八方尾根開発株式会社 秋元 秀樹さん 松澤 瑞木さん 太田 美紀さん インタビュー
八方尾根開発株式会社 執行役員 営業・管理本部長 秋元 秀樹
東京都出身 飲食事業、貿易関連の経験を経て1998年より白馬に携わる。2005年移住。2016年執行役員就任、管理・営業部門を統括する。現在は八方尾根観光協会の副会長を兼任し地域活性化に努めている。
八方尾根開発株式会社SDGsマーケティング部所属:松澤 瑞木
長野県出身 県内有数の豪雪地で宿泊業を営む両親の元、子供の頃からサービス業を身近に感じながら、山や田畑に囲まれた自然豊かな土地で育ちました。積雪地の土地柄で冬はスキー場のパトロール隊員として、春から夏はホテル・飲食のサービススタッフとして勤務をしていましたが、SDGsマーケティング部発足を機に1年を通じて八方尾根のSDGs推進に取組んでいます。
八方尾根開発株式会社SDGsマーケティング部所属:太田 美紀
長野県出身 商社、サービス業勤務を経てカナダへ。日本に戻るのを機に自然豊かな白馬村に定住することを決める。2019年にこどもとグローバル気候マーチin白馬に参加したことからSDGsに興味を持ち現在に至る。
introduction
八方尾根開発株式会社はスキー場を中心に、長野県北安曇野郡白馬村周辺の観光事業に携わっています。
社会のニーズの変化や時代にあった企業のあり方を模索し、約60年にわたって地域観光の発展に貢献し続けてきました。
今回は、さまざまな課題を乗り越え変化を重ねてきた同社のこれまでの歩みと、これからの展望を伺いました。
地域のつながりを活かした事業運営
–まずは御社の事業内容を教えてください。
秋元さん:
八方尾根開発株式会社はスキー場を中心に、白馬村周辺の観光事業に取り組む企業です。
創業当初はスキー場を運営する企業でしたが、経営理念である「白馬八方尾根の、山岳を中心としたスケールの大きな自然やこの地に育まれた風土、文化、人情とのふれあいを、訪れるお客様の心に残る観光体験として提供することが当社の使命です。」を実現するために、約60年の歴史の中でさまざまな変化を遂げてきました。
その結果、現在ではスキー場に加えて「温泉」「宿泊」「旅行」「飲食」「不動産」と、複数の事業に携わっています。
変化の歴史の中で代表的なものは、たとえば宿泊事業が挙げられます。当社が運営する『Snow Peak FIELD SUITE HAKUBA KITAONE KOGEN』は、オールインクルーシブスタイルのグランピング施設です。
こちらは、長野オリンピック前後をピークとした平成のスキーブームが下火になったあと、2000年代からインバウンドを受け入れるようになった経緯から生まれたものです。
当時、インバウンドを取り込む中で、それまで私たちが提供してきたサービスでは、彼らが求めるレベルにまったく足りていないことに気がつきました。
インバウンドのお客様の中には、ビジネスクラスやファーストクラスを利用して訪れる、ハイクラスな方も多くいらっしゃいます。そうした層に満足いただくためには、これまでの大量消費的なサービスではなく、高品質なサービスを提供しなければなりませんでした。
そこで『Snow Peak FIELD SUITE HAKUBA KITAONE KOGEN』では、一般的なバーベキュー形式のグラマラスキャンプではなく、シェフによる地元食材を使ったフルコースと長野ワインを提供するようにしました。これが好評で、多くのお客様に喜んでいただいております。
これまで大量消費中心のサービスを展開してきた当社にとって、こうした経験のないサービスを提供するに至るまでは分厚い壁のような課題が多くありました。
その中で社内で力を合わせて乗り越え、当社の経営理念の一部である「安全と安心を基本とし、おもてなしの心でお客様をお迎えすること」「比類なき北アルプスの観光資源を活かし、感動をお届けする山岳リゾートであること」を実現できた良い例と自負しています。
–観光以外の分野ではどのような取り組みを行っているのでしょうか?
