#SDGsを知る

【イタリアが抱える環境問題】原因や取り組みをわかりやすく解説

田舎には美しいブドウ畑が広がり、都市にも古い街並みが残るイタリアですが、「ヴェネツィア水没の危機!」など、歴史的な遺産への影響以外で「イタリアの環境問題」が話題になる機会は少ないのが現状です。イタリアは環境問題を抱えているのでしょうか?

20代のほとんどをヨーロッパで過ごし、そのうち7年以上をイタリア・フィレンツェに住んでいた筆者とともに、イタリアが抱える特徴的な環境問題をはじめ、具体事例や取り組み、SDGsに対する意識を探っていきましょう!

イタリアの基本情報

【トスカーナ州のブドウ畑】

イタリアが日本と友好的な国だということはよく知られています。そして、イタリアの歴史や文化、芸術、ファッションなどを、実際に好きという日本人は多いように感じます。イタリア人も同じように日本のことが好きな人がほとんどです。

イタリアと日本、正反対のようでも、不思議と似ているようでもある、絶妙な違いと共通点が反応しあい、良い関係を築いていると言えます。

まずはイタリアの基本的な情報を見ていきましょう。

【ヨーロッパの中のイタリアの位置】

  • 国名…イタリア共和国(Repubblica Italiana)
  • 位置…地中海に面した南ヨーロッパ
  • 面積…30.2万平方キロメートル(日本の約5分の4)
  • 気候…主に地中海性気候(地域によって異なる)
  • 人口…6,036万8千人(2021年国連推計値。日本の約半分)
  • 首都…ローマ(Roma)
  • 言語…イタリア語(場所によりドイツ語・フランス語なども)
  • 宗教…キリスト教(カトリック)が約80%を占める
  • 大統領…セルジオ・マッタレッラ(Sergio Mattarella:第12代)

【イタリア大統領セルジオ・マッタレッラ】

閣僚評議会議長(首相)…ジョルジャ・メローニ(Giorgia Meloni:第68代)

【イタリア首相ジョルジャ・メローニ】

続いてイタリアの歴史について振り返ってみましょう。

古代ローマ

【ローマ・サンタンジェロ城】

イタリアと言えば古代ローマ帝国を連想する人も多いでしょう。古代ローマ時代、すでに都市や工業地帯には上下水道が建築され、人々は公衆浴場で毎日お風呂を楽しみ、娯楽も充実していました。

【紀元前27年~395年ごろまでに作られたローマガラス(ローマングラス)】

古代ローマでは

  • ガラスの食器
  • 宝石をあしらった金のアクセサリー
  • モザイクで飾られた床や壁
  • 3階以上の高層建築

など、日本の弥生時代ごろと同時期に、現代と変わらないほどの豊かな暮らしを実現していたと言われています。この頃の暮らしぶりは、ポンペイの遺跡にも鮮明に残されています。※

【発掘されたポンペイの町】

※1世紀(西暦79年にベスビオ火山が噴火し一瞬にして火砕流に飲み込まれたため)の古代ローマ文化の街並みと生活の様子がそのまま残されていた。上下水道のインフラが整っており、蛇口は今とほとんど同じ仕組みで水の量を調節できた。

リナシェンテ(ルネッサンス)

【花の都フィレンツェ】

中世14世紀のペストの大流行後、イタリアではローマやフィレンツェを中心に「リナシェンテ(rinascente:イタリア語)=ルネッサンス(renaissance:フランス語)」という、芸術・文化においてギリシア・ローマの文化を復興しようという運動が起こりました。日本では鎌倉時代・室町時代・戦国時代初期ごろに当たります。

【ボッティチェッリのラ・プリマベーラ】

この時期には

  • ダンテ(詩人・哲学者・政治家)
  • ミケランジェロ(彫刻家・画家・建築家・詩人)
  • レオナルド・ダ・ヴィンチ(芸術家・あらゆる学問に携わった学者)
  • ラファエロ(画家・建築家)
  • ドナテッロ(彫刻家・彫金師)
  • ボッティチェリ(画家)
  • ブルネレスキ(建築家)
  • マキャベッリ(政治思想家)

など、天才とも称され現代にも強く影響を与え続ける人々が多数活躍しました。ローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアなどをはじめイタリアの歴史の古いまちでは、今も歴史的な建造物を大切に修繕しながら、人々はそこで美しい芸術に囲まれて暮らしています。

