#インタビュー

東京都足立区|「貧困の連鎖」解消を目指して。子どもの可能性を広げるまちづくり

東京都足立区 SDGs未来都市推進担当課 伊東さん・小宮さん インタビュー

伊東 貴志

東京都中央区生まれ。1999年4月、足立区役所入庁。福祉事務所生活保護ケースワーカーを皮切りに、現職の政策経営課長に至るまで10カ所の職場を経験。その間、福祉分野の部署を3カ所経験。高齢福祉課長時代に足立区としての「地域包括ケアシステムビジョン」を作成し、高齢福祉施策の方向性をまとめた。政策経営課長着任後、SDGsの社会的認知の高まりを受け、SDGs未来都市にエントリー。SDGsの第一のゴールである「貧困をなくそう」と区の根底課題である「貧困の連鎖」をテーマリンクさせた提案を行い、2022年5月にSDGs未来都市と自治体SDGsモデル事業の両方の認定を受けるに至った。

小宮 舞子

大阪府大阪市生まれ。2009年に足立区に入区。入区してから緑化部門と環境部門の業務を経て、2021年度に政策経営部政策経営課担当係長としてSDGs未来都市への提案に向けた資料の作成を中心とした庁内のSDGsに関する業務に携わる。2022年5月に足立区がSDGs未来都市・自治体SDGsモデル事業に選定され、現在はSDGs未来都市推進担当課担当係長としてSDGsの普及やモデル事業の実施に向けて日々奮闘している。

introduction

2022年度のSDGs未来都市、および自治体SDGsモデル都市に選定された東京都足立区。提案の軸に据えたのは、区が長年抱える「貧困の連鎖の解消」でした。今回、足立区の政策経営部 SDGs未来都市推進担当課の伊東さんと小宮さんに、目を背けたくなる課題に真摯に取り組む背景や、これからのまちづくりに対する思いを伺いました。

「貧困」の解消こそが、すべての課題を解決に導く鍵

–早速ですが、足立区はどのようなまちなのでしょうか。

伊東さん:

足立区は東京23区の北西に位置し、大田区、世田谷区に次ぐ3番目に広い区です。人口も約70万人と、こちらも区で上位に位置しています。「23区」というと、たくさんのビルが立ち並び、ごみごみしている印象を持つ方も多いと思いますが、足立区には荒川をはじめとした自然環境が多く残っており、区立公園の面積に関して言えば23区で2位です。

他にも鉄道が8路線、図書館が15館、大学が6校あるなど、交通や教育の面でも住みやすいまちであるのが特徴です。

–足立区がSDGsに取り組むようになった背景を教えてください。

伊東さん:

これまで、足立区がテレビやインターネットなどのメディアに取り上げられるとなると、「荒れてる」とか「治安が悪い」といったネガティブな要素であることが多く、そのような印象が定着してしまいました。

印象だけならまだしも、実際に「犯罪の件数が多い」「健康寿命が東京都の平均より2歳低い」「学力検査が23区内で最下位」といったデータも出ているので、これらを改善する必要があったのです。これらの原因を考えた時、根底にあったのが「貧困の連鎖」でした。

足立区は、これまで都営住宅や区営住宅の建設を積極的に受け入れてきた歴史があり、比較的低所得者の方が多い現実があります。

貧困の連鎖により、影響が出るのが子どもたちです。貧困は単に経済的な問題だけでなく、そうした家庭の子どもは様々な経験や体験の不足、地域との関わりなどが希薄、などの要因も抱えています。特に経験や体験の不足は、子どもの世界観が広がらず、ロールモデルもいないために夢を持ってもその実現への道筋が描けない、さらにはそもそも夢を持つことさえも諦める、ということも起こり得ます。可能性を秘めた子どもたちがたくさんいるのに、生まれた環境が将来を左右してしまうのは望ましくありません。

区として、この課題に立ち向かうことは当たり前ですし、「貧困の連鎖」を断ち切ることで、「治安」「健康」「教育」の課題の解決も期待できます。そのような背景から、足立区では以前より貧困の連鎖解消に向けた取り組みを進めてきましたが、多くがSDGsの掲げる目標とリンクするものでした。そこで、足立区の取り組みとSDGsを組み合わせることで、持続可能なまちづくりが加速すると考えたのです。

今回、SDGs未来都市に応募するにあたり、全体のタイトルを、

多様なステークホルダーと挑む 「貧困の連鎖」解消に向けた都市型モデルの構築

に、自治体SDGsモデル事業名を、

逆境を「まちの力」で乗り越える足立SDGsモデル構築事業 「やりたくてもできない」を「やりたい!」に

とし、貧困を軸とした提案書を作成しました。

その結果、SDGs未来都市、自治体SDGsモデル事業の両方に選定していただきました。

前向きな大人と触れ合うことで、子どもたちの将来の道標に

–では、具体的な取り組みについて伺います。まずは社会面での取り組み内容を教えてください。

伊東さん:

