相坂 祐介
1977年6月、愛媛県新居浜市生まれ。2000年4月新居浜市役所入庁。教育委員会学校教育課、経済部商工労政課、企画部地方創生推進課などを経て、現在企画部総合政策課に在課。2021年4月からSDGs担当。(これまで携わった主な業務:新居浜市総合戦略・人口ビジョン策定、新居浜市シティブランド戦略策定、第六次新居浜市長期総合計画策定、SDGs未来都市申請など)
introduction
SDGs未来都市に選定された新居浜市は、銅の製錬による環境破壊を克服した歴史をバックボーンとして、SDGsへの多様な取り組みを展開しています。環境対策はもちろんのこと、長期的視野に基づく子どもたちへのSDGs教育や、SDGs・働き方改革を推進する企業をPRして、企業価値の向上、若者のUターンを促す取組はとりわけユニークです。
今回は、同市総合政策課の相坂さんに、先人への誇りを背景とする様々なSDGsへの活動と展望について伺いました。
環境破壊から新居浜市を救った住友グループの先人「伊庭貞剛」
–最初に「あかがね(銅)のまち」としての新居浜市の歴史をご紹介くださいますか?
相坂さん:
本市は、住友家による1691年の別子銅山開坑により繁栄し、四国屈指の工業都市に発展してきた歴史があります。別子銅山は日本三大銅山の一つでしたが、坑木、木炭需要の増大、製錬所からの排出煙によって山は荒廃し、新居浜の町でも周辺作物への影響が出ていました。
二代目住友総理事の伊庭貞剛(いばていごう)を始めとする先人たちは、様々な社会問題に向き合いました。銅山の煙害を受け、伊庭は、煙害問題解決に向け、製錬所を新居浜沖合の四阪島に移転しました。また、「別子全山を旧のあおあおとした姿にして、之を大自然にかへさなければならない」と山林保護の方針を立て、大規模な植林事業(年間百万本以上)に着手しました。
銅山は1973年に閉山しましたが、先人たちが将来の市の発展を考え、環境問題を克服(住み続けられるまちづくりを)してくれたおかげで、今の新居浜市があります。また、現在も住友をはじめ、市民ボランティアによる山の維持管理が行われています。(つくる責任 つかう責任)
当市は、その歴史をアイデンティティとして街づくりに取り組んでおり、銅山にちなんで「あかがねのまち」と自称しています。この歴史は、SDGsの理念に共通するものであり、市民の新居浜市に対する誇りや愛着の源、様々な活動の原点となっています。
「あかがねポイント」で企業、市民、地域経済を利する
–新居浜市は2022年に「SDGs未来都市」に選定されました。現在、SDGsへの多様な活動を展開されていますが、市としてどのような課題を抱えていたのでしょうか。
相坂さん:
当市はSDGs推進にあたり、3分野において克服すべき課題を抱えています。
【環境】カーボンニュートラルの実現のために行政、市民、団体、企業が一体となり取り組みを強化する必要があるが、気運の高まりは低調。
【経済】市内には持続可能な成長を目指す魅力的な企業が存在するが、市民に十分認知されていない。
【社会】ESD(注:Education for Sustainable Development:持続可能な開発のための教育)の充実などにより、若年層のシビックプライド(注:都市に対する市民の誇り)醸成を図っているが、現時点では定住人口の確保、産業の担い手確保に結び付いていない。
現在、それらの課題に添って様々な施策に取り組み、成果も上がりつつあります。
–SDGs関連のご活動のなかから、まずは地球環境・生活環境への取り組みをお聞かせください。
相坂さん:
温室効果ガス排出量削減などを筆頭に、一般的な対策は様々に取り組んでいます。当市独自のものとしては、工業製品出荷の重要拠点である新居浜港エリアを対象とした「カーボンニュートラルポート形成計画」が挙げられます。
この港で発生するCO₂を将来的にゼロにすることを目指し、新居浜市、住友グループ企業、市内の運輸系企業などが協働し、全国的なモデル事業ともなる形で取り組んでいます。
–新居浜市の、企業とタイアップしての取り組みの熱意とユニークさに驚きます。生活環境に関する取り組みはいかがですか?
相坂さん:
地元経済の循環を目指した「あかがねポイント」を展開しています。「あかがねポイント」は、新居浜市内の加盟している店・施設の利用や地域活動を行うことで付与される地域ポイントサービスです。貯まったポイントは、加盟店での買い物などに使うことができます。
企業・商店専門に新たに「SDGsプラン」も設け、SDGsの達成につながる活動を「あかがねポイント」で応援しています。企業の具体例としては、社員が「通勤手段を自転車や徒歩に切り替えた」、「環境保護のボランティアを行った」といったアクションにポイントを付与しています。
商店においては、お客さんが「研ぎ汁を出さない無洗米を購入した」、「途上国支援につながるアフリカ産コーヒーを購入した」といった場合にポイントを付与するなど、多くの方が取り組みやすい工夫が施されています。
ポイントの流通を通じて地域経済やコミュニティの活性化も促進され、企業側、住民側ともに評判は上々です。
若者の地元就職を促すための様々な施策
–続いては、経済面について伺います。新居浜市では、「新居浜市SDGs推進企業登録制度」「新居浜市働き方改革推進事業認定制度」を制定されていますが、企業の魅力向上、人材確保につながっているのでしょうか?
