堀 灯里
2000年6月9日、京都市生まれ。京都で310年続く金箔屋の傍らで育つ。高校1年次、オーストラリアでの10カ月間の交換留学を通して家業の可能性と脆弱性を認識し、帰国後海外対応やSNSに携わり始めた。
2019年4月早稲田大学国際教養学部入学後は文化×ビジネスをテーマに幅広く学ぶ。1年次に発表した「日本の伝統工芸材料を世界のクリエイターに繋ぐ」事業案で、第22回早稲田大学ビジネスアイデアコンテストファイナリストに選出。家業の自社越境EC「至善堂」の構築に繋がる。
2021年2月ごろに金箔、和紙、漆を掛け合わせてつくられる「金糸」の可能性に魅せられ、友人とsAtoを立ち上げる。2022年2月に第4回WASEDA Demo Dayで審査員特別賞/事業資金51万円を受賞。
同年3月に個人事業主として開業し、9月に大学を早期卒業。2023年中に法人化を目指す。
introduction
和紙に漆を塗って金箔を貼り、糸状に切ったものを金糸と呼びます。輝く金色が美しく、思わず目を引いてしまうこの金糸と、捨てられるはずだったヨットの帆を使って製品を生み出しているのがsAtoです。
今回、代表の堀さんに製品の魅力や伝統工芸への想い、大切にしている考え方などを伺いました。
金糸とヨットの帆を使って日本の伝統工芸を世界に発信
–まずは御社について教えてください。どのような事業を展開されているのでしょうか?
堀さん:
sAtoは、アップサイクル-金継ぎ-をコンセプトに、西陣織などに使われている金糸といらなくなったヨットの帆を使って、バッグやアクセサリーの製作・販売をしています。
金継ぎとは、割れた陶器や磁器を漆で修復して、上から金の粉(金泥)で直す日本の伝統的な手法です。世界的に大量生産大量消費を見直す流れがある中で、「日本では昔から1つのものを大切にしてきたんだよ」、ということを伝えたいと思っています。私たちは、陶器や磁器の代わりにヨットの帆を、金箔の代わりに金糸を使って金継ぎを表現し、世界に発信することを目指しています。
ヨットの帆はイメージしやすいと思いますが、金糸は馴染みがないですよね。金糸は和紙に漆を塗ってその上から金箔を貼り付け、糸状に切ったものです。主に西陣織などの織物に使われています。金色に輝く糸が美しく、職人さんの繊細な技術も伝わるため、海外の方からの関心も高いんです。
ブランド名のsAtoは、ふる「さと」からきています。このブランドはもともと私と親友の2人で始めたんですが、ふるさとの手仕事や自然の美しさを守りたいという共通の想いがあったこと。加えて、どちらの名前にも「里」が使われていたことからsAtoと名付けました。Aは、ヨットの帆の形と金糸の直線に見立てて大文字にしました。
ロゴには、ブランド名のsAtoをベースに、波紋がデザインされています。「身近なところから少しずつ周囲を巻き込んで大きなムーブメントに発展させたい」という想いを込めました。バイト先の先輩にお願いしてデザインしてもらったんですが、このように身近な人たちと一緒にチャレンジすることを大事にして、日々試行錯誤を続けています。
–実際にどのような商品なのかご紹介いただけますか?
堀さん:
いくつか紹介しますね。
こちらはきんちゃくのショルダーバッグです。
肩紐の長さを「リボン結び」や「もやい結び(主にキャンプなどで用いる長さを簡単に調整できる結び方)」で調整していただけます。A4のクリアファイルが入るサイズ感で、小さいポケットがついていたり、きんちゃくはリボンを引けば口がしまったりと機能性も備えています。軽くて水に強いことも特徴ですね。
こちらのあずま袋は、リバーシブルで色の変化を楽しんでもらえます。二種類のサイズ展開があり様々な状況で使ってもらえます。
こちらはトートバッグです。トート用の2本の肩紐とは別に紐をつけていて、リュックとしても使うことができます。
他にも小さいショルダーバッグや、イヤリングなどのアクセサリーなど様々な商品を展開しています。
そしてこれらの商品すべてに金糸のタグが縫い付けられています。
これらの金糸のタグは、障がいのあるクリエイターさんがひとつひとつ自由な創造性を生かして作ってくださっていて、世界にひとつだけの「アート作品」として楽しんでいただけます。
きっかけは300年続く家業だった
–なぜ金糸とヨットの帆に注目し、事業を始められたのでしょう?