秋元さん:
不動産事業についてお話しします。当社の不動産事業は、一般的に想像されるような不動産売買によって収益を上げていくのではなく、地域全体を計画的に開発するサポートのようなものです。
地域全体をコーディネートする人がいないと、観光開発が上手くいかなかったり、望まない形での土地売買が行われたりする可能性があり、私たちがその役割を担っています。
また、地域の問題を解決するという意味で「移住促進」のフォローにも取り組んでいます。白馬村で働く方は、基本的には地元住民か、もしくは移住を決意してくださった方々です。
そのため、移住してくださる方が増えるような取り組みをしたり、実際に住んだ方が問題なく白馬村で過ごしていただけるようになることも、地域発展には欠かせない要素と言えます。
これもすべて、当社が長く信頼関係を築いている白馬村の、移住者を含めた住民の方の「お困りごと」を解決するための活動です。
スキー場の運営をもともとの事業とする当社ですが、現在は地元のつながりを活かした地域観光全体のコーディネートをする役割も担っています。
時代とともに変化する課題
–ここからはSDGsに関する内容について伺います。御社はSDGsへの取り組みにも積極的ですよね。
太田さん:
そうですね。地域観光の発展を進める上で、環境への配慮は欠かせないものであるため、力を入れて取り組んでいます。
というのも、当社が運営する「白馬八方尾根スキー場」は日本有数の規模を誇り多くのお客様が訪れる一方、近年の異常気象や地球温暖化による少雪も深刻化しており、スキー場運営にも大きな影響を及ぼすようになったからです。
スキー場を維持するためには人工降雪機を稼働させる必要がありますが、人工降雪機は多大なCO2を排出し、それが気候変動の要因となってしまいます。この矛盾のなか、スキー場として社会に貢献すべきことに取り組むために、2020年6月に日本のスキー場で初となるSDGsの専門部署を発足し、持続可能な開発目標(SDGs)の活動を本格的に始動しました。
具体的な取り組みとしては、スキー場を運営するために多大な電力を消費しているという背景から、これまでリフトや降雪機関連等の再生可能エネルギーへの転換を重点的に進めてきました。
2020年から段階的に取り組み、2022年には当社所有のリフト15基、降雪機関連やゲレンデ内レストランの電力においても再エネへの転換が進み、スキー場として年間1,000トン以上のCO₂排出削減への貢献に繋がっています。
他にも、お隣の大町市・小谷村との3市村からなるDMO(観光地域づくり法人)『HAKUBAVALLEY』の活動に参加する形で取り組んでいます。
もともとは、各地域それぞれに観光局や観光連盟が点在していましたが、みんなで協力して運営したほうが効率的なのではないか、との考えから結成されました。そして、10箇所あるスキーリゾートで連携して、世界的な観光地・HAKUBAVALLEYとして売り出しました。
そんなHAKUBAVALLEYに、2020年にSDGs小委員会という組織ができ、そこに当社のSDGsマーケティング部が参加して、現在の活動につながっています。このSDGs小委員会の大きな役割としては、地域として進めていくべき持続可能な観光地開発の共通目標を作成していくことです。
また、その目標を実現していくため、自分たちの取り組みを地域外に発信するためのホームページや動画の作成にも取り組んできました。
–そうしたSDGsの取り組みについて、観光客の方や関係者の方から、何か反応はあったのでしょうか?
