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重力蓄電とは?メリット、デメリット、日本企業の取り組み事例を紹介

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「重力蓄電」の原理自体ははるか昔からさまざまな場面で利用されてきた単純なものです。重力蓄電としても、日本を含めた世界中で古くから利用されていますが、近年になって、新しい方法の重力蓄電が実用化され、世界中の注目を集めています。

重力蓄電とは一体どのような蓄電方法なのでしょうか?仕組みやメリット・デメリット、世界の先進的な企業の取組事例やSDGsとの関係もわかりやすく解説します。

重力蓄電とは

重力蓄電とは、重力による「位置エネルギー」を利用した蓄電方法です。どちらもあまり聞きなれない言葉かもしれませんが、その仕組みはとても単純なものです。

重力蓄電の仕組みは次の「重力蓄電の仕組み・原理」の章で詳しく解説しますが、まずは世界が取り組んでいる再生可能エネルギーと蓄電についての現状を確認しましょう。

再生可能エネルギーを蓄電するには

世界全体が温室効果ガス削減のために、さまざまな取り組みを行なっています。その中で、再生可能エネルギーの導入は最も重要な要素の1つです。

再生可能エネルギーには多様な種類がありますが、太陽や風など自然の力を利用して発電する仕組みである場合、需要電力量に合わせて発電量や発電のタイミングをコントロールできないことが大きな弱点となっています。この解決策の1つとして、重力蓄電が近年とても注目されています。

【再生可能エネルギーの1日の発電量の例】

現在、再生可能エネルギーで需要を超えて発電した場合、

  • 蓄電池に貯めておく
  • 水素に変換して保存する(近い将来実用化)

などの手段があります。しかし、せっかくクリーンな方法で発電した電気でも、蓄電の方法や蓄電池の生産・廃棄の際に環境に負担をかけてしまうことがあります。

再生可能エネルギーを支える蓄電技術!

現在蓄電の主流になっている蓄電池に貯めておく方法は、蓄電量が大きいとは言えず、

  • 材料のレアメタルの価格
  • 採掘にあたっての人権問題
  • リサイクルのコストが高い

など多くの課題とリスクがあります。家庭用電力の蓄電など、蓄電量や用途によっては、蓄電池での蓄電も有効な手段です。しかし、「大量の電気の蓄電」や「長期の蓄電」の場合、蓄電池での蓄電には限界があります。

水素に変換して保存しておく方法も注目されていますが、水素利用のためのインフラがまだ整っていないこともあり、実用化はもう少し先になるでしょう。水素は保管のために高度な技術と設備が必要ですから、これも必ずしも全ての場面で有効なエネルギーの保存方法とは言えません。

その点、重力蓄電は設備の規模によって蓄電容量は自在で、大規模な設備であれば発電所の余剰電力など大量の電力を蓄電することも可能です。

再生可能蓄電と評価される重力蓄電

重力蓄電は、このような蓄電池での蓄電とは全く違った方法でエネルギーを貯めておくことができます。蓄電池を使った蓄電は、電気を物質の形(イオン)に変換して貯めておく※「化学的貯蔵」に分類されます。

余剰電力を水素に変換してエネルギーを保存しておく方法も「化学的貯蔵」ですが、重力蓄電はそれらの蓄電方法とは一線を画した「力学的貯蔵」です。また、重力蓄電設備は整備・点検は必要ですが、蓄電池よりも長く使うことができます。

設備の建設に必要な材料も蓄電池のようにレアメタルなどの高価なものを必要としません。また、廃棄の際も蓄電池ほど環境への負担が大きくありません。部品交換などの整備を繰り返せば半永久的に使用可能なことから、重力蓄電を「再生可能蓄電」と評価する研究者もいます。

蓄電池の仕組み

一般的な蓄電池は、酸化還元作用(物質の酸化と還元が並行して進行する作用)のある液体を使い、正極・負極の双方から電解液の中にイオンが移動することによって充電され、電解液中のイオンが正極・負極の双方に移動することで放電する。

ここでは、

  • 蓄電池→大量の電力を貯めておくには不向・材料が高価
  • 重力蓄電→設備の規模で小規模から大規模まで対応可能・高価な材料は不要

という点をおさえておきましょう!