相坂さん:
最近の学生は、就職企業選択の際に、SDGsと働き方改革への取り組み度を重要視している傾向があると企業側から聞いています。この二つの分野に積極的に取り組む企業を市がPRして、企業価値の向上、就職マッチングに結び付けたいと考えています。
市の審査を経て、両制度とも2021年度時点で26社ずつが認定されています。制度に対してポータルサイトを用意しており、登録企業の様々な情報を発信しています。学生向けのガイドブックも制作し、企業価値の向上、地元での就職率アップを目指しているところです。
–地元就職推進を目的として、新居浜市出身で市外に住む大学生を構成員とする「学生版にいはま倶楽部」も2022年度内にスタートするそうですね。どのような施策が計画されているのですか?
相坂さん:
感覚的な数字になりますが、新居浜市には大学がないため、若者の7~8割は高校卒業後、進学等で市外に出て、戻るのは2~3割だと思います。彼らが郷土愛を持っていたとしても、市を離れている間につながりは途切れがちです。
そんな若者たちと「学生版にいはま倶楽部」を通じて再び接点をもち、SDGsや働き方改革に熱心な企業の紹介にも努める予定です。他にも、卒業後に地元に帰ってきてもらうために、様々なプロジェクトを計画しています。
すでに展開しているものとしては、「ふるさとにいはま事業」が挙げられます。これは、倶楽部への加入が前提の支援ですが、コロナ禍で物価高騰などの影響を受けている本市出身の大学生等に、市の特産品を届ける事業です。
今後は定期的に地域や就職の情報を発信し、東京・大阪・松山で毎年交流会も開催する予定です。ふるさとへの愛着を再認識してもらい、継続した関係を構築したいと考えています。
–街づくりや地元での多様な働き方を促進する観点から、廃校校舎をリノベーションして、テレワーク環境の整った多目的複合施設「ワクリエ新居浜」を2021年にオープンされたとのことですが、現在どのように機能していますか?
相坂さん:
「ワクリエ新居浜」は、初年度(2021年度)の目標利用者数5万人に対し、実績は55,000人となり、順調な滑り出しです。レンタルオフィスは全ての部屋に事業者が入居し、コワーキングルームも活用頂いています。
体育館や校庭などの共有スペースも多く、老若男女、すべての市民が安全に楽しく利用し、交流もできる場所です。住み続けられるまちづくりの一環として、全ての人に生涯活躍に向け活動する拠点として使って頂きたいですね。
子どもたちへの早期的・長期的なSDGs教育
–新居浜市の取り組みで、もう1点印象深いのが、子どもたちに対する長期的なSDGsへの教育です。まずは、全小・中学校のユネスコスクール(注:ユネスコ憲章に示されたユネスコの理念を実現するため、平和や国際的な連携を実践する学校)認定やESD(注:Education for Sutainable Development:=持続可能な開発の為の教育)の推進についてお聞かせください。
相坂さん:
児童たちには以前より、先人に学び郷土愛を深めるための「ふるさと学習」が実施されていました。銅山による環境汚染克服のプロセスも学びますので、昔からESDをやっていたようなものです。
この流れの中、2014年度から全小・中学校が本格的にESDの視点を取り入れた活動に取り組み、2017年度には全ての学校がユネスコスクールの認定を受けるに至りました。
新居浜市の歴史を学ぶ副読本に加え、2018年以降はESDの一環として、教育委員会が『新居浜版SDGs』という小冊子を作成して、小・中学校の生徒と教員に配布しています。子どもたちがSDGsの17の目標に対して自分が出来ることを書き込むなど、SDGsを身近に感じられる内容です。
また、2020年には小学生向けにSDGsの『学び方ノート』を作成しました。SDGsへの手引書・ワークブックで、低学年、中学年、高学年用に3種類を用意しています。
–2021年からは、小学生を対象に、銅山の環境破壊を解決した「住友化学株式会社」の工場見学もスタートしましたね。子どもたちがSDGsを自分事として感じるための試みとのことですが、具体的な内容をご紹介頂けますか?
相坂さん:
子どもたちは、まず講師役の社員の方から工場の説明や、かつて銅山の煙害を環境技術によって克服した経緯などを聞きます。その後、実際に工場を見学します。
化学製品が水族館の水槽に使われていたり、スマホや自動車の部品、服の素材、時にはアフリカのマラリヤ予防の蚊帳にもなる、などの説明に、子どもたちは大いに驚き刺激を受けているとのことです。実施後には「近くでこんなものが作られているなんて!」「新居浜ってすごい!」など様々な感想が寄せられます。また、2022年からは住友金属鉱山株式会社による出前授業も実施されています。
–子どもたちへのSDGs教育の層の厚さに感嘆します。新居浜の子どもたちから、地球環境問題のリーダーが育つかもしれませんね!最後に今後の展望をお聞かせください。
相坂さん:
SDGs未来都市に選定されたこのタイミングを逃さず、仮称にいはまSDGsプラットフォームを今年度中に設置し、関係者間で情報共有をしながら、新たな連携、取り組みを促してSDGs達成への気運を高めていきたいと考えています。
市民の「SDGsへの関心度」は直近の市民アンケート調査では53.4%でしたが、2030年には90%以上を達成したいですね。新居浜市の将来を担う子どもたちにも、継続的にESD教育の充実を図ります。学校などで学んだことを活かし、多くの子どもたちが、自分ができるSDGsに取り組んでいけるよう願っています。2030年に向け、市が一丸となってSDGsの達成に貢献して参ります。
–このような熱意溢れる新居浜市のSDGsへの取り組みのバックボーンが、120年以上も前の先人たちの志と行動であることに感動しました。今日は貴重なお話をありがとうございました。