松澤さん:
1998年に開催された長野オリンピックでは、開会前にアルペンスキーの男子滑降でスタート地点をどこにするかが大きな問題となりました。コースの上部が国立公園内の「第1種特別地域」に入るため、地元の自然保護と競技の規則での対立となりました。この問題により、八方尾根の環境保全に対する考え方も一層強くなったと聞いています。
またグリーンシーズンにも自然環境を脅かす問題があります。黒菱平から人気の観光スポットである八方池までの「八方尾根自然研究路」では希少な動植物が生息しています。登山者が一歩足を踏み込んだり、踏み外したりすることにより土壌侵食が進み、限られた場所に生息する動植物に大きな影響を与えてしまいます。
このような状況下で、より一層環境保全に力を注ぎ、かけがえのない八方尾根の自然を後世に受け継いでいくことを目的として、地元が中心となり「八方尾根自然環境保全協議会」が発足されました。八方尾根は地元住民がかつてよりボランティアを募りながら自然を守ってきたという経緯があり、現在も続いています。
なので、今回のように取材を依頼していただいたり、テレビで取り上げていただいたりしたことは、これまで地域として取り組んできたことが認められたような気持ちでもあるのではないでしょうか。
自分たちがどれだけ大切なことをしてきたのかに気がつくきっかけになり、さらに取り組みへの意識が高まっているはずです。
–観光に関してもSDGsの取り組みに関しても、地域をあげて理想的な取り組みがされていると感じます。そのうえで、現在何か課題に感じていることもあるのでしょうか?
秋元さん:
現在向き合っている課題としては、大きく2つあると考えています。1つは事業の軸であるスキーに関して若者のスキー離れが進んでいること、もう1つはオーバーツーリズムによるゴミ問題です。
若者のスキー離れに対してのアプローチとしては、やはり若年層にスキーの魅力を知ってもらう機会が必要だと考えています。例えば、これまでも取り組んできた中学校などの学習旅行の機会の活用です。その中でスキーの魅力だけでなく、環境を守る大切さも知ってもらい、学んだことをそれぞれの地元に持ち帰ってもらえば、日本全体で良い循環が生まれるのではないかと思います。
オーバーツーリズムのゴミ問題に関してはこれまでの対策を見直し、改めてアプローチの方法を検討していかなければと考えているところです。
今まではイベントの際にアルコールの販売に時間制限を設けたり、コンビニの営業時間自体を短縮したりして、そもそもゴミが出にくい環境を整えてきました。ただ、それだけで問題が解決するものでもなく、やはり白馬を訪れる方1人ひとりの行動を変えていく必要があると感じています。
そこで見習いたいのが、ヨーロッパのリゾートで多く取り入れられている手法です。「ここにゴミを捨てないで」というルールを定めるのではなく、私たちがこの地域環境をどれだけ大切に守ってきたかという事実を知ってもらう機会を作りたいと考えています。
強制するのではなくて、自発的な行動を促すための取り組みですね。まだ実現はしていませんが、取り組みが広がれば、ゴミ拾いや清掃などの対処的な対策に人手が回らない状況も、次第に改善していくと思います。
社会に求められ続ける企業へ
–これまでもさまざまな課題に向き合ってきた御社ですが、今後特に力を入れていきたい取り組みはあるのでしょうか?
松澤さん:
2024年6月に、温泉施設での太陽光パネルの設置と運用が開始となりました。この数年間ずっと設置を検討してきたのですが、積雪地のため、難しい部分がありました。
太陽光パネルの上に雪が積もってしまうと、1年の中で最も電力が必要な冬に、あまり発電が期待できなくなってしまうからです。
しかし、最近技術の進歩があり、雪国でも問題なく使用できる太陽光パネルが開発されました。これにより、これまで数年間望んでいたことが、ようやく実現することになったのです。
とはいえ、実際に運用を始めてみなければ実際にどれくらいの電力が生み出せるのかわからない部分があります。
ですので、温泉施設での取り組みは今後の太陽光パネル活用に関する最初の一歩という認識です。ある程度の成果が出せれば、他の施設でも運用に踏み切れます。
こうした再生エネルギーの活用は、社会全体に求められていることだと思います。そうした求められることを1つ1つでも実現し、今後も社会に求められる企業でありたいですね。
–今度のご活躍も楽しみです。本日は貴重なお話をありがとうございました。