次の章では、この重力蓄電の詳しい仕組みと原理を解説します。単純な原理を利用した仕組みなので、リラックスして読み進めてください。*1)

重力蓄電の仕組み・原理

この章では重力蓄電を科学的な視点から解説します。重力蓄電の仕組みを知るには、まず「位置エネルギー」について理解しましょう。

位置エネルギーは、簡単に言うと高いところから物が落下する時のエネルギーです。滝から流れ落ちる水の力や落下する岩石の力をイメージすると、そのエネルギーの存在が感じられます。

位置エネルギーとは

「位置エネルギー」とは、「ポテンシャル・エネルギー」とも呼ばれ、物体がある「位置」にあることによって、その物体に蓄えられるエネルギーのことです。例えば高い位置から物体を落とすと、重力に従って落下します。この時、この物体の動くエネルギーは力学では、物は高い位置に持ち上がった時に位置エネルギーを得た後、落下を始めた瞬間にその位置エネルギーは運動エネルギーに変化し始めると考えます。

【落下する物体のエネルギーの移り変わり】

上の図は物が落下する時の位置エネルギー・運動エネルギー・力学的エネルギーの関係を表しています。図の中のアルファベットはそれぞれ、

  • h=高さ
  • t=時間
  • Epot=位置エネルギー
  • Ekin=運動エネルギー
  • Etot=力学的エネルギー

を意味しています。時間(t)が進むにつれて、丸い物体は落下していきます。それとともに、黄色い部分で表された位置エネルギー(Epot)が水色部分で表された運動エネルギー(Ekin)に変わっていきます。

力学的エネルギー(Etot)は終始一定で、これは物体が動く時、エネルギーの種類は変わるものの、それに関わるエネルギー全体の量は変わらないという「エネルギー保存の法則」※に則っています。

エネルギー保存の法則

物質が外からの影響を受けて物質の変化やエネルギーの交換がない場合、力(力学的エネルギー)・熱・化学・電気・光などは、それぞれの形態は変化するが、エネルギーの総量は変化しない(保存される)とする法則。エネルギー保存則とも呼ばれる。

力学的エネルギー貯蔵

重力蓄電では、この位置エネルギーを使って力学的にエネルギーを貯蔵します。つまり、再生可能エネルギーで余剰電力が出た場合や、特定の時期に電力不足が予測される場合、

  1. あらかじめエネルギーに余裕がある時に高い場所に物を持ち上げておく
  2. 必要な時にそれを落下させ、そのエネルギーで発電する

という方法なのです。重力蓄電には水やコンクリートの塊などが主に利用されます。

揚水(水力)発電と同じ原理

【二川小水力発電所】

重力蓄電は、同じく最近再び注目されるようになった揚水発電と同じ原理です。揚水発電では、あらかじめ高い場所の貯水池に水を組み上げておいて、必要な時に発電所に向けて水を落とすことによってタービンを回し発電する仕組みです。

以前は電気代の安い夜間に水を汲み上げておいて、昼間に発電する例が多かったのですが、最近では太陽光で発電した電気を利用して水を汲み上げておき、太陽光で発電できない夜に発電する例が増えています。

【揚水発電①(高いところに水を汲み上げる)】

【揚水発電②(必要な時に水を落として発電する)】

重力蓄電の仕組みはこのようにとても単純です。ここでは「高い所にものを上げておいて、必要な時にそれを落として発電する」というポイントを押さえておけば大丈夫です。

重力蓄電の歴史を知ればさらに理解しやすいので、ここで力学的なことがちょっと苦手に感じても、次の章で納得できるでしょう。*2)

重力蓄電の歴史

「重力蓄電」や「位置エネルギー」という言葉は普段聞き慣れないかも知れませんが、その原理を利用した技術は非常に古くから世界中で利用されてきました。

この章では重力蓄電の歴史を辿りながら、重力蓄電がどんなものか、さらに理解を深めましょう!

位置エネルギーの利用は古い技術

重力蓄電に利用されている位置エネルギーは、例えば砦や城の防御のために丸太や石を高い所に集めて位置エネルギーを蓄えておいて、敵が攻めて来た時に落下させて攻撃のためのエネルギーとして利用するといった方法など、特別高度な知識や技術ではありませんでした。

科学の知識がない時代から利用されていましたが、アイザック・ニュートンが万有引力(重力)を発見して以降、力学として研究されるようになりました。

【アイザック・ニュートン】

【アイザック・ニュートン】

また、水路を整備して水を流し、水車を回すのも位置エネルギーの利用と言えます。もちろん古い時代の人々は「エネルギーを貯めている」といった意識は無く、単に高い所から物を落とした時のエネルギーや、高い所から低い所に向かって流れる水のエネルギーを、ごく自然に利用していたのです。

