独での解決は難しいと言わざるを得ません。
この問題の解決策として、『すでに価値のある情報』を商品に取り入れることにしました。
実際に《ビジコン×パラガチャ®情報発信基地局》の試験運用をはじめています。
私自身がちばビジコン2020の歴代受賞者ということもあり、世の中には「社会とってとても重要なことに取り組んでいる社会起業家がたくさんいる」ことを知っています。ですが、どんなに社会にとって重要なことであっても「業界外の人たちに知ってもらう」ことが大変で、中には事業の持続化自体が難しい事業があることも知っています。
そんな厳しい状況でも正面から社会課題と向き合って真剣に取り組む社会起業家たちの活動に価値があると考えました。
この企画では当法人で社会活動から生まれる端材や不用品を買い取り、商品にカタチを変える工程で障がい者の作業代が発生して、価値のある情報と一緒に商品をカプセルトイで販売します。
様々な活動に取り組んでいる人たちがいることが購入者に伝わることで新たな循環が生まれます。街中のカプセルトイからSDGsが自分たちの身近にもあることを知る機会にもつながります。 このように『すでに価値のある情報』を商品に取り入れることで、付加価値の高い商品を生み出し続ける課題のクリアを目指しています。
–今後どのように活動を展開していくのか、展望をお聞かせください。
奥岳さん:
おりづるに関する事業は、生産能力と販路開拓のバランスを保ちながら、より多くの働くことで社会参加したい人が参加できるプロジェクトに成長させていきます。ありがたいことに当法人直販である企業ノベルティはリピート率が9割を超えているため、既存のお取引先様を大切に、新規のお取引先候補とは良い信頼関係が築けるように、引き続き誠実に柔軟に取り組んでまいります。
カプセルトイに関する事業については、はじめたばかりの『パラガチャ®情報発信基地局』もおりづる事業同様に軌道に乗せられるようにがんばります!
–ありがとうございます。
最後にこの記事を読んだ読者にメッセージをいただけますか?
まず、社会起業家を目指す方SDGsや社会活動を行うためには多くの資金や経営の知識が必要と思うかもしれません。 私は資金も知識も立派な学歴も誇れる職歴も何もない状態からのスタートでしたが、熱い想いさえあればその想いに共感してくれる社会が応援してくれます。勇気を出して一歩目を踏み出して、一緒により良い社会を目指しましょう!
そして、社会起業家の方へ。
社会活動を行う過程で端材や不用品が発生する事業を行っている社会起業家の方がいらっしゃいましたら連絡をいただけると嬉しいです。すべてを買い取って商品化することは難しいですが、当法人の行う事業との親和性が高ければカプセルトイで皆さまの活動を情報発信することができます。SDGsは難しいことでも、遠い外国のことでもなくて、自分たちの身近にもたくさんあることを、一緒に社会に伝えていきませんか? まずはどんな商品を作ることができるか一緒に考えるところからはじめていきたいです。
一般社団法人障害者就労支援ネットワークP&P:https://www.network-pp.com/