【フィレンツェのヴェッキオ宮殿】

現代のイタリア

現代のイタリアは

  • 料理
  • ワイン
  • ファッション
  • 世界遺産
  • 自動車・バイク

などで、常に注目を集める存在です。EUのなかではドイツ、フランスに次ぐ3位のGDP(21,013億ドル:2021年・IMF推計)で、日本と同じように輸出が盛んです。

イタリアのものが大好きな日本は、2021年データで1兆2,733億円のイタリアからの輸入があります(イタリアの対日本輸入量は5,492億円)。品目別に見ると

  • たばこ
  • 医薬品
  • 輸送用機器

が、主なイタリアからの輸入品目です。品目で見ると少し意外ですね。

【トスカーナ州の田舎】

イタリアは日本ほど都市の規模が大きくないので、都市と都市の間には延々と田舎の風景が続いています。日本のように国土が細長いので、ほとんどのまちから、海へも山へも農村へもアクセスでき、週末は夏は海で海水浴へ、冬は山でスノーボードへ…とアクティブに過ごす人が多い印象です。

【チーズの王様パルメザンチーズ(parmigiano reggiano)】

イタリア各地に名物料理があり、イタリアに住んでいると他のまちの料理は全く違うものだと感じます。例えば食事に添えられるパンも、地域ごとにずいぶん形も味も違うのです。

また、そのまちの伝統のパスタ、伝統のスープ、伝統のメインディッシュ、伝統のワイン、伝統のデザートなどが必ずと言っていいほど存在して、美食に事欠きません。もっと言えばそれらは季節に応じて各地にいくつもあります。

【ナポリ名物ピザ】

また、日本ではあまり海水浴に行かなかった筆者ですが、イタリアでは周囲の友人に押されてシーズンにはよく行きました。イタリア人は健康的に日焼けした小麦色の肌を自慢する傾向があります。

【チンクエ・テッレ(Cinque Terre)のマナローラ (Manarola)】】

地中海のとても青く澄んだ様は圧倒的に美しく、海辺のまちの陽気な雰囲気にも心が弾みます。海辺のまちは色とりどりの建物が多く、青い海と鮮やかな色の建物のコントラストは非常に印象的です。

【カプリ島の青の洞窟((Grotta Azzurra)】

青い海と言えば、カプリ島の青の洞窟も世界的に有名です。このような自然の恵みと古い歴史に彩られたイタリアにはユネスコ世界遺産の登録件数も多く、その数は2022年には58件(日本は25件)で世界一です。

現在のイタリアの一般的な生活は?

イタリアはOECDの「Better Life Index(より良い暮らしの指標)」で見ると、

  • 健康
  • 安全性
  • 仕事と生活のバランス

において好成績を収めています。反対に所得の面では10点中3.6点と11の指標中で最低点でした。つまりイタリアでは所得は平均的に低い傾向がありますが、仕事と生活のバランスは良く、健康で安全な暮らしをしていると考えられます。

【OECDのより良い暮らし指標】

イタリアの魅力は語りつくせませんが、「イタリア人は日本人にとても好意的」という有難い傾向も大きな魅力のひとつです。次はイタリア人と日本人の関係について考えてみましょう。

日本とイタリアの関係は?

筆者はイタリアに住んで、

  • 治安はそれほど良くない
  • 人々は自分の意見がはっきりしている
  • アパートの間借り・ルームシェアが盛ん
  • 政治に興味がある人が多い
  • サッカーは暴動が起きるレベルの重要案件
  • 歴史的な遺産との共存が日常
  • コーヒーが好き
  • 意外と知識の深い人が多い
  • 職人の技がすばらしい
  • 外国からの観光客が非常に多い

など、さまざまなことを感じました。これも語りだしたらきりがないので、ここではイタリア人と日本人の「仲良し」な訳を一緒に考えてみましょう。

【国交150周年を記念したコロッセオでのイベント】

イタリアと日本の交流が始まったのは、かの有名なヴェネツィア出身のマルコ・ポーロが、13世紀に日本をヨーロッパに紹介したことから始まったとされています。今から約400年前の1613年には、日本初の公式使節団が船で出発、1615年にローマを訪れました。

2015年にはイタリアと日本は国交150周年を迎え、ローマのコロッセオに両国の旗をモチーフにしたライトアップのイベントが行われるなど、国際的にも、民間レベルでもイタリアと日本は強い友好関係で結ばれていると言えます。