また、ゼンマイ仕掛けや振り子も位置エネルギーを利用しています。これらは電気の利用が発明される前から利用され、発展していました。

つまり、重力蓄電をゼンマイ仕掛けで例えると、あらかじめゼンマイを巻いてロックしておき、必要な時にエネルギーを解放して発電に利用するという仕組みです。こうして考えると、重力蓄電の仕組みが蓄電池の仕組みに比べてずっと歴史が古く単純な技術であることがわかります。

蓄電としての歴史

重力蓄電の歴史も古く、世界初の揚水発電設備が1892年(明治25年)に、日本初の揚水発電設備が1934年(昭和9年)に導入されています。現在、日本には約40の揚水発電設備があります。

揚水発電は大規模な蓄電が可能ですが、ダムが必要で建設できる地形が限られています。日本で揚水発電設備を今以上に増やすことは非常に難しいとされていますが、現在注目されているコンクリートの塊などを高い場所に吊り上げておいて、必要な時に落下させてそのエネルギーで発電する方法なら、さまざまな場所に建設可能です。

この方法はエレベーターが入った塔のような建物から、クレーンで錘(おもり)を吊り上げておくだけの設備まで、用途・蓄電量に応じて様々な形態があり、現在最小では2m×2mほどで建設可能と言われています。

次の章では蓄電池に頼らない蓄電方法について考えていきます。*3)

蓄電池に頼らない蓄電

これまで化石燃料に依存してきた日本社会ですが、今後は再生可能エネルギーなどの温室効果ガスの排出量の少ないエネルギーにシフトチェンジしていかなくてはなりません。再生可能エネルギーを効率よく使うためには、大小の場面で上手く蓄電する必要があります。

家庭用電源や自動車などの用途には蓄電池が適していますが、それ以上の量の蓄電には耐用年数やコストを考えても蓄電池以外の手段の開発が必要です。

重力蓄電はその有効な手段の1つですが、その他にも蓄電池を使わない蓄電方法があります。その一部を紹介します。

岩石蓄電(熱貯蔵)

【Siemensの岩石蓄電設備「NEW STONE AGE」】

「岩石蓄電」とは、電力を高温の熱エネルギーに変換し、岩石・耐火レンガ・溶融塩※などの物質に貯蔵し、必要に応じて

  • 直接熱エネルギーとして
  • 水素製造の際の化学反応
  • 発電用の熱機関の熱源

などに利用する蓄電方法です。この方法の蓄電は、高温であれば蓄電池と同じほどのエネルギー貯蔵密度が得られる上、重力蓄電と同様に設備建設のために希少で高価な材料を必要としません。また、発電と熱利用を合わせると、90%※という非常に高効率なエネルギー利用が可能です。

エネルギー効率

投入したエネルギーに対して利用(回収)できるエネルギーの比率。エネルギーを他の形に変換する場合は変換効率と呼ばれる。石炭火力発電の変換効率は40%〜43%、水力発電は80%〜90%ほど。

溶融塩

食塩などの塩で液体状態にあるものや、固体塩を加熱して融解状態(液体)にしたもの。金属や塩などの高温度での融解を溶解とも呼ぶ。

空気蓄電(CAES)

【圧縮空気エネルギー貯蔵(CAES)システムの実証試験設備】

「空気蓄電」とは、「圧縮空気エネルギー貯蔵」や、「CAES(compressed air energy storage)」とも呼ばれ、空気を圧縮してエネルギーを蓄え、必要な時に内燃機関ガスタービン(火力発電設備)の空気圧縮機の動力として利用したり、空気圧で回す専用タービンで発電したりします。

【圧縮空気エネルギー貯蔵(CAES)システムの構成】

この技術は1978年にすでに実用化されていましたが、

  • 自然の空洞を利用するため特定の地質条件が必要(岩塩層で空洞のある地域)
  • 圧縮時に多くの熱を失ってしまい、発電効率が40%ほどと低い

などの課題があり、当時は火力発電設備の燃焼効率向上のために使うことが前提だったために、温室効果ガスの削減としての効果は大きくありませんでした。

しかし、現在はこれらの課題を、

  • タンクなどを利用した貯蔵設備・人工空洞を使用する
  • 圧縮空気のエネルギー(拡張力)で発電する専用タービンの開発
  • 空気圧縮時に発生する熱を貯蔵し、発電時(空気拡張時)に利用する

