特定非営利活動法人AYA 中川悠樹さん インタビュー
中川悠樹
1983年6月21日、岡山県岡山市生まれ。2009年3月、京都大学医学部卒業。三井記念病院、横浜労災病院での消化器外科・救命救急センターでの勤務を経て、ドクターヘリ添乗医、離島医療、スポーツチーム海外遠征時の帯同医などを実践。2022年1月に任意団体AYAを立ち上げ、2023年6月に法人化、代表理事に就任(https://aya-npo.org/)。現在、エフバイタル株式会社 経営企画、エムスリー株式会社 PSP部門アドバイザー、株式会社Vitaars CEO補佐、細谷透析クリニック、ふじのまちクリニックなどでも勤務。外科専門医、救急科専門医、日本医師会認定産業医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター。NPO法人AYAでは、スポーツ・芸術・文化との出会いや触れ合いを通して、「病気と闘っている・障がいと共に生きている・医療的ケアが必要である」子どもたちの世界観が広がる場を提供している。病気になったからこその出会いが、子どもたち、そしてその家族に彩りを添え、次の挑戦へ向かう情熱と勇気になればと考えている。
introduction
障がいのある子どもは日本では約60万人、医療的ケア児は約2万人に登り、障がいや病気のある子どもたちの数は年々増加傾向にあります。
特定非営利活動法人AYAでは、スポーツ・芸術・文化を通して、「病気と闘っている・障がいと共に生きている・医療的ケアが必要である」子どもたちとその家族が諦めていた様々な体験を提供しています。
今回は特定非営利活動法人AYAの代表理事である中川悠樹さんに、障がいのある子や医療的ケアが必要な子とそのご家族が抱える社会的な課題と、AYAの役割について伺いました。
スポーツ・芸術・文化を通して、病気や障がいのある子どもに体験の機会を
–始めに特定非営利活動法人AYAについて、ご紹介をお願いいたします。
中川さん:
我々は、「病気と闘っている・障がいと共に生きている・医療的ケアが必要である」子どもたちとその家族に対して、様々な体験の場を提供している団体です。
世の中には、映画を見に行くこと、レストランに食事をしに行くことなど、当たり前にできると多くの人が思っていることを、当たり前に享受できない環境にいる人がいます。
また、病気や障がいのある子どもを持つ家族の中には、外に出ること自体を諦めてしまっている方々がいます。
そういった方々に、スポーツ・芸術・文化などの、趣味や娯楽の場に出ていく機会を提供するために、我々は活動を続けています。
–活動を始めたきっかけについて教えてください。
中川さん:
私は元々、横浜の病院で救命救急医として働いていて、趣味がバスケということもあり、Bリーグチームの「横浜ビー・コルセアーズ」様と親しくさせていただいていました。
そのつながりから、試合会場でAEDの講習を行ったり、プロバスケ選手やチアリーダー達に小児病棟を訪問してもらったり、という活動をしていたんです。
そんな時、あるイベントで一緒になった初対面のトレーナーさんとの会話の流れで、将来やりたいことについて聞かれました。
その場で自然に出てきた答えが、「病気や障がいのある子どもやその家族に、病気や障がいがなかったらやりたかったこと・今まで諦めていたことを、やってもらう場を提供したい」だったんです。
私が医師を志したきっかけは、私の幼なじみの妹である「あやこ」ちゃんが亜急性硬化性全脳炎という難病にかかり、彼女の大変な闘病生活を見聞きしてきたことにあります。
中でも、彼女のお母さんが病気を理由にあやちゃんを外に連れ出してあげられなかったことを長年後悔していることが、とても印象的で私の心にずっと残っていました。
その心の中にあったものを、トレーナーさんが偶然にも引き出してくれました。
おかげで、やりたいことが明確になった私は、2022年1月1日に任意団体としてAYAを立ち上げ、2023年の6月29日に法人化しました。
団体名「AYA」も「あやちゃん」に由来しています。
「医療的ケア児」という言葉を知っていますか?
