イクメンという言葉が市民権を得てかなり経ちます。近年ではその関連用語として、イクボス、脱マッチョ労働、カンガルー出勤、さらには推し活休暇などまで耳にするようになりました。子育てと仕事を両立させようとする気運を感じます。
その機運の原動力の1つに「イクメンプロジェクト」があります。どんなプロジェクトなのか、一緒にみていきましょう。
イクメンプロジェクトとは
まずキーワードとなるイクメンとは、子育てを楽しみ自分自身も成長する男性、または将来そのような人生を送ろうとしている男性のことです。
そしてイクメンプロジェクトとは、厚生労働省が2010(平成22)年度から行っている男性の育児休暇促進事業で、男性の育児と仕事の両立を推進するプロジェクトです。2010年度に育児・介護休業法が改正されたことを受け、それまで以上に啓発や改革を広げることで、父親も子育てができる働き方の実現を目指しています。
出典・参考:イクメンプロジェクト,「共同参画」2018(平成30)年6月号
【関連記事】育児休業制度とは?育児休暇と育児休業の違い、法改正のポイントも
イクメンプロジェクトの具体的な内容
イクメンプロジェクトのスローガンは「育てる男が、家族を変える。社会が動く」です。このスローガンのもと様々な事業を行っていますが、主に次の4つ事業を柱としています。
- 「イクメン企業アワード」の実施
- 「イクボスワード」の実施
- 企業向けセミナーの開催
- 参加型の公式サイト
1.イクメン企業アワード
「イクメン企業アワード」は2013(平成25)年度から行われている、男性の育児と仕事の両立を推進している企業を表彰するものです。
2020年度にグランプリを受賞したのは、積水ハウス株式会社(大阪府)と株式会社技研製作所でした。企業の取り組み事例として後ほど紹介しましょう。
2.イクボスアワード
「イクボス」とは、部下が育休取得しても業務を滞りなく進め、仕事と私生活を両立できるよう配慮し、自らもワーク・ライフバランスを充実させている管理職を言います。
イクボスアワードは、そのような管理職を男女不問で表彰するものです。
2020(令和2)年度の受賞は、次の2氏がグランプリを受賞しています。
- 社会福祉法人スプリング:大久保由紀子氏
身体的軽減を図った働き方改革・全職員との定期的面談などが評価 - 株式会社スープストックトーキョー:西谷達彦氏
チームの業務効率化によって、コロナ禍でも効果的・効率的な業務遂行等が評価
出典・参考:「イクボスアワード 2020」受賞者の紹介 【グランプリ受賞】
しかし、2022年の育児休業制度の再改正を受け、イクメン企業アワード、イクボスアワードなどの表彰事業は終了しています。新たなるステージに入り、視点を変えた企画が展開される予定です。
3.企業向けセミナーやイベントの開催
<イクメンスピーチ甲子園2021表彰式>
出典:イクメンプロジェクト育てる男が、家族を変える。社会が動く。
イクメンプロジェクトでは、企業における仕事と育児の両立支援を促進するために、研究会を行ったり、動画やリーフレットなどの資料を提供したりしています。内容も「従業員向け」「管理職向け」「中小企業向け」などがあります。
トークセッションや「イクメンスピーチ甲子園」などのイベントも、オンラインや会場を設けた開催が展開されました。
4.参加型公式サイト
イクメンプロジェクトでは、公式サイトを通して男性の育児休業に関する様々なデータや参考資料などを公開していて、投稿も可能です。
イクメンプロジェクトが必要とされる背景
イクメンプロジェクトの事業は、確かにイクメンを育もうとするプロジェクトの趣旨が伝わる内容ですが、ではなぜこのような大きな推進力を必要としているのでしょうか。その背景を調べていきましょう。
男性の育児休業取得率の実情
まず実情はどうなっているか把握していきましょう。
日本は、平成20年代に入る前は、1%にも満たない男性育児休業取得率でした。その中でも近年は徐々に増え、令和元(2019)年には7.48%と向上しています。
しかし、女性の育休取得率がほぼ8割を示しているのに対し、かなり隔たりのある数値ではあります。また、男性育休取得率8割を示すスウェーデンを始めとする欧米諸国と比べると、最低水準を示しています。
男性自身の子育てへの想い
一方で、共働き世帯が増える中「育児をしたい」という男性が増えています。
このグラフからは、約8割の男性が育休を取得したいと考えていることが分かります。
現在の日本の育児休業制度における給付金や休暇取得可能日数は、ユニセフも評価するほど世界最高の水準です。