真逆?似ている?イタリア人と日本人

よく言われるのが、「イタリア人と日本人は真逆!だから惹かれあう」ということ。これは確かに一理あると考えます。

筆者がイタリア人と日本人で相反すると思う面を書き出してみました。

どうでしょう、あなたのイメージ通りですか?これはあくまで広い範囲で見て、ということで、もちろんイタリア人も日本人も、それぞれの個性を持っています(しかも筆者の個人的な見解です)。

それではイタリア人と日本人の共通点はあるのでしょうか。筆者はこの「イタリア人と日本人の共通点」はとても深いものだと考えます。

  • 古い歴史を持つ
  • 南北に長い国土
  • 平均身長が低め
  • 長生き
  • 敗戦後、復興を遂げた
  • サービス精神が強い

などが共通点として考えられますが、この「共通点」と「相反する点」が絶妙な化学反応を起こし、お互いに愛さずにはいられないような存在であり続けているのではないかと推測します。また、「好きなもの」の共通点が多いことも強く感じます。

つまり、「性格は違うけど同じものが好き」という間柄と考えることもできます。イタリア人と日本人が共通で好きなものは、

  • 長く使える良い道具・家電・自動車など
  • 職人の技・ものづくり
  • 歴史的な遺産
  • アニメ
  • お互いの国の料理

などでしょうか。この共通な「好きなもの」は、例えば専門分野でのマニアックな物においても不思議と好みが合い、予想以上に深く意気投合できることがあります。

イタリア人と日本人の間には何か特別なつながりがあるようにすら感じます。遠く離れた国の、見た目も言葉も違う両国民ですが、このように「仲良し」なのはイタリア人も日本人も認めるところです。*1)

それではいよいよ本題のイタリアの環境問題に入ります。まずは誰もが知っているヴェネツィアを中心に見ていきましょう。

イタリアの特徴的な環境問題と具体事例

【ヴェネツィア中心部を流れる運河】

イタリアの環境問題で特徴的なのは「観光客が多い」ことによる環境問題です。この最たる例がヴェネツィアです。そのうえ、ヴェネツィアは気候変動による海面上昇で水没の危機にもさらされています。

ヴェネツィアでの「観光汚染(観光公害)」「オーバーツーリズム」は国際的にも話題に上がることもあり有名ですが、そのほかのイタリアの観光スポットでも同じような問題が起きています。

【海から見たヴェネツィア・サンマルコ広場周辺】

【オーバーツーリズム】美しすぎるイタリアの悩み

ヴェネツィアの住民約5万人に対し、2018年の年間観光客は約3,000万人運河や歴史的な建築物への負担とともに、住民への負担も問題になっています。

過剰な数の観光客(オーバーツーリズム)は「その昔、ヴェネツィアの脅威は洪水だった。今のヴェネツィアの脅威は津波のような観光客だ。」と言われるほど深刻です。今も海面上昇はヴェネツィアにとっては大きな問題です。しかし、多すぎる観光客は、昔ながらのヴェネツィアの人々の暮らしや歴史的建築物、そして環境を外からだけでなく内側からも危険にさらしている、と多くの人が感じるようになりました。

過剰な観光客数による数々の公害

【カーニバル(Carnevale:謝肉祭)の様子】

あまりにも美しく魅力的なヴェネツィアは、オーバーツーリズムが原因で、

  • 民泊の増加で住民が締め出される
  • 不動産価格の高騰で地元出身の若者が家・アパートを買えない
  • 大型客船による排気ガス・汚水
  • モーターボートによる泥の巻き上げ※
  • マナーの欠けた観光客の捨てるごみ

などをはじめとする、多くの深刻な問題に悩まされています。また、巨額の公的資金がこれらの問題解決のために投入されますが、それをめぐった政治家の汚職事件なども起きています。

泥の巻き上げ

もともとヴェネツィアは干潟に囲まれた天然の城壁に守られた都市でした。遠浅で沼のような地形に囲まれていたため、モーターボートのスクリューによって底の泥が巻きあがってしまい、水が濁るだけでなく生物の生態系にも影響を与えていると考えられています。

大型客船による汚染

ゆったりと豪華客船でめぐる地中海の旅…誰もが時間とお金さえあれば、行ってみたいと思うのではないでしょうか?しかし、大型客船には乗客300人ほどのものから多くて5,000人を超える規模の超大型客船まであり、燃料・生活のための水などを大量に使っています。

