瞬きのパチパチが多い、肩や腕など体の部分がよく動くなど、「クセにしては少し激しいなあ」と見受けられる方がいます。いわゆるチックと言われる症状で、幼少期のお子さんにはよく見られます。軽度であれば成長するに従い現れなくなるので、多くの方が疾病や障害とは受け止めていないようです。
しかし、この症状は自分ではコントロールできず、いくつものチック症状が重複する場合もあります。それがトゥレット症候群と言われる障害です。このトゥレット症候群になると、本人にとってはとてもつらい状況になり、日常生活や社会生活に支障をきたす場合も多くなってしまいます。
今回はそのトゥレット症候群について分かりやすく解説していきます。是非一緒に考えていきましょう。
目次
トゥレット症候群とは?
トゥレット症候群とは、多種類の運動チックと1つ以上の発生チックが、1年以上にわたり続く重症なチック障害です。1885年、フランスの神経科医ジョルジュ・ジル・ド・ラ・トゥレットによって報告されました。
4〜10才に発症することが多く、体質的な疾患で、脳の働きに起因すると考えられていますが、不明な点も多く難治性疾患の1つとされています。
現在、我が国のトゥレット症候群患者数は、およそ6万人、そのうち難治性患者は約6,000人、重症患者は1,000人以下と推定されています。
出典・参考:トゥレット症候群|e-ヘルスネット(厚生労働省)
発達障害 | e-ヘルスネット(厚生労働省)
そもそもチックとは
チックとは、本人の意思に関わらず起こってしまう素早い体の動きや発声です。運動チックと音声チック(発声チックとも言われます。)があります。
運動チックとは
運動チックとは、突然起こる素早い運動の繰り返しで、以下のような症状が見られます。
運動チック | 単純運動チック | まばたきをする、肩をすくめる、顔をしかめる、首をかしげる等 |
複雑運動チック | 飛び跳ねる、キックする、倒れ込む、叩く等 |
トゥレット症候群の多くは、単純運動チックから始まります。
音声チックとは
音声チックは、発声やことばなどに現れる次のような症状です。
音声チック | 単純音声チック | 意味のない音を繰り返す、鼻や舌を鳴らす、咳払いをする等 |
複雑音声チック | 〇汚言:その場にふさわしくない汚い言葉を発する〇オウム返し:他の人が言った言葉を繰り返す 等 |
チック症状は多くの場合成人になるまでには軽減しますが、慢性化が進みトゥレット症候群になると、ADHD(注意欠陥多動性障害)などを合併することもあり、支援が必要になってきます。
出典・参考:チック症・トゥレット症 | NCNP病院 国立精神・神経医療研究センター
トゥレット症候群の症状
単純または1種類のチック症状にとどまらず、トゥレット症候群に進んで重症化や慢性化した場合、何らかの対応が必要になります。どのような症状に進行するのかみていきましょう。
重症化すると・・・
トゥレット症候群患者は、多種類の運動チックを発症します。運動チックが重症化すると、自分や周囲を傷つけてしまうこともあります。具体的には、
- 首を激しく降る
- 顔や顎を叩く
- 急に飛び上がる
などです。
また音声チック症状でも、発する音声が
- 甲高い声
- 大きなうなり声
- 複雑な発声
などになることがあります。
慢性化すると・・・
慢性化すると、自分が決めた回数だけ行動を繰り返さないと気が済まなくなったり、自分が納得したレベルに至るまで行為をやり直したりといった強迫的行動を伴うこともあります。
変化する症状
トゥレット症候群の症状は、年齢によってばかりでなく、1〜数か月単位で変化することもあります。また1日の中でも症状の現れ方に違いがあります。
出典・参考:チック症・トゥレット症 | NCNP病院 国立精神・神経医療研究センター
トゥレット症候群の原因
先述したようにトゥレット症候群の原因は、まだ完全には解明されていません。しかし研究が進み、次の2点はかなり明確に推測されるようになってきました。
- 脳の働きの異常によって起こる
- 遺伝的要因と環境的要因の両方が関係している
脳の働きの異常によって起こる
ドーパミン系やセロトニン系などの神経伝達物質の異常が関係していると言われています。
ドーパミンは、大脳の基底核という部位にある神経伝達物質で、運動機能を調節することに深くかかわる物質です。チックばかりでなく、手足が動かしにくくなるパーキンソン病の原因にも大きく関係していると言われています。
その詳細な関係性についてはさらに研究が進められているところです。
遺伝的要因と環境的要因の両方が関係
- トゥレット症候群は、1,000人あたり3〜8人に認められる。
- 男児の発症が多く、女児の3倍以上。
などの点から、遺伝的要因があると考えられています。
病理の発症そのものは脳の質的疾患で、子育て中のしつけなどとは関係ありません。発症の頻度や現れ方については環境的要因が関わっていると考えられていますが、個人差は大きく多様です。