–医療的ケア児や障がいのある子における社会的な課題について教えてください。
中川さん:
例えば18歳まで充実している医療的ケア児・障がい児への支援策が、それ以降の年齢になると手薄になってしまうなど、様々な課題がありますが、一番は世の中のほとんどの人が、医療的ケア児※や障がいのある子のことをあまり知らないことです。
病気や障がい自体のこと、病気や障がいのある人のこと、医療的ケア児を家族に持つということ、これらすべてに対する社会での認知が圧倒的に足りていないと思っています。
医療的ケア児や障がいのある子といっても、抱えている障がいや症状は人それぞれで、意思疎通が難しい子どももいれば、外見上は障がいはないように見える子どももいて、悩みはそれぞれ違うんです。
さらにもう1つ、社会に出ていく場が整っていないという課題があります。
私の仮説ですが、今後は病気や障がいのある人たちと、もっと一緒に生活をする社会「共生社会」になっていくと思っています。
しかし、現在の日本の制度上、医療的ケア児・障がい児に対する支援は、18歳まで充実していますが、卒業後の雇用支援や雇用環境支援までは手が回っていません。
雇用する側も障がい者側も、今まで接点がなかったのに、「これから一緒に働きましょう」となっても、どう接したらいいのかわからないと思うんです。
その背景として、医療的ケア児・障がい児を持つ家族は、外出できる場が少ないことが大きな課題だと私は考えています。
彼らが外出するためには、移動方法、外出先の設備・環境、子どものためのケア準備など、様々なハードルがあります。
そのため、彼らの多くは外出を諦め、社会的孤立に陥るリスクを抱えています。
彼らとその家族が、社会に出ていくための手段の一つとして、AYAの場を使ってほしい、と我々は考えています。
医療的ケア児のリアルを知ってもらうためにできることとは?
–貴団体が考える「NPO法人AYA」の役割についてお聞かせください。
中川さん:
医療的ケア児・障がい児の認知が社会に広がっていくためには、患者さんや障がい者の方だけで構成されたコミュニティに加え、健常者も含めた大きなコミュニティに医療的ケア児・障がい児、その家族が関わっていく必要があると考えています。
医療的ケア児・障がい児本人が公共の場に出ることで、障がいがあること、医療的ケア児ってこういうものだよと伝わっていくんじゃないかと思います。
さらに、公共の場として、スポーツ・芸術・文化に触れることが出来るということは、まさに子どもたちとその家族が諦めていたことを、体験できていることになります。
我々はそういった様々な娯楽を体験する機会を提供しています。そして、この活動を通じて、医療的ケア児・障がい児の認知を広げることこそが私たちの役割だと思っています。
なお、現在のSDGsやCSRの潮流により、医療的ケア児・障がい児に対して社会貢献をしたいと考えている企業が増えつつあります。
ただ、そのような企業は医療的ケア児・障がい児に対して、「何か起きてしまったら怖い」という声も聞こえてきます。そのため、私たちが医療的なリスクを追うことによって、企業や団体が抱えるハードルを下げることも役割です。その結果、子ども達や家族が体験できる場を創出しています。
バスケ観戦、映画鑑賞会を中心に活動を拡大中
–貴団体の活動内容についてお聞かせください。
中川さん:
スポーツ・芸術・文化を通じて、病気や障がいのある子どもたちとその家族に、様々な体験を提供しています。
現在、恒常的に開催できているのは、私のつながりから開始したスポーツ関連(特にバスケットボール)のイベントです。
試合を観戦したり、試合後に選手と写真を撮ったりなど、子どもたちとその家族に喜んでもらえています。
もう1つ定期的に開催しているのが映画の上映会ですね。
2024年3月〜6月にかけ、東宝株式会社様と、いくつかの興業会社様の協力を得て、ドラえもんの上映会を全国13会場で実施しました。のべ2056人の動員となり、それなりの成果を出せたと思っています。
(参考:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000009.000116240.html)
今年8月からは、新たにクレヨンしんちゃんの上映会を全国12会場で開催しています。札幌・さいたま・伊勢崎・錦糸町・横浜・小松・浜松・名古屋・草津・神戸・福岡・鹿児島で実施しますので、お近くの方はぜひご来場ください。
