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公益財団法人堺市文化振興財団|文化・芸術は人生を豊かにし、エンパワーメントしてくれるもの

公益財団法人堺市文化振興財団 常盤さん、福尾さんインタビュー

常盤成紀(ときわ・まさのり)/公益財団法人堺市文化振興財団事業係長
1990年大阪生まれ。株式会社紀陽銀行、京都市役所を経て2021年より現職。市内小中学校・認定こども園・子ども食堂等向け文化芸術事業、若手芸術家育成事業、市内文化団体支援事業等の企画・取りまとめを担当。堺市が掲げる「文化芸術を通じた社会包摂」を具体的な形にするために、地域や芸術家との信頼関係を大切に、関わる人々が一緒になって事業を作り、進めていくことができる在り方を模索している。現職の他に、プロジェクト型オーケストラ「アミーキティア管弦楽団」主宰。

© 飯島 隆

福尾葉子(ふくお ようこ)公益財団法人堺市文化振興財団  フェニーチェ堺(堺市民芸術文化ホール) 主幹(広報・営業担当)
大阪生まれ。民間企業の広報職を経て、2018年フェニーチェ堺開館前の準備室より勤務。2019年10月グランドオープンを迎え現在に至る。開館前後の機運醸成およびブランディング広報、ニュース発信、印刷物一式と情報誌等の制作、WEBサイト運営と会員管理、チケット販売、団体営業などを担う。企画制作担当者として年に数本、公演事業も担当する。

introduction

大阪府・堺市で芸術文化の創造・交流・発信拠点となる施設「フェニーチェ堺」を運営し、同時に市内各施設に芸術家を派遣してアウトリーチ・ワークショップを実施する公益財団法人堺市文化振興財団。堺市が2021年に策定した「第2期堺文化芸術推進計画」に沿って、文化芸術を通じたSDGsの取り組みを行っています。

今回、本部事業課の常盤さんとフェニーチェ堺の福尾さんに文化芸術がどのようにSDGsの目標達成に繋がっているのかを、具体的な取り組みと合わせて伺いました。

ワークショップで子どもたちに芸術の魅力を伝える

-まずは事業内容を教えてください。

常盤さん:公益財団法人堺市文化振興財団は、2019年に立ち上がったコンサートホール「フェニーチェ堺」を含め、5施設を指定管理している団体です。その指定管理業務に加えて、本部事業課では、市内の小学校や中学校・子ども食堂・福祉施設に芸術家を派遣してコンサートをしたり、子どもたちや現場の人たちと一緒にワークショップをしたりしています。

令和3年度から新たに定められた第2期堺文化芸術推進計画では「文化芸術を通じた社会課題解決・社会包摂(ソーシャルインクルージョン)」が明記されました。

この推進計画には大きく分けて3つの重点的方向性があり、一つ目は「文化芸術とともに生きる」、二つ目は「文化芸術で子どもたちを育てる」、三つ目は「多くの人に魅力を伝える」です。とりわけ事業課では一つ目と二つ目の目標に注力して事業を行っています。

<推進計画>

-具体的にはどのような事業があるのですか?

常盤さん:例えば、年間20校程度を対象に小学校や中学校に芸術家を派遣する「さかいミーツアート」という事業があります。オペラやバレエ・能楽・粘土で作品を作る造形など、様々なジャンルの芸術家の皆さんと協働して行っています。

<さかいミーツアート 事業>

令和3年度からは、堺市内にある子ども食堂向けの事業も始めました。堺市内には現在、80前後の子ども食堂があります。今年度はそのうちの3つの食堂向けに、それぞれ年間4〜5回芸術家を派遣して音楽や身体表現、ダンスのワークショップを実施する予定です。

文化芸術は人間の営みに欠かせないもの

-SDGsの取り組みを始めたきっかけは何だったのでしょうか?