出典・参考:神経系疾患分野|トゥレット症候群(平成22年度)(難病情報センター)
トゥレット症とは(NPO法人日本トゥレット協会)
トゥレット症候群の治療について
現在、すべての患者に有効なトゥレット症候群の治療は確立されていません。しかしながら、患者の症状に合わせたいくつかの治療法が実施され、効果を挙げているので、見ていきましょう。
教育・環境調整
トゥレット症候群は軽度であれば、単純チック症状と同様に大きくなるにしたがって軽減します。ですから本人や家族、周囲の人々が症状を正しく理解し、過度に心配しないことで、特別な治療が必要ない場合も多くあります。
症状が起きる状況を特定することで発症を予測できれば、避ける手だてを講じたり、そうなりにくい環境や用具などを準備したりすることもできます。また、家族ばかりでなく、学校の先生や友だちにも病気のことを知ってもらい、理解を得ることも助けになります。
年齢に応じた知識や理解、環境要因の調整が大切です。
行動療法
トゥレット症候群の行動療法として多く行われるのがハビット・リバーサル(習慣逆転法)です。
ハビット・リバーサルでは、チック症状が現れそうなときに、その動作と反対、もしくは同時には行えないような動きをすることを教えます。例えば、肩をすくめるチック症状の場合は、両腕を伸ばす動作を指示します。
ハビット・リバーサルと前述の教育・環境調整、さらにリラクゼーションを組み合わせた療法がCBIT(Comprehensuve Behavioral Intervention for Tics ; シービット;チックに対する包括的行動介入)です。
チックの管理の仕方を学ぶことで、悪化や再発を防ぎ、チックと上手に付き合う生活を送れるようにすることを目指しています。
参考:認知行動療法(ハビットリバーサル/CBIT・ERP・呼吸法) – トゥレット当事者会
薬物療法
教育や環境調整だけでは解決できない場合は、薬物療法が実施されることがあります。
日本にはトゥレット症候群に特化して有効性が認められた承認薬はありませんが、抗精神病薬や抗てんかん薬が用いられることがあります。
ただし、合併症や副作用に十分注意することが必要です。
外科治療
薬物量でも効果がなかったり、副作用等のために治療が継続できなかったりする場合には、脳深部刺激療法(DBS:Deep Brain Stimulation)が行われることがあります。
DBSは、脳に電極を埋め込んで刺激を与える外科療法です。心臓のペースメーカーと似ていて、脳のペースメーカーとも言われています。体外からのリモコン操作で刺激条件を変更させることもできます。すでにパーキンソン病の患者に対して一定の効果を挙げており、保険適用にもなっています。
トゥレット症候群の度合いは本人はもちろん、家族も診断しにくい面があります。軽度であっても医師の診察を受け、相談しながら、早めに治療を始めることが安心に繋がります。
日本トゥレット協会(こちら)や各自治体のホームページなどで医療機関を調べることができます。
トゥレット症候群に関してよくある疑問
ここからは、トゥレット症候群に関してよくある疑問にお答えしていきましょう。
ストレスが関係する?
トゥレット症候群は、強いストレスや疲労、不安や興奮によって、多発したり悪化したりすることが多くなっています。学校の試験や、仕事の締め切りに追われている時などに悪化する人が多いようです。しかし反対に、家でチック症状が多く出る患者もおり、安心してリラックスできているようでも発症する場合があるようです。
病理的な原因は神経伝達物質とお話ししましたが、現在のところ詳しい関連性はわかっていません。本人や周囲の人がチックについて正しい知識を持ち、患者が社会生活にうまく適応できるよう支援することが大切です。
大人もなることはある?
チック症には「18歳未満」という元々の診断基準があり、大人になってから初めて発症するということはほとんどありません。
大人になって出現した場合は、幼少期に未診断だったものが表面化したか、再発した場合がほとんどです。チック症やトゥレット症候群ではなく、別の病気やその後遺症、薬の副作用の可能性もあります。
発達障害とは違う?
トゥレット症候群は発達障害の一種です。
発達障害者支援法には、
「発達障害」とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥性障害その他に類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令に定めるものをいう。出典:発達障害者支援法(平成十六年十二月十日法律第百六十七号):文部科学省 |
とあり、トゥレット症候群もその1つに定められています。この支援法に基づき、トゥレット症候群と診断された場合は、治療費や訓練などに関する発達障害関連の支援を受けることができます。
【関連記事】発達障害とは?診断方法や対応と教育現場の現状も紹介
公表している有名人はいる?