このことから、制度が整っていて、取得したいと考える男性が多いにも関わらず、取得率があがらない現状が見えてきます。原因を突き止め、対策を考えていくことも、イクメンプロジェクトの使命です。
加速する人口減少
厚生労働省がまとめた2023年の合計特殊出生率、いわゆる出生率は1.20となり、統計史上最も低く、8年連続で前の年を下回り続けています。しかし、調査による理想のあるいは予定の子ども数は、どちらも2人を上回っているのです。
この点についても、現状と想いとの乖離が見られます。
イクメンプロジェクトは「子育てしたい」男性への支援だけでなく、男性育休取得を通して夫婦の理想を実現する事にも貢献する目的を持っています。
どのように貢献するのかについては、後にさらに詳しく解説していきます。
イクメンプロジェクトのメリット
男性の育児休業を促進することには、様々なメリットがあります。男性自身だけでなく、妻や所属する企業、ひいては社会にもメリットをもたらします。
男性にとってのメリット
イクメンプロジェクトの投稿ページには、子育て世代を中心に「子供の成長が楽しみ」「子どもとの距離が縮まった」といった声が寄せられ、元々多かった「子育てに関わりたい」男性の希望を叶えるものとなっている様子が伺えます。
仕事中心ではなく、ワーク・ライフバランスの取れた生活を望む人は、若い世代を中心に確実に増えています。育児休暇取得をきっかけに、「男は外で働く!」といった価値観から脱却し、その人なりの幸せを実現させる土壌が整ってきているようです。
妻へのメリット
日本の家事・育児は長い間、妻に頼ってきました。共働きが当たり前になってきた近年でも、他の先進国に比べて夫と妻の分担量に大きな差があります。
妻は出産とその後の授乳期には、肉体的にも精神的にも大きな負担を抱えます。夫が身近にいて、精神的にも物理的にも支えることは、非常に大切なことです。
さらに、家事・育児を家族内でうまく分担できれば、仕事に復帰したい、第二子を考えたいと思う女性が多くいます。
参考:第Ⅲ部 独身者・夫婦調査共通項目の結果概要:第1章 子どもについての考え方
企業にとってののメリット
続いて、企業にとってのメリットを確認します。
優秀な若手人材が集まる
生産労働人口が深刻な現在、企業にとって優秀でやる気のある社員は一人でも多く欲しいはずです。
新入社員を対象に行った意識調査の結果を見ると、自分の興味関心・目的が選択理由上位を占め、給与・待遇が良いかよりも高いポイントを示しています。
つまり近年は若者層を中心に、自分の幸せを大事にする働き方を望み、それを実現できる企業を選ぶ傾向が強くなっているのです。育休を望む男性が多くなる中、それを支援する社風を持つ企業の方が、優秀な若手人材が集まるのではないでしょうか。
業務の効率化
育休をとることを前提に作業量や人の配置を考えることで、無駄を省いたり、柔軟な働き方を工夫したりすれば、時間当たりの生産性が向上します。上司のマネジメント力に期待したいところです。
また「育児の大変さ、夫婦の協力の大切さを経験して、周囲への配慮も深くなった」といった声も、前述のイクメンプロジェクトホームページに寄せられています。
参考:オンラインセミナー|育てる男が、家族を変える。社会が動く。イクメンプロジェクト出生動向基本調査(国立社会保障・人口問題研究所)
社会にとってののメリット
夫婦で育児が分担できれば妻の仕事復帰もしやすくなり、これから結婚を考える女性も、仕事と家庭の両立をイメージすることができます。女性の社会進出で労働人口が増えれば、社会全体の経済的メリットとなります。
イクメンプロジェクトは、多くの人がワーク・ライフバランスの取れた生活を送ることができ、社会の経済性も向上させるというメリットを持っています。
イクメンプロジェクトの効果
様々なメリットをもつイクメンプロジェクトですが、スタートしてから10年以上経ちます。どんな効果をあげたのでしょう。足跡をみていきましょう。
制度の改正を後押し
イクメンプロジェクトは、2010(平成22)年に導入された新制度「パパママ育休プラス ※」を推し進めるべく発足しました。
以後多くの啓蒙・広報活動を行い、2022(令和4)年の「産後パパ育休 ※」の創設にも大いに寄与しています。
さらに、
- <令和4年(2022年)4月1日>
個別周知・意向確認の義務化
雇用環境整備の義務化 - <令和5年(2023年)4月1日>
育児休業等の取得状況の公表の義務化
など、育児休暇取得の義務化も後押ししました。
※育児休業について詳しくは、関連記事<育児休業制度とは?育児休暇と育児休業の違い、法改正のポイントも>を参照
育休取得率は?