排気ガス

現在の大型客船のほとんどが重油を燃料としています。重油を燃料とした排気ガスには濃度の高いPM※が含まれ、乗客や寄港した場所の周辺住民の健康に影響を与える恐れがあります。

この大型客船の排気ガスによる汚染は、北京やサンティアゴなどの大気汚染が深刻として知られる都市と同等程度という研究結果もあります。

PM

マイクロメートル(µm)の大きさの粒子状物質(Particulate matter)で、黄砂などの土壌粒子、工場から出る粉塵、燃料を燃やした際の排出ガスなどの成分が大気中で変質してできる微粒子。PM10、PM2.5など。

Concentrations of PM on the decks of these

ships are comparable to concentrations measured in

polluted cities, including Beijing and Santiago.

「これら(大型客船)の甲板上のPM濃度は、北京やサンティアゴなどの汚染された都市で測定された濃度に匹敵します。」

引用:Johns Hopkins University『An investigation of air pollution on the decks of 4 cruise ships』p.2(2019年1月)

【豪華客船の排気ガス量はとても多い】

また、別の調査では、あるクルーズ会社一社が保有する全客船の排出する大気汚染物質の総量は、ヨーロッパ全土の自動車が排出する大気汚染物質の総量の10倍以上と報告されています。

汚水の垂れ流し

大型客船には多くて5,000人以上の人が旅の途中、船内で生活しています。その生活排水やごみを海に垂れ流し、水質汚染を招いたとして罰金を科せられたクルーズ会社もあります。

すべての大型客船がこのような違反を犯しているわけではありませんが、寄港する地域の住民にとっては不安を招く事実です。そのため、ヴェネツィアだけでなく多くの大型客船が寄港する観光地が、「大型客船を歓迎しない」傾向となりました。

ごみ問題

多くの観光客が訪れると、ほとんどの場合起こるのがごみ問題です。マナーの欠けた人のポイ捨ても問題ですが、プラスチックの袋などは風で故意でなくても飛ばされてしまうこともあり、海に落ちてしまうと観光客個人では拾う手段はありません。

このような海洋プラスチック※の問題だけでなく、観光客が多い時はすぐにごみ箱があふれてしまうなど、清潔な街を保つためには多大な労力が必要です。歴史的遺産の保護や環境へのマナーへの意識は高まりつつありますが、観光客の中には個人差があり、多くの観光客が訪れる場所ではまだ深刻な問題のひとつです。*2)

海洋プラスチック

きちんと処理されなかったプラスチックごみが最終的に海に流れ着き蓄積されている問題。年間800万トンものプラスチックごみが新たに海に流入しているという試算もある。

【ヴェネツィア・サンマルコ広場の様子】

観光客が多いイタリアならではの環境問題ですね!それではこのような「観光公害」に対してどのような取り組みが行われているのでしょうか?

【イタリアの特徴的な環境問題】観光公害への取り組み

【観光客でにぎわうローマ・スペイン広場】

観光産業はイタリアにとって大きな収入源ですが、観光客が多すぎることによる負荷が歴史的遺産や環境・地域の住民の生活に影響を与え、その美しさを損なったり環境保全のために莫大な費用がかかったりしてしまえば、差し引きで収入は減ってしまいますし、ともすれば赤字になってしまうかもしれません。

それでは地域は潤いませんし、人々が誇りに思っている歴史的遺産や美しい自然は何としても守らねばならないという葛藤に苦しみます。この問題解決のために、イタリアはどう動いたのでしょうか。

ヴェネツィア:大型客船の歴史的地区への乗り入れ禁止へ

もはやヴェネツィアの歴史的地区近くには大型客船は乗り入れできません。大型客船はヴェネツィアから離れた島に止まり、観光客は小型の船に乗り換えてヴェネツィアへ向かいます。

ヴェネツィアの評議委員シモーネ・ベンチュリーニ( l’assessore Simone Venturini)氏は新聞の取材に対しこのように表現しています。

Non è il turismo mordi e fuggi, quello che vogliamo

「私たちが欲しいのは、当て逃げ観光ではない」

引用:la Repubblica『Venezia, la nave da crociera resta in rada, crocieristi sbarcati su lance: è la prima volta』(2022年7月)

