#インタビュー

長岡技術科学大学|技学をもって、人類の幸福と持続的発展を目指す

長岡技術科学大学

長岡技術科学大学 南口 誠さん インタビュー

南口 誠 (なんこう まこと)

1988年東京都立工業高等専門学校卒業、1990年長岡技術科学大学工学部卒業、1995年同大学院博士課程修了(博士(工学))。東京工業大学助手を経て、2001年に長岡技術科学大学工学部助教授。その後、2018年同教授、2020年よりSDGs推進室長、2021年より学長補佐(高専連携・SDGs担当)。専門は材料工学、高温物理化学。

introduction

革新的な科学技術の進歩は、私たちの社会や経済を大きく飛躍させてきました。SDGsの実現においても、科学技術イノベーションは重要な役割を果たすと考えられています。

技術を科学する「技学」を掲げ、持続可能な社会の実現に貢献する教育や研究を進める長岡技術科学大学。2018年には、国連からアカデミック・インパクトSDGsゴール9(産業と技術革新の基盤をつくろう)の世界ハブ大学に任命されました。

今回はSDGs推進室長の南口誠教授に、SDGsのゴールを指向した研究や、エンジニアの育成について伺いました。

世のための奉仕を実現するための研究を推進

–長岡技術科学大学のご紹介をお願いします。

南口さん:

本学は技術の開発に焦点を当てた教育研究を行い、産業界とも共同でそれを実施するための機関として設立された大学で、まもなく開学50周年を迎えます。当時の日本では、民間企業と国立大学が共同教育研究を行うことは、そこまで積極的に行われていませんでした。でも欧米では大企業を中心にそういった動きが浸透していて、大学が企業の研究所的なポジションも担っていたんです。それが日本で進まないことに危機感を感じた当時の文部省や政府の構想のもと、設立されたのが本学です。

また、当時は企業のエンジニアを育成する高専が、日本独自の教育課程として産業界で評価されつつありました。なかには高専を卒業後、さらに大学に進学したいという学生も多かったわけです。しかし、高専で5年間学んだ後に、また1年生から大学に行くのは非効率です。そこで高専を卒業した後の教育を担う学校も必要だろうという社会的な要望もあり、設立されたという側面もあります。

これら設立の目的は、本学のビジョンにもつながっています。つまり、企業で活躍するエンジニアを育成するために、企業との共同教育研究で実学を重視して進めていくということです。そのベースとして、大学名にもなっている「技術を科学する」というコンセプトで技学を進めていくことが、本学の使命になっています。

–長岡技術科学大学では「VOS」というモットーを掲げていますよね。

南口さん:

実際に企業との共同研究でものづくりをしていくことを考えていった時に、本学に関わる人間として持っていてほしいものを3つあげて、その頭文字を「VOS」と略して呼んでいます。

まずは「Vitality(活力)」です。技術開発は困難の連続なので、そういうことでへこたれないマインドが必要になります。それから「Originality(独創力)」。これは、人真似では生き残っていけないので、独創性のあるものをつくっていかなくてはいけないということです。さらにものづくりは世の中の役に立たなくてはいけないことを表すのが「Services(世のための奉仕)」です。この「VOS」をモットーに、本学では教育や研究を進めています。

–特に「Services」はSDGsに通じるところが大きいと感じます。

南口さん:

そうですね。本学は開学当時から掲げていたVOSの精神がSDGsに通じていたため、SDGsを特別に取り組む前から、既にSDGs実現につながることを行っていたわけです。本学のビジョンを実現していくために、「世のための奉仕」という観点で教育や研究を進めていたら、たまたまそれがSDGsに合っていたという感じですね。

2018年には国連からアカデミック・インパクトSDGsゴール9の世界ハブ大学に任命され、2021年に第2期のハブ大学として再び任命されました。本学の修士と博士の一貫教育を行う「技術科学イノベーション専攻」の学生が主体となって科学技術に関する国際会議を開催しています。学生自らそういう会議を運営していることが、世界SDGsハブ大学に任命される評価の一つだったと聞いています。

また、本学では海外の人と一緒に仕事をするというダイナミズムに早いうちから慣れてもらいたいという意図で、留学生を積極的に受け入れています。大学全体で令和4年度通年で15%と、国立大学の工学系の学校としては多い方です。留学生の受け入れを積極的に進めるために、自国で専門の勉強をしながら日本語を学び、3年生になった時に試験を受ければ本学に編入できるという仕組み「ツイニング・プログラム」もつくりました。このように、途上国の技術者育成に積極的だったことも、評価に大きく影響していると思います。

