吉田 真衣
立命館大学国際関係研究科博士前期課程修了。アメリカン大学School of International Service在学中に、南部アフリカに留学。先進国から途上国への支援のあり方に疑問を持ち、進路を模索する中でテラ・ルネッサンスと出会い、インターン生として活動を始める。大学院在学中は、ウガンダ北部における元子ども兵の移行期正義について研究。その後、民間企業勤務を経て、テラ・ルネッサンスに入職。海外事業国内担当、会計業務等を担当後、2015年より大槌復興刺し子プロジェクト(現大槌刺し子事業)事業部長、2021年より政策提言推進室室長を兼任。子ども兵問題およびその問題にも密接に関わる小型武器問題に関する政策提言活動に従事している。
introduction
岩手県上閉伊郡大槌町にある「大槌(おおつち)刺し子」は、東日本大震災をきっかけに生まれたブランドです。カンボジアやウガンダで開発途上国支援を行う、認定NPO法人テラ・ルネッサンスが運営しています。主な事業内容は、刺し子の商品開発や販売、企業と協働した商品開発などです。
今回は大槌刺し子の事業部長である吉田さんに、大槌刺し子が生まれた背景や活動の意義、伝統文化や手仕事の価値などについてお話を聞きました。
東日本大震災がきっかけで始まった「大槌刺し子」
–早速ですが、大槌(おおつち)刺し子ではどのようなことを行っているのでしょうか。
吉田さん:
刺し子の商品開発や販売をしています。また、企業からの依頼を受けて共同で商品を作ることにも力を入れています。
–吉田さんが所属されているNPO法人テラ・ルネッサンスという団体が運営母体になっていると伺いましたが、どのような経緯で大槌刺し子が誕生したのか教えてください。
吉田さん:
まずは私たちが関わることとなった経緯をお話します。きっかけは、2011年の東日本大震災でした。テラ・ルネッサンスでも何か支援をできないかと考えたんです。
–NPO法人テラ・ルネッサンスとはどのような団体なのでしょうか。
吉田さん:
主に、カンボジアやウガンダなどで紛争で被害に遭われた方々の社会復帰や収入向上など長期の自立支援事業を行っています。また、日本国内で海外の問題に対する啓発活動や講演、平和教育、イベントなどの活動も行っている団体です。
–海外だけではなく、国内の問題に対しての活動にも力を入れている団体なのですね。
吉田さん:
はい。そのため東日本大震災では、その被害の大きさから私たちも支援を行いたいという話になったんです。
災害支援は私たちも初めての経験で不安もありました。しかし、公務員の初任給が6,000円ほどのウガンダで、5万円もの寄付が集まるなど、今まで支援の対象だった人々からの助けがあったのです。彼らの想いに動かされ、できることを何とかやってみようと被災地に行くことを決意しました。
震災直後の支援活動と「刺し子」を選んだ理由
–最初はどのように支援活動を始めたのですか?
吉田さん:
もともとつながりのあった北茨城に物資を届ける緊急支援活動から始めました。それからだんだんと北上し、最終的に岩手県沿岸部の大槌町で活動することにしたんです。
–どうして岩手県を選んだのでしょうか?
吉田さん:
東京から距離があり、他の地域に比べてボランティアの方が集まりにくい現状があったからです。
–支援が届きにくい場所だったから岩手県で活動を始めたのですね。
そこから、どのように「大槌刺し子」設立に繋がったのでしょうか。
吉田さん:
私たちは物資を届けたり、他の支援団体と協力を図ったりしながら活動を行っていましたが、ある現状が気になりました。
被災地では、男性はがれきの撤去といった復興活動がありました。しかし女性、特に高齢の女性はすることがあまりない状況で、避難所の限られたスペースで肩身の狭い思いをしていたんです。
–日常を失い、避難所で何もすることなく1日が過ぎていくのは大変辛い状況だったことと思います。
吉田さん:
これは短期的な緊急支援だけでは解決できないと感じました。そこで、私たちが今まで海外で行ってきた「長期的な自立支援」の経験を活かし、刺し子をして収入にしてもらう「大槌復興刺し子プロジェクト」が生まれました。
–岩手の人々の生活を長期的に支えていくという意味で、大槌復興刺し子プロジェクトを始めたのですね!
なぜ「刺し子」だったのでしょうか?
吉田さん:
刺し子は針と糸、布があれば取り掛かれるので、初期投資がほとんど必要なく、避難所という限られたスペースでも行えるからです。さらに高齢の女性は針仕事に馴染みがありますし「刺し子といえば、東北だよね」と言われるほど、地域に根付いた伝統手芸でした。
刺し子が心の支えやつながりに
–「大槌復興刺し子プロジェクト」設立直後は、どのように進んでいったのでしょうか?
