粟木 政明
石川県 能登の稲作農家出身。
平成9年にJAはくいに就職。総務部門で研修企画に携わった際に、職員へのマネジメントの難しさを知るとともに自身の能力不足を強く感じ、独学でドラッカーのマネジメント等を学び、「マネジメントには組織のコアビジネスが重要」との考えに強く共感するようになる。農協のコアビジネスは農業であるとの考えのもと、農業に関する本をと地元の本屋で手に取ったのが「奇跡のりんご」という本だった。この本を読んで、日本に、ここまでやる農家さんがいるのかと衝撃を受け涙がとまらなかった。木村秋則氏に影響を受け、ローマ法王にお米を食べさせたことで有名な公務員 高野氏と共に「木村秋則自然栽培実践塾」を開講、事務局担当を務める。現在、経済部 次長 として、農業塾を運営するかたわら、能登の宝物を次世代に引き継いでいけるよう、販売、学校教育、給食、イベントなどで環境保全型農業の情報発信を行なっている。
目次
自然栽培を始めたきっかけは、1冊の本との出会いから
–今回は、JAはくいの粟木政明さんに「自然栽培」についてお話を伺いたいと思います。
粟木さんよろしくお願いいたします。
最初に、粟木さんが現在どのような活動をされているか教えていただけますか?
粟木さん:
はい。石川県羽咋市のJAはくいにて、自然栽培を広める活動をしています。
具体的には、2010年から始めた農業塾の運営、さらに塾の卒業生が農家を経営していくうえで必要なサポート体制の構築などを行っています。
また、自然栽培の価値や本質をより多くの方に伝えるため、情報発信にも力を入れています。
–ありがとうございます。粟木さんは、昔から自然栽培という分野に興味があったのですか?
書籍「奇跡のリンゴ」と出会い、のと里山農業塾を開講
粟木さん:
いいえ、実はJAはくいに就職するまで、農業もよく分かっていませんでした。
農協の核である「農業」について学ぶ中で、地元の本屋でたまたま手に取った「奇跡のリンゴ」という一冊の本との出会いが、自然栽培に携わるきっけとなりました。
この本を読んだ時「こんな農家が日本にいるのか!」と衝撃を受けたのと同時に、涙が止まらなくなるくらい感動したんです。
本の主人公である木村秋則氏が実践された自然栽培に影響を受け、その後、ローマ法王にお米を食べさせたことで有名な公務員、高野誠鮮氏と共に「木村秋則自然栽培実践塾」を開講しました。
私自身、娘もおりますので、自然栽培を広めていくことが、父親としても非常に意味のあることだと感じ、農業塾の運営を続けています。
自然栽培における主役は、農家ではなく農産物?!
–自然栽培は「無肥料・無農薬で栽培する」というイメージがあるのですが、他の農法とどういった違いがあるのでしょうか?
粟木さん:
まず前提として、自然栽培はただ単に「肥料と農薬を使わない農業」というわけではありません。
農業塾でも「自然栽培は、肥料と農薬を使わないことが本質ではない」と、塾生たちに毎回しっかりと伝えているんですよ。
–それは驚きです!私が持っていたイメージとは真逆ですね。
自然栽培の概念について、もっと詳しく教えてください。
粟木さん:
はい。では、まず言葉の意味から考えていきましょう。
自然栽培の「自然」という言葉を辞書で引くと、「人の手を加えない」、「ありのままの状態」と書いてあり、「栽培」は「人の手で植えて育てること」と書いてあります。
つまり、自然栽培を直訳すると「人の手を加えずに、植えて育てること」という矛盾した言葉になってしまっているんです。
この矛盾をどう解釈するかの鍵が「With(一緒に)」という考え方です。簡単に言うと「自然と栽培」という、人と自然との関係性の話になります。
–人と自然との関係性ですか。農業ではなかなかフォーカスされにくい部分ですね。
粟木さん:
そうですね。関係性という視点で見ていかないと、何が慣行栽培で何が有機栽培なのかが見えづらくなってしまいます。
そもそも農業は、農家さんが「経営」していく必要があります。
そのため、化学肥料と合成農薬を用いたうえで、安定的にできるだけ大きな野菜をたくさん作って収穫することが目的となるんですね。
たとえば、日本でいう有機栽培は、化学肥料と合成農薬の代わりに、有機肥料と有機JAS認証で認められた農薬を使用するもので、さきほど言った「しっかりした大きさのものを、たくさん作って収穫する」という目的は一緒です。
つまり、慣行栽培や有機栽培は、農家さんがしっかりとした作物を作って経営していくことがミッションのため、農家さん自身がプレイヤーになるのですが、反対に自然栽培の主人公は農産物そのものだと捉えます。
–作る側の農家さんではなく、あくまでも「野菜たちが主役」ということですか?
