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NPO法人しあわせなみだ|障がい者への性暴力をゼロに!力ではなく言葉で伝え合うことを大切にしたい

NPO法人しあわせなみだ 中野宏美さんインタビュー

中野 宏美
1977年東京生まれ。東洋大学大学院社会学研究科修了。社会福祉士。精神保健福祉士。
友人がDVに遭ったことをきっかけに、できることから始めようと決意。「2047年までに性暴力をゼロにする」ことを目指して、2009年「しあわせなみだ」を立ち上げる。2011年にNPO法人化
2018年AERA「生きづらさを仕事に変えた社会起業家54人」に選出。
主な著書に「多機関連携による支援と予防ー性的被害経験後の人生に寄り添うために」(小木曽宏編『児童福祉施設における性的問題対応ハンドブック』,2022)、「多様な働きかけによる世論喚起と現実的な要求で刑法改正を実現した実践」(公益社団法人日本社会福祉士会編集『地域共生社会に向けたソーシャルワーク 社会福祉士による実践事例から』,2018)論文に「発達障害者への性暴力の実態に関する調査」(共著,東洋大学社会学部紀要,2019)「災害時の性暴力~見えないリスクを可視化する~」(自治体危機管理研,2016)等。

introduction

性暴力は身近な犯罪です。警察庁の犯罪統計によると、令和3年には1年間で約6千人の人が性的被害に遭っていると言われています。

令和2年度の男女間における暴力に関する調査では、女性の約14人に1人が無理やり性交等された経験があると報告されていますが、実際にはそれより多くの被害者がいると考えられています。

また障がい者への性暴力も社会問題になっています。被害者の人権を踏みにじる性犯罪はあってはならないもの。今回、性暴力撲滅に向けた啓発活動を手がける性暴力に遭った人を支援するNPO法人しあわせなみだの理事長 中野宏美さんに話を伺いました。

性犯罪被害者のパートナーを支える場が少ない

ーNPO法人しあわせなみだの活動を教えてください。

中野さん:

当団体が現在、取り組んでいる事業の1つが「寅さんのなみだ」です。この活動の対象は性暴力被害者のパートナーの男性です。当事者同士、つまり被害者のパートナー同士が体験や思いを語り合う場を提供しています。

私たちは、彼らをサポートするのは被害者本人の支援と同様に重要だと考えていますが、性暴力に遭ったパートナーを支える場が他に見当たらないのが現状です。

「性犯罪に遭った本人ではなく、なぜそのパートナーを支援する必要があるのだろうか」と感じる人もいると思いますが、性暴力被害により、被害者の家族やパートナーが、まるで自分が被害に遭ったかのように苦しむ「二次受傷」が起きるケースが報告されています。性犯罪被害者のパートナーを支える場は必要なのです。

–性暴力被害者のパートナーへの支援を始めた理由を詳しく教えてください。

中野さん:

被害者の母親やきょうだいなど、家族も辛い思いをするのですが、パートナーは他の家族とは決定的に違う点があります。パートナーの男性は、被害者の女性と性的関係にあるということです。

自分が彼女と性行為をするときに「彼女にまた辛い思いをさせるのではないか」「自分は犯罪者と同じことをしているのではないか」と悩んでしまうと言います。これは被害者本人とパートナーの両方の人生を左右しかねない問題なのです。

この悩みはとても根深く、デリケートで、かつプライベートな問題であるため、なかなか人に相談できません。そこで支える場をつくったのです。

–「寅さんのなみだ」の活動はどのように実施されていますか?

中野さん:

性犯罪被害者のパートナーが自分の気持ちを安全に話せる場は限られています。参加者はここで誰にも言えない苦しみを吐露しています。当事者同士だからこそ言えること、相談できることがあるのです。

参加のきっかけは、「男性自身が申し込むケース」「パートナーから参加を勧められるケース」など、人それぞれです。

この会の開催はインターネットを通じてお知らせし、参加申し込みをして頂きます。開催場所は希望者のみへのお知らせとなっています。この場で知りえた情報は外部に漏らさないことを約束して頂ける方のみに、ご参加いただいております。私たちは、参加者の心理的安全性を担保することを何より重要視しています。

対話することで偏見を乗り越えられる

他にも活動されていることはありますか?

中野さん:

自治体や公的機関の職員の方に向け、性暴力の被害者支援に関する研修を行っています。最も印象に残っているのが、警察官の方々への研修です。

それまで私は、警察に対して「被害者が性暴力を受けたと訴えても、警察官が取り合ってくれていないのではないか」「そこには性暴力被害者への偏見があるのではないだろうか」と思っていました。

ところが、実際に警察官のみなさんと話してみると、「性暴力を取り締まりたいと思っているけれど、現行の法律では検挙に至らないケースが多く、非常に歯がゆい思いをしている」と仰る方が少なくありませんでした。

警察の存在を大変心強く思ったのと同時に、対話して理解し合う大切さを私自身が学びました。

なぜ障がい者への暴力が起こるのか

–しあわせなみだでは、障がい者への性暴力支援も行っているそうですね。障がい者への性暴力はどこで、なぜ起こるのでしょうか?