「子どもの居場所」を増やすことに注力しています。これは、保護者が仕事で帰りが遅い、兄弟姉妹が家にいて勉強できない、塾に通わせられないといった様々な理由から、安心して過ごせる場所が少ないという課題解消に向けた取り組みです。

本を読んだり、食事やおやつを食べられたりする場所で、学習については個別で指導を受けられるようになっています。外国人の方向けの居場所もつくり、日本語の学習もできるようにしています。

また、子ども食堂への支援も強化しています。足立区は、もともと貧しい生活を強いられる子どもが多いことに加えて、子ども食堂基金などの支援が手厚いことから、子ども食堂を展開する団体が20以上あります。これらの団体が今後もよりスムーズな運営ができるよう、補助金の支給範囲を広げ、食材を保管する大型の冷蔵庫を購入できるように改善するなど支援を広げる取り組みも進めています。

このように、子どもに居場所を提供できるよう努力しているところではありますが、現状「居られる」ことに重きをおいた場所になっていて、何かを体験できる場ではありません。これからは、居場所づくりに加えて、普段体験できないようなことを提供する場にするために検討していきます。

例えば、海外で事業を展開しているとか芸術分野で活躍しているとか、そういった方々に講義やワークショップを開催してもらうなどです。子どもたちが前向きな大人と触れ合うことは、「こうなりたい、そのためにはこの人の真似をすればいいのか」と未来に対して明るい気持ちが持てるのではないかと思っています。

まだ検討段階ではありますが、様々な方々と連携をとっていきたいですね。

住民と一丸となって進める治安対策

–子どもが安心して明るく暮らせる取り組みの数々ですね。安心という意味では、治安面の課題解決も不可欠だと思います。こちらはどのような取り組みを進められているのでしょうか。

伊東さん:

2008年から進めているビューティフル・ウィンドウズ運動に引き続き取り組むことを足立区SDGs未来都市計画書の中に盛り込んでいます。

足立区は犯罪発生件数が多いのですが、殺人や強盗が頻繁に起きているわけではありません。誤解を恐れずにいうと、自転車盗難や万引きなどの軽微な犯罪がほとんどを占めています。

そこで、地域の方々と連携した見回りの強化や、無施錠の自転車に区が鍵をかける(所有者からの連絡後に解錠)などの活動を進めてきました。その結果、ピーク時には約13,000件あった自転車盗難が現在では3,000件を切るほどに改善されています。

ビューティフル・ウィンドウズ運動は、区が音頭をとって始めたものでしたが、実際に本気で取り組んだのは区民の方々です。開始当時、足立区の治安の悪さを押し出したPRに不安もありました。しかし、区長の「悪い部分も区民に共有しなければ理解を得られない」との考えのもと実施し、皆様に理解していただけたこと、感謝しています。

今後も区民と一丸となって安心安全なまちづくりを進めていきたいと思っています。

困難に直面しながらも、下支えと突き抜けを目指す

–続いては、経済に関してどのような取り組みを進めているのかを伺います。

伊東さん:

SDGs未来都市の選定にあたって提出した提案書には、「キャリア教育の充実」と「新たな価値を生み出す事業の展開」を挙げています。

まずはキャリア教育についてお話します。

これまで、足立区民の大学進学率は高くありませんでした。これは、区内に大学がなかったことが大きな原因です。しかし現在では6つの大学ができたことで、まちの中に大学生が増えました。大学生の姿を目にすることで、子どもたちの進学への意識も変わってきたように思います。

また、大学と区が連携し、子どもたちでも理解できる内容の授業を行い、実際にどんなところか体験してもらう「大学体験教室」も開催しています。現在構想中の段階ですが、今後はより踏み込んで、「世の中にはどのような仕事があるのか」「将来どのような仕事に就きたいか」といったキャリア支援を組み込んでいく予定です。

続いて新たな価値を生み出す事業の展開についてです。こちらは、高架下の空き店舗でのスマート農業の実施や間引き野菜のブランド化などを考えていましたが、それぞれストップしている状況です。

というのも、スマート農業はコストの関係で現状採算が取れないことが判明し、間引き野菜も十分な量を確保できない可能性が出てきたのです。強引に実施することもできなくはないのですが、やはり利益が出なければ持続可能ではありません。そのため、今はこの提案に替わる新たな構想を検討中です。

この他にも、グリーンスローモビリティの導入を計画書に掲げています。スマート農業や間引き野菜と同じようにコスト面での課題はありますが、まずは区民の方に触れてもらおうと思い、綾瀬地区で試験的に走らせるイベントを2023年6月頃に開催できないか話し合いを進めているところです。

様々な課題が出てくるので大変ではありますが、経済面についても実際に取り組みを進めていかなければなりません。そこで今産業経済部で行っているのは、「よろず相談員」が区内で商売をされている方のもとを訪れ、困りごとや悩みをヒアリングし、解決策を提示する取り組みです。