さらに教科書を書くためや、論文を書くための研究ではなく、使える技術を企業と一緒に研究開発しているという本学の姿勢は、まさにSDGsのゴール9です。そういうところを評価していただいたんだと思います。

すべての研究は、SDGsのゴールへとつながる

–長岡技術科学大学が取り組む、SDGs達成に向けた研究についてお聞かせください。

南口さん:

まず大前提として、本学が取り組む工学系の研究で、SDGsのいずれのゴールにも関わらない研究はないと思います。その中でもいろいろなところで注目していただいているものをいくつかご紹介しますね。

一つは「水資源再生」です。工場などから排出された汚い水を、バクテリアの力を使いきれいな水にすることで再資源化していく研究が、本学では非常に有名です。例えば魚や水生生物、植物を育てると、どうしても水は汚れます。それをきれいにして再生すれば、水を大量に使うことなく、養殖や水耕栽培ができるということで注目されています。

「発酵」の分野では、バクテリアや菌を見つけて、それが人間にとって有益な物質をつくる工程を研究している先生もいます。これは代替エネルギーの研究にもつながります。

あとは「水難」ですね。海では海岸付近で局地的に沖に向かって潮が流れる離岸流が発生することがあります。本学には、その潮の流れのメカニズムを研究している先生がいるんです。また服を着たまま水に落ちてしまうと泳げなくなりますよね。そういう時にはペットボトルを投げてもらい、抱いているだけでも長く浮いていられます。このように水難事故に遭った時に助けを待つときの方法などを伝える活動を、(一社)水難学会で行っている先生もいます。

さらに、あまりコストをかけずにプラスチックをリサイクルする方法を研究している先生もいます。回収されたプラスチックは劣化しているのでそのままでの再利用は困難です。そこで廃プラスチックに高品質のプラスチックを混合して強度や耐久性を向上させた再生プラスチックを製造します。これをマテリアル・リサイクルといいます。プラスチックを化学的に分解して石油に戻して新たなプラスチック材料として再利用するケミカル・リサイクルに比べて低コスト・省エネルギーで再生できます。このための新技術および製造システムを企業と共同で開発しています。

日本で唯一、超豪雪地域にある大学として、たくさん降る雪を有効活用する「雪利用」の研究も進めています。例えば「雪室」です。最近の冷蔵庫には冷蔵室よりも温度を低く設定し、食材を凍らせずに鮮度を保つチルド室がありますよね。雪の中はまさにチルド室。しかも高湿度で安定しているので、冷蔵庫のチルド室以上に食材の鮮度が保てるのです。また雪の結晶は複雑な形をしているので、そこを空気が通る時に空気中の汚いチリやホコリを全て吸着します。これを応用した快適な雪冷房という活用方法の研究も進めています。

「真夏に神奈川県で実演した雪冷房装置(雪風くん)」

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工学系大学が取り組むSDGsの啓発活動とは?

–SDGs達成のためには、学内だけでなく一般の方々と一緒に活動することが大切だと思いますが、啓発活動にはどのように取り組んでいますか?

 南口さん:

講演やイベントの開催は、年間かなりの数を行っています。SDGsのゴール9「産業と技術革新の基盤をつくろう」に紐づけられることもあれば、ゴール5「ジェンダー平等を実現しよう」をテーマにした男女共同参画の活動もあります。

また小さい子には楽しみながらSDGsについて学んでもらうために、すごろくやクイズ、謎解きゲームなどのSDGs教育ゲームをつくって提供しています。海岸で拾ってきたマイクロプラスチックを使ってアクセサリーづくりをするワークショップなども開催していますね。

–参加されたみなさんの反応はいかがですか?

南口さん:

概ねみなさん好意的に話を聞いてくれますね。正直、もっとペースを上げていかないと、とても2030年でSDGs達成と言える状況ではありません。その中で、少しずつですが、今やっていることをただ続けているだけでは足りないと感じている方が、日本国内でも増えていると感じます。

でも日本でSDGsというと環境問題と捉えられがちなので、ジェンダーや教育なども含まれることを伝えていきたいですね。工学系の大学は、あまり女子学生が来ないんですよ。女子学生が来ないので、女性の教員のなり手が少なく、そこをどうにかしたいと思っています。

小学生の頃にはものづくりや理科が好きだった女の子が、中学生になると「それって男の子が学ぶものですよね」となってしまったり、女性が企業で働くと男性とは違った扱いを受けたりすることがあります。しかも女性も男性も、それが当たり前だと思って受け入れてしまっている状況があると思うんです。ジェンダーギャップ指数に関しても、日本はものすごく下位層ですよね。こういう状況を考えると、自分たちがせっかく一生懸命育てた女子学生が、「女子学生」というだけで不当に扱われるのは良くないということで、新潟県の企業の方と改善していく場づくりにも動いています。

学生たちが自発的に取り組むSDGs

–学生主体で科学技術に関する国際会議を開催しているというお話もありました。ほかにも学生が自発的に取り組んでいるSDGsの活動はありますか?