常盤さん:正確に言えば、SDGsの目標が先にあってそれに合わせて事業を始めたわけではないんです。財団が定款に掲げてるミッションや、推進計画の目標を達成しようと事業を組んだら、おのずとSDGsに繋がってきたという形です。

福尾さん:文化芸術は人類の歴史が始まって以来ずっと共にあって、これまで起こってきた社会や世界の問題に深く関わってきたことから、文化芸術はSDGsにおいては単なる一目標ではないという考え方があります。

私はこれにすごく共感していて、SDGsの17個の目標の中に芸術という言葉は出てきませんが、このSDGsが取り組む問題が、結局は人と人の営みの中で起こっているモノ・コトであるならば、文化芸術はどの目標にも何らかの形で関係し影響してくるはずだと思っています。

例えば芸術作品の中には、楽しいだけのものではなく、そこで表現された悲しい思いや複雑な人間感情が、鑑賞する人に強く訴えかけてくるものがあります。作った人のストーリーや背景を知ることで「こんな考えの人もいるんだ」「自分にはこの視点は無かったな・・・」と、自分とは異なる人生や文化、思想に出会い認識する瞬間があります。SDGsをその具体的な目標に位置づける「2030アジェンダ」にも、「すべての文化・文明は持続可能な開発に貢献するばかりでなく、重要な成功への鍵であると認識する」と明記されているように、私たち人類はこれまで、お互いに文化や価値を認め高めあうことで歴史を築いてきたといえると思います。

<文化芸術イベントの様子>

–確かに文化芸術は、人間の生活を豊かにするものだというイメージがあります。

常盤さん:芸術だとか舞台だとか言うと、人によっては高尚に感じ、自分とは違う世界にあるものというイメージがあると思います。しかし、芸術や文化に触れて、面白いと感じたり、自分の価値観が変わったりという楽しみを味わう権利は本来、誰しもにあるのです。

「文化芸術は人権だ」という人がいて、僕もその通りだと考えています。どんな背景を持っている人にも楽しんで欲しいですし、文化芸術によって人生を豊かにすることは、僕たちの生活の基盤を作っていくものだと思います。

福尾さん:私はフェニーチェ堺の広報・営業担当として、お客様が来場されるきっかけ作りに日々携わっています。劇場は、お客様が普段出会わないものと出会い、普段とは違う自分になれるという意味で、非日常の空間を提供する場所です。他方でこのフェニーチェ堺には、地域の人が集まる市民会館・公共ホールという側面もあり、地域の人々がここでどのような体験をするかということを、公共性の観点からも大切に考えています。

<フェニーチェ堺>

音大生や、芸術系の仕事をしている人に聞くと、多くは子どもの頃におばあちゃんやお母さんに劇場へ連れていってもらった経験があると言います。「子どもの頃に劇場に行く」「舞台に立つ」という原体験は、その後の子どもたちの人生に何かしら影響を与えるのではないでしょうか。小さい頃、劇場に親しんだ人であれば、大人になってからも劇場に行くことが自然な選択肢になるでしょうし、新しいものや珍しいもの、自分に刺激を与えてくれそうなものに自分から触れに行くような大人になるかもしれません。それこそが、長い目でみた時に劇場が果たすべき公共的な役割だと思います。

音楽を通じて子どもたちの自己肯定感を上げたい。鉄琴を使ったワークショップ

–文化芸術とSDGsの関わりについて理解できてきました。推進計画の中で、「文化芸術を用いた社会包摂・社会課題解決」を目標としています。文化芸術と社会包摂・社会課題解決はどのように繋がっているのでしょうか?