「mordi e fuggi」は「噛んで(ダメージを与えて)逃げる」といった意味で、「当て逃げ」や「ひき逃げ」といった意味でも使われます。この言葉からも、ヴェネツィアが大型客船に対してどのような気持ちだったかが伺えます。

また、ヴェネツィアが「Blue Flag※」に署名したことにより、大型客船の大気汚染物質排出量や燃料中の有害物質(硫黄など)の含有量が規制されました。かつて「死ぬ前に一度はベニス(ヴェネツィア)を見て死ね」と言われたほど美しかったヴェネツィアのビーチを取り戻すために、思い切った行動を始めたのです。

Blue Flag

海辺の国際環境認証機関。デンマークに本部がある世界で最も歴史のある国際認証制度で、とくにヨーロッパでの認知度が高い。

より長期の滞在を推奨

先ほど「私たちが欲しいのは、当て逃げ観光ではない」というヴェネツィアの心情について触れましたが、このようなほんのわずかしか滞在しない観光客は

  • ヴェネツィアで多くの出費をすることなく去る
  • 責任感がない行動が目立つ
  • ヴェネツィアの真の良さを体感できない
  • 地域の住民とのコミュニケーションが取れない

などの問題が指摘されていました。寄港する大型客船を減らし、上記のような問題を解決するために、ヴェネツィアの地方自治体は「定住する旅行者(viaggiatori posati)」を獲得しようとしています。この試みは

  • ボランティアや一時的な仕事の機会を創出する
  • 長期滞在の割引を拡大する
  • 若者に低コストの宿泊施設と学習の機会を提供する

などの取り組みで、旅行者が長くヴェネツィアに滞在することを推奨するものです。この取り組みによって、

  • 旅行者がヴェネツィアをより深く理解する
  • 長期滞在者として余裕と責任のある行動ができる
  • 新たなビジネスの創出
  • 旅行者の長く穏やかな消費活動

などのメリットが期待できます。この計画が成功すれば、観光客に新たな税金を課すといった方法で財源を補充する必要もなくなるという予測もされています。

この試みはイタリアの他の観光名所だけでなく、地方都市の活性化や日本の観光名所でも有効な手段となる可能性があります。「使い捨て」観光ではなく「持続可能な」観光へのシフトチェンジとも言えるでしょう。

観光客を分散【Firenze:Uffizi Diffusi e Piccoli Grandi Musei】

極めて多数の美術品を所蔵するフィレンツェのウフィツィ美術館は、美術品を主にトスカーナ州の他の美術館に拡散させ、観光客を他の街にも分散させる計画を進めています。

2022年11月19日から2023年2月19日までのイベントでは、トスカーナ州ルッカにあるピエトラサンタ(Pietrasanta)の美術館に、ゆかりのある作品をウフィツィ美術館から移し展示されます。

この「広範囲に広がったウフィツィと小さな巨大美術館」計画は、

  • フィレンツェに集中しがちだった観光客をトスカーナの広い範囲へ分散
  • 美術品をゆかりのある土地で展示
  • 地方の活性化
  • ウフィツィでは展示しきれない美術品の展示機会獲得
  • 展示機会を得ることにより美術品の修復の機会ができる

など、多くの効果が期待されています。

かねてよりウフィツィ美術館の「収蔵しているが展示しきれない美術品が多すぎる問題」はフィレンツェの人々の間で議論されてきました。ただ、メディチ家最後の主人となったアンナ・マリア・ルイーザ・ディ・メディチ(Anna Maria Luisa di Medici)がこの世を去る前に「メディチ家の宝物・芸術品などはトスカーナ大公国やまちの外に持ち出してはならない」とし、当時の政府に全ての財産を贈与したことから、現在その多くを所蔵しているウフィツィ美術館は、それらの美術品を拡散させることに否定的でした。

しかし、

  • あまりにも有名な作品の後ろで展示の機会に恵まれない
  • 素晴らしい作品の多くが人目に触れることもないままに時間の経過とともに劣化していく

という問題が年々深刻化しています。そこで、先述したような数々の問題の解決が望めることから、ウフィツィ美術館はトスカーナ州の、その作品にゆかりのある地へ「戻す」ことを主として所蔵する美術品を拡散させ、トスカーナ州全体を小さな美術館の点在する「広範囲に広がったウフィツィと小さな巨大美術館」とする計画を打ち出したのです。*3)

