同じ価値観や思いを持つ社員が集まり、働きやすい職場をつくる「ERG(従業員リソースグループ)」。近年、大手の企業を中心に進められている注目の取り組みです。
この記事では、ERGとは何か、企業事例、注目されている背景、仕組み、企業のメリット・デメリット、従業員のメリット・デメリット、SDGsとの関係を解説します。
目次
ERG(従業員リソースグループ)とは
ERG(従業員リソースグループ)とは、企業の中で、性別、人種、障がい、ジェンダー指向などについて同じ価値観や思いを持つ従業員の集まりを言います。Employee Resource Group(従業員リソースグループ) の頭文字をとり、ERGと呼ばれています。
ERGは、グループの構成員が自ら活動目的を決め、自主的に運営する組織です。活動目的は、働きやすい職場環境や、より良い企業風土をつくるためのテーマが選ばれます。例えば、「育児と仕事の両立」「LGBTQ+に関する理解」「障がいの有無にかかわらず多様性を認め合う環境」などさまざまです。ERGは、企業と情報を共有しながら、テーマの実現に向けて取り組みます。
ERGはアメリカの大企業の多くが導入しており、その流れは日本をはじめ世界に広がりつつあります。
労働組合との違い
従業員が組織するグループには、ERGのほかに労働組合もあります。労働組合は、労働条件の維持・改善や経済的地位の向上を図る目的で組織される団体です。ERGとは次の点で大きく異なります。
■ERGと労働組合との違い
労働組合 | ERG | |
関連法 | 日本国憲法、労働組合法など | なし |
目 的 | 労働条件の維持・改善や経済的地位の向上を図る | ERGが自ら決める |
構成員 | 同じ企業の従業員、同じ産業の従業員 | 同じ企業の中で、性別、人種、障がい、ジェンダー指向などについて同じ価値観や思いを持つ従業員 |
また労働組合は、企業に対して団体交渉することが法的に認められています。一方でERGは、企業との情報共有はしつつも、法的な権利はありません。労働組合は、法的な権利、目的、構成員の点からERGとは異なります。
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ERGを導入している企業事例
それでは早速、ERGは企業の中でどのように行われているのか、事例を見ていきましょう。
パナソニックグループ
パナソニックグループは、持株会社であるパナソニック ホールディングス株式会社と、家電や住宅設備、電子部品などを取り扱う8つの事業会社などで構成されるグループです。
同グループでは、事業会社や部門を越えてERGの活動を行っています。テーマは、障がい、ジェンダー、ビジネスモデル構築、技術開発、居場所づくりなどさまざまです。例えば、次のようなERGがあります。
■パナソニックグループのERGの(一部を抜粋して要約、追記)
テーマ | 概 要 |
子育て・育児 | 仕事と育児の両立を目指すコミュニティ |
障がい | 聞こえない社員と聞こえる社員が共に働きやすい環境づくりを考えるコミュニティ |
職場の環境づくり | 幸せに働ける風土づくりを推進するコミュニティ |
ジェンダー | LGBTQ+ALLYのコミュニティ |
居場所づくり | 組織や業務を越えた「バーチャル同期」をつくるプラットフォームを提供 |
さらに、同グループは一人一人が多様な個性を尊重し、それを活かすことのできる職場環境づくり「インクルーシブな職場環境づくり」を進めています。
聴覚障がいのある社員も受講しやすい社内研修環境整備への取り組み
(引用元:様々なコミュニティ活動 – インクルーシブな職場づくり – Diversity, Equity & Inclusion – サステナビリティ – パナソニック ホールディングス)
ERGはこの取り組みの一環として実施され、活動の後押しを受けています。[i]
株式会社明治
牛乳・乳製品、菓子、食品の製造販売などを行う株式会社明治は、2022年1月よりダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の取り組みの一環として、ERGを推進しています。例えば長野チーズ工場では、女性の働きやすさを向上する「ふれ愛、認め愛、支え愛」というERG活動が行われています。あるメンバーの活動内容の一部を見てみましょう。
■あるメンバーの活動内容の一部
- 結婚や出産をしても仕事を続けられる制度、育休や産休、生理休暇などの内容をまとめた資料を作る
- 入社後にギャップが生まれないよう、特に重量物を扱う職場で女性が作業できる設備などを記載した工場の紹介をまとめた資料を作る
- 工場内の女子トイレに、誰でも使える生理用品を設置する(アンケートを取るところから工場への交渉、実際の設置までを行う)