南口さん:

学内外でSDGsの普及啓発を推進する「学生SDGsプロモーター」という学生組織があります。その年によっても違いますが、かなり留学生が多い組織になっていますね。

メンバーは講演会やイベントのお手伝いのほか、年1、2回は大学近くの海岸で学びにつながる海岸清掃にも参加しています。また、学生が企画してセミナーを開催することもあります。例えば過去には、LGBTQについて学生自身の国と日本の状況の違いを話したり、日本ではあまり意識されることのない難民問題について話すセミナーも開催されたりしました。

また医学部を卒業した留学生が、留学生向けに英語でAEDの使い方を教える講習会を開催したこともあります。これをきっかけに本学では、英語音声ガイド版のAEDが配置されるなど、学生からの働きかけによって大学側が変わっていくという経験もできています。

–学生発信でも様々な取り組みが進んでいるんですね。南口先生は、未来を担う学生たちが、今後どのようにSDGsに関わっていくことが望ましいとお考えですか?

南口さん:

我々が日頃、世の中を良くしようと取り組んでいることで、SDGsに関わらないことは多分ないんですよね。だから今まで通りに研究に取り組むことを期待しています。でもそれだけで良いとは思っていません。

人間が手を出さないことで自然がキープされていくというのはオールドファッションで、里山のように人間が関与するからこそ良い生態系が築けることもあれば、人間が積極的に関与していかないと解決しないマイクロプラスチックの問題もあります。そのためには、エンジニアとして、人間と自然がどのように関わるべきなのかを考える必要があります。

ロボットをつくりたいからロボットのことだけ、菌の作用が面白いから菌のことだけを研究するのではなく、エンジニアとして、人としての哲学や環境との接点を考える力を身につけていってほしいと思います。私も本学の卒業生なので、研究が忙しいのも、技術や科学の勉強が好きなのも分かっていますが、たまには一緒に海岸清掃に行ったりして、人としての基本的な部分を大事にしていってほしいですね。

広い視野を持ったエンジニアを育て、国際的なネットワークを活かした研究を進める

–持続可能な社会づくりは2030年で終わりではなく、この先も続いていきます。大学として2030年、またその先に向けた今後の展望をお聞かせください。

南口さん:

今ちょうど、ポストSDGsについて考えようという話を、SDGs推進室の中で始めたところです。大学としては、我々が今まで進めてきた研究を、ファッションではなくしっかりとまわりを見ながら進めていくことが大事だと思っています。我々は「VOS」の精神を守りながら、技術という側面でいかに人類に貢献していくのかを考えていく必要があり、その方向性については都度リセットが必要です。

ポストSDGsの話をしなければいけない今、エンジニアの育成という意味で大事になるのは、「地球に生きて、地球を守っていかなければいけない人間として、どのようにマインドセットをし、そのような実践的エンジニアになるか」という観点を、教育の中に落とし込んでいくことです。

また、大学全体では、持続可能な社会をつくるための技術開発をさらに増やしていきたいと思っています。そのためには海外の研究者と一緒に面白い技術を開発したり、その技術を海外で育てたりする展開が必要になってきます。その時に、本学が持っている国際的なネットワークが面白いピースになるのではないかと期待しています。

例えば海外の研究者と共同で開発した技術について、日本で実現するのは難しいからベトナムやマレーシアで実現して逆輸入するというやり方も考えられますよね。このように国際的なネットワークやパートナーシップをうまく活用して、日本ではできるけど他国ではできないこと、逆に日本ではできないけど他国ではできることを組み合わせて研究を進めていくことは、SDGsのゴール17「パートナーシップで目標を達成しよう」にもつながります。ひとつの国だけではできない仕事をやっていくということも、本学としては重要な課題だと思います。

–ありがとうございました。長岡技術科学大学の研究から、どのような革新的な技術が生まれてくるのか今後も楽しみです。