一方で、「海外に販路を広げたい」など事業を拡大したい意欲ある方に対しては、ECモールの出店や海外でのテスト販売を行うというような支援を行っています。これまで区内で商売をされてきた方も大事にし、新たな事業も展開していく。下支えと突き抜けのどちらもやっていきたいと考えています。

全学校へのタブレット支給を契機に、誰もがわかりやすいデジタル教材を開発

–続いては、環境面での取り組みを教えてください。

小宮さん:

デジタル教材やアプリを使った環境学習を進めています。足立区では、これまでも環境学習に力を入れていましたが、全学校へのタブレット支給が決定したことをきっかけに、オリジナルデジタル教材の作成をスタートさせました。

教授や教員の方々と意見交換しながら、学校で使いやすい形にできるよう取り組み、2021年、新しい環境学習教材として、ワークブック・デジタル教材・教員向け指導手引きの3点セットが完成しました。

加えて「あだち環境学習サイト」も立ち上げています。ここでは、区独自のキャラクターが環境問題についてわかりやすく説明する5分程度のショートアニメを掲載していて、幅広い年齢の子どもたちが理解できるように工夫しています。

他にも環境学習の一環として、2021年から株式会社バイオームとコラボし、同社のアプリである「バイオーム」を使ったイベント「あだち生き物図鑑をつくろう」を開催しています。これはバイオームを使って、足立区内でみつけた生き物を撮影・投稿してミッションをクリアしていくというものです。参加者の投稿をまとめた「足立区だけの生き物図鑑」も公開しています。

このような学習を通して、子どもたちが環境に興味を持ち、「将来環境分野に進みたい」という声も聞くようになりました。また、学校現場にもいい影響があったようです。先生方は、環境学習といっても具体的に何を教えていいのか分からないといった悩みを抱えていました。

その中で、ワークブック・デジタル教材・教員向け指導手引きといったフォーマットがあることで方向性が見え、負担が減ったと仰っていましたね。

職員の苦手を克服しながら区民との連携を図る

–ここまでお話を伺い、足立区の取り組みは役所内だけでなく外部との連携も重要だと感じました。連携をスムーズに取るために工夫されていることはありますか?

伊東さん:

足立区の基本理念には、「協創」が掲げられています。様々な困難に対して、区の力だけで乗り越えていくことは不可能です。区民や地域企業、団体と協力することで解決に導けると考えており、積極的に連携を取るのが区の方針です。そして最終的には、必要に応じて区が協力しながらも、地域の方々が独自に課題を解決できる形を目指しています。

連携をスムーズにするためには、我々職員の「みんなを巻き込むコーディネート力」が必要だと考えているのですが、実は私も含め自治体職員の苦手分野でもあります。

そこで、他者との連携を図るロールプレイング形式のグループワークを行うなどして、現在苦手を克服中です。

小宮さん:

連携をスムーズにする上で、SDGsは良いツールになっていると感じます。17個も目標があって間口が広いため、多くの方が取り組めるのがSDGsです。例えば区が「SDGsの達成に向けてこんなことをします」となった時に、様々な方が「協力するよ」と手を挙げやすくなるはずです。

また、SDGs未来都市に応募したのは、区民へのメッセージとして使いたいという側面もありました。選定されれば、区がSDGsに真剣に取り組む姿勢を伝えられるのではないかと。実際に選定後は、多くの会社から声をかけていただいている状況なので、この流れを大事にしていきたいですね。

子どもから大人まで気軽に参加できる環境づくりを目指して

–最後に、今後の展望を教えてください。

伊東さん:

ステップを踏みながら、まちづくりに取り組んでいきたいですね。

SDGsの言葉自体は聞いたことがあるという人は増えてきましたが、内容を詳しく知っている人はまだまだ少ない状況です。「SDGsってこういう内容で、具体的にこんなことが課題なんだよ」と知ってもらうのが第一のステップで、まずはそこを進めていこうと思います。

次に何ができるのかを考える第2のステップへ、そして行動を起こす第3のステップに到達することが私たちが最後に目指すところです。

そして、「協創」の理念にも通じることとして、区が介在しなくても活動する方々が増えていき、且つ誰もが気軽に参加できるような状態にしていきたいですね。というのも、現在活動している方々はたくさんいらっしゃいますが、古くからある団体が多いのが現状です。そのため、敷居が高い印象があって若い方が参加しにくいという声も聞きます。

誰でも気軽に熱心に取り組めるような環境整備を進め、区の持続可能性を高めていきたいと考えています。

小宮さん:

これらの取り組みにより、足立区から活躍する人がどんどん出てきて欲しいですね。かっこいい大人が増えていけば、子どもたちのロールモデルになるはずです。そのためにも、課題に対して真摯に向き合っていきたいと思います。

–本日は貴重なお話、ありがとうございました。

関連リンク

足立区HP:https://www.city.adachi.tokyo.jp/index.html