(参照:女性の働きやすさを追求するERG活動を通じて、職場環境の改善に貢献したい|株式会社 明治)
特に生理用品を設置する取り組みは、「助かったよ」「良い取り組みだね」などの感謝の声や感想をもらい、やりがいがあったと言います。
女子トイレに生理用品を設置
引用元:女性の働きやすさを追求するERG活動を通じて、職場環境の改善に貢献したい|株式会社 明治
また、部署を超えて人とのつながりができたことが、活動の後押しになったとのことです。[ii]
ERGは、こうした企業の支援と従業員の主体的な活動により成り立っています。それでは、なぜERGが注目されているのかを次に見ていきましょう。
ERGが注目されている背景
ERGは今注目されている取り組みであり、日本の大手の企業を中心に導入されています。その理由について2つの視点を取り上げます。
企業で進むダイバーシティ経営
企業では、性別や人種、年齢、障がいの有無、ジェンダー指向、家庭環境などの異なる多様な人材が増えています。こうした人材が、企業の中でそれぞれの能力を発揮してイノベーションを生み出すのがダイバーシティ経営です。企業は多様化する人材を活かすため、ダイバーシティ経営に力を入れています。
ERGは、従業員同士の話し合いや企業との意見交換などを行い、働きやすい環境づくりを目指します。企業がダイバーシティ経営を進める上で、ERGの活動の重要性は高まっているのです。
イノベーションを企業の成長に
もう1つの背景は、イノベーションを企業の成長につなげていこうとする流れです。ERGは、従業員が自分の興味や関心に従って集まり、問題を検討・改善していきます。従業員は主体的に考え、意見やアイデアを出し、それを実行していくための方法を考えることが必要です。この過程が、イノベーションを生み出す機会につながると捉えられています。
ここでいうイノベーションとは、ERGの活動そのものがイノベーションになるという意味であり、ダイバーシティ経営の働きやすい職場づくりとは少し異なります。
こうしてダイバーシティ経営やイノベーションがますます重要視される中、企業は成長を続けるための1つの手段としてERGに注目しています。
ERGの仕組み
続いて、ERGがどのような仕組みで運営されているのかを確認します。基本的な仕組みはありますが、細かな制度については会社によりさまざまです。ここでは、大きなポイントになる「ERGの組織」と「ERGの活動」について触れます。
ERGをつくる
ERGをつくり会社に認知されること
まず、ERGを組織することから始めます。前述の通り、性別、人種、障がい、ジェンダー指向などについて企業の中で同じ価値観や思いを持つ従業員が集まります。ERGの活動は、会社からの支援も必要です。そのため、登録や手続きなど、何らかの形で会社に認められる必要があります。
関心があれば誰でも参加できる
ERGの特徴は、関心があれば誰でも参加できることです。例えば「仕事と育児の両立を目指す」というテーマの場合、子育てをしている従業員に限らず、子どもがいなくても関心のある従業員であれば参加できます。こうしたメンバーはアライ(ally;協力者)と呼ばれ、グループ名に付ける場合もあります。「LGBTQ+ALLYのコミュニティー」などがその例です。
ERGの活動を行う
基本的には勤務時間外
ERGの活動は、従業員の自主的な取り組みであるため、基本的に勤務時間外に行われます。ただし、勤務時間内に行う会社も中にはあります。いずれも、通常の業務以外の活動であるため、管理職や職場の人の理解と配慮が必要です。
活動の報告を行う
ERGの活動内容は何らかの形で会社に報告し、必要な場合は課題解決のための支援を引き出すことも大事です。また、社内に活動内容を広く知ってもらうことで、課題を共有できます。社内報や社内イベントなど、会社から求められる方法で活動内容を報告する準備も必要です。
ERGによる企業のメリット
ERGは企業にとって有益な取り組みであることはこれまで述べてきた通りですが、その他のメリットと併せて2つのポイントにまとめました。
ダイバーシティ経営の推進
ERGによる1つ目のメリットは、背景の章でも述べたようにダイバーシティ経営を推進できることです。企業では、多様な人材が働いています。これらの人材が自主的な活動により働きやすい職場を実現できれば、企業の成長が期待できます。
また、学生やステークホルダーなどに対するアピールになり、対外的なイメージアップを図ることができるほか、企業価値を向上させることも可能です。
定着率の向上に貢献
もう1つは、人材の定着率を上げる効果が期待できることです。ERGは、従業員同士のコミュニケーションや、共に課題に取り組む仲間意識を生み出します。もし仕事をしていく中で疑問を感じたり課題を見つけたりしたら、ERGという場で共有することが可能です。