中野さん:

第三者による加害だけでなく、福祉関係の施設でも性暴力が行われていることが報告されています。加害者は、被害者が通っている施設のスタッフだというのです。

障がい者本人やその家族を含め、多くの人は「施設のスタッフがそんなことをするはずがない」と思いますよね。

障がい特性によっては「自分が性暴力を受けている」ことを認識しにくい人や、性暴力を受けたことを訴えられない人が多いのです。そのため、障がい者への性暴力は発見されにくくなっています。

障がい者の家族も、仮に本人から性暴力被害を受けたと打ち明けられても、すぐには信じられないと言います。「何かの間違いではないか」「本人が勘違いをしているのではないか」と考えます。

加害者はそれを理解した上で、上下関係に基づく性的支配とコントロールを目的に性暴力を起こします。私たちは、これを絶対に許してはならないと思っています。

–障がい者への性暴力をなくすには何が必要でしょうか?

中野さん:

法整備が喫緊の課題です。現行法では本人の証言が重要となります。しかし、障がいのある人は、状況を把握できなかったり発言が苦手だったりするなど、司法上の基準を満たすだけの証言をすることが難しいケースが少なくありません。「障がいがあることが司法上の不利益となる」という現実を変えないといけません。

私たちは2018年に、発達障がい者への性暴力調査報告書、2020年に、現行刑法の課題をまとめた「障がいに乗じた性犯罪処罰規定創設を」、2022年には市民ヘの意識調査を掲載した「誰一人取り残さない刑法性犯罪見直しを」を作成しました。

この中で、障がいのある性犯罪被害者に関する要望として、刑法第百七十八条に「障がい」の概念を追加することや、「障がいがあると知りうる立場に乗じた性犯罪の創設」などを盛り込んでいます。

しあわせなみだでは「2047年までに性暴力をゼロにする」というスローガンを掲げ、2022年7月31日時点で、110人の国会議員のみなさんに話を聞いて頂くなど、各方面に働きかけて法整備を後押ししています。

このように私たちは現在、性犯罪をはじめとする法整備を目指して活動していますが、政治にアプローチする際、SDGsが大いに役立っています。

–性暴力ゼロへの活動にもSDGsが役に立っているのですね。

中野さん:

みなさんも、政治家の方々が胸にSDGsのバッチをつけているのを目にしたことがあるのではないでしょうか?

政治とは、社会において公正を期すために行われるものです。SDGsの「誰一人取り残さない」というのは、まさに政治の理念そのものですよね。そのため、政治家の方々はSDGsの理念を重要視しています。

SDGsには「平和と公正をすべての人に」という目標があります。SDGsにおける暴力というと、世界の紛争や内戦での暴力を思い浮かべがちですが、私たちの身近にも性犯罪をはじめとする暴力が起こっているのを忘れないで欲しいのです。

暴力を振るうのは「カッコ悪い」ことなんだ

–社会における性暴力を自分事ととらえるにはどうしたらいいでしょうか?

中野さん:

性暴力というと自分には関係ないと思いがちですが、誰もが経験するリスクを有しています。暴力にはいろいろな形があり、性暴力はそのひとつなのです。家庭の中での親から子への暴力、学校や職場でのいじめ、こういったすべてが、間接的であっても性暴力につながる芽を持っていると考えています。

性暴力加害者の話を聞くと「自分も家庭などで暴力を受けて育った」という人が少なからずいます。暴力が常態化する環境で、言葉ではなくそれがコミュニケーションの手段になってしまったことが加害の背景になることもあります。

性暴力を含め、あらゆる暴力を自分事と感じてくれる人が増えてほしいです。あなたの隣にも、性被害に遭い、黙って涙を流している人がいるかもしれないと、どうか想像してみてください。

–性暴力をなくすため、私たち個人は何ができるでしょうか?

中野さん:

「暴力はカッコ悪い」という認識をみなさんに持ってもらいたいですね。現代社会ではアニメや映画で暴力シーンが流れたり、子どもたちが友達同士で戦いごっこをしたりと、フィクションであっても日常的に暴力を目にする機会が多くなっています。また、力の強い者が優位に立つという社会構造もまだまだ根強く残っています。「暴力ってカッコ悪いことなんだ」「暴力ってカッコ悪~い!」と気軽に言い合える社会になって欲しいと思います。

暴力で誰かをねじ伏せたり、力で自分を誇示するのではなく、対話を通じた意思表明の文化を広めていきたいです。私たちみんなが暴力に断固としてNOを突きつけ、隣の人にちょっとした思いやりや、やさしさを向ける。それが、私たち一人一人にできることだと思います。

–本日は、貴重なお話をありがとうございました。

関連リンク

NPO法人しあわせなみだ https://shiawasenamida.org/