横須賀市立うわまち病院様 岩澤孝昌さん インタビュー
岩澤孝昌
1992年に自治医科大学医学部を卒業。1994年からへき地の病院で9年間に渡り、内科を学ぶ。2001年から国立横須賀病院(現・横須賀市立うわまち病院)の循環器内科にて勤務開始、公益社団法人地域医療振興協会へ参画。現在は、循環器内科および集中治療部の部長を兼任する傍ら、2018年からは副病院長として後進の育成にとどまらず、地域の方々に寄り沿う医療を目指している。
目次
introduction
横須賀市立うわまち病院は、地域の拠点として100年以上にわたって横須賀市の医療を支えてきました。
そんな同院の社会貢献への取り組みは、「かながわ みんなのSDGs賞」の受賞という形でも高く評価されています。
今回は院内のSDGs推進委員会で委員長を務める岩澤さんに、全スタッフで取り組むSDGsの取り組みや、今後目指す病院像について伺いました。
地域で進める事業と取り組み
–まずはうわまち病院のご紹介をお願いします。
岩澤さん:
横須賀市立うわまち病院は市立という名前がついていますが、公益社団法人地域医療振興協会が運営しています。三浦半島の横須賀中央駅から徒歩6 〜7分、ベッド数417床と、地域の拠点となる比較的大きな病院です。
年に約6,000台の救急車を受け入れているなど、地域と連携して横須賀市の医療を支えています。
これまで100年にわたり、横須賀市の中央部に拠点を構えてきましたが、建物の老朽化やスプリンクラーの整備の観点から、2025年の3月1日には市内東部の久里浜に移転することが決まっています。
移転を機に、さらに地域の皆さんの力になる病院へと生まれ変わる予定です。
また、私たちはSDGsの達成にも力を入れています。
SDGsがスタートした当初は、医療業界では、まだ取り組みへの気運がそこまで高まっていたわけではありませんでした。神奈川にも「かながわSDGsパートナー※」制度がありますが、登録している病院も少ない状況でした。
その中で、当院と同じく地域医療振興協会が運営する、東京北区の東京北医療センターのSDGsに関する活動を知ったのがきっかけで積極的な取り組みを開始しました。
※SDGsの取り組みを実施、公表している企業や団体を「かながわSDGsパートナー」として神奈川県が認定し、県と認定企業や団体等が連携することで県内のSDGsに関する取り組みを促進させることを目的とした制度。
出典:横須賀市立うわまち病院(https://www.jadecomhp-uwamachi.jp/news/20231106/)
取り組みを進めるにあたっては、17の目標について今できていることや、今後取り組めそうなものについて、まるでパズルを組み立てるように何度も何度も話し合いました。そこで気がついたのは、意外にもすでに取り組んでいることが多いということでした。
そこでホームページには、17個の目標に対して、どのような取り組みを進めているのかをまとめています。
全員で作り上げてきた社会貢献への土壌
–うわまち病院のSDGsの取り組みの中で、特に成果が出ているものを教えてください。
岩澤さん:
やはり、「かながわSDGs賞」という評価につながった「心臓リハビリテーションハイキング×清掃活動」だと思います。
私たちはこれまで20年ほど、患者さんやその家族が病気や食事、運動療法についての正しい知識を持ち、包括的に健康増進にアプローチする取り組みとして心臓リハビリテーションハイキングを行なっていました。
実際に心臓の手術をした患者さんやその家族が対象で、まずはリハビリテーションや生活習慣に関する正しい知識を学んでいただきます。その後、健康増進のために、三浦半島にある6ヶ所のコースのいずれかをハイキングします。直近では2024年6月に馬堀の公園から横須賀美術館までハイキングを行いました。
ハイキングは朝8:30から、お昼過ぎくらいまでの約半日の行程です。血圧や心拍数の測定、体調の確認をしてから準備体操をして出発します。
ハイキングの後には、管理栄養士が主催する勉強会に参加して解散です。勉強会では、たとえば「真夏の食塩・水分の摂り方」など、すぐに日常生活で役立てられるテーマを選定しています。
その中で昨年、例年通りにハイキングを計画していた際、会場となる場所のゴミ問題を知りました。せっかくなら清掃活動も一緒に行おうと思い立ち、20年目にして現在のようなハイキングと清掃活動を掛け合わせる形のイベントになったわけです。
–どのようなゴミ問題だったのでしょうか?
岩澤さん:
横須賀で有名なヴェルニー公園におけるゴミ問題です。バラが咲く綺麗な公園なのですが、ゴミはもちろん、公園のせっかくの石畳を傷付ける小石にも悩んでいると担当者の方から伺いました。
公園には常に多くの方が訪れるので、人の出入りとともに公園内に小石が入り込んでしまうんです。しかも腰を曲げて小さな小石を1つずつ拾っていく作業はとても負担が大きいとのことでした。
そこで、何かしらのお手伝いができれば、公園を利用させていただくお礼になると考えました。また、心臓リハビリテーションハイキングという当院ならではの活動にSDGs志向の高い活動を組み合わせれば、当院を選んでいただく1つの理由にもできるとも思ったんです。
–「心臓リハビリテーションハイキング×清掃活動」について、患者様や関係者からはどのような反応があるのでしょうか?