【ピエトラサンタ美術館に「広められた」ウフィツィ美術館の美術品】

観光公害はイタリアにとって特徴的で深刻な問題であることが分かりました。では、そのほかの環境への取り組みは進んでいるのでしょうか?次はイタリアの環境問題への取り組みを一般的な視点から見ていきましょう。

イタリアの環境問題への取り組み

豊かな自然に恵まれたイタリアですが、その卓越した芸術センスと職人の技による工業も盛んです。第二次世界大戦に敗戦した後の復興など、日本と同じような道を歩んできたイタリア。日本が公害に悩んだように、イタリアも環境汚染の問題が深刻になった時期があります。

現在は酷かった時期に比べ、国内の産業による環境汚染は改善されています。これまでイタリアが取り組んできた環境問題への対策の一部を紹介します。

アスベスト鉱山への先進的な取り組み

【ラ・カッサの丘から望むバランジェロ】

冬季オリンピックが開催されたことでも、イタリアの工業都市としても知られるトリノ近郊では、かつてアスベスト※が産出されていました。しかし、アスベストのもたらす環境・健康への被害が問題となり、産出していたバランジェロ鉱山では、いち早くこれに対応しました。

それまでも汚染除去などの活動は行われていましたが、それだけでなく環境再生を目標とした地域の経済的な再活用、鉱山地域の開発が行われています。

鉱山地域の開発といっても、現在でも鉱山跡の一帯は厳重に区切られ、立ち入りができないようになっています。その上でアスベストが大気への飛散・降雨によりアスベストが混入した汚染水の流出への対策として、

  • 洪水に対する保持能力のための埋立工事
  • 自然工法による土壌の再生・緑化
  • 堆積物を貯留するためのダムの建設

が進められています。また、このような鉱山跡への直接的な取り組みに加え、

  • エコ・ミュージアム構想
  • 新エネルギー事業
  • 地域を環境教育センター化

の3つを柱として、地域一帯を広範囲にわたる開放的な環境博物館のような存在に生まれ変わるための再開発が進んでいます。このようなバランジェロ鉱山の取り組みは、現在も操業が続いている世界の他の地域のアスベスト鉱山や、かつてアスベストの産出地であった地域の未来のあり方を考える上で、世界的に見ても非常に先進的で重要と評価されています。

論文: 森 裕之・南 慎二郎・杉本通百則『イタリア・トリノ地域のアスベスト問題とその政策』(2018年10月)

気候変動を必修科目に

【第3回環境ストライキ中の学生たち】

※スローガンには「あなたは決して変化をもたらすのに小さすぎる存在ではない」と書かれています。

2019年、イタリアは世界で初めて気候変動の授業を義務化することが決まり、2020年9月※から小学校・中学校・高校で必修科目として気候変動についての授業が始まりました。この授業は年間33時間以上とされ、未来を担う子どもたちが、社会に出る時すでに環境問題についての知識を身につけ、美しいイタリアの環境保全をはじめ、世界の気候変動への対策推進に大きな力となることが期待されています。

※イタリアの学校は9月に始まり、夏休み前にその学年が終わる。

イタリアの分別回収・リサイクル

【イタリア大手スーパー・エッセルンガのエコバック】

イタリアでは再利用可能な素材の積極的な利用、分別・回収・再利用への取り組みも推進されています。次に紹介しますが、使い捨てプラスチックの利用には厳しい制限が設けられ、再利用可能な紙素材へ移行が広がっています。

イタリアではパーティーやバーベキューの時に以前はプラスチック製の食器(皿・フォーク・コップなど)が利用されていましたが、それらは紙製品にとって変わりました。また、飲料はペットボトルの利用を控え、再利用可能なアルミ缶や紙パックでの販売が進んでいます。

スーパーのトレー売りの食材なども、紙トレーと生分解性セロファンが使われるようになりました。これらの取り組みはヨーロッパ全土で行われていますが、イタリアでも積極的に進められ、大きな変革を起こしました。

この面ではイタリアの方が日本より進んでいると言えます。デモやストライキも時々起きるイタリアですが、このように団結して強い力を発揮する時の人々の情熱は、(穏やかで冷静なのは日本人の長所でもありますが)日本ではあまり見られないと感じます。