などの技術開発により解決し、70%を超えるエネルギー効率を実現しています。

蓄電の方法にも多様性が必要

生物学分野の研究の進歩により、「多様性」は集団のトラブルへの対応力・耐久力を向上させ、リスクに強い集団を形成する上で欠かせないものだと明らかになりました。日本政府はこれを様々な面で応用して今後の「持続可能でより良い社会」の構築計画を立てています。

再生可能エネルギーを見ても、

  • 太陽光発電
  • 風力発電
  • バイオマスの利用
  • 水力発電
  • 地熱発電
  • 太陽熱利用
  • 雪氷熱利用
  • 地中熱利用

など、とても多様な種類があり、まだ研究中の技術も多くあるので、将来的にはさらに多様化すると考えられます。蓄電技術も重力蓄電やこの章で紹介した岩石蓄電・空気蓄電のほかに、

  • フライホール蓄電
  • 水素に変換して貯蔵
  • 超電導磁気エネルギー貯蔵

など様々な蓄電方法が研究されています。発電方法や蓄電方法の多様性は、災害時などトラブルが発生した際に、全ての発電設備や蓄電設備が止まってしまうといったリスクを軽減します。また、大規模発電所に依存しないインフラ整備を進めることで、トラブルによる影響を小規模に抑えることもできます。

多様な技術の中から、その地域にあった再生可能エネルギーと蓄電方法を採用することで、効率的で災害に強いまちづくりが可能なのです。次の章では重力蓄電がなぜ注目されているかに迫ってみましょう!*4)

重力蓄電はなぜ注目されているの?

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重力蓄電の技術は簡単な原理を利用したもので、ずっと以前から実用化されていたことがわかりましたね!ではなぜ今、再び注目されるようになったのでしょうか?

再エネ発電の調整力

再生可能エネルギーは太陽・風・水など自然の条件に依存した方法が多いので、発電するタイミングや量を思い通りにコントロールするのは困難です。そこで、社会に必要なエネルギーの多くを再生可能エネルギーでまかなう場合、必ず電力を貯めておく技術が必要です。

電力の需要量や発電量を予測して、発電量が多い時に発電量が足りない時に備えて蓄電します。重力蓄電はこのような「再生可能エネルギーの調整力」の1つとして期待されています。

国際紛争・人権問題

現在私たちの生活の至る所で蓄電池は利用されています。現在、蓄電池の主流となっているリチウムイオンバッテリーは、製造にレアメタルが必要です。

しかしそのレアメタルを巡って、世界のあちこちで国際紛争の原因や採掘現場での児童労働、低賃金での過酷な労働といった人権侵害の原因になっています。また、レアメタルの中には法的に「紛争鉱物」に指定され、取引が禁止されているにも関わらず、まだ武装勢力の資金源となっているものがあると指摘されています。

レアメタルはこのような様々な問題から、今後も安定的に輸入ができるかは不確実です。そして、大規模なレアメタルを使う蓄電設備の建設は、SDGsの目標に照らし合わせても理にかなっているとは言えません。重力蓄電設備は移動や小型化が求められる分野以外の蓄電で、これらの問題を解決する手段となる可能性があります。*5)

重力蓄電のメリット

【Energy Vaultの重力蓄電システム】

それでは、これまでのおさらいも兼ねて、重力蓄電のメリットを確認していきます。

長く使える

重力蓄電の設備は単純な原理を利用しているため、点検・整備を繰り返せば半永久的に使うことも可能です。

大容量の蓄電が可能

コンクリートの塊などを吊り上げておくタイプも、揚水発電タイプも、大規模な設備であれば、非常に大容量の蓄電ができます。

エネルギー効率が高い

重力蓄電のエネルギー効率は、

  • 錘(おもり)を吊り上げる方法:85%前後
  • 揚水発電:約70%

と、比較的高効率と言えます。参考までに蓄電池のエネルギー効率は85%〜95%ほどです。

今後の技術開発で、さらに蓄電池に近いエネルギー効率が実現できると考えられています。

必要な時すぐに発電できる

重力蓄電設備の応答時間(発電を開始するまでの時間)は以下の通りです。

  • 錘(おもり)を吊り上げる方法:1秒以下
  • 揚水発電:数十秒〜100秒ほど

特に錘(おもり)を吊り上げる方法では、再生可能エネルギーの発電量の変動に合わせて素早い調整が期待できます。

特殊な材料が不要

重力蓄電は単純な原理をもとにしているため、設備建設にあたって希少で高価な材料を必要としません。廃棄の際にも環境への負担は比較的少ないと考えられます。

街の中にも設置可能

錘(おもり)を吊り上げる方法の重力蓄電は、揚水発電設備のようにダムや貯水槽を必要としない上、爆発や火災のリスクもとても低いので、街の中にも設置できます。高いタワーが建てられない場合も、地下を深く掘る方法で対応できます。