岩澤さん:
とても喜んでいただいています。直接感想を述べられない方でも、ハイキングと清掃を終えた際のニコニコした顔を見れば、充実した時間を過ごされたことがよくわかります。
おそらく一日一善のような、徳を積んだというような感覚があるのではないかと。
ハイキングは自分自身の体のため、あるいは家族の体のために行うものですが、そこに地球や社会のためという目的が加わることで、さらに1日の満足感が高まるのだと思います。
また、多くのコースの到着点には、ハイキングが終わったあとも家族や参加者同士で楽しめる施設が多くあります。
例えば6月のハイキングでは、ゴール近くにある横須賀美術館でジブリ展を楽しんでいる方もいました。
それぞれ家族や仲間との時間も過ごせる、良い機会になっているのではないかと思います。
–心臓リハビリテーションハイキング以外に力を入れている取り組みはありますか?
岩澤さん:
病院内部でもさまざまな活動が行われています。
まず数字として大きな結果が出ているのは、会議のペーパーレス化です。病院も一般的な企業と同様に毎月たくさんの会議が開かれるのですが、そこで使う会議資料をMicrosoft365のteamsを使って共有しています。
それまでは50人ほどが集まる会議で1人100枚単位で資料を配布していたので、それがゼロになったのは大きな変化です。病院全体では、紙の使用が90%以上減りました。
もう1つの顕著な取り組みといえば、「健康階段」の導入です。これはエレベーターの運用にかかる電力の削減はもちろん、日中の混雑緩和も目指した取り組みです。
院内のエレベーターはベッドのまま移動される患者さんを乗せることも多くあります。その場合、1人の患者さんが移動するごとに5分以上はそのエレベーターが使えなくなってしまうんです。
そこで階段のステップのところに「ここが鎌倉大仏の高さ」「ここがキリンの頭の高さ」「ここが札幌の時計台の高さ」という具合に掲示をし、上るたびに達成感と楽しさを感じてもらえるよう工夫しました。
これは、かながわSDGsパートナーに入っている他の企業の取り組みからヒントを得て実現したものです。それまでも私たちは、ポスターやデジタルサイネージなどで階段の利用を呼びかけてはいました。しかし、この掲示を取り入れたことで、さらに院内全員で取り組める形になりましたね。
–スタッフの方の反応はどのようなものだったのでしょうか?
岩澤さん:
健康階段に関しても「体調が悪いときはエレベーターを使おう」などと注意書きをして無理強いはしていないので、すんなり受け入れてくれています。
これは、当院にはSDGsの取り組みを進めるための土壌がすでに培われていたということがあります。その要因は2つあって、1つは病院のスタッフの年齢層が20〜30代が中心と、比較的若い世代で構成されていることです。
こうした若い世代はAIやDXなどの新しいものへ順応する期間も短く、また、SDGsの取り組みに対する意識も高いように感じています。
そしてもう1つの要因として、院内の広報委員会の活動があります。この広報委員会は病院長の働きかけでできたもので、院内でも特に広報のセンスに秀でた人材が集められました。
ここでは院内で放映するプロモーションビデオやインスタグラムの投稿をはじめ、さまざまな手段で戦略的に当院のブランディングを行っています。
これは当院の理念にも通じる、「選ばれる病院になる」との目標を実現する施策です。
「選ばれる」というのは地域の患者さんの受診先や他の医療機関の紹介先としてはもちろん、医療従事者に「ここで働きたい」と思ってもらうことでもあります。
そうした広報活動が成功して、我々が目指す病院像に共感する人が集まってきていることも、取り組みが成功している1つの要因かと思います。
これからも地域に選ばれる病院へ
–これまでもさまざまな取り組みをされてきた御院が、今後見据える未来像はどのようなものでしょうか?
岩澤さん:
基本的な方針は変わりません。病院の活動理念に則り、今後も「選ばれる病院であること」を目指していきます。
ただし、横須賀市全体として、災害に強い医療基盤を整えることは急務だと考えています。
今年2024年1月には、能登で地震がありました。あの地震は横須賀市にとっても他人ごとではありません。ひとたび同じような地震が三浦半島で起これば、能登と同様に医療体制の崩壊が起きると予想されています。
そのような万一の事態に備えて、移転後の当院では、地震・火事・水害に強い病院施設を整えました。また、災害時の患者さまの移送を可能にする、ヘリポートも備えています。
また、今回の移転先に久里浜が選ばれたのも、災害対策という意味合いがありました。横須賀市は大まかに西部・中央部・東部に分けられるのですが、現在は当院がある中央部と西部にしか大きな病院がない状況です。
そのような中で当院が東部の久里浜に移転すれば、各地域に拠点となる病院ができ、市全体としてより多くの患者様に医療が行き届く可能性が高まります。
これは、現在の横須賀市長の「誰も取り残さない」との考えにも通じるものです。この考えにもとづき、これまでも経済的に困窮した患者さまの支援を市と連携して行ってきました。
今後は災害対策の面でも貢献し、地域に求められる役割を果たし続けて行きたいです。
–移転を控え、地域貢献への機運もさらに高まりそうです。今後のご活躍も楽しみにしています。