堀さん:
金糸に興味を持ったのは、私の実家が金箔の販売・加工業を営んでいたことが関係しています。会社と自宅が隣り合わせで、毎日金箔を目にしていたんですが、小さい頃はプライバシーがなくて古風な家庭環境がコンプレックスでした。その中で高校1年生の時に行った留学先で、友人たちから「それは当たり前のことではなく、誇りに思うべきことだよ。」「でも灯里がもっとクールに変えられるんじゃない?」と言われたんです。そこから、家業の秘める可能性も、後継者不足、国内の市場規模の縮小などの課題も自分事として捉えるようになり、帰国後は友人たちに「クールじゃない」と言われたインスタの運用に携わり始めました。
大学に入学後家業の海外出張に通訳として同行したことをきっかけに、「伝統工芸の材料である金箔を世界中の現代のモノづくりに活かせる仕組みを作りたい」という情熱に気づき、自社越境ECサイトの立ち上げに至りました。インスタやECで日本の伝統工芸材料が世界のかっこいいモノづくりで輝くのを目の当たりにし、次は「自分も伝統工芸材料でものづくりをしてその魅力を発信したい」と考えるようになりました。大学2年生の終盤のことです。
ただ、一番身近にある金箔は薄くて繊細であるため、不器用な私が気軽に取り扱えるものではありません。色々と模索して出会ったのが金糸です。金糸は美しいことはもちろんですが、誰でも扱える素材です。加えて金糸を広められれば、その工程で関わってくる和紙や漆、金箔といった他の伝統工芸の職人さんの技術も一緒に伝えられるんじゃないかなと。
帆の出会いは、父の趣味であるヨットがきっかけです。父は休みの日になると琵琶湖でヨットに乗っているんですが、風を受けて船の動力に変える帆はしばらく使うと破れてしまい、そうなると基本的には産業廃棄物として捨てるか倉庫に置いておくしかないのですが、父の友人がそれを活かしてバッグを作っていることを知りました。
すごく素敵な取り組みだなと感じたものの、バッグのデザインはヨット仲間向けのもので、自分が持ちたい!と思えるものは見つけられませんでした。「じゃあ金糸と掛け合わせて私たちが街で使いたいと思えるものを作ろう」ということでヨットの帆の採用を決めました。
素材が決まった後は、職人さんから金糸を購入し、帆は大学のヨット部の方々に連絡して引き取らせていただくことになりました。
様々な縁から完成したThe ReBorn Bag
–そこから製作が始まったんですね。堀さんや立ち上げメンバーのお友達はデザインの経験はあったんですか?
堀さん:
いえ、デザインもそうですし、それを形にするスキルもありませんでした。
そこで各方面に相談し続けた結果、モノづくりの好きな私の幼馴染がデザインを、縫製は親友の親戚が引き受けてくれることになりました。ただ、金糸はミシンに通らないので縫製には使えないことが分かりいきなり軽く挫折しました(笑)。どうにかして金糸を活かせないかと、自分たちで刺繍してみたのですが、なかなか上手くいかず。
すごく悩んでいた時に、テレビで見た障がいのある方の素晴らしいアート作品の数々を思い出し、相談先を調べました。その過程で渋谷のB型就労継続支援事業にたどり着き連絡すると、すぐにお会いいただけることになりました。そこで、「金糸を密に小さく刺繍しタグとして活用する」というアイデアをいただき、そのまま所属するクリエイターの方々に製作協力をしていただくことになったんです。
こうして出来上がった最初の製品がこちらのショルダーバッグ「The ReBorn Bag」です。
役目を終えたヨットの帆が金糸と出会い生まれ変わる(“reborn“)ことと、象徴的な肩紐の“リボン“を掛けてThe ReBorn Bagと名付けました。
たくさんの方の協力のお陰でデザイン性と機能性、どちらも満たす良いものが作れました。これは、sAtoを展開するにあたって大事にしたいと思っていた点なんです。いくら「アップサイクルでエシカルなんだよ」「伝統工芸を守りたい」と言っても、お客さんが欲しい!と感じなければ買っていただけないですから。たとえサステナブルやエシカルな意識から購入いただけたとしても、純粋にその商品が好きでなければ実際に使ってもらえませんし、リピーターにもなってもらえないなど、持続可能ではありません。
そのため、「かわいい」「使いやすそう」というところから購買につなげられるようにしたかったんです。今もその想いは変わらないので、使っていただいている方の意見を取り入れながら日々アップデートしています。
紆余曲折を経て気付いた自分の気持ち
–話を伺っていると非常に順調に進んでいる印象を受けますが、大変だったことはありますか?