稼働による環境への影響が少ない

再生可能エネルギーの調整力として利用する場合、電力の余剰がある時に錘(おもり)を引き上げたり水を汲み上げたりするので、そのための温室効果ガス排出はほとんどありません。それらをエネルギーとして放電(発電)する際も同様に、非常に環境への影響が少ない蓄電方法です。

メリットの次はデメリットや課題も確認しましょう。

重力発電のデメリット・課題

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重力蓄電のたくさんのメリットを確認しましたが、デメリットや課題もあります。これらを踏まえて再生可能エネルギーも蓄電技術も適材適所で選択することが大切です。

コスト

設備の建設にあたって、希少で高価な材料は必要としませんが、蓄電量に見合った場所の確保と設備の建設にはそれなりのコストがかかります。特に重力蓄電には蓄電池では対応が難しいような大容量の蓄電設備としての役割を担うことが多くなると予想され、大規模な設備を建設するために、初期費用は高額になるでしょう。

設置場所

同じ蓄電容量に対する設備の大きさを考えると、重力蓄電は圧倒的に大きな設備が必要と言えます。例えば小さな物置に収納できるほどの蓄電池と同じ蓄電量のために、重力蓄電では高いタワーを建てるか、地中深い穴を掘らなければなりません。

揚水発電の場合は街中に建設するのは困難な上、建設できる場所も非常に限られています。どちらにしても、コンパクトさでは蓄電池が優秀と言えます。

重力蓄電のメリット・デメリットを確認したところで、次の章からは実際に行われている重力蓄電の事例を見ていきます。*6)

重力蓄電に取り組む世界の企業①Energy Vault

重力蓄電設備で今世界的に注目されている企業がEnergy Vault(エナジーボルト社)です。2020年には日本のソフトバンク・ビジョン・ファンドが総額1億1千万ドル(約144億8,750万円)を出資し話題になりました。

【Energy Vaultの重力蓄電設備】

上の写真からもわかるように、Energy Vaultの重力蓄電設備は周囲の環境や安全性などに問題がなければ、非常に単純な仕組みの設備で蓄電が可能です。

【Energy Vaultの重力蓄電設備に使われているコンクリートの塊】

こちらの写真からは、錘(おもり)となるコンクリートの大きさがわかります。このような巨大なコンクリートの塊が高いところから落ちて来るときのエネルギーが大きいことは簡単に想像できますね!

さらに、この設備の優れた点は、錘(おもり)を落下させた後はクレーンだけ巻き上げ、高く積み上げられている錘(おもり)の位置まで軽量な状態で引き上げるところです。クレーンは錘(おもり)を受け取ったり落としたりする位置を調節しながら、効率的にエネルギーを貯蓄します。

Energy Vaultの重力蓄電設備①

また、Energy Vaultは前述のような露出型の重力蓄電設備だけでなく、建物の中でたくさんの錘(おもり)を吊り上げて落下させるタイプの設備も開発しています。

Energy Vaultの重力蓄電設備②https://vimeo.com/647372871

革新的なアイデアで重力蓄電の可能性を大きく広げたEnergy Vaultの技術は、さまざまな方面に驚きをもたらしたと同時に、さまざまなインスピレーションを導きました。次に紹介するのはその一例です。*7)

重力蓄電に取り組む世界の企業②エレベーターで重力蓄電

オーストリアの国際応用システム分析研究所(IIASA)は2022年3月に、高層ビルのエレベーターを利用した蓄電システムを発表しました。「Lift Energy Storage Technology(LEST)」と呼ばれるこのシステムは、エレベーターの空き時間(利用されていない時間)を有効活用し、重力蓄電設備として利用します。