常盤さん:2017年に、社会包摂の方向性などを盛り込んだ「文化芸術基本法」が制定されました。それ以前は「文化芸術振興基本法」という名称で、「文化芸術を盛り立てていこう」というのが国のスタンスでしたが、2017年以降は、音楽や美術や演劇が、実は社会の様々な課題に対してアプローチする力を持ってるんじゃないかと考えられだしたのです。そして振興する対象ではなく、文化芸術自体が力を発揮する主体として認識されました。

文化芸術基本法の条文では、文化芸術単体ではなく、医療・福祉・教育と連携していろんな価値を発揮していこうと謳っています。その流れで令和3年度以降、堺市でも推進計画が新しくなり、社会課題解決や、多様な分野との連携が明記されました。

その中でも僕たちとしては、特に子どもに関する社会課題を解決していきたいと考えています。先ほど子ども食堂を例に挙げましたが、子ども食堂には、食べられていない子どもだけが来るわけではありません。経済的にはそこまで困ってないけれども、母子関係に課題のある子どもが来ていたりもします。外国ルーツの子どももいます。あるいは取り立てて問題がないような子どもも普通にいます。要は本当にいろんな子どもが来て、その子どもたちのために一肌脱ごうと地域の大人が関わる、そんな場所なんです。

今の子どもたちにとっての大きな課題の一つが「経験・関係性の貧困」です。例えば、「杵と臼」という言葉を聞いても、それをイメージできない子どもがいます。見たことがないから、大人から教えてもらったことがないからです。

また、色んな事柄に挑戦するチャンスがなく、失敗することにも恐怖を持っています。以前、ある食堂で流しそうめんをしたとき、なかなか取りに行こうとしない子どもがいて、「失敗すると怖いから」と言ったそうです。

そういう子どもたちが、実は都市にも田舎にもたくさんいて、何も触らないまま大人になってしまうと、自分の世界が狭くなってしまいます。地域の繋がりも薄れていく昨今、何か家庭で問題が起こったときに助けを呼べる相手がいなくなってしまう。子ども食堂に関わる大人たちは、そうした危機感を最前線で感じていて、子どもたちにいろんな体験をしてもらいたいと思っているんです。

学校とは違うこうした場所である子ども食堂で僕たちが作るべき音楽ワークショップは、おそらく授業のような合奏練習・発表ではないことは明らかでした。それよりも、その日のワークショップを通じて「今日はこれができた」と言えるものをみんなでやろうと。「自分はこういうこともできるんだ」というのを見つけていってもらう、そんな現場を作りたいねという話になりました。

そこで去年の11月には、子どもたちと一緒に鉄パイプを切り出して、鉄琴を作るワークショップを行いました。ただ、その鉄琴で曲を練習したり発表したりということはあえてやらず、「この鉄琴で鳴らせる一番小さな音をみんなで鳴らしてみよう」とか、「リンゴの音ってどんな音?」とか、子どもに問いかけるようなワークをやってみました。そうすると子どもたちが自分で考えて、互いにそれを聞かせあって「こんな音だ」「こんなふうに聞こえた」と、どんどんやっていくんです。自分のできることを自分で見つけて広げていく、これが子ども食堂で実施したワークショップです。

<ワークショップの様子>

また、こうした企画を子ども食堂をはじめ地域の人々と一緒に制作していくには、コミュニケーションをとりながら信頼関係を築き、「どういった内容・進め方がいいのか」ということを話し合います。こうした地域社会との関わり方を通じて、文化芸術が子どもや障がいのある方、外国籍の方にもアプローチしていく。それが、さしあたり今の僕たちがイメージしている文化芸術を通じた社会課題解決の方向性です。

「劇場って楽しい!!」知的障がい児(者)向け劇場体験プログラムで、どんな人でも楽しめる場所作りを

–フェニーチェ堺では、知的障がい児(者)向け劇場体験プログラムも実施されています。こちらは、どのようなことをされるのでしょうか?