また、AYAインクルーシブ映画上映会の挑戦、と題したオンラインイベントも実施しましたので、ぜひこちらの開催報告をご覧になっていただけますと幸いです。
その他、小笠原諸島や海外への旅行プログラムも開催経験があり、今後は定例化していきたいと考えています。
AYAは設立からまだ1年と少々しか経っていない団体ですが、今後も様々なイベント(他スポーツの観戦会や音楽鑑賞会など)を実施し、活動の幅を広げていく予定です。
–印象的な参加者の声はありますか。
中川さん:
やっぱり、参加者が今まで諦めてしまっていた活動を実現できた喜びは大きいですね。
そういった声ももらうことが多くて、励みになります。
数多くの励みになる言葉をいただきますが、具体的に3つほど挙げますと、1つは事業主サイドからの言葉です。ある劇場スタッフの方は、「今まで自分が思っていた、映画を観る上での価値観を揺さぶられました。なんで映画って静かに観ましょうとなっているんですかね。」と仰っていました。
これはまさに我々の活動が、病気や障がいのある子どもや家族を考えるきっかけになってくれているんだなと感じました。
2つ目は、車いすバスケの試合観戦に参加してくれた、子どもからの言葉です。
その子は元々明るい子だったんですが、そのイベントの後にさらにポジティブになり、将来車いすバスケのプロになることを夢見て、色々なことに意欲的に挑戦しているらしいんですよ。
その時に、「俺、人生で初めて障がいを持って良かったと思えた、お陰で色々な出会いが生まれたよ」って言っていたと、親御さんから連絡をもらいまして。
それは本当に響きましたね。
最後はやはり、イベントに参加してくれた保護者の声です。
「家族で初めて映画をみることができていい思い出になりました。」
「兄弟たちも帰宅の車の中『みんなで観れてよかったね』と言っており、泣きそうになりました。」
「私たち家族にとって、新たなチャレンジに参加出来て、自信にもなりました。」
「これからもっと社会に出ていこうと思います。」
AYAは本当にちょっとした介入しかしていないにも関わらず、こういった多くの人からお声を頂戴できるのは、とてもうれしいですね!
活動が急速に拡大していく一方、大幅な人手不足
–現在活動を続けている上で、課題に感じていることを教えてください。
中川さん:
現在、ありがたいことに様々なオファーをいただいていて、予想を超える広がりを見せているため、人的リソースが足りていない状況です。
なるべく多くのイベントを実施したいと考えているので、ご協力いただける方は随時募集しています。
また金銭的な面でも、活動メンバーは全員プロボノでやっており、献身的に協力していただいているので、今後はしっかり報酬を支払えるような基盤を作りたいですね。
そのためには、団体の認知をもっと獲得して、支援を受けられるような団体にしていきたいと考えています。
1年に1日、障がい者とその家族が映画を見れる日 ”AYAインクルーシブ 映画Day” を設立する
–今後の展望についてお聞かせください。
中川さん:
1つは映画に関してで、 “AYAインクルーシブ 映画Day”の設立です。
今、赤ちゃんのいる家族が気軽に映画が観れる日っていうのを、どこの映画館でも定期的に開催してるんですよね。
それと同じような日を想定しています。 “AYAインクルーシブ 映画Day”は、病気や障がいのある子どもたちとその家族が、周りに気を遣う事なく、映画館で映画を鑑賞できる日です。それを、全国47都道府県、少なくとも1か所以上の映画館で、同時に開催できる日が、1年に1回、お祭りのような感じでできればいいなと。
あと欲を言えば、海外支社を作りたい。
例えば欧米と日本ではNPO法人の立ち位置も、ボランティアに対する考え方も違います。そういった文化の違いも含めて、海外支社の設立にも挑戦していきたいです。
また、海外とのパイプがしっかりできれば、グローバルという意味でも、医療的ケア児や障がいのある子どもと、その家族の世界を広げられるので、実現できたら素晴らしいなと思っています。
どんな着地点になるかはわかりませんが、我々の役割を果たせるよう、引き続き、活動を続けていきたいです。
–医療的ケア児の社会課題について考えるきっかけをいただくことができました。本日は貴重なお話をありがとうございます。