【Lift Energy Storage Technology】

このシステムは高層ビルのエレベーターに後からでも設置可能で、重いコンテナをエレベーターにのせ、高層階に引き上げます。下ろす時はすでにエレベーターに備わっている回生ブレーキ※を利用して発電するため、低コストで設置できます。

電力消費量の多い都市部では、今後このような補助的な蓄電設備はとても重要です。大都市ほど高層ビルは多いので、このようなシステムの導入が増えれば、大規模蓄電設備への依存を軽減できます。

回生ブレーキ

自動車やエレベーターなどで、減速時(ブレーキをかける時)にモーターを回して発電する仕組み。モーターを回転させるにはエネルギーが必要なので、自動車やエレベーターのスピードを落とす作用がある。しかし回生ブレーキの減速力はそれほど大きくないので、通常は別のタイプのブレーキ(摩擦式ブレーキなど)と併用する。

Energy Vaultの重力蓄電設備を見ていると、オーストリアの国際応用システム分析研究所のエレベーターのアイデアにつながるのは当然のことのように感じる人も多いと思います。オーストリアの国際応用システム分析研究所のエレベーターを利用した蓄電システムは、その発想力だけでなく、

  • 低コスト
  • 手間要らずで蓄電できるシステム

を追求しています。このシステムを導入してしまえば、ほとんど自動的に蓄電することができるのです。業務や生活を妨げることなく低コストで導入できるので、近い将来には高層ビルのエレベーターには蓄電設備をつけるのが当たり前になるかもしれません。

あらゆる分野での情報交換が素早くできるようになった現代では、重力蓄電の技術は今後急速に開発が進み、さらに利用できる範囲が広がっていくでしょう。次の章では重力蓄電とSDGsの関係を考えます。*8)

重力蓄電とSDGs

最近では中学生でもSDGsは「持続可能な開発目標」とすぐに答えられるほど浸透しています。もはやSDGsの知識は社会人なら常識として身につけるべきものと言えるでしょう。

重力蓄電が特に大きく貢献できるSDGs目標は、

です。それぞれの目標について見ていきましょう。

重力蓄電とSDGs目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」

再生可能エネルギーの調整力として、さまざまなタイプのある重力蓄電は、世界中の多くの場面で活躍の可能性があります。重力蓄電によって余剰電力を効率的に蓄電できれば、さらに再生可能エネルギーの導入は進むでしょう。

重力蓄電が再生可能エネルギーの弱点を補うことによって、再生可能エネルギーの導入が進み、クリーンなエネルギーをより広く供給することにつながります。

重力蓄電とSDGs目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」

世界中で温室効果ガス排出量削減のため、化石燃料から電気や水素などのクリーンなエネルギーにシフトチェンジしていきます。しかしエネルギー供給が不安定では産業の成長の妨げになってしまいます。

再生可能エネルギーの導入と産業の成長を両立させるためには、再生可能エネルギーによるエネルギー供給量の増加と安定供給が欠かせません。重力発電は小規模から大規模の幅広い蓄電容量を実現できるので、さまざまなタイプの重力蓄電設備を使い分けることによって、持続可能な成長と産業の基盤の構築に貢献します。

重力発電とSDGs目標13「気候変動に具体的な対策を」

重力蓄電はとても単純な原理を利用した蓄電方法で、レアメタルなど特別な材料を必要としません。廃棄の際も同様に、環境への負担は少ないと言えます。

せっかく再生可能エネルギーで発電したクリーンなエネルギーなので、その供給量の調整のための設備の建設や蓄電方法も総合的に環境への負担が少ないものが理想です。重力蓄電はその点で非常に優れた再生可能エネルギーの調整力となり、温室効果ガス排出量削減に大きく貢献できます。*9)

まとめ:重力蓄電の可能性は今後さらに広がる!

重力蓄電の仕組みがとても単純なことに驚いた人もいたでしょう。日本でも揚水発電設備は古くからあり、その存在を知っていても揚水発電設備が重力蓄電の一種であることはそれほど知られていませんでした。

今後より重要になる「蓄電」

日本で今以上に大規模な揚水発電設備を建設するのは困難と言われています。しかし、錘(おもり)を吊り上げて蓄電する方法は今後さまざまな場面で活躍が期待できます。

また、重力蓄電はその原理の単純さゆえに、応用の幅は非常に広いと考えられます。すでにヨーロッパで実用化されていますから、今後は導入件数も増加していき、気づいたらさまざまな進化を遂げて私たちの身近なものになっているかもしれません。