使い捨てプラスチック製品税など

夏の海水浴・ビーチでの日光浴を愛し、その深く澄んだ青い海を誇りにしているイタリアでは、「海洋プラスチック問題」が深刻に受け止められています。特に学生を中心に環境保全への関心が高まっており、イタリア政府もプラスチック削減のための具体的な取り組みを始めています。

イタリア政府の取り組みとして、

  • プラスチック容器包装の生産者・使用者は手数料を支払う(1997年〜)
  • 非生分解性※プラスチック袋の使用禁止(2011年1月〜)
  • ばら売り食品を入れる軽量のプラスチック袋※の有料化(2018年1月〜)
  • 使い捨てプラスチック製品の使用禁止(2019年1月〜)
  • 使い捨てプラスチック製品税(2021年1月〜)

など、使い捨てプラスチックへの規制が年々厳しくなっています。また、イタリア環境・国土・海洋保全省が呼びかけた「プラスチックフリーキャンペーン(Plastic Free Campaign)」では、個人・組織・地方自治体が参加して、

  • ペットボトルの販売禁止
  • カップ・スプーン・ストローなどの使い捨てプラスチックの排除
  • マイカップの使用促進

などの運動が行われました。また、

  • 漁港関連機関
  • 海洋保護区関連機関
  • 市政府
  • 環境団体
  • 地元漁業組合
  • スキューバダイビング組合

と協力して、海洋保護区付近の特定漁港の海底から廃棄物を回収・管理するシステムの構築を推進しています。同時に、これらの団体とも協力して

  • ポイ捨ての防止・マナーアップ教育
  • ごみの分別のための設備の整備・教育・啓発

なども行われています。学校で気候変動の授業が必修科目になったことも、このような取り組みの影響を受けてのことです。*4)

【サルデーニャ・カステルサルド】

イタリアの環境問題への取り組みには、一般の人々も参加し、生活の中の使い捨てプラスチック使用量の大幅な削減に成功しました。日本でもずっと使い捨てプラスチック製品の問題は話題になっているにもかかわらず、イタリアほど積極的に使用の削減には取り組めていないような印象を受けます。

環境を守るために「まずはできることから」取り組むイタリア人の行動力と情熱はすばらしいですね!それはイタリア人の心に「世界一美しいイタリアへの誇り」が熱い炎のように燃え続けているからかもしれません。

日本人ももっと日本の歴史や文化遺産・自然環境の貴重さ、美しさを知って、環境保全に(正しい知識と方法で)情熱を燃やせるといいですね!

このような背景をふまえて、イタリアのSDGsランキングの位置やSDGsへの意識を見ていきましょう。

イタリアのSDGsへの意識

イタリアでは環境への意識の高まりと共に、SDGsへの意識も高まっています。特に学生の間では積極的にSDGsの問題解決へ取り組む姿勢が見られます。

また、観光客の多い地域では深刻な観光公害への対策へ取り組むと同時に、SDGsの目標達成にも貢献する活動が進められています。イタリア国内で持続可能な資源利用・リサイクルが重要と考えられるようになり、この面では年代を問わず使い捨てプラスチックの利用を控え、再利用可能な素材の使用が「当たり前」となっています。

SDGsランキングは25位

2022年のSDGsランキングではイタリアは25位でした。(1位はフィンランド、日本は19位)

163の国と地域の中での25位は上位15%に入っていることから、EU諸国の中でもそれほど悪くない成績と言えます。

特に目標11・12・13への取り組みを積極的に進めている

これまで見てきたように、イタリアでは

  • 非生分解性プラスチックから再利用可能な素材の利用を推進
  • 観光公害対策への取り組み
  • 環境汚染から本来の美しい自然を取り戻す取り組み

などが全国的に行われています。このことからイタリアは

などの目標達成への取り組みが積極的に進められていると言えるでしょう。*5)

まとめ:イタリアは環境問題解決のために努力している!