堀さん:
そういっていただけることは嬉しいですがとんでもなく、常に不安と戦っています。
sAtoに力を入れ出したタイミングは、同級生が就職活動をスタートした時期でもありました。就活をした方がいいかな?海外の大学院にも行ってみたいな、など迷いながらインターンをしたりバイトをしたりと余裕のない生活を送っていました。その結果、心が疲れてしまって、何もできない状態まで落ちてしまったんです。勧められて受診した精神科ではうつ病の診断を受け、しばらくバイトを休んでいたのですが、その間もsAtoのことだけは何かしら動き続けていました。その時の自分にはもうsAtoしかなくて(笑)。
うつと戦い、泣きながら作成した(笑)資料で挑んだ大学のピッチコンテストでなんと審査員特別賞に選んでいただき、事業資金として50万円をいただいたので、潔く就活を諦めてゆっくりsAtoに専念する決心がつきました。そうすると自然と心も元気になってきました。いろいろ追い求めすぎていたからしんどくなったんだと思います。
とはいえ今はブランドの売り上げだけでは厳しいので、銭湯でのアルバイトと家業の海外事業の手伝いをしながら生計を立てています。
–色々な苦労があったんですね。
堀さん:
周りの支えがあったからこそ今こうやってsAtoに取り組めています。事業を進めるにあたり、様々な方々とつながりました。もともと私は行動派で、興味があればすぐにアポを取って会いに行く性格です。もちろん連絡するときは、自分たちの想いに加えて、なぜその方に頼みたいのかをしっかり自分の言葉で伝えるようにしていますが、想像以上に皆さん受け入れてくださり感謝しかありません。
sAtoを自分事として取り組んでくれる相方はもちろんのこと、縫製を担ってくれる親友の親戚、金糸の職人さん、ヨットの帆を譲ってくれた大学のヨット部の方々、タグを製作してくれる福祉作業所の方々。最近では、縫製がひとりでは間に合わなくなってきたので、作業所の方に紹介してもらったミシンクラブのおばあちゃんたちともつながりました。どの人も温かく、不安な気持ちが大きいときも彼らと話すだけで頑張ろうと思えてくるんです。
また、バッグを買ってくれた方が色々なところで紹介してくれて、それがきっかけで購入していただくこともあり、本当にありがたいです。何より金糸やアップサイクルの魅力が商品で伝わっているんだ、ということが嬉しいです。あとは日々出会う人たちに自分のやっていることを伝えていると、ひょんなところから新たなつながりが生まれて、新商品の開発やポップアップの開催に繋がることもたくさんあります。
このデニム素材のバッグがまさにそうです。
これはデニムブランドさんの端材を譲り受けて製作しました。これも知り合いからの紹介が形になった商品です。ヨットの帆だけでなく、使い道がないものを金糸を使ってアップサイクルすることでまた世に出せるものになるかもしれませんし、金糸の使い道も広がっていきます。
今後もつながりを大切にして事業を展開していきたいです。
伝統工芸材料の可能性を広げることを目指して
–最後に今後の展望を教えてください。
堀さん:
私たちの究極の目標は「金糸の職人さんが後継者を育てられるほどの需要を作ること」です。
引き続きアップサイクルファッションアイテムを通して、世界中の同世代に伝統工芸の材料である金糸の新しい可能性を広めていきます。
最近有難いことに国内外のクリエイターさんやハイブランドから「金糸を使ってみたい」というお問い合わせをいただくことも多いので、sAtoが金糸職人さんと世界のモノづくりの懸け橋になれれば、目標実現できると信じています。
私たちのお客様は、海外での生活経験やルーツを持つ人が多いですし、ポップアップでも、海外の方の反応はすごく良いです。高校時の留学先でモノづくりしている友人とコラボの話も進んでいるので近々海外でポップアップ販売できたらと思っています。
また、商品の販売を開始してからいつの間にか1年半が経ち、初めの頃にご購入いただいた商品の中には、くたびれてきたものもあるかもしれません。そのため、re sAto projectと題し、お客様自身で修繕ができるよう修理用金糸タグの販売、不要であれば持ち込んでいただき、次回の割引券と交換、といった取り組みも始めました。破れたから使わなくなる、ではアップサイクル商品の意味合いが薄れてしまいますので。今後も、長く使っていただくこともひとつのテーマとして取り組んでいきたいですね。
ある程度道筋をつけられたら、金糸以外の日本の伝統工芸材料と海外の手仕事を結びつけた商品展開もしたいと考えています。やりたいことはたくさんありますが、焦らず、楽しみながら進んでいきたいです。
–本日はありがとうございました!
公式ウェブサイト https://saaaaato.handcrafted.jp/