肝心の男性育児休暇取得率は、プロジェクト発足後徐々に高くなり、国家公務員では50%を越える数値となりました。民間でも発足時に比べて大きく跳ね上がっています。
しかし、女性の取得率や国際的レベルと比べるとまだ大きな開きがあり、「企業への義務化」の今後の効果に期待したいところです。
イクメンプロジェクトの課題・デメリット
育児休業取得率アップをさまたげる要因はなんなのでしょう。そしてイクメンプロジェクトはその課題にどう向き合ってきたのでしょう。
課題①「職場が育児休業を取得しづらい雰囲気だった」
育休を利用しなかった理由の第一に挙げられるのが「取得しづらい雰囲気」です。特に「家事・育児は女性の仕事」といったバイアス(偏見・先入観)のかかった考えを持つ上司が直属では、取りにくい雰囲気となるのもうなづけます。
イクメンプロジェクトは、「イクボスアワード」などを通して「イクボス」を増やす努力をしてきましたが、意識改革は一朝一夕にはいかないようです。
今後は、ハラスメントや法制改革に関するセミナーを通して、もっと企業に危機感を持ってもらう工夫が必要になるでしょう。
課題➁「業務が繁忙で職場の人手が不足していた」
働き方改革は、大企業と中小企業では大変さが大きく異なります。社員数の多い大企業では、育休取得の補填できる人材も豊富ですが、中小企業では多くの人に一度に育休を取らせてあげにくい状況があります。
イクメンプロジェクトでは、育休取得者が増えた場合の就労環境の整え方や、人材の補い方、国や自治体の支援制度の利用などを勧めていますが、中小企業へのサポートをより手厚くする必要がありそうです。
イクメンプロジェクトのデメリット=限界?
育児休業取得率は数値で表されます。発表された数値だけにこだわると、デメリットに繋がってしまいます。
現在、企業に「育児休業等の取得状況の公表の義務化」が課せられていますが、公表のためのポイントを稼ぐ形式的な取得になってはなりません。
また、公表の義務は「従業員1,000人以上の事業主」に課せられます。中小企業は公表の義務化対象にならないので、取得の進み具合が見えにくくなる可能性があります。
これらの懸念は、イクメンプロジェクトのデメリットというより今の体制の限界といえるかもしれません。イクメンプロジェクト側も「新たなステージに突入」したと捉えていて、家族・企業・自治体等イクメンサポーターと協力して、表彰事業に変わるあらたな関わり方を進めていくと述べています。
参考:イクメンプロジェクト育てる男が、家族を変える。社会が動く。
企業のイクメンプロジェクトに関する取り組み
ここでは、イクメン企業アワード2020グランプリを受賞した企業をご紹介しましょう。
積水ハウス株式会社
「イクメン休業」100%を目指して、2018年9月から取り組んでいる積水ハウス株式会社の取り組みは、次の点が評価されグランプリを受賞しました。
評価ポイント①:男性従業員の1か月以上の育児休業取得率100%
「最初の1か月間は有給休暇扱いとし、昇給・昇格・賞与・退職金の査定に影響させない」といったキャリアへの配慮が伴っています。
評価ポイント➁:全社を挙げての取り組み
トップが旗振り役となっての全社体制です。
評価ポイント③:9月19日は「育休を考える日」
取り組み開始5年目に当たる2023年には啓発動画も作成されました。「かつて子どもはみんなで一緒に育てていた」というフレーズは、見る人の心に響きそうです。
評価ポイント④:商品戦略
コロナ禍では社員のリモートワークが進みました。コロナ後もその経験を戸建てデザインに生かし、商品戦略化しています。
株式会社 技研製作所
同年グランプリを受賞したもう1つの企業「株式会社 技研製作所」も、専門チームの起ち上げなどの取り組みがが評価されましたが、目を引くのは、育休取得日数の平均が、110.2日と非常に高い水準であることです。
技研製作所は2018年にも「イクボスアワード」で特別奨励賞を受賞しています。
イクメンプロジェクトに関してよくある疑問
この章では、イクメンプロジェクトに関してよくある疑問にお答えしていきます。
イクメンは死語?