イタリアの環境問題についての話はいかがでしたか?イタリア人はイタリアの歴史と文化に関してはほとんどすべての人が「世界一」と王者の自信と誇りを持っています。

イタリア人は少し自分勝手な人も多いので、長く住んだ後、日本に帰国してしばらく経つ筆者はイタリアのことが気にかかっていましたが、環境問題への取り組みを見て、努力している印象を受け少し安心しました。

このようなイタリアの取り組みは日本も参考にできるところがあります。また、私たちが旅行者になる時には、表面だけ見学してすぐ次の場所へ、という短期で多くの場所を訪れるかつての「団体ツアー」スタイルの旅行ではなく、じっくりと旅行先の歴史・文化・現在の暮らしに理解を深める「滞在型」の旅行をしたいものです。

「お互いが大好き」なイタリアのようなパートナー国があることは有難いですし、ぜひあなたもイタリアと日本の不思議なつながりを感じてみてください。環境問題解決という面でも、良きパートナーになれることでしょう。

この機会が、よりイタリアへの好意や興味が深まるナビゲーションになれば幸いです。

〈参考・引用文献〉
*1)まずはイタリアについて知ろう
WIKIMEDIA COMMONS『EU-Italy』
WIKIMEDIA COMMONS『Sergio Mattarella Presidente della Repubblica Italiana』
Giorgia Meloni公式ページ『Giorgia Meloni』
WIKIMEDIA COMMONS『:Cirkusbæger-fra-Varpelev DO-2608 original』
WIKIMEDIA COMMONS『Theathres of Pompeii』
WIKIMEDIA COMMONS『Botticelli-primavera』
WIKIMEDIA COMMONS『Firenze Palazzo della Signoria, better known as the Palazzo Vecchio』
外務省『イタリア共和国』
WIKIMEDIA COMMONS『Cinque Terre DSC 6954 (14250460371)』
WIKIMEDIA COMMONS『Blue Grotto Capri Inside』
unesco『Italy』(2022年12月)
unesco『Japan』(2022年12月)
OECD『Better Life Index』
OECD『Better Life Index Italy』
外務省『日本イタリア国交150周年-さらなる友好関係の深化に向けて』(2016年6月)
*2)イタリアの特徴的な環境問題と具体事例
Johns Hopkins University『An investigation of air pollution on the decks of 4 cruise ships』p.2(2019年1月)
Transport & Environment『Luxury cruise giant emits 10 times more air pollution (SOx) than all of Europe’s cars – study』(2019年6月)
WWF:『海洋プラスチック問題について』(2018年10月)
  ナショナル ジオグラフィック日本版サイト:『観光客の波がベネチアを台無しにする?』(2016年10月) 
*3)イタリアの観光公害問題への取り組み
la Repubblica『Venezia, la nave da crociera resta in rada, crocieristi sbarcati su lance: è la prima volta』(2022年7月)
VENEZIATODAY『Per il 2023 Venezia punta a 300 navi da crociera』(2022年9月)
il Resto del Carlino『Navi da crociera a Venezia, firmato l’accordo per ridurre l’impatto ambientale』(2022年1月)
Città di Venezia『Venice Blue Flag』(2022年10月)
Blue Flag『Pure water, clean coasts, safety and access for all』
La Corrire della Sera:『Così un nuovo turismo salverà Venezia dalla crisi』(2020年8月)
Uffizi美術館公式『Uffizi diffusi a Pietrasanta con la mostra “Lo sguardo e l’idea”』
intoscana『La Toscana museo diffuso: nel 2022 otto nuove mostre per “Terre degli Uffizi”』(2022年4月)
inItalia『Parte il progetto degli Uffizi “diffusi”』
*4)イタリアの環境問題への取り組み
WIKIMEDIA COMMONS『Balangero dalla collina di la cassa』
 森 裕之・南 慎二郎・杉本通百則『イタリア・トリノ地域のアスベスト問題とその政策』(2018年10月)
 LIFEGATE『L’Italia sarà il primo Paese a insegnare nelle scuole cosa sono riscaldamento globale e crisi climatica(Studenti durante la manifestazione per il terzo sciopero per il clima © Cecilia Bergamasco)』(2019年11月)
UCI Unione Coltivatori Italiani『Il cambiamento climatico si studierà a scuola』(2019年11月)
CASA EDITRICE LA TECNICA DELLA SCUOLA『Cambiamento climatico, perché studiarlo nelle scuole』(2022年7月)
ESSELUNGA『NUOVA APERTURA LAESSE』
環境省『イタリアの政策概要』
WIKIMEDIA COMMONS『Castelsardo01』
*5)イタリアのSDGsへの意識
CAMBRIDGE UNIVERSITY PRESS『SUSTAINABLE DEVELOPMENT REPORT 2022』p.14
SDGs目標11「住み続けられるまちづくりを」
SDGs目標12「つくる責任つかう責任」
SDGs目標13「気候変動に具体的な対策を」