粟木さん:
そうです。自然栽培における農家さんの役割は、野菜が持つ本来の力が十分に発揮できるよう、環境作りに集中することです。この関係性で見ると、どんな農法であったとしても、広義の意味で自然栽培だと解釈することもできるかと思います。
しかし、未来の子どもたちの「食」を考えていく際、近代農業は既に限界がきていますし、近代農業の問題を解決するための有機栽培も広がりに限界が見えてきています。
そんな中、自然栽培が日本の農業全体を促進させる力になり得ると考えているため、より多くの人に自然栽培の本質を伝えていく必要があると感じています。
自然栽培に適した場所とは
–ここまで聞いただけで、私が自然栽培に抱いていたイメージがガラリと変わりました。
ちなみに、粟木さんが自然栽培をスタートした地でもある羽咋市は、自然栽培をするうえで適した環境だったのですか?
粟木さん:
関東からも遠いですし、元々羽咋市は米どころで、土質も野菜に適したものだとは言えなかったため、マーケティング的にも環境的にも不利な地域だったとは思います。
ただ、山から海までの距離が近く、環境の循環がしっかりできていたので、人が手を加えて環境整備さえすれば、きちんと循環していくだろうという予想はできましたね。
–そもそも自然栽培に適した土地というものはあるのでしょうか?
粟木さん:
色々と条件はありますが、一つは「山から海までの空気がきちんと循環しているか」がポイントとなります。
土の下に空気が流れ、そこに水が流れることで、様々な微生物たちが暮らしていける環境になるからです。
元々日本の農業は、多様な微生物の力によって野菜の栄養素が保たれていましたが、コンクリートと鉄筋がメインとなった近代社会においては、空気の循環が悪くなってしまったため、全国的に見ても自然栽培がしにくい土地になっているのかなとは思います。
日本の農業に必要なのは、農家のプライドを復活させること
–農業をSDGsの観点で見た時に、どういったことを大切にしていきたいですか?
粟木さん:
日本の農業に一番欠けているものは、「プライド」なのではないかと感じています。
今なぜ農業が衰退産業と言われているかというと、農家さんが自分の息子に「こんな仕事を継がせられない」と思ってしまっているからなんですよね。つまり、持続していかないということです。
これは、私たち農協の責任でもあるし、国の政治、消費の変化の問題など様々なことが考えられます。
–農家さんたちの多くが「我が子に農業を継がせたくない」と考えてしまう原因は、どこにあるとお考えですか?
粟木さん:
例えばお米でいうと、お米を豚の餌にしていこうという国の政策があります。
日本人が食べる主食用米の価格を安定させるために必要な政策であるとは思いますが、「瑞穂国」と言われてきた日本の農家さんたちが、丹精込めて育てたお米が豚の餌として、値段が付かない状態で、しかも所得が国の税金で賄われているという事実が、いつまで持つのかと危惧しています。
更にいうと、後継者がおらず、お米の値段は下がるばかりにも関わらず、海外からの輸入がメインとなる化学肥料や合成農薬の値段は高くなる一方なのです。
こうした現状から、農家さん自身も「仕方がない」と諦めている方が非常に多いのが現実です。
SDGsの目標12「つくる責任・つかう責任」から見た自然栽培の可能性
–日本の農業を取り巻く課題がたくさん見えてきました。
そんな中、粟木さんは自然栽培にどのような可能性を感じていらっしゃいますか?