吉田さん:
最初は各避難所を回って材料を配り、作ってきてもらったものを買い取っていました。10〜20人の方から始まり、多い時で100人くらいの方にお願いしていましたね。事務所ができてからは週に2回、刺し子会を設けて集まってもらうようになっていきました。
–刺し子さん達はどのような様子でしたか?
吉田さん:
刺し子は集中して作業するので「無心になれて、作業自体が癒しになる」とおっしゃる方が多いですね。「作業している間は嫌なことを考えずに済むので、すごくいい時間」だと言う方もいました。
また、刺し子を通してつながりができたことがよかったと言う方もいます。仮設住宅に移ると、新たに近所付き合いやコミュニティ作りを始めなければならず、多くの方にとって新しい関係を一から作るのは大変なことでした。しかし「刺し子」という共通のものを通して、新たな人間関係をスムーズに築けたようです。
–刺し子が心の支えとなり、人とのつながりを築くのにも役立ったんですね!
日本伝統の工芸を守り、持続可能な事業を進めていく
–震災後、岩手県の復興が進み、約10年が経った今も「大槌刺し子」は多くの方に親しまれ、刺し子さんも活躍されていると伺います。
吉田さん:
刺し子を通して、震災後の地域や多くの方の力になれたことは非常に嬉しいですね。しかし、途中で大変なことも多くありました。
始めは「復興支援商品」として多くの方にお買い求めいただいていましたが、5年経って震災そのものが風化していき、販売の柱となっていた復興イベントそのものがなくなっていったのです。
–最初は「復興支援のため」と買ってくれたものが、そうはいかなくなっていったんですね。
吉田さん:
ですので、2015年頃から方向性を再度考え直しました。まずは技術力と商品力を高めることを重視し、刺し子の先生を招いて伝統的な刺し子のやり方を一から学び直しました。
–復興支援としての刺し子ではなく、日本の伝統文化としての刺し子として品質を高めていったのですね。
吉田さん:
その結果、さらに多くの方に手に取っていただけるようになり、震災の復興が進んだ今でも継続することができています。
また、プロジェクトを始めてからの10年間で209名の方が参加し、工賃として39,784,436円をお支払いできました。現在は約30名の刺し子さんが活躍してくれていますよ。
企業とのコラボ商品やソーシャルプロダクツ・アワードの受賞も
–ここからは実際の商品について伺います。現在はどのような商品がありますか?
吉田さん:
ふきんやバッグ、ポーチなどのオリジナル商品の他に、他企業との共同で商品を作ることもあります。なかでも良品計画様は震災直後からご縁があり、継続して商品作りをご依頼いただいています。
2016年には、共同制作商品がヨーロッパで販売されることになり、刺し子さん2人も渡航し、現地でワークショップをしたんですよ。
–大槌刺し子が海外に進出したんですね!
吉田さん:
そうなんです。また、襤褸(ぼろ・古い布のこと)を修繕して新たな服に蘇らせるブランド「KUON」では、立ち上げのときに大槌刺し子にご依頼いただきました。KUONのブランドコンセプト「ファッションビジネスを通じて社会課題の解決に取り組む」と大槌刺し子は親和性があり、とてもよいコラボレーションだと感じています。
–刺し子は布を補修して長く使うために生まれた技術だと伺っています。KUONとは相性抜群ですね!
吉田さん:
他にも、岩手県の企業や団体とのコラボも積極的に行っています。「岩谷堂タンス製作所」と作製した針山や、岩手で100年続く染物屋さんである「京屋染物店」と協働した刺し子補修サービスやワンポイント装飾などがあります。
–大槌刺し子を通して、地域全体の発展にも貢献しているのですね。2018年にはソーシャルプロダクツ・アワードを受賞したと聞きました。
吉田さん:
ご自身で刺し子を体験できる「みやびふきんキット」が受賞しました。中に入っている糸は、自然由来の草木染めのものです。
このキットを買った人が、刺し子を一針一針縫うときに、手仕事の大切さや被災地である東北の人たちへの想いを馳せることができる点を評価していただきました。
–単なる刺し子体験ではなく、付加価値のある商品として評価されたのですね!
できる範囲で、持続可能性を大事にしながら広げていく
–最後に、今後の展望について教えてください。
吉田さん:
大槌刺し子をもっと多くの人に届けるために、事業を継続していきたいと思っています。特に他企業とコラボすることで、私たちだけでは届けられなかったお客さんにまで商品を届けられます。
刺し子さんたちの負担にならないようにバランスを考え、持続可能な範囲でできることを一つずつ行い、多くの方に大槌刺し子の魅力をお届けしていきたいですね。
–手仕事で丁寧に作られた素敵な商品が広がっていくことを期待しています!
本日は素敵なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。