瞬きが多い、肩の動きが独特で頻繁に現れるなど、チック症状が疑われる有名人が少なくありませんが、公表している有名人は多くはありません。しかし近年公表したアーティストがいましたので、お二人ご紹介します。
ビリー・アイリッシュさん
ビリー・アイリッシュさんは、アメリカのYouTuberでシンガーソングライターです。すでに数々の音楽関連の賞を受け、世界で注目されている若手アーティストです。
そのアイリッシュさんが自身のトゥレット症候群を公表したのは、Netflixのトーク番組ででした。
2001年生まれの彼女がトゥレット症候群を発症したのは11歳のときで、頻繁な瞬きやあごのカウカク音だけでなく、自身の意思に反して眉が片方あがったり、瞳が速く動いたりしたそうです。
番組の中でアイリッシュさんは「トゥレットが好きというわけではないが、自分の一部のように感じている」と語り、反響をよびました。
この発言をきっかけに、初めてトゥレット症候群を知った人や「自分も」と打ち明ける人が多く、この障害ときちんと向き合ったきわめて意義のある公表だったと言えるのではないでしょうか。
出典・参考:BAZAAR及びCulture|madameFIGARO.jp(フィガロジャポン)
渋谷すばるさん
渋谷すばるさんは、元関ジャニ∞のメンバーで、現在はシンガーソングライターとして活躍するアーティストです。以前から瞬きが多いことや、顎をよく動かす症状が見られていました。
渋谷さんは、自身のSNSで2024年6月「近年稀にみる酷いHSP ※ とトゥレット出まくり」とコメントしています。同時に「自分らしく愛おしい」と綴り、自分がトゥレット症候群であることを受け入れていることがうかがえます。
出典・参考:渋谷すばる (@subaru_official) / X
有名人の公表は、トゥレット症候群の知名度を上げ、同じ症状に悩んで一人で抱え込んでいる人に、大きな勇気や希望を与えます。
トゥレット症候群とSDGs
トゥレット症候群について理解を深めたり支援したりすることは、SDGsの理念である「誰一人取り残されない」に深くかかわります。では最後に、トゥレット症候群とSDGsの関連についてお話します。
SDGsの目標は17ありますが、そのうちトゥレット症候群ともっとも関連が深いのは、SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」です。
SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」との関連
目標3は「あらゆる年齢のすべて人々の健康的な生活を確実にし、福祉を推進する」ことを目指し、13のターゲットを設定しています。
近年発達障害全般について脳科学領域での研究が進み、薬物治療や外科治療などが大いに進歩してきました。そして今まで多かった「親のしつけが悪い」などの思い込みが減ってきています。さらに、本文でもふれたように、有名人が公表したことがよい方向に拍車をかけてくれました。
科学の進歩に裏付けされて、トゥレット症候群の治療方法や多くの人の理解が進むことは、「すべての人=障害のある人も無い人も」が健康な生活を確実にする状況を整えることに深く繋がっていきます。
また、トゥレット症候群の発症が幼少期であることを考えれば、目標4「質の高い教育をみんなに」にも関わってきます。「幼児向けの質の高い発達支援ケア」が受けられるよう行政の支援にも期待したいところです。
まとめ
今回は、トゥレット症候群について、症状や原因、治療などについて解説し、よくある疑問にもお答えしてきました。またSDGsの目標との関連もお話し、「誰一人取り残されない」理念にどう関わるかも触れてきました。
英エコノミスト誌は、著作「2050年の世界」で「ゲノム解析は多くの病気の原因を解明し治療法を発見する強力なツールになる」と予測しています。科学の進歩は疾患に立ち向かう武器になるとも言っています。
私たちは、科学の成果が多くの障害に正しくかつ有効に生かせているか、目をそらさずいる必要がありそうです。
<参考資料・文献>
e-ヘルスネット
トゥレット症候群|e-ヘルスネット(厚生労働省)
発達障害 | e-ヘルスネット(厚生労働省)
チック症・トゥレット症 | NCNP病院 国立精神・神経医療研究センター
神経系疾患分野|トゥレット症候群(平成22年度)(難病情報センター)
トゥレット症とは(NPO法人日本トゥレット協会)
認知行動療法(ハビットリバーサル/CBIT・ERP・呼吸法) – トゥレット当事者会
DBSとは | 脳深部刺激療法(DBS)
発達障害者支援法(平成十六年十二月十日法律第百六十七号):文部科学省
発達障害とは?診断方法や対応と教育現場の現状も紹介(Spaceship Earth)
医療機関 | NPO法人日本トゥレット協会
Billboard JAPAN
BAZAAR
Culture|madameFIGARO.jp(フィガロジャポン)
渋谷すばるです。
渋谷すばる (@subaru_official) / X
2050年の世界:英エコノミスト編集部(文春文庫)
SDGs:蟹江憲史(中公新書)