粟木さん:
今後、自然栽培が日本のブランドになる可能性が大いにあるとともに、農家さんのプライドを育てていくきっかけになるのではないかと期待しています。
世界的に有名なワイン「ロマネコンティ」も自然に寄り添った、自然栽培的なブドウを使って生産されています。つまり、農産物で高品質のものを作るには、自然に寄り添うことが重要になるわけです。
日本での一般的な慣行栽培の農業は、海外から輸入された鉱石由来の化学肥料や合成農薬を買うことからのスタートで、場合によっては種も海外から輸入されたものが多くなっています。
反対に、自然栽培は太陽、空気、土、水、バクテリア、種、人など、全てその地域にあるもので栽培ができるので、地域資源100%であり、世界最高品質の食材になり得る農法だと言えるのです。
自然に寄り添うという考えは、日本人が古くから信仰してきた「八百万の神」とも通ずる部分があり、日本人が得意とする分野なんですよね。
農業の抱える問題は、子供たちの未来を作る話でもあります。
関係する人たちがしっかりと話し合い、未来の子供たちのためにどのように食と環境を繋いであげられるかということを考え、実践していく必要があると感じています。
ライブコマース「MIRUKAU」を使った新たなチャレンジ
–子どもたちの明るい未来を作るためにも、まずはしっかりと話し合うことが大切なのだとわかりました。
粟木さんは、自然栽培の本質や魅力をより多くの人に伝える発信活動にも注力されているとのことですが、「MIRUKAU」というライブコマースを使って、新しい挑戦をされるそうですね!
粟木さん:
はい。2021年10月16日(土)に「MIRUKAU」にて、自然栽培で作られた野菜の魅力を消費者さんに直接伝え、コメントを頂きながら実際に購入していただくためのライブコマースにチャレンジしたいと考えています。
–農家さんの想いを直接消費者さんに伝えるという意味でも、良いきっかけになりそうですね!
粟木さんは、どうしてライブコマースにチャレンジしようと思ったのですか?
粟木さん:
一番は、自然栽培のありのままを伝え、消費者さんからのありのままのリアクションを受け取ったうえで、お互いの想いを感じたいなと思ったからです。
私たちが伝えたいのは、単に自然栽培が肥料と農薬を使っていないから安全で、おいしいですよ!という部分だけではなく、リアルな農家さんの「生の声」であり、消費者さんからのリアルな反応を見ることに価値があると考えています。
現状、自然栽培という言葉だけが先走ってしまっているので、どんな畑で、どんな農家さんが、どういった想いで作っているかを伝え、賛同だけではなく、疑問なども聞いてみたいです。
やはり、一番大事なのは「想い」なので、直接消費者さんに伝えられるライブコマースという形式は、今後特に自然栽培と同じような分野において必要ですし、認知を広げていくきっかけになればと期待しています。
–MIRUKAUでの挑戦を皮切りに、「自分も発信してみたい!」という農家さんが増えていくと良いですね!
粟木さん:
そうですね。農家さんは職人さんなので口下手な方が多いですが、今や「スマホが農機具のひとつになっている」と言われる時代なので、今後自分で伝えることができないと、農業の経営は難しくなってくるのではないかと感じています。
そういった意味でも、伝える能力を持った農家さんが育てばマーケットも広がるでしょうし、自然栽培とそれらを取り巻く関係性が広がれば、自ずと世の中が良くなっていくと信じています。
農業を頑張る方たちが、農業を続けられるシステムをつくりたい
–持続可能な農業を推進していくためには、今後どのような取り組みが必要だと考えますか?
粟木さん:
頑張って農業をやっている方たちが、農業を継続していけるようなシステムの構築に、力を注いでいく必要があると思っています。
羽咋市がある石川県能登地方は、2011年に先進国として初めて世界農業遺産に認定されました。
これは、人の手によって古来の日本の農業が守られてきた点を評価されたものですが、教育システムやマーケットのシステムがないと、一過性のもので終わってしまいます。
だからこそ、昔からある大切なものを守りつつ、今の時代に合わせたシステムを構築していく必要があると考えています。
11年前に、何もないゼロの状態から農協と市役所が一緒になって、「自然栽培をやりませんか?」と旗振り役を担ってきたわけですが、今まであまりシステムを作ることはできていませんでした。
頑張って農業をやっている若い方がしっかりと続けられるような農業にしていくためにも、持続可能なシステムを一つひとつ築いていきたいと思います。
ただ、農協と市役所だけではできる範囲が限られてしまいます。農家さんの自立性を引き出すためにも、今後色々な企業の方と連携しながら進めていく必要があると考えています。
MIRUKAUで新しいチャレンジの機会をいただけたことも本当にありがたいことだと感じていますし、この機会を大事にしながら関係性を広げ、時には立場を越えて一緒にシステムを構築していくための一助になってほしいです。
–粟木さん、本日はありがとうございました。