持続可能でより良い未来のために

あなたもこの機会に、今後の社会のインフラはどうなっていくのかを考えたり、現在ある蓄電池の製造のためのレアメタルにまつわる紛争や人権問題を考えたりしてみましょう。そして、無理なくできるところからSDGs目標達成に向かう行動を心がけましょう。

SDGsへの理解を深め、私たちひとりひとりが少しずつ行動を起こすことが持続可能でより良い未来の地球につながります。あなたも地球の大きな生命の循環を支える存在の1人なのです。

〈参考・引用文献〉
*1)重力蓄電とは
資源エネルギー庁『日本のエネルギー 2021年度版 「エネルギーの今を知る10の質問」7.再エネ』
重力再生エネルギー研究所『ダムのいらない揚水発電』
重力再生エネルギー研究所『重力蓄電装置の力学的考察 武笠 敏夫』
国際環境経済研究所『位置エネルギーを利用した新蓄電システム』(2019年7月)
日経BP『TMEICが「重力蓄電システム」、2025年にも実証開始へ』(2023年3月)
*2)重力蓄電の仕組み・原理
WIKIMEDIA COMMONS『EnergyConservation1』
環境展望台『電力貯蔵技術(2023年1月)
重力再生エネルギー研究所『重力蓄電システムの概要 武笠 敏夫』
新エネルギー財団『「ブロック」を使った低コストに蓄電する技術(重力式エネルギー貯蔵システム)』
資源エネルギー庁『再生可能エネルギーとは 水力発電』
WIKIMEDIA COMMONS『Pumped Storage Hydroelectric Power Plant 02』
WIKIMEDIA COMMONS『Pumped Storage Hydroelectric Power Plant 01』
資源エネルギー庁『水力発電について 水力発電の仕組み』
資源エネルギー庁『水力発電は安定供給性にすぐれた再生可能エネルギー』(2018年1月)
電気事業連合会『揚水式水力発電』
*3)重力蓄電の歴史
土木学会『揚水発電』(1999年12月)
日経XTECH『ニュートンも驚く超ローテクの“重力蓄電” 近く本格稼働へ』(2021年9月)
JST『日本における蓄電池システムとしての揚水発電のポテンシャルとコスト(Vol.3)』(2020年)
重力再生エネルギー研究所『重力再生エネルギー研究所活動報告 重力蓄電最新情報』(2020年7月)
*4)蓄電池に頼らない蓄電
Siemens Gamesa Twitter(2020年10月19日)
科学技術振興機構『電気エネルギー利用(電力貯蔵)』(2021年)
NEDO『圧縮空気エネルギー貯蔵(CAES)システムの実証試験を開始 』(2017年4月)
日経XTECH『空気を圧縮して電力を貯蔵 効率は驚きの70~80%に向上』(2021年11月)
日経XTECH『重力蓄電システムが欧米で台頭、ソフトバンクなどが出資』(2021年9月)
中川加明一郎『電力貯蔵 ―圧縮空気エネルギー貯蔵―』(2021年1月)
日経XTECH『再エネ主力化で重要さを増すフライホイール 蓄電池の劣化を抑制』(2021年12月)
*5)重力蓄電はなぜ注目されているの?
経済産業委員会調査室『レアメタル資源確保の現状と課題』(2010年12月)
東京大学 野瀬克弘 岡部徹『レアメタルの現状と問題点』(2012年7月)
日経ビジネス『「現代奴隷制」の被害4000万人 サプライチェーンの人権配慮必須に』(2020年11月)
*6)重力蓄電のメリット・重力発電のデメリット・課題
Energy Vault『EV1 CDU Castione, Switzerland 147』
*7)重力蓄電に取り組む世界の企業①Energy Vault
Energy Vault Facebook
Energy Vault『EV1 CDU Castione, Switzerland 027』
Energy Vault『EV1 CDU Castione, Switzerland 025』

SWITZERLAND GLOBAL ENTERPRISE『ソフトバンクが出資したENERGY VAULT社の技術とは』
*8)重力蓄電に取り組む世界の企業②エレベーターで重力蓄電
Julian David Hunt『Lift Energy Storage Technology: A solution for decentralized urban energy storage』(2022年4月)
fabcrossエンジニア『高層ビルが丸ごとバッテリーになる――エレベーターを利用した重力蓄電システムを発表』(2022年6月)
*9)重力蓄電とSDGs
経済産業省『SDGs』