従業員の悩みや困り事は、身近なグループなら相談しやすいという面もあります。職場で不安を感じたとき、ERGがあることで離職を防ぐことができるのが利点です。
ERGによる企業のデメリット
ERGによる企業のメリットがある一方で、デメリットもあります。
予算の確保が必要
ERGを実施するためには、時間や資金、人材などを確保しなければなりません。実際に活動が始まり、協議の結果、制度の変更や新たな設備の導入などが決まった場合、さらにコストはかかります。
また、ERGの活動時間を勤務時間内に設定している場合は、通常の業務をどうやりくりして生産性を落とさないようにするかなどの検討が必要です。これから始める場合、先行投資と考えて予算を組むことになるでしょう。
ERGによる従業員のメリット
次に、ERGによる従業員のメリットを見ていきましょう。
仕事のモチベーションが上がる
ERGによる従業員のメリットの1つ目は、仕事のモチベーションが上がることです。ERGの活動に主体的に取り組むことで、職場の現状や課題を身近なこととして捉えやすくなります。
新しい提案や改善策などを行い、実際に職場環境がより良くなったときの達成感は、仕事にも良い影響を与えるでしょう。
精神的な支えができる
企業のメリットに、人材の定着率を上げる効果が期待できることを挙げました。従業員によるメリットも同じく、ERGで生まれる従業員同士のコミュニケーションや、共に課題に取り組む仲間意識は、職場において大きな心の支えになります。
悩みや困り事を、身近な集まりであるERGと共有することで、職場での不安を取り除くことも可能です。活動に参加することで、居場所をつくることもできます。
ERGによる従業員のデメリット
ERGによる従業員のメリットがある一方で、デメリットもあります。
時間と労力がかかる
ERGは自主的な活動であるため、勤務時間外に行う企業も多いのが実情です。通常の仕事の他に、ERGの活動時間と労力をかけることは、大きな負担になりかねません。
仕事とプライベート、家族との時間などがERGによって妨げられないように、活動のスケジュールを組む必要があるでしょう。
ERGとSDGs
最後に、ERGとSDGsとの関係を確認します。ERGは、働きやすさをテーマとし、イノベーションを創出することで、目標5「ジェンダー平等を実現しよう」、目標8「働きがいも経済成長も」、目標10「人や国の不平等をなくそう」の達成に貢献します。
目標5「ジェンダー平等を実現しよう」目標10「人や国の不平等をなくそう」
目標5「ジェンダー平等を実現しよう」は、女性に対する差別をなくすこと、目標10「人や国の不平等をなくそう」は性別、人種、障がいなどにかかわらずすべての人が活躍できる社会を目指すことを掲げています。
職場では、女性や男性ならではの働きにくさや、障がいにより困難な場面に遭遇することがあります。こうした課題をERGが検討することで、職場環境を改善することも可能です。誰もが等しく働きやすさを感じられる職場づくりは、SDGsの目標に貢献します。
目標8「働きがいも経済成長も」
目標8「働きがいも経済成長も」は、生産的な活動や働きがいのある職の創出を実現し、イノベーションにより経済成長を遂げることを目指しています。
ERGは、企業にとっては生産的であると同時に、従業員にとっては仕事へのモチベーションを上げられる活動です。ERGの活動によりイノベーションが生まれれば、経済成長にもつながります。SDGsの目標にある通り、働きがいと経済成長をERGは一緒にかなえることが可能です。
>>各目標に関する詳しい記事はこちらから
まとめ
ERG(従業員リソースグループ)とは、性別、人種、障がい、ジェンダー指向などについて、企業の中で同じ価値観や思いを持つ従業員の集まりを言います。人材が多様化している現状を背景に、企業に注目されている取り組みです。
ERGは、企業と従業員の双方にメリット・デメリットがあります。メリットに注目するなら、双方に有益な取り組みですが、デメリットについても、やり方次第で克服することが可能です。
さらにERGは、テーマの設定の仕方によりSDGsの目標5、8、10の達成に貢献します。性別や障がいなどによる差別を乗り越え、働きがいと経済成長を実現できれば、企業活動や従業員の職場環境にも良い影響をもたらす取り組みになるでしょう。
[i] インクルーシブな職場環境づくり – Diversity, Equity & Inclusion – サステナビリティ – パナソニック ホールディングス
[ii] 女性の働きやすさを追求するERG活動を通じて、職場環境の改善に貢献したい|株式会社 明治