「イクメン」という言葉に「ムッ」とする女性もいます。夫が家事に「協力する」に感じる違和感も同じです。本来育児も家事も夫婦で協力すべきことなので、男性が育児をした時だけ賞賛されるのはおかしいと感じるのです。
「死語」になるということは、当たり前になって忘れ去られることですから、「イクメンが死語になる」すなわち「男性の育児は普通で当然」となることです。
イクメンプロジェクトにはさらに頑張ってもらい、イクメンが早く死語になることを期待したいですね。
イクメンは炎上しやすい?
「男性の育児だけが特別視され賞賛される」ことに違和感を持つ女性が多いことはお話しました。そういう視点で見ると、男性がSNSなどにアップした「子育て頑張った!」といった内容の写真や動画は、女性側から見ると「女性は普通にやってます!」ということになり、過剰な自己主張に過ぎないと取られ、炎上しやすくなるのではないでしょうか。
男性が育休を取れない場合、企業の責任は?
育児休業の申出を拒否することは、明確な育児・介護休業法違反になります。
罰則規定はありませんが、自治体から調査があり、行政指導が行われます。
イクメンプロジェクトとSDGs
最後にイクメンプロジェクトとSDGsとの関連をみていきましょう。
イクメンプロジェクトは、17あるSDGs目標のうち特に、
- SDGs目標5「ジェンダー平等を実現しよう」
- SDGs目標8「働きがいも経済成長も」
の達成に大きく貢献します。
SDGs目標5「ジェンダー平等を実現しよう」との関連
ジェンダーとは「社会的・文化的に形成される性別」ですから、生物学的な女性だけでなく、男性も対象になります。
「男のくせに」「女のくせに」といったバイアスをなくし、男性も育児・家事に進出・活躍し、それが女性の活躍も支援することになるイクメンプロジェクトは、夫婦間や企業、社会に「平等」をもたらします。
SDGs目標8「働きがいも経済成長も」との関連
イクメンプロジェクトは、育児休業制度の改正にも大きく貢献してきました。義務化された育児休業制度の今後はさらに見守っていく必要がありますが、働きがいがあり、安心して働ける企業が増えることは、社会全体の経済成長に繋がります。
まとめ
イクメンプロジェクトについて、その趣旨や何をどのように推進しているかを解説してきました。
男性の育児休業取得率は確実に向上し、制度の改正も進んできました。まだ欧米諸国の水準には届かない現状ですが、課題を整理したことで乗り越えるべきことが明らかになったはずです。
またメリットや効果、企業の取り組み、SDGsとの関連等を整理することで、イクメンプロジェクトが、当事者だけでなく社会全体の成長にも貢献することをご理解いただけたと思います。
男性が育休を当たり前に取得するようになり、イクメンという言葉がよい意味で忘れられる日もそう遠くはないのではないでしょうか。そして、それが希望する数の子どもが持てるような社会の創出に繋がることを期待します。
<参考資料・文献>
ロゴ・ポスターについて|プロジェクトを知る|育てる男が、家族を変える。社会が動く。イクメンプロジェクト
「共同参画」2018(平成30)年6月号
イクメンアワード2020募集要項
「イクボスアワード 2020」受賞者の紹介 【グランプリ受賞】
イクメンプロジェクト育てる男が、家族を変える。社会が動く。
イクメンプロジェクト(公式ホームページ)
図表1-8-1 育児休業取得率の推移(厚生労働省)
【過去最高】男性の79.5% 子供が生まれたときには、育休を取得したい(公益財団法人日本生産性本部)
去年の合計特殊出生率 1.20で過去最低に 東京は「1」を下回る(NHK)
出生動向基本調査(国立社会保障・人口問題研究所)
【内定者意識調査 ALL DIFFERENT(旧:ラーニングエージェンシー)(2024年2月リリース)
オンラインセミナー|育てる男が、家族を変える。社会が動く。イクメンプロジェクト
出生動向基本調査(国立社会保障・人口問題研究所)
育児休業制度とは?育児休暇と育児休業の違い、法改正のポイントも
2-19図 男性の育児休業取得率の推移(内閣府)
「男性の育児休業取得促進事業(イクメンプロジェクト)」の取組について 厚生労働省雇用環境・均等局職業生活両立課
【昭和・平成・令和】いままでの父親、これからの父親 | IKUKYU.PJT(男性の育児休業・育休取得推進) | 積水ハウス
イクメン企業アワード 2020 受賞企業の取組事例集
男性の育休に取り組む 育児休業等についてよくある質問
男性の育休:小室淑恵・天野妙(PHP新書)
2050年の世界:英エコノミスト編集部(文春文庫)
SDGs:蟹江憲史(中公新書)