福尾さん:去年から「劇場って楽しい!!in フェニーチェ堺」というタイトルで、知的障がい児(者)向けの劇場体験プログラムを行っています。これは、劇場を知的障がい児(者)の方にも来てもらいやすい場所にすることをテーマにしたものです。劇場の公共性という点では、誰もが来場できる環境・状況の整備はとても重要で、私たちの普段の事業の中でまず1つのアクションとして、この「劇場って楽しい!!in フェニーチェ堺」を実施しました。

開催にあたっては、最初に私たちが、堺市にある「国際障害者交流センター(ビック・アイ)」の方から研修を受けました。そこで学んだのが、例えば、音にものすごく過敏で劇場のブザーに反応してしまう人や、照明が消えて急に暗くなるとドキドキしてしまう人もいるということです。そういう人たちが劇場で楽しめるように、開演ブザーの音を小さくしたり、劇場の客席照明を明るくしたり、イヤーマフを貸し出すなどの工夫をして実施しました。出演アーティストにも、ゆっくり話す、一人ずつ登場してもらうなど工夫と協力をお願いしました。

<「劇場って楽しい!」のチラシ>

–参加した方の反応はいかがですか?

福尾さん:とても良かったです。皆さま笑顔で帰っていかれて、私たちも主催者としてホッとしました。印象的だったのが、きょうだいの1人に障がいがあって、これまで家族で揃って劇場に行く機会がもてなかったお客様です。お子さまが騒いでしまうことを懸念されて普段なら気が引けてしまうところを、鑑賞し続けられる環境をご用意することで、安心して最後まで楽しんでいただけました。障がい当事者の子どもだけでなく、弟や妹もピョンピョン跳ねて劇場で車イスを押していて、その姿を見たご両親も笑顔で会話されていて、ご家族にとってこの時間は大切なひとときだったんだなと、こちらまで嬉しくなりました。

障がいがあってなかなか外に出かけることに気おくれしてしまう人たちにとって、今回のように「劇場に行けた」という体験・経験はとても重要なのだと感じています。出かけて誰かと何かをするということは、その人が社会とつながるということです。その機会を今後広げていくことが必要な私たちにとって、今回のプログラムは大きな学びになりました。終演後は、出演者を交えてスタッフ全員で振り返りを行いました。

今年は映画で同じことをやるのですが、新しい人との出会いが楽しみです。劇場ってどんな人でも行けるんだっていうことをもっともっとやっていきたいですね。

<「劇場って楽しい!」開催時の様子>

取り組みも組織も持続可能であること

–今後の展望をお聞かせください。

常盤さん:芸術を含む文化とは本来、日常の中で自然に取り組まれ、広がるものです。なので、僕たちが手掛けてきた事業についても、「自分たちでもやってみたい」と市民の皆さんによって広がっていくのが、目指す姿です。財団も大きな組織ではなく、現実問題として僕たちが年間で作れる現場の数は限られています。ですから、地元の人たちや地域の人たち自身が、自分たちで「こういう芸術家を呼びたい」「こんなことをやりたい」と、どんどん盛り上がっていってくれるように、普段から市民の皆さんを巻き込んだ事業が出来るようにしたいと思っています。「財団さんが言ってるからやろうか」ではなく、みんなで作っていくことが大事なんです。そういう風土ができれば、文化芸術に関する取組が持続可能なものになっていく。こうなるように頑張っていきたいですね。

福尾さん:今、世の中の価値観や動きが驚くほどの速さで変わっていく中、私たち劇場も伝統を守りつつも、時代に合わせて、自分の考え方やお客様へのアプローチの仕方、コミュニケーションの取り方を変えていかないと駄目だろうなと感じています。社会全体がDX化や働き方改革を推進する中で、私たち財団も、事業内容だけでなく、組織の在り方ももう一度見つめ直す必要がありそうです。社会に対して働きかけていくために、まず私たちが良い組織であることができているか、前に進んでいるか、ではないでしょうか。そのために私たちも、怖がらずにちょっとずつでも勉強してチャレンジして、変わっていきたいと思っています。

関連リンク

公益財団法人堺市文化振興財団 